ゲロイア・デヴァ・ゲロノア hachikun TS-Fate/stay night、しかし改変しすぎ警告  (暫定ですが完結しました)    そこは並行世界のひとつである。  聖杯戦争はそこでも起きていた。衛宮士郎をはじめとする面々も存在し、他の並行世界と何も変わるところはなかった。  ──ただひとつ。戦争前に士郎が奇妙な猫を拾ったことをのぞけば。  死にかけていた猫だが、翌日には姿を消していた。士郎と桜は探したが見付からず仕舞い。  ひとつの物語がそこから始まるとは、誰も考えてはいなかった。 [#改ページ] とある日の夢[#「 とある日の夢」は中見出し]  夢を見た。    空が燃えていた。大地が赤かった。  無象の死体が転がる世界。死の蔓延した世界だった。  ひとりの少女。ただひとりの生き残り。死にかけた老人のそばにいた。 「──お祖父様、|星辰《せいしん》の杖を」 「いかん。それは──」  だが老人は小さく咳こみ、……そのまま動かなくなった。 「……」  少女は泣かなかった。もう涙も枯れ果てたという顔だった。死んだ老人の手から大きな杖をとると、静かに立ち上がった。  ──くる。  闇を照らす炎の中、ビルほどもある巨体に輝く双眸。  光の戦士を自称し、星々の民からも慕われる民族。  その名も『|光の者《ゲノイア》』。  赤と銀に彩られた特有の戦装束。ただひとりで宇宙戦艦なみの戦闘力をもち、生身で宇宙をも渡る異星の超戦士たち。  調停者、または正義の味方と呼ばれる者たち。 「──許さない」  少女の瞳に、はっきりと憎しみの炎がともった。 「何が正義の味方よ。何が光の使者よ……  この星を、わたしの|祖国《キマルケ》を滅ぼしたくせに。父様を、母様を、お祖父様を、友達を、先生を、  みんなみんなみんなみんなみんな、みんな!みんな!!殺したくせに!!!!」  絶叫が響く。応えるのは風の音だけ。  ぎりぎり、と音がする。少女のまわりで憎しみが魔力を帯び、空気が血の赤を帯び始める。  少女は知っている。  好戦的な彼女の民族は、確かに危険視されていた。それは知っている。いくつかの国が最近滅び、それが自分たちの国のせいである事、それも知っていた。    だが、だからといって星ごと滅ぼすのか。  なんの罪もない女子供、一般庶民まで全部道連れに、この星の森羅万象もろとも焼き尽くしたのか。    それが『正義の味方』のやる事なのか。    憧れていたのに。  大好きだったのに。    ──信じていたのに!!!   「──『星辰の杖よ』」  ぶるる、と杖が震えた。 『星辰の大神殿に接続、適用範囲無制限。緑の呪文に割くエネルギーも全てこちらに回せ』  杖の振動が大きくなる。だが少女は動じない。 「───絶対、許さない」  この星の全てをもって、あの■■■■■■どもを叩き潰す。  少女はただの少女にすぎない。その身は細く小さく弱い。同年代の男の子にすら抗えない、そんな存在にすぎない。  魔力も弱い。しかも戦闘用の魔術なぞ全く使えない。少女にできるのはたったふたつ。『放出』と『吸収』。ただそれだけだった。  そんな彼女が、光の使者とまで称される宇宙の戦士なぞに勝てるわけがない。  だが。 「──わたしは認めない」  だが『星辰の杖』なら扱える。彼女は駆け出しとはいえ、その星辰の杖の巫女なのだから。  この杖は武器ではない。大きな魔力を流動させるための鍵にすぎない。神殿と組み合わせる事により星の運命(星辰)に干渉し命を育むためのもの。ゆえにその名を『星辰の杖』という。  だが、これを破壊のために使用したなら?  この大地そのものを犠牲にし、星をも砕く莫大なエネルギーを残らず破壊力に変換したなら?  生存者は少女ひとりだけ。巻き込むのは敵だけ。自分も死ぬだろうが、どのみち生き延びる確率は無にも等しい。  そして同族はもういないのだ。ひとり残らず彼らに殺された。    ──ならば。  ──どうせ死なねばならぬなら。    少女の傍らに死体が転がっていた。  首から上と右手がないそれは、ついさっきまで少女が姉と慕い、先輩と懐いていた存在のものであった。老人と少女をかばい死んだものだ。  少女はそれをちらりと見た。はじめて涙があふれた。   「……こんなものが、こんなものが正義だなんて!」  わたしは認めないと少女は震え、|哭《な》いた。  慟哭とともに杖のまわりの空間が歪む。|惑星《キマルケ》自体のもつ文字どおり天文学的なエネルギーが大神殿を通じ、杖に流れ込みはじめたためだ。  エネルギーに気づいたらしい。戦士たちの巨大な目が一斉にこちらを向く。  だがもう遅い。少女は涙を振り払った。 「『|光より来た者、光に追い返せ《ゲロイア・デヴァ・ゲロノア》!!』」  血を吐くかのように紡がれた禁断の起動呪文。復讐の狼煙。    刹那、闇が溢れた。 [#改ページ] 正義の味方[#「 正義の味方」は中見出し] 「……なんなんだ」  なんというか、妙な夢だった。  赤い惑星。死にゆく星にうごめく巨大な戦士たち。戦争により滅びた世界の夢。  ──奇妙なことに、敵と思われる連中の姿は、子供の頃テレビで見たあの正義の味方にちょっと似ていた。  いやもちろん、手や目からビームなんて出てなかったし、あれが戦装束だなんて解釈は初耳だ。あれは、ああいうイキモノだったはずだ。 「……」  まぁ外観なぞは瑣末だろう。あれがウルト◯マンじみていたのはたぶん衛宮士郎のイメージだ。理解できない部分を自身の記録で補ったということなんだろう。  本当に奇妙な夢だった。  イメージ自体ははっきりしているのにまるで理解できなかった。まるで宇宙人の記憶。ひとの精神を宇宙人とつないだってその内容は理解できない。意識や記憶の構造自体がまるで違うんだから、どうにも解読のしようがない。聞いたこともない未知の外国語で哲学の講義をされるようなものだ。当然その内容なんて理解できるわけがない。  だが、ひとつだけはっきりわかった事があった。  少女の嘆き。そして怒り。  衛宮士郎があの姿に「ヒーロー」を見たように、あの少女にとっても彼らはヒーローだったんだろう。いつも空を見て憧れていた、そういう存在だったに違いない。  それが裏切られた。  いや違う。きっと彼女たちは切り捨てられたんだ。きっとそうだ。だからこそ彼女は怒った。正義が正義のまま自分たちを滅ぼしにきた。その事こそが許せなかったんだ。  正直、きつかった。  それはなんだか、|切嗣《おやじ》に殺されかかった俺のようにも見えてしまったからだ。    ──正義の味方が助けられるのは、味方した者だけ。    確かにそれはその通りかもしれない。少女だって頭ではわかっていたに違いない。そんな事はできはしないのだと。  だがそれでも許せなかった。それだけだ。自分たちが切り捨てられる側になり、はじめて少女はその歪さに本当の意味で気づいた。そういう事なんだろう。 「……」  まるで、それは俺だ。  今の俺には正義の味方なんて遠い彼方の事にすぎない。そして切嗣も言ってたように、皆を助けるなんてことはできはしないんだ。  だけど。  だけど、それでも俺は認められない。  俺が衛宮士郎である限り、それだけは認めることができない。俺は切嗣の夢を継ぐ。そう決めたのだから。  だからだろう。俺が少女の慟哭を理解できたのは。   「……なんてね」   結局それは夢だ。ずいぶんとリアルだったが夢は夢。    だけどその少女の慟哭は、俺の胸の奥にしっかりと刻み込まれた。     そして、運命の夜が訪れた。 [#改ページ] 片道切符[#「 片道切符」は中見出し]  その時、俺は不様に血反吐を吐いていた。  腹の中がごっそりなくなっていた。|巨人《バーサーカー》にやられたろう事はわかったが、思考は凍り付いたようにひとつの事しか考えられなくなっていた。 「……」  セイバーが固まっていた。自分の満身創痍すら棚にあげ、俺の方を呆然と見ていた。 「……」  遠坂も固まっていた。魔術による攻撃もバーサーカーの前には意味をなさず、もはや死は目前だというのに。 「……」  そして、その背後にバーサーカーはいた。動きこそ止まっていたが動き出したら最後、ふたりはぐちゃぐちゃのミンチになり肉片をそこら中に散らかすのは火を見るより明らかだった。  ──やめろ!  ──やめてくれ!  くそ、なんて不様だ。俺はふたりを守るどころか足手まといにしかなってないじゃないか。  うごけ!  うごけ衛宮士郎!おまえは正義の味方になるのだろう?こんなことで、こんなところで何もできず死ぬのか?  あぁ、意識が遠のく。  くそ……だめだ。ここで失神したら死ぬ。いやどのみち助かるまいが、俺はともかくふたりが……。  くそぉ……。   『仕方ないじゃない』  頭のどこかで声が響いた。 『未曽有の大英雄相手に食い下がろうなんて元々不可能よ。衛宮士郎にはそんな能力も強さも才覚もない。あたりまえのことじゃない』  やかましい、誰だ黙れ。それどころじゃないんだ。 『──力が欲しくない?』  ──なに? 『力があればふたりを助けられるよ。わたしはそれをあげられる。わたしも大したことないけど、きみの力とあわせれば少しはマシになる。「正義の味方になりたい者」から「正義の味方」にしてしまう事もできるかもしれない。  でもね、それは決定的にきみの人生を変えてしまう。だって』  そこで声は一瞬、躊躇するように止まった。 『だってわたしは■■の■■だから。  |幾年《いくとせ》を渡ろうと、どんなカタチになろうとそれだけは変えられないのだから。わたしは消えてきみの一部になるけど、それはきみがわたしの|運命《Fate》を受け入れるということでもあるのだから。  わたしを受け入れたら最後、人間「衛宮士郎」としてのきみの生涯は終わる』  ……よくわからないが、それで勝てるのか? 『勝てる。少なくとも今ここで切りぬけることはできる。ふたりを助けられるわ』  ──わかった。 『え?』  俺に力をくれ。早く! [#改ページ] 変身[#「 変身」は中見出し] 「え?」  突然に湧いた魔力の奔流は、そこにいた全員の動きを止めるに充分だった。  凄まじいほどの魔力が衛宮士郎から吹き出していた。それは彼のひとを包み込み、紫の闇にすっぽりと包み込んだ。 「え?……えぇ!?」  凛はたじろいだ。その魔力が宝具のそれを思わせるほどに濃厚、かつ見たこともないほどに異質だったから。 「え?なに?なんなの?」  イリヤは目を丸くした。その光景が(魔術的な意味で)あまりに異様だったから。 「この魔力……!」  セイバーの顔は驚きに染まった。流れる魔力に感じた懐かしさに。  紫の闇の中で、小さな影が立ち上がった。それは衛宮士郎のそれより随分と小さく、長い髪をもつ少女のシルエットだった。  そのシルエットが動いた。 『──いでよ杖。星辰の導きのままに』  現れた杖を左手で掴んだ。 『大神殿の代用になる動力源を確保、接続確認。続いて第二節に移行……』  紫の闇が晴れ、そこにいたのはシルエット通りの少女だった。  燃える赤の髪は衛宮士郎と同じもの、ただしその長さは腰まで届いていた。黒曜石の瞳は神秘をたたえていたがこれもそのどこかに彼のイメージを残している。イリヤにすら届かぬ小さな身体に、士郎の着ていたパンダ柄のウェアが血まみれのボロボロでまとわりついている。  下は履いていない。素足で生足、パンツすらも履かず。ズボンは足元に転がっている。だが小さいため上のウェアだけで幸いな事に、とりあえず重要部分は全て隠れている。  その卑猥とも愛らしいともつかない姿に、あまりにもアンバランスな『杖』。  長さは少女の身長より少しある。材質は木とも金属ともつかない。全面にびっしり刻まれた魔術文字らしきものは凛にすらその内容が全く理解できなかった。魔術的なガードうんぬんではない。使われている言語や魔術式があまりに異質なためだ。 「……」  全員、まるで思考が停止したかのように固まっていた。それはそうだろう。いくらなんでも、轢死もかくやの惨状だった少年がいきなり女の子に変身したのだ。まるでUFO でも見たかのように固まってしまったとしても無理はない。  だが、 「さがってろセイバー、遠坂」 「な……まさか本当に衛宮くん!?」  少女の言葉にまず、凛の思考が再起動を果たしたようだ。少女はそのまま凛の横をぬけ、まだ固まっているセイバーの前に出ようとした。  だがセイバーも黙ってはいない。 「待ってくださいシロウ!  あなたに何が起きたのか私にはわからない。だがこれだけは言える。あなたの今の状態は普通ではない。  さがっているのはあなたですシロウ!それに私はあなたのサーヴァントだ。その私があなたに守られるのでは本末転倒です!」 「いいからさがっててくれセイバー。問題ない。  それに俺が心配ならなおさら休んでてくれ。一秒でも長く」 「!」  不満そうに、だがそれでも指示の意図を理解したのだろう。引き下がるセイバー。  そして少女はイリヤと|巨人《バーサーカー》に向き直った。 「あ、あなたなんなの?あなたなんか知らない!」 「自己紹介はもうすんでる。姿が変わったくらいで何か問題あるのか?」 「……それもそうね」  イリヤは思い直したのか、少女の顔をまじまじと見た。 「なるほど、本人に自覚がないのね。それでいて当人の土台は維持してる。  何がどうなってるのかわからないけど面白いね。日本は変身ヒーローの国だってキリツグが言ってたけど、本当だったんだ」  確かに、仮面の忍者からパンツかぶり変態野郎まで日本のヒーローに変身はつきものである。まぁ根本的な面でなにかものすごい勘違いをしているようだが、今はそれを訂正している場合ではないだろう。  さらに、衛宮切嗣と|彼女《イリヤ》の間にはなんらかの接点があるらしい。 「ま、どうでもいいことか。  じゃあそろそろ再開するね。珍しいイベント見せてもらったけど、キリツグの息子を殺すってわたしの目的は変わらないわ」  動きを止めていた狂戦士が、のそりと動きだした。 「やめる気はないんだ。……仕方ないな。じゃ、戦う」  少女はそう言うと、静かに呪文を唱えた。   『|光より来た者、光に追い返せ《ゲロイア・デヴァ・ゲロノア》』    刹那、少女の杖のまわりの空間が歪んだ。  いや、それは目の錯覚にすぎない。強力なバーナーで熱せられた空気が景色を歪めるように、爆発的に燃え上がった魔力が『魔力もつ者』の知覚に歪みとして見えたにすぎない。  そして少女は杖をバーサーカーに向けた。 『|貫け《テラン》』  その瞬間、杖から真っ黒な魔力のビームがほとばしった。小さくない反動を発してそのビームは跳び、バーサーカーの頭に突き刺さる。 「!!」  刹那、バーサーカーの頭が闇に包まれ消えた。 「な……!」  凛とセイバーの驚きの声が背後から聞こえる。だが少女は動かない。 「……まだ倒れてない」  少女の目は冷静だった。まるでこの程度の死闘には慣れてると言わんばかりに。 「……?」  凛がそんな少女のありさまに眉をしかめたのだがその次の瞬間、 「……■■■」 「!!」  短い唸り声と共にバーサーカーが闇から出てきた、頭が半分欠けているがまだ平気のようだ。  そして、その頭もみるみる修復されていく。 「……バーサーカー、一回死んだの?まさか。たったあれだけで?」  だがイリヤを驚かす程度には効果があったらしい。むむ、とちょっと考えた彼女だったが、 「──いいわ。正直期待してなかったけど、なかなか楽しくなりそうじゃない。  リンのサーヴァントにも逢ってみたいし」  そう言うと、イリヤはにっこり笑った。そして、 「楽しかったわおに……じゃないか。姉?妹?ん〜どっちでもいいわ。とにかくシロウ、また明日ね」  それだけ言い残し、去っていった。     『|接続・解除《デクァ・イア》』  セイバーが我に帰ったのはイリヤが去り、それを確認した少女が戦闘状態を解除したらしい瞬間だった。 「シロウ!!」  セイバーにはわからなかった。自分のマスターに何が起きたなんて。  だが彼女にはひとつだけわかる事があった。シロウの魔力の源泉だ。少女の使う魔術がなんであれそれには魔力が必要で、シロウはそんな膨大な魔力を持つ魔術師ではなかった。  いや、それ以前にセイバーはその魔力を知っていた。だからこそ、今のシロウが外見はともかく中身はただごとではないのがありありとわかった。 「シロウ、杖を仕舞いなさい!それ以上魔力をそちらに回してはダメです!死にたいのですか!」  セイバーのコトバがわかったのか、少女の手から杖が消えた。それと同時に少女は崩れ落ちる。地面に倒れる前にセイバーの手がそれを支えた。  それはやさしく。まるで、それが自分の大切な分身であるかのように。       「……」  凛はそれを魔術師の顔でじっと見ていたが、 「リン!すみませんが私たちはすぐに引き上げます。もしよろしければ──」 「わかってる。わたしも確認したい事とか山ほどあるし、手伝うわ」 「ありがとうございます」 「いいって。それより大丈夫なの彼?……って、本当に衛宮くんなの?その子」  セイバーが抱き抱えたので少女の上着がずれ、むきだしの下半身が凛の目に入った。外見のわりにうっすらと恥毛に包まれたそれは、凛の知るその年代の少女にしては成熟度が高いようにも見えた。  だがそれで充分だった。 「見たところ、中身もしっかりと女の子みたいなんだけど?たった一瞬で男の子が女の子に変身しちゃうなんて」  そう。それはもはや魔術の領域ではない。  それにあの杖。それに使った魔術や言語。あれはいったいなんなのだ。  凛本人に自覚はないが、確かに彼女は天才であり秀才だ。彼女はその類まれな魔術師としてのセンスで、少女の使った魔術が普通ではないことをしっかりと悟っていた。 (神代のもの?ううん違う。あれは『違いすぎる』。どんな体系の魔術だろうと、今となんの接点も持たない完全に独立した体系なんてありえない。サーヴァントならともかく今の人間が扱う以上、今の人間の要素が入らないわけがないんだから)  たとえばそれは、凛が魔術で使うドイツ語にもいえる事だ。宝石魔術を最初に編みだしたのが何者かはわからないが、その当時に現代ドイツ語はないはず。つまりそこには、現代の人間である凛たちの解釈が関わっているわけだ。  なのに少女の魔術はまるで異質のものだ。接点がまるで感じられない。 (それとも、遠い昔にもう滅び去った体系なのかしら?  でもそれじゃ理屈があわない。それを衛宮くんが扱える理由がわからない。かりに彼の前世がそうした時代の人間で、過去を憑依させる事でその魔術を引き出したって可能性もないわけじゃないけど)  セイバーに手を貸し家路を急ぎつつ、凛の思考はフル回転している。 (あるいは……荒唐無稽かもしれないけど、宇宙人って可能性もあるかもね。うちの大師父クラスになると異星人の魔術師との交流の可能性も指摘されてるし、この馬鹿なら相手がそういう化け物と知ってて普通に交流してた、なんてことも可能性ゼロとは言いきれないし)  凛はそこまで考えて、まさかねと苦笑した。  その荒唐無稽な予想が実は大正解であるなどと、いくら凛だろうと……いや凛が凛だからこそ、あまりに予想の斜め上な事態を受け入れる事ができなかったのだろう。  まぁ子細はいい。とにかく生き延びたのだ。  アーチャーも交えて今後の作戦を立てなくては、と凛は内心で考えていた。 [#改ページ] 暗闇の相談事[#「 暗闇の相談事」は中見出し] 『ねえアーチャー、どうして貴方は衛宮くんが気に入らないの?』 『?なぜそんなことを聞くんだ?凛』 『衛宮くんを見たでしょう?あれはもうある意味「衛宮士郎」じゃないわ。セイバーが言うにはそうなんだって。突然女の子に変身しちゃったのはセイバー由来の宝具の影響もあるらしいけど、何より彼自身の変容が最大の原因らしいわ』 『そんな事は関係ない。信ずるに足りないマスターを警戒するのは当然のことだろう』 『貴方は違うじゃない。わたしを誤魔化せるとでも思ってるの?』 『……』 『ねえアーチャー聞いてちょうだい。  わたしはこの聖杯戦争に勝ちたい。でもそれは「勝つ」という事自体が目的であって聖杯が欲しいわけじゃない。  だから味方も信頼できる事が第一なの。どうしてもあのふたりと組みたいのよ』 『……あれが信頼できると?』 『できるわ。昨夜のふたりを見て確信した』 『……』 『貴方はわかるはずよアーチャー。  聖杯なんておいしいブツを目の前に信用できる魔術師なんてそう多くはないわ。基本的に外来の魔術師はパス。マキリは動く気配が今のところないし、アインツベルンに至ってはもうどうしようもない。  とどめにあのふたり、根本的なところは笑っちゃうくらいよく似てるし』 『……ふん、確かにそれはわかる』 『ええそう。あのふたりは「他者のために無償で命をかけられる」者。最初の衛宮くんのままなら正直問題ありまくりだったけど、女の子にかわった事でいくつかの問題が解決すると思う。少なくともセイバーの意見は無にできなくなるし、セイバーにしてもあの衛宮くんをほったらかして先走る事ができない。お互いがうまくブレーキ役になると思うの。  あとはこちらの操縦次第だけど、いつ背中から刺されるかわからない者よりはずっと安心よ』 『しかし、衛宮士郎はあの通りだ。  サーヴァントの影響で不死身に近くなったというのならわかるが、女性化したあげく正体不明の魔術まで操りあまつさえAクラスであるバーサーカーの防御まで破って見せたのだろう?あの半人前の坊やがだ。  これはただごとじゃないぞ。それでも信用できるというのか君は?』 『ええ。貴方が手伝ってくれるならね、アーチャー』 『……』 『わたし最初は貴方がセイバーゆかりの者だと思ってた。でも違う、そうじゃない。貴方は、衛宮くんゆかりの者なのね』 『なぜそう思う?』 『さあ?でも証拠はいろいろあるのよ。ほら、これとか』 『……それは』 『他にもいろいろあるわ。さあどうする?』 『……』 『わたしは貴方を詰問したいんじゃないのアーチャー。言いたくないなら言わなくてもいい。きっとそれなりの事情があるんだと思うから。  でも、貴方と既に道を分かたれた「彼女」にまでそれを向ける必要はないんじゃない?』 『……』 『どう?』 『……わかった。だが条件がある』 『なに?』 『奴は正義の味方なんてものを目指している。  信条としてそれが理解できんとは言わん。いやむしろ理解できる。私もかつてはそうだったからな。  だがそれは危険だ。君の行動がもし奴の行動原理と一致しなくなったら』 『たちまち敵にまわる。そう言いたいのね』 『そうだ凛。  磐石で揺るがない価値観というのは確かに信頼性がある。だがな、その柔軟性のなさこそもっとも危険なのだ。狂信者と組むのと同じことだからな』 『……それについては問題ないと思うわ、アーチャー』 『なぜだ?』 『……見ればわかる、とでも言うべきかしらね』 『なぜそこで赤面する?凛』 『あ、あはははは。う〜ん……ま、見ればわかるわよ』 『???』 [#改ページ] 新しい朝[#「 新しい朝」は中見出し]  温かい世界で目覚めた。  ぬくもりがあった。ずっと昔、藤ねえに無理矢理添い寝された翌朝もこんな感じだったと思う。子供だったあの頃。切嗣をなくしてまだ間もない頃── 「おはようございます」 「……ん。おはよう」  耳許で響くセイバーの声。 「まだ暗いですがまもなく朝です。来客があるのでしょう?大騒ぎになる前に一度起きた方がいいと思います」 「ん……そう、だね。うん」  変だな。どうしてセイバーの声が耳許でするんだろ。 「そうそう。早く起きた方がいいわよ衛宮くん。ややこしい事になる前に話しておきたい事が山のようにあるしね」 「……?」  なんで遠坂が俺の部屋にいるんだ?……  ……………って、えぇぇぇぇぇぇ!? 「!!」  一瞬で俺は飛び起きた。 「な、な、」 「はい、おはよう衛宮くん。それにしてもセイバーって全裸で寝るのね。知らなかったわ」 「おかしいですか?変なものを身に着けるのは嫌いですし、敵襲でもあれば武装で服がなくなってしまいます」 「ま、たしかにね。でもそんな無防備さらされるのも複雑だなぁ。いちおうわたしもマスターなんだけど?」 「これでもひとをみる目はあるつもりです。リン、貴女にそういう卑怯な真似ができるわけがない」 「……なんかムカつくわね。マスターもマスターならサーヴァントもサーヴァントだわ、ったく」 「ふふ」  って、なにのどかに世間話してんだっ!! 「お、おまえら!いくらなんでも朝っぱらから男の部屋なんかに……って、あれ?」  なんだ?この手。 「あれ?あー、あー……なんだ?」 「あ、気づいたみたいよ」 「そのようですね。……さてシロウ。鏡でも見てみましょうか」  え?え? 「はいはい、衛宮くんはこれ見なさい。……ったくもう。あんなド派手やらかしといて自分がどうなったかも気づいてないなんてね。呆れるわ」 「……」  遠坂が俺の目の前に鏡を置いた。桜にたまに使わせてるやつなんだ……け…… 「…………はい?」  あれ?  これ……夢に出たあの子に似てる。 「……えっと、君誰?」 「ちょっと衛宮くん現実逃避しないの。それはあ・な・た。ゆうべからね」  ……えっとその……はい? 「あーダメだわこれ。セイバー」 「なんですかリン?」 「朝食の支度と来客の対応、引き受けるわ。あなたは衛宮くんをなんとかしてくれるかしら?」 「わかりました」  二人の会話がよく聞き取れない。 『待て凛』  と、遠坂のサーヴァントらしい声が障子の向こうで聞こえる。 「なに?アーチャー」 『誰かこの家に近付いてる。若い女性で髪が長い』 「あら、桜もう来たんだ。早いわね」 『食事の支度は私がする。君は来客対応を。弓兵の私に暗示の魔術は無理だ』 「わかった。じゃあそっちは頼むわアーチャー」 『任されよう』  そんな会話の後、遠坂は立ち上がった。 「状況はセイバーに聞きなさい衛宮くん。で、その身体のことは後で聞かせてちょうだい」 「いや、あの遠坂。さっぱりわけが」 「わからない、てのは聞かないわよ!」  遠坂は俺に向かってずい、と乗り出した。鼻と鼻がぶつかりそうなほどの距離だ。  俺は焦った。てか当然だろう。かりにも憧れの女の子にそんな真似されたら、 「あら、興奮してるの?それは光栄だけどおあいにくさま、その身体じゃ何もできないわよ。だって付いてないんだもの」 「……遠坂。かりにも女の子が『ついてない』ってのはまずいと思うぞ。……って、え?」  ついてない?どういうことだ? 「……セイバー。何してもいいからきっちりこの馬鹿に自覚させてちょうだい。悲鳴くらいならなんとでも誤魔化してあげるから」  遠坂はやたらと物騒な言葉を残し、部屋を出ていった。    部屋にはセイバーと俺だけが残された。  セイバーは全裸だった。俺はなるべくそれを見ないようにしていたが、 「目を背けなくてもいいのですよシロウ。女の子どうしですし」 「いや、待ってくれセイバー。さっきから遠坂もなんか変だぞ。俺のこと女の子だとか、ついてないだとか」 「認めたくないのはわかりますが、時間の無駄というものですよシロウ」  はぁ、とセイバーはためいきをついた。 「昨夜のことは覚えているでしょう?  シロウ、貴女は女性に変化したのですよ。あの戦いで」 「……それは違うぞセイバー。俺は確か『力』を受け取っただけで」 「『力』を?だれにですか?」  不思議そうにセイバーは首をかしげた。 「あーそれがな、俺にもよくわからないんだ。  最近よく夢にみる子なんだ。ただの夢じゃないとは思うんだけど……よくわからないがどこかの戦争でなくなった子らしい。魔術は使ったみたいだけどあまり得意じゃないとか言ってた」 「得意じゃない?それはなんの冗談ですか?」  セイバーはどうやら俺の説明がお気に召さないらしい。 「その『得意じゃない』魔術であのバーサーカーの防御を打ち破ったのですよ貴女は。バーサーカーの宝具はおそらくあの肉体。つまり貴女はれっきとした宝具をひとの身で突破してみせたのです。  それが得意でないと?いったい貴女は何者なのですかシロウ」 「……それは」    なんといって説明すればいいんだろう。  夢で見たあの杖。星の力そのものをその身にまとい、神の如き戦士たちとたったひとりで渡りあった少女の姿。    猛々しく、そして悲しい姿。    だめだ。とても全部なんて説明できない。   「説明できないのなら、それは後回しにしましょう。今はその時ではありませんし。  シロウ。いつまで布団にくるまっているのです?いいかげんそれをとりなさい」 「あ!」  布団をはぎとられた。  俺の身体は白く、軟らかかった。胸が「ふくらみかけ」な感じ。いや、男である俺の胸がふくらむわけないんだけど、ろーりーな感じというか名札つきスクール水着がとても似合いますねというか、いろんな意味で「自分の身体として見るには」とっても嫌な感じだった。  しかし、しかしだ。そんなことより 「────あ」  ち、ちんちん、    ───ちんちん、ない。   「──なんで」 「言ったでしょうシロウ。女性化したと。それが今のあなたです」 「──うそ」  なんで、なんでさ。なんでついてないのさ。 「シロウ?って待ちなさいシロウ!」 「な、ない!ない、ない、ない!」  子供の頃から見慣れたものがそこになかった。そしてその代わり、あるはずのないものがついていた。  なんで、それが俺の股間についてるんだ?  俺の『男』はどこ行っちまったんだ?  ──なんで? 「う、うそだろおい!」  広げてみた。ビク、と身体が震えた。 「シロウ、何をしているのです落ち着いて!」 「ない、ない!ど、どうして!」  どうしてだよ、なんでないんだよ、どこ行っちゃったんだよ俺の。なんでこんななってんだよいったい何が。  ちんこ、ちんこが俺のちんちんちんちんちん 「シロウ!」 「!」  いきなり景色がブレた。セイバーにぶたれたらしい。 「……」 「……落ち着きましたか?シロウ」 「……」  震えが止まらない。   『わたしを受け入れたら最後、人間「衛宮士郎」としてのきみの生涯は終わる』    あの子の声が頭の中でリフレインした。   「──シロウ?」 「う、うん、ごめんセイバー。落ち着いた」 「……全然落ち着いてませんね」  はぁ、と困ったようにセイバーはためいきをついた。 「あまりこういう荒療治は好きではありませんしリンの企みに乗るのも嬉しくはありませんが、まぁいいでしょう。今のシロウはとてもかわいいですし」 「え?……!!」  次の瞬間、俺の口はセイバーの口に塞がれていた。  「!!……!!」  俺は、動けなかった。  セイバーは巧みに俺を抑え込んでいた。以前の俺ならなんとかなったのかもしれないが、今の非力なこの身体ではどうにもならない。されるままになるしかなかった。 「……落ち着きましたね」 「……」  思考が定まらない。  いったい何が起きているのか、何がどうなっているのか。 「いいのですよ。まずはゆっくりと整理してみましょう。時間はあります」  ──あ。  そしてそのまま、俺はセイバーに元いた布団に押し倒された。  世界のすべてが、彼女の金髪と白い身体になった。   「……女も悪くないものですよシロウ」  闇の中。素肌と素肌のぬくもりの中。  セイバーの声が耳許で響いた。 「男であろうと女であろうと生き方自体には大きな影響はない。確かに特性の違いや社会的分業による問題は生まれますが、それは一定のレベルまでの話。そこを越えればもはや性別に意味はなくなる。その時ひとは男と女ではなく、その肩書きが代表する『公人』になってしまうのですから。  大丈夫。いちおうですが国王というものを経験した私が言うのです。間違いありません」 「……」   『国王』    そう言った時のセイバーの顔は誇らしげで、  ……そして、どこかさびしそうでもあった。 [#改ページ] 遠い光[#「 遠い光」は中見出し] 『すまない』  そんな声が闇に響いていた。  少女の意識はもう尽きかけていた。魔力の源泉だった母星は砕け、今は宇宙の闇の中。本来ならとっくに死んでいるはずだが今、少女のまわりには無形のフィールドが張られており、それが少女を守っていた。 『すまない、娘よ』  その声は続いていた。 『君の怒りと悲しみは正しい。そして私たちは確かに間違っていた。わかっていた。わかっていたのだが、それでもそうするしかなかったのだよ』  疲れきった老人の声。  それが、虚空に光をもたらすという民族のものだと誰が知ろう。誰が予想しよう。 『正義の味方、調停者といわれても結局我々はただの掃除屋にすぎない。断罪するということは、つまり誰かの味方をし誰かの敵になるという事なのだから。悪と決めたものを排除するため、それだけのためのもの。ほら、掃除屋だろう?』  だが、それは確かに彼らの声だった。それはある意味、摩耗の果てに過去の自分に八つ当たりをしかけた、あの哀れな未来の■■に不気味なほどに酷似していた。 『せめて送ろう。たったひとりで我が軍に立ち向かい、未曽有の大混乱を巻き起こした君。かつての私たちと同じ心もつ『|尊き咆哮《ノウブル・ハウンド》』。幼く愛しい、まだ分かたれぬ破壊と慈悲の混沌よ。  私にはわかる。遠い星辰の果て、君はもう一度生きる事になるだろう。君に似た若き正義の味方、未熟な若い心身に瑞々しい獅子の心を持つ者と出会うだろう』  老人はためいきをついた。  少女の身体が光に包まれた。エネルギーを送り込まれた杖が輝き、繭のようなものに変わる。少女を守り、星々を渡るためのカタチに変貌する。 『願わくば』  そこで老人はつぶやいた。 『君の未来に、たとえ束の間でも安らぎがあらんことを…………幼き同志よ』  声はただ、それだけを告げた。遠ざかる光に向けて。        食卓を囲む面々があった。  ただその面々は、いつものそれとは全然違っていた。赤毛の少年は赤毛の幼い少女にすりかわり、その傍らには金髪の美少女が張りついている。対面には赤いツインテールの少女、そしてその従者とも言える赤い青年が座っている。青年以外の面々の前には、質素ではあるが立派な和食中心の料理がずらりと並んでいた。 「ねえアーチャー」 「なんだ?凛」 「セイバーにもごはん用意したのはなぜ?貴方がサーヴァントだから食べないってのはわかるとして」  そも、サーヴァントは亡霊のようなものだ。ひとの食事はとらない。  なのにセイバーの前には、他のメンバーの倍はあろうかという量のごはんやおかずがてんこもりにされていたのである。 「なに、ちょっと作りすぎただけだよ。  それにセイバーなら問題あるまい。彼女は見ために反して、おいしいものには目がないし健啖だからな」 「ちょっと待ちなさいアーチャー、それは」  アーチャーの言葉に驚いたセイバーが反論しようとするが、 「驚くことはないぞセイバー。  なに簡単なことだ。私は君に逢ったことがあるんだよ。もっともそれは私にとって生前のこと、そして君はその時もサーヴァントだったわけだが」 「!」  セイバーは絶句した。いや、その隣の少女も目を丸くしている。 「凛は君らと手を組むといった。私は君らを全面的に信用しているわけではないが、協力するからには少しは信じてもらわねば共闘なぞできんだろう。  つまりこの情報は、私なりの君らへの譲歩のつもりだ」  それだけを言い残し、弓兵は姿を消した。 「ちょ、アーチャーどこ行くのよ」 『見張りだ。それに食卓に食べないものが混じっているのもなんだろう』  その声だけ残し、アーチャーは気配も消えてしまった。 「……妙にキザったらしいのよねあいつ。いったいどこがどうひねくれてあんなんなっちゃったんだか」 「リン。アーチャーは、彼はいったい」  不安げな顔をするセイバーに、ああ気にしないでと凛は手をひらひらさせた。 「ごめんセイバー。わたしも詳しくは聞いてないの。まぁ予測はついてるけど。  で、セイバーを彼が知ってるのは本当のことよ。あいつもしかして、生前はセイバーに気があっんたんじゃないかしら」 「そ、そうですか」  ちょっと赤面し、困ったようにうなだれるセイバー。 「まぁ昔のことらしいし、今は懐かしさ以上のものはないらしいけどね。でもセイバーと真っ正面から激突するのはあまり本意じゃないらしいわ。言ってたもの。『彼女は剣を扱えばまさに最強。あれ以上の|剣士《セイバー》を私は知らない』って。あの時の顔ったら見物だったわよぉ。黙って立ってりゃ捨てたもんじゃないのにさ、なんかきれいなおねえさんに憧れる男の子みたいな顔してね」  くっくっくっと面白そうに笑う。きっと、そんなアーチャーをさんざんからかって遊んだに違いない。 「……」  で、その巻き添えを食ったセイバーはもう真っ赤だ。 「そ、そんな話はもういいですから」  さすがに参ったのだろう。本題に引き戻そうとセイバーは話を変えてきた。 「ま、そうね。そろそろ本題に戻りましょうか」  ケラケラ笑いをひっこめると、凛も真顔に戻った。 「アーチャーも言ってたけど、わたしたちは貴女たちと手を組む事にしたの。悪いけどこの点についてふたりの拒否は認められない。この事について今から説明するわ。  ところで衛宮くん。その格好よく似合ってるわよ」 「!」  さっきからセイバーの横で無口だった少女が、凛の言葉にぴくっと反応した。 「これ……嫌がらせか遠坂?」  怨み言が少女の口から洩れた。 「あら、その服っていいのよとても。それ自体に無駄な魔力の放出をさせない効果があるし、なによりセイバーとおそろいだし。  とても似合ってる。かわいいわよ」 「……」  心底情けなさそうな顔で少女はすわっていた。  そう。  セイバーの着ている服は凛のおさがりである。清楚な白と紺の服だが、そのお嬢さま的な上品な外観と裏腹に強力な魔術品でもある。まだ未熟な魔術師にとっては魔力の放出を抑え、正体を隠すためにも有効だった。  少女も同じ格好をさせられていた。というより凛の持ってきた服がサイズこそ違えどほとんど同じデザインだったからだが、髪までセイバーにあわせて結いあげられているため、お揃いで固めた仲良し姉妹のようにも見える。  だが、それより少女が困惑したのは 「……なんでスカートなんだよ」  そう。膝上3cmまでしかないスカートだった。  少女は衛宮士郎、つまり元男性である。ロングですらきついというのにこの短めのスカート。はっきりいって嫌がらせ以外の何者とも思えない。  余談だがソックスは白にワンポイント。ストッキングはなし。  あたりまえだが少女はぴたりと膝を閉じたままセイバーの隣から動けない。それはそうだろう。元男性にしてみればそれは、いかに似合っていようと女装コスプレ以外の何者でもないのだから。 「ばっかねえ。わたしのお古なんだからそんなのあたりまえじゃない」  そんな少女の苦情を凛はばっさりと切り捨てた。 「ところで、ふたりとも魔力の収受はうまくいったのかしら?見たところセイバーの魔力量もあがってるっぽいし問題なさげなんだけど」 「ああ、その事ですがリン」  セイバーが凛の言葉を遮るように切り出した。 「確かにリンの言う通りになった。身体を交える事により魔力に道がつき、いくらかの魔力が私に流れるようになりました。  ですが、これは契約によるものではない」 「へ?それってどういうこと?」  凛は、よくわからないというように首をかしげた。 「私に由来する魔術品がシロウの体内にある話はしましたねリン。魔力の源泉はそこなのです。これは本来回復と防御のためのものですから、魔力供給という意味ではあまり多くは期待できるものではないのです。  多量の魔力をやりとりするとなれば、『する』しかありませんね」 「あ、そ、そうなんだ」  あはは、と決まり悪そうに苦笑する凛。 「まぁそのへんは好きにして頂戴。女同士だから変かもしれないけどモノは考えようだし、少なくとも衛宮くんは元男の子なんだから、セイバーみたいな美少女相手が嫌なんてこともないでしょうしね」 「……美少女?誰がですか?確かにシロウは可愛いですが」 「へ?」  凛は目を点にして……そしてまじまじとセイバーを見た。 「……セイバー。あなた今なんていった?」 「はい。美少女とは誰の事かと」 「……セイバーあんたね。自覚ないにも限度があるわよそれ」 「?」  本気で首をかしげるセイバーに、凛の目がたちまちつり上がった。 「あんたね、自分がどう思ってるか知らないけどとんでもない美少女よはっきりいって。  わたしの友達や知り合いにあんた見せたらこう言うわよ賭けてもいい。『なにあれ、ほんとに私たちと同じイキモノなの?』って。芸術が服着て歩いてるようなもんよ。ええ最初から比較にもなりゃしないのよ悔しいけどわかってる?  美少女って誰だですって?馬鹿にしてるの貴女?怒らせないでよこんな事でもう!!」 「…………」  セイバーは呆然としていた。本気で自覚がなかったらしい。  凛は疲れたようにためいきをついた。はぁ、と力なく。  だが、真の破壊爆弾はその後に訪れた。 「……なぁ遠坂」 「なによ衛宮くん」 「セイバーは確かに凄い美人だが、遠坂だって自覚ないんじゃないかもしかして」 「……はい?なにが?」 「いや、だからさ。……その、おまえだって負けないくらい綺麗だと思うんだが?少なくともうちの学校の男連中は諸手あげて賛成すると思うぞ」 「……はぁ?」 「いや、はぁじゃなくて。自覚ないのはおまえもだろ遠坂」 「……」  しばし、少女の顔を見て「ぽかーん」としていた遠坂。次第に言葉の意味がわかったのか、赤面するわ慌て出すわゲシュタルト崩壊もかくやの状況を示し出した。 「ば、ばばばばばばばかーーーーーーっ!!!いきなりナニ言い出すのよあんたわっ!!」 「いや、だって事実だし」 「う、うるさい!!あんた自分の言ってる言葉の意味わかってんの!?どう考えたってあんたのセイバーの方が美人でしょうが!!」 「……あのな遠坂。キリマンジャロとチョモランマのどっちが高い、なんて規格外の頂上対決されても俺にはコメントできないぞ。下から見上げてる俺に違いなんてわからないし比べても意味ないだろ?どっちも雲つくほどとんでもなく綺麗ってだけで充分こと足りる」 「…………」 「…………」  セイバーも凛も、少女を見たまましばらく完全に固まっていた。 「……ねえセイバー」 「はいリン」 「この|自覚なし《おおばか》も少し教育してあげてくれるかしら?」 「はい。あとでみっちりと。リンもいかがですか」 「あ、いいわね。きっちりおとしまえつけさせてもらうわ」 「お、おい。なんかふたりとも目つきが恐いぞ」 「ええ、衛宮くんのせいだけど」 「はい、シロウのせいですね」 「……はぁ?」       「……ま、平和でいられるうちはそれも良しか」  その会話を屋根の上で聞いていた弓兵は、呆れたようにためいきをつくのだった。 [#改ページ] 結び逢い渦巻く運命[#「 結び逢い渦巻く運命」は中見出し]  ふたつの世界がある。  右手に|風渡る巫女《わたし》。左手に|衛宮士郎《きみ》。時間も空間も、時代すらも隔てた遠い彼方。わたしの|故郷《キマルケ》はもう無く、きみの世界は今、リアルタイムで破綻に向かい歩いている。  ひとの世は生まれたその瞬間に破滅を内包する。それは星の掟。ウロボロスの蛇のように無限に続くこの世界の|理《ことわり》。  運命は結ばれた。もう戻れない。  さあはじまるよ士郎くん。きみがわたしの力を使い|あの巨人《ヘラクレス》を撃退したあの時、既にそのスイッチは入れられている。ふたりの姿が融合したのがその「刻印」。  それはコーヒーに溶ける砂糖と同じ。わたしたちにだってその溶解と同化は止められない。  地球の魔術使いのきみと、キマルケの巫女のわたし。  セイバーさんが好きなきみ。■■■■を密かに慕っていたわたし。  投影魔術を由とするきみ。放出と吸収を使うわたし。  硝子でできた剣のきみ。星辰の闇に愛されたわたし。   『ともに、おのが信じる正義を持つ者』    さぁ、はじめましょう。  風渡る巫女と、剣を抱く君。  |母なる安らぎの闇にかけて《ェド・メドローア・キムラダァン》。        買いものに出た。セイバーたちの隙をみて逃げ出したともいう。  なんというか、息抜きがしたかった。あまりに急激に変わっていく事がこわくて、少し肩の力を抜きたかったんだと思う。  いつものように、いつもの商店街に向かう。違うのは今が昼間であること。平日なのにこんなところにいること。  もちろん学校にはいけない。聖杯戦争うんぬんではない。この俺が衛宮士郎であると、証明する術がこの世のどこにも存在しないからだ。  正直、それは悲しかった。  学校の皆に逢えない。一成にも美綴にも、桜にも慎二の奴にすら逢えない。藤ねえも遠坂が追い返してしまった。暗示をかけたからしばらく来ないのだという。  切なかった。  それが正しいのはわかる。聖杯戦争の事を考えれば、藤ねえや桜がうちにくるのはまずい。必ず利用される。必ずつけこまれる。  それだけは許すわけにはいかない。  だけど人間とはわがままなもんだ。寂寥感はそんな時でもやってくる。 「……く」  どうしたんだろう。さっきから頭がくらくらする。  気が緩んだせいなのか。身体がおかしい。妙に熱を感じる。    だからなのかもしれない。そいつの接近を許してしまったのは。   「ほう!この時代に|客人《まろうど》とは珍しい」 「!」  突然の声に振り向いた。  若い男が立っていた。金髪で長身。優男なんだけど、全身に漂う雰囲気がどこかおかしい。  尊大。それは──そう。まるでどこかの王族か何かのような。 「……」  |俺《わたし》はその瞬間、キマルケ流の礼賛の型をとった。 「ほう。この|我《オレ》が王とわかるか。なかなかよい目をしているな。  娘、名はなんという?」  困った。  |俺《わたし》の名は衛宮士郎。しかしそれは男性名だし|俺《わたし》はマスターだ。迂闊なことはできない。 「──わたしの名はこの喉では発音困難なのです。訳したものでよければ」 「かまわぬ」  にんまりと笑う。予想と遠くない反応だったらしい。 「では『風渡る巫女』と。単に巫女でもかまいませぬ。わたくしが最後のひとりでございますから」  気づけば俺の口は勝手に、話したこともないような古風な喋りかたをしていた。  ──いや、それは違う。それは『わたし』が話しているから。 「お願いがございます」 「なんだ?いってみろ」 「失礼ながら、わたくしも偉大な王の御名を知りとうございます。この国でかような方と巡りあえるとは、よもや思いもしませなんだゆえ。なりませぬか」 「そうだな。ふむ」  男は、ふむ、と考え込むようなしぐさをした。 「まぁいいだろう。見たところ|聖杯戦争《くだらぬバカさわぎ》の参加者のようだが、かような遠方からの来訪者を無碍にしたとあっては|我《オレ》の沽券にかかわろうというもの。  教えてやろう。|我《オレ》の名はギルガメッシュ。知らぬかもしれんがこの星の王だ。おぼえておけ」 「ありがとうございますギルガメッシュ様。  ではこれにて失礼いたします。ごきげんよう」  |俺《わたし》はふたたび礼賛の型をとり、そしてきびすを返した。  その時、背後で声がした。 「……セイバーによろしくな、他の星の巫女よ」 「!」  振り返った時、もうその男──ギルガメッシュはいなかった。        なんだあいつは。  なぜ|俺《わたし》を知ってる?|俺《わたし》がセイバーのマスターであることを?  いやそれより、|私《おれ》が異星からの者だと、どうして…… 「……」  くそ。こっちもこっちでそれどころじゃないか。  『衛宮士郎』と『彼女』の融合がはじまっている。人格の垣根が急速に崩壊していく。お互い『自分』を維持することが難しいようだ。  セイバーと遠坂から離れたのは失敗だったらしい。  ふたりがいたから、無意識に衛宮士郎としての形質を維持していたのかもしれない。もともと『我ら』は既にひとり。今まで融合が進まなかった、その事の方がむしろ奇跡なのだから。 「……く」  児童公園に入り、目についたベンチに座った。 「……ダメだ」  形質が維持できない。  彼女の言葉は間違ってない。吸収されるのは彼女で、俺は彼女を内包するだけ。それ自体は間違いでもなんでもない。  だが、彼女は異星人だ。  それは自動車に飛行機の部品を組み込むようなもの。どう間違っても車は今までの車ではいられない。形質が歪む。本質がおかしくなる。 「……あ……」  今までの景色が、走馬燈のように流れはじめる。  母なるキマルケの大地。遠く星々の彼方まで見渡せる星辰の大神殿。無数の魔術式と方程式。  ──父と母。 「……違う」  それは|俺《わたし》の、|衛宮士郎の記憶じゃない《ェルグァラントァスレキ゜シビビテ゜ァのオモイデ》。  |怖い《こわくないよ》。  |嫌だ、嫌だ来るな!!!《そんなこといわないで、なかよくしようよ》。 「あれ?シロウどうしたの?」  ──|イリヤ《イリヤちゃん》?  声に振り返ると、そこにはイリヤがいた。  もっともこの時点で|俺《わたし》は彼女と親しいわけではない。いきなりイリヤなんて短かく呼び捨てて気を悪くしたかもしれない。  だけど、 「どうしたのシロウ?……!」  にこにこと声をかけてきたイリヤだったけど、|俺《わたし》の顔を見た瞬間に「え?」と眉をしかめた。そして、 「ちょ、どうしたのシロウ?それ」 「な、|なんでもないんだ《なんでもないのよ》イリヤ。ちょっと調子悪いだけ」 「ば、ばかいわないで!」  おかしな事なんだけど、イリヤは敵である|俺《わたし》の窮地になぜか大慌てをはじめた。  そのさまはまるで藤ねえみたいだった。ちっちゃいはずのイリヤが、一瞬にしてお姉さん風をふかす姉貴に早変わりしたような気さえした。    ──いや、それは正しい。彼女が設計されたのは君の生まれる少し前で    一瞬何か、|識《し》らないはずの何かが脳裏をかすめた。  そしてその途端、|俺《わたし》はとうとう立ち続ける事すらもできなくなった。 「だめよシロウ無理しちゃ。そうそう、そこで横になってなさい──セラ!セラ!いるんでしょ。ちょっと手伝って!」 「お嬢様。その娘は敵ではないのですか?それを助けるなど」 「そんなの、お城に閉じ込めて洗脳しちゃえばいいでしょ!キリツグが育てた子ならわたしの妹だもん。脱落したんならわたしのものにする。何がいけないの?」 「それはそうですが──」  |誰と話してるんだ《だれとはなしてるの》?イリヤ。 「いいから手伝いなさい!命令よ!」  まって。まってイリヤ、どこ連れてくの。|私《わたし》帰らなきゃ。 「ごめんねシロウ。  助けてあげる。だからセイバーやリンたちの事は忘れなさい」    それきり、電源を落としたように私の意識は途絶えた。 [#改ページ] 再構成[#「 再構成」は中見出し]  魔術使いである『衛宮士郎』と、異星の巫女である『風渡る巫女』。ふたりの最大の違いは「魔術に対する有り様」だろう。  魔術師と魔術使いの違いが単に魔術に関わるスタンスの違いなのに比べ、巫女にとって魔術は完全無欠なまでに商売道具である。特に放出・吸収の魔術しか持たない彼女は『巫女になるために生まれた』と言える。杖という触媒がなければ魔術使いとしては無能力者に近く、だが杖を扱うためにはその魔術は絶対不可欠なのだ。特に『星辰の杖』には。  ゆえに『星辰の杖』に選ばれた彼女の|運命《Fate》は、生まれ落ちた瞬間に既に決定していたと言える。  だがここで問題が生じた。  衛宮士郎と融合した彼女はその有り様が変わってしまった。巫女である彼女は衛宮士郎の魔術特性を透かし見る事が可能であったが、融合による変質で巫女としての能力も、士郎としての能力も変容を遂げてしまっていた。  杖は杖にすぎない。自ら魔力を秘めた宝具ではないこの杖は、魔力の源泉なくしては何もできない。異星であるこの星では星辰の力を借りる事は望めず、今の彼女では新たに神殿を開くことは自身では不可能。そして二人自身の魔力はたかが知れている。  士郎由来の魔術も変化した。骨子であり最大・最強の秘儀でもある|無限の剣製《Unlimited BladeWorks》の展開は不可能。世界が大きく異なっているのだから当り前だ。それでも固有結界を使いたいのなら地道な研究が必須だろうし、そうしても「到達」できるかどうかは微妙だ。  それを知った時の彼女の落胆は大きかった。衛宮士郎最大の武器を『発掘』する道がこれで途絶えたに等しいのだから。  加えて投影の精度も大きく低下。間違っても「見て解析した宝具を投影」などとはいかない。不可能ではないだろうが簡単ではない。    ──ないなら補うまでよ。それが魔術師なのでしょう?    いや、まさにその通りだと『衛宮士郎』の部分が笑った。  確かに動力源はない。士郎自身の骨子も歪んだ。  だが、そこに『鞘』がある。  セイバー由来と思われるこの鞘の名をふたりはまだ知らない。だがそれは幼少の折から士郎の中にあった。それはたぶんあの地獄から士郎を救ったものであり、死にかけた彼女が士郎の中に魔術的に潜り込む際の足掛かりにもなったもの。バーサーカーと戦った際の魔力の源泉もこれだった。  まぁ、あの時はその正体を知らず単に魔力を感じ、そこに繋いだにすぎないのだが。あたかも電気製品をコンセントに差し込むが如く。星の力を受けたあの頃のような極大な力なぞ間違っても使えないが、そもそもそこまでの力を持っていても意味がない。地上戦レベルのこの世界において、星をも砕く領域外の力なぞ害悪でしかない。とどめに、この星において彼女は巫女ではない。  とにかく、これは使えるだろう。  投影にしても同様だ。解析しただけでは無理というのなら巫女としての能力を使えばいい。魔術的に深く接触し、その有り様を理解することにより投影はできるだろう。見ただけで瞬時に解析しきるほどの異能がむしろおかしいのだ。ちょっと不便だが使えないわけではない。今は投影できる武器のストックがほとんどないが、未来においては期待がもてると思われる。  あとは、新しい『彼女』にあわせた一部魔術の再編。今は古代語であるキマルケ語だけでなく、衛宮士郎として親しんだ言語群での利用を可能とするために。  眠りの中で『彼女』はゆっくりと、自分なりの魔術の再構成を続けていた。 [#改ページ] 再生[#「 再生」は中見出し]  セイバーはひとり、駆けていた。  令呪の反応だけが頼りだった。行き先がどこかなどセイバーは知らないし興味もない。ただ、意志に反してシロウが拉致されたのだろう事はおそらく明白で、それだけでセイバーが駆けるには充分だった。 「もう少し……!」  セイバーの顔が引き締まった。令呪の反応。そして濃厚なサーヴァントの気配。それがバーサーカーのそれである事は明白だったからだ。 「……お願いだシロウ、令呪を!」  祈るように願い、駆け続ける。  令呪はまだ、輝かない。    セイバーが異変をキャッチしたのは、士郎がイリヤに拐われたのと同時刻だった。  セイバーはそれをすぐ凛に伝えた。士郎の行方不明に気づいた凛は既に使い魔をいくつか飛ばしており、イリヤらしいマスターとその侍女が士郎をかつぎ、アインツベルンを目指している事にすぐ気づいた。そして三人で出たのだが、途中でやむにやまれぬ事情が発生。最低限の調査だけ行いすぐ後を追うということでセイバーだけが先を急いだわけだ。  学校の結界。  まだ日数に余裕があるはずの結界が危険な状態になっている。さすがの凛たちもそれを捨ておけないし、調査していく程度ならアーチャーの足でセイバーになんとか追い付けるだろうと凛は判断した。 「……しかし、本当にあのアーチャーは何者なのでしょう」  走りながらセイバーは悩む。  生前にセイバーに逢っていたといいセイバーの事を本人以上に知る者。士郎の事について助言し、その正体に気づいているらしい凛がああも心を許している存在。 「……?」  いや待て。ちょっと待てアルトリア。  どうしてそれを「未知の誰か」と考える必要がある?英霊とは「かつて人であった者」であり、「過去にひとであった者」とは微妙に違うはずだ。  その証拠が自分自身ではないか。自分は過去にも呼ばれたし、遥か未来にも呼ばれたことがある。  それはつまり── 「……まさか!」  そして、そのおそろしい可能性にセイバーは気づいてしまう。 「そんなばかな!シロウは女性に変わってしまった。彼がシロウであるなど、ありえない……!」  だが、本当にそうだろうか?  並行世界というものがある。  セイバーの時代ではそういう概念はなかったが、その言わんとすることはわかる。わずかな事象の違い。そんなひとつの可能性のひとつひとつが、まるで神の手であるかのように無限に連鎖する異世界群。  もし、士郎が男性のままセイバーと戦い続けた世界があったら?  正義の味方に憧れている士郎。そのありさまは女性化した現在もいささかも変わらない。父から引き継いだ夢だとそれを照れ臭そうに語った士郎。  それはまるで、遠いいつかの自分の姿。  そんな士郎が長い長い道程の果てに、本当に正義の味方というものに到達してしまったとしたら?  その果てが、あの皮肉屋のアーチャーだとしたら? 「……」  何があったのか。どんな道程をたどったのかセイバーにはわからない。わかるはずもない。  だが。  だが同時にセイバーにはわかる。あの弓兵の背後にあるのは自分と同等か、あるいは遥かに深遠な苦悶の闇なのだと。  セイバー自身、国のためという目的とはいえ似たような道を歩んだ者なのだから。 「……いけない」  セイバーはつぶやく。 「シロウ。憧れはあこがれのままにすべきです。正義の味方などと、そんなものを本気で叶えてはいけない!」  私のように、アーチャーのようになってしまうから。 「龍と精霊の加護を受けた私でさえこうなってしまったのですよシロウ!あなたがもし私の道を歩めば」  ──果てしない摩耗。 「……いい未来など、あるわけがないではないですか……!!」  セイバーの速さは、もはや緩む事がなかった。  確かにその速度は早くない。最速と言われるライダーどころか、アーチャーの足にすら及びはしない。あくまで彼女はセイバーなのだから。  だが、ひとの常識からすればそれでも領域外の早さだった。  弾丸のように森に突っ込む。バチバチと激しい魔術抵抗に出会うが持ち前の防御だけでそのまま尽き抜ける。前面の面積を小さくし、時おり薮や林をぶち抜けつつ一直線にシロウの反応に向かう。  どのみちバーサーカーは出るのだし、ひとりぼっちでは陽動もきかない。  ならばセイバーのとるべき道は、 「真っ正面から突き抜けるのみ!あとは時間稼ぎと作戦次第です!」  せこく立ち回り戦闘を避けるとか、そういう概念を持たないあたりがいかにも彼女らしかった。  よい意味でも、そして悪い意味でも。       「……ん」  少女が目覚めた時、それは見知らぬベッドの上だった。 「ん……んん!?」  まわりを見ようとした。だが次の瞬間、少女は自分ががんじがらめに拘束されているのに気づいた。  全裸にむかれ、頑強なベルトで全身を固められていた。口にもギャグボールがはめられしゃべる事もできない。しかもそれらは少女の目でもわかるほどに強力な魔術による封印がなされ、そう簡単に破れるようなものではなかった。 「おはようシロウ。そんなかっこにしちゃってごめんね」 「んんーーー!!」  かたわらで椅子に座り、笑うイリヤに非難の唸り声をあげた。 「本当はもっとスマートに魔術で縛るだけにしたかったんだけどね。シロウの手当てしてて気づいたの。それじゃあ足りないって」 「……?」  困ったような顔のイリヤ。少女はわけがわからない。  そんな少女に、イリヤはクスクスと魔術師の笑みをもらした。 「アインツベルンの魔術と歴史を甘く見てない?シロウ。シロウに混じっているものが何かくらい、調べたらすぐにわかったわ。  さすがにびっくりしたけどね。まさか異星人との融合だったなんて。……ま、過去に実例がないとは言わないけど」 「!!」  少女の顔が青ざめた。 「魔術防御はかけたしこの部屋も見ためは普通だけど牢獄もいいとこだわ。相手がサーヴァントや死徒・真祖級の怪物でもない限りはこの部屋から勝手に出る事なんてできない。そして肉体の自由もこの通り。  さて、悪いけど少しだけ我慢しててね。セイバーがきてるみたいなの、とっとと始末してくるわ」 「!!」  んー、んー、と虚しく歯向かおうとする少女にイリヤは屈みこみ、その額にやさしくキスした。 「……」  そして、あっけにとられている少女ににっこりと微笑むと、 「少しだけ待っててね。お姉ちゃん、悪いようにしないから」  そう言って去っていった。 [#改ページ] 再生(下)[#「 再生(下)」は中見出し]  イリヤはやっぱり悪い子じゃない、そう思った。  善悪の区別がないだけだ。そういうことをまだ知らないだけなんだ。だから、いけない事はいけないと教えてあげれば、それで問題はなくなる。  とりあえずは、ここから抜け出さなくちゃ。  私の事を過大評価したせいだろう。身体自体には魔術防御がかかってないようだ。代わりにこの部屋と拘束具。これらには、衛宮士郎としての自分には想像もつかないほどの強烈で高度な魔術ががんじがらめにかけられている。  巫女としての私から見れば驚くほどではない。だけど、魔術式の内容が理解できないのでは同じことだ。  なんとなく、岩山に封印された孫悟空の気分。  だけど。 『……』  巫女としての魔術回路を経由して、衛宮士郎としての魔術回路を起こす。脳内にガチンと撃鉄のイメージ。  純粋な衛宮士郎にはこんな事はできない。巫女としての私ではできても意味がない。  『わたし』だからこそ、これは意味のある事。  強化のイメージを腕に集中。一時的に筋力を爆発的に増加させて、 「!」  右手の拘束が少し解けた。  その手で無理矢理に口のギャグボールをずらす。外すには距離が足りない。けど、詠唱にはこれで充分──!   「『|杖よ目覚めよ《ベイ・アー》』」    刹那、全身の拘束が弾け飛んだ。  「『杖よ来たれ。星辰の導きのままに』」   全裸のまま杖を掴み……そしてベッドから降り立った。 「……いたた」  身体中がきしんでいる。  イリヤのせいではない、まだ融合したばかりなのだ。魔力も足りなきゃ身体もきかない。何もかもが充分とは言えない。  だが、いかなくては。 「……服」  服がない。隠されたか捨てられたか。なんとかする手もないではないが、それはちょっと勘弁。  とはいえ全裸ファイトはさらに勘弁。どうしようか。 「ん?」  アインツベルンの服がある。ひと揃え。用意されたもののようだ。危険そうな魔術は何もかけられていない。  つまるとこ、外観が違うだけで遠坂にもらった服と同じようなもの。 「よし」  着てみる事にした。  少し着方に困ったが、そう複雑なものでもないようだ。魔術的な正装というものはどこもあまり変わらないのだろうか。巫女としての記憶にあるキマルケの呪術衣装にも似たようなものがあった。  着てみた。 「……むう」  自分で言うのもなんだが悪くない。サイズもぴったり。  これで帽子かぶると赤毛のちびイリヤ誕生かも。なんだかなあ。鏡は見たくないぞ絶対。  とはいえ、これで全裸ファイトは回避完了。さていかなくちゃ。  と、その時、 「■■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーーー!!!」 「!!」  しまった、セイバーもう来たのか!  私は杖をとり、壁に向けて叫んだ。 「『|光より来た者、光に追い返せ《ゲロイア・デヴァ・ゲロノア》!!』」        セイバーは苦戦していた。  なんとか隙を狙って城内にとびこみたい。バーサーカーの巨体ではそう簡単には追ってはこられまい、そう思っていたのだが。  隙がない。  セイバーの何倍もある巨体、しかも狂戦士でありながらこの徹底的な隙のなさはなんだ。そこまでの怪物なのかこれは。 「……」  城の入口にたたずむイリヤスフィール。勝利を確信した笑みがにくたらしい。  だが、どうすることもできない。 「そろそろおしまいにしましょうか」  にっこりとイリヤスフィールは微笑む。 「いくわ───『狂いなさいバーサーカー』」 「■■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーーー!!!」  その瞬間、死と狂気の咆哮がアインツベルンの森を震わせた。 「な……まさか、これでまだ狂化してなかったというのか!?」  セイバーの顔が蒼白になる。  勝てない。  悔しいがこのままでは、勝てない。  宝具を使えば殺すことはできるだろう。うまくすれば残りの命、その大部分を持ち去ることもできるに違いない。  だがそれではダメなのだ。  確実に倒さねばならない。そしてシロウを助けにいかなくてはならない。  最低でも相打ち、というわけにはいかないのだ。  そして宝具を連発できるほどの魔力は、今のセイバーは持っていない! 「……くっ!」  しかたがない、と宝具を開放しようとしたセイバーだったがその瞬間、 「!」  城の一角が突如として爆発し、暗黒のビームが空に向かって延びていった。  その光を見て絶句するイリヤスフィール。 「うそ……まさか、あの檻破ったの?こんな短時間で!?」  次の瞬間、そこからイリヤと同じアインツベルン服の少女が飛び出した。  それが士郎であろう事はセイバーにもわかった。見たこともない魔術文字がその少女のまわりを高速回転しており、少女はそのまま空を飛びこっちにやってきたからだ。  通常、魔術師というイキモノはこういう派手な事はやらない。魔術師とは隠すものだからだ。  たとえば、凛だって魔女よろしく箒に乗って飛ぶくらいできる。それが意味のある事かどうかは別として、彼女の魔術はそのくらいたやすく可能とする。  だが、凛にやってくれとリクエストしたら馬鹿にされるだろう。魔術師とはそういうものだ。神秘は隠すものだし、隠さねばならない。派手にやりすぎると同じ魔術師に消される事すらある。魔術師とはそういう連中なのだ。  だからこそ、そんな禁忌を持たない少女はわかりやすい。 「セイバーさがって!」 「はいっ!」  咄嗟に反論しようとしたセイバーだったが、少女が何かやろうとしているのだとすぐに気づいた。だから素直に後ろに飛び下がった。  それと同時に、 「『|貫け《テラン》』」  その声とともに、黒いエネルギーが延びてバーサーカーの頭を打ち据えた。 「!」  だが、効かない。  先日は効いたはずの攻撃がまったく意味をなしていない。エネルギーは確実にバーサーカーをとらえているのに、バーサーカーは少女の攻撃なぞまるでないかのように、ぎろりとその目を少女に向けただけで何もしやしない。  クス、とイリヤスフィールの笑いが洩れた。 「うふふ、お茶目さんねシロウ。  同じ攻撃が二度も効くわけないわ」  どうしたの?それで種切れ?とイリヤスフィールは笑う。 「……」  だが少女も動じない。なるほどねーと納得したように杖を構え直し、 「『|切断《CUTTING》』」  そうつぶやいた途端、平たく黒いビームがバーサーカーに襲いかかった。 「!!」  え、と驚いたのはイリヤだけではない。さがっていたセイバーもだ。  次の瞬間、悲鳴のようなイリヤの声があがった。 「バーサーカー!!」  巨人の首が落ちていた。  なくなった場所から、ずぶりと首が生えた。また蘇生したらしい。そのしぶとさは脅威に値するものがあるが、セイバーの目はそっちに向いていない。 「魔術式が……変わった?」  既に少女はその場所にはいない。バーサーカーが攻撃してくる前に高速で離脱、その反対側に回り込んでいたからだ。 「バカな、シロウの使う魔術は現代のものではないはず、なのにどうして」  だがセイバーの目の前で少女はさらに術式を紡ぐ。 「『|緊縛せよ《BIND IT》』」  杖から鞭のような黒い光が延び、それがたちまちバーサーカーに絡み付いた。 「■……■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーーー!!!」  それは強烈にバーサーカーを締めつける。だが所詮はそこまでで、バーサーカーの抵抗にみるみる亀裂が走り、ぼろぼろになっていく。 「セイバー、今だ!」 「!!」  その声にセイバーは我に帰った。 「早く!!私じゃ殺しきるなんてできない!!」 「わかりました!」  セイバーの眼前でその瞬間、光と風が溢れた。 「!」  その光に少女は一瞬目をしかめ、そして── 「あ」  少女の目はそこに吸い寄せられた。  美しい剣だった。ひとに属さぬものでありながら人の幻想も絡んだ、複雑かつ芸術的な組成の上にそれは成り立っていた。  その剣をセイバーはふりかぶる。光と風がますます強くなる。  そして、叫びがあがる。 「『|約束された《エクス》───』」  光はその場で最高潮に達し、 「『|勝利の剣《カリバ》ーーーーー!!!!』」  あまりにも有名なその名が、その愛らしい唇から叩き出された。 「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーーー!!!」  その光は刃となりバーサーカーに叩きつけられ、 「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーーー!!!」  光の中でバーサーカーの絶叫が何度となく響きわたり、 「…………………………………………」  光がやんだ時、そこには内臓やら脳漿やらぶちまけた、ほぼ死体のバーサーカーがいた。 「……」  少女の杖の光も止まっていた。セイバーの余波で術が解けたらしい。  杖は「ち、ち、ち、」と何か音を発している。まるで何かを一心に記録しているかのように。  だが、 「■……■■……」 「!!」  まだ動いている。  半死体状態なのにまだ回復しようとしている。 「……そんな」  魔力がほぼ尽きたのだろう。地面に膝をつきつつ、セイバーが絶望にかられた声を出す。 「!くっ!」  少女が杖を再度降りあげようとした瞬間、   『とどめだ』   「!」  そんな声がしたかと思うと、一本の小さな魔剣らしきものが空を裂き、回復中のバーサーカーの額に突き刺さった。 「■…………」  バーサーカーはそれを最後に回復を止め、そして、 「……」  じっと少女をみつめ、静かに笑ったかと思うと、 「……」  ゆっくりと、砂にかえっていった……。       「……」  バーサーカーが消えるところを、私は最後まで見ていた。 「大丈夫だったかセイバー」 「リン、それにアーチャーですか。……助かりました」 「ごめんごめん、ちょっと……その、手間取っちゃって。あはは、は」 「??」  遠坂たちが到着したらしい。セイバーと何かしゃべってる。  だが、私はそれどころではなかった。 「……わかってるよ」  バーサーカーの最後の笑い。その意味が私にはわかった。 「イリヤ」 「……」  イリヤに声をかけたけど、イリヤはただ呆然とそこに立っていた。 「……バー……サー……カー……うそ」  そのままふらりとよろめき、静かに倒れた。  近付いてみる。どうやら眠っているだけのようだ。魔力の消費とバーサーカーの死のショック、その両方で失神したんだと思う。  さて、じゃあ帰るかとイリヤを抱えようとしたんだけど、 「ダメか」  重すぎる。  衛宮士郎だった時ならイリヤひとりくらい背負えたのに、今の私ではどうしようもない。  ……ま、しゃあないか。イリヤより少し小さいくらいだし、私。 「さて、じゃあどうするかな」  どうやって持ち帰ろうかと考えていた矢先だった。 「ちょっと衛宮くん。その子どうするつもりなの」  気づくと遠坂がいた。ひどく怖い顔をしている。 「どうって、連れ帰るんだけど?」 「あのねえ……」  呆れたように遠坂は首をふった。 「その子は危険すぎるわ。あのバーサーカーを制御していたのよわかってるの?さっさと教会に預けるなり殺すなりすべきだわ」 「!!」  ……ちょっと待て。 「待て遠坂。それは本気で言ってるのか」 「本気も本気、当然じゃない。寝首かかれたり背後からばっさりだけはごめんだからね」 「そんな心配はない。この子は違う。それは誤解だ遠坂」 「待ちなさい衛宮くん。あなた本気でそれ言ってるの?」  遠坂の目がきつくなった。  だけどそんな時、ひょっこりとアーチャーが私たちの間に割って入った。 「まぁ落ち着け凛。貴様もな。ふたりとも何か忘れてないか?」 「え?なにが?」  不思議そうにアーチャーを見る遠坂。 「ここはアインツベルン城の正門だぞ。  まずここで論じるべきは、連れ帰るべきか放置して逃げるべきかだと私は思う。このままだと城の中からアインツベルンの人間が出てくる。こっちはサーヴァントふたりに魔術師ふたり。わざわざ戦いにくるとも思いにくいがここは奴らの本拠地だ。何が出てくるかわからないと思うが?」 「あ」  遠坂はやっとそれに気づいたらしい。そしてイリヤと城を見比べると、 「……アーチャー、イリヤスフィールを背負える?」 「君よりは軽いから簡単だな、何しろここまで君をおんぶしてきたのだから」 「!!」  おぉ、赤面した。なんか照れやすい体質なのかな遠坂。  だけど、 「任せろ、と言いたいところだが……まずいかもしれんな」 「え?」 「イリヤスフィールをどうするかはまだ決めてないのだろう?だったら私が背負うのはよくない。バーサーカーにとどめをさしたのは私なのだからな」 「……いいから背負ってアーチャー。他に方法ないし」  遠坂は本気でアーチャーに連れていかせるつもりだ。  だけど、アーチャーの言葉は正しい。あいつがそこまで気遣いのできる奴だったっていうのはちょっと驚きだけど、それは事実だ。イリヤを身内に引き込む気があるなら、バーサーカーにとどめをさした奴がしょってくのはまずいと私も思う。  そして私は引き込む気まんまんだ。少なくとも言峰に預けるなんてとんでもない。  だから私は言うことにした。 「アーチャー、遠坂。私が連れてくよやっぱり」 「衛宮くんが?どうやって?」  首をかしげる遠坂。ま、そうだろな。 「こうするのさ。……『|飛翔《FLY》』」  杖から光が溢れ、私の身体が少し宙に浮いた。 「?」  なんだ?遠坂がなんか、奇妙なもの見る顔してるぞ?  ……ま、いっか。 「アーチャー、私の背中にイリヤを縛りつけてくれる?飛んでくから」 「それはまたユニークというか間抜けというか……ふたりは運べないのか?」  呆れたような顔でアーチャーが言う。ほっとけ。 「少なくとも今は無理。かといってイリヤ抱えて飛ぶなんて私には無理だし、おまけに長時間の飛翔も無理。たぶん先に帰るしかないと思う。  そんなわけで」  セイバーを頼んでいいか?と私は言うつもりだった。だが、 「却下ですシロウ。ふたりだけ先に帰る、なんて危険なことは認められません」  まぁ、それももっともかな。  でもさセイバー、他に方法ないんだって。いくらなんでも 「アーチャー。私もいっしょに縛ってください。先に帰らせてもらいます」 「…………」  アーチャーは盛大にためいきをついていた。なんか向こうじゃ遠坂がひーひーいって笑ってるし。  くそ。おぼえてろよ遠坂。 「わかったわかった。で、どうだ?重量制限の問題はないのか?」 「それはどういう意味ですかアーチャー。私はそんなに重くない」  いや、それ論点違うしセイバー。 「……重量は問題ない。しっかり結んでくれれば」 「わかった。ちと苦しいだろうががまんしろ」 「……ああ」  かつての憧れの君の大爆笑。笑いをかみ殺したアーチャー。    あー……なんていうか。  ……人生の選択、どっかで誤ったかな?いやほんと。 [#改ページ] 凛とアーチャー[#「 凛とアーチャー」は中見出し]  ひとりの影がアインツベルンの森を走っている。  正しくはふたり。男が女を背負い、夜の森をまるで平原を行くかの如く軽快に疾走している。 「ねえ、アーチャー」  女がつぶやいた。 「……私は言った方がいいと思うぞ」  なんの事かも聞かずに、男は答えた。  男の背中にしがみつきつつ、女はつぶやく。 「言えるわけないじゃない。……衛宮くんが好きなのよ、あの子」  ぎゅっ、と背中を掴む。心細い声。平素の彼女からは到底信じられない声だった。 「こんなことならもっと早く……わたし、バカよ」  女のすすり泣きが聞こえた。 「だからこそ言うべきなのだ、凛。  衛宮士郎はもういない。あの娘は……衛宮士郎どころか、もはや人ですらないんだぞ。隠すべき者はもういないんだから」 「……」  女が息をのんだ。 「それ、どういう事?……何を知ってるの?アーチャー」 「私が知るのは伝聞にすぎない。だがおそらく事実だと思う」  男の走りは変わらない。淡々とアインツベルン城を離れていく。 「ずっと昔のことだ。遠い星でひとつの文明が滅びたそうだ」 「遠い、星…………星?国じゃなくて?」 「ああ、星だ」  荒唐無稽な話を、笑いもせずに男は続ける。 「私は守護者の座にいるモノだ。だがな凛。我々とは違うカタチだが他にも守護者のような者は存在する。それも英霊とかでなく、生きたまま、民族まるごと総ぐるみで周辺宇宙の平和を守ってますって冗談のような連中がな。  まぁ、ひとの世界のみを守る私とは交わることのないモノだが」 「な、何よそれ。まるでそれじゃ子供番組のヒーローじゃない」 「そうだな。だが事実いるそうだ。そういう酔狂者が」  話を続けるぞ、と男は背中の女につぶやいた。 「その連中がある日、ひとつの国を消した。星ごとだ。非常に優れた魔道を誇っていたが好戦的に過ぎてな、さんざ手を焼いた末の苦渋の決断だったそうだよ。手勢を集めて軍団を編成し、持てる能力を結集して全てを焼き払った。そこの住民全てを道連れに」 「……」 「ところがだ。ほぼ全滅が確定したはずの地表からいきなりひとりの娘が現れたそうだ。  その娘はその文明の粋である一本の杖を携えていた」 「!」  女が無言の驚きを発した。 「娘は激怒していた。狂っていたと言い替えてもいいだろう。祖国を滅ぼされたのだから当然だが、娘にはもうひとつ理由があったんだよ。  その娘はね、彼らが好きだったんだ。星の海を渡り人々を救ってまわる人々。実利よりも人々の笑顔を貴ぶ魂。そういうものに憧れていたのさ。  だからこそ娘は怒り狂った。憧れていたものに祖国の全てを消されたんだ。信じられない裏切り。壊れた理想。どれだけの嘆きと怒りだったのかは想像してあまりあるだろう?  戦どころか神職で神殿から出たことのないような娘だったとも言われる。だからこそその怒りはなおさら激しかったのかもしれん。  今となっては真偽はわからん。だが伝説にはある。  娘が杖をふると、山脈がひとつ蒸発して消えた。娘が叫ぶと、巨大な宇宙戦艦が真ん中からへし折れ虚空の闇に墜落した。娘が睨むと、無数の強大な戦士たちがゴミのように焼き捨てられたという。  攻撃しようにもできない。娘は身に寸鉄も帯びず君よりずっと小さかった。狙いを定めるだけでも大変なのに、その小ささで戦艦以上の力を振り回すんだ。しかも直撃を食らってもろくに効果がない。懐に入り込まれたら同士討ちで味方の船まで次々落ちた。  そうして軍団は古今未曽有の大混乱に陥ったんだそうだ」 「……そう。じゃあアーチャーは、その子が衛宮くんだっていうの?  でもそれ変よ」 「なぜだ?」 「あの子の能力は凄いわ。なにしろバーサーカーの防御すら突破するんだもの。サーヴァントにまで届くなんて尋常じゃない。  でもね、そんな|化け物《Ultimated-one》じみた魔力なんか持ってないわあの子。あの子自身の魔力は以前の衛宮くんとほとんど変わらない。あの力だってセイバーの宝具から引き出し……!」  そこまで言って、凛はアッと驚きの声をあげた。 「そっか。何か別のとこから魔力を引っ張ったんだ。で、でもどこから?たったひとりで宇宙戦争やらかすほどの力なんて、いったいどれだけの魔力が必要なわけ?能力以前にそれだけで論外もいいとこじゃない」 「あるじゃないか凛。君もよく知ってるはずだ。人間の文明なぞ千回焼き尽くして余りある領域外の力の源泉を」 「わたしも知ってる?……聖杯、じゃないわよね。聖杯も凄い力持ってるけど宇宙戦争に使うようなものじゃないし、『向こう側』から引っ張るとしたら時空に穴を開けなくちゃならないはずで……!!」  凛の声が途中でとぎれた。震えを伴って。 「ま、まさかアーチャー。そんな、冗談でしょう?」 「……そのまさかだよ凛」 「まさか。ひとの身でガイアから、星そのものから力をとったっていうの!?できるわけないじゃないそんなこと!」 「だからいったろう、魔道に長けた民族だと。  テラ・フォーミングという言葉を知っているか凛?惑星改造論とも言ったと思うが」  うろ覚えですまん、とアーチャーは言った。 「……いきなりまたずいぶんと話が飛ぶわね。  ま、いちおうね。宇宙に進出するのに行き先の惑星を改造するっていうんでしょ?ひとが住めるように。わたしには遠い未来の夢物語だけど」 「彼女の杖は、そのテラ・フォーミングのためのものなんだよ。  魔道の力のみで宇宙文明にまで到達した民族だ。彼らは星の環境を変えるためにその星の力を借りる技術を編みだした。どれほどの代物なのかはもはや想像するしかないんだがな。  杖は単なる変換器。起動に小さな魔力を必要とするがそれだけでは何もできない。そりゃそうだ、なにしろ変換器だからな。  だがひとたび『源泉』とつなげば、星ひとつまるごと作り替えるほどの領域外の力すらそこから得ることができる。その限界は源泉の規模に正しく比例する。個人の魔力の限界も一切関係なし。世界の力そのものなんだから世界の修正すらも受けない。  それがあの娘『風渡る巫女』に関する伝説の全てだ」 「……」 「もういちど言うぞ凛。衛宮士郎はもういない。  あれと衛宮士郎がどう出会ったのかはわからん。だがこれだけは言えるだろう。  奴は魅入られたんだ。かつての自分と似たような理想を掲げる少年に惚れ込んだとかそういう理由なのかもしれんが、あれは衛宮士郎に溶けこむことでこの星に住み着いたわけだ。  目的も事情も不明。全ては私の推測にすぎん。もしかしたら単なる取り越し苦労で、あれはただ亡くした故郷のかわりにこの星で平和に暮らしたい、それだけの事なのかもしれん。実際私にはそう見えるしな。  ……だが油断はできない」  男はそこで息をついた。  森を抜けて道路に出た。時刻は夜。空は晴れていた。 「凛。で、どうする?」  凛はアーチャーの背中から降りた。顔が涙で濡れている。 「……言うわアーチャー。  でもそれは今じゃない。聖杯戦争が終わってからでいいと思う。ライダーは倒した。マキリの妖怪は不安要素だけど今は動く理由もないでしょう?だったら今は余計な面倒は避けたい。  ごめんねアーチャー。あなたはその結果を見る事ができないけど」  男は優しく微笑み、ぽんと凛の頭に手を置いた。 「それこそ余計な心配だぞ遠坂。  わかった、がんばれ。オレにはそれしか言えないが」 「……ばか。子供扱いしないでよ、衛宮くんのくせに」 「ひどい言い分だなそりゃ……ま、元気になったのならそれでいいか」 「ふふ、ありがと」  ごしごしと涙を拭きふたたび顔をあげた時、そこにはいつものあかいあくまがいた。 「さ、いきましょうアーチャー。イリヤスフィールの扱いについて彼らを説得しなくちゃね」 「ああ」 [#改ページ] 遍歴[#「 遍歴」は中見出し]  とんとん、と障子を叩く音がする。  衛宮士郎の部屋は和室だった。それは少女と化してからも全く変わらない。凛は女らしくせよと言ったしセイバーも不用心さを随分と指摘したのだが、せめて生活くらいは同じにさせてとごねたからでもあった。  まぁそれ以前にもともと、かつての巫女も女の子らしい丁度品は好まなかった。神殿に生まれ、そこから出ないで育ったような人物であり、あまり女の子らしい生活はしてなかったという事もあるのだろう。凛の奨めたいくつかの服以外は何も着ようとしなかった事からもそれは頷ける。  さて、とんとんというのはノックの音だ。障子だからコンコンという音にはならない。 「はい」 「わたしよ。入っていい?」 「ダメ」 「こら、イリヤ」 「わたしがダメと言うんだからダメ。セイバーならまぁいいけどリンは不許可」  主人より前に入室拒否する、その傍若無人さに苦笑する凛。 (猛烈に懐いてるわねえ。ま、当然ったら当然か)  凛はクスクスと笑うと、障子を開けて中に入った。       「わ、なにこれ」  中に入った凛の第一声がそれだった。  湯上がりなのだろう。少女はイリヤとふたり、おそろいの浴衣を着ていた。外見によらず衛宮邸の暖房は意外にしっかりしており、一部の部屋を除きこの程度の徘徊は冬でも可能である。  それにしても浴衣。おそろい。いつのまに作ったんだろうと凛はいぶかるがデザインをちょっと見て納得した。  それは男の子っぽいデザインだった。ようは昔の士郎のものなのだろう。衛宮の家は藤村組の管理下にある事がわかっているし、藤村家の直系である藤村大河が我が家のように出入りしている事からもそれは頷ける。  ようするに、そういう服はふんだんにあるわけだ。藤村大河はあまり着飾るひとではないが、弟分のような士郎の服には色々と手をかけていたと思われる。洋服箪笥を先日見たが、同じようなデザインの、しかしサイズや細部の異なる服が多量にあったのもきっとそのせい。いろいろ服を変えたがらない飾り気のない愚弟のために、せめてもとそうした結果に違いない。  実の姉妹がいながら共に育つことのできなかった凛には、悲しいほどに懐かしく、またうらやましい光景だった。  いや、それよりも凛が注目したのは別のことだ。  少女は室内なのに杖を出していた。杖の周囲には無数の魔術文字がぐるぐると動きまわり、並んで座っている少女とイリヤの前には、何か半透明の情報パネルのようなものまで浮かんでいる。 「あー、勝手に入ってくるし。今いいとこなんだから邪魔しないでリン」 「いや、邪魔しないでって……なにこれ?」  見たこともない異国の魔術文字の乱舞に、凛はそんなことを言っていた。 「これ?杖に掘り込んでる術式を一部書き換えてるの。これってアンチョコみたいなものでね、刻んどくと詠唱の節を飛ばせたり便利ってわけなんだけど──」  短縮ダイヤルみたいなものよ。そう言って少女は苦笑した。 「へぇ。面白いわねそれ」  道理で杖本体にもいろいろ刻まれているわけだ。あれも全部飾りじゃないのだろう。 「で、イリヤスフィールは何してるわけ?」 「決まってるじゃない知的好奇心よ。文化が違うとここまで術体系が違うのかって思うわ正直。すごくおもしろい」 「はぁ。ようするに野次馬ね」  じゃ、わたしもとイリヤの隣に座る凛。露骨にいやがるイリヤ。 「なによ。トオサカの魔術師なんかがどうして私の隣に座るのよ」  む、ときた凛が反論しようとしたが、 「イリヤ、嫌ならこっちにおいで。遠坂もいちいち怒らない」  あっさりと少女が収めてしまった。 「……しっかし物凄い量ね。いったいどういう魔術が収められてるわけ?」  部屋中を飛び交う異界の魔術文字の羅列は、まさに胸やけのしそうな量だった。 「これでもほんの一部なんだけどね。……あ、これ|要《い》らない」  呪文の一部を少女が捕まえた。それは、するりと少女の手の中に消える。「よし、ここに書いちゃおうっと」  同じ場所につらつらと指を走らせる。すると魔術文字が浮き上がり、他の文字と同じようにくるくると踊り始めた。 「……紙に書いたりとかはしないわけ?」 「神聖文字を紙に書くのはなぁ……刻むならともかく」 「へぇ、そんなものなの?」 「うん、そう」  それも文化の違いというものか、と凛は納得することにした。地球では刻みタイプの神聖文字はルーン魔術等、一部にしか残っていない。 「ねえねえあれなに?シロウ」  対するイリヤは好奇心むきだしに何でも尋ねまくっている。少女はそんなイリヤにひとつひとつ答えていた。 「あれは……んー、訳すと『多次元屈折鏡』。物理波動を伴う破壊光線を反射する専用呪法ね。ここじゃ用途ないんだけど短い呪文だし、ま、お守りみたいなものかな」 「……スペ◯ウム光線でもはじくの?」 「イリヤ。いいかげんヒーローネタやめなさい」 「うるさいなぁ。シロウちっちゃいくせに細かい。さっきだってヘンタイカメ…」 「ストップ。意味説明したでしょ。レディーがそんな名前言わない」 「むう。……ま、いいわ。シロウだから許したげる」 「そういう問題じゃないんだけどなぁ……」 (多次元屈折、ねえ)  語感がなんとなくひっかかる。遠坂の大師父を彷彿とさせる。  ていうか、多次元屈折する鏡という時点で既に第二の領域ではないのかそれは。  いったいなんなのあんた、と言いかけて凛は気づいた。    そう。  『彼女』はこの杖一本でただひとり、宇宙戦争をやらかした怪物なのだ。  今は魔力もなにもなく当然そんな大それた事はできないが、そのための技術まで失われたわけではない。    そして彼女は魔法使いではない。たとえいかなる魔法が使えたとしても。  彼女はただ杖を駆動しているだけでその原理まではたぶん知らない。悪い言い方をすればそれは、訓練された猿が宇宙船を動かしているのと大差ない。あくまで彼女は巫女であり、奇跡を起こすのは神器の仕事。それ以上のものではない。  それは、凛たち魔術師が本来もっとも嫌悪するありさま。  魔法に届くというのはそういう事ではない。  たとえば凛がかの|宝石剣《ゼルレッチ》をマスターし行使したならこうはいかない。凛は自力でその原理を理解し、いつかはそれを自分のものにしてしまうだろう。いや、してみせる。  届くというのはそういうことなのだ。  ふと、凛は聞いてみる。 「ねえ衛宮くん、聞いていい?」 「なに?遠坂」  確かに反応は衛宮士郎だ。口調も何もかも違ってはいるが凛にもそれはわかった。もしかしたら思考のほとんども士郎寄りなのではないか。  外観や魔術が完全に元の士郎と|乖離《かいり》しているのとは正反対に。  これがつまり『融合』という事なのか。 「今の衛宮くんの魔術って、結局どういう性格のものなの?わたしは放出、それと吸収が主だと見てるんだけど」 「んー、それは難しいなぁ」  むむ、と少女は悩んだ。 「うん、それは正解。『巫女』の私が使える魔術は本来それだけだね」 「『巫女の私』?」  語感に妙なものを感じ、凛は聞き返した。 「うん、そう。  両方の記憶があるわけだけど、どっちもどっちじゃ混乱しちゃうでしょ。一応そこは分けてるわけ」 「なるほど」  それはそうだ。ふたりの人間の融合ということは、価値観や世界観すらふたつ混在している事になる。 「じゃあ基準はどっちなの?どっちがベースになってるの今の衛宮くんは?」 「衛宮士郎の方」  きっぱりと少女は答えた。 「こんな姿だから混乱するかもしれないけど、私は今も衛宮士郎だよ。ただ、混ざったものがあまりにも異質だったからこんなになっちゃっただけ」 「……そっか」  あらかじめ用意された答えかもしれないが、嘘があるようには感じなかった。  凛は自分の直観を信じる事にした。 「じゃあ、衛宮くん自身の魔術は使えるの?もともと持ってたものは」 「あぁ使えるよ。以前より起動も楽になったし。精度は落ちたけどね」 「精度?」 「えっとね。たとえば」  と、そこまで少女が言ったその瞬間だった。 「シロウ、これなに?」 「え?……!」  少女は、しまったという顔をしてその映像とデータを消した。  だがもう遅い。 「悪い衛宮くん、わたしも見たわ」 「……遠坂」  凛は腕組みをした。完全に魔術師の顔になって。 「今の、セイバーの剣……『|約束された勝利の剣《エクスカリバー》』ね」 「……あー」  困ったように額に指をあてる少女。 「なに?どうして杖にセイバーの剣のデータがあるの?」 「いやその……イリヤ。秘密ってのは」 「ダメ」 「わたしも知りたい。教えて」 「……あー」  イリヤと凛のふたりに詰め寄られ、頭を抱える少女。 「いやその……研究のつもりだったんだけど」 「研究?」  不思議そうに首をかしげるイリヤ。だが凛は、 「──それって、あれを投影するつもりって事?」 「!!」  そのものズバリを言い当てた。 「え、遠坂」  なんでそれを、と言いかけた少女を遮り話を続ける。 「実はね、うちのアーチャーが同じタイプの投影を使うのよ。あんたのあの土蔵、工房なんでしょ?悪いけど見せてもらってね、ピンときたわけ」  嘘を混ぜて話す。  アーチャーの正体は衛宮士郎のなれのはて。それはたぶんもうセイバーにはばれている。そしてアーチャーの話だと、いずれはイリヤスフィールも気づくこと。  だけど、目の前の少女にはまだ知って欲しくなかった。  だから凛はそれを隠した。 「投影?ずいぶん珍しい特性ねシロウ」 「イリヤスフィール。たぶんあなたの想像してる投影、こいつの使う投影とは全然別のものよ。  で、衛宮くん」  にっこり笑い。 「……」  だが、少女はその笑顔を見て「げ」という顔に変わった。 「あら、どうしたの衛宮くん?」 「あ、いやその」  そのにっこり笑いが怖いです、とは言えない。薮をつついて|大蛇《おろち》でも出られたら泣くに泣けないから。 「それでね」  さらににっこり笑い。壁際に追い詰められる少女。見ようによってはちとあぶない光景だが実際は違うわけでその証拠に少女は完全に怯えているわけで、   「──んな危ない真似すんな、このどあほーーーーーー!!!」   「……耳痛い」 「うるさいっての!  そんなもん投影しようとしてるって事は自分の投影がどういうもんなのかわかってるんでしょ、ええ?」 「は、はひ」  はい、になってない。完全に気合い負けしていた。 「はいじゃないわよ!!  失敗すればまだいいわ、万が一投影に成功でもしたらどうなるかわかってんのあんた?  最悪、一発廃人だっての!」  騒ぎ過ぎたと思ったのか、そこでコホンと凛は咳をした。 「いい?魔術ってのはね、無理しようとすればいくらでも無理できるもんなの!代償を厭わなきゃね。  その意味でいけばあんたは確かにあれを投影できるでしょうよ。次の瞬間に脳味噌ぶっこわれて即死するかもしれないけど!」 「……」  何か想像したらしい。少女の顔がみるみる青くなった。  そんな少女を見た凛は、ふっとそこで視線を和らげた。 「ま、心配しなさんなって。あんたはその杖の魔術と、セイバーへの魔力の供給のことだけ考えてなさい。それだけでいいわ。  なんたって、今の士郎はイリヤスフィールより華奢で弱いんだから。そのぶん魔術の方が優れてるっていっても|冬木《ここ》じゃそれだけでは無理。あんたの星じゃ無敵だったかもしれないけど、ここじゃそうはいかないんだからね」 「……ちょっと待て」  なおも話を続けようとする凛だったが、少女が途中からそれを遮った。 「どういうことだ遠坂。どうしておまえがそのこと知ってる?」 「ほんとほんと。なんでリンが知ってるのかわたしも興味あるわ」 「あら、イリヤスフィールも知ってるんだ。いったい誰に聞いたわけ?」  凛の言葉に、イリヤはふふんと笑う。 「わたしはリンみたいなせこい知りかたはしてないわ。当然自分で調べたわよ」 「……調べたぁ!?それって士郎の身体調べて知ったってこと?」 「もちろん」  得意気に笑うイリヤを、凛は呆れ全開の顔で見ていた。 「ま、まあいいわ。  わたしはアーチャーに聞いたの。あいつがどういう伝手で知ったのかは知らないけど。で、士郎」  凛は少女の高さにまで屈みこみ、視線をあわせた。まるで子供に向かうような優しい笑みを浮かべる。 「あんたの仕事は後方支援よ士郎。  幸いなことにセイバーは最強だわ。なんたってあのアーサー王よ。彼女に前面を守ってもらって、あんたは後ろや側面から支援魔術を使えばいい。一度やったみたいにね。ま、それで」  そして、きりりと目線を引き締め、 「投影は禁止」 「えっと……どうしても?」 「どうしても」 「……」  不満そうに、しかし凛の顔をまっすぐ見られない少女。 「リスクの高いことをわざわざ自分からする必要なんてない。そんなあぶない橋わたる暇があったら、少しでも今ある魔術を研きなさい。その方がよっぽど確かだわ」 「……わかった」  その言葉を確認すると、凛は立ち上がった。 「イリヤスフィール、いきましょ」 「え?なんでわたしもなの?わたしここにいる」 「ばっかねえ。今からセイバー呼んでくるのよ魔力供給のためにね。それともふたりのレズシーンみたい?そんな趣味あるの?」 「……しかたないわね。わかった」  そうして、ふたりとも出ていった。       「『|投影開始《トレース・オン》』」  少女がその言葉をつぶやいたのは、ふたりが出て少したった時だった。  くっと顔をしかめる。少しあぶら汗。ふうふうと苦しそうに息をする。 「『|投影完了《トレース・オフ》』」  右手には、凛が上着の裏に挿してあった小さな剣が現れた。  ペーパーナイフくらいのものだがちゃんと魔力を秘めている。武器というより日用品、あるいはシンボルのようなものなのだろう。さっき、屈み込んだ時に見えたものだ。  どうして凛がそんなものを持っていたのかはわからない。だがそれに気づいた時、少女は迷わずそれの解析を試みていたわけだ。  だが、それをちらりと見てその骨子の甘さにためいきをついた。 「くそ……やっぱりまだ届かないか……」  悔しげに呻いた。 「見て投影するのはこれが限界なのか。ましてや宝具なんて……月に行けって方がよほどマシじゃないか!」  血を吐くような嘆きが洩れた。  だから杖に覚えさせた。巫女としての吸収魔術を応用、杖を操ってエクスカリバーの情報を吸い上げてみた。  そちらの方は、後でもう一度試すつもりだった。 「……仕方ないだろ遠坂。  感じるんだよ。衛宮士郎としての投影ができなくちゃ……勝てないって」  理由などない。  できなかったら、私たちは負けてしまうと少女はつぶやいた。    それは、少女の巫女としての能力。  引くことを許さない、自らの正義を愛するふたつのココロ。    衛宮士郎、そして遠い星から来た巫女。  まじりあうふたつのものは、ゆっくりと少女を育み続けていた。 [#改ページ] 寝床[#「 寝床」は中見出し]  闇の中だった。  灯りの消された和室。ふたつの小さなぬくもりが寄り添っていた。 「まだ痛いですか?」 「だ、だいぶ……慣れた」 「そうですか。それはよかった」  美しい金髪の娘が、赤毛の少女にそっと頬ずりした。愛しさに溢れたやさしい仕草だった。 「あの好色魔術師(マーリン)も洒落た悪戯を考えるものです。彼は未来が見えたのかもしれませんね」 「……」  和室には月明かりが差し込んでいた。  それは十分な光量ではない。しかし二人の少女には十分な明るさではあった。窓が染み入る冷気は決して弱いものではないのだけれど、お互いのぬくもりがそれを相殺していた。  こぼれんばかりの愛が、月光に溶けていた。    仲がいいといっても結局ふたりはマスターとサーヴァントである。  そのふたりがいきなりこうも親密になったのには理由があった。ひとつは少女の体内にあるセイバーの鞘、そしてもうひとつはセイバーに生えた男根であった。  そう、男根。ぶっちゃけ、ちんちんである。  女性であるセイバーにどうしてそんな下品なものが生えてしまったのか。その答えはアーサー伝説をみればわかる。伝説ではアーサーは妻を娶って子もなしており、実際セイバーも妻と子がいたのである。  女同士でどうして子ができたのか。リアルに解釈するなら『訳知りの側近に抱かせた』という事になるのだろうが事実はそう簡単ではない。当然といえば当然だが、当のセイバー自身が強硬に反対したからだ。  それはそうだろう。彼女は王であるが同時に女性なのだ。その自分を男と信じて妻となってくれた者。その者をさらに騙すのかと。不貞までも強要してしまうのかと。そればかりは、血まみれの王道を選んだ彼女にもどうしてもできなかったのだ。  だが子は必要だ。民主政治でない時代であり、跡継ぎがいない事はその国の終焉すら意味するからだ。どうしても子は必要だった。  そんな苦悶の折に現れたのがマーリンだった。そう、アーサー王の側近にいたという魔術師(メイガス)。  インキュバスの血を引くと言われる彼は魔術の能力も優れていた。驚くべきことに彼は彼女に術をかけ、一時的に男性にしてしまったのだ。確かにこれかなら妻に不貞を強要する事もないというわけだが、その時に彼はこう言ったという。  相応のペナルティはもらうぞと。  で、話は今に戻る。  ふたりで魔力の収受をしようとしたのはいいが、士郎が女性になってしまった事が大きな障害になっていた。魔力がうまく渡らないのだ。さすがに女同士では効率面などでも無理がある。だが他の者の手など借りたくはない。  そんな時だった。  懐かしい感触を股間に感じたかと思うと、あの頃のと同じ男根が力強く生えてきたというわけである。  全く予想外の展開にセイバーは驚いたが、同時に喜んだ。これで魔力を受け取れますと。    だが、それを見た少女は激怒した。    衛宮士郎にとりセイバーは特別な女性である。『問おう、貴方が私のマスターか』あの瞬間はおそらく生涯忘れられないだろう。あの瞬間の衝撃、そして佇むセイバーの非現実なまでの美しさは衛宮士郎の魂まで虜にしてしまっていたのだから。  そのセイバーに『ちんちん』。よりによって。  少女の中の衛宮士郎がその瞬間、壊れた。  それは衛宮士郎の持っていた憧憬やら思い入れやら、そういったものをまとめてぶっとばしてしまった。逆鱗に触れるどころの話ではない。真っ正面から引きむしってしまったようなものだった。  少女は文字どおり『吠えた』。こんな女神のように美しいセイバーをふたなり(ちんこむすめ)にするなんて、と見たこともない魔術師(マーリン)にふざけるなと怒り、震えた。確かに衛宮士郎は本来激情家ではあるが、ここまで派手にぶっ壊れる事は珍しい。  ようするに、それほどにセイバーは『特別』だったのだ。    対するセイバーは、自分の股間より少女の反応に驚いた。  確かにここに来て何度か美しいと言われ首をかしげていたセイバーだったが、まさかここまで一直線に愛情をぶつけられるなんて想像もしていなかった。しばらくたっぷり固まり、そして次の瞬間、少女を優しくだきしめていた。  愛しさが溢れた。  ふたりの行為が『魔力の譲渡のため』から『愛の営み』に変貌するのに時間はそうかからなかった。   「そうですか。では随分と多くのひとが知ってしまったのですね」 「うん」  関係の変化はいろいろな面に及んでいた。  中でも大きいのがこの「作戦会議」だった。一緒にいる時間が格段に長くなってしまった事、そして男と女という垣根のない親密度は、本来の史実のそれを大きく逸脱した情報共有をもたらしていた。その結果である。 「その国王のような人物というのがよくわかりませんが……それはサーヴァントではなかったのですね?」 「うん。普通じゃなかったけど」 「そうですか」  セイバーはそれに該当しそうな人物をひとりだけ知っていた。  だがそれは『前回』のサーヴァントだ。それに『彼』はもっと横柄で無茶苦茶な人物だったはずだ。なにしろセイバーがすっかり気に入り、死闘の中本気で求婚してきたほどに逝っちゃってる変人(きち◯い)だったのだから。  なにより、彼がここにいるはずがない。今回のアーチャーの席には別の者がいるし、あの男は他のクラスには該当すまい。  だが、 「よりによって古代の英雄王を名乗りまたその態度。貴女が私(セイバー)のマスターである事のみならず貴女の半分が遠い星からきた事まで知っている、あるいは気づいた事実。全くもって油断ならぬ存在ではあるようですが」 「うん」 「ときにシロウ、私も確認したいことがあるのです」 「なに?」 「投影を続けるのですね?」 「……」  うんと答えた。そうですか、とセイバーも静かに返した。 「私も本当は反対です。しかし、投影できなければ勝てないという貴女の感じていることは無視できない。  リンたちがライダーを倒したそうですから、残るサーヴァントはキャスター、アサシン、そしてあのランサー。  リンは楽観しているようですが油断はできない。アーチャーも言っていました。危険なのはむしろこれからだと。私もそう思います。  ところで、おかしなことをひとつ聞いてもいいですか?」  なに、と聞き返す声がした。 「門外漢の私の考えですからまるっきり外れかもしれませんが……杖を経由して投影することはできないのでしょうか」 「!」  少女がピクッと反応した。 「融合する事により本来のシロウの魔術は使いにくくなった。それは仕方ない。もとよりシロウの投影は非常識すぎるものですから、それゆえにシロウのシロウとしての形質が変わってしまった今、それを使うのが困難なのも納得できます。  ならばです。シロウは杖を一種の書庫のように利用する事を考えているようですが、それならいっそ触媒としても使えないのでしょうか。あの杖はそもそもそういうものなのでしょう?吸収と放出しかできない貴女が多彩な魔術を操り、バーサーカーの防御すら破って見せたのはつまり、そういう事なのでは?」  う〜ん、と少女は悩む。 「……考えてもみなかった」  それはそうだろう。それはつまり、日本語とロマンシュ語を欧州言語用機械翻訳にかけて同じ結果を求めるようなものだ。  そんな非常識は門外漢だからこそ容易に考えるもの。専門家は無意識にそういうゲテモノ思考を頭の隅に追いやってしまう。その無謀さをよく理解しているからだ。 「やはり難しいですか……」  う〜んと考え込むセイバー。 「んーでも」  と、そこで少女が頭をめぐらせる。 「確かに可能かもしれない。後で試してみる」  うん、と少女は頷いた。 「そうですか。少しはお役にたてたでしょうか?」 「うん、すごく……それよりセイバー」 「ええ、いいですよ」  もっと動いてという言外の要望に苦笑し、セイバーは少女の尻をなでた。 「わ、やめ、くすぐったい!」  暗いからわからないが二人とも下着姿なのだ。うふふとセイバーは意味ありげに笑った。  どうやら、夜はまだこれからのようだった。  だが、   「!」  その瞬間、屋根の上に座っていた弓兵が動いた。 『サーヴァントだ凛。学校前を過ぎた、まっすぐこっちに向かっている』 [#改ページ] 誤算[#「 誤算」は中見出し]  世界に『否定』される苦痛を知っているだろうか。  とある並行世界でひとりの少女がそれを体験した。大気さえ猛毒を帯び、地上にいるのに宇宙にいるような苦悶が襲いかかる。世界そのものがその存在を否定し、押し潰そうとするのだ。その苦悶はとても想像できるものではない。  この星に流れつき、目覚めた異星の巫女を襲ったのもそれだった。  巫女はこの星では異物だった。しかもまずいことに、彼女はその内部に星の運命すら狂わせるほどの能力を秘めていたのだ。それを『世界』が見逃すわけがなかった。  たちまち、凄まじい苦痛が目覚めたばかりの彼女を襲った。  わずかばかりの防御魔術なぞなんの役にも立たない。かといって残る魔力ではふたたび|宇宙《そら》へ逃げるなぞ不可能だった。少女は業火に焼かれる亡者のように苦悶の絶叫をあげ、焼けた鉄靴を履かされた死刑囚のように踊り狂った。  手当たり次第のものに身体を打ち付けた。あらゆる体液や老廃物を全身から垂れ流した。苦痛を苦痛で打ち消すために目玉をえぐりだした。自滅を覚悟で杖の魔力を駆使し、小動物にまで姿を変えて世界の追撃から逃れようとした。  だが、駄目だった。  意識が遠のいた。吐くだけ吐いて、その場に倒れた。  次に彼女が目覚めた時、見知らぬ建物の中だった。異星人の少年がいた。どうやら彼女を見ため通りの小動物と思い、自分のねぐらに連れ帰ったようだ。理由はわからなかった。  苦悶がふたたびやってきた。何か作業しているらしい少年に彼女は近付いた。もしかしたら食われるのかも、という予感がしたがそれでもよかった。この苦痛から逃れられるならば原住民に食われたとてかまわない、そう思えるほどに彼女はどうしようもなくボロボロに衰亡していた。 『!』  その時、確かに感じたのだ。少年の体内にある魔力の固まりを。  彼女は迷わず残る全魔力で肉体を破壊、核のみになって少年に溶けこんだ。──そう。まるで蜘蛛の糸に捕まる囚人のように。    それは衛宮士郎が聖杯戦争というものに巻き込まれる、一ヶ月ほど前のことだった。        アーチャーは屋根の上にいた。  そこは定位置だった。長い時の果て、この地にも何度か召喚を経験していた彼は、その場にいつも腰を据え周囲をじっと観察していた。  もっとも彼自身はそれを記憶していないが。 「なんとも予測がつかんな」  そうつぶやくアーチャーの顔は、どこか楽しそうだった。  守護者の座にいるアーチャーにとって、過去の召喚は記録にすぎない。時系列もつながらずリアルな記憶でもない。それは図書館の本を読むのと同じであり、もはや彼は自分がどれだけの歳月、守護者を続けているかなんてまったくわからないし、そしてわからなくて当然だった。  だが、いつのまにかそれが変わった。  摩耗し続ける日々は変わらない。だがいつだろう、それが楽になった。永遠の地獄でもかまわないじゃないか、そんなことを考えている自分がそこにいたのだ。  ──きっと私は『答え』を得たんだろう。情けないことに何も記憶してはいないが。  そう、漠然とアーチャーは思っていた。  永遠に続く地獄であろうとも、ひとしずくの希望があれば生きられる。そういうことなのだと。 「しかし、さすがに今回のケースは特殊すぎるだろう。まさか衛宮士郎が宇宙人の少女と融合するとはな」  おまけに、その状態でセイバーとあの仲。いったい何がどうなっているのか。  もしこの珍妙な事態の仕掛け人がどこかにいるのなら、今すぐすっとんでいって心ゆくまでボコりまくりたい気分でいっぱいだった。 「おかしなことが多すぎる。  だいたい、オレはあんな伝説どこで耳に挟んだんだ?どこかに召喚されたおり耳にしたという事か?」  どうして自分はそんな知識を持っている?アーチャーは自問した。  守護者としての戦いの事ならともかく、異星の少女の伝説なんてそれには関係ないはずだった。そんな知識をどうして普通に持っているのか。  それとも。 「やはり、あれを巡って何かが起きるのか」  守護者としての自分がその知識を持ち越さねばならないほど、剣呑な何かがあの少女のまわりに起きるのか。 「……世界、か?」  ありえないことではない。あの娘の本来の能力を思えば。  この星にとってあの少女は異物。ただの無力な少女ならともかく、あれは条件さえ揃えば抑止の対象になるほどの力を振るえる存在。  当然、世界は潰しにかかったはずだ。  だが少女は逃げきった。世界に潰される前に衛宮士郎に逃げ込むことにより、まんまとその手をかわす事に成功したのだ。  では、今のこの事態は? 「……まさか、な」  いくらなんでもそれは、とアーチャーは首をふった。  イリヤスフィールがああも早く少女の側に収まったこと。セイバーの急速な接近。  それに凛のかいがいしい協力者ぶりもそうだ。元々彼女は衛宮士郎に対して協力的ではあるが、アーチャーである自分をああも熱心に説得してまで協力に勤しむ。しかも最初からああも信頼しきっていた。  いくらなんでも行きすぎではないか?  それは裏返せば、少女に次々と『仲間』という拘束の鎖をつけているようなものと言えないか? 「……いや、それもおかしい」  あれでは少女の力は削げない。むしろ逆効果だ。  『正義の味方』に守るべきものと戦場を与えてどうするのだ。  それでは拘束するどころか、むしろ強くなれ強くなれと煽りまくっているようなものだ。燃料をぶっかけ火までくれてやっている。 「わからん」  何か巨大な力が絡んでいるのはおそらく間違いない。だが目的がわからない。  いったい、何を企んでいる?    と、その時だった。 「!」  アーチャーの誇る『鷹の目』が、学校の近くを走っているランサーの姿をとらえた。  迷わずアーチャーは凛に呼びかけた。 『サーヴァントだ凛。学校前を過ぎた、まっすぐこっちに向かっている』  離れの方でその瞬間、ばたばたと何かを動かす音がした。 『……凛?』 『すぐ行くわアーチャー!セイバーたちも呼んでちょうだい!急いで!』 『その必要はあるまい。近くまでくれば気づくし、何よりその前に……』  足元の気配が動いた。セイバーたちも動き出したようだ。 「やれやれ。ぎりぎりまでしっぽり楽しませてやろうと思ったのだがな」  凛やイリヤスフィールはセイバーの身体の変化を知らない。ぎりぎりまで知らさずにおけば身繕いも不完全なまま戦いに出る事になるわけで、ふたりにささやかな嫌がらせのひとつもできるかと踏んだわけだが。 「ま、馬に蹴られるのもアレか」  アーチャーは笑った。    少なくとも彼にとり、この異常な聖杯戦争は嬉しい誤算のようだった。 [#改ページ] 混戦[#「 混戦」は中見出し]  深夜の柳洞寺の階段入口に、ひとりの青年が立っていた。  金髪のその青年は闇の中にいた。だがその姿はどこなく輝き、光を帯びているようにも見える。  さながらそれは「生きているのに生きていない」ような。  退屈そうに上へと続く階段を見上げると、ひとことつぶやいた。 「やれやれ、言峰もくだらぬ事を押しつけるものだ。  だがよしとしよう。楽しみは後にとっておく方がよいからな」  にやり、と笑う。  その顔には、うっすらと狂気が滲んでいた。       「よっ、元気してたか?」  その蒼い槍兵は、まるで旧知の友にでも語るかのように集まった面々に呼びかけた。 「まさか真っ正面から正々堂々単騎とは。その蛮勇は敬意に値しますが」  セイバーはもちろん武装ずみ。いかにも騎士らしい反応。  前衛はセイバー。少し離れて隣にアーチャー。アーチャーは双剣を既に持っていた。  |巫女《私》はというとセイバーの横。杖を出している。単に記録中なんだけど。  狙いは、アーチャーの双剣。ランサーの槍はこれの記録後。時間があるとは思えないけど。 「……」  アーチャーが横目で笑っている。記録したいなら勝手にしろとその目が言ってる。  くそ。馬鹿にして。  そういや遠坂が言ってたっけ、アーチャーは私と同じタイプの投影を使うって。庭に出た時には既に出してたから投影するとこが見られなかった。せめて参考にしようかと思ったんだけど。  私が衛宮士郎のままだったなら、きっと見ただけで投影できたろうに。 「……」  いや、それはないだろ。  私が衛宮士郎のままなら、そもそも自分の特質が投影にあるなんて気づいてなかった可能性が高い。巫女の魔術も当然使えない。  早い話、いまごろとっくに死んじまっていた可能性の方がずっと高いはずだ。 「士郎」  そんな時、背後から遠坂の声がした。イリヤと一緒にいる。 「何やってるのそんなとこで。あんたもこっちくるの」 「え?どうしてさって……ってちょっと!いたたたた痛いって!」  ずんずんと歩いてきたかと思うと、いきなり耳を掴まれた。  そのまま後ろに連行される。  ……うがぁ、ここじゃアーチャーの投影が見られない。  あ、そっか。だから遠坂はこっちにつれてきたんだ。アーチャーの投影を私に見せないために。  しょうがないなぁ……ま、いっか。記録だけならここからでもとれるし。 「あら、リンは戦わないの?」 「皆で飛びかかっても仕方ないでしょ。だいたい自分からサーヴァントと直接ぶつかろうなんて馬鹿はこいつくらいのもんよ」 「あはは、そうね」  イリヤ、なんか急に大人びたなぁ。今の私がイリヤよりちょっと小さいのもあって、ほんとに「お姉ちゃん」みたいだ。  ほんとは遠坂と同い年だってのに、こうしてるとまるで私が最年少。なんていうか、理不尽。  さて、話を戻そう。  自分の立場がわからないはずもないというのに、ランサーは楽しげに笑い飄々としてる。待ちかねたこの時が来た、と言いたげな顔で。  そういやセイバーが教えてくれたっけ。ランサーはこと、生き延びるという事に関しては最強だと。守りに徹すれば鉄壁、戦いのセンスも秀逸。  戦いはスペックではない。どんな大馬力があってもセンスが悪ければあっさり殺される。子供はよく強大な武器や全能神の如き力をもつヒーローに憧れるけど所詮そんなのは餓鬼の妄想でしかない。戦いとはそういうものじゃない。  事実|巫女《わたし》もそうだ。星も砕く力を杖から引き出しても結局、彼らを全滅させる事なんかできなかった。最後は簡単に隙をつかれ、倒されてしまった。  だからこそ、そういう「数値にならない技術」に優れたランサーは強いのだとわかる。実感できる。  さてそのランサー、衛宮邸の塀の上にのんびりと腰かけちゃったりしてる。セイバーとアーチャーに睨まれてるってのに余裕だこと。 「まぁ熱烈歓迎はありがたいんだが俺の用はひとりだけなんだな。うちのけったくそ悪いマスターの野暮用でよ。なぁお嬢ちゃん」  どういうわけかランサーはセイバーたちでなく、私に声をかけた。 「え?私?」 「ああそうだ。……ふむ。見たところまだ餓鬼にしか見えねえが」  じっと私をみつめる。うー、なんか嫌な視線だな。「男が女をみる」視線ってこんなんなのか?  やだなぁ。セイバーの目はあんなに優しいのに。 「なるほど、よその星から来た娘ってのは確かにおまえさんだな。うん」 「!!」  え?  え……えぇ!?なんで!? 「貴様!なぜその事を!」 「待てまて、話は最後まで聞けってセイバー。ったく、おまえさん本当に融通きかねえな。これだからコチコチの騎士様ってやつはよぉ」 「私の評価なぞどうでもいい。それより貴様、どこでその話を聞いた」 「どこってそりゃまぁ、いろいろとな」  うっすらと笑いを浮かべ、そして片目をつむって見せた。 「うちのマスター殿は実にまったく、ろくでもねえクズ野郎でな。  今回の聖杯戦争には信じがたい反則が混じっている、とてもじゃないが看過しちゃいられんのだと。で、ひいてはそいつを拉致、または始末してこいと抜かしやがったんだなこれが。  しかもそいつはセイバーのマスターで、セイバーやらアーチャーのマスター、さらにはバーサーカーのマスターだった娘っ子まで味方につけてのんびりやってるって言うじゃねえか。  ひでえ話だぜまったく。よりによって、セイバーとアーチャーが二人がかりでがっちり固めた場所をひとりで攻めろってんだからな」  悪態ついているけど、そのくせちっとも嫌そうじゃない。  つまり、こいつはやる気まんまんなのだ。勝ちめなぞほとんどない、死ねに等しい命令を受けてきているというのに。  ところでよぉ、とランサーはさらに話をつづける。 「それで気になった事がひとつあってな。  セイバーのマスターっつったら、あの坊主どうしたよ?お嬢ちゃんが勝ってマスターの権利を奪ったってことか?  だったら残念だな。俺ぁあいつ、半人前もいいとこだがちょっと面白そうだ、なんて思ってたんだが」  へ?  じゃあこいつ、|衛宮士郎《わたし》がどうなったか聞くためにこんな事してるってわけ?  私はそれを聞こうとした。けどその先はセイバーにひきとられた。 「シロウならここにいる。最初からシロウは私のマスターだし今もそうだ」 「……へ?」  セイバーが私をちらりと見た。 「さっきから貴様が餓鬼だのなんだの言いたい放題愚弄しているあの娘がシロウだ。聞いてないのか?あれはマスター権を奪ったのではない。他ならぬあのシロウが変貌したというだけのことだ」  うわ、なに真面目に解説してるんだよセイバー!  だけど、 「……ほう、そりゃまた凄えな」  ランサーは笑いも怒りもしなかった。むしろ驚いている。 「お嬢ちゃん、おめえ、ほんとにあの坊主なのか?マジでか」 「くどいぞランサー」 「おまえにゃ聞いてねえよセイバー」  なに、と怒りの表情をあらわにするセイバーを見つつ、こくっと頷いてみせた。 「……」  ランサーはそんな私を、なぜか感心したような顔でじっと見ている。 「大したもんだ。それが何かの現象なのかおまえさんの能力なのかは知らんし興味もないが、そこまで完全に変わった例ってのをこの目で見るのはたぶんはじめてだぜ。  へぇ、こりゃ珍しいもん見せてもらったな。これだけで来た甲斐があるってもんだ」  遠慮もなくじろじろと上から下まで観察される。  ……ちょ、ちょっと待て。なんか視線があぶなくないか? 「ふん、面白ぇ」  そう言うと、塀から庭に飛び降りた。 「外見は餓鬼だが中身は違うだろおめえ。妖精やら幻想種の娘っ子にたまにいるタイプだな。  よし、ここはいっちょお持ち帰りして楽しませてもらうとするか。異星の娘が褒賞ってのも悪くねえ」  …………はい?  い、今なんつったこいつ? 「なるほど。女兵士を捕らえたらお持ち帰りというのは世の東西を問わず定番だったな。  東洋でも西洋でも過去に女性の義勇兵団や騎士団が存在した記録はある。しかしロクな末路を迎えてはいない。大概は行方不明、すなわち敵兵に持ち帰られたか輪姦の果てに嬲り殺しだ。正式に処刑まで至ったケースの方がおそらく珍しい」  って、アーチャーまでなんか物騒なこと言ってるし! 「アーチャー……貴方は自分の言っている事がわかっているのですか。  今回、貴方の友軍はあなた自身を除き全員女性なのですよ?」  確かに。まぁ私も半分女だし。  みればイリヤも遠坂も引いてるし……あれ?でも眉はしかめてるけど怒ってはいないようだな。冷静そうだし。  ──ああそうか。ふたりは魔術師か。  こんなことで実感するなんてはっきりいって嬉しくないけど、ここ一番で落ち着いてるのは心強い。  実際、セイバーもアーチャーの軽口は諌めてもランサーには何も言わない。それが事実だと知ったうえで動じてないということだ。  ……なるほど。私が一番その意味ではダメなのか。 「なるほどそうだなセイバー、自重しよう。  だが心配はあるまい。君という最強のセイバーとそれを知りつくした私が補助をする以上、この守りを破るのは並大抵のことではないぞ。  たとえそれが|彼《か》の偉大な神速の槍兵であろうとも」 「け、言いやがる」  ランサーが槍を構えた。同時にセイバーとアーチャーも戦闘体制に入る。 「んじゃ──おっぱじめようぜ!!」 「あぁ」  戦闘がはじまった。        寺に続く階段の途中に、多量の血がぶちまけられていた。 「き……さ……ま……」 「ただの雑種あがりにしては素晴らしい腕前だ。だが相手が悪かったな。  誇りに思うがいい雑種。ごく短時間であったが貴様は、確かに|我《オレ》を驚かし一歩なりとも退かせる事に成功したのだ。  相手が相手なら……そう、たとえあのセイバーであってもただではすまなかったろうさ」 「……」 「楽しませてくれた礼だコジロウとやら。好きな最後を選ばせてやろう」 「……そうだな」  雅ないでたちの侍は階段に腰かけ、目を閉じて笑った。 「確かに貴殿は最強であろう。いかな達人であろうと『軍勢』相手にひとりではかなわぬ。ましてこの私のような一芸に秀でたのみの半端者ではな。  だがな英雄の王よ……」  ごぼ、と口から血がこぼれる。それもかまわずアサシンは右掌をギルガメッシュの前に差し出した。 「!」  それを見たギルガメッシュが「ほう」と感心の声をあげた。 「なんと、|我《オレ》の髪か!」  そこには、わずか数本であったが金色の髪があった。 「貴殿は強い。確かに強い。その尊大なる物言いもその強さを見れば納得できようというもの。確かに貴殿は王たる者。  だが貴殿は修練が足りておらぬと見える。ゆえに私のような者でもここまでなら届いた。  異国の王よ。──ゆめゆめ油断なさるな」  そう言うと小次郎は、血まみれのまま空を見上げた。 「王よ。願わくばこのまま捨ておいてくれぬか。──今夜は星が美しい」 「……よかろう」  もう抵抗はないと悟ったのか、ギルガメッシュはそのまま|小次郎《アサシン》に背を向け階段を登っていった。 「……」  残されたアサシンは、血まみれのまま空を見ていた。 「あれでは、あの女狐めもいくらも保つまいな。  できれば、噂の美しき女騎士と星から来たという巫女をひとめ見たかったものだが……」  それにしてもよい星だ。そう彼はつぶやいた。 [#改ページ] 混戦[2][#「 混戦[2]」は中見出し]  捻れ狂う並行世界。  可能性の数だけ世界があるとはいえ、これほど珍妙かつ微妙な方向に捻れた世界もそう多くはあるまい。  異星人。そして、それと融合し娘へと変身してしまった衛宮士郎を中心に少しずつズレてしまった世界。  かの|万華鏡《カレイドスコープ》がここを覗けばなんというであろうか。腹を抱えて笑ったか。なんと不快なパロディよと腹をたてたか。  それとも、自分も参加しようかどうしようかとうずうずしたろうか。  とにかく戦いは続くのだった。        そこには死があった。  山寺の門の中ひとりの男が倒れていた。全身血まみれで、それは確かに絶命していた。 「……」  その男にとりすがり、声もなく泣く異国の紫の衣の女。 「……」  かなわん、とギルガメッシュは渋い顔をした。  魔女とまで言われた存在であっても所詮はただの女か。男ひとりの死に何もかも忘れ、ただ泣くだけの女と成り果てるのか。  なぜ立ち向かってこない?愛しい男だったのだろう?  ただ泣くだけでは何も変わらぬであろうし、それすら許されぬほどに縛られた存在でもなかろう。  なのに何もしないというのは……このまま滅びてもかまわんという事だな? 「……」  すっと右手をあげた。  たちまち空が裂け、そこここから無数の刀剣類が覗く。どれもこれも第一級の宝具ばかり。 「……どれ。まぁせいぜい一瞬で終わらせてやるか」  ギルガメッシュは、こちらを見もせずに泣く女を見つつそうつぶやいた。  狂気の王とはいえ、心持たぬ悪鬼ではない。むしろ「心あるがゆえに」生前のギルガメッシュは歪んだともいえよう。  そして心があるからこそ誰かを愛する。かつて乱暴にセイバーをモノにしようとした彼だがそれだって彼の「求愛方法」であるにすぎない。極めて一方的でしかもとんでもない乱暴者であるが、それは愛していないという事ではない。実際彼はセイバー再来の可能性を言峰に聞かされ、それから十年待ちつづけたのだから。  この派手で醜悪な現世に留まり、ひとり。  おぞましくも美しかったこの星は、今やどうしようもなく汚れてしまった。ギルガメッシュの生きていた時代に比べれば、それは『穏やかな地獄』。何もかも微温的でひとを狂わせるぬくもりに満ちている。  そんな日々の中、ギルガメッシュは待ちつづけたのだ。それだけを信じて。 「さらばだ」  ぱちん、と指を鳴らす。  次の瞬間、女は男の亡骸と共にグシャグシャに粉砕された。 「……さて、いくか」  そうつぶやくとギルガメッシュは寺に背を向けた。 「くだらぬ俗物なぞいらぬ。ただ従順なだけの女もいらぬ。そんな女に|我《オレ》のものたるこの星で生きる価値なぞない」  たとえ物乞いをしようと黄金の魂を持ちうるならば生きる価値もあろうに。あまりにこの世界は無駄と不快に満ちている。  ただのひとりも無駄がない事に驚いたあの時代が懐かしい。 「……」  セイバーとあの少女を思い出す。 「──そう。セイバーとあの娘こそ|我《オレ》のものにふさわしい」  女の身で国を背負い、国のために殺しに殺し、ついには味方にすら裏切られ結局国もなにもかも失ってしまった美しき騎士王。  おのが愛した故郷そのものを生贄にし『|神を語る戦士ども《邪悪》』を殺しまくった、愛らしき血まみれの異星の巫女。  フッと笑う。優しげな狂気が覗く。 「いい。実にいい」  くっくっくっ、と愉しげな声がこぼれる。 「ふむ、あの剣士も消えたか。ほぼ同時刻だな」  満足そうに気配を確認すると、ギルガメッシュはのんびりと去っていった。        神速の戦いが続いていた。  セイバーとアーチャーという二強を相手にしているというのにランサーは余裕であった。もはやなんの抑制もない事の喜びか、それとも相手が強ければ強いほど厄介になるタイプか。  おそらくは両方であろう。  いつだって|槍兵《えいゆう》の行く手は絶望的状況。そうした戦場をただひとり、しなやかな肉体とその最強の魔槍で駆け抜けた百戦錬磨の男。それこそがランサーの正体なんだろう。 「……でもさ」  確かにランサーはめちゃくちゃカッコいい。これが戦争でなきゃ最高の|祭り《ハレ》舞台であろう。私の中の|衛宮士郎《わたし》、男としての魂が震えている。英雄同士の戦闘というのは、かくも凄まじいものなのかと。  校舎の影で固まっていたあの時も凄いと思ったが、これはその比ではない。  だけど。 「……あの、ふたりとも放して欲しいんだけど」 「ん?駄目よ」 「あはは、いいからいいから」 「わけわかんないって」  どうして私の両隣に遠坂とイリヤがいるのか。私を両脇からがっちり捕まえて。 「あんたアーチャーが投影するたびに前に出ようとするじゃない。あぶないからね」  いや、そんなことないって。……たぶん。 「トオサカの魔術師と組むなんてちょっとなんだけど、シロウは今出ない方がいいというのは私も賛成だわ。おとなしくしてなさい」  いいけどふたりとも、そんなにくっつかれるとその……とっても柔らかくてアレなんですが、その、なんていうか。  てか、なんなんだこの和やかというか百合の花咲きそうな空気は。あっちじゃ血まみれの死闘の真最中だってのに。 「!あ、突きとばされた」 「へぇ〜やるわねランサー。セイバーとアーチャーをああもあしらってのけるなんて。  ……でもまぁ、さすがにそろそろまずそうだけど」  凛の顔がにやり、と不敵なものに変わる。どこかアーチャーっぽい。 「どういうことだ遠坂」 「あらわかんない?士郎」  今度はふふ、と笑う。最近よく見る『先生』状態の遠坂の顔だ。  いいけど、最近とみに表情ゆたかだよな遠坂。 「だんだんと力ずくに変わってるってのはそういう事よ。さすがのランサーもセイバー・アーチャーの混成軍相手じゃそう長くはもたないってこと……!」  いいかけた遠坂の言葉が固まった。  ランサーの槍が凄まじいマナを吸い上げはじめていた。セイバーが、アーチャーがそれに反応する。いよいよ決戦と見たのか。  ──だが。 「まずい!」 「シロウ!?」 「!!あ、こら士郎だめっ!」  私はその瞬間、イリヤと遠坂を突きとばし駆け出した。    駄目だ。  あの技だけは駄目だ。  あれは防げない。セイバーたちでも防げない。どちらかが確実に殺されてしまう。  前回はぎりぎり生き延びたセイバー。だが今回も助かるとは限らない。アーチャーにはおそらくそれを防ぐ術がない。  どちらかが死ぬ!!  私は走りながら杖を掲げた。間に合え!! 『|生贄の血潮を我に《デオ・ダ・ラズデ》……!!!』  刹那、杖が輝いた。    ─────あれ?    これ、なに?  私の、むねに……あかい、槍?  ……?   『…シロウ!シロ…!』  あれ?せいばー…?あれ?どうしたの?  あれ?  ……あれ?  はしってた、はずなの、に、  …………どうして、空が……見え……?   「あれ?」    …………あぁ、そうだっけか。  ……あの呪文、失敗したら自滅……。    せかいが、まわる。ぐるぐる。くるくる。    ──ばたん。せかい、ゆれた。    ぽっかりあいた穴。そこには私のしんぞうがあるはずで、    ────はは、これは──まずい、かな───   『娘、しっかりせよ!』 『アーチャー!貴様なにを』 『騒ぐな騎士王。今助けて──』    あれ?    なんで目の前にあいつ……えっと、|王様《ギルガメッシュ》だっけ?    え?えーと……時間、飛んでる?   『口を開くな娘。……ち、槍の呪いか面倒な。ちょっと待て』 『アーチャー!いますぐシロウから離れよ!!』 『無礼は捨ておいてやる。いいから黙れ、騒ぐな騎士王。今はそれどころではないだろう。それともこの娘に死んで欲しいのか貴様?』 『な…!!馬鹿な、どうして貴方がシロウを』 『……貴様のマスターだから、では不満かセイバー?』    え?あ……ちょ……胸、はだけてる。だめ。  ってーかあんた、乙女の胸に手ぇ突っ込んで何を……!!   「……おやめくださ……」 『気にするな娘。この|我《オレ》が触るのだから……といっても駄目か。半分は異星のしかも神職である貴様を|我《オレ》の|所有物《モノ》と言いきるわけにもいかんな。  まぁよい。騎士王に触れられているとでも思っておけ』  な、なな、なにが「よい」なのかわかんないけ……ど……。  ……あ、なんか気持ちいい。  胸のおかしいのと、ぐるぐるが、楽になった。 『……それは』  なに?何を話してるの? 『……ふむ、これでいいだろう。……まい』 『……本当……チャー!』 『嘘は言わん。それとこれを持て……もう一度……続きは明日に……』  ……せいばー……? 「……あ」  ぼやけた意識と視界にまた、|王様《ギルガメッシュ》の顔が現れた。  さっきはわからなかったけど、こいつ武装してるみたいだな。 「……ギルガメッシュ様。お見苦しいところを」  私の中の『巫女』の部分が、そう告げていた。 『……やれやれ。敬虔な神職者という者はいつの時代、どこの世界でも自己犠牲が過ぎると見えるな。さすがに焦ったぞ。  娘。ここは貴様にとっては異星のはず。あまり無理をするものではない。わかったか。ん?』  私の頭を優しくなでる、その手。 「……はい。ギルガメッシュ様」 『よい。今は眠れ。聞きたいことは目覚めてから騎士王に聞け』 「……」  心地よさに包まれつつ、私の意識は落ちていった……。 [#改ページ] 決戦前[1][#「 決戦前[1]」は中見出し] 「むう。おじさまひどい」  わたしはまるで、子供のようにふくれっ面をしてみせた。実際子供だったんだけど。  そこは神殿ではない。神殿の隣にある王族の宮殿だった。幼少のおりのわたしはよく神殿を抜け出してはそこに入り浸り、たちこち探検して回るのが好きだった。  というより、小さくとも巫女のわたしはそこしか行けなかった。神殿の建物から外に出ることは禁じられており、ただ子供であった事から棟続きの王宮をうろつくのはわりと大目に見られていたというわけだ。  たまにこういう子はいるらしい。まぁ、わたしほど徘徊癖のある巫女も珍しかったそうだが。 「許せ。そういわれてもこればかりはまずいのだよ。幼いとはいえ巫女のおまえを連れ出せば、いかに我とて大目玉を食らってしまうだろう」 「う〜……おじさま、えらいひとっておっしゃるからおねがいしたのに……」  確かにこの男性は偉い。なにせこの星を統べる国王陛下なんだから。金色の王と言えば当時、周辺各国にもその名を轟かせていた。  といっても当時のわたしにそんなことわかるわけがない。単なる仲良しの変なおじさま。いつも追いかけてくる兵隊さんも彼がいると追ってこない。ただそれだけだった。  そして、そんな子供ゆえに陛下も親しく接してくださったのだろう。そういう事がわかる年頃になってからもよく陛下には笑われたものだし、わたしもそういう時は当時に戻り、むくれたり叫んだりお転婆やらかしたものだ。  それは懐かしい、わたしのおもいで。 「さて菓子でも出そうか。先日献上されたものでな、そなたの口にもあうだろう。食べるか?」 「!あ、はい!」 「うむ、元気でよろしい。子供はそうではなくてはな」 「……ぶー。わたし、子供じゃないもん」 「はっはははっ!」  楽しげに笑う|陛下《おじさま》。わけのわからないわたし。  それは遠い日の、もう戻らないぬくもり。    ああそうか。  誰かに似てると思ったら、あれ|王様《ギルガメッシュ》だ。今の今まで忘れてたけど、呆れるほどそっくり。  なるほど。それであいつを見た途端に礼賛の型とっちゃったんだ。よりによって陛下と瓜ふたつじゃあねえ。    もちろんそれは他人の空似。  きっと、これは星辰のいたずらなんだろう。わたしをこの星に縛るために、あんなばかげた戦いをさせないために懐かしい顔と引き合わせてみせた。そういうことなんだろう。  確かに、それは巧妙な罠。   「■■■■」  わたしを呼ぶ声。先輩だ。 「先輩!」  心が踊る。夢の中だというのに。 「ここに居たのですね。探したのですよ」 「はい」  わたしの先輩。なんでもできる凄いひと。  以前、落ち込んでいたわたしに先輩はこうおっしゃった。 『あなたは巫女になるべくして生まれた子。それを誇りに思いなさい。  確かに貴女の魔術はへっぽこもいいとこ。だけどそれがなんだというのです?それは貴女の才能の裏返し。巫女が巫女であるために必要なたったひとつの極点。貴女はこの部分においてこの星の誰にも負けない能力を秘めているのですよ。  ならば他のものなどどうにでもなります。魔道とはそういうものなのですから』    ねえ先輩知ってましたか。わたし、先輩が好きだったんですよ。  男でも女でもない両性体という異端。それゆえの膨大な魔力と異能。巫女なのに兵士たちも平気でなぎ倒す、美しき戦女神。  それなのに、悔いていたひと。  異端の自分が生まれたために故郷に災いが訪れたと。  そんなことないとだきしめてあげたかった。  あなたに抱かれたい。わたしだけを愛してほしい。そう何度思ったことか。  あなたにこの身を預け、そのクールな見ために秘めた炎を冷やしてあげたい。何度そう願ったことか。    もちろんセイバーは先輩とは違う。陛下が|王様《ギルガメッシュ》とは違うように。ただ外見が似ているだけの別人。わたしにとってセイバーはただ懐かしさを感じるだけのひと。セイバーを愛しているのは|衛宮士郎《かれ》の方。  そもそも先輩はもういない。わたしとお祖父様をかばって亡くなってしまったんだから。そして魂も違う。    なのに、どうしてこうも似ているのか。    セイバーはサーヴァント。あの偉大なアーサー王。聖杯を求める目的は『王の選定』のやりなおし。自分の人生を悔いて、自分が王でなきゃ国はもっとよくなったのでは、なんてことを考えているひと。  どうして、そういうマイナス面までも似てしまうのか。  ──あぁ。わたしの中の衛宮士郎が泣いている。ふざけるなって叫んでる。  わたしも同じ気持ちだ。  どんな結果であれ過ぎたものは覆せない。駆け抜けた人生もまた自分のもの。やりなおす事なんてできないし悔いる必要もない。わたしはそれを知っているし、わたしの記憶を見た衛宮士郎もまた同意してくれた。  どうしてわかってくれないの。  何度もそう言ったのに、しまいにはくどいと怒り出してきいてくれない。  どうして。    ……いえ、許さない。  そんなことのために帰るっていうなら、いっそ帰れないようにしてやる。言葉で通じないなら無理矢理でも現世に縛り付けて。  わがまま?あはは、そんなの知ったこっちゃないわ。  どうすればいいかもまだわからないけど。  だけど見つけてやる。橋なら焼き捨て、道なら閉ざしてやる。どんな手を使ってでも。  くだらない結末のために聖杯を求めるなんて絶対認めない。  婆さんになるまでひきずり回して、幸せだ、もうなにもいらないって絶対言わせてみせる!!    まってなさいセイバー。  貴女のばかげた望みなんて、この|私《わたしたち》が粉々にぶっこわしてやるんだから!! [#改ページ] 決戦前[2][#「 決戦前[2]」は中見出し]  目覚めると、ふとんの中だった。 「よかった。心配したのですよシロウ。具合はいかがですか」 「ん。なんとか」  胸に残る重さはあるけど、だけど生きてる。私は無事だ。  ……あれ? 「……なんで生きてるの、私?」  なんかセイバーが顔をしかめたけど、私は続ける。 「いやだって、失敗したのに」  ランサーの槍に対抗呪詛かけて、ものの見事に失敗した。セイバーかアーチャーを狙ったはずのそれを、私が食らってしまった。  あの槍の威力は知ってる。ましてや真名開放のそれを食らったのに── 「……それについては、アーチャー……リンのサーヴァントでなくもうひとりのアーチャー……|英雄王《ギルガメッシュ》のおかげですね。非常に不本意ですが」  悔しそうにセイバーはそう言った。 「シロウが倒れた直後にあれは現れました。貴女が倒れているのを見て血相変えて駆け寄り治療をはじめたのですよ。よりによってあの男がです!  見たこともない薬剤などを次々に並べて……おそらくあれも宝具なのでしょうね。ランサーの槍の呪いを打ち消したばかりか心臓の穴まで塞いで。  ……正直、私は夢でも見ているのかと思いました」 「あ、あはは……あれ、やっぱ夢じゃなかったのね」  優しい感触をおぼえてる。いたわるような手をおぼえてる。  乱暴で冷酷で歪んでて……しかし決して邪悪でも鬼畜でもない王の中の王。 「……ずいぶんと仲がいいのですね、シロウ」  うげ!なんかセイバー、ご機嫌ななめどころか……やばっ! 「そ、それは誤解だと思う……それにこれでも半分は男なんだけど私?」  肉体的には女だし言葉遣いも変だけど、それでも|自分《わたし》は衛宮士郎のつもりなんだ。  男といい仲なんて死んでもごめんだぞ。  対するセイバーは不審そうな顔をくずさない。 「そうでしょうか?あの過保護ぶり、とても尋常なものとは見えませんでしたが」  確かに……それはそうだ。  あれは別人のはず。巫女としての私がかつて懐いてた|遠い星《キマルケ》の|国王陛下《おじさま》ではない。それはわかる。  なのに、どうしてあんなに優しいんだろう? 「私にもわからないんだよセイバー。  巫女としての私はとても懐かしいんだけど。あのひとみてると」 「懐かしい?」 「うん。ずっと昔、|巫女《わたし》をとてもかわいがってくれたひとに似てるんだよ」 「……」  セイバーは、不思議なものを見るようにじっと私を見ていた。 「……それはそうとセイバー」 「はい?なんでしょうかシロウ」 「……こ、これはどういうこと?」  いかん声がうわずった。 「……」  それは、とセイバーの顔が曇った。    わたしの隣で遠坂が寝ていた。すっぽんぽんで。  ……いやその、シーツはかけられてるんだけどさ。   「シロウ、目線がいやらしい。シーツごしとはいえ女性の局部を観察するなど」 「ば、ばかっ!……そ、それよりどういう事なのさこれ?」 「仕方がないのです。今ここには私たちしかいない。こうすればわたしひとりで守れますし」 「仕方ないって……ってちょっと待て。『私たちしかいない?』」 「はい」 「どういう事?イリヤはどうしたの。アーチャーは?」 「……それは」        ようするに、こういう事らしい。  ランサーとアーチャーは相打ちになった。わたしが倒れたことは無駄ではなく、アーチャーはものの見事にランサーを倒すことに成功したわけなんだけど。 「……信じられない」  驚くべきはランサーだ。必殺の一撃を無効にされた一瞬の隙を衝かれたくせに、そのアーチャーの核を相打ちでばっちり破壊してのけたというのだ。  ……なんてしぶとい奴。 「正直、一対一だったらやられてたのは私でしょう。さすがはアイルランドの光の御子。おそろしい相手でした。アーチャーには申し訳ないことをしてしまった」  はぁ、とセイバーはためいきをついた。 「問題はその後です。  突然にイリヤスフィールが苦しみ倒れました。リンがあわてて部屋に運ぼうと屈みこんだのですが──」  そこでセイバーは眉をしかめた。 「あらぬ方向からいきなり黒い儀礼用とおぼしき剣が飛来し、リンを貫いたのです」 「!!」  な……! 「|黒鍵《こっけん》と呼ばれるものです。教会の者が異端を断罪する時に使う特殊な礼装です。つまり犯人は」 「……言峰」  あいつか!  あ、でもそれって 「ちょっと待ってセイバー。あいつは遠坂の兄弟子だよ?なんでそんな裏切りなんて」 「……違うのですよシロウ」  悔しそうにセイバーはつぶやいた。 「あれは前回の聖杯戦争でギルガメッシュのマスターだった男です。おそらくは今も」 「え」  …………ええええええーーーーーーーっ!!!! 「あれは倒れているイリヤスフィールをさらって逃げました。入れ違いにギルガメッシュがやってきて……あとは貴女も知っている通りです。  詳しい事情はわかりません。どうしてイリヤスフィールをさらったのかもわたしにはわからない。リンが何か知っているでしょうから目覚めたら聞いてみるつもりですが。  ですがこれだけは言える」  セイバーは正座し直した。 「あれはおそらく、とっくの昔に私たちを裏切っていた。最悪、リンの兄弟子というのも嘘かもしれません。実際に兄弟子らしい世話も焼いたそうのでそのあたりは私にも断言はできないのですが。  ですが、リンや貴女をいいように利用して何かやらかそうとしていた、いや今もしているのは確かです」  セイバーの顔が静かな怒りに包まれた。  それは私も同じだった。確かにいけ好かない奴とは思っていたけど、まさか遠坂まで騙し、こんなろくでもない茶番を演出しようなんて事まではまったく想定してなかったんだ。    ──許さない。絶対に許せない。    |私《わたしたち》の中で、ぎり、と何かが動いた。 [#改ページ] 巫女と鞘[#「 巫女と鞘」は中見出し]  星辰という言葉、それはあくまで翻訳であり元の意味とは少し違う。  元の意味に正しく訳せばそれは『星のみる夢』。そしてそれは衛宮士郎のもつ、世界卵をめくりかえす固有結界とある意味共通している。  どちらも『夢を紡ぐモノ』であるということ。  だがその有り様はまったくの正反対だ。衛宮士郎のそれを個人所有のジェットボートに例えるならこちらは大型客船のようなもの。小回りがきき素晴らしく速いが大仕事には向かない効率の悪い投影と、規模はでかいが取り柄はそれだけ、むしろ不便も制限もてんこもりの星辰の杖。どちらも厄介なものである事には変わりはないが。  そのふたつが結び合った。  ひとの夢を紡ぐ衛宮士郎。星の夢を紡ぐ風渡る巫女。ふたりは融合し、ひとりのヒトとして生き始めた。その先に何が待つかもまだわからないまま。  だが、紡がれる夢に『待った』はない。  道筋を大きく狂わせた聖杯戦争は、いよいよその大詰めを迎えようとしていた。       「まぁ……わたしにできる助言なんてこんなとこかな」  けほ、と咳込みつつ凛がつぶやいた。 「ごめんね、回復すればわたしも行きたいのに……なんでなんだろ」  凛は悔しそうだった。思うように回復しないばかりか、しびれてうまく動かない手足を憎々しげに見ている。  そう。  彼女の回復は遅れていた。立って歩くのがやっとという感じなのだ。これでは留守番くらいしかできまい。 「……」  それを少女はじっと見ている。 「何よ士郎。わたしの悔しがるとこなんか見て面白い?」 「そうじゃない。……あのな遠坂。変な質問していいか?」 「へ?なに?」 「遠坂の血筋って、薄いけど何か混じってないか?その……吸血種とかその手の」 「……へ?どういうこと?」  少女の言葉が意外だったのか、凛はじっと少女の顔を見返した。 「教会の礼装の効き目だろこれ。でもそれにしてもおかしいじゃないか。それって、人間相手じゃそう強力な概念じゃないと思うし。  遠坂のもってる刻印とか魔術防御って、そんなに弱いものなのか?」 「!」  凛の顔色が変わった。 「あいつ、遠坂の血筋について何か知ってたんじゃないか?だからこんな礼装使ったんだろたぶん。短時間で回復させないために。  理由はわからないけど」 「……なるほど、あんた半分異星の巫女さんだっけ。そういうのわかるんだ」  甘く見たわ、と渋い顔で凛は口ごもった。 「わたしもよく知らないわ。心当たりがないわけじゃないけどね。  遠坂には大師父と呼ばれる『先生』がいるの。その名をキシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ。現存する四人の魔法使いのひとりで五つの魔法の第二法、並行世界を渡り歩く第二魔法の使い手よ。  同時に彼は死徒、つまり吸血種でもあるわ。昔、朱い月と戦ってそれを斥けた時の後遺症なんだけど……ってまあそのあたりのくだりはどうでもいい。  あんたの言うように、うちの関係するひとには吸血種がいる。だけど、大師父の血筋がうちに入っているというのは聞いたこともないし考えにくいわね。まぁ気まぐれで熱血漢タイプっていうし、遠坂は女性当主が多いから可能性皆無とは言わないけど」  言いながら凛は赤面した。何か想像してしまったらしい。 「つまるとこ、遠坂も知らないってことか」 「悪かったわね。……けど教会の礼装がここまで効くっていうのは……やっぱりそういう事なのかしら」 「……」  ふと少女は顔をあげた。 「遠坂の家ってあっちの方向だっけ?」 「え?うん……たぶんね。それが何?」 「この身体になってわかったんだけど……霊脈が集まってるだろあっち。もしかして遠坂の家の方が回復早かったりする?」 「……するでしょうねたぶん。でも嫌よ」 「あ?なんでさ」  ぎろり、と凛は怒りの目を少女に向けた。 「それって、わたしを地面の下か墓土に埋めるってことよ士郎。冗談じゃないわ絶対やめて」  綺礼あたりならニコニコ笑いながらやりそうだけど、と凛は腹立たしそうにつぶやいた。 「まぁ何とかしてみるわ。どのみち戦いには間に合いそうにないけど回復したらすぐ駆けつける。わたしだって」  凛の顔が怒りに震える。 「たぶんランサーを使役してたのもあいつよきっと。タイミングがあまりによすぎるもの。ランサー自身がそれをどう取ってたかはわからないけど。  ……わたしのアーチャーを殺した事、絶対忘れないから」  ぎり、と怒りを全身から滲ませて凛はつぶやいた。 「……」  静かに怒る凛などふたりははじめて見た。だから呆然と見ていたわけだが、 「……こわ。遠坂だけは怒らせないようにしよっと」  そう、少女はぼそりとつぶやいた。        二十分後。  まだ昼には早い時間だが、ふたりは居間で食事をしていた。 「じゃあ、今夜零時に柳洞寺に来いって?」 「そうです」  セイバーは少女の問いに答えた。  融合により一時乱れていた少女の味覚だったが今はもう問題ない。以前と同様の食事が衛宮邸に戻っていた。  もっとも、台所に子供の頃のお立ち台が復活したのはご愛嬌だが。 「ギルガメッシュの狙いは聖杯ではない。あれの狙いは私。これは前回の聖杯戦争から何ひとつ変わらないようなのです。  聖杯にも関心はあるようですが、他の英霊のそれとは違うようだ」 「へぇ、熱烈だね随分と。でもセイバーにその気はないんでしょう?」 「あたりまえです!誰があのような男と」  随分な嫌いように、少女はアハハと渇いた笑いを浮かべた。 「そう言うシロウはどうなのですか。随分と惹かれていたようですが」 「私?まさか」  それこそ心外と言うように少女は不満の声をあげた。 「あのねセイバー、何度も言うけど私は半分男だよ?気持ち悪いこと言わないでくれないかな。  それに巫女としての私にとってみれば、大好きだった親戚のおじさんとか保育士の先生に近い感覚なの。間違ってもそういう対象には思えないな」 「……なるほど。わかりました」  セイバーはようやく納得したように、小さくうなずいた。 「ですがシロウ。貴女は彼と戦えますか?  先ほども話したように、ギルガメッシュの話では聖杯の中身は汚染されているそうです。それは人類全てを殺す呪いの泥の塊だと。  彼はそれを使う気まんまんです。そして私はそのような事は許さないし、彼に手篭めにされる気もありません。  私自身は今回の、また冬木の聖杯が駄目なら次に賭ければいいだけの事。だが彼が聖杯を扱えばそれどころではなくなるでしょう」 「……」  ぎり、と少女の目に怒りの火が灯った。それはギルガメッシュへの怒りではない。  その顔に気づいたセイバーが眉をしかめた。 「まだ言いますか。何度言われても私は変わりませんよシロウ。  私は王です。王の王たる最後の責務がまだ残っている。それだけの事です」 「……何も言わないよ私は」 「え?」  その反応が予想外だったのだろう。セイバーは一瞬固まった。 「そんな事よりセイバー、ちょっと庭に出よ」 「あ、はい」    冬の空は明るく、しかしその光量は決して多くなかった。  太陽は既に冬至を抜けてひさしい。一年でもっとも寒い時期ではあるが冬木は比較的温暖であり、刺すような寒さとは無縁だった。  それでもやはり冬は冬。少し寒そうにしている少女にセイバーは声をかけた。 「シロウ、もう一枚羽織ってきてはいかがですか?」 「いいからここに立って」 「あ、はい」  自分の前にセイバーを立たせると少女は問いかけた。 「セイバー、ギルガメッシュと戦うんだよね?」 「はい。……シロウがどうしても駄目と言えば仕方ありませんが、その場合はその令呪をひとついただく事になります」  少女のそれはまだ、ただのひとつも使われてなかった。 「止めないよ。私も戦いには賛成だもの」  そう言うと少女は、すっと右手を出した。 「『来たれ杖よ。星辰の導きのままに』」  静かに魔力がわきだし、少女の手に杖が現れた。 「……シロウ?」  首をかしげるセイバーに少女は、ゆっくりと宣言した。 「いいものあげる。受け取ってね」 「え?それは」  問いかけようとするセイバーを無視し、少女はぼそりとつぶやいた。 「『|投影開始《トレース・オン》』」  少女の脳裏に撃鉄が落ちた。続いて少女は詠唱を続ける。 「『動力源を衛宮士郎の魔術回路にセット。同調回路と記録回路を同時稼働。散在情報および詠唱八節の翻訳・再構成補助……|開始《スタート》』」  杖が小さく輝きはじめる。  それはいつもの輝きとは違う。小さく弱々しく、しかし絶える事だけはないもの。  それは、少女当人の内部に由来するがゆえに。 「──ぐ」 「シロウ!」  すがろうとするセイバーを左手で「よせ」と止める。  その間にも少女の魔術回路はフル回転しつつ、ひとつの幻想にたどり着こうと足掻き続ける。  あぶら汗が急速に浮かんでいく。 「これは!」 「『|投影終了《トレース・オフ》。杖接続待機に移行せよ』。  ───セイバー……受け取って」 「……」  言われるまま、セイバーは少女の胸元に手をやり……そして、ゆっくりとそれを引き抜いた。 「……」  少女はそれを確認した後、杖を解除して消した。 「……これは……私の鞘。『|全て遠き理想郷《アヴァロン》』」  そこには、細長い剣のような『鞘』があった。 「……うまくいった。はじめて」  にっこりと少女は微笑んだ。汗がきらきらと輝いた。  セイバーは感無量といった顔で鞘を抱きしめた。だが、 「で、でもシロウはどうするのです?  これはシロウの魔術の動力源でもあるはずだ。なぜ」 「なぜって、それがなきゃセイバーは勝てないよ。あいつに」 「──それは」  口ごもりかけたセイバーだが、矛盾にすぐ気づいた。 「待ってくださいシロウ。どうして貴女はギルガメッシュの戦闘力まで知っているのですか?  それに貴女はどうするのですか?これでもう貴女は杖を使えないはず」 「魔力……それはまぁなんとかする」 「!」  あんまりな少女の返事に、セイバーは一瞬言葉を失った。 「何をバカなことを!  貴女の杖は宝具のような限定礼装ではない!魔力の消費量はまったくの桁違いなのですよ!  今のような補助ならともかく、それ自体を行使するなんて貴女どころかリンにだってできない!それくらい貴女にもわかるでしょう?  なんてことを、なんてことをするのですか貴女は!」 「うるさいなあもう!セイバーが勝てなきゃどっちだって同じじゃないか!」  怒るセイバーに、うるさそうに少女は言った。 「うるさくとも言います。  おそらくシロウは投影を考えているのでしょう。|鞘《アヴァロン》には及ばずともそれなりのものを投影し急造の動力源として使うつもりなのではないですか?  甘い。甘すぎですよシロウ。  私の|鞘《アヴァロン》は限定礼装としてはかなり特殊なのです。シロウ自身の回復力を大幅に補助していた事でもわかるように、これは日常的に魔力を多量に放出する事ができる。貴女が利用していたのはおそらくそれなのです。  逆にいうと、類似の効果をもつ魔術品でないと代用にはならない。  違いますか?」 「……」  あ、という声が少女から洩れた。セイバーの目線が鋭くなる。 「それともうひとつの確認です。貴女はどうしてギルガメッシュの戦闘力を知っているのですか?  確かにあれは強い。それもただの強さではない。およそ英霊とつく者全ての天敵と言いたくなるほどにあれは規格外れの怪物です。  ですが貴女はその戦闘を見たことがないはずだ。いったいなぜ」 「あー、それはね」  困ったように口ごもる少女。 「なんですか?」 「ごめん、それ私の勘違い。別のひととごっちゃにしてた」  ごめんなさい、と少女は頭をさげた。 「……それほどに強かったのですか?その、ギルガメッシュに似た人物というのは」 「うん。今は昔のことだけどね」  少女は懐かしそうに、さびしそうにそう言った。 「……」  セイバーはそんな少女を、なんともいえない目で見ていたが、 「セイバー?どうしたの?」 「!いえ、なんでもありません」  困ったように、何かを強引に振り払うように首をふるセイバー。 「さて、では戦いに備え魔力の収受をしましょうシロウ。とにかくまずは補給をしなければ。話はそれからです」 「う、うん」  少女はその意図を理解できず、腰を抱かれ部屋に連行される間中ずっと首をかしげていた。 [#改ページ] 光[1][#「 光[1]」は中見出し]  ここに戦いは終局を迎える。  異星の巫女という異物を含んだがゆえ、どこかが狂ったこの戦争。  その狂いはここで最高潮に達する。        夜がきて、私とセイバーは寺の入口に立っていた。 「……」 「……」  ふたりとも言葉を失っていた。山のあまりのすさまじさに。 「……これは」 「……」  凄まじいまでのマナが山全体を覆い、まるで山自体が奇怪なイキモノのように変わり果てていた。  山門から吹き降ろす風は生ぬるい。揺れる木々はうごめく内臓、呼吸する肺のようだった。悪寒が全身を包み|怯気《おぞけ》が走る。熱く湿った空気は何か凶々しい生命のそれ。  なんだ、これは。  たとえ私が巫女でなく、かつての衛宮士郎であっても気づいたろう。いや、一般人でさえこの凄まじさには耐えられまい。寺の人々がどうなったのかは定かではないけど、間違いなく全員逃げ出すか全滅しているかのどちらかだろう。  この上は、もはや異界。 「確認するぞ」 「はい」  私の言葉にセイバーが答えた。 「上についたら私は言峰を殺しイリヤを助ける。セイバーはギルガメッシュを頼む。お互いの戦いには手を出さない。これでいいな」 「はい」  セイバーはそれに頷き、そしてひとことだけ追加した。 「イリヤスフィールを助けるには聖杯の破壊が必要になります。もし私が欠けたらシロウはどうするつもりですか?」 「その時は、……そうだな。なんとかしてみる。駄目なら遠坂頼みになるかもしれないけど、確実に破壊する。これでいいかセイバー」 「はい」  お互いの戦いには手を出さない。その必要もない。  私が言峰を倒せばギルガメッシュは現界できない。セイバーがギルガメッシュを倒しても言峰は聖杯を手にいれられないだろう。  どちらがどちらを倒せても、ここで戦いは終わりだ。 「じゃあいこう」 「はい」  ふたりで階段を登り出した。 「……ところで、ふたつほどいいですかシロウ」 「なに?」 「まずひとつめです。  先ほど短剣をリンから預ってましたね。あれで戦うつもりなのですか」 「ああ、そうだ」  一本のアゾット剣を遠坂が貸してくれた。そう、以前いちど投影に失敗した、あの短剣だ。 「しかしそれでは一撃しかできない。魔力を開放して杖を駆動したとしてもやはり一撃がせいぜいでしょう。  それで戦えるのですか?」 「ああ。考えがあるんだ」  嘘は言ってないな、うん。 「そうですか、わかりました。今となっては深くは問いません。  ではもうひとつ。この戦いがすんだら貴女はどうするのですか。その姿から戻れない以上、いままでの暮らしはできないはずですが」 「……あー、確かに」  それはそうだ。  今の私は女だ。衛宮士郎としての生活は続けられない。 「ま、そのへんは遠坂にでも相談するさ。それよりセイバーはどうするつもりなの」 「……それはもう言ったはずですが」  変えるつもりはないってことか。くそっ!  どうしても、どうしても駄目なのか! 「……」  セイバーはそれっきり黙ってしまった。私も何も言えない。  そんな微妙な沈黙を抱えたまま、上に着いた。        赤い光が山頂を包み込んでいた。  いよいよ勢いを増した生ぬるい風。それに含まれる、おぞましいまでの生命の鼓動。その源はどうやら境内の奥にあるようだった。  ────感じる。  この魔力の中心は確かに奥。  だが、 「……すごいなこれ」  私は眉をしかめた。しかめずにはいられなかった。  なんて凶々しさ。なんて空気。  衛宮士郎としての私が戦慄する。まるであの日の火災のようだと。  巫女としての私が憤る。まるであの、|故郷《キマルケ》の滅びた日のようだと。  いや、それよりひどい。  あの向こう。建物の向こうにはとんでもないものが『居る』。  鮮やかな赤に滲む暗黒。それはまるで粘液のようで。  この境内の異様さすら、清らかな清水に感じてしまうほどで。    ──踊る。  戦慄といっしょに、恐怖といっしょに、畏怖といっしょに何かが踊る。  なんだろう。  なんだろう、この狂おしいまでの感覚は。   「……来たか。待ちわびたぞ」  鮮やかな赤の世界に、ギルガメッシュがいた。 「……」  私は無言で一礼をした。うむ、とギルガメッシュは頷いた。 「無事回復したようでなにより。あの薬はよく聞いただろう?」 「はい」  うむうむ、とギルガメッシュは楽しげに笑った。 「まぁ、そうだろうな。何しろあれは貴様の国で作られしもの。遠い昔にこの星を訪れた|客人《まろうど》の持ち込んだものだ。  とにかく威力は確実かつ強力。呪いや毒の中和、それに『死なない限りなんでも治癒する』というとびっきりの限定礼装だ。使い捨てのうえ高価だそうだが、星の海を旅する時には必ずひとつは持ち歩くという。  まぁ強力だが、実はこの星の者には意味のない薬でな。まさかこれほどの時の彼方に使う事になるとは予想もしなかったが。  さて、ところでセイバーは」  そこまで言ったギルガメッシュだったが、 「……聞くまでもなさそうだな。かなわぬと知っててそれでも抵抗するか。まぁ、いい気概ではあるがな」  セイバーは静かに立っているだけだった。  だが、その全身からは凄まじいまでの闘気が溢れている。完全にスイッチが入っているようだ。  そのありさまを見てギルガメッシュは笑う。冷酷な狂気の王の顔だ。 「さて貴様はどうするのだ娘。言峰のところに行くのか?」 「はい」  そうか、とギルガメッシュは頷いた。 「助けてやりたいが立場上そうもいかん。だがひとつだけ助言しておこう。  言峰を甘くみるな。倒せると思ったら必ず完全に始末しろ。少しでも隙を見せたら何が起こるかわからん。あれはそういう男だ」 「はい。ありがとうございます」 「うむ」  鷹揚に頷くギルガメッシュに礼をいい、私は奥に急いだ。 「……」  一度だけ振り返る。 「……」  セイバーは何もいわない。ただ「無事で」とその顔が告げている。  ギルガメッシュは、 「……」  やさしい笑顔。  まるでそれは、遠い日の|国王陛下《おじさま》そのものだった。       「ひとつ聞きたい」  少女を見送ったあとセイバーはつぶやいた。 「なんだ騎士王」 「なぜ貴殿はシロウに甘い。教えてほしい」 「……さあな。|我《オレ》にも実はよくわからぬのだ」 「戯言を」  ギルガメッシュの言葉を、セイバーは吐き捨てた。 「よくわからぬ相手を、それも敵地のど真中で血相変えて必死に治療するのか貴殿は。この十年で妙な趣向を覚えたものだ」 「……そんなに知りたいか騎士王」 「……」  セイバーは静かに戦闘体制に入った。 「ならば勝て。|我《オレ》を倒せば、いまわの際にでも教えてやろう。  まぁ現実は|我《オレ》が勝ち、寝物語に語って聞かせる事になろうが」 「……ふざけるな!!」    騎士王と英雄王。  ふたつの影が、動いた。 [#改ページ] 光[2][#「 光[2]」は中見出し]  境内の奥。  柳洞寺の本堂の裏には、大きな池があった。    人の手が入る事なく、神聖で静かな光をたたえた池。まるで龍神でも棲むかのような澄んだ青色の水は訪れるひとの気持ちを落ち着け、清らかな気持ちにさせる。そうした清浄な場所だった。  だがそれは昨日までの話。  目の前に広がるのは赤い燐光。黒く濁ったタールの海。  そして。    中空に開けられた奇怪な『孔』と、捧げられた全裸の|少女《イリヤ》。   「……」  ぎし、ぎし。音がする。  私の中で何かが踊る。先刻から続く踊りだ。  それはだんだんと強くなり、私に向かって語り続けていた。   『おまえは星辰の巫女。星辰に魅入られし者』と。 『ふたたびその時が来たのだ』と。    おかしい。  ここは|故郷《キマルケ》とは違う。ここでの私は巫女ではない。  私はあくまで『巫女』と融合し変質した衛宮士郎にすぎない。    私はただ、衛宮士郎として理不尽なものと戦っているにすぎない。    なのに、聞こえる。 『そんな事は関係ない』と。    わからない。   「よく来たな衛宮士郎……いや、その姿でこの名前はおかしいと思うが、まだ名前を聞いていないのでな。  まぁとにかくよく来た。最後まで残った、ただひとりのマスターよ」  皮肉げに口元を歪め、ヤツは両手を広げて私を出迎える。  ……ここが、決着の場所。  今回の聖杯戦争における『召喚の祭壇』。  ──だけど。 「は、なにふざけてんのあんた?」  私の口をついて出たのは、そんな言葉だった。 「あんたの馬鹿口上なんか私はどうでもいいの、とっととイリヤを降ろしなさい。話はそれから」 「おやおや……これはまた随分と好戦的だな」  目を細め、ぞっとするようなあの笑みを浮かべる。 「これはいい。幼い少女に変じたというから楽しみが減ったかと案じていたのだが……  この殺気はどうだ。このような平和な国で、その年頃でそれほどの殺気を放つ者が」 「うるさいなぁ」  くだらない口上なんぞ聞いてられるか。 「あんたの馬鹿口上はいらないっての。二度もいわせないでくれる?耳ついてないのあんた?  私の言うことはひとつだけ。とっととイリヤを降ろしなさい。さもなくば殺す。それだけよ」    おかしい。  どうして私はこんなに短気なんだろう。衛宮士郎もさほど気は長くないけど、ここまで馬鹿っぽく短気じゃないはずだ。  何かおかしい。   「ふむ。では無駄口はやめておこう。  まぁ気持ちはわかるがそいつはできない。聖杯は現れたがその『孔』は未だ不安定だ。つまり接点である彼女には命の続く限り耐えてもらわねば、私の願いは叶わないのでな」 「そ」  それで十分だ。これで私のする事は決まった。 「んじゃ、さっくりいきましょうか。  『杖よ来たれ。星辰の導きのままに』」  右手を出す。そこに杖が現れ私はそれを掴んだ。 「『動力源、衛宮士郎の魔術回路。接続・確認』」  杖が小さく震えた。  さて、私の魔力ではこの杖をフルパワーで使うなんてとてもできない。鞘もなく、私の力はほとんどすっからかん。  ここまではセイバーの指摘通り。私は無力だ。  だけど、何もかもなくなったわけではない。  私は『衛宮士郎』としての魔術を理解している。その魔術回路も把握し、杖があればそれを不完全ながら駆動する事もできる。  つまり、まだ手はある。何もないというわけではない。 「さて────ん?」  改めて言峰を見た私は、思わず眉をしかめた。 「……」  言峰が仰天していた。……なんで? 「……」  奴は私の顔と杖を見比べ、何か悩んでいるようだった。もがくように苦しんだかと思うと空を見上げ、何かをぶつぶつとつぶやく。  なんだ?いきなり壊れたか?  そんな事を私が考えた次の瞬間、 「そうか。そうだったか!」 「へ?」  言峰はいきなり、満面の笑みを浮かべてにっこりと笑った。 「ちょ……ちょっとあんたキモいよ。なんなの?躁鬱病なら病院いきなさいって悪い事いわないから」 「いや、すまない。少々混乱してしまったのでね」  言峰はそう言ってにっこり笑った。 「しかしこれは参ったな。半人前の衛宮士郎のつもりで用意した舞台にまさかあの『星辰の巫女』がやってきてしまうとは。さすがの私もこれは予想外だった。これでは接待にもなるまい」 「へぇ……あんたも知ってるわけ。まぁ当然か……って、え?」  ちょっと待て。こいつ今『星辰の巫女』っていわなかったか? 「ふ〜ん。あんた、どうしてその名を知ってるわけ?」 「むろん知っているとも。マスターやサーヴァントの間ではその話でもちきりだったからな。今回の聖杯戦争に異星人の、しかも神職の娘が関わっているとか。  まぁさすがに信じてはいなかったがな。衛宮士郎が突如として女性化した話は聞いていたし、そのへんの話が誇張されたものだろうと」 「へぇそうなんだ。でも変ね」  ほう、という声がする。 「私は一度だってその名を名乗ってない。伝聞でその名を知る事は不可能のはずだわ。……たったひとつの可能性をのぞいてはね」 「……なるほど。言ってみたまえ」  はん、最後までいわせるつもりなのかこの馬鹿。  そう。そうなの。  じゃあ────言ってやる。       「簡単よそんなの。…………あんたが『|光の者《ゲノイア》』なら知ってて当然だものね。違う?」 [#改ページ] 光[3][#「 光[3]」は中見出し] 「ふむ」  言峰は私の言葉を反芻しているようだった。そして、 「そうか。ゴロドーでは我らを光の者と呼んだのかね。それは光栄だな」  ゴロドーというのは連中の使う言葉。まぁ日本をジパングとかジャパンと呼ぶようなものだが、蔑称としての意味合いが強い。  しかも「呼んだ」つまり過去形。  つまり、こいつは自分が『|光の者《ゲノイア》』と認めたに等しい。 「光栄?よかったわねそりゃ。盲目の|無能者《おおぼけ》集団とか無能者のゴミ溜めって意味で使われてるんだけど、それでも光栄なんだ。あはは、すごいねそりゃ」    あたりまえだ。  何もかも光で包まれた清浄の国なんかで何が見える。何がわかる。  光に目がくらみ、何も見えない馬鹿ぞろいになるだけだろう。    衛宮士郎は知っている。  正義を名乗り行動しようとする事がどれだけ困難なのかを、|切嗣《ちちおや》にこんこんと聞かされその事を理解している。  そして、自分でも実感している。  味方した者しか助けられない矛盾。その懊悩。  それを受け止め歩む道が光で溢れているわけがないと。    だからこそ、自分たちは光などと思考停止してはいけないのだと!!   「……」  言峰は何もいわない。肩がぴくっと震えたようだけど。 「あいかわらずだな君は。地球人と融合したのならもう少しマシになりそうなものなのだが。  まぁ、あの衛宮士郎では仕方ないとも言えるか。父親から受け継いだ借り物の理想につっ走る小僧が相手では、ただそのありさまに下品さが追加されたただけでも仕方あるまい」 「はん、言ってなさい」  とはいえ、相手が『|光の者《ゲノイア》』ではさすがに洒落にならない。今すぐイリヤを助けたいのにそれができない。  それどころか、もはや状況は絶望的。    こちらにあるのはほんのちょっぴりの魔力だけ。  あちらにあるのは無尽蔵の魔力。そして呪いの泥。    そして、『|光の者《ゲノイア》』ならばその肉体の放つ戦闘力そのもの。    届かない。届くわけがない。これでは戦闘にすらならない。  今の私では、ぷちっと簡単につぶされておしまいだ。   「!」  また声が響いた。 『いいかげん起きろ巫女。君の出番だ』と。    ふざけないで。神殿もないのにどうやってあれと戦うっていうの?  |衛宮士郎《わたし》も|巫女《わたし》も、あんな化け物と戦う魔力なんて持ち合わせてない。戦う方法なんてありはしないのに!!   『馬鹿をいうな。君はもっているはずだ。  君がまだ『衛宮士郎』であるならば』 「!」    ──はぁん。そういう、こと。  いいじゃない。やってやろうじゃない!!    言峰の奴はまだしゃべっている。 「さて、どうしたものかな。  本来の君なら私の全力でも足りない化け物。何しろその脆弱な身体で虚空を飛び、戦艦の主砲にすら耐えて真っ正面から打ち破ってしまった規格外中の規格外だ。まともに備えのないこの星で戦うなど愚の骨頂というものだろう。  しかし今の君ならばそうでもない。  いかに君があの星辰の巫女であろうとここは異星。そして君の母星はもう存在しないのだから。  加えて今の君は衛宮士郎と融合している。  この星は抑止や世界からの干渉が非常に強い。だから君のその選択は正しいわけだが、衛宮士郎と君本来の魔力をあわせたところで杖をまともに駆動するなどおそらくは不可能だろう。  結局のところ、ここで君を倒すならこの泥を使う程度で十分なわけだが」 「……」  うるさい。しかも長い。オタクのたわごとかってぇの。 「いつまで能書たれてんのよ。うざいからとっととやめな、誰も聞いてないよそんなこと。  それよりあんた、その身体なに?『|光の者《ゲノイア》』がそういう手段をとるなんて初耳だわ」 「ふむ。それもそうだな。そちらの方が重要だったか」  納得したような顔で頷く言峰。なんつーか、もったいつけた奴だね。 「君が知らぬのも無理はないが、別に天空から大仰に飛来するだけが我々ではないということだ。  ここはまだ異星文明との接触がない。過去にはあったかもしれんが記録もなく、現文明ではそれは否定されている。しかもある程度の文明は所持しているわけだ。  こういう星に入る場合、派手な演出は逆効果になる。むしろ適当な原住民に溶けこみ融合し、機会が訪れた場合にのみ力をあらわすというスタイルがもっとも好ましいものだ。しかもこの星は警察のみでなく、代行者などの宗教的戦士もいる。こうした連中は非常によい隠れみのになるのだ。超法規的活動もできるしなにより彼らは秘密主義。これはとてもやりやすい。  とはいえ、私の場合はこれのおかげで大変な目にあってしまったのだが」 「?」  大変な目?どういうこと? 「それはこの男、言峰綺礼の問題なのだが…まぁそれはいいだろう。今となっては瑣末だし、言峰本人もそれは望んでいない。曰く『聖杯の意味も理解せず答えを求めもしないような者に語る言葉はない』そうだ」 「はぁん、確かにね。私もそれでいいわ」  イリヤをあんな目にあわせるような奴だもの。  確かに、そこには奴なりの理由もあるのかもしれない。それに私も、自分が正しくて相手が間違ってるなんて思うつもりはない。今この時、それは重要じゃない。  だけど。   「さて『星辰の巫女』。君は第一級の犯罪者として今も登録されている。これは『もし必要ならば真っ先に殺してかまわない』というレベルのものだ。指名手配こそ解除されているがね。  しかし君の言い分もあるだろう。何か申し開きがあるならいってみるがいい」    ……なに?   「それどういう意味?星ごと大量殺戮された被害国の生き残りよ私。そっちが謝罪するならともかく犯罪者扱いって……どういう神経してんのあんたら?」 「ふむ、確かにそういう意見もなくはない。いくらなんでも星ごとはやりすぎであり君の怒りはもっともだとね。  だが正式にはそうなっていない。惑星ゴロドーを滅ぼした事は仕方のない事であり我々の行動は問題なかったという結論が宇宙法廷により既に出されている。そして我々の同士を何十万と殺戮した前代未聞の殺人鬼である君についても『追撃や執行は積極的には行わない』という形で温情判決が出されているほどなのだ。  君はもちろん不本意に感じるだろう。だがこれが宇宙の決定であり、君に反論する権利はない」 「……」  何言ってんのこいつ?  いくら『|光の者《ゲノイア》』が馬鹿ぞろいでもその結論の意味くらいわかるだろう。彼らはその立場上の事情で自分たちが悪いと簡単に認めることができない。だからそうゆう判決を出すことで事を納めるわけで。ようするに国としちゃ『追撃しない』ということで「すまなかった」って正式な謝罪のかわりにしたってこと。  賭けてもいい。追撃どころか、平然とそこらを歩いても私は問題視されまい。完全に無罪放免というわけだ。  まぁそれはいい。素直にうれしい。憎しみは消えないけど喜ばしいこと。すごく理不尽っていうかさらなる怒りがこみあげる内容だけど、譲歩したってだけでもだいぶマシだわ。  で、こいつは何言いたいのさ? 「ようするにあんた、今この状態を『職務妨害』とかそういうふうに報告して『合法的に』私を殺したいわけなのね。『積極的に執行』が禁止されてるから。  世の中じゃそれを|私刑《リンチ》って言うのよ知ってる?もしやったら裁かれるのは私じゃなくあんたの方だわ。わかってんの?」 「問題ない。この星の担当は現在私だけだからな。君がいなければどうにでもなる」  うっわぁ。完全に犯罪者の論理だわ。 「随分と私に私怨もってるのねえ。あんた本当に『|光の者《ゲノイア》』?違うでしょ。よくも悪くも『|光の者《ゲノイア》』は厳格なとこよ。その手の手合いに末端監察官の資格なんか与えないはず。  ま、言い分くらいあるんでしょ?何か申し開きあるならいってみなさい?」  口調を真似て言い返してやる。思いっきり小馬鹿にした感じで。  あんのじょう、奴は乗ってきた。 「──そうだな。私はそれを言う義務があるだろう。よりによって君にいわれるとは心外の極みだが、それは認めなくてはなるまい。  私はあの日、ゴロドーにいたのだ。君のいた神殿の近く。仲間たちと一緒にね」  へ? 「私たちは新兵だった。邪悪の帝国を滅ぼした事は大いなる誇りであり、その偉大な一歩に参加できたのはわが身が震えるほどの喜びだったよ。今でもあの時のことはよく覚えている。  ところがその時だ。廃墟となったはずの神殿の方に、計測できないほどの凄まじいエネルギーを感じたのだ。  ゴロドーは高度な科学文明を一切もたない。魔術と呼ばれる奇妙な特異技術で宇宙にまで進出した稀有な惑星であり、私たちも詳しいデータはあまりもっていなかった。だから何事かと駆けつけようとした。  だが次の瞬間、私たちの仲間の一部が一瞬で蒸発した。そう。君の発した強大な破壊光線によってだ」 「奇妙な特異技術ってあんたねえ。あんたの入ってるその言峰だってその魔術の使い手でしょ?かりにもマスターなんだし」 「しかし事実だ。言峰と融合したおかげで少しその有り様が理解できたが、今もってしても魔術の深遠はわからぬ。奇怪で謎に満ちた奇異なるものには違いないのだが。  れっきとしたゴロドー人の君には悪いが、こんなもので星にまで届こうなんて手合いは狂ってるとしか思えん。正直私たちには完全に理解不能の境地だよ。学問としては大変興味深くはあるが」  つきあいきれん、という顔で言峰はためいきをついた。……なんだかなぁ。 「ふむ、言峰も同意するそうだ。どうやら私たちは思ったよりはウマがあうようだな。ありがたいことだ。  さて、そんなところでもうわかったろう。君は私の仲間の仇だ。ここで会ったが百年めではないがこれほどの幸運もないだろう。1244年前の怨みがここで晴らせるのだからな。  友や先輩方を殺された怨み、受け取ってもらおうか『星辰の巫女』」  そういって言峰は、怒りを滲ませた。   『なんだそれは、ふざけるな』──私の中の衛宮士郎が叫んだ。    なに、それ。完全に逆怨みじゃない。  そんなことで|私《わたしたち》を断罪しようっての?    馬鹿にして!!   「──いいわ。|私《わたしたち》があんたを消したげる」 「ん?『私たち』?」  首をかしげる言峰を前に、私はつぶやいた。       「『|投影開始《トレース・オン》』」 [#改ページ] 光より来た者、光に追い返せ![#「 光より来た者、光に追い返せ!」は中見出し]  |私《わたしたち》は変わっていく。  それは魔術においても同様。衛宮士郎との融合で私の魔術が少し変わったように、衛宮士郎が衛宮士郎があるがゆえの投影魔術もまた、私との融合で変わってしまった。  もう、衛宮士郎に投影は使えない。不可能ではないが完全なものは無理だろう。少なくとも宝具の再現なんて無謀はもう一切使えない。  だけど、ひとつだけ例外がある。   『シロウ、あなたは私の鞘なのです』    甘やかな彼女の言葉。それを思い出した。    そうだ。  これだけは、これひとつだけは残っている。    撃鉄が落ちた。  思考が円環をなす。それはみるみる速度をあげ、ついには火花を散らし軋みをあげていく。  そしてそのカタチを、またたく暇もなく瞬時に作り上げてしまう。 「『|投影開始《トレース・オン》』」  投影開始の呪文を口にした、その瞬間。  ──それは、あらゆる工程を全てすっとばして完成していた。  そう、それは最初から作る必要などなかった。  何故ならこのカタチだけは「違う」のだから。  衛宮士郎の中に刻まれ、完全に記憶し一身となった、衛宮士郎の半身そのものなのだから。    さあ、ここからが『巫女』である私の仕事。    自分の背後にソレを固定する。  手で掴むのではない。杖で構成する魔力の『手』で掴む。  そうして、そこに杖を魔術的に接続する。    まだだ。まだ足りない。  ──そう。それだ衛宮士郎。きみの言葉で呼びかけなさい。   『|遠き理想郷《アヴァロン》』    それの機能は本来『遮断』。  外界の汚れを寄せつけない妖精郷の壁。この世とは隔離された、辿り着けぬ一つの世界。  聖剣の鞘に守られた使い手はこの一瞬のみ、この世の全ての理から断絶される。  この世界における最強の守り。  五つの魔法すら寄せ付けぬ、何者にも侵害されぬ究極の一。    だがそれが現在、強大な魔力炉心として機能しようとしていた。  究極の遮断壁を作るはずの魔力が崩れ、鞘からまっすぐ杖に注がれた。ひとつの『世界』を構成するはずの膨大なエネルギーが杖に接続され、杖により変換され異星の言語に置き換えられる。  そして、|私《わたしたち》の中を、外を、懐かしくも安らげる風が通り過ぎていく。  目を開けた。    最初に目についたのは、衣装だった。  遠坂にもらったはずの服が変わっていた。絹にも似て軟らかく軽く、懐かしくも優しい感触のドレス。神事に使うものにふさわしく、袖口には魔術印章や呪文がぎっしりと金文字で縫い込まれている。  星辰の巫女の正装『まどろみのドレス』。  杖を通して星と語り、その夢をみる。星辰の巫女が行う神事のため、ただそれだけのために作られた聖なる衣装。  杖を掴んだ。  膨大な魔力が杖にあった。こうしている今も背後で鞘は活動を続けており、その魔力がとうとうと注がれているのがはっきりとわかった。かつての大神殿にはもちろん遠く遙かに及びはしないが、ひとつの世界が構成する魔力である事を杖が、そして私自身がはっきりと知覚できた。  ──いける。  これなら、『|光の者《ゲノイア》』の外れ者なんかに負けない。負ける理由がない。 「……なんだこれは」  驚愕したような声がする。そっちを見た。  言峰。いや、言峰に入り込んだ『|光の者《ゲノイア》』だ。 「いったい何をしたのだ、貴様!!」  『|光の者《ゲノイア》』は慌てていた。その慌てぶりに同調するように、タールで満たされた池の水面がざわめく。 「!」  たちまち水面より真っ黒な触手が飛び出し、次々にこちらに襲いかかる。 「『|障壁《WALL》』」  刹那、その全ては見えない壁に阻まれた。 「!効かぬか!ならば」  言峰は両手の拳を胸のところであわせ、叫んだ。 「この私自身で倒してくれる!」  刹那、強烈な光があふれた。        その頃、境内ではギルガメッシュがズタボロになって倒れていた。  致命傷なのは間違いなかったが消滅まではわずかに時間があるようだった。とはいえ、もう戦う気はないようだったが。 「──憎らしい女だ。最後までこの|我《オレ》に刃向かうか」 「……」  セイバーは答えない。彼女にもそこまでの余裕はなかった。 「だが許そう。手に入らぬからこそ、美しいものもある」 「ギルガメッシュ」  その時になってはじめて、セイバーは口を開いた。 「最後に教えてください。どうして貴方はシロウに」 「ふん、わかっているとも」  ギルガメッシュは、なぜか遠い目をしてつぶやいた。 「夢を見たのだ。この|聖杯戦争《ばかさわぎ》の始まる少し前に」 「夢?」 「ああ」  ふっとその目が優しくなった。 「それは遠い星の彼方。とある国の夢だった。|我《オレ》がその国の王で、宮殿に迷い込んできた幼い娘をかわいがっている。ただそれだけの夢」 「!ギルガメッシュ!貴方は」  その言葉の意味を知りセイバーの顔色が変わる。だがギルガメッシュは首を横に振りそれを否定した。 「それはありえん。あれは巫女だぞ騎士王。そういう事は敏感に察知するだろう。違うか?  そして、あれは|我《オレ》をそうとは見ていない。よくにた他人にすぎん」  少し、寂しげな笑い。 「|我《オレ》はこの星の王。ただそれだけだ。他所の星に転生するなどありえんさ」 「……」  セイバーはそんなギルガメッシュを見、そして手を出した。 「……なんの真似だ騎士王」 「見たくありませんかギルガメッシュ。彼女の戦いを。  貴方がシロウの言う|国王陛下《おじうえ》であられるかどうかなど問題ではない。問題は貴方自身があれをどう思っているかでしょう」 「……」 「さあ」 「……いいだろう。他ならぬ貴様の願いだ、それくらい聞き届けてやる」  ギルガメッシュはセイバーの手を借りようやく立ち上がった。 「ふう。しかし派手にやられたものだ。右半身がほとんど効かぬ」 「歩けますか」 「なんとかな。消えるまでは少しばかり時間がありそうだ……?」  その時だった。  異質な魔力、異質な生命力が突如として建物の向こうでふくれあがった。 「!?」  聖杯ではない。それは汚れを持つわけではなく、ただ異質なだけ。  それは野獣のソレに近い。  クジラより大きな野獣があればそんな生命を発するだろうか。つまりそういう類のもの。山頂の寺なんてところにあるはずがない、何か。  騎士王と英雄王は同時にその方を見上げた。 「──な」  セイバーが絶句した。ギルガメッシュが憎しみの顔をさらす。 「なんと『|光の者《ゲノイア》』か!!」  そこにあったのは、巨大な異星人。  奇妙な銀と赤の戦衣をまとっていた。それは非常に特徴的なボディスーツで、しなやかなその肉体を頭の上からすっぽりと包みこんでいた。  そして、なによりも特徴的なのが──  まるで昆虫のような、夜の闇に輝く巨大な楕円形の双眸。 『|光の者《ゲノイア》』。  幾多の星々の英雄譚に登場する異星の超戦士。ある時は神と謳われ、ある時は赤銀の魔物、世界を炎で浄化する破壊神とも囁かれる。『何かを守り戦う』その一点のみに果てしなく特化した奇怪なまでの生物進化の究極。  寺の向こうに見えているにも関わらず、それはまわりの光景が怪獣映画の撮影セットであるかのように小さく見える。  つまり、それほどに非常識な大きさだった。 「許せぬ」 「──英雄王?」 「この|我《オレ》の領地にまたしても無断で踏み込んだというのか、あの|雑種《ごみ》どもが!!」  動かぬ足に鞭をくれた。少しよろめき、セイバーがすぐに手を貸す。 「事情はよくわかりませんが、いきましょう!」 「うむ!頼むぞ」  ふたりは肩を貸しあい、それでもぼろぼろの怪我人とは思えぬ早さで奥に向かっていった。       「あははははははははっ!」  笑いが止まらなかった。  変身した『|光の者《ゲノイア》』を見た途端、私の腹がよじれた。もう大爆笑だった。笑って、笑って、笑いがとまらなくなった。  信じられない。いったいなんの冗談だこれ。 『……何がおかしい』  怒りを滲ませた声が、その巨大なものから放たれた。 「何がってあんた……いやごめん悪い」  それでもなんとか笑いをおさめる。あー腹いてぇ。 「……でも仕方ないだろ。あんたのその格好ちょっと凄すぎるぞ。  まさか本当にウルト○マンそっくりだなんてな。俺は夢に見た時、単に自分が理解できないとこを記憶で補完したんだろうって思ってたんだけど」  これが笑わずにいられるかっての。遠坂あたりが目にしたら、めいっぱい呆れたあと二時間は笑いころげるぞきっと。  いや、でもそれって。 「……確かに不愉快だなあんたら。ものすごく」  ひとしきり笑って頭が冷えたら、その意味がよくわかった。  |巫女《かのじょ》が猛烈に嫌悪し、憎むわけが今、はっきりと理解できた。  こうまで印象的な姿で『正義の味方』のイメージをつけられたら、そりゃ忘れられないだろう。ましてや|巫女《かのじょ》は神職だ。神殿暮らしが辛かったわけではないにしても、単調な暮らしの中で彼らについて思う時間はたくさんあったに違いない。  そうした、憧れや慕情が全て裏切られた。全てが否定された。   「……許さない」  それがどちらの言葉なのか、もう『私』自身にもわからない。  ──殺してやる。  それが過去の再現であってもかまわない。  あんな姿で私怨を振り回すなんて絶対許さない。  |正義《それ》が正しいかどうかなんて私にもわからない。正義とはそうした曖昧なもの。その判断には常に検証が必要で、どうあるべきか悩み続ける。正義の味方として生きるというのはそういうことだろう。  正義の味方とは子供限定なんだよ。そう言った切嗣。  寂しそうな顔を覚えている。|俺《えみやしろう》の言葉に安心した、最後の顔をおぼえている。  あの微笑みにかけて。  絶対、目の前のこいつだけは認めることができない!!  戦いのはじまりを告げる最後の|祝詞《のりと》。再びこの日がやってきた喜びと憎しみ、そして悲しみをこめて。   「『|光より来た者、光に追い返せ《ゲロイア・デヴァ・ゲロノア》』!!」    闇がはじけた。 [#改ページ] 戦闘[#「 戦闘」は中見出し]  ぎしゃん、ともぐしゃ、ともつかない音がした。  巨大な足が誰かを踏み付けにしようとした音。だが踏んだのは石ころや土くればかりで、その誰かはとっくに空に逃げ出している。  その飛翔はたった一瞬、詠唱も何もかもすっ飛ばして行われた。 「あはは、こわいこわい」  巨人にとり少女は小さすぎる。虫を捕える行為に似ていた。  しかもその小さな虫は、成長しきったオオスズメバチほどの戦闘力を秘めているのだ! 「『|閃光槍《FLASH SPEAR》』!」  杖から細い、しかし山をも打ち抜く強力な光の槍が飛ぶ。 「ふんっ!」  しかし、気合い一発で吹きとばされてしまう。 「はぁ、でたらめだねえあいかわらず」  けらけらと愉しげに少女が|嗤《わら》う。巫女という職業のイメージとは少々外れた笑いである。 「やはりゴロドーよな貴様も」  巨人がその表情を見て、いまいましそうにつぶやく。 「どれだけ怒ろうと頭は冴えている。戦闘を何よりも好む気質のくせに、血潮のほとばしりの中でそれと対極にある魔術を軽々と扱う奇怪なる二面性。  その異質さが周辺より疎んじられ、ついには滅びを招いたとなぜわからぬ」  左肘をあげ肘を心臓の高さに、そしてその手首に右手を添える。 「ふんっ!」  パッと右手を放すと、光の輪のようなものがくるくると円弧を描きつつ少女に飛んでいく。 「『|爆裂《BOMB》』」  しかしそれは少女を捕らえる直前で吹きとばされた。 「ふっ」  その間に巨人は右手をチョップの形に掲げ、肘のあたりに左手を横に重ね、 「たぁっ!」  右手小指から肘にかけてが輝き、冷たい光のビームがほとばしる。  だが、 「『|次元屈折《メド》|鏡《ロア》』」  いきなり七人の影に分裂した少女がそれを七色の光にして跳ね返す。 「はっ!」  その瞬間に巨人は光を避け、同時に少女の眼前に迫り、 「ふっ!」  しかし少女も畳み掛けるような一撃をするりと交わして逃げる。 「?どこだ?」  一瞬姿を見失う巨人。きょろきょろと周囲を見るが、 「『|雷撃を落とせ《FALL THUNDER》』」 「!」  転がり逃げた刹那、巨人のいた場所に巨大な落雷が落ちた。 「くっ!」  大木を裂くどころか瞬時に蒸発させかねないエネルギーに山全体が揺れる。 「あら素早い…!」  空で嗤おうとした少女の眼前には巨大な光弾。避ける間もなく、 「きゃあああっ!!」  少女はそれをまともに食らった。       「……」  池のそばまで到着したセイバーだったが、その光景に完全に目を奪われていた。 「これは……鞘を投影したのですかシロウ。しかしそれにしても」 「どうやら山の裏側で戦っているようだな。確かにあの図体じゃここでは戦えんか。聖杯を巻き込むと面倒だしな」  セイバーの横でギルガメッシュがつぶやいた。 「市街地を避けたのは、あれの判断か。あいかわらず細かいんだか大雑把なんだか」 「ギルガメッシュ」 「なんだ騎士王」  ギルガメッシュに向けたセイバーの瞳は、戸惑うようだった。 「シロウ、いえ彼女について知るなら教えてほしい事があるのですが」 「なんだ?戦闘能力なら見ての通りだと思うが……!」  ピカッ!と凄まじい閃光が全山を包んだ。 「む、これは|光の者《ゲノイア》の攻撃か。食らったな未熟者め」 「……心配ではないのですか貴方は。今は違えど姪のようなものなのでしょう?」  少しだけ怒りを滲ませてセイバーが言う。 「あれはもう異星人による異星の戦闘にすぎん。なかなかの見物ではあるが|我《オレ》や貴様とは何の関わりもないし関わるべきでもない。そもそも消え損ないにすぎない我らに何ができる」 「で、ですが」  それよりこっちに来い、と手招きしてギルガメッシュは歩きだす。 「どこに行くのですか?」 「不本意だがあの馬鹿娘の手伝いだ。楽しいのはわかるが本来の仕事を忘れるとはな。ここまで予想通りとはまったく嘆かわしい」  よりによってこの|我《オレ》に雑用をさせるとは、などとつぶやきつつ、目で早くこいとセイバーを促す。 「あの戦闘に引きつけられるのはいいがな騎士王、よくまわりを見ろ。おかしいとは思わんか」 「?」  いわれてセイバーは周囲を見渡した。  静かで美しい池の水面。焼けたような枯れ草の原は戦闘の痕跡か。岸の反対側にある聖杯と、そこに捧げられている|少女《イリヤスフィール》だけが異様に見える。 「特におかしなところはないように見えますが?」 「馬鹿者、『ないからおかしい』のだ。よく見ろ聖杯を」  ギルガメッシュに促され聖杯を見たセイバーだったが、 「これは!」  ハッと息を飲んだ。 「そうだ。ここまで汚染された聖杯が稼働し孔も開いたままだというのに、どうしてこうも清浄なのだ?十分おかしいだろう」 「た、確かに。でもいったいどうして」 「わからん。だが|我《オレ》の予想が正しいなら、すぐにでもあの孔を塞ぎ聖杯を止めねばならん。来い、騎士王」 「わかりました。で、その予想とは?」 「歩きながら話す。|我《オレ》や貴様には立ち話するほど余裕がないからな」  セイバーは、こくりと頷いた。       「くぅ……」  全身に走る痛みをこらえつつ、少女は大木の根元にいた。 「いたたた。障壁があっても吹きとばされちゃあね」  防御障壁ごと光弾に吹きとばされた。  本来なら死んでもおかしくない一撃だった。だがどういう奇跡か少女は大木の頭に墜落し、無数の枝葉に勢いを殺されたおかげで無事だったのである。 「う〜、ごめんね。痛かったでしょ」  大木の幹にもたれたまま、背後に手を回してなでた。  咄嗟に張った結界が効いているのかまだ発見はされていない。がさごそとあちこちを探る音が響いている。 「しっかし1200年か。そりゃ、あいつらも進歩するわけだ」  その年数が地球のものか彼らの星のものか、少女にはわからない。だが途方もない年月なのは確かだ。  少女は知らなかった。  冬眠状態で宇宙を彷徨っていたのだし地球とキマルケでは接点がなさすぎる。そして衛宮士郎はそういう事とは無縁の少年。  過ぎた時を計る方法など、そこにはなかった。 「巫女としての戦闘方法だとまずいか。なんかいい方法ないかな?」  パワー自体がガタ落ちなのに旧来の戦闘方法ではお話にならないだろう。それはわかる。  だが、では具体的にどうするのか。 「う〜ん……いきなり別のアプローチっていってもなぁ」  杖の魔術は本来特定のカタチにこだわったものではない。杖はただ少女の願いのままに膨大な魔力をカタチにしているにすぎないのだから、少女の考え次第でどのようにでもなる。 「……まてよ」  ふと少女は表情を変えた。衛宮士郎がよく学校でする顔。友人の頼みを聞いてドライバー片手に走り回っている時の顔だ。 「こういう時は四角四面にやっちゃいけないんじゃないか?願いをカタチにするってのが杖の本質なら、何も真っ正面からぶつかるばかりが能でもないだろう」  それは生粋の巫女・つまり神職である少女には絶対できなかった発想だった。 「杖……巫女……う〜ん」  むむむ、と少女は考え込む。 「杖、か」  傍らの杖をみる。  今は木を背にしているため、杖は鞘と一緒に脇に置かれていた。今も魔術的接続は生きており結界の呪法を紡ぎ続けている。  きらきらと輝く杖の燐光をじっと見ている少女だったが、 「……あ、その手もあるか。……でも」  うまくできるだろうか?  生真面目な巫女だった『少女』もしかり、ましてや健全な青少年だった衛宮士郎にはもっと恥ずかしい。正直ものすごく抵抗があった。 「……やるしかない、かな」  赤面しながら少女はつぶやく。 「……これってやっぱり、一成と美綴に感謝、なのかな」  いったい何をする気なのかはわからないが、出てきた人物の組み合わせからしてロクなものではなさそうだ。    がさ、がさがさという音がした。   「やば、近い!」  いくら結界があろうと至近距離ではバレてしまうだろう。そして走れば足音で即バレ。  つまり、もう逃げ場はない。 「しゃあないやるか。  ま、少なくとも意表はつけそうだから隙はできるだろうし」  少女は杖を手にとった。 [#改ページ] 反撃[1][#「 反撃[1]」は中見出し] 「くそ、どこへ行った」  巨人は困っていた。  いきなり少女が消えてしまったからだ。彼の巨大な目をもってしてもその姿もエネルギー反応も視認することができない。強いていえば森全体がうっすらとヴェールをかぶったようなフィールドにくるまれており、そのどこかにいるのだろう事はわかるのだが。 「確かにここにいるのだ。確かに」  巨人はこの手の戦闘には不慣れだった。  彼に多いのは同サイズの怪物との肉弾戦、あるいは住民たちの兵器との戦闘である。文明の遅れた住民の多くは科学兵器を使うし、ある程度進んだ者だと微生物から猛獣タイプまでの各種戦闘生物を放つことが多い。少なくとも少女のように、小さいのに生身で攻撃魔術をぶっ放してくるような手合いは宇宙広しといえども非常に珍しいといっていい。  ひとの使う魔術で、それほどの破壊力なぞ通常ありえないのだから。  巨人と少女の戦闘により山は荒れ果てていた。このあたりは柳洞寺に属するしその向こうはアインツベルンの領地に近い。おまけに奥は山にさしかかる地形も幸いし、このあたりは一部に営林署の調査用林道がある他は大昔から手つかずのままの原生林が意外なほどに残されている。すぐそこまで町が迫っているにも関わらずだ。  だがもちろん、異星人であり少女を必死に探す巨人はそんな事意識していない。巨人の中にいるはずの言峰綺礼も呆れはするものの、そんな事は気にしない。 「!」  一瞬、巨人は少女の声をどこかで聞いたような気がした。どこだときょろきょろ周囲を見たのだが、 『やっほー♪』 「!」  底抜けに明るい少女の声が、いきなり巨人の脳裏に響いた。 「む、どこだ!」 『あはははは、まいったなぁもう。1200年もブランクあっちゃそりゃ勝てないわけよねえ』  どこだ、どこなんだと巨人は周囲を見渡す。だが気配もない。 『しゃーないから私も奥の手使うよ?もう知らないからねどうなっても』 「……なに?」  なんだそれは、と巨人は戦慄した。  このうえまだ戦う手段があるのか。あの頃の戦闘だって、魔力量と破壊力こそ桁違いだが今までの戦闘と中身は大差なかったはず。なのに、このうえまだ奥の手があるというのか。  いったい、あの小さな身体にどれほどの戦闘力を秘めているというのだ。 「いやまて、まさかだ。そんな事があるわけがない」  いくらなんでも無茶苦茶すぎる。ただの|脅し《ブラフ》なのではないか。  と、そんな動揺した巨人の目の前で、 「じゃじゃじゃじゃーん♪」 「!!」  いきなりそんな声と共に森の一角から巨大な何かが飛び出した。       「これが……」  セイバーは感無量といった顔で、空中に穿たれた黒い孔を見上げていた。 「あまり近付くなセイバー。貴様ではあの泥には耐えきれんからな」  動かないイリヤスフィールを慎重に孔から取り外しながら、ギルガメッシュはそうセイバーに釘をさした。 「ギルガメッシュ。いったいこれはなんなのですか。なぜこうも聖杯は汚染されているのです?」 「さあな。きっかけまでは流石の|我《オレ》にもわからん」  イリヤスフィールの右手を外す。自由のきかない右手のかわりに、自分の身体にもたれかけさせる。 「よし」  左手を添えなおし、イリヤスフィールを支えたまま下に降りた。 「受け取れセイバー。じきに目を覚まそうが|我《オレ》の腕の中ではまずかろう」 「はい」  セイバーはガラスの人形でも扱うように、慎重にイリヤスフィールを受け取った。  さらり、と美しい銀の髪が天使の子のような白い裸体にこぼれる。 「無事でよかった……。シロウもこれを見たらさぞ喜ぶでしょう」 「ふむ。では少し離れるぞセイバー。ここからでは破壊できん」 「わかりました」  ふたりは来た時と同じように、ゆっくりと聖杯から離れだした。  だが、 「!」  ふたりの背後で孔がゆらぎ、こぼれてなかった泥が流れ出しはじめた。 「まずいぞセイバー、貴様だけでも急げ」 「しかしギルガメッシュ、貴方は」 「|我《オレ》はこやつなどに汚染されぬ。ゆっくりでも間に合うのだ。さあ急げ」 「……」 「騎士王!」 「は、はい!」  セイバーはよたよたと、イリヤスフィールを抱えて走りだした。 「……」  そんなセイバーを見送っていたギルガメッシュだったが、 「──それでいい。さて、はじめるか」  そう言ったかと思うと、鎧の裏から|掌《てのひら》ほどもない小さな、小さな壷を取り出した。 「|我《オレ》をここまでコケにしてくれたのだ。相応のツケは払わせるぞセイバー」  そう言って、にやりと笑った。 [#改ページ] 反撃[2][#「 反撃[2]」は中見出し] 「じゃじゃじゃじゃーん♪」 「!!」  いきなりそんな声と共に森の一角から巨大な何かが飛び出した。  ……が、 「ふ、これで互角だよ。もうキミはおしまいだぞ」 「……おい」  巨人はどういうわけか困ったようにぽりぽりと頭をかいた。 「それは何かの演出か?それとも異星人の私に色仕掛けか?」 「……はい?」  少女は巨大化していた。  実際に大きくなったのか何かの手なのかはわからないが、確かに巨大化していた。巨人よりはさすがに小さいがまぁ以前に比べたら大したことはない。巨人を衛宮士郎のサイズだとすれば、イリヤスフィールくらいの大きさだったのだから。一緒に巨大化した星辰の杖をまるで格闘家の棍のように構えている。  だが、それより根本的な問題は、 「もしかして気づいておらんのか?……糸くずひとつ纏わぬ全裸なのだが貴様。いやその、戦闘姿勢のためにめいっぱいその」 「!?」  え゛、という顔をして少女はまじまじと下を見た。 「……あ……あ……」  みるみるマンガのように赤面していく。  少女はどういうわけか全裸だった。  ふくらみかけのかわいらしい胸が露出していた。小さな穿孔のような臍も、その下の少しエロチックな盛り上がりも、そのさらに下の微妙な淡いかげりまで、いっさいがっさい全部もろだしであった。  ついでにいうと、脚を開き杖を構えた戦闘体勢のため微妙な部分まで全部まるみえというありさま。  すう、と、少女の股間を涼しい風がすりぬけた。 「あ……わ……」 「ふむ。さしずめ巨大化してみたのはいいが衣服の処理を忘れたというところか。わかるぞ。未熟な子供時代には私たちもよくやるからな」  うんうん、となぜか巨人は納得げだった。 「あー、異星人とはいえ私は紳士だ、着衣の時間くらいは待ってもよいぞ。貴様も借りにも神職の娘であろうからやは」  しかし巨人は最後までそのセリフを言えなかった。なぜなら、 「きゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」 「!!」  耳をつんざくばかりの凄まじい絶叫が、巨人どころか寺を越え市街地までまともにぶち抜けるほどの大音響になって響き渡ったからだった。       「これでよし、と」  境内に近い安全そうな場所にイリヤスフィールを降ろし、セイバーはふたたび聖杯に向き直った。  聖杯は揺れ出していた。イリヤスフィールという入口の要を失ったせいなのだろう。  先ほどとはうって変わってタールのような真っ黒な泥が多量に溢れている。そこいらがみるみる汚染され、池の水面も急速に変貌していく。 「ギルガメッシュは……無事ですか」  見れば多量の泥の中平然とこちらに向かい歩いていた。まとわりつくものはあるようだが、どれも力なく弾かれるばかりでギルガメッシュにくっつく事すらできないらしい。  見ているうちに泥を抜けた。  少しよたよたしている風でもあるが、王者の風格は崩れていない。その尊大な態度そのまま、自分を見ているセイバーに向けてにやりと笑い軽く片手をあげて見せる。  心配無用、そう言いたいらしい。その『変わらなさ』に、セイバーはためいきをついた。 「一度汚染されているとはいえ大したものです。絶対に認められない生き様ではありますが、あれもひとつの王のカタチなのかもしれ……!」  が、その言葉が途中で止まった。 「泥が……空に向かっている?」  見間違いか、とセイバーは目をこらした。  しかし間違いない。黒い呪いの塊が空へも延びている。それは山の向こうに川のように流れていっていた。 「!」  セイバーはその行き先に見当がついた。 「まさか……あの異星の戦士に向かっている?」  ぞく、と背筋が震えた。  どうしてそうなっているのかはわからない。セイバーはろくに事情を知らず、知らせてくれる者もいないのだから。  だが、それがひどく危険なのはわかる。 「……」  立ち上がった。  残る魔力は少ない。聖杯破壊のために一撃分を残してはいるが、その一撃のために肉体の回復すら止めなくてはならなかったのだ。撃ってしまえば、山むこうで戦っている|少女《シロウ》に別れを告げる時間などあるまい。  少しだけ、それは心残りだった。 「……シロウ。どのようなカタチでもいい。幸せに生きてください」  そう、セイバーはさびしそうな目をしてつぶやいた。   「そうだ。私はシロウを愛している。もはや否定などできはしない。  女性になってしまったシロウ。私もおかしな風に変わってしまった。あまり美しい形とはいえないかもしれないが、それでも私は愛してしまったのです。シロウ。  私に生えたものに憤り、まるで女神を汚されたかのように嘆き泣いた貴女。私の人生をただひとり、全肯定したうえで自分の事のように怒ってくれた貴女。やりなおしの必要などないと、何度も何度も、私がうるさいと否定しても決して引き下がらなかった貴女。  ええ、わかりましたシロウ。  私はもう聖杯はいらない。あの一瞬に帰り、王としての最後を迎えるために私は戻ります」    宣言した瞬間、全身を包んでいた重苦しいものがなくなった気がした。  王として孤独に駆けた遠い日々が、今ここにやっと癒されきったような気がした。 「……」  そしてゆっくりと、剣を構えた。  封印を解かれた聖剣が輝きはじめた。風がそこから吹き出し、周囲の一角に清浄な空気を運びはじめた。  もう迷いは一片たりとてない。  と、その時、   「まて、その前に口を開けろセイバー」   「……は?」  だしぬけに響いたわけのわからない言葉に、セイバーは少し間の抜けた返事を返してしまった。 「!!」  その瞬間、セイバーの口がギルガメッシュの手で塞がれた。 「!!!!」  セイバー驚き、そして抵抗した。  口の中に何かが押し込まれていた。ギルガメッシュはそれを飲ますか食わせるかするつもりらしい。何なのかはわからないが、どさくさに口に突っ込むくらいのものだ。ろくなものではあるまい。  セイバーはむりやり、その手をふりほどこうとした。  だが、 「聖剣を握ったままふりほどけるものか。そんな余力は貴様には残されておるまい」  わかっている。だがここで撃たねば聖杯はどうなるか。 「うう、ううーーー!!」  ふりほどけない。  ギルガメッシュは片手がきかない。その残る片手と身体だけでセイバーは口を塞がれ押さえこまれていた。  なのに、どうしようもない。  余力もなく、ぎりぎりの力で両手に聖剣を握っているセイバーには、たったそれだけのか弱い拘束にすら抗えない。 「噛み砕け」 「う、う、うーーー!!」 「噛み砕けと言っている!」  全身を激しくゆさぶられ、ついそれを噛み砕いてしまった。 「!!!」  刹那、強烈なナニカがセイバーを襲った。その瞳は急速に光を失い、 「……」  ぱたり、と力なく倒れた。聖剣も消えてしまう。       「……やれやれ、危なかった」  倒れたセイバーを見つつギルガメッシュはつぶやいた。 「どうやらちゃんと効いているようだな。魔女の作成した紛い物とはいえいちおうは聖なる浄化の壷だ。少しは濁りもあるかもしれんが貴様なら問題あるまい」  ふ、とその表情がゆるむ。 「貴様らの関係なぞ先刻お見通しだ騎士王。そしてあの馬鹿娘の望みもな」  くくっと笑う。それはセイバーと相対した折の狂気をはらんだ顔となんら変わらない。 「|此度《こたび》の聖杯は|我《オレ》が連れていく。  |我《オレ》にざんざ恥をかかせた罰だ騎士王。あの馬鹿とふたり、雑種どもに混じり|平和《ぶざま》に生きるがよい」  動かぬ右手に左手を添え、掲げる。  と、その瞬間、 『きゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!』 「!」  凄まじい大音響が響き渡った。建物までその振動は響きわたる。どこかでガラスの割れる音がする。  聖杯の揺れがひどくなった。 「……絶叫に音響魔術を乗せたか。まったく、星の宝たる聖なる巫女のやることかそれが。お転婆め」  呆れたようにつぶやき、くっくっという嘲笑にそれは変わる。 「いやいい。それでこそ貴様だ。  貴様はもはやあの星の聖女ではない。母なる星もなくただひとり、どうしてそのような窮屈な生き様をする必要がある。  好きに生きよ、わが愛しき|愛娘《まなむすめ》よ」  まるで実の父が娘を送り出すかのように微笑み、 「来い、エア」  にやりと笑い、つぶやいた。 [#改ページ] 反撃[3][#「 反撃[3]」は中見出し]  どこの世界もそうなのだが、弱者のあげる悲鳴や泣き声は強者の心象を大きく刺激するものだ。  巨人とて|光の国《ゲノウム》の男性であり高等生命体である事には変わりない。だからそういう原則は変わらない。少女が強烈な悲鳴をあげた時、その平静は一気に崩れてしまっていた。 「こ、こらあぶないっ!やめんかっ!」  あぶないも何も死闘の真最中のはず。  だがこういう状況で男の立場は変わらない。ヒステリー状態に陥った女性に理性的な論理は通じないし、それに巻き込まれた哀れな犠牲者は逃げる以外にない。敵も味方もおかまいなしである。 「きゃああああっ!!いやぁぁぁぁっ!!」  全裸状態の少女は絶叫と共に重機関銃のように凄まじい早さで乱射している。詠唱なぞ全くしていないのだがむしろそんなものは無意味だろう。杖は少女の望みを正しくかなえているだけであり、ぶっちゃけ風呂場でのぞき魔に洗面器をぶつけているのと基本的に変わらないのだから。  もっとも、そのひとつひとつの洗面器にミサイル級の破壊力というのはいかがなものか。  爆炎は凄まじい勢いで巨人を追い回す。走り、転げ、逃げ回る巨人の後ろに容赦なく追いすがり、 「だ、だからやめ……ずわっ!!」  ついには一発命中。あわれ巨人はど派手な土埃と共に、まっさかさまに森に落ちた。 「ぐ、ぐわ……げほっ」  ズタボロになりつつ木々の間から起き上がる巨人。と、その時、   「『|大地の縛鎖《ル・ノーア》』」    そんな声が聞こえた。  なんだと巨人が思った次の瞬間、その全身に落雷のような衝撃が走った。 「!?」  もがこうとするが動けない。全身にびりびりと電気が走り、力が抜けていく。 「くそ、この……?」  そしてすぐに巨人は気づいた。 「……なんだこれは?」  彼の身体を、地面から生えた無数の赤い|蔓《つる》が拘束していた。  もがけばもがくほどに力が奪われていく。まるで大地が彼の生命力をみるみる吸い上げているかのように。 「いったい……!」  そして彼はそれに気づいた。    ──さっきの呪文の主は誰だ?    慌てて少女の方をみる。 「いない!?」 「ここだよーん♪」  まったく逆の方向から声がして彼はその方を見、固まる。 「やほー」  少女は元の小さな身体に戻っていた。服も元通りだった。  そればかりか、掲げた杖のまわりには先刻巨人が飛ばした光球に匹敵するエネルギー塊までもできていたのである。 「ま、まさか貴様、貴様ぁっ!!」    先の騒動は、あれは全部|演技《ブラフ》だったのかと。    巨人の驚愕をよそに、少女はゆっくりと詠唱をはじめた。 「『全ラインを鞘から杖へ。適用範囲無制限。あらゆる前提条件を無視しこの一撃に全て集中せよ』」  杖の輝きが大きくなる。少女のまわりを凄まじい量の魔術文字が踊りはじめる。  その少女を見た巨人が、悔しそうに唸る。 「くっ──どれほど弱ろうとゴロドー最後にして最強の巫女か。……結局私も甘かったという事か」  そうしているうちにも輝きは最高潮に達していく。 「……」  少女の背後の『|鞘《アヴァロン》』に小さな亀裂が入り始める。投影の限界なのか、それとも星の力すら受け止める杖が相手ではさすがの鞘にも荷が重すぎるのか。亀裂はみるみる増大し、やがて限界にまで達していく。  それを知ってから知らずか少女は目を閉じ、杖をくるんと回し両手に持ち替えた。体の左側で杖を持つ感じで、右手を前に左手を後ろに。そして右足を少しふんばるように前に出す。 「……」  そして、目を開くと同時に最後の詠唱が紡がれた。   「────────『|星光霧散撃《STARLIGHT DESTROYER》』!!!」    駆逐する者の名を冠せられたその呪文は、一瞬だけ少女とその杖の全てを輝きで包み込んだ。  そして次の瞬間、異星の宇宙戦艦すらぶち抜く暗黒の破壊光が激しい反動を伴って飛び出した。それは真っ正面から巨人を捉え、 「う……うぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」  断末魔の叫びを伴い、巨人を死の闇に叩き落とした。    ぱきんと小さな音をたて、少女の背後で鞘が割れた。        柳洞寺の屋上では、セイバーがイリヤスフィールを抱え座っていた。  聖杯は既になかった。ギルガメッシュもほぼ同時に消え、セイバーが目覚めた時にはイリヤスフィールただひとりが残るのみとなっていた。 「……私は受肉したのですか。ではあれはやはり」  無理矢理飲まされたのは、浄化された聖杯の中身だったのだろう。どういう技術なのかはセイバーには見当もつなかったが。  それは、ほんのひとしずくにすぎなかった。だがそれはセイバーの中で核となり、少女との間につながる契約の事とあいまって、彼女をこの世に留めてしまった……おそらくはそんなところなのだろうと思われた。 「……山のように借りができてしまいましたね。ギルガメッシュ」  セイバーは悲しそうに、そんな言葉を漏らした。  山の向こうに、もがく異星人が見える。少女が飛んでいるらしきものも見えるが、小さすぎてどんな状況なのかはわからない。 「……あ」 「!イリヤスフィール!気づきましたか」 「あ……あれ?」  イリヤスフィールはセイバーの顔を不思議そうに見上げた。そしてきょろきょろと周囲を見て、 「あれ?いったいどうなったの?シロウはどこ?セイバー」 「ああ、それはですね……!」  強烈な閃光。そして数秒後、どどーんという凄まじい地響き。森も山も、周囲の建物や池の水面までもが激しく揺れた。 「え、な、なに?」 「どうやら終わったようですね。……シロウが心配です」  セイバーの中で、少女の鞘が壊れたらしい事が感じられた。 「イリヤスフィール。ちょっと待っててもらえますか?シロウを回収にいきますので」 「ん〜、わたしも行く」 「いえ、危険ですから」  そんなこんなを話していたその時、 「こら待てぇっ!いいかげんあきらめなさいよっ!!」 「くそ!誰が!」  ズタボロになり、大きさも人間サイズになった|光の者《ゲノイア》がひょろひょろと逃げてきた。  よほどボロボロなのだろう。ときどき言峰の姿になったり、|光の者《ゲノイア》の姿に戻ったりを繰り返している。  そしてその後を追ってくる少女。こちらもボロボロだ。既に鞘は消えており杖の光も弱い。杖に残った魔力を使って飛んでいるようだが、もういつ落ちてもおかしくない。  そんなボロボロのふたりなのに、まだ戦い続けていた。 「私はまだ死なん。  貴様が|地球《ここ》に現れたことを仲間に知らせるのだ。見ていろ星辰の巫女!私は」  だが、そこまで|光の者《ゲノイア》が言った瞬間だった。 「!」  突然、境内の方向から鋭い射出音がしたかと思うと、|光の者《ゲノイア》がその場でピタッと止まった。 「……」  |光の者《ゲノイア》の額に穴が開いていた。  |光の者《ゲノイア》はその方向にゆっくりと目線をめぐらせ、 「……り」  言峰綺礼の声でそうつぶやいたかと思うと、 「……」  ゆらりと揺れてそのまま落ち、地面にぐしゃっと叩き付けられた。  同時に「ばっしゃーん」という派手な水音がした。少女の魔力が尽き、池に落っこちた音だった。 「シロウ!」  セイバーがあわてて立ち上がり、駆け出した。 「……」  イリヤスフィールは、わけがわからないといった顔で立ち上がった。  実際彼女はずっと意識がなかったわけで、聖杯として使われたらしい事はわかったが今の状況が全然理解できなかった。とりあえず目の前の|光の者《ゲノイア》の死体を見て、 「ウルト○マン?」  そうつぶやいた。  次に境内の方向を見た。  そこには遠坂凛がいた。がっかりしたようにためいきをついている。 「やれやれ。どうやら完全に遅かったようね。宝石まで使って無理矢理回復してきたのに」  左手の袖がまくられており、そこには未だ魔術刻印がぎらぎらと光っていた。どうやら、それで|光の者《ゲノイア》にとどめをさしたらしい。  つかつかと|光の者《ゲノイア》の死体に歩み寄る。 「こんなのが綺礼にとりついてたなんてね……もしかしたら本人を殺して入れ替わってたのかもしれないけど」  どうやら勘違いをしているらしい。悲しげにうなだれた。  事実はまもなく凛も知る事になる。その時こそ凛はもう一度、悲しい顔をすることだろう。 「……」  イリヤスフィールはそんな凛の髪型を見て、 「……ゼッ○ン?」  そんな、とんちんかんなことをのたまった。 [#改ページ] 星のみるゆめ(終)[#「 星のみるゆめ(終)」は中見出し] 「む、そこの女ぎつ……いやもとい遠坂凛」 「はい?何かしら柳洞君」  廊下を歩いていたわたしは、唐突に呼び止められ振り向いた。 「おお、すまんな遠坂凛」  なんでもいいけど、どうしてこの男はわたしをフルネームで呼ぶのかしら?しかも『こんな女に借りは作りたくないのだが』といわんばかりの顔をして。  まぁいい。貸しは増やしておいて損はないだろう。 「何の用かしら?衛宮くんなら見てないわよ?」  どうせまだ修理か何かだろう。その腕前は確かだから。  ──正直、魔術をそういう用途にぽんぽん使うというのはどうにもあぶなっかしいのだけど。まぁ見られるようなへまはしてないようだし。  さて、柳洞君はというとやはり仏頂面で答えた。 「うむ。貴様も知らぬのか。セイバーさんもイリヤスフィール嬢もおらぬとなると……果たして皆で何処へ消えたのやら」 「う〜ん、心当たりはないけど……」  まぁ、柳洞君に教えてもしかたない事だろう。見当はついてるのだけど。 「わたしの予想なら今日はもう学校にいないと思う。急ぐのかしら?」  お節介と思いつつもそんなことを言ってみる。 「いや、そこまでは急がん。だが頼むと伝えておいてくれぬか」 「あら、どうしてわたしに伝言なんて?」  そういうと柳洞君は少し不満そうに、しかし確かに微笑んだ。 「なに、貴様が衛宮たちを守っている事くらいは俺にもわかる。細かい事情はわからぬがな」 「……」  そしてそれは、どういう天変地異なのか── 「衛宮を頼むぞ遠坂。俺は男ゆえ、今のあれを助けてやることができぬ」  そういって、頭を深々と下げたのだ。 「ちょ、やめなさいよ柳洞君。あなたがそんな事する必要ないでしょ」 「そうはいかぬ。あやつは俺にとり竹馬の友。その危機に俺は」 「……あなたは十分に助けになってるわよ」 「……そうか?」 「ええ」 「……素直に受け取らせてもらうべきかな、ここは」 「ええ。少なくとも衛宮くんの事に関してはね」 「あいわかった」  よろしくな、と柳洞君は、見たこともないような優しい笑みを浮かべたのだった。 「……」  わたしはそんな柳洞君を見て、男の子の友情って凄いかも、なんてちょっと場違いなことを考えたりもしていた。        全ての事件は終わった。  だけど今回の聖杯戦争は、あまりにも多くの傷痕を残した。十年前のそれとは全然違う意味で。  異星人同士の戦闘。それも異星の大魔術を駆使した肉弾戦。  それは柳洞寺の裏山をめちゃめちゃに破壊したのみならず、被害は柳洞寺の三分の二、さらには市街地にまで及んでいた。死者こそなかったが、何万枚もの窓ガラスが粉々に割れ、新都の新しいビルがひとつ傾いたのだ。たった一発の魔術の流れ弾で、まるで大地震もかくやの被害が出てしまった。  あれでも被害を抑えた方なのはわかる。おしむらくはふたりが強すぎた事。なにしろ比喩でなく宇宙戦クラスの極大戦闘力が激突したのだから。もし市街地で戦っていたら、冬木そのものがなくなっていた事だろう。  セイバーの言葉ではないが、確かに衛宮くんが女性化した時点で今回の戦争は何か別のものに変わってしまっていたわけだ。  当然だが協会や教会も動いた。綺礼に融合した異星人の死体をわたしは引き渡したが、彼らは『この異星人は何とどう戦い死んだのか』という事に執拗にこだわった。まぁ無理もない。  わたしは最もらしい言い訳をした。つまり彼らは相打ちになった。もう片方の異星人は魔術師タイプで、戦闘で粉々になって散ってしまった、と。  遠い異星にある『正義の味方の国』や彼らに滅ぼされた国の巫女の話などは当然していない。信じてもらえるとは思えないし、また信じてくれても困る。  魔術の世界に生きるわたしにとり教会は敵だ。この国の人間はわかっていないひとが多いけど、異端審問や魔女狩りの闇は今もキリスト教世界を深く、強く支配している。それはあの綺礼も言っていたことだ。  わたしは、大切な友達を火あぶりにかける趣味はない。まぁ、あのアーサー王がつきっきりで守護するあの子を教会ごときが火あぶりにできるとも思えないけどね。  学校を出ようとしたところで声をかけられた。 「遠坂さん」 「あ、藤村先生」  優等生らしく優雅におじぎをしてみせた。 「あの子知らない?イリヤちゃんたちも姿が見えないし」  先生も心配してくれているのか。まぁ、そうでしょうね。 「行き先は見当ついてます。少し遅くなりますが、お連れしましょうか?」 「あ、いいのいいのわかってるなら。どうせうちに来るんでしょ遠坂さんも」 「はい」 「ふう。困ったもんだわ」  藤村先生は困ったようにふふっと笑った。 「女の子になってもあの出ずっぱりだけは直らないわねえ。少しは大人しくなるかと思ったのに」 「それは無理でしょう先生。それに走り回ってる方が衛宮くんらしいと思いませんか?」 「あーそれはそうね」  あはは、と藤村先生は苦笑し、そして『よろしくね』というように微笑んで去っていった。 「……」  藤村先生はどうも誤解している気がする。  衛宮くんの相手はセイバーだ。ふたりの間に入れるのはせいぜいイリヤスフィールくらい。それは誰にも覆せないだろう。  正直、衛宮くんをちょっと気に入ってたわたしには複雑だったのだけど。 「さて、いきますか」  誰にいうでもなくつぶやくと、わたしは歩きだした。        実のところ、今回の事件で最も驚いたのは被害のことではない。  事件のあと、わたしが最も困ったのは衛宮くんの処遇だった。本人は生きているのに女性化、しかもまったくの別人に変貌してしまった彼をどう扱うのか。これ以上に厄介なことはなかった。正直頭を抱えてしまったのだ。  ところが、ふたを開けるととんでもない事になっていた。  いったい何がどうなっているのか、衛宮くんの女性化は彼の親しい全てのひとが知っていたのだ。それどころか藤村組の手で衛宮くんには新しい戸籍まで準備が勧められていたのだから恐れ入る。既に学校への編入手続きまで完了しているという徹底ぶりだった。  しかもその裏には、綺礼の後釜で赴任した神父まで関わっていたというのだ。  想像してほしい。あの後、朝一番で衛宮邸を訪れた藤村先生はこう言ったのだ。『あーみんな揃ってる?実は士郎の名前のことで相談なんだけど──』  ……正直、目が点になるという言葉はあの瞬間のためにあったんだと思う。 「それにしても……イリヤスフィールのあれには笑ったわよね」  衛宮くんの新しい名前はイリヤスフィールの発案だ。父である衛宮切嗣と衛宮くん本人の名前をかけあわせた新しい名前──    『シロツグ・衛宮』    それが女の子の名前かといいたくなったがなぜか藤村先生が大喜びして賛成。あとから聞いたら日本の宇宙ものアニメの主人公が同じ名前だとか。もちろん男の子。本人はまだ疲労で寝てたこともありそのままさっくり決定。  ──衛宮くん、ちょっと哀れかも。  柳洞寺の階段にさしかかった。  柳洞寺は被害が大きすぎたので現在、一般人は入れない。わたしは周囲を確認してから柵を乗り越え、階段を登っていく。まぁ見つかったらその時のこと。  話を戻そう。  皆が衛宮くんを認識していた事だけど、納得のいく説明がひとつだけできた。早い話、それは衛宮くんに融合した少女の能力ということだ。 『星辰の巫女』。  衛宮くんがいうには、彼女の名前は正しくは『星の夢をみる巫女』なのだという。ひとの身でガイアと語る、ただそれだけの能力に特化した存在。  だけど、ひとの器でガイアと語るなんてどう考えても無理がある。岩とテレパシーで話すに等しい。異質すぎて会話が成立するとは思えない。  だから、巫女は夢をみるのだという。  星の夢に抱かれて現実と非現実の境界をさまよう娘。それが星辰の巫女というやつの真の姿なのだそうだ。  それはさながら、風を渡るように。星屑の海で歌うように。  それはひどく美しく、ひどくロマンティックで……そしてきっと、悲しい姿。  巫女の夢は周囲にも伝播する。啓示や夢というカタチで。彼女の持つ『吸収と放出』の力に乗って。  わたしは当人を結局見てないんだけど、ギルガメッシュという古代の英雄王が前世だか来世だかの夢を見たのもそのせいじゃないかという。本来ならばありえない、魂も何もかも変わり果てた過去か未来の当人の姿を見せたのではないかというのだ。  まったくもって非現実な話だ。  でも確かに、そう考えると納得できる。柳洞君や藤村先生、果ては桜までもが衛宮くんの今を理解し、普通に受け入れてしまったのもきっとそういう事なのに違いない。  それは、なんという凄まじい力なのか。  男の子が女の子に変身する、なんて異常事態をまるで日常のひとコマのように普通に納得させてしまう。それがどれほどの異能なのか。  それ自体、ほとんど魔法の領域ではないのか。  それは、ウルト○マンもどきと物凄い戦闘をする事なんかよりもはるかに強力で、そして危険すぎる能力なのではないか。    そして、もしかしたら。  彼女の星が滅ぼされた本当の理由は、そのあたりにあるんじゃないだろうか。  ──だって。  理解できない者にとって、これほど不気味でおそろしい力もないだろうから。        山門を潜り境内を抜け、池のある方に出た。  と、きつい緑の香りに一瞬むせた。 「……え?」  顔をあげた瞬間、わたしは自分の目を疑った。  あの戦闘で荒れ果てたはずの山が復活していた。以前とは違うけど美しく巨大な原生林が戻り、数々の野鳥が鳴きながら飛んでいた。池は澄みきった美しさを取り戻し、おそらくその静謐な水面の下には、魚たちが日々の暮らしを謳歌しているに違いない。  ────信じられない。  月並だけど、それしか思い浮かばなかった。 「あら、リンきたの」 「こんにちはリン」 「う、うん」  傍らでバスケットを広げているイリヤスフィールとセイバーに、呆然としたまま返事を返す。  わたしの意識は、池の向こうにいる少女に完全に奪われていたから。    |少女《えみやくん》は、そこにたたずんでいた。    異星のものだろう美しい民族衣装。杖を立て、そこに額を預けていた。目を閉じたまま何かをつぶやくと、そこから弱く、しかし確かな魔力がゆっくりとひろがり、そして森中にゆっくりと伝播していくのがわかった。  彼女は今、星の夢を見ている。 「きれいな力だよね」  ぽつり、とイリヤスフィールがつぶやいた。 「魔道を突き詰めたひとつの終着点、ということでしょうか。  もちろん地球の魔術と彼女の星のものは違うのでしょうが、確かにこれもひとつの答えなのかもしれませんね」  優しげな顔でセイバーが言う。 「ですが」  あれ?セイバーはまだ言葉があるようだ。 「そろそろ止めてきます。放っておくはあれは、食事も忘れて夢を見つづけるようですから」 「あら」  すっくと立ち上がり、すたすたと歩いていってしまった。 「……セイバーはあまり気に入らないようね」  おなかすいたのかしら。そう思うとちょっと笑える。 「んー、わたしもどっちかというと気に入らないかな」 「あら、|イリヤスフィール《あなた》もそう思うの?」  イリヤでいいわ、とイリヤはつぶやいた。 「あれやってるとシロウがシロウじゃないみたいだから。  シロウはね、ばかみたいにパタパタ走り回ってる方がいいわ。その方が可愛いし」 「あはは、本人聞いたら怒るわよ?まだ『俺は男だ!』ってよく吠えてるんだから」  いやまあ、面白がってスク水着せたりするまわりの人間が悪いんだけど。元男の子にそれはきついわよねえきっと。  彼女人気もあるし、いいおもちゃなのよねみんなの。  ──でもまぁ、イリヤスフィールの真意はそこにはないんだろうけど。 「……衛宮くんを|アーチャー《あいつ》みたいにはしたくない?」  わかっているだろうイリヤスフィールに、横目で問いかけてみる。  するとイリヤスフィールは、 「もちろん。|姉《わたし》と|アーサー王《セイバー》の二人がかりよ。そんな事させてやるもんですか」  そう、魔術師の笑みを浮かべてきっぱりと言った。 「さて、今度はセーラーかなやっぱり。うちの制服じゃそれっぽくならないしヒラヒラないし。ライガに頼んで買ってもらおうっと」 「あんたが黒幕か」  かわいそうに衛宮くん。変身マニアのヒーローマニアがここにひとり。 「そういやイリヤ、今まで衛宮くんにどんな格好させたわけ?」 「んー、変身ヒロインものは大概やってみたよ?ナー○エンジェルとかネコミミ吸血鬼とか。メイド服でロケットパンチとか。ゴスロリで巨大ロボット呼ぶのもやったかな?アイゲイシャってのもちょっと面白かったけど」  まて、それはどこのマイナーヒロインよ一体。 「あと、セイバーもいろいろさせてるみたい。あっちはベッドの上の話だからわたしは関知してないけどね。拘束具とか押し入れに随分増えたし」 「そんな物騒なもの、どこから入手してるのかしら?」 「さあ?意外とサクラあたりが出どころかもね。ゾウケンが一枚噛んでるって話もあるし」 「え」  ひょんなところでマキリの妖怪の名前が。 「それ、どういうこと?」 「ん、ここで話すのはちょっとね。今晩でも話すわ」 「わかったわ」  セイバーに手をひかれ戻ってくる衛宮くんを見つつ、わたしたちはそんな会話をしていた。       「あーしまった。そういや一成に頼まれてたんだ」  サンドイッチをもくもくやりながら、あちゃあという顔をする衛宮くん。 「いいけど衛宮くん、あぐらかくのやめなさい。見えるわよ」 「!!」  あわてて横膝に切替える衛宮くん。なんかおかしくて笑ってしまう。  民族衣装っていえば聞こえはいいけど、普通のぱんつとか履いてないのよね当然だけど。和服だって洋式の下着は当然つけない。 「で、森の方はだいたい復元できたの?」 「復元っていうか緑の再生だけど……なんとかね。まさかこんなとこで|緑の呪文《ル・ファール》を使う事になるなんて」 「……」  魔術の話をはじめると、衛宮くんの瞳は色がくるくると変わる。  衛宮くんの話によると、ふたりは融合というより吸収なんだそうだ。衛宮くんが『彼女』を内包したというのが実際のところで、だからこうして話しているのも変容こそしているものの、やっぱりそれは衛宮くんなんだという。  だけど、魔術に関する側面が覗くとそれは変わる。  やっぱり、星ひとつをかけて宇宙を駆けた巫女ということなんだろう。そのあたりは。 「ま、ここが直ってしまえば当分はその魔術も使う必要ないでしょ。あんまり目立つと協会あたりに嗅ぎ付けられる可能性が高いし、つまらない真似はしないことね。  あんまり馬鹿やってると、ここのセカンドオーナーとしてわたしも動かないわけにはいかなくなるんだから」 「ん、わかってる」  穏やかに笑う衛宮くん。 「シロウ、口にケチャップが」 「ん、ああありがと」  そんな衛宮くんをかいがいしく世話しているセイバー。 「……」  ……まぁ、しかたないよね。  誰にもいわず、言えなかったつぶやき。  それはわたしの胸の中から結局、出ることはなかった。        皆で家路につく。  衛宮くんの魔術についてはまだいろいろある。それにイリヤスフィールの体調も見なくちゃならないわけで、わたしは定期的に衛宮くんちに泊めてもらってる。そして今日はその日だった。 「そういえば、よくわからない事があるんだけど」 「ん?」  セイバーに子供のように手をひかれている衛宮くんが、わたしの方を見た。 「戦いの前に聞こえた声、アーチャーに似てたってほんと?」 「ん?ああ」  衛宮くんは静かに答えた。 「あいつの声がどうして聞こえたのかはわからない。だけどそう思う。  あいつはあいつなりに心配してくれてたのかもしれない。どうにもきにいらない奴だったけど、悪い奴じゃなかったと思うんだ」 「……」 「……」  セイバーとイリヤスフィールが黙ってしまった。  そう。彼らは知ってる。知ってるけど言えない。  衛宮くんはそんなふたりに気づいているんだろうか? 「もしかしたらさ」 「え?」 「もしかしたら……あいつは俺だったのかな、なんて思ったりもするんだ」 「!!」  わたしたちは、衛宮くんの可愛い顔をまじまじと見ていた。 「……どうしてそう思うのかしら?」 「だって、あいつはセイバーの事も俺の事も詳しかったし……まぁいろいろあるんだけど、でも一番大きかったのは」  ふう、とためいきをついた。 「……あいつの目が言ってた気がするんだ。『おまえは俺のようになるな』って」 「…………そ」  涙が出そうになった。  変わり果ててしまった衛宮くん。もう以前の彼が想像できないくらい、様変りしたそのありよう。    でも、やっぱり衛宮くんなんだ。  アーチャーの願いはちゃんと届いて、受け入れられてたんだ。    ……よし。 「さて、じゃあ衛宮くん。今夜はわたしが作ってあげる」 「遠坂?」 「あはは、いいのいいの。そういう気分なんだから」  ふたりに負けちゃいられない。暗躍してるっぽい桜にも。      その日わたしは、生涯最高の中華料理を作り上げたのだった。       (おわり) [#改ページ] 独自設定の補足(随時更新)[#「 独自設定の補足(随時更新)」は中見出し] 『星辰の杖(星と共に夢をみる巫女のための杖)』  異星の魔道文明の遺産にして「星と語りその夢をみる」ための究極の礼装。魔道のみで星まで届いた文明の「究極の一」。  それは「テラ・フォーミング」のためのもの。星とリンクしてその力を借り、死の星を緑の星にすら変えてしまう究極の品である。  破壊に用いれば星をも砕く究極の魔道兵器ともなるが、それは本来の使いかたではない。巫女が扱うように作られている事からいっても、それは「創造」のためのものなのは明白である。  いわゆる限定礼装ではなく汎用性が究めて高いが、それゆえにひとの魔力では能力を発揮できない。電源のように魔力源を必要とする。   『風渡る巫女(星辰の巫女)』  魔道世界における巫女職は日本のそれよりはるかに特殊である。  なぜなら、神事における魔術は古すぎ、特殊すぎて一般人はほとんど使えないからだ。それゆえに巫女職は潰しがきかず、時代によってはひどい差別の元にもなっていた。  それを一変させたのは、彼らの文明が星にまで届いた時だった。  魔道のみでテラ・フォーミングすら可能にする究極の魔具『星辰の杖』が開発されたわけだが、これを扱えるのは「吸収」「放出」の魔術を扱う者だけだった。このふたつの魔術は|祀具《さいぐ》やお守りに魔力を込めるために巫女はあたりまえに使うものだが、常人にとってその魔術はたとえば電池への充電レベルのものであり、それでは星辰の杖を扱う事はできなかった。  星そのものと力をやりとりしその夢を見る──これはもう完全な神事そのものであり、専門的にこれらを扱う巫女職が必要とされたのである。  衛宮士郎と同化した『彼女』はそうした巫女のひとりだった。  彼女は日常の魔術がほとんど使えない。それは魔道世界にとっては手なし足なしのうえ盲目に近い悲惨な状況だったが、そのかわりに誰よりも星辰の杖とのやりとりに優れた才能を持っていたのである。  いわばそれは、星が引き合わせた運命とも言えるのかもしれない。   『|光の者《ゲノイア》』  どこぞのM78 星人と誤解されそうだが違います。よく似た別のものということで。イリヤスフィールたちが危険な発言してますが気にしないでください。  「正義の味方」にどこまでも特化した生命体。もともとは超能力者集団だったが、あちこちで用心棒のような仕事をしているうちに種族間でその経験を共有、長い年月の間に超人化ともいうべき特異な進化を遂げた。  なお、彼らは宇宙法廷だのと言っているがそれは某アメリカ合衆国の主張と同義と考えてください。つまり彼らが勝手に「世界」とか「常識」とか言っているだけで現実にそうだというわけではないんです。  余談ですが、彼らの身長の単位にメルテというものを当初使っていました。これは『風の谷のナウシカ』で使われていたエフタル人の単位であり、1メルテは約2mにあたります。   『|緑の呪文《ル・ファール》』  正しくは魔術ではなく、星辰の巫女の神事の名である。  惑星キマルケは自然環境があまりよくない。それは過去の文明による自然破壊のためなのだが、緑化の維持や大気の流動制御にこの神事は行われていた。もともとは試作品の杖のテストのためだったが、環境美化に役立つ事が証明されたのでひきつづき行われていたという経緯がある。  プロローグにおいて、星辰の大神殿で|緑の呪文《ル・ファール》が使われていたのはそのためである。 (こういう経緯で行われる行政というのは珍しいものではない。たとえば日本でも、東京水道局で古い水道管探しにダウジングを使っていたという実例が存在する。1980年代の話だ)  なお、|緑の呪文《ル・ファール》と訳されるが正確には『大地の夢』がニュアンスとしては近い。キマルケでは「大地」も「緑」も「ル」であり区別がないのだから。  緊縛呪文の一種に『|大地の縛り《ル・ノーア》』というものがあるのもそのためである。対象物の生命力をガイアに吸わせるものなわけで「緑」に吸わせるのはおかしい。だから「ル」を大地と訳すのである。   『|星光霧散撃《STARLIGHT DESTROYER》』  「スターライト・デストロイア」と読む。エクスカリバーのそれに似た暗黒の破壊光で相手を貫く。『|貫け《テラン》』の最上級呪法を衛宮士郎のわかる言葉に翻訳したもの。本来の意味は「星の光を駆逐する者」。名前通り、本来の力で駆動すれば星すら貫く究極の破壊撃である。  が、本当にそこまでできるかどうかは定かではない。少なくとも彼女にはそこまではできない。星とリンクして最強の力を振るったとて戦艦をぶち抜ける程度。それでも十分すぎる力ではあるが。  これの他にもいくつか翻訳されたものが途中で登場するが、これは魔術の起動手順に由来する。巫女としての活動中は衛宮士郎本来の魔術回路は遊んでいるのだが、衛宮士郎に由来する言葉を使う事によりこの「遊んでいる魔術回路」を利用できるのである。