友達 hachikun 初恋、桜井小桃エンドの未来。 [#改ページ] 友達[#「 友達」は中見出し]  俺、|初島《はつしま》|稔《みのる》が教師になってはじめての夏のある日。ひとつの事件があった。  それは、雑用で校内を駆け回っていた俺のところに、唐突にひとりの女生徒が現れるという形で始まった。   「初島先生、ちょっといいでしょうか」 「ん?なんだい?」  職員室で細かい書類をまとめていたところ、突然見知らぬ女生徒に声をかけられた。  ああ、見知らぬという表現は正しくないかもしれない。正確には知り合ってないというべきか。彼女は話に聞いていた人物のひとりで、名前と噂くらいは俺も知っていた。  そう。彼女は『|小桃《こもも》』の非常に親しい友達のひとりだった。 「おりいってお話があります。ここでは何ですので」 「そうか」  職員室ではできない話。となると内容はなんとなく察しがつく。だから俺も頷いた。 「わかった。じゃあ場所を移そうか」 「はい」  そう言うと俺は立ち上がった。    来るべきものがきた。そういう気分だった。  俺と|小桃《こもも》がつきあっているのはもちろん秘密だ。もしばれたら大変なのは俺たちだけではない。だから小桃も友人たちには今のところ、何も話していないはずだった。もちろんいつかは明らかになるのだけど、それは最低でも卒業後に時期を見計らって、というのが最良だろうと考えていた。  もっとも小桃は、卒業後すぐにごく親しい友達には事情を話すつもりらしい。まぁ「全ての事情」は話しても間違いなく信じてもらえないだろうが、それでも最低限は話さなくてはならない。いつまでも隠し通せるものではないし、また隠し通したいとも思わない。そうふたりで話し合っていた。  まぁ……これはおそらくばれちまったか、あるいは何か気づかれたんだろうな。  さすがに気持ちのいいものではなかったが、今さらうろたえても仕方ない。友達が来たという事は最悪でも生徒間での噂ということで、この子はおそらく小桃の味方になってくれるんじゃないかと思う。だって、小桃に敵対するつもりなら俺のところにひとりでくるはずがないし。  ならば、最悪でも小桃を助けることはできるはずだ。 「さて、ここだ」 「はい」  選んだ場所は生徒指導室だった。  そんな場所で大丈夫かと言われそうだが、実はこの部屋ほとんど使われていない。おっとりとした坊ちゃん嬢ちゃん学校というのはつまりそういう事で、この部屋は長い間|埃《ほこり》をかぶっていた。  そんな中、いろいろあって俺と西村は優先的にここを利用するようになっていた。つまり小桃や|竜也《たつや》の事がきっかけになって、今の俺たちは生徒たちのよろず相談所のような状態になってしまっているからだった。俺は生徒たちにとって|与《くみ》しやすい存在に見えるらしく身の回り相談などが増えたし、俺としては女の子からの相談だと西村をアドバイザーに頼んだからだ。俺たちふたりが卒業生でなおかつ元クラスメートというのもいつの間にか知られているようで、俺たちは先生とOBの中間の立場のように感じられるという事だった。  そんなこんなで生徒指導室には一般の先生はやってこない。生徒といえどプライバシーは尊重されるべきだからだ。  言うまでもないが、本来ならぺーぺーの俺がそんなこと任されるなんてありえない。まぁ、おっとりした校風のうちらしい配慮ではあるのかもしれない。普通の学校じゃこうはいかないだろう。  まぁ小桃がよく手伝いにくるのもあるんだろうけどな。べたべたと近付きすぎないよう注意はしているんだけど、もともと身体の弱い小桃は職員室なんかと接点が比較的多い子供だし、担任の俺はそれでなくとも小桃のことを話題にする事が多かった。  さて、俺は女生徒を着席させ、向かいに座った。入口の札は使用中にしてある。 「話は何かな」 「単刀直入に聞きます。桜井さんと先生はどういう関係ですか」 「……は?」  おいおい、本当に実直というか単刀直入だな。  さすがに反応に困ったので、俺も単純に反応してみた。 「いきなりまた凄い質問だな。関係と言われても桜井は俺の受け持ちの生徒なわけだが」 「それだけですか?違うんじゃないですか?」  女生徒の目つきが鋭くなった。 「そう言われても、俺にもこれ以上言えることはないんだが」 「何も言えないということは、言えないようなことがあるという事ですね?」 「……」  参ったな。  これは疑うというよりむしろ完全に決めてかかっているようだ。  う〜ん……仕方ない。もう少し切り込んでみるか。 「すまないが、ひとつ質問していいかな」 「なんでしょう」 「君の質問の意図がわからない。だがひとつだけ確認させてほしい事がある」 「答えられることならば」  言葉は譲歩しているが、敵対者をみる目は変わらない。  だけど、確認しないわけにはいかない。 「君は桜井の味方をしてくれるかい?」 「え?」  質問の意味をはかりかねたのか、女生徒は眉をしかめた。 「君がどういう意図で、どういう質問を持ってきたのか俺にはわからない。だけど、どうやらそれは桜井に関するもので、そして俺にも関係する事なんだろう?そしてそれはあまりいいものではない。そうだね?」 「はい」  よし、ここは素直に反応してくれるようだ。 「だったら俺が確認しなきゃならないのはひとつだけだよ。君が桜井の味方をしてくれるかどうか、他にも桜井を助けてくれる者がいるのか、その一点だ。それが保証できるなら何でも話すし協力する事はやぶさかじゃないけど、桜井の味方をしてくれないのならそういうわけにはいかない」 「……先生ご自身はどうされるんですか?」  なぜか女生徒は俺の事を指摘してきた。 「どうでもいいとは言わないけど、まぁ最悪……俺はどうにでもするさ」  大人だからね、と肩をすくめた。 「どうだろう。繰り返すけど、君は桜井の味方になってくれるのかな?」 「……」  女生徒は、じっと俺の顔を見つめていた。そして、 「先生。そもそも桜井さんの味方をする気じゃなきゃ、わざわざ先生の真意なんて確認しにくるわけがないでしょう?さっさと他の先生に相談しますよ」  少し苦笑いするようにそう言った。 「まぁね。だが俺は君の事、桜井に聞いた話でしか知らないんだ。だから確認が必要だった」  真っ正直にこちらの事情をぶつけてみる。  何となくだが、この女生徒に迂闊な演技は逆効果と思えた。だから俺は小細工をしない事にして、言える事はすべてそのまま言う事にした。  果たして女生徒は少しだけ警戒を解いた。どうやら会話はまともにしてくれるようだ。 「そうですか。桜井さんは私のことを先生になんと?」 「厳しいし口に衣着せない。だけど一番頼りになると言ってた」 「そうですか」  女生徒はその言葉を吟味するようにちょっとうつむいた。そして、 「では今から私も知る事を話します。言える範囲でいいから答えてもらえますか?」 「あ、いや待て」  俺はちょっと考えた末、結論をくだした。 「桜井の事で確定なら、ここは桜井を交えて三人で話したいと思うんだ。君は桜井の親友だろ?俺も隠し事はしたくないし、君と桜井の間の信頼関係にもヒビを入れたくないんだ。どうだろう?」  これも正直な気持ちだ。  小桃の話では彼女は一番の親友のはずだ。ふたりの仲を壊すような事はしたくない。 「……いいんですか?私が聞きたい事っていうのはひとことでいうと」  女生徒はちょっとドアの向こうに目線を送った。気配を探るように。  そして真剣な顔で、小声でつぶやいた。 「……先生と桜井さんがおつきあいしてるかどうかって話なんですけど?」    やはりか。  わかってはいたが、ズバリ指摘されるとさすがに冷や汗ものだな。    だが、焦る自分を理性で抑え込んだ。 「そういう質問ならなおさらだろう。本人ぬきに話はできないよ」 「それって……認めたと同じ事だってわかってますか?先生?もし表沙汰になったら」 「わかってる。だから言ってるんだ。俺が免職にでもなっちまったら、この学校であいつの味方は君たちだけになっちまう。外部の人間になっちまった俺にあいつを助ける手だてはないんだから」 「……」  女生徒は呆れたような顔で俺を見た。 「なんだ?」 「なんか凄いですね先生。もしかして本気?」 「……いいんだが、そのまるで変態でも見るような目つきは勘弁してくれないかな」 「変態でも見るようなっていうか変態でしょう先生?ロリコン?」 「それは否定させて貰うよ」  ロリコン扱いはさすがに不本意だ。俺は正直にそう言った。 「あいつがあいつである限り、年上だろうと年下だろうと関係ない。  もっとも、あまりに歳が違うと『先に逝く不幸』『先に逝かれてしまう不幸』を味わわせてしまう事になるから、一応限度はあってほしいけどな」 「……」  女生徒は、話しつづける俺をじっと見つめていた。まるでそれは、何かを吟味するかのようだった。 「それじゃ、最後の質問です」 「まだあるのかい?」  はい、と頷くと女生徒は咳払いをひとつした。  だが、この最後の質問にはさすがの俺も完全に絶句せざるをえなかった。  というのもその内容は、   「先生がまだここの生徒だった頃、ひとつ年上の『桜井小桃』という方とおつきあいされてたと聞いてます。先生は桜井さんにその方の面影を見ているんじゃないですか?」    とまぁ、こんな内容だったからだ。  しかしこれは正直驚きを隠せなかった。どうしてそんな事まで知ってるんだ? 「どうして知ってるのかって顔ですね。簡単です。私には歳の離れた従兄弟がいるんですが、その桜井小桃さんの同級生だったんです。彼は当時の先生のことをよく覚えてました。まぁ、桜井さんがなくなられた事故の事とかもありますし」 「そっか」  俺は頷くと、腕組みをした。 「最初のきっかけになった事だけは間違いないな。確かにはじめて出会った時は本当に驚いたよ。  だけど、それが全てかと言われると違うと答えるよ。あくまでそれは驚いた、良くも悪くもそれだけだ」 「そうなんでしょうね。私にはよくわかりませんが」  女生徒の顔が不機嫌そうになった。  そうだろうな。まだまだ純粋な年頃だし、こういうこと言われたら納得できないだろう。 「まぁ、繰り返しになるけど小桃は小桃だという事かな。あいつがあいつである限りこれは変わらない」 「?」 「あのね」  俺は苦笑すると、椅子を引いて座りなおした。 「どんな姿だろうと、どんな立場だろうと小桃は小桃だ。俺が好きなのは一年上の先輩でも義理のおねえさんでもないし、ましてや教え子でもない。俺が大切に思うのは桜井小桃というひとりの人間、ただそれだけなんだよ。立場なんてのは後付けの付加要素にすぎない。  ただ困った事に、たまたま今は君も知ってのとおり難しい立場にある。だからその分をわきまえ波風をたてないように過ごしているわけだ」 「……」 「それはね、俺のためじやない。それが小桃のためになると俺は知っているからなんだよ」  ぎい、と椅子が音をたてた。 「臭いセリフだけど、今この時代は二度とやってこないんだ。勉強、友達、遊び、なんでもいい。とにかく今を謳歌してほしい。一生抱えきれないくらいの楽しい想い出をたくさん作ってほしいし、作ってやりたい。それはこの俺、初島稔個人としての正直な気持ちでもあるんだ」 「……」  女生徒はじっと俺を見ている。感情はいまいち読めないが。 「将来はどう考えているんですか?今は立場もありますけど、たとえば三年後なら問題はないでしょう?その時先生は?」 「三年後?」 「はい」  つまり卒業後って事だな。 「個人的には少し早すぎると思うけど、あいつ次第かな」 「早すぎる?」 「ああ。できれば大学出るまで自由にさせてやりたいんだが……」  女生徒の目が点になった。 「えっと……もしかしてもしかしますが、結婚を前提にお話されてますか?」 「もしかしなくともそうだけど?あぁ、面倒ついでに君に頼み事があるんだがいいかな」 「なんでしょう?」  なんとなくだが、この女生徒は信頼できる気がした。  この子はどことなく西村っぽい感じがする。小桃が頼りにするのもよくわかる。基本的に公正で、なおかつ仲間を大切にするタイプなんだ。 「あいつ、どうにも進学より永久就職に意欲まんまんなんだが……君からも進学を誘ってやってくれないかな?こと進路に関してはあいつ頑固でね。別に八年でも十年でも待っててやるからってあれだけ言ってるのに」 「……」 「もしもし?」 「……」  女生徒は、呆れたような顔で俺を見ていた。 「はぁ……それはまた。もしかして、体良く追い払おうとか自然消滅狙ってないですか?」 「は?ああそういう事か。いやそれはない、というか考えもしなかった」 「……そこで断言ですか」  困ったように女生徒は眉をしかめた。 「めちゃめちゃ信頼しきってるんですね。もう一線越えてます?」 「一線の意味がよくわからないが……まぁ強いていえば、先は長いし」 「はい?何か約束でもしたんですか?」 「ああ。『ふたり一緒におじいちゃん、おばあちゃんになろう』ってね」 「……ずいぶん気の長い約束ですね。ていうかそれってプロポーズと同じなんじゃ」 「そうか?……あぁ、確かにそうだな」 「……」  ふう、と女生徒はためいきをついた。 「もういいです」 「ん?そうか?」 「はい。なんか砂吐きそうっていうか既に百年連れ添ったみたいな枯れっぷりっていうか。ぶっちゃけ、わざわざ質問しにきた自分が馬鹿みたいです」 「少しは疑問晴れたかな?」 「はい。完璧に」 「それはよかった」  女生徒は椅子をひき、立ち上がった。 「先生」 「ん?」 「私と友人一同は、たぶんおふたりの味方になると思います。何かあったらいつでも相談してください。友人としての立場で御役にたてる事もあると思います」 「ありがとう。あいつの事、頼むよ」 「はい」  そして、彼女は満面の笑みを浮かべたのだった。       「ですが先生」 「ん?」 「ロリコンはやっぱり確定だと思います。そもそもあの子である時点で犯罪ものですし」 「いや、だからそれは」 「あはは、だめですよ、せん・せい♪」   (おわり)