霊剣VS聖剣! hachikun クロスワールド、Fate&とらハ2 「Fate」と「とらハ2」のクロス。 [#改ページ] プロローグ[#「 プロローグ」は中見出し]  その女性が冬木の町を訪れたのは、ある噂のためだった。  冬木の町に強い霊気あり。そのなかにひとり、ひとの姿をし歩き回る強大な霊体が存在する。並みの術者ではおそらく相手にもならない。裏世界ではそんな事が囁かれていたのだ。  そして、彼女は戦いに訪れた。ひと振りの長剣を伴って。 [#改ページ] 神咲の剣士[#「 神咲の剣士」は中見出し] 「…あれやね」  物陰に隠れたひとりの女。黒髪もしなやかな時代外れの|戦装束《いくさしょうぞく》。さらに日本刀と思われる剣をも帯びていた。  彼女の目の前には西洋人らしい美しい少女と日本人らしい青年。コンビニ袋を抱え、楽しそうに世間話なぞしながら歩いていた。  だが、少女を見る彼女の目は厳しい。 「…なんて強烈な霊気」  彼女…神咲薫は、めまいがするほどの強烈なそれに口唇を噛んだ。 『薫』 「なんね、十六夜」  腰に帯びた長剣から薫の頭に声が響いた。焦りぎみの声だった。 『あれは霊なんてものではありませんよ薫。もはや精霊、いや下手をすると神霊の領域です。私たちではどうしようもない』 「十六夜もそう思うね。うちも同意見じゃ。あれはただごとやない。あれを斬ろう思たら霊山まるごとブッた斬るほどの霊力がいる。ひとにはそげな事できん」  ぎり、と薫の歯が音をたてた。 『ひと個人ではどうにもならない…薫。退魔組織の応援を呼ぶべきでは』 「…まぁ焦らんね十六夜。別に殺し昇華するだけが退魔やない」  薫の目は、金髪の少女に注がれていた。 「…あの動き。剣士か。  見たところ邪悪な感じもない。いやむしろ神々しい。うちも見るのははじめてじゃが…|戦神《いくさがみ》がひとの姿をしていたとすれば、ああしたものになるかもしれん」  そして、うっとりと目を細めた。 『……』  剣は何か思うところがあったのか、それきり黙ってしまった。 「機嫌を損ねたら最後、うちなんぞ瞬殺かもしれんな」  薫は殺那、苦笑した。  そうしてゆっくりと、ふたりの後ろをつけはじめた。 [#改ページ] 遭遇[#「 遭遇」は中見出し]  その微妙な風の動きに、セイバーは気づいた。 「シロウ」 「どうした?セイバー」  衛宮士郎も気づいた。|相棒《セイバー》の雰囲気が急に変わったことに。  それは、ここしばらく見ていないものだった。あの聖杯戦争に遠坂凛と三人で生き残り、今はただ剣と魔術の講義を受けつつ過ごす毎日だったから。それは士郎にとり適度な緊張感のある充実した毎日であったし、セイバーに至っては「生涯ありえなかったことです」と言わしめたほどの平安の日々でもあった。  なのに今、セイバーはあの頃の表情を取り戻していた。 「…」  だが一瞬の後、士郎も気づいた。背後の闇に目を向ける。  それは、戦意。  敵意でも殺意でもない…しかし戦いを欲する好戦的な意志。 「…誰だ」 「…」  夜闇の中より、豹のように現れたひとりの女。  和風の戦装束。腰まで伸びた美しい黒髪。右手に光る古風な日本刀。  その姿は、女性であるという問題を除けば時代劇から抜け出してきた中世日本の剣士。その身ごなしからセイバーのみならず士郎もまた、一騎打ちを望む剣客の緊張感を感じ取っていた。 「夜分に失礼します」  女は、静かに小さく会釈をした。 「自分は神咲一灯流退魔道の剣士、神咲薫と言います。この地に強烈な霊気を感じたとの通報により馳せ参じました。  御身は剣士の霊、もしくは精霊神霊の類とお見受けした。願わくば御名、そしてこの地におわすご事情なりとお聞かせ願いたい」 「…」  セイバーの目線がきつくなった。相手が何者かをじっと考えているようだ。 「…退魔道と言いましたね、剣士よ」 「はい」  薫の物腰は丁寧なものだった。しかし、戦意が見え隠れしているのは本人にも隠しようがないようだった。  対するセイバーは、少しだけ緊張を解いた。相手の危険度を評価したようだ。 「名乗られたからには名乗らないわけには参りませんね。  私は剣士のサーヴァント、セイバー。とある召喚の技により肉の身をもつ英霊として固定されていますが、本来は龍と精霊の加護をうけブリテンの王を名乗りその大地を守り戦った者。真名をアルトリア、またはアーサー・ペンドラゴンと申します。この地ではセイバーとして名乗っていますのでセイバーと呼んでいただければ幸いです」  そうして、簡単ではあるがきっちりと真名まで込めて一礼をした。 「…なに?」  薫の顔が歪む。 「何をバカな。アーサー王の伝説ならうちも知っとる。御身は|女性《にょしょう》では」 『お待ちなさい薫』  その時、薫の右手の剣が声を発した。「ほう?」と不思議そうな顔をするセイバー。 『アーサー王の伝説は私も存じております。なんでも聖なる剣の加護を受けた王は歳をとるという事がなく、少女じみた見目麗しい少年王の姿であったとか』 「!……本当か十六夜?」 『ええ。加えてこの「神気」。こうして向かい合ってみればよくわかります。  彼女の気には神獣か龍か、まぎれもなくヒト以外の|高貴なる幻想《ノウブル・ファンタズム》が混じっています。その意味でも彼女は明らかにただの戦士や騎士ではない。伝説に生きる英雄…いえ、英霊でしょうか。そういう類のものだと思います』 「…」  呆然とする薫。そして、まじまじとセイバーの顔をみた。  そしてセイバーは、うむ、と小さく頷いた。 「その剣は魔剣もしくは霊剣の類のようですね。その通りです剣士カオル。  我が身は確かに女。なれどこの真名はまぎれもなく本物です。なにより私は騎士、真名を偽るような事は誇りにかけて断じてしない」  それは確かにその通りだった。  サーヴァントとして召喚されたセイバーにとり、召喚者以外に自ら真名を明かすなど正気の沙汰ではない。しかし相手がきちんと名乗りをあげたのだから、セイバーも礼を失さぬようきちんと返した。それはセイバーにとり騎士のならいとルール違反の二律背反であり、薫はこの時点で破格の待遇を受けているとも言える。  もちろん薫はそうした事情は知らない。しかし剣の言葉とセイバーの態度に、何かしら思うところはあったようだ。 「……こ、これは失礼しました。よもや騎士殿を疑うなど。ご容赦願いたい」  ましてや伝説のアーサー王が女性であるなど、という言葉を薫は言外に押し込めた。  女だてらに剣士。その事は他ならぬ薫自身もさんざん言われ続けた事だ。ましてや中世以前とあれば、性別を偽っていた事くらい別に不思議でもなんでもないだろう。  つい先日、アーサー王の映画を未来の夫と見に行った薫としては複雑な心境だったのだが…。  そうして、深く一礼をした。 「ではセイバー殿。伝説の騎士王の|御霊《みたま》すらこの地に留まらせるほどの召喚の技が現世にあるなど私もはじめて聞きます。それは一体?そして貴殿がこの地に留まる理由も伺いたい」 「…それについては私にも答えられない。事件は解決したものの、何より私自身にもこの事件自体の全貌はよくわかっていないのですから。  ですが剣士カオル。私は退魔の者に追われるような邪霊や死者亡者の類ではない。そして私には目的がある。ここにいるシロウと私のマスターである者、ふたりの行く末を見つめるために。そしてシロウを通して、私自身の事についてある事を学ぶために。  退魔の剣士カオル。これでどうですか?答えられる事柄については全て答えたつもりですが」 「…」  薫はじっと考えていた。そしてセイバーに向き直る。 「仰る事は理解できました。調査は必要ですがそれはうちの範疇じゃなかですし、我ら退魔の者が|出張《でば》るような事もなかとです。  けど」 「…」  セイバーの目が少し細くなる。相手の気が変化した事に気づいたようだ。 「よもや御身が伝説のアーサー王とは。我が身も剣士のはしくれ、とてもじゃないが聞き捨てならん事です。もはやこの猛る血が抑えられん。是が非にもお手合わせ願いたい」  今度は、少し嬉しそうな顔になるセイバー。 「いいでしょう」  ほとんど即答だった。まるで「そう言うと思った」とばかりに。 「お、おいセイバー」  まさかの展開に、今まで黙っていた傍らの士郎がセイバーに声をかけるが、 「大丈夫ですシロウ。彼女は殺し合いでなく試合を望んでいる、それはわかります。私も騎士のはしくれではありますから」 「いや、おまえが端くれなら世界中の騎士は全部はしくれだと思うぞ|ブリテンの騎士王《セイバー》様」  もっともな意見だった。  セイバーは|士郎《あいぼう》の突っこみにクスッと笑うと話を続ける。 「確かに彼女は生身の人間。その分は弁えておりますし無茶はしないと約束します…それよりシロウ、ひと避けの結界は張れますか?」 「結界って…おいまさか!」 「分は弁えると言いましたよシロウ。  しかし彼女も退魔の道にある者、あまり一般に知られるのは望まないでしょう」 「…遠坂に習った簡単な奴ならやれなくはないけど……まぁ道場じゃ藤ねえや桜がいて全力出せないだろうしな。…わかった」        対する薫は、信じられないといった顔をしていた。  まさか全世界にその名を轟かせる伝説の騎士、アーサー王と遭遇する事になるなど。そしてそれが轟く英雄伝に反して愛らしいほどの華奢な女の子である事も。  そして、そんな彼女が自分の申し込んだ辻斬り同然の「試合」をあっさり受理してくれた事も驚きに値した。確かに彼女はそれを望んだが、即刻受理してくれるなんて予想もしなかったのだ。  連れらしい少年が胸にかけていたペンダントを手にした。何か外国語を唱えると、 「…?」 『西洋魔術です。結界を張ったようです』 「…連れも只者じゃない、言う事か。こりゃ本家に言ったら大騒動かもしれんな」  西洋魔術の存在は薫も知っている。それらが武闘派ではないものの一般的な意味でのまともな人間なぞ例外なく存在しないという事も。それは噂に聞く基督教会の「代行者」同様、知識としては理解していた。  だが日本には独自の退魔組織や魔の一族などが存在する。それらと彼ら西洋魔術師たちは折り合いが悪く、日本にも少しいるがそのほとんどは身を隠していると聞いていた。  冷汗が出た。  確かに薫は退魔道の剣士としては屈指だ。しかし陰陽やその他の術を駆使するとなると全くもって苦手。それらは薫にとっては畑違いでもある。薫の莫大な霊力は十六夜や御架月といった霊剣を振るう時のみ発露するものであり、それ以外に彼女自身がそれを使う術は少なくとも現時点ではほとんどない。  しかも、今から対峙するのはまぎれもなくある時代のアルティメイテッドワン、つまり究極の一だった超のつく剣士。そのような者に自分の剣が届くのか。 「…よしいいぞセイバー。準備はできた」 「感謝しますシロウ。  さて剣士カオル。戦いの前にひとつ言わねばならない事があります」 「…なんね」  脳裏の悩みとは別に、既に薫の精神は戦闘状態にチェンジしていた。 「私の剣は平時、風王結界というものに包まれていて視認する事ができません。  これはいわば鞘のようなもの。このまま戦うのは不公平だし貴方には侮辱でしょう。  ですが、この結界を外し本来の姿で貴方と打ち合えば、貴方の剣は間違いなく折れる」  確かに。  彼女がアーサー王ならその剣は音に聞こえたあの聖剣エクスカリバーに違いない。いかに彼女の剣でも、そんな怪物と打ち合えばどうなるかわからない。ただでさえ日本刀と西洋剣ではありようが違いすぎるのだし。  だが、薫は笑った。恋人が見れば戦慄しかねないほどの壮絶な笑みだった。  どうやら完全に、戦士としてのエンジンがかかってしまったらしい。 「心配はいらん。  うちは見えざるものを見、斬れざるものを斬る退魔の剣士。たとえ相手がかのエクスカリバーであろうと、見えぬ道理はない。  それにこの『十六夜』は日本刀であって日本刀にあらざるもの。魔剣妖剣と打ち合ったくらいでおかしくなるようなヤワなものとは違う」 「…」  その言葉に、セイバーは本当に嬉しそうな笑みを浮かべた。 「いい目をしますねカオル。この時代にかような戦士と合いまみえるとは嬉しい限りです。  ですが注意なさいカオル」  そう言うと、淡い光がセイバーを包んだ。 「!」  次の瞬間、セイバーは中世を思わせる蒼い甲冑姿に変わっていた。 「お、おいセイバー」  慌てたように少年が声をかける。だが、 「騎士としての礼儀ですシロウ。彼女に対して完全武装で臨まないのは侮辱というもの」  そうして、風の結界をはらんだ見えない剣を手にとった。 「…なるほど」  対する薫はセイバーの剣を見て、うんうんと頷いている。 『どうですか薫。戦えそうですか?』 「…問題ない。えらく強靭な結界じゃが…強すぎる。うちらにとっては『見てください』って言ってるのと変わらん」 『ふふ、そうですね』  退魔の者は結界や封印の呪法も扱う。薫自身は専門外だが、その結界の強さゆえに視認はしやすかった。  むろん精霊の結界なぞ彼女に解けるわけではないが、この場合それはハンデにはならない。 『しかし…物凄いエネルギーです。油断すると両断どころか蒸発させられかねませんよ薫』 「怖いか?十六夜」 『正直言えば怖いです。ですが今の薫を見て止められるとは思いません』 「…?」  一瞬、不思議そうに十六夜を見つめる薫。いったい十六夜は何が言いたいのかと。 『好きに戦いなさい薫。私は、私自身と貴方を守るために全力を注ぎましょう』 「あ、ああ」  薫にはわからなかった。  しかしそれは無理もない。ずっと薫を見てきた十六夜だけが知る事だったのだそれは。  彼女は本来戦いを嫌う。力も技もあるがその本質は全く剣士に向かないのだ彼女は。あまりにも優しすぎ、あまりにも傷つきやすいのだから。  その薫が、どうしようもなく|猛《たけ》っていた。  アーサー・ペンドラゴン。龍と精霊の加護をうけ、聖剣エクスカリバーを携えた伝説の騎士王。  そんな者と自分が戦える。人々の怨嗟の声もなく純粋に戦いを楽しめる。その事実が薫を震わせていた。楽しくて仕方がないのだ。恋人と楽しい時間を過ごす時とは別の意味での、完全にむきだしの彼女の姿がそこにあった。  彼女を我が子のように愛する十六夜に、その笑みを止める意志はなかった。 [#改ページ] 戦闘[#「 戦闘」は中見出し]  セイバーの身体を現代の武器で傷つける事は不可能である。  彼女の肉体はそれ自体が幻想であり霊体。それを攻撃する方法は通常はありえない。だから、たとえ米軍の全戦闘力を注ぎ込んだとしてもマスターが死なない限りセイバーには傷もつけられない。それはセイバーがサーヴァントである以上どうしようもない事である。  そして剣技で「参った」と言わせるのも不可能。彼女はそこらの剣士に破れるようなナマクラではない。なにせ相手は幻想種最高峰である龍種と精霊の加護を受けているのだ。考えてほしい。たとえ超のつく戦士であっても、自分と斬り合えるほどの技量と素早さを持ち歴戦の駆け引きにも長けた重戦車とどう戦えというのか。刃をぶつけるだけで車にはねられるほどのトラクションを喰らうのだ。そんな化け物と戦うなど無謀を通り越して自殺行為というものであろう。  だがここに例外がある。霊体を攻撃できる概念武装だ。  霊剣十六夜は概念武装ではない。しかし退魔の剣である以上霊体を斬れる。という事は、斬りつけ当たりさえすればセイバーを傷つける事もまた可能なのである。 「!」 「!」  剣と剣のぶつかる激しい金属音。弾かれた薫はたたらをふみかけ、しかしすぐに止まった。 「…大したものです。この私の剣筋を見抜き、あまつさえ受けて踏みとどまるとは」  セイバーの一撃はいわば火力に任せたショットガン。魔力で強引に加速された一撃は、通常の剣士なら一撃で吹き飛ぶか両手がへし折れてもおかしくないものだ。  だが薫は、手加減つきとはいえその一撃を受け止めて見せた。見えざるはずの剣をまるで見えているかのように見切って。 「さすがは伝説の騎士様。こっちは手が痺れそうじゃ」  悪態をつく薫に、セイバーはふふっと優しく笑った。 「とんでもありませんよカオル。  今の一撃は先日の戦いのおり、かのアイルランドの光の御子と打ち合った時のそれに匹敵する。それを貴方はひとの身で、なんの術的強化もなく受けて見せたのです。  なんという素晴しい腕前。まさかこれほどの剣士とは。本当に嬉しいです」 (アイルランドの光の御子…?)  薫はこれがクー・フーリンである事を知らない。彼女は神話伝承にはあまり詳しい方ではないからだ。  だが、どうやら神話級の相手に匹敵すると褒められた事は彼女にもわかった。  薫は笑った。手加減は見え見えなのだが、相手はこちらを馬鹿にしているどころかむしろ驚いているようだ。  ならばその見え見えの手加減、崩してやろうではないか! 「…まだまだ小手調べじゃ。もとより敵うとは思うとらんが」 「やる気なのでしょう?ええ、いくらでもおつきあいしますよ」 「あぁ!…十六夜、霊力をできる限り防御に」 『わかりました』  斬り合いが再開された。  神咲薫の剣は、手数より一撃必殺を重んじるもの。速度の上では遅く見えるが隙はなく、その一撃は喰らうと女の身とは思えないほどのとんでもない破壊力を秘めている。十六夜の力もあり、なまじっかな魔やなんかでは彼女の斬撃に耐えられるものではない。  対するセイバーの剣はとにかく速い。普通なら一発一発の威力は落ちるはずだが元々の技量も桁外れだったのだろう。薫以上の破壊力の攻撃をその速度で続々と繰り出すのだ。一撃受けるだけで薫の肉体にはかなりの負荷がかかる。咄嗟に受け流し力を逃しているにも関わらず、薫の方が一方的に消耗させられていく。  まさに次元違い。ひとの身で勝てる相手ではない。そんな事は不可能だ。  だがこれは試合だ。殺すなど不可能でも一本奪うくらいなら不可能ではないと薫は計算していた。長く退魔に関わり、自分以上の敵とも何度かぶつかってきた薫はそれを経験から感じていた。  |相手《セイバー》ももとよりそのつもりだろう。       「せいっ!」 「はぁっ!」  もはや剣技の炸裂は余人の目にあまる速度になりつつあった。  実際には、セイバーがじりじりと速度と力をあげ薫がそれに追いすがるという形だった。そう書くと薫がセイバーに遊ばれているかのようだが実のところそれは違う。薫がみるみるスピードに慣れそれに対応してくるので、攻撃方法を徐々に変えざるをえないのだ。 「…凄い」  少年…衛宮士郎は、ふたりの剣撃を魔術使いの目でじっと見ていた。  薫の剣はセイバーとは違う。自分と違って才能はあるが、その本質自体は鍛えられた人間のもの。つまるところ、アーチャーのような境地に到達する途上にあるものだった。剣だって普通のものではないが、かといって宝具にあたるようなものではない。強いて言えばアーチャーの双剣に近いものとも言えるかもしれない。剣自体に戦うための能力が備わっているわけだ。  しかし、そのレベルの剣でセイバーとやりあってしまえるのだ彼女は。士郎のようにアーチャーの技術まで投影しているのでもなく、純粋におのが剣のみで!  ざし、と音がした。ふたりの戦いは道路を外れ、隣の工事中の空き地に移りかけていた。 「…みるみる腕をあげて来ますねカオル。全く底が知れない」 「それはこっちの科白じゃ。敵わんとは思うとったけどこれほどとは…かつてヒトだった者とは到底思えん」  楽しそうだった。  セイバーはともかく薫は相当に消耗し尽くしていた。びっしりと汗を浮かべている。  にも関わらず口許は笑っている。まだいけるとその瞳が言っている。 「とはいえ、さすがにもう限界でしょう。とりあえず休息を入れませんかカオル?」 「…ああ。けど」  そう言うと、ゆっくりと薫は下段の構えをとった。 「…」  西洋剣に比べて日本刀の剣技はかなり異質だ。人体の破壊に特化した特殊な剣だからこその事だが…その構えはセイバーの知識にはあまりないもの。強いて言えばあの、|佐々木小次郎《アサシン》のそれを思わせるものだった。  まるで、これから未知の攻撃をかけるぞと宣言するかのように。 「ここで休憩をとったらもう朝がくる。だから、そこでは使えない技を使わせてもらう」 「…退魔の技ですか。いいでしょう。受けて立ちます」  薫の周囲で霊力…セイバーの言うところの魔力が大きく脹れあがった。 「|神気発勝《しんきはっしょう》…」  十六夜の刀身が、炎のような光をまとった。 「火と風…」  セイバーは今度こそ、本気で驚いた顔をした。  薫は魔術師ではない。確かに大きな魔力を秘めているが凛たちと違い、それを自由に発露する術を持たない。何より魔術回路もそう多くはない。士郎よりは確かに多いといった程度だ。おそらくは魔力を直接扱う技術もない。  なのにそれが、手にある霊剣にほとばしり常人の目に見えるほどの確かな炎となった。さらにその炎は風すらまとい、第二の刀身として破壊力の牙を研ぎ始める。 「これは…」  衛宮士郎には、それはさらにはっきりとした魔力の迸りに見えていた。  それは、技。  どれだけの年月か、伝えられて来た退魔剣術。常人より多い程度の魔力でいい。ほんのちょっとの魔術回路があればそれでいい。積み重ねた技でそれを元に威力を引き上げ、特殊な剣を媒体にする事により爆発的な破壊力を与える、退魔・対霊に適した概念による攻撃。 「セイバーまずい、これは」  危険だ。  確かにセイバーはこれでは死なない。それほどの強烈な概念はこの攻撃は備えていない。聖杯のバックアップがなく魔力の足りない今とて、この程度でやられるほどにはセイバーは弱くない。  だが、油断すればたとえセイバーとて喰らうダメージは馬鹿にならない。  なぜならこれは魔術でなく視認できるほどの純粋な概念自体による攻撃なのだから。セイバー自慢の抗魔力もあてにはならない! 「…」  だがセイバーは笑った。待ちかねたものが来たといった顔だ。 「神咲一灯流奥技、|楓陣刃《ふうじんは》!!」  その瞬間、霊波を含んだ炎と風のエネルギー波がセイバーに向かって襲いかかった。セイバーはまるでそれに斬りつけるようにスッと剣を突きだし、そして、 「!!」  その瞬間、風と光が迸った。        何が起きたのか、薫にはわからなかった。  確かに楓陣刃は命中した。セイバーの剣を捕らえた。おそらくはなんらかの技で防いだのだろう。元よりセイバーに対してそれが効くとは薫も思っていない。単に「びっくりさせよう」程度の気持ちで放った一発だったのだ。  もとよりかなわない相手なのはわかっている。悔しくもない。なにせ相手は伝説のアーサー王なのだ。負けたところで誰に恥じることがあろうか。  なのに、湧いたのは迸る風と光。それに含まれる、|怖気《おぞけ》がするほどの圧倒的な霊力。 「…これは」  じっと目をこらした薫は、文字通り絶句してしまった。 「…」  ほとばしる光と風の中、セイバーは剣を構えて立っていた。  見えないはずの刀身が姿を現していた。光と風はそこから噴き出していた。おそらくはセイバーの言うところの風王結界とやらを解いたのだろう。薫の一撃を消し飛ばしたその剣は光輝き、しかしその芸術品そのものの美しい姿を今、はっきりと薫の前にみせつけていた。  聖剣エクスカリバー。  西洋の伝説でも有数、おそらくは最強に近い神秘の剣。ひとの手によるものでない究極の幻想。余計な飾りこそないが、どんな刀鍛治の手をもってしても為し得ない究極の刃。その突きつめられた様式美。 「見事ですカオル」  セイバーの声が、静かに響いた。 「当初の予定でも、確かに最後に風王結界を解くつもりでした。しかし私は解くのでなく「解かされて」しまった。貴方の技を見てつい反応し、反射的に解いてしまったのです」  ふう、というためいきが聞こえた。 「告白しましょうカオル。人間との戦いで風王結界を解かされたのははじめてです。貴方は私が過去に出逢った中でも有数の剣士だ。私はそれを、とても悔しく、そして嬉しく思います」  風は途切れ、エクスカリバーは再びその姿を消した。 「シロウ、そろそろ戻りましょう。カオルもよろしければ来ませんか?シロウの朝食は美味しい」  そう言って、セイバーはにっこりと笑った。 [#改ページ] エピローグ[#「 エピローグ」は中見出し]  いつもなら静かな道場に、何人もの人の気配がしていた。  昼下り。客人を迎えた衛宮家ではこの日、道場で昼食をとっていた。朝っぱらから打ち合いにあけくれる|居候《セイバー》と|客人《カオル》のために、主人である衛宮士郎がそう取り計らったからだった。  士郎の隣にはツインテールの少女がいる。自然と並んで食事しようとする士郎とセイバーの間にするりと割り込んだところ、そしてその無法に複雑な顔をしつつも優しく微笑んだセイバーからも、三人の関係がなんとなく伺えるというものだった。 「なるほど。それが現時点で判明している聖杯戦争とやらの真実、というわけですか」 「ええ。詳細の情報がなくてごめんなさい神咲さん。一応この地を仕切るセカンドオーナーとしてはもう少し詳しい情報もあげられたらと思うんだけど」 「いえ、助かります遠坂さん。本来なら相容れぬ関係の西洋魔術の方と交流も持てたわけですし、現時点ではうちらとしても充分すぎる情報かと」  そう言うと、薫は士郎が作ったというおにぎりを美味そうに食べはじめた。 「それにしても、衛宮君の料理はなかなかのものだな。うちの耕介さんと気が合いそうだ」 「この国の男性には料理を得意とする者が多いのでしょうか?わたしはシロウが特別だと思っていたのですが」  薫の言葉に不思議そうな顔をするセイバー。それに憮然とした顔でツインテールの娘、遠坂凛が突っこむ。 「ンなわけないない。士郎のレベルが普通だったらそこいらの女の子はみんな立つ瀬ないってセイバー」  また腕あげたわね士郎、と呆れたような顔で…しかし美味そうにおにぎりを頬張る凛。  実のところ、士郎の料理の腕があがっているのはセイバーと凛のせいだ。突き抜けた程とは言わないが美食家と料理自慢に食事をふるまうのだ。妹のように仲良くしている後輩との切瑳琢磨もあり、士郎の腕は料理も、剣術も、そして魔術も順調にあがりつづけていた。 「ですが」  と、そんな時、薫がぼそりとつぶやいた。 「伺ったかぎりではその事件、おそらく根本的な面では何も解決してなかとね」 「…」  凛は一瞬、魔術師の顔に戻った。 「この地に聖杯が現れる、言う事ですが…いかに強い霊気があろうと、聖杯なんて超のつく神秘を引き出せるほどの霊気の歪みはこの冬木の町にはなかとです。お山の方にある寺には強い力を感じますが、これも自然のものではない。なんらかの目的のために操作されたもの、うちにはそう見えます」 「ええ、そうでしょうね」  薫の言葉に「だったらどうする気?」と言いたげな顔で凛はつぶやいた。 「正直なとこを言えば、恐山のような辺境でもないこのような土地でそういう真似をされるのは困ります。ですが今回の問題は違う、思います遠坂さん。  伺った話だと、現れた聖杯は汚れた黒いものだった。そうですね?」 「…ええ、そうね」  凛は同意した。いつしか士郎やセイバーの表情も硬くなっていた。 「これはうちの経験上のことですが…おそらくその聖杯は、次回も汚れてる思います。うちには西洋魔術の術式はようわからん。けど、ひとの作った器にこの地でなんらかの術式で集められた力を満たして聖杯が出現する、というのが聖杯のメカニズムなら…おそらく、おかしな事になってるのは器でなく中身の方でしょう。  遠坂さんが魔術師として聖杯を求めるお気持ちはうちにはわからん。けど、ひとを呪い破滅させる泥なんてものが遠坂さんは欲しいわけではない。違いますか?」 「……それはそうね。うん。同意する」  はぁ、と不本意そうにため息をつきつつ凛は頷いた。  薫はそんな凛を見て、然りと頷いた。 「ならば、とるべき道はひとつかと。  先人の方がどういう思いで聖杯のシステムを作り上げたかはわからん。けど「汚れた」聖杯に固執するつもりがないのなら、その霊力の満ちてない今のうちに破壊する、または本来の姿に作り変える道を摸索するべきかと。  おそらくはこの町のどこかにそのための大仕掛けがあるはずです。遠坂さん。もし力が入用なら、うちら神咲の者は協力する事にやぶさかではなかとよ。なにせ今回の事件では事前に問題を防げたものの、もし聖杯が完成しその「黒いもの」が完全な姿で現れたら――」 「?それ、どういう事?」  薫の言葉に疑問を感じた凛は、疑問の言葉を投げた。 「これは、あくまでうちの推測です遠坂さん。  実は、うちはかつて「祟り」と言うべき魔物と戦い封印した事があるとです。これは、ひとの悪意が自然霊から変化した一種の「もののけ」に宿ったもの。依代の悲しみと怒りに同調し、意志をもつ破壊の化身と化したようなものでした。  あなたがたに伺った聖杯の姿にも、うちは似たようなものを感じるとです。確証はありませんが」 「…興味深いわね。続けてくれるかしら」  はい、と凛に頷くと薫は続けた。 「現れた聖杯はセイバーさんが言うには、不完全ながらセイバーさんのような「サーヴァント」のようなものだったそうですね。ひとの呪いというか、そういうものを内包した、黒い呪いの化身だと」 「…そんなとこね。あ、ありがと士郎」  士郎が気をきかせて茶をついだ。それを凛と薫はそれぞれ受け取った。セイバーもそれを手伝っているが、手伝いにまかせて再び士郎の隣をちゃっかりキープしていたりもする。  しかし凛は薫の話に夢中で、そこまで気が回っていない。 「これはあくまでうちの推測です。けど確率としては高いかと。  その聖杯とやらが不完全なものでなく完全なものだった場合…おそらくその「中身」はセイバーさんのように完全な身体をもちこの世に出現する、思われます。人間を呪い禍いをもたらす、そのためだけに特化した存在として」 「!」  凛の顔色が変わった。  それは士郎とセイバーも同様だった。もはや完全に言葉もなくしている。 「問題は、その材料となるのがセイバーさんのような英霊だということです。うちがかつて戦ったのは神通力を身につけたとはいえ狐の変化したもの。その程度のものを依代にした悪意でも、天地を揺るがしおそるべき破壊をもたらす怪物となったとです。  ましてや、あなたがたの聖杯はまったくもって桁が違う。祟り狐なぞお話にもならん。へたに覚醒してしまえばおそらく、ひとの手で止められるような安易な代物にはならんでしょう。  遠坂さん。衛宮君。そしてセイバーさん。あなたがた三人にそれが止められますか?」 「……」  ごくり、と誰かがつばを飲み込んだ。 「早急な調査と対策が必要、思います。…むろん、これは退魔としてのうちの意見ですので、魔術師である遠坂さんはそうは思われないかもしれませんが」 「…」 「遠坂」 「凛」  士郎とセイバーのふたりが、凛の顔を見ていた。 「…」  凛はもちろん、その可能性はわかっていた。むしろ確信していた。次回の聖杯も汚れているであろうと。そして凛は次回までにその克服法を開発し、生き長らえたセイバーもろとも自分の子か孫にそれを托すつもりだったのだ。  今の凛では魔力も技術もなにもかもが足りない。はっきりいってセイバーを現界するだけでいっぱいいっぱいなのだから。アインツベルンのあの少女ならともかくあくまで普通の魔術師である凛ではどうしようもない。  だが、凛と士郎の血を受けた子が加われば?セイバーの構造を凛が支え、さらに聖杯の力をクリーンに使う技術があり、そこに上乗せするふたりの子供たちの力があれば?それこそが士郎にも言わなかった凛の狙いであり、同時にそれは士郎をこの冬木に留まらせセイバーと三人で暮らす事により士郎が英霊化するような道を避ける策でもある。すなわち一石二鳥だったわけだ。  うまくすれば、子供たちの誰かが召喚する「本来の」サーヴァントも加えて遠坂&衛宮陣営には相当の力と知恵を集められるはずだった。  ……なのに。 「…わかってるわよ。私だってあんなの利用しようとは思わない。できないとは言わないけどね。  ただ問題は、いかに聖杯システムに手を加えるかなのよ。これはわかってない点が多いんだけど、一説じゃ魔法使いが関わってるって話もある。いい?魔術師でなく魔法使いよ。神咲さんは知らないと思うけど、はっきりいってわたしたち魔術師の範疇で考えたら大変な事になるわ。破壊するにしろ作り替えるにしろ、まずは綿密な調査が必要ね」  凛はそう言うしかなかった。ためいき半分ではあったが。 「なるほど。ま、そこらへんは俺も及ばずながら手伝うし」 「むろん私も参加します凛。ふたりを危険にさらすわけにはいかない」 「…」  そんな凛とセイバーたちを薫はじっと見つめていたが、 「…ありがとうございます。うちらも全力でお手伝いさせてもらいます」  そんなことを言った。        ちょっと家に戻るという凛と学校に届け物という士郎が席を外し、もう少し剣をあわせるという薫とセイバーは道場に残った。  だが、ふたりともすぐに打ち合いをはじめる気配はなかった。ふたりとも正座したまま向き合い、じっとお互いを見つめあっていた。  東洋と西洋の美少女の対峙。外見だけ見ればそんな感じではあった。 「…何か隠しとるね」  ぼそり、と薫はつぶやいた。対するセイバーも頷いた。 「凛は聖杯の事などとっくに気づいていたのでしょう。彼女は彼女なりに対策を考えていたのだと思われます。あれは|魔術師《メイガス》でありながら正義感も持ち合わせている。連れあいであるシロウの影響もありますが、当人ももともとそういう性格の持ち主ではありますし」 「…うちには細かいとこはわからん。けど、天下のアーサー王である御身がそこまで買っておられるのなら間違いなか。  セイバー殿。もうひとつ聞いてもよかとね?」 「なんなりと」  正座したまま、ぴくりとも動かずにセイバーは言葉をつむぐ。 「衛宮君は耕介さんによう似てる。さすがに耕介さんは衛宮君に比べるとただの一般人じゃが、今回の聖杯のようなものについてはおそらく同じ反応をするんやないかと思う。それはつまり」 「…聖杯の破壊、ですね」 「…ああ」  セイバーの言葉に、薫は少し困ったような顔をした。 「遠坂さんは破壊には反対じゃろう。その意味でうちと遠坂さんはどうしても最後には袂を分かたにゃならんようになる。これはおそらく確実かと思いますがこれ自体は問題なか。むしろ立場がわかりやすくて有り難い思います。  問題はその後じゃ。うちは衛宮君と同じく破壊するべきじゃないかと思う。じゃが遠坂さんと敵対は避けたい。なぜなら、そんな真似をしながら聖杯システムなんてものの破壊は無理じゃし、何より遠坂さんは個人的に嫌いじゃないし、|神咲《うち》としても現役の西洋魔術師に話のわかる人間がおるというのは助かる。主義主張は異なれど敵対は避けたいと思う。  仮にも遠坂さんの陣営にあるセイバー殿にこんな事を聞くのはおかしいかもしれんが、どうじゃろう。何か名案はないものか」 「…そうですね…」  セイバーはしばらく考え込んでいた。そしておもむろに顔をあげると、 「とりあえず親交を深めるのでいいでしょう」  そんな事を言ってきた。 「凛は優秀な魔術師ではありますが、おわかりのように正義感をもち人情に弱い部分がある。だから今もこうして逃げた。主義主張の異なるカオルと親交を持ちすぎれば、いざという時に問題が起こるとわかっているからだと思われます。  ならば簡単です。理屈ぬきで彼女と友人になればよい。カオルは凛に興味があるのでしょう?個人的にも、西洋魔術師という存在としても」 「あぁ、ある」  薫はためらいもなく頷いた。セイバーはそんな薫を見て満足そうに笑った。 「ならばその通りに接すればよいかと。ただでさえ友人の存在や意見を彼女は無にできない性格ですが、さらに今はシロウという弱点もある。聖杯をどうするかについて隠しているのも間違いなく、私でなくシロウに責められる事を恐れてのことでしょうから。  ならばそれに、さらに友人として貴女が加わればよい。貴女が打算なく彼女に友人として接すれば、彼女は貴女の存在とその背後の意見も無碍にできなくなる。ただでさえシロウに反対されるうえに貴女まで加われば」 「…なるほど。友人として真摯に接すれば、というわけか」  むむ、と真剣に考え込む薫にセイバーはクスッと笑った。 「カオル。あなたなら問題ない。心の赴くままに凛と友達になってくれればよいのです。聖杯のことなど考えずに。  それが結局は貴女たちのためにもなり、凛のためにもなるのでしょう」  そう言いきるとセイバーは腰を浮かせた。少し表情が厳しくなった。 「さてカオル。せっかくですから打ち合いませんか?あなたと剣を交えるのはとても楽しい」 「!ああ、ええね!うちも是非」  ふたりはにっこりと笑いあうと、手元にある木刀をそれぞれ手に持った。  思えば、セイバーはずいぶんと「剣士」と戦っていなかった。かの戦争のおりには佐々木小次郎という素晴らしい剣豪がいたがもちろん今はないし、他にまともな剣士なぞ存在しなかった。実はセイバーがその剣技を遺憾なく発揮できたのは数えるほどしかなく、むしろ戦争の主役は凛であり士郎だったのだ。彼女がやったのは大部分がサポートにすぎない。そればかりか不覚にも敵の手に落ち士郎に傷まで負わせてしまっている。  そんなセイバーに、薫はとてもうれしい存在だった。なにより剣技に関しての手加減があまり必要ない。エクスカリバーはさすがに使えなかったが、薫ほどの素晴らしい剣士はそうそう探して見付かるものでもなかった。  思うに、今回の一件で一番得しているのは自分かもしれないとセイバーは思った。  ふたりは立ち上がり、剣をもち対峙した。先日の真剣による戦いと違い木刀での戦い。だが緊張感は変わらない。セイバーはたとえ木刀でも油断のできる相手などではないし、薫もまたその攻撃の重さは尋常ではない。魔力の補助もなく剣技だけで、ややもすると木刀を折ってしまう相手なのだから。 「行きます、セイバー殿」 「受けて立ちます」  途端に張りつめた空気。  ふたりはその空気に、とても暖かいものも同時に感じていた。       (おわり)