スパムメール はちくん 涼宮ハルヒの憂鬱、ある日のSOS団の情景 「だぁぁぁ、もうイライラするっ!」  部室でパソコンに向かっていたハルヒが突然、クリスマスに締められる七面鳥のような絶叫をあげたのはとある暑い日のことだった。  暑いといっても窓からは涼風が入ってくるわけで、それなりに心地よい時間でもある。いつものようにニコニコと楽しくメイド姿でお茶くみしていた朝比奈さんや何やらパソコンに向かい考えごとをしていた古泉、そして魔法書みたいな分厚い外国語の本を読み耽っていた長門までもがぴくっと反応した。  なんだ?何があった? 「どうした」 「どうしたも何も!なんなのよこの変なメールの山はぁっ!」 「スパムメールか」  そうよ、とハルヒは鬱陶しげに眉を寄せた。  ははぁ。考えてみたらわがSOS団のホームページにはメールアドレスが常に掲載されている。というか、わけのわからない団の趣旨とトレードマーク、そしてメールアドレスしかないページなわけで、それを業者の収集マシンが拾っていったか、あるいはトロイ型のウイルスの仕込みにサイトを見たことのある誰かのパソコンがひっかかったのか。  いつかは来ると思っていたが、そうか。来はじめたのか。 「見せてみろ」  そう言ってみるとハルヒは「いい、自分でみる」と珍しく殊勝なことを言う。どうしてだろうとためしに聞いてみたんだが、 「キョンに任せると、面白そうなメール見つけても知らんぷりしそうだから」 「なんだよ。俺が貴重な依頼を無視するっていうのか」  正式な団への依頼メールなんてみつけて、俺がそれを放置するとでもいうのか。  そう俺が聞いたらハルヒは眉をひそめて、 「そうかしら。みくるちゃんや有希目当てのメールなんてみつけたらあんたどうする?」  そんなことを言い出しやがった。 「それはそもそも依頼じゃないだろ」  俺は即座にそう切り返したのだけど、ハルヒはもちろん聞く耳持たない。 「そうだけど、うちの団員を誘惑するような輩は徹底的に調べとかなくちゃダメでしょ。場合によっちゃガツンと言っておかなくちゃいけないこともあるかもしれないし」  なるほど、確かに俺が見たら隠しそうだ。たぶんハルヒの懸念とは別の意味でだが。  そんなおいしそうなネタ、間違ってもハルヒに見せるわけにはいかないぞ。「うちの子たちに何コナかけてんのよあんたねえ!」なんて大喜びで突撃でもかました日にゃ何が起きるかわからない。  だから俺は説得を試みることにした。 「わかったわかった。とにかく俺にも見させろ。いかにも業者って奴だけでも先に捨ててやるから」 「ずいぶんこだわるのね。まさかあんた宛てのがあるんじゃないでしょうね」  自分でいうのもなんだが、そんな奇特な奴はいないと思うぞ。  ハルヒは随分とごねていたが、「まぁいいわ、ごまかしたら承知しないからね」なんて言いつつ最後には席を譲ってくれた。  どれどれ。見てみるとするか。    見てみると、なるほどそれは変なメールの山だった。  スパムメールといっても色々ある。単に商売のお誘いのようなのは最近ではむしろ古典系で、近頃は如何にして相手の反応を誘うかに露骨なまでに特化したものが多い。独身者を狙って「このままでは生涯ひとりですよ」と攻め込んでみたり、夫婦者を狙って浮気を煽ってみたりと相手の心の隙間を狙ってくる。関係ない人間には「はい?」で終わりそうな内容のこともあるが、適合する要素のある人間にはきつい内容になっているものも少なくない。そういうメールで相手の反応を誘い、送り先リストの参考にしたり途中からオペレータ応対に切替えて詐欺を働いたりと色々なんだという。  俺は自分のアドレス公開してないしネット上でやりとりもしてない。だからこういうのははじめてだが……ちょっと凄いな。 「ほんっと、わけわかんないメールばっかねえ。こんなの誰が見るのかしら」  俺の横に立ち呆れたようにそのメールたちをハルヒは見ている。 「まぁ、十万人に出せば五百人くらいは見るんじゃないか?うまくすると五十人くらいは返事したりしちまうかも」 「二千人にひとり?どんぶり勘定としても随分と分が悪いわね。元がとれるのかしら?」 「さぁね」  実をいうと、コストなんていくらもかかってないんだよなこれ。  だいたいメール業者からすれば、千人にひとりもひっかかったらホクホクものなんだよな。百万件出して五人騙せてそれぞれから五万円とれたとして、送信が五万ですんだとしても利益は二十万だろ。あとはコストとの戦いでしかないわけだが、送信ツール自体は素人でも作れるそうだし、あとはいかに大量に安く確実に送り届けるか。こういうのの腕の見せ所はそこにあるんだと昔どこかで聞いたことがある。  とはいえ、そんなことにここで言及してハルヒに興味もたれても困る。俺は適当に流すことにした。 「まぁ、こういうのは『いかに返事をさせるか』だな。返事するだけでも「このアドレスは使われてます」ってわかっちゃうだろ。それが狙いなのさ」 「ふうん」  興味なさそうにハルヒは答えて、そしてまじまじとメールのひとつを見た。  で、なぜか「ん?」と眉をひそめた。 「キョン、ちょっとそのメール開いて」  『もしもし、これ見てますか?』と書かれたメールを指さした。 「開くのか?」 「文章見るだけなら問題ないんでしょ?画像出したり何かクリックしなきゃ」  確かにその通りだ。環境によってはそれじゃ甘すぎるが、このパソコンはコンピ研の部長が親切にも対策してくれているからな。その程度なら問題ないはずだ。 「まぁな。じゃ、開くぞ」 「うん」  俺たちは顔を寄せあい、そのメールを開いてみた。   『愛の秘薬の御案内です。  なかなか煮えきらない彼氏をもつ貴女に、男性専用の秘薬をご案内します。  この薬をこっそり彼氏に飲ませてアタックしてみませんか。彼氏はもう貴女にメロメロ、うまくすれば逆玉ゲット!熱い愛欲の夜を貴女に……』    全部見終る前に速攻でメールを閉じた。 「ちょっとキョン、どうして閉じるのよ」 「いや、どう見てもスパムメールだし」  こんな怪しさ全開のメールなんか見ても意味ないだろ。 「いいから見せなさいよ。判断は私がするんだから」 「意味ないって。ていうかどうしてそう読む気まんまんなんだ?」  そうハルヒに返そうとした俺だったが、ふと周囲の視線に気づいた。 「……あの、キョン君」 「……」  いつのまにか朝比奈さんや長門まで俺たちの背後に立っていた。朝比奈さんはともかく長門までもがいるってのはどういうわけだ?それも「そこどいて、見せなさい」と言いたげな顔で。  朝比奈さんのうるうる顔と、長門の静謐そのものの瞳に俺は負けた。ためいきをひとつついて、俺は三人に席を譲った。  俺は古泉ともども、そのまま部室の外に追い出された。    その後、二週間ほどの事はとりあえずノーコメントとしたい。いや、頼むさせてくれお願いだから! 「いいじゃないですか。三人もの女性に求められるとは」  当事者じゃないからそんな事言えるんだ。勘弁してくれ。  まぁ細部の描写はやめておくが、とりあえず皆の想像通りの事態が起きた。ハルヒと朝比奈さんに数日後突然拉致されて怪しげな薬や、やけにお茶を勧められたり、なぜだか長門が階段の踊り場を見つめる猫みたいな顔でずーっと見つめつづけたり、よくわからない、いやとてもわかりやすい事態が延々と続いたんだ。  おかげさまで俺はさんざんだった。長門朝比奈両名のファンクラブにはフクロにされそうになるわ、谷口たちにはさっさとハルヒとデキちまわないからだとワケの分からない事をしみじみと言われるわ、先生までもが俺とハルヒをワンセットで扱おうとするわ、闇夜にシャミセンが鳴くわ、電話料金があがるわ炊飯器に米がこびりつくわ……はぁ、まったくやれやれだ。  まぁ結局、俺が「いいかげんにしろ」と真面目に怒ったところでじわじわと引いていったんだが。 「よかったじゃないですか、美しい女性三人に追い回されるなんて男冥利に尽きるとは思いませんか?」 「ほう?だったらおまえ代わるか?」  そう言うと古泉は爽やかなほどの苦笑いを浮かべると、 「それも楽しいかもしれませんが、僕には百パーセントありえないですから」  ちょっとまて。妙な太鼓判を押すんじゃない。  とまぁ、古泉とそんな会話をしている時なんだが、俺は妙な事に気づいた。  考えてみれば今回、古泉はまるで部外者のようだった。まぁどういうわけかターゲットが俺固定だったのはハルヒの判断なんだろうが、それにしてもここまで純粋に蚊帳の外っていうのも珍しいんじゃないか? 「そういえば古泉」 「は?」  ふと思い出した事を俺はつぶやいた。 「お前あの時、パソコンに向かって何を見ていたんだ?」  そう言うと古泉はなぜか、暴かれる事を前提に仕掛けた遊びを玄徳が見事に見抜いてくれて喜ぶ孔明のような笑顔でにっこり笑うと、そのままニコニコと歩き去っていったのだった……。  なんなんだいったい orz   (おわり)