エスペランサ〜希望〜 hachikun TSナデシコ、アキト 当サイトおなじみ、ナデシコ逆行バリエーションものです。 例によって、スポット部分のみで完結します。   (05/02)心情の描写を部分的に少しだけ補足。   [#改ページ] プロローグ[#「 プロローグ」は中見出し]  時の螺旋。  異星人の|超越技術《オーバーテクノロジー》がもたらした悲劇、あるいは神の投げかけた破滅の喜劇。ひとの強い思いが時を歪め、運命に弄ばれた者を過去へと飛ばしていく。  その時、ひとりの青年が過去へと跳んだ。  それだけなら、ありがちなジャンプ事故だった。実際、戦争中にも短い者で数週間、最悪な者になると地質学レベルの超古代へのジャンプすら起こっているという。ジャンプを制御する遺跡にとってもそれは、ごくごくありがちな『事故』だったにすぎない。  だが、彼はあまりにも遺跡に愛されすぎていた。  時間も空間も越える影響力を誇る遺跡は、無限とも言える無数の並行世界で彼を飛ばし続けていた。ある時は彼のために少しだけ条件のよい場所に誘い、またある時は彼の想い人のために彼を彼女の元に運んだ。またある時は『やりなおし』に都合のよい世界に誘導した。遺跡に正邪などの概念はないが、あまりにも自分と相性のよすぎるこの『青年たち』を、遺跡はまるで意志があるかのように時の狭間で翻弄し続けた。  これは、そんな悲劇の青年テンカワアキトのひとりが経験した、とある並行世界での異端の逆行物語である。 [#改ページ] 試験管から[#「 試験管から」は中見出し]  ごぼ。目覚めは液体の中だった。  温かく柔かい液体の中だった。俺はトロトロと溶ける意識の中、ぼんやりと視界をめぐらせた。  景色が歪んでいた。  それがガラス管の中の景色であることにはすぐ気づいた。俺は液体の中に浮かび、なんらかの方法で強制的に命を紡がれる存在だった。 「……」  いったい、何がどうなっているのか。  言葉を発しようとしたが、何も喋れない。液体の中、口はもごもごと動くだけ。ガラスの向こうの光景は山崎の研究室にも似ていた。見知らぬ白衣の男たちが驚いた顔でこっちを見ている。  声を聞きたい、と思った瞬間、それは起こった。 『おぉ!目覚めたぞ!』 『ついに複製体が動き出した!成功だ!』 『いやまて、まだわからんぞ。第一例ほどの成功を納めているかどうかはこれからのテスト如何になる』 『だが今までのナノマシン反応テストですと……』  声が聞こえたのはいいが、何やらろくでもない会話ばかりが聞こえる。  次第にはっきりしてくる意識の中、どうやらわかったことがあった。  味覚はわからないが、視覚も触覚もかなり正常っぽいということだ。おそらく体力なんかは昔のラピスのように皆無なんだろうが、それだけでもありがたいことだ。  そしてなにより──。 『む?誰かネットワークにアクセスしているのかね?』 『もしかして』 『いやまさか、だが可能性はあるな。うむ、念のためにアレのネット接続を切り離したまえ』 『無茶です!生命維持装置も止まっちまいますよ!』 『むう。しかしまずいぞ。おそらくアレは目覚めたばかりの子供だ、余計なことをやらかさんとも限らん』  どうやらネットにはアクセス可能のようだ。  これは使える。おかしな制御を施される前に、やるべきことをやっちまおう。  警備装置に入り込む。  やはりだ。ここはまともな設備じゃない。各部が完全隔離できるうえに、ガス封鎖して中の人間を残らず死滅される仕組みまである。おそらくは大規模なバイオハザードなどの最悪の状況を想定したものだろうが。  俺は迷わず俺自身に特権を設定した。カテゴリを臨時の所長ということにする。そして以外の全員の特権を管理者権限で削除するよう手配した。  そして、ただちに全館ガス封鎖を決行しようとして……ふと考えた。  ここのネットは外に通じていない。セキュリティのためにはいいことなんだろうが、そのせいで俺はここがどこで、どういう組織に所属する場所なのかも全然わからなかった。ルリちゃんやラピスなら可能なんだろうが、俺にはそんなことはできない。  もし全館を問答無用でガス封鎖して、上に普通の病院なんかがあったら目もあてられないだろう。  少し考えて……俺はその発動時刻を三日後に設定した。それだけあれば調査の時間もあるだろう、そう考えてのことだった。 [#改ページ] 過去との会話[#「 過去との会話」は中見出し] 『アキト君、もう飛んじゃいけないわ』 『どうしてだイネス?』 『遺跡と相性がよすぎる。異常といってもいいわ。最近のジャンプ回数を考えてごらんなさい?あれだけの回数、なんの問題もなくジャンプするなんて普通じゃないと思わないの?』 『いいことじゃないか。俺の目的のためにはありがたいことだ』 『そういうこと言ってるんじゃないわよ!いい?アキト君?  遺跡と貴方の接続がおそろしいほどルーズになってるってことよ。これはねアキト君、遺跡が貴方のジャンプを繰り返すうちに、貴方という端末の思考を非常にスムースにトレース可能になっているということなのよ。これが何を意味するかわかる?』 『わけがわからん。スムーズに跳べることになんの問題があるんだ?』 『簡単なことよ……もし貴方が「あの日に戻ってやりなおしたい」なんて念じてジャンプしてしまったら、遺跡は時すら遡って貴方を運びかねないってこと』 『……それが可能なら、それも悪くないかもな』 『言うと思ったわ。でもそれはダメ。最悪の結果を招くわよ』 『なぜだ?イネスだって過去へのジャンプは経験ずみだろうに。事故でだが』 『アキト君。臨死体験って知ってる?』 『?』 『ひとは死にぶつかると、心身共に異常な状況におかれる。ようするに、死にかけた時にまともじゃない経験をするということよ。走馬燈のように過去を思い出してみたりとかね。あれはまぁ死に瀕して過去のデータから「死から逃れるための有効なデータ」を大急ぎで検索しているわけで不思議でもなんでもない生体反応なんだけど、それでも立派な臨死状態の異常体験よね。  そこで問題。もしそういう状態のアキト君の精神を読み取った遺跡が、アキト君を走馬燈のように甦る思い出のままに過去へと飛ばしてしまったら?』 『……あの頃に戻る、ということか』 『そういうことになるわね……ただし、おそらくは死体になった貴方がね』 『……』 『あの懐かしいナデシコの中。あるいは幼少期の艦長と貴方。あるいはナデシコを降りてからのふたりとホシノルリの平和な暮らしの中。  そんな時間に突如として「未来のテンカワアキト」のボロボロの死体が漂着したらどんなことになると思う?  貴方、自分で自分の、あるいは親しい人達の過去をめちゃめちゃに破壊してしまいたいの?』 『……それは』 『まぁ、もうひとつの可能性もあるけどね』 『?』 『遺跡がもし、アキト君の肉体そのものでなくアキト君の意識、それとアキト君の中で構成されているジャンプ用のナノマシン群に反応していた場合。この場合、遺跡は貴方の精神とナノマシン群を保全したまま飛ばそうとするかもしれない。  だけどこの場合、状況はさらに笑えなくなるわよ?』 『……どういうことだ?』 『貴方と同調可能な「器」にジャンプアウトさせようとするはずよ。もっとも、そんなものが行き先の世界に存在するならばの話だけどね』 『器?』 『そうね……たとえば過去のラピスラズリやホシノルリのようなナノマシン強化体質の人間というのはどうかしら?もっとも彼女たちは自前の精神を持っているから、貴方の精神なんて受け入れたらまちがいなく人格崩壊を起こして廃人になってしまうでしょうけど。  あぁそうね。実験失敗で死にかけている彼女たちのご同輩って可能性はありうるかな?まぁ、データも何もないからあくまで推測にすぎないんだけどね』 『……そんなことがありうるのか?だいたい、そううまくルリちゃんたちみたいな人間に狙ったようにジャンプアウトできるとは思えないんだが?』 『たわごとよ、ただの。ここまで来たらもう科学者の言葉じゃないわね。なんの裏付けもないんだもの。  だけど、そうなる可能性は否定できない』 『……』 『どう?あの子たちの妹になってみる?』 『笑えない冗談だな。ていうか妹ってなんだ?俺は男だからその場合「弟」だろ?』 『実験体はほとんどの場合女の子よ。戦略メインのうえに肉弾戦を考慮しない以上、男性体より女性体の方が用途は広い。  しかも研究者はほとんど男だから、基本的に女の子を作りたがる傾向もある……わかってるでしょう?』 『……わかった。気をつける』 『ええ、そうして頂戴』  確かに笑えない。そもそもそれは冗談にすらなってなかった。  イネスの洞察は恐ろしいほどに的確だった。ラピスも手放しひとりぼっちの戦いの中、ついに燃え上がるユーチャリスの中で、俺は『やりなおし』を願ってしまった。  その瞬間、俺は跳躍してしまった。  そしてそれは、俺の歪んでいく恐ろしい運命への序曲だった。    数時間後、俺は試験管から出された。  ちなみにどうでもいい話だが、この身体が女の子だったのだけは猛烈にショックだった。「ちんこのついてない」自分の身体を改めて見てしまった俺は、不覚にも卒倒しかけて体調不良を疑われ、余計な検査まで受けさせられてしまった。  いやあのな、あの日のイネスの指摘通りになったのは仕方ないとしても……いくらなんでも女の子はないだろ?他の人間に突っ込むくらい融通がきくなら、せめて男にしてくれと俺は遺跡に悪態をついた。まぁもちろん遺跡に聞こえるわけもないんだが。  まぁそれはそれとして、彼らの会話からいくつかのことがわかった。  この身体はルリちゃんのクローン体らしい。遺伝子強化体質者最年長の成功例であるルリちゃんの遺伝子を元にして、バイオテクノロジーの粋を尽くして高速培養を行ったものだ。ルリちゃんとほとんど変わらない年代にさしかかったところで培養を停止、生きるための最低限のデータは脳に直接書き込んだらしい。  いやはや。わかっちゃいるんだが、もはや人をひととも思ってないよな。ノリはバイオ野菜の開発と全然変わらないときた。 「会話能力はないようね。でも白痴というわけではないわ」 「どういうことですかな?」  俺に服を着せ、身なりを整えてくれた女性研究者らしい女が言う。 「服を着せる時、ばんざいしなさいと言ったらちゃんと手をあげたわ。つまりこっちの会話は少なくともある程度は理解しているってことよ。  ボタンのとめかたも理解しているし、わざと意地悪したら機嫌まで悪くなったわよ?お風呂にいれようとしたら嫌がったうえに真っ赤になって抵抗したわけだけど。  恥ずかしいという概念までちゃんと持っている。ちょっと気になる点もないじゃないけど、とりあえず普通の人間レベルの知性は持ち合わせてるみたいよ」  さっき無理矢理丸洗いされたことを思いだし、俺は思わず眉をよせた。 「ほらね」 「なるほど」  くすくすと笑われ、俺の仏頂面はますますひどくなった。  だが次の瞬間、俺の目は点になった。 「しかしホシノ博士、なんとか間に合いましたな」 「そうね、オリジナルの方はネルガル行きだものね。この子の能力がどの程度かはわからないけど、うまくいけばあの子のようにネルガルに知られない隠し玉として研究が継続できる。余計な横槍が入らないのはありがたいことだわ」 「!」  ホシノ博士!?オリジナル!?  じゃあこの女……ネルガルにルリちゃんを売ったっていうホシノ夫妻の片割れということか?  すると、ここって……人間開発センターなのか? 「あら、どうしたの?おなかでもすいたのかしら?」  ホシノ博士らしい女が問いかけてくる。俺はなんとかルリちゃんについて聞いてみようとしたのだけど、口がパクパクするだけで声がでない。  くそ、なるほど発声はできないのか。 「……」  だけどホシノ博士は俺の表情と口の動きから何かを読み取ったらしい。 「ルリ?今、ルリって言ったの?貴女?」  頷くことしかできない。 「ルリを知ってるの?どうして貴女が?……ま、まぁいいわ。仮に知ってたとしても貴方の責任じゃないものね。貴女はここ以外の世界を知らないはずなんだから。  でもまぁいいわ、教えてあげる」  ホシノ博士は、優しいとも言えるほどの目線で俺に語りかけてきた。 「ルリは貴女のオリジナル……っていってもわかんないか。そうね、姉妹のような存在よ。  もしかしたら会いたいのかもしれないけど……ごめんなさいね。あの子は他のところにいくことが決まってるの。会わない方がいいわ」  そう優しく言うホシノ博士。  だが、俺は無垢な子供じゃない。この女の笑顔がそらぞらしいものだという事がよくわかる。 「さ、お部屋にいきましょう?貴女のために部屋も用意してあげたのよ?気に入ってくれるといいのだけどね」  そういって笑う女の目は、道具を見る冷たい目だった。 [#改ページ] 虐殺妖精[#「 虐殺妖精」は中見出し]  部屋は簡素なものだった。  少しのおもちゃ、本、ベッド。子供部屋らしいのはおもちゃの存在だけど、使いまわしなんだろうか?もともとはルリちゃんの部屋に置いてあったものなのかもしれない。  あと、IFS仕様の小型パソコン。 「……」  俺は少し迷った末にパソコンを起動した。  パソコンはネットにつながっていなかった。結線はしてあるんだけど、重要なファイルを一部わざわざ削除し、ネットを使えないようにしてあるようだ。センターの仕業か。  それでも俺は中をあちこち見てまわっているうちに、ふとあることに気づいた。  やはりこれもルリちゃんのものだ。彼女のおさがりらしい。登録してある名前が『ruri』のままなのを見てちょっとだけ苦笑いした。  研究者は専門馬鹿が多いというが、これもそうなんだろう。ルリちゃんから回収したパソコンを初期化するという知識がないのか、あるいはセキュリティの概念が甘すぎるのか。  あちこち見ていると、やはりルリちゃん級のオペレータIFSでないと入れないようなエリアがあった。いかにもルリちゃんらしいことだ。プライベートなデータなんかは、うっかり消し忘れても他の人に見付からないようなところにしまってあるというわけだ。  幸い俺はそこに入れた。残されているデータを見てみる。  『お魚データベース保管版』ルリちゃんらしいな。『牛乳で胸が大きくなる』ならないって。『所詮この世は馬鹿ばかり』なんだこりゃ?  『パソコンが壊れた時の復旧ファイル集』あ、これだこれだ。やっぱり持ってたか。  復旧ファイルなんて書いてあるが、きっとネットワークに入るためのツールだろう。なんとか動いてくれればいいんだが。  動かしてみる──お、ビンゴだ。あっさりネットにつながったぞ。  どれどれ。  ここは確かに人間開発センターらしい。さすがルリちゃんのツール、裏も表も自由に出入りできるぞ。  じゃあさっそくホシノ博士の会話の続きでも聞くかと俺はそっちに繋ぎなおし──  そして、仰天した。    さっきの部屋で会話は続けられているようだった。 『ホシノ博士。これはいったい?』 『たぶんルリよ。どういう手段か知らないけど48号に接触してたんだわ。もしかしたら48号が目をさましたのもそういうことなのかもね。  参ったわね。ネルガルに渡したらここの裏の秘匿実験体のことなんかが現会長に洩れるかもしれない。  ──まずったわね』 『どうします博士?社長派に助けを求めますか?』 『馬鹿!そんなことしたら私らの方が消されるわよ!口封じにね!』  ちょっとまて。なんの話をしてるんだ?  俺がルリちゃんを知ってたことが、どうしてルリちゃんの問題になってる?何を誤解してるんだ? 『ルリはどうしてるんですか?』 『好きにさせてるわ。いきなりあの子が目覚めたからね、まだプロスペクターとの手続きが終わってないのよ。プロスペクターは別の仕事を片付けに行ってるはず。  ああ、そうね。最後にラーメンでも奢ってあげようかしら』 『あれをですか?そ、それはさすがにもったいないんじゃ』 『どのみち会長派にもってかれるのよ?潰したって誰も泣かないし、いいんじゃないの?』  ……なんてことだ。  俺がルリちゃんを知っていた、ただそれだけのためにルリちゃんを殺すっていうのか。ラーメンを奢るということは、たぶん毒か何かで。  ひどい。ひどすぎる。  ルリちゃんはこんな奴の名字をずっと名乗り続けてたのか?あまりにも酷すぎるじゃないか。いくらなんでもあんまりだ。  これが『人間と見ていない』ってことなのか。    俺のせいでルリちゃんが殺される!  ────なんとかしなくては。    先のガス室プログラムを書き換えた。俺が『表』のフロアに出た瞬間に作動するようにだ。  ここが人間開発センターなら少なくともまともな一般人はいないはずだ。少しくらい巻き添えにするかもしれないがかまやしない、悪いが俺にはルリちゃんひとりの方がずっと大事だし、今さら偽善者になるつもりもない。ユリカのためといいつつ血まみれの未来を選んだ俺が何をいまさら躊躇する?  それに他の選択肢をとろうにもとりようがない。ネット接続以外にほとんど何もできない今の俺がルリちゃんをどうやって守る?  後でどう非難されてもいい、やるしかないんだ。  次、ルリちゃんには今すぐ外に避難してもらおう。研究員のいる場所にはもう一秒だって置いてはおけない。  ルリちゃんの居場所はどこだ。建物の構造図を補助脳に転送しつつ探す。  いた!センター地上階の事務室!パソコン借りてる! 『ルリ』 『あなたは誰ですか?』  かなり驚いたろうに、ほとんど一瞬で返答がきた。 『このネットワークIDは、さっきセンターに返した私のパソコンですね?あなたが新しい持ち主ですか?さっそくアクセスしてきたんですか?  私のフォルダを開いたということは、もしかして私の後輩?』 『悪いけど説明している時間がない。すぐにセンターの外に出て。理由はなんでもいい、散歩でも外の空気を吸いたいでもなんでもいい、とにかく外に出て。一秒でも早く!  間違ってもセンターの食事を食べたり飲物を飲んではいけない!勧められても!絶対に!』 『わけがわかりません。新手のジョークですか?』  そりゃそうだろう。初対面でいきなり退去勧告されたら誰だってそういうに違いない。  どうしよう。説明している時間がない。  だけど、 『そうですか。わけがわかりませんが、それでは急ぐとしましょうか』  意外な反応をルリちゃんは示してきた。 『私と同等のIFSを持ってるみたいですけど、すごい初心者さんですね。考えてることが結構ダダ洩れしてるうえに貴女の姿まで拝見させていただきましたよ?ちょっとびっくりですが』  ぐあ、それは情けない。 『あなたの危険はないんですか?』 『ある。だから俺も急ぐ』 『手伝うことはないですか?』 『自分の身をきっちり守ってくれればそれでいい。頼むから生き延びてくれ。  俺は君に死なれたら後悔してもしきれない』 『わかりました。では後でお会いしましょう。楽しみにしてます』 『ああ』  そういうと通信を切った。  パソコンの始末をしている時間はもうない。捨てようかと思ったけど思い直し、そのまま電源コードをひっこぬいて小脇に抱えた。  スリッパをはき、そして部屋を出たのだが──。 「どうしたの?どこへいくの?」  うあ゛、ホシノ博士か。なんつータイミングでしかも部屋の前に仁王立ち。  まさかとは思うが、通信内容傍受されたりしてないだろうな? 「パソコンの調子が悪いのかしら?ちょっと見てあげようかしら?」  ──ふるふる。首を横にふる。 「なんなの?じゃあパソコンもって遊びにいくの?少しでよければ遊んであげてもよくってよ?」  ──ふるふる。やっぱり横にふる。 「用がないんならお部屋に戻りなさい?」  ──ふるふる。そんな時間はない。 「わけわかんないっての、もう──」  だが博士はその言葉を最後まで言えなかった。  俺の渾身の当て身を食らった博士は、そのまま仰天顔で床に沈んだ。悪いな。  俺は壊れてないことを祈りつつ当て身の瞬間に落ちたパソコンを拾いなおし、そのまま上のフロアに向かって走り出した。  しかし、ルリちゃんの力でも油断した大人なら昏倒させられるんだな。いくら木連式柔を少しは使えるとはいえ、目覚めたばかりでまだ自由も充分きかないってのに。  ちょっと驚いた。    フロアは思いの他広かった。  上への直通エレベータが見えた。妙に狭いエレベータホールの中にあるのは何か理由があるんだろうか。やっぱり機密保持のためなのか? 「ちょっと待ちなさい」  ふたりいる警備員のひとりが声をかけてきた。まぁそりゃそうか。  俺は小脇にかかえたパソコンを指さし、上を指さした。 「ん?あぁ、修理してもらいにいくのかい?」  ──こくこく。頷いた。  ルリちゃんにはちょっと悪いけど、可愛い女の子の姿というのは便利なものだと今この瞬間に納得した。これが昔の俺ならいきなり不審人物扱いだったろうから。  実際、ナデシコにはじめて行った時の俺はそうだった。 「ちょっと待ってくれよ?今確認するから」  むう。怒ってみせた。それどころじゃないとジタバタしてみる。 「いや、君を疑うわけじゃないんだけどね。これも仕事なんだよ」  応対しているうちにもうひとりが確認をとろうとする。だめだ、止められない。  無理矢理突破できないもんかと一歩思わず踏み出したのだけど──。 「ん?」  がこん。通路の向こうで何か扉が落ちる音。 「なんだ?今なんか鳴ったぞ?」 「ま、待てちょっと待て!この子の確認がまだ」  ぽんぽん、とその男の胸を叩いてやる。 「ん、なに?」  パソコンを指さし、心配いらない、早く行ってあげてという風にジェスチャーしてみる。頷いて首をふってみただけだが。 「いや、そういうわけにも」  ──うるうる。 「そんな顔されてもね」  パソコンを掲げて泣きそうな顔をしてみる。  と、その時。 「ああ、上への許可出てるぞ。パソコンの不具合で修理依頼だと」 「お、そうか?」  ──なに?  ふたりの態度はいきなり軟化した。いったいなんなんだ。 「行っていいよ。ごめん悪かったね」 「……」  なるほど、そういうことか。  問題ないよと言うようにコクコクと頷き、俺はエレベータに乗り込んだ。  やれやれ悪い子だルリちゃん。助かったけど、後でひとこと言ってあげなくちゃな。  悪戯っぽい顔でパソコンに向かっているだろうルリちゃんの顔を想像しながら、俺は内心ひとりごちた。  エレベータはごくごく普通のものだった。  ただし階数表示が『B』のまま点滅している。一般用でない階層にいるからだろうけど、ということはこのエレベータは一般フロア用がそのまま流用されているということでもある。  さて、最後を確認しよう。  メインフロアに出てしまえばガス室プログラムが作動する。少なくとも警備側はひと騒動になるだろうから、外に出るのは難しくないだろうと思う。  怪しくないふりをしつつ、なんとか外にでなければ。  ちーんと鳴った。地上階に到達したようだ。  扉が開いた。  扉から出た瞬間、フロアのあちこちにいる警備員らしき人間がビクッと反応した。懐に手をやったり顔を見合わせたり、人によっては真っ青になって通信機に向かう。  ──はじまった。もうすぐここは地獄になる。  どうやらうまく撹乱もできているらしい。チャンスだ。  上のフロアは一般人も入ることができるようになっている。セキュリティは警備員のみなわけで、ルリちゃんがいたようなエリアを除けば電子的に入室管理がなされているわけではない。このエレベータフロアは例外だけど、今はセキュリティ自体が大騒動中なので小型パソコン小脇に抱えた小さな女の子になんか誰も目を止めてない。  そりゃそうだ。地下設備から大事故発生の警報が出ているんだから。地上設備を巻き込む可能性大ともなれば、普通の警備員は色めきたってあたりまえだろう。  何食わぬ顔で通り抜ける。ちらっと目をくれる警備もいるが、さっきのルリちゃんの細工がまだ効いているのか「ああ君はいい、行っていいよ」と頷いてくれる。このフロアの人間はルリちゃんの顔も知っているはずだが、さっき出ていったはずのルリちゃんがまた出現したことに頭を及ばすまでの余裕はないようだ。  すたすたと出口に向かう。  のたのた歩いているが内心は心臓バクバクだ。処置範囲は全館に設定してあるわけで、まさかとは思うが最悪、この地上フロアも巻き込む可能性がある。うかうかしていると俺も一緒に殺されてしまうかもしれない。  だが、慌てて走っては怪しいですと宣伝しているようなものだ。俺はここにいるはずのない人間だし。  建物出口までさしかかったところで、最後の難関が待っていた。 「待て」  いかつい感じの警備員が俺の前に立ちふさがった。 「今警報が出ている。子細はわからないが問題があるかもしれない。悪いが中で待機していてくれ」  いかにも仕事熱心、という感じの男だ。ある意味実直主義のゴート・ホーリタイプともいえる。  参った。これでは抜けられない。  ふと入口の向こうに目をやった。  ──あ。ルリちゃんがいる。こっちを見ている。  プロスペクターはまだいない。あいつがいれば何とかなったかもしれないが、これではどうにもならない。  なんてことだ。もう手がないのか。 「そんな顔をしてもダメだ。これが仕事でな」  ルリちゃんを巻き込むわけにはいかない。俺はなるべく穏便にここをでなくちゃ、ルリちゃんにどんな悪影響があっても泣くに泣けない。  そんなことを考えていると、警備員が外のルリちゃんに気づいたようだ。俺とルリちゃんを不思議そうに見比べて、はてと首をかしげる。 「よくわからないが……そういや彼女もパソコンを持っていたな。待ち合わせでもしているのか?」  コクコクと頷く。とりあえず嘘はついてない。  そうしているうちに、男の腰にある携帯みたいなのも鳴り始めた。 「ふむ。中で何か騒動も起きているようだな……まぁいい。警備がいるから出られはしないと思うが、敷地から外には出ないこと。わかっているね?」  こっくり頷くと、道をあけてくれた。 「次からは研究員の誰かに一筆書いてもらいなさい。悪かったね」  さ、いきなさいと言われ、俺は外に出た。    外の空気はうまかった。  五感がおかしくなってから御無沙汰していた、懐かしい感じだった。俺は胸いっぱいにその空気を吸い込んだ。  ふと気づくと、ルリちゃんが目の前にいた。  懐かしいナデシコ搭乗の頃のルリちゃんを目の前にして、なぜか目頭が熱くなった。 「はじめまして、ですね」  ルリちゃんは一瞬だけ逡巡して、そんなことを言ってきた。 「私の名前はもうおわかりですね。あなたのお名前はなんというんですか?」  俺は困ったように、喉を指さして首をふった。 「あ……もしかして口がきけないんですか?」  頷いてみせる。そうですかとルリちゃんはちょっと残念そうだ。 「IFSを通せばさっきみたいにお話できるんですね。ではそこに座りましょう」  さっき座っていたベンチを指さす。そこにはルリちゃんが持ち出したらしいノートパソコンも見える。誰のかはわからないが。  センターのようなところではモバイル可能なパソコンは配布されてないはずだ。俺の持ってる奴みたいにネットワーク機能を殺されたおもちゃは別だが。セキュリティ上問題があるはずだから。  と、そんなことを考えたところで俺は自分の大ボケに気づいた。  俺のパソコンをネット利用可能にしていたのは目の前のルリちゃんじゃないのか?馬鹿か俺は?  やれやれと苦笑いした俺を見て、ルリちゃんも表情を和らげた。 「さ、いきますよ」  俺の身体が自分をベースにしていることに薄々気づいているんだろう。ルリちゃんはどことなくお姉さん風をふかしているようにも見える。最年少クルーだったルリちゃんのそんな姿は、とても新鮮だった。  もしかしたら、ラピスと仲良しになったらルリちゃんはこんな行動をしたのかもしれないな。そんなことを考えつつ、俺はルリちゃんについていった。  並んで席についた。  心配していたが、パソコンは無事に起動した。OSが立ち上がってきたのを確認すると、俺は先刻のようにルリちゃんにメッセージを飛ばした。 『さっきはごめん、わけがわからなかったろ?』 「かまいません。ですが、何があったか教えてもらえますか?」  その説明はできない、と返そうとしたが……少なくともプロスペクターがくるまでここを動けないことに気づいて、俺は考えを変えた。  万が一ということもある。簡単に説明しておこう。 『俺のせいで、君に機密漏洩の疑いがかかった。少なくともプロスペクターに保護されるまで、君を安全圏に退避させなくちゃならなかった。  だから無茶を承知で君に連絡した。本当にすまない』 「?」  ルリちゃんは俺のメッセージを見て首をかしげている。 「貴女が目覚めたことと私に何か関係するんですか?私は貴女の存在を知りませんでしたが?  まぁ、確かにセンターに地下設備があることを知っていたのは問題かもしれませんが、貴女の存在は知りませんでした。だから本当に驚きました。  言いつけ通りに飲食もしないで出てきました。なぜか知りませんが研究員の方にずいぶん熱心に食事を勧められたんですが、外の空気を吸ってきてからにしたいですって断りましたし……なんなんですかね?」  ふう、どうやらタッチの差で間に合ったらしい。 「それで、貴女のお名前はなんていうんですか?」  困った。困ったから素直に答えた。 『俺は秘匿実験体だからな。番号はあるかもしれないが名前はたぶん……』 「アキト?アキトというんですか?男の子みたいな名前ですね」  え?え??  顔をあげると、どこか悪戯っぽく笑うルリちゃんがいる。 「悪いですけど、隠し事ができないのはありがたいです。どうやら貴女は私にたくさん隠し事があるようですから」 『俺はありがたくない。あと、アキトという名はよせ。君が後にアキトという人物に出会うたび、その名で俺を思い出されたら困る』  そう言うと俺はIFSターミナルから手を離した。  はやくきてくれプロスペクター。長話すると何からなにまでルリちゃんに嗅ぎつけられてしまいそうだ。  だが、その心配はある意味杞憂だった。 「全館非常事態警報?設備内事故発生?なんですかこれ?」  あ、とうとう表のネットにも出たのか。 「総員建物から出て中庭かセンターガーデンに避難っていったい……あ」  ルリちゃんが顔をあげて建物入口を見て、そして凍り付いた。  ガラスにたくさんの人間がはりついていた。自動ドアが開かないのだろう、なんとかドアを開けようと足掻いている姿がここからはっきり見えた。  ──開くわけがない。  俺の設定したガス室プログラムが地上建築物全てに適用されるのなら、おそらくセンターの建物は完全密室になるように設計されているはずだ。換気孔は負圧を利用して内部の空気を逃さぬよう、そして出入口は気密性保持のために密閉。  そう。タッチの差で俺もあの中にいるところだった。ルリちゃんも。  外から警備員がかけつけてくる。どうやら正門など外部にいるはずの警備員らしい。  ということは、外にももう出られるな。 「──なんですかこれ」  ルリちゃんの声がふるえていた。 「貴女が急いで外に出ろといったのは、まさかですがこのことですか?」  頷く。嘘はついてないからな。 「でも、どうしてこんなタイミングで事故が?まさかですが、さっきいってた機密漏洩疑惑のためですか?  いえ、それは変ですか。そういう理由なら私ひとりをどうにかすればいいはずで──!」  ルリちゃんはそこまで言って、そしてギョッと顔色を変えた。 「まさか……これは貴女の仕業ですか?  飲食をするなという警告。何年もいて一度もなかったのに唐突な食事のお誘い……あれはまさかですが、私を誰かが、そう──機密漏洩防止のためにどうにかしようとしたということなんですか?  貴女はそれをさせないために、自分にできること……たぶん、センター地下にあった証拠隠滅のための装置を利用した。そういうことなんですか?  答えてください!いえ、答えなさい!」  ルリちゃんは恐ろしいほどに真剣な顔をしていた。  俺はためいきをつき、IFSコンソールに再び手を添えた。 『俺のせいだ』 「それではわかりません。詳しく言いなさい」  蒼白になっているルリちゃん。激怒するべきなのか嘆くべきなのかわからない、そんな顔だった。 『俺は君を知っていた。だがセンターの人間はその原因として、君が秘匿実験体エリアにアクセスしていて俺とコンタクトをとっていた可能性を考えた。  それは知られてはならないこと。このセンターは人間から人間以上のものを作り上げるための組織で、中にはとても口外できないような危険きわまることもやっていた。俺もそうした実験のために作られた「もの」のひとつだ。  それを知る君がネルガルに行く。その意味がわかるか?』 「話の流れはわかりますが、最後の意味がわかりません。  確かに実験は危険なことかもしれませんが、ここもネルガルの一部ですよ?私をお金で買ったくらいですから大人の事情はいろいろあるんでしょうけど」 『その通り、大人の事情だ。  君は自分の契約書を見たろう?人権を確保してやるから戦後は好きに生きろと、そう書かれてなかったか?それが今のネルガルの本音だ。君を普通の人間として世に放ち、ネルガルとは関わりない善意の第三者としてしまおうというわけだ。こんな実験を続けさせることは今のネルガルには認められない。  もともとそういう実験は過去のネルガルの暗部のようなものだ。今のネルガル会長は実験がもたらす効果は認めているし君のこともたぶん評価しているが、君のような女の子がたくさん生まれてくることはまったく望んでいない。ひとがひとを改造するような真似をするのは好ましくない、少なくとも企業が営利目的でやることではないと考えているんだ。  つまり、機密漏洩は彼らセンターの人間にとって最悪の事態を意味する』 「死活問題、ですか。首が飛ぶというわけですか?」 『君にはあまり知ってほしくない話だが……それは仕事がなくなるという意味じゃないぞ。飛ぶのは比喩でなく本物の人間の首だ』 「……」  ルリちゃんは黙っている。建物の方は見ていない。見るのが怖いんだろう。 『さてルリちゃん、出ようか』 「え?」 『もうすぐ迎えがくるんだろう?君はそれで新しい場所にいく。そして全て忘れるんだ。たぶんプロスペクターもそう言うと思うしね』 「待ってください。ひとつ質問があります」  ちなみにさっきから、ルリちゃんの発言はネットでなく肉声で行われている。  パソコンを終了しようとした俺はルリちゃんの言葉で止まった。 「貴女はどうするつもりなんですか?」 『……』 「秘匿実験体ということは聞きました。つまりセンターがこの状態だと貴女はたぶん幽霊と同じです。どこにも行くところなんかないはずです。  私が行ってしまったら、貴女はどうするつもりなんですか?」 『もう自由だ。どこにでも行ける。好きに生きてみるさ』  ネルガルの前会長派に追われる可能性はある。今ここでこうしているところを記録されている可能性は大だしな。あまり長い人生にはなるまい。  だがまぁせっかく生き延びたんだ。五感のなかったあの頃よりある意味ずっと条件はいい。やれるだけのことはやってみるさ。  だが、ルリちゃんは思いっきり顔をしかめた。 「冗談じゃないです。貴女をひとり行かせるなんてとんでもない」  ……はい? 「正直いって寒気がしました。私は怖くて今も入口に目を向けられません。涼しい顔をしてセンターのひと全員を皆殺しにする、貴女の感覚も私には理解できません。  でもそれ、貴女の責任じゃない。半分は私のせいじゃないですか」 『ちょっとまてルリちゃん、君は関係ない。やったのは全部俺だ』 「ふざけないでください」  だけどルリちゃんははっきりと怒りの顔をした。 「理由はともあれ殺されそうになったのは私なんでしょう?彼らは私を殺そうとした。食事に毒か何かを混ぜて……たぶんナノマシンの暴走を起こすためのものか何かですね。私には大量のナノマシンが含まれています。それは私の生体機構とうまく馴染んでいますが、もしこれが全て暴走すれば私は死んでしまいます。そして専門家以外では私の死因を簡単には特定できないでしょう。  貴女はそれを知り、私を殺させないために建物の外に出した。  秘匿された研究エリアからの通信です。しかも貴女は隠された実験体で存在自体が機密対象です。それだけでも貴女の命は危険にさらされるはずです。それでも貴女は通信してくれた、私を助けるために。違いますか?」 『……』  答えることができなかった。 「だけどそれだけでは足りない。センターの人間全てから危険要素が排除できないと判断した貴女は、秘匿エリアに証拠隠滅のための装置があるのに気づいてこれを動かした。ひとつ間違えれば自分も死んでしまうことを承知のうえで、私ひとりのためにセンターの人間全てを皆殺しにする選択をした。  そうなんですよね?違いますか?違うなら言ってください」 『その通りだ』  少し迷った末、俺はそう答えた。 『だがその原因は俺にある。俺が君を知っていたから』 「そんなことはどうでもいいんです」 『よくない』 「いいんです」 『よくない』 「話を聞いてください!」  がし、とルリちゃんは俺の肩を掴んだ。 「つまり、貴女は私の命の恩人です。貴女がいなければ私は今ごろ死んでいたか、瀕死の苦しみの中にいたはずです。唯一助けを求められるはずのセンターのひとの手によってです。救いもなく無惨に殺されてしまったんでしょう。  恩人を、はいそうですかと身寄りもなにもない野に放つなんてことは私にはできません」 『それはもともと俺のせいだ。君が気にすることではない。  むしろ君に多大な迷惑をかけ、さらに未来にむけて不安要素までつけてしまった。どんなに悔やんでも悔やみきれない』  そうだ。 《貴方、自分で自分の、あるいは親しい人達の過去をめちゃめちゃに破壊してしまいたいの?》  アイちゃん、君は本当に凄い。恐ろしいほどに君の指摘は正確だ。  俺は冗談でなく、よりによってルリちゃんの未来にとんでもない暗雲を呼び込んでしまっている。時を越えてたったの一日で!  これ以上、俺はルリちゃんの側にいてはいけない。  なんとしてでもルリちゃんを元の史実に戻らせて、そしてどこかで静かに消えなくては。  これ以上の凶事がやってくる前に。    だが次の瞬間、俺は自分のとんでもない馬鹿さ加減に嘆くことになった。   「話は聞きましたよ?」 「プロスペクターさんですか」 「はい、ルリさん。お待たせいたしました」  にこにこと笑うプロスペクターが、いつのまにかそこにいた。 「ここで秘匿実験を行っていたとは。いやはや灯台もと暗しとはこの事ですな。面目ない次第です、はい。  ルリさんがご無事でなによりです。そして貴女、本当にありがとうございます。  ところでお名前はなんとおっしゃいますかな?もしないのなら、何か考えますが」  秘匿実験体の実状を理解してのセリフだろう。プロスペクターはニコニコ笑っている。 「この子は私のクローン体のようです。クローン体といってもここまで外見が似ているというのは驚きですが。加速培養の際に何かされたのかもしれませんね。  プロスペクターさん、この子をナデシコに連れていってかまいませんか?身寄りもなにもないんです。私の扶養家族ということでいいですから」 「もちろんかまいませんとも。ちなみにオペレートの腕前などはおわかりで?」 「はい。素質は十分すぎるほどですがまるっきり赤ちゃんです。私が手とり足とり教えてオペレータとして育てたいと思います」 「なるほど、それではオペレータ見習いということでお載せしましょうか」 「よろしくお願いします」 『まてまてまてまてちょっと待て!』 「なんですか、アキ?」  はぁ?なんだそのアキって? 「男の子みたいな名前は変ですからね、アキにしましょう。安直ですが結構可愛いと思いますよ?」 『名前なんかいるか!そもそも俺はナデシコになんか乗る気はない!』 「なるほど、ナデシコが乗物なのは知ってるんですね。他には何を知ってるんですか?」  げっ!しまった! 「ますます放置できませんね。そこまで能力があるうえにまるっきりの赤ちゃん、しかも私を助けるためだけにここまでの選択ができてしまう判断力。  いくらなんでも危なすぎます。ぶっちゃけありえないです。  私でなくてもこのままにするなんて選択肢はありえませんよ。そうですよねプロスペクターさん?」 「そうですなぁ」  な、なななんでプロスペクターまで同意するんだ?  つーか誤解だ!俺がナデシコを知ってるのはクラッキングのためじゃなくてこれは史実で! 「はいはいダメですそんなジタバタしても。ネタは割れてるんですから」  ぬあああ、話を聞け!ていうかネタってなんだよ! 「とにかくナデシコに参りましょう。さ、アキさん……ですか?貴女もご一緒に。後は我々ネルガルが何とかいたしますので」  俺はぶんぶんと首をふった。強い否定。 「そうですかそうですかOKですか。では参りましょう、さ、ルリさんも」 「はい。さ、いきますよアキ」  違う────!!    俺はそのままナデシコに連れていかれた。  IFSがないと会話もできない、しかも迂闊に会話すれば自らの未熟のせいでルリちゃんに史実や逆行のことまで知られかねない。そしてその結果、ルリちゃんの未来を破壊することを恐れた俺は、とにかく最低でも史実通りだけはなんとかなぞろうと決めた。  そのために誰に嫌われてもいい。ルリちゃんだけはなんとしても助けようと。  ユリカのことも心配だ。だけど今の俺に何ができる?この身体で?  がんばればルリちゃんのようにはなれるかもしれない。だが物理的戦闘力などこの身体で身につくとは思えない。  ルリちゃんを守る。  このルリちゃんは俺のあのルリちゃんとは違う。だけどルリちゃんだ。俺とユリカの大切な義妹であり義娘。なんとしてでも守りぬかねばならないんだ。そう決めた。    そして、数年が過ぎた。 [#改ページ] ふたりの未来[#「 ふたりの未来」は中見出し]  火星の空は青い。  復興の進む火星。その中に俺はいた。ネルガルの研究所職員として、イネスの手伝いをしたり色々しながらそれなりの毎日を送っていた。  ここはネルガルのオリンポス研究所。再開された遺跡研究のための設備として、ネルガルとアスカ・インダストリの共同で運営される国際研究施設として稼働している。  そして俺は今、その展望室で空を見ている。 「あらアキ、またここにいたのね」 『イネスおつかれさま』  イネスだった。  イネスは今も昔もあの頃もほとんど変わらない。淡々と白衣で仕事をする姿もあいかわらずだ。  廊下のサーバーで買ったらしいコーヒーを片手に、イネスはどっかりと俺の隣に座った。 『アキトの様子はどう?』 「一進一退かしら?ま、ユリカさんとラピスリズリがつきっきりだから問題ないと思うけど」  俺の特製コミュニケから開くウインドウに、イネスは普通に答えている。 「なんの因果で私が医者のかわりまでするんだか。いちおう私は科学者なんだけどね?」 『事実上の彼の主治医はイネス、貴女。他の誰にもできない』 「まぁね。だからこそ私も火星でゆっくり研究できる生活にも戻れたわけだけど。  事情はあれ大量殺人犯の彼を地球に置いとくとロクなことにもならないでしょうし」  今でもうるさいマスコミやなんかは定期的にやってくる。テロリストとしてあげつらうにしろ、悲劇のヒーローとしてもてはやすにしろやってることは変わらない。静かに暮らしたい人間にとってはどちらも迷惑なことだ。 「ホシノルリはどうしてるのかしら?」 『もうすぐくる。ネルガル火星支部と火星守備隊の兼任は大変らしい』 「……口のきけない可愛い妹。そして、それを守り抜いた電子の妖精、か」  ふうっとイネスはためいきをついた。 「ま、その妹のために火星で静かに暮らしますといわれれば、電子の妖精脅威論を唱えてた連中もそりゃ黙るわね。貴女の存在は元から大々的に宣伝されてた。彼女をまるで怪物のように扱う世論もまだなくはないけど、かよわい妹に甘い優しいお姉さんの姿があまりにも前面に出過ぎてて問題視されてない。  そして元より事実問題ない。たとえホシノルリが何を企んだとしても、貴女のためにならない事をあの子は絶対にしないから」 『そのいい方はやめろ』  かよわい妹なんて言われると未だに鳥肌がたつ。俺は男なんだ、少なくとも中身は。  だけど、それは誰も知らない。ルリちゃんは薄々おかしいと思っているかもしれないが、それでもバレてはいないと思う。最低限のIFS技術をルリちゃんに習った俺は、まず最初にルリちゃんに絶対に余計な情報を漏らさないよう、オモイカネにまで言いふくめて徹底的にガードしたんだから。 「さて、私はもういくわ」  え、もういくのかイネス? 「このコーヒーあげる。飲んでから行きなさい、廊下をコーヒー飲みながら歩くなんてダメよ?」  そんなわけのわからないことをいいながら、イネスは悪戯っぽく笑いつつ退場していった。  なんなんだ、いったい。    大筋の歴史はまったく変わりなく推移することになった。  史実通りに白鳥九十九は死んだ。ミナトさんが泣き、戦争は終わった。ユリカとアキトが結ばれあの事件も起きて、そしてユリカは助け出された。  それを俺は、じっと見つめつづけた。  俺にはどうすることもできない。俺の力なんかで何かが変わるとも思ってないし、俺にはルリちゃんひとり守れるかどうかもわからない。だから俺は歴史には一切かかわらないよう慎重に、慎重に生きつづけた。  で、俺がそんな風にするのが悲しげに見えたのか、事あるごとにいつもルリちゃんがつきっきりで慰めてくれた。  そう、そうだな。唯一劇的に変わったのはルリちゃんの立ち位置だろう。  俺に構いつづけお姉さん風を吹かせ続けたルリちゃんは、相対的にアキトとユリカとの接点を減らすことになった。水着コンテストにふたりで参加したり(俺はいやだと告げたのにウインドウ見てないふりして引っ張り出された)、『あき』とひらがなで書かれたスク水でテニシアン島で遊びセイヤさんたちの隠し撮りの餌食にされた。俺にばかり構いつづけるのに不安を覚えたがそこはナデシコ、皆とうまくいってルリちゃんは変わらず人気者にもなった。  ……どういうわけか俺までしょっちゅう引き出されるのには困ったが。  ナデシコの連中はどうも「ルリルリ落とすならまずアキを落とせ」なんて言ってたらしい。どういう意味なんだろ?いちどユリカに聞いてみたら、あのユリカに「うふふ、鈍感さんだねアキちゃんって♪まるでアキトみたい」とかわけのわからないこと言って盛大に笑われたっけ。なんだかな。  俺が秘匿実験体とばれたのはピースランド事件だ。ルリちゃんを迎えにきた従者が俺を違法実験の生み出したルリちゃんの粗悪なコピーだと言い切り相手にしなかったためだ。もっともそれを見たルリちゃんが猛然と激怒、プロスペクターをオロオロさせたあげく、国王夫妻がじきじきに謝罪の連絡をナデシコに寄越すという異例の事態ともなったのだが。  結局ルリちゃんは史実どおりナデシコに留まったのだけど、今でも時々国王夫妻から連絡があったり贈り物があるらしい。そしてルリちゃんも何度かピースランドを訪れているのだが、ピースランドの町などは気に入らないが国王夫妻はとても穏やかで優しい方たちだとちょっとだけ嬉しそうだった。  あの時だけは、逆行してよかったと本当に思ったもんだ。  もしかしたらこのルリちゃんは、俺たちのルリちゃんとは違う歴史を辿るのかもしれない。ピースランド王家がルリちゃんのために対応も立ち位置も変えてきたように、ルリちゃんも変わっていくのかもしれない。そう思った。  そんな歴史の差異は、終戦になってとうとうピークに達した。  ルリちゃんはユリカたちについていかなかった。日本のピースランド大使館の名前で小さな借家が用意され、俺とルリちゃんはそこからネルガルに通う日々となった。連合軍出向で所属はネルガル、さらに住居はピースランドきもいり。ようするに三つの組織がルリをひきとろうとケンケンガクガクの結果だったというわけだ。  んで、その借家に俺がずるずる引きずられていったのもご愛嬌。  月日は流れる。全てを変えていく。  妖精のように可愛くなっていくルリちゃんに比べ、俺はルリちゃんよりボーイッシュな感じに変化していった。精神が男なのが肉体に作用した結果なのか。もっともさすがに素材がルリちゃんだけあって「ルリちゃんとしては」の枕詞はどうにも外せそうになかったが。  ガワがルリちゃんだとやっぱり可愛くみえるのか、どこにいっても俺は年上のお姉様とか年下のちっちゃな女の子とかに妙に人気だった。そのせいでルリちゃんが妙にむくれたり、本当に退屈しなかったっけ。  そして、あの日──。 「また空を見てるんですか?アキ」  ふと回想をやめると、そこにルリちゃんが立っていた。火星守備隊の制服を着て。  ルリちゃんは、プレゼント用と思われる箱を持っていた。それを手にもったままつかつかと歩いてきて、当然のように俺の隣に座った。 「プレゼントです。アキにあげます」 『ありがと。でも、なんで?』 「あければわかります。ここなら誰もいないから心配ありませんよ」 『?』  なんだ?  よくわからないが開けろということらしい。首をひねりつつ包みを解き箱をあけて、  そして、凍り付いた。    中に入っていたのは、いわゆる|張り型《ディルドー》。女の子同士の関係で使うやつだ。しかもIFS制御のやつ。   「私限定ならばかまいません。いつでも使っていいです」  赤面しながらルリちゃんはそんなことを言った。  俺は正直、ぽかーんと口をあけていた。ルリちゃんがなんでこんなわけのわからないことをするのかまったく理解不能だった。  だが次の瞬間、俺の疑問は一瞬で解けた。 「何驚いてるんですか?当然でしょう?──テンカワさん?」 『!?』  俺の隣で、びっくりマークのウインドウが間抜けにもポンと開いた。 「あの頃、アキは私をルリちゃんと呼んでましたよね?ごくごく自然に、しかも堂々の男言葉で普通にチャットしてきたし、漏れてきたアキの意識の中でも私はちゃんづけでした。  私をちゃんづけで普通に呼ぶ人って意外にいないんです。私が子供じゃないと言いつづけたせいですかね。ルリくん、ホシノくん、ルリルリ、ルリ坊。ルリちゃんよばわりは少ないんです。男性に至ってはテンカワさんただひとりですよ。少なくとも私は覚えてません。  テンカワさんはなにしろ、あのリョーコさんすらもちゃんづけで呼ぶ筋金入りの猛者ですからね。しかもあの性格やら何やら、あからさまにアキそっくりです。これで疑うなという方がどうかしてますよ。  で、とどめです。覚えてないとは言わせませんよアキ?はじめて逢ったあの日、私が貴女の思考から最初に読み取った名前は『アキト』。そう、アキではなくアキトでしたね。しかもその直後、ナデシコに『テンカワアキト』さんがやってきた。  おかしいですよね。アキトっていう名前自体は珍しくもないと思いますけど、そこらに溢れるほどポピュラーな名前でもありません。あの時すでにちょっと不思議でした。  ましてやさっき言った通りで……これでまだ疑わない人がいるとしたら、それは艦長くらいのものでしょう」 『あ』  しまった。そんなのとっくに忘れてたよ……。 「そして皆の記憶が混じったあの時、私は見ました。見たのはみんなですけど、それがなんであるかを理解できたのは私だけ。アキの記憶は普通の人と色々な部分で違ってて、アキと接触経験の長い私だけがかろうじて理解できた。ちなみにイネスさんもお話したら理解してくれました。  とても、とても驚きました。だけど、物凄く納得もできました。最後の謎がそこで解けました。  何かあるとは思ってました。テンカワさんの事もあるし、よもやとは思ってました。  ──だけど、まさかアキの正体が、本当に、未来から時を越えてきたテンカワさんだったなんて」 『……』  がっくりと力が抜けた。  あ、あは、あははは……なんてこった。わかってて知らんぷりしててくれたのか。俺が隠してるのわかってて。  ルリちゃんの言葉は続く。 「私は最初、アキを恐ろしいと思っていました。  人間開発センターでのアレは衝撃的でした。プロスさんに後で聞いた話では全滅だったそうです。貴女は私を助ける、ただそれだけのために数百名以上をあっさりと皆殺しにしてしまったんです。秘匿実験の問題があるので事件にはなってないし、ましてや貴女が責められる謂れもない……ですが人間の気持ちはまったくの別問題です。  最初の出会いがあれでしたからね、思いっきりアキの印象は悪かったです。  はっきりいうと幼女が大量破壊兵器のトリガーを握っているような猛烈なやばさを感じましたからね。しかも私と同じ顔です。これは洒落にならない、少なくとも最低限の常識がわからないと大変なことになる。私はそう思ってアキを強引にナデシコに連れていきました。  だけど印象はすぐに変わりました。  プロスさんの話には続きがありました。私を処分──そう、殺すでなく機械的な『処分』です──を決定したのは私の養母であるホシノ博士だったようだと。おそらくアキはそれを訊きつけて怒り、問答無用でセンターごと消してしまうことを決めたのではないかと」  そういうと、ルリちゃんは俺を横から優しくだきしめた。 「貴女は誰よりも優しい子でしたね、アキ」 『……』  そんなことはない。俺は優しい人間なんかじゃない。  優しい人間はテロリストになんかならない。 「優しいですよアキは。  確かに危険人物です。事情があれ、あんな恐ろしいことをあっさりと選べるのはやっぱり普通とはいえないでしょう。ですがそちらは問題ありません。  アキには私がいる。絶対にこの手は放しませんよ。  私がいる限り、もう二度とあんなことはさせませんから」 『……』  優しく耳許でささやくルリちゃん。  本当に、何から何までみんなルリちゃんは知ってしまってたんだな。それでも知らん顔で俺を守り続けてくれて、これからもそのつもりらしい。いきなり変なプレゼントなんて持ってきて驚いたけど、つまりはそれを改めて宣言するためか。  ああ……俺、もう一生ルリちゃんに頭があがりそうにないな。 「……アキ……」 『!?』  わ、わわ、わわわ!ルリちゃん、ど、どこ触ってるんだ君はっ! 『こ、こらルリやめ!お、女同士だから女、おん、お──!?』  だけどルリちゃんは止まらない。強引に俺に口づけすると俺の浮かべる拒絶のウインドウを全部わずらわしそうに読みもせず払いのけ、俺を押し倒してきた。 「アキ。さ、しましょう」  おいまて!冗談でなく本当にその気なのか!? 『だ、だから女同士っ!』 「ユリカさんでなくてごめんなさい。でもかまいませんよね?」 『よくない!』 「うざいです、ウインドウ消しなさいアキ。男の子なら覚悟決めなさい」 『違う!い、いや、違わないけどでも違うってば!』    翌日、俺とルリちゃんはふたりとも職場に大遅刻することになった。   (おわり) [#改ページ] あとがき[#「 あとがき」は中見出し]  実は、ルリが逆行してないまともな(?)逆行SSは書いたことがありませんでした。最初は『光の人』の別バージョンでやろうと思ったのですが、悩んだ末にルリを正ヒロインに据えた話を書いてみました。  あと、他の個体への逆行をまじめに考察するパターン。この手のSSでは当然のように描きますが、ナデシコ本編ではこのパターンは存在せず、年代が引き戻されるというのは逆行系のオリジナル設定なのです。  お読みくださりありがとうございました。   『ホシノアキ』  逆行者。元テンカワアキト。ルリのクローン体、ただし失敗作の体に宿る。口がきけない。これは精神的な理由ではなく、声帯まわりが高速培養時のミスで形成されていないため。  素質はルリと同一だが何しろ真っ白の赤ん坊同然なので、優れたIFS操作能力も全然うまく使えない。戦争時はマスコット状態に近かった。  外見もルリと同じだが、遺伝子が同一だから同じ姿になるというわけではない。そういう風に育成時に細工された結果である。中身は赤ん坊同然なのでよく寝る。   『ホシノルリ』  アキ以外に逆行者は存在しない。ルリもこの時間のルリである。  アキが人間開発センターの地下施設に現れたことから彼女の人生は大きく狂いだす。アキがアキトであると知り驚くが、彼女の記憶の中の『かつてのルリ』の目線の意味を知り、姉妹以上の愛情をアキに抱くようになる。  だが同時に危険人物であるアキを無害なまま生きさせるにはどうすればいいか、にも悩むようになる。   「ルリがアキの行動を認めたか否かについて」  ある方の感想で、アキとルリの行動の異常性を指摘するご意見がありました。なるほど説明不足と判断し、ラストに少し書き加えました。ご指摘ありがとうございます。  結論からいうと、ルリはアキの当初の行動を認めていません。むしろ認めないから世話をやき、側にいるともいえます。自分がしっかり監督し、またああいう選択をさせる立場に追い込まないよう守ろうとしているわけです。  アキの行動については説明はいらないのでは?目的のためにコロニーひとつ巻き込むことも辞さなかった人物です。ユリカを取り戻すためにあれほどのことをした人物が、家族であるルリを守るための行動を躊躇するとは思えない。理想をいえば実行犯だけを叩きのめし排除すればいいわけですが、ルリと同等以下の体力しかなくなり武器もない彼にそんなことできるわけがない。  人殺しなんて認められないとおっしゃるのなら、映画本編を見てくださいと申し上げるしかないです。その行動を罪と知りながら選びつづけ、それゆえに咎人の自分はユリカとともにはいられないと判断した彼。その選択肢は今も生きている。それだけのことです。多くの逆行SSでは忘れられがちですが、彼はあの劇場版の悲しいアキトの未来なのですから。  ありがとうございました。