金魚鉢 はちくん TS-涼宮ハルヒの憂鬱、『ひだまり』の少し前、キョン子一人称。警告・もはやハルヒでも何でもありません  (2010/5/9)細部の訂正はたぶんまだありますが、正式公開とします。  (2010/5/7)古泉一姫のキョン子に対する呼称を『キョン(ちゃんづけ)』に変更。(キョン=女性だから「子」はいらないと判断)  (2010/5/7)キョン子の古泉の呼称を『古泉』から『イツキ』に変更。  (2010/5/7)一応終わりまで書きましたが、本稿は未だβであれこれ訂正中です。    『ひだまり』のキョン子視点の外伝ですので、もう完全に別の平行世界の話であり本来のハルヒたちが出てきません。それでもよければ。  すみません、本編は18禁です。エロいかどうかはともかく自己規制を一切排除して描いているので、読み手をとんでもなく選ぶと思います。  個人的にかなりの実験作です。ご指摘なりご意見なりいただけると幸いです。 [#改ページ] ひとり[#「 ひとり」は中見出し]  金魚鉢のイメージ。  狭い空間。牢獄のように狭く、酸素も何もかもが足りない世界。かわいい、きれいと人は覗き込むけど、入れられたものにとってそこは牢獄。やがて飽きられ餓死させられるまで飼い殺される牢獄。入れられたら最後、死ぬまで二度と出られない場所。  あたしは金魚。不格好でみじめで、金魚鉢の中でパクパクもがくだけの醜い生き物。  いつから、こんな事になったんだろう?もうそれすらもわからない。 「……」  授業中。壇上でゆったりした声で教科書の中身が読み上げられる。つらつらと文字や記号が書き連ねられる。かさかさという音があちこちから聞こえる。  学校生活で一番落ち着くのはこの時間だ。  こうしていれば普通に生徒でいられる。無視される事もなければ罵倒もない。誹謗も中傷も、妬みもそしりもない。ただ純粋に手を動かす、ただそれだけでいい。  ただひとつ、いつもは背後から時々きつい視線がくるのだけど無視。今日そこには誰も居ない。  左を見ると窓の外。空はただ青い。  机を見る。うっすらと消え残っている誰かの落書き。『|売女《ばいた》』と書いてある。 「……」  ぽかぽかと優しい日差し。  ひだまりの猫になった気がした。    授業その他が終わると、あたしはすぐに荷物をまとめ席を辞す。  あの団体以外に所属部なんかない。友達も誰もいない。元はこれでも少しはいたんだけど、あれに関わってしまった途端皆一斉に消えてしまった。まぁ当然。誰だっていくらイケメンの花園だろうが泥沼の矢面に立ちたいわけがない。他ならぬあたしだって本当はそうだった。  さて、愚痴はそれくらいにして。  あいつが居ない以上今日は集まりもないわけで、あそこに行く必要は本来ない。  だけど、あたしの足はあそこに吸い寄せられていく。  ドアを開けた。 「やっほー、キョンちゃん!」  真っ先に出迎えたのは古泉イツキ。一姫と書くけどカタカナでイツキとしか書かない。だろうね、いくらなんでも姫はないよ姫は。友達はみんなイツキかイッちゃんと言うらしい。  ぐわば、といきなりハグろうとするイツキをあたしはスルー。華麗にと付かないのはシャレになんないから。この娘はいろんな意味でやばい。 「それキョンちゃんに言われたくないなぁ。イツキさん、キョンちゃんを助けてあげたいのにー」 「ん、ありがとう、ご厚意だけは本当ありがたくうけとっとくね」 「あらら冷たい」  実際彼女の言葉は嘘じゃない。助けてくれるというのは冗談でもなんでもなく本気だったりする。あたしのお礼もわりとマジ。  ただし彼女の助けるとは、あたしと彼を引き離して事態を改善するという意味でもある。  だからご厚意だけで充分。 「もう、だから強引はダメですって古泉さん。あ、お茶ちょっと待ってくださいね」  にこにこと今日も執事兼ウエイターしているのは朝比奈先輩。ショタ全開のちょー美少年、でもお約束でアレがでかいとはあいつの弁。あぶねーやつらだ、いつ見たんだろ。  とりあえず、腐ってないあたしはそっちの世界にゃ興味がない。いやちょっとイジられる朝比奈先輩カッコ当然受けですカッコとじというのは正直ソソル部分もあったりしちゃいますが、あたしはそれ以前にアレでソレでアレレな日常抱えちゃってるわけだし。  とりあえず周囲を見渡したあたしは、言うべき事をまず言う。 「あ、ごめんなさい朝比奈先輩。今日は帰ります」  あいつだけでなく彼もいない。それではここにいる意味もないだろう。  だけど朝比奈先輩は少しだけ困った顔をして、こう言い出した。 「ねえキョンちゃん、たまには長門くんだけじゃなくて僕らともお話しない?」 「そうそう、ね、ね?別にとって食べやしないから。ね?」 「……イツキ、少なくともあんた限定で言えば今の言葉は説得力ないよ」 「えー、女の子なんだからハグくらいいいじゃない」 「普通はそうだね。けどいくらあたしが鈍くても下心のあるハグくらい気づきますから。てーか近寄んな変態」  ほんと性感帯ばかり狙って刺激してくるし。露骨すぎるっての。  うむむ、とイツキは少し唸っていたのだけど、 「ん、じゃあ率直にいこっか。ここにいる陣営の代表のひとりとして。これならお話してくれる?」 「……ほんとに率直だね」 「それだけ重要な議題ってことなの。じゃ、いいね?」 「十分だけなら」  とりあえずそう答えた。長引くときっと不毛な論争に堕ちてしまうから。  はぁ。    議論は少しだけ紛糾した。とはいえ最初にあたしが十分と言ったのを忘れてないらしく、ちゃんと十分で切り上げるところはさすがだった。あたしを評価してるわけじゃないのはわかってるけど、とりあえず切り捨てるつもりはないらしい。 「私たちだってひとの恋路は邪魔したくないんだけどね。まぁ、私はキョンちゃんかっさらわれた事についてとっても不満なんだけど、あなた自身が望んでるんだし、そもそも確認されているTFEI端末で最強でオンリーワンとまで言われている長門くんに敵対するなんて考えたくもないし。  けど危険は危険なのよ。あなただけじゃない、場合によってはこの世界すべてが危険にさらされるのよ?わかってる?」 「……」  イツキの言う事は確かに正しい。  実はレズビアンらしい本人の趣向が少しアレなんだけど、でもそういう事はともかく彼女個人は信用に足りる。それに客観的にいってその主張自体にも大変同意だったり。  だけどね。 「うん、わかってる。わかってるんだけど……」  ひとの気持ちは計算ずくじゃ動かない。決まってしまったあたしの心は、もうあたし自身にだって動かせない。 「……はぁ」  あたしが困っていると、なぜかイツキが困ったようなためいきをつく。 「そんなアンニュイな顔して悩まれるとイツキさん困っちゃうんだけどなぁ。くぅぅぅ、ねね、やっぱり私と」 「|嫌《や》です」  ががーん、という表情を顔に張り付けて悶えるイツキ。うう、本人には悪いけどちょっとキモい。 「ちょっといいかな」  今度は朝比奈先輩。  近くでよく見てもやっぱりショタ風味。とてもじゃないが『先輩』には見えないカワイイ系美少年。  だけど自称『時をかける少女ならぬ少年』が本物なのはあたしも知ってるし、可愛い顔に似合わない深い思索といい、外見で歳を判断しちゃいけないと思う。ハルヒコにおもちゃにされている姿はちょっと、いやかなりアレだけど。  おっと、萌えてる場合じゃない。朝比奈先輩もまじめな話みたい。 「本当は僕もこんな事言いたくないんだけど、最近本当に危険な状況になってるんだよ。  あのね、実は最近、未来への接続が恐ろしいほど不安定になってるんだ。しかも古泉さんと意見交換した結果、それが古泉さんたちの言う『閉鎖空間』や『神人』の出現とリンクしている可能性も指摘されてるんだよ」 「……へえ」  それは初耳。  ついでに言うと、イツキと朝比奈先輩がそんな話をしている事自体も驚きかも。  どうやら二人の背後の組織とやらは団結を強めてるみたい。あとで彼にも訊いてみよう。ま、訊いてあたしにどうにかなる問題でもないけど。 「自分が聞いてもどうにもならないって顔だね?」 「!」  う、油断していて表情を読まれたらしい。朝比奈先輩の顔がいつになく厳しいものになった。 「本当のところを言えば、僕も職務上は古泉さんの意見に賛成ではあるんだ。キョンちゃんが本当に大切にすべき人は他にいて、少なくともそれは長門くんじゃない。これは僕らにとっては史実、もう過ぎた事なんだから間違いない。  だけど、それは別に今の話じゃなくてもいいと思うんだ。だって今は今、未来は未来だもの。  ただこれだけは忘れないで欲しいんだ。君にとって涼宮くんは決して軽い存在じゃない。無理に仲良くする必要はないけど今の状況は」  ばん、と机を叩いた。もちろんあたしの手だ。  無言であたしは立ち上がった。そして言った。 「いろいろ考えてくださってるのにこんな事言ってすみません、でも言わせてください。  抽象的にぼかさないではっきり言ったらどうなんですか?これくらい繰り返されたらいくらあたしだってわかりますよ。  つまり、先輩の知ってる史実とやらでは、あたしとハルヒコがくっついてる。そう言いたいんでしょう?」 「……」  沈黙もまた答えなり、だ。頭の悪いあたしだってこの程度の知識はあった。 「本当ごめんなさい。でも、この問題はどうにもならないと思います。今さら変えられないし、変えたくもありません」 「で、でもキョンちゃん!僕たちは!」  その先は無視した。するつもりだった。そのままドアに向かって歩き手をかけた。  でも……どうしてだろう?振り返らないまま最後にひとこと、あたしは余計な言葉を付け足していた。 「あのですね、朝比奈先輩。  あたしにはよくわからないけど……こんな、あたしみたいなどうでもいい女ひとりの選択が『世界』の行く末と関わるとか、個人的にはちゃんちゃらおかしいんですけど……でももし、それが世界に影響を与えてしまうっていうんなら」  そこまで言って、 「それが世界の選択ってやつなんじゃないですか?……だったら滅びちゃえばいいんですよ。いっそ」 「キョンちゃん!」 「それじゃ」  それだけ言って、あたしは部室を辞した。  ドアを閉めようとした瞬間、厳しい表情の朝比奈先輩とイツキの顔が見えた。 (……ふうん、そっか)  その表情は知ってる。かつて何度となく見た顔。  ずっとお友達だった誰かが、お友達でなくなった瞬間の顔だ。……朝比奈先輩はやっぱり男の子かな、ちょっと複雑そうだけど。  ドアを閉め、歩き出す。 『○×さん?あの子たちならいないわよ?さぁ知らないわねえ』 『ちょっと、あんた近寄らないでくれる?仲間と思われたらこっちがタダじゃすまないんだからね。あっち行きなさいよ』 『げ、こいつやだー。ちょっと誰か代わってよー』  懐かしい痛みがふっと蘇る。じくじく、ちくちくと痛みだす。  下駄箱に汚物を突っ込まれようが、机が見るに耐えない落書きで埋め尽くされようが、ありとあらゆる授業や行事でガン無視されようがそんなものは慣れる。それに最近は『彼』がそれに気づいて何かしたのか、汚物や落書きみたいな取り返しのつかない露骨な奴は激減した、うん。時々机にコンドーム入ってるくらいの可愛いお茶目ばかり。  けど、時折こうして現れてはあたしの心に重しをかける。  思えばSOS団入ってすぐの頃は本当、冗談でなくもう終わりかと思ったなぁ。まぁあの頃はハルヒコも今よりはまともで防火壁になってくれたりもしたんだけど、もとよりあいつに頼るのは毒を毒で制するのと変わらない。実際あいつは後日、一番身近な猛毒へと変わり果てていった。  小さなためいきをひとつ。  見上げれば、いつのまにか空が夕方に近い。 「ん」  いいや急ごう。急げば早く安らぎに会えるから。 [#改ページ] ゆうき[#「 ゆうき」は中見出し]  下駄箱やら机やらに入っていたゴミを焼却炉に突っ込んだ。ゴムや金属製品もあるがまぁ、大丈夫だろう。  校門から出ると空気がグッと軽くなる。よくわからないけどたぶん、敵意とかそういうものが軽くなる気がする。街中でも時として悪意の視線を感じる事はあるけれど、それは本当に希薄だ。別に何かされるわけでもないし、そんな事でいちいちビクビクしてたらとっくに狂うか引きこもってるに違いない。  自分でも意外だが、あたしは結構こういうのに強かったらしい。  まぁもっとも、本当にひとりぼっちなら耐えようもなかったと思う。こんな生活でもそれに代えられない、いやもったいなくて涙が出るほどのご褒美があれば可能という事なのかもしれない。  そのまままっすぐ向かおうかと思ったが、ちゃんと帰れと命令されていたのを思い出す。うう、とちょっと涙目な気分だが仕方ない。とりあえず家に帰った。 「ただいま」 「おかえりー」  両親はまだ。弟がいてなぜか上機嫌だった。  ふぅん、と思いつつ弟の顔をじっと見たんだけど、つい口がにやけてしまう。 「な、なんだよキョン」  ほほうついに呼び捨てっすか。おとなしくちゃんづけするか姉ちゃんと呼んでれば見逃してやるものを。 「あんた、ミヨキっちゃんとちゅっちゅしたね」 「!?」  いや、真っ赤になって大慌てしまくらんでも変な印とかついてないから。  ちなみにミヨキッちゃんというのは通称ミヨキチといって、弟のクラスメート。弟とおない歳とは思えない非常に落ち着いた美少女なんだけど、何をとち狂ったかうちの弟と仲良くしてくれてる娘だ。 「な、なななななな」 「いや、これでも一応女の子なもんで。いきなり態度でかくなるわ『大人の階段登ったぜ、へへーん』な顔までしてたら一発でわかるっつの」 「どんな顔だよそれ!」  ああぁぁ、我が弟ながらなんと朴訥な性少年か。ミヨキっちゃん、願わくば甘やかさず清く正しく導いてあげてね。  しかしそっかそっか。このちんまい奴もついに男になる日が遠くないとわ。うむ、成長じゃのぉ。 「あのな、どこ見てんだよエロキョン」 「呼び捨てすんな、エロキョン言うなバカ弟!こちとら年長者としてミヨキッちゃんの安全を考える立場なんだゾ」 「俺の心配じゃないのかよ……」 「あんたは何か問題あれば素直に言うでしょうが。ま、あんたが悩み事言えなくてひとりでグルグル回っちゃうような子ならあたしも手出すんだけどさ。ん?それとも何か問題隠してるっての?」 「……」  ありゃ。冗談でなく本当に隠し事してたか。 「どうしたの。何かあった?」 「……あのな、姉ちゃん」  うお。姉ちゃんときたか。なんだなんだ、そんなに深刻な話?まさかミヨキっちゃん相手に暴走しちゃったとか?  はっきりいってうちの弟はガキくさいというよりほとんどショタの世界にいるような奴だ。そのままちんことっちゃっても妹で通せそうな容姿を未だに保っているわけで、このままいけば凡人バージョンの朝比奈先輩になっちまうんじゃないかとあたしは密かに心配していたりする。カワイイ系男の子というのはお姉様方のおもちゃとしては人気が高いけど、例外なく本人はその状況を嫌がるみたいだし。まぁ考えてみりゃ当たり前なんだけどさ。男の子なんだし。  だけど弟の言葉にはさすがのあたしもギョッとした。 「みーが変な事言うんだよ。最近の姉ちゃんはおかしいって」 「……」  みーというのはミヨキッちゃんの事だ。 「なんか姉ちゃんが知らない男とホテルみたいなとこに入ってくとこ見たっていうんだ。知り合いのお姉さんで姉ちゃんと同じ北高行ってる人がいるらしいんだけど、学校でもすごい噂になってるって」 「……」  ふ〜ん。誰がやってるのか知らないけど、子供にまでそんな事吹き込んでるのか。性格悪いな。  とりあえずあたしは、弟の頭をごんっと叩いた。 「あいたっ!」 「よっく覚えときなさい。そういうのを世の中じゃ『根も葉もない噂』っていうのよ」 「で、でも」 「まぁ聞きなさい」  弟の話をあたしは遮り、弟にわかる範囲で簡単な説明をした。  いわく、学校でいじめを受けている事。でも助けてくれる人がいる事。  その人がマンション住まいをしていて、何度か変なのに追われて逃げ込んだ事があるって事。  ちなみに嘘は全く言ってない。団の話とか、その男の話をしても話がややこしくなるから端折っただけだ。 「……そうか」  で、肝心の弟はというと、話の途中からみるみる顔つきがしっかりしてきた。ぽやぽやしたショタっ子の面影が急速に抜け落ちて、まだガキくさいけどそれなりに立派な『男』の顔になったんだ。  こりゃびっくり。いつのまにこんな成長してたんだこの子。 「それじゃあ仕方ないな。これ、みーに話していい?」 「いいよ」  その後彼女がそれをどうとるかは神のみぞ知る。  しかし、彼女に話すべきかどうかまで判断すんのか。ちょっと前まで「はさみー♪」とかいってた卵の殻半分くっつけたようなガキとはとても思えないぞ。姉ちゃんとしてはあんたの成長の秘密も知りたい。何があった? 「んじゃ、もいっこ聞いていい?」 「なに?」 「その人って涼宮の兄ちゃんじゃないよね?」 「ハルヒコ?違う違う。ありゃいじめに気づくような奴じゃないし」  気づいたら気づいたで話をややこしくするのが明白だ。相手が相手だし。 「じゃあ誰?お姉ちゃんその人が好きなんでしょう?」 「誰でもいいでしょ?」  根掘り葉掘り聞こうとする弟をちょっぴり牽制して、そしてこう付け足した。 「ま、そりゃ嫌いじゃないけどね。けど好きかどうかって……どうなんだろね」 「なんだそれ?自分の事だろ?」  そうだけどね、とあたしは返してから、 「ミヨキッちゃんに聞いてごらんよ。墜落する飛行機や沈む船の中で手をとりあう人って、うまくいくもんだろうかって」 「……なんだそれ?」 「言えばわかるよ」  ふうん、と弟は言った。  ミヨキッちゃんに悪意がなければ、それで状況を汲んで話してくれるだろう。つまり、あたしと彼は『特殊事情がとりもってる仲』なんだと。 [#改ページ] 夜の金魚[#「 夜の金魚」は中見出し]  以前ふと思った事がある。実にたわいもないたとえ話だ。  仮にあたしが男でハルヒコが女だった場合。もしその状況がありうるとしたら、もしかしたらうまくいったんじゃないか……そんな事を妄想した事がある。いやごめん、本当にくだらない話なんだけどさ。  そしたら彼は言ったものだ。『あくまで可能性だが、その組み合わせだとうまくいく可能性が高い』と。 『ハルヒコの性格をそのまま女性のそれに置き換えると、おそらく異常な部分がソフトに丸められ、また周囲の見る目も優しくなるだろう。反面別の問題も発生するがSOS団のメンバーでフォロー可能な事も多く、また何より男性である君の目線にも余裕が生まれる。結果として君たちの致命的な反目やストーカー騒ぎといった問題も軒並み発生しなくなり、おそらく全ては円滑に進んだと思われる。  涼宮ハルヒコと君では起きてしまう問題も、涼宮ハルヒと男性キョンの間では軒並み小規模化、あるいは問題自体が起こらない可能性が高い』 『…涼宮ハルヒ?』 『ハルヒコが女性として生まれた場合、名づけられる確率がもっとも高い候補のひとつ』 『コを抜いただけじゃん……本当?そんな適当なのが確率高いの?』 『条件付けと計算式を説明してもいい。でもたぶん覚えていられないと思う』 『結構です』  涼宮ハルヒねえ。  その話を聞いた時、ほんの一瞬だけどその女ハルヒコを想像してみた。  きっとイツキにちょっと似てて髪は短め。無闇に騒々しくてエキセントリックで、しかし容姿だけはやたらと美少女。女の友達は少ないだろうけど、どうせあの性格のおかげで男女どっちからも一線引かれてるはずだし。なるほど、確かに男より女の方があいつはいいのかもしれない。  だが問題は男のあたしの方。全く想像つかねっす。いやぁBLとか好きなコならすぐ考えちゃうのかもしれないけどねえ……あはは。    両親が戻って短い団らん。食事やお風呂が終われば時刻は既に夜の十時。  平日なんだから仕方ないとはいえ、夜になればなるほどあたしは切なくなる。眠さや疲労感は時間と共にむしろ衰えて、自分でもよくわからないほど神経が研ぎ澄まされるのを感じる。  明日はお休みだというのにもう寝るとさっさと引き揚げるあたしに一瞬両親は訝ったようだけど、ちょっと疲れたからと言うと納得してくれた。今は寝室にあたしひとり。  闇の中。光ってるのは携帯だけ。  さっき、泣き顔のメールを彼に送った。返事を待っている。  心臓が鳴る。とくん、とくん。  とくん、とくん、とくん、とくん、とくん、とくん、とくん、とくん、とくん、とくん、とくん、とくん、とくん、とくん、とくん、とくん、とくん……。  心臓以外、何の音もない寝室。外からTVの音。外は闇夜。 「!」  返事きた。ドライブモードだから完全無音。  内容はにっこり笑顔。つまり「情報操作できたからおいで」の意味。  立ち上がった。  移動条件は着の身着のまま、携帯は電源を切って他の機械類は持たないで。以前そう命令された事を守る。それを守っている限り何の問題もない。  部屋を出た。 「!」  いきなり向こうから母がやってくる。こんな時間に私服で外に出ようとしているあたしは当然とがめられるはずで、あたしは一瞬ビクッと凝固する。 「……」  だが母は、目の前にいるあたしに気づかない。そのままあたしの前を抜けて弟の部屋にいってしまう。  そう、これは彼のしわざ。原理とか理屈とか知らないけど彼はこういう事ができる。  でもここは気にしなくていい。さ、いこう。  階段を下りると父と目があった。だが父は何か考え事をしているようで、これまたあたしに気づかない。そのまま真横を通過して玄関に向かうあたしを見ているはずなのだけど、でも咎めやしない。  玄関から外に出た。  闇夜とはいえここは住宅地で、ある程度の光があちこちにある。その中をあたしはしばらく走り、家が見えない場所まできたところでスピードを落とす。  すう、深呼吸。  暗いし人の姿はない。まるで異郷か深海にいるみたい。  さて、ここから歩く。 「……」  刹那、ぞくっと寒気がして周囲を見る。  電柱の影に人……これって、 「!」  うげ、ハルヒコがいた。まだストーカーしてたのかこいつ。  もちろんハルヒコもあたしには気づいていない。だがあたしの家の方角をじっと見ているハルヒコを見るにつけ、もし見つけても迂闊に声など出さずに速攻パスしろという厳命を思い出した。  そう。ハルヒコの場合「まさか」がありうるから。  冗談じゃない、もちろん命令は守る。速攻で逃げた。  ハルヒコを見ちゃったせいか、身体の芯が錆びついたような気持ちだった。  巡回中の警官とすれ違った。こっちを見たようだけど全然気づいてない。そのまま早足で進んだ。  ……着いた。  そのマンションはいつものように静かに建っている。  ここは彼の他、朝倉|涼《りょう》って名のうちのクラスメートが住んでいる。男なのに優雅な長髪で平安貴族みたいな雰囲気の風変わりな男なんだけど、人あたりのよい好人物でクラスの人気者だ。だがなんと、聞いたところでは奴も宇宙人印の端末らしい。ここはそういう変なのが集まってるマンションなんだろうか?どこかに第13あかねマンションとか書いてないよね?  入り口に立つと、住民カードもないのに勝手にドアが開く。気にせずそのまま通過する。  ロビーは凄く明るいけどたぶん実際はそうでもない。暗い所を歩いてきたからそう見えるだけだ。  部屋番号のパネルを操作しようとしたけど触る前に勝手に動きだし、エレベータのひとつが音をたてて開いた。  迷わず乗り込むと動き出す。既に目的の階のボタンは押されている。あたしは立ってるだけ。  階に到着し、部屋に移動する。  目的の部屋の前にくる。ピンポンを押そうとするがその前に扉が開く。一歩後ろに下がるが少し開いたところで中から太い男の手が伸びてきて、あたしを中に引きずり込んでしまう。  背後で鍵の閉まる音がした。  嗅ぎ慣れた男の匂いに全身がピクッと震える。ゆっくりと顔をあげると、そこには男子制服の広い胸板、そして、 「……」  長門|有希《ユウキ》の顔があった。  おぉ、あいかわらず間近で見るとイケメンだぁ。いや遠くでもイケメンだけどさ。 「ごめんなさい、遅くなった……」  玄関で待っていたという事は時間をかけすぎたのだろう。あたしはすぐに謝罪したが、同時に胸が苦しくなった。  く、こんな時に。 「……」  ユウキは何も言わない。あたしが落ち着くのをじっと待っている。あたしはじっと口をハンカチで押さえて、そのままじっと嵐が通り過ぎるのを待つ。  少しすると落ち着いてきた。 「ふう。ごめん落ち着いた」 「かまわない」  ユウキはそれだけ言うと、あたしの頬に手をやった。 「……ああ、ハルヒコはそこにいたのか。居るのはわかっていたがハッキリしなくて操作に時間を喰ってしまった」 「うん」  ここまでのあたしの思考や行動を読んでいるらしい。報告の手間省けて便利だわほんと。 「キョン。ひとつ質問いいかな」 「何?」 「机の中に避妊器具というのが嫌がらせになるのは、先生に見つかると問題になるからで問題ない?」 「ああいや、それはそうじゃなくてね」  おそろしく博識のユウキだがやはり人間とは違うわけで、時折ものすごい勘違いをしている事がある。そういう時はこうして訂正する。  とりあえず、避妊器具が何を連想させるか、そしてそれが女にとってひどい侮辱である旨を説明した。 「でもさ、そういうのってわからないものなの?」 「女性タイプの個体と情報共有できれば可能だろうね。男性タイプの場合人間の女性社会に入れないので、日常会話から得られる情報ではこの種の情報は入手しづらい。書籍やマスコミなどでは信憑性の問題があるし、生きた情報の方がこの場合は価値がある」 「へー……あたしの情報でも少しは役立つ?」 「かなり」  よかった。  さて情報を読み終わったのか、中に案内された。といっても勝手知ったる部屋であり、おじゃましまーすとテーブルにさっそく就こうとしたわけだが、なぜか首根っこを掴まれる。  ああ、ちなみにあたしの私服。焦げ茶のノンスリのワンピにグレーのカーディガンという地味〜な姿。まぁ身一つだからね。おまけに下に履いてるのもグレーの地味なサンダル。まるで華がない。いやだから身一つだし。携帯入れるポケットすらなかったから手で持ってきちゃったしねえ。  けど、これはこれで正解だったりするのである。なぜかというとこのワンピとカーディガンを選んだ理由は、胸元の小さなボタン以外は固いものが一切使われていない事であって、 「……!」  ……そ、そうそう。こうやってユウキが全身なでくり回しても邪魔なものが一切ないというわけなんだけど……ってそれはいいんだけどシャミセンのノミとりじゃないんだから、そんなコネコネさわりまくらんでもってっ!!!! 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」  くは……ふ、服きたまま……た、立ったまま……って……え……え?  気がつくとベッドの上に置かれてた。  えっと……もしかして意識飛ばされた?ちょ、なんか状況わけわかめなんですけど。  けどユウキの方はというと、そんなあたしの方なんか注目しないで何か小さなペラペラのカケラみたいなのを持ってる。なんだか怖い顔をして。  ああ、あたしの身体にたぶんアレがついてたのねきっと。それを探してたんだ。もちろん半分はお茶目だろうけど。  で、あれは何? 「ユウキ?」 「……」  ユウキはそれにスラスラと指を走らせると、こう言った。 「発信器。たぶん古泉一姫と接触中に装着されたんだろう。今ダミー情報を食わせるように切り替えた」 「え?……あ」  そうか。ハグられないよう逃げたとはいえ、触られちゃいるんだっけ。 「……」  ユウキは人間じゃない。感情はあるけど表現は多彩とは言えない。あたしにはある程度わかるけど。 「……」  て、てーか、ユウキったら何かなんか怒ってるんすけど? 「キョン」 「はい?」 「これからは、俺も涼宮ハルヒコもいない時にあの二人には近づくな」  うえ、命令っすか。 「命令」  う、うん。わかったけど。 「それって、抑止力がいない時はダメって事?危険?」 「そう。危険」  はっきりとユウキは頷いた。 「今まで彼らは君の人格を尊重した応対を続けていた。君と敵対は避けたい、そういう意図が透けて見えていた。  だが今回、はっきりと君の人格を無視する行動に切り替えてきた。これは先方の背景となる組織に何かあったという事。  正直なところ、これは非常に危険。向こうの動向が掴めるまでは迂闊に動いてはいけない」  そう言うとユウキは少しだけ沈黙した。何かを伝達するような、あるいは問い合わせるかのような反応だった。 「……なに?」 「この時間にいるすべての俺以外の端末に警報を送った。現在、我々以外のすべての陣営に対する緊急警戒体制への移行を申請中」 「な」  それってオオゴトじゃん。朝倉とか黄緑先輩……だっけ。あのひとたちにも送ったの? 「送った。彼らは特に異陣営に極めて近いので、体制移行後は情報結合解除を含むあらゆる行為が許可される」 「……」  と、ここまで聞いた瞬間にふと気づいた。  ……これ、戦争だ。  警戒体制なんて表向きだろう。それは単に、相手が引き金を引くのを待ち構えるって意味でしかない。  やる気なんだ。  本気で自分たち以外のすべての陣営を敵に回すつもりなんだ。そう思った。  たとえ、それが世界のすべてを敵に回すのに近い意味だったとしても。  ……いけない、止めなくちゃと思った。 「……」  だけどユウキは、なぜかあたしの顔を見て首をかしげた。 「君はひとつ勘違いをしている」 「?」  いや、いきなり言われてもわけわかんないから。  そう言うとユウキは「説明する」と頷いた。 「本格的敵対状態と看過したのは確かに間違いない。今までも表立って敵対していないだけで仲間ではなかったが、今回のことで完全に袂を分かつ可能性もでてきた。それは確かに事実だ。  だが、それに君が責任めいたものを感じる必要はない。今それをわかりやすく説明する」 「……はぁ」  なんか説明してくれるらしい。そりゃありがたい。  ユウキはうっすらと笑うと、あたしにもわかるように簡略化しつつ説明をしてくれた。 「まず情報統合生命体は今回の件で、ひとつの結論に達した。行動もそれに即したもので、別に君を守るための大作戦とかそういうわけではない。だから気に病む必要は全くない。  あと、確かに君を守る事もその決定に含まれているが、それは最悪の場合に備えて君をキープしておくという意味でもある」 「キープ?どういうこと?」  ユウキは少しだけ首をかしげ、そして言った。 「君が部室で古泉一姫や朝比奈ミライに語った言葉、覚えてる?それが世界の選択なんだと」 「うん」  もちろん、自分の言葉だし。 「実は、語彙は違えど情報統合生命体の結論もほとんどそのまま同じなんだ」 「……え?」 「つまりね、つまり情報統合生命体の結論はこうなのさ。『いずれ涼宮ハルヒコは致命的な暴走を引き起こし、この世界そのものが破綻、崩壊してしまう可能性が非常に高い』とね。意味わかるかな?」 「な……えええええ!?」  あたしの目は点になった。言葉の意味が頭にしみとおった途端、ゾクッと自分がふるえたのがわかる。 「ちょ、自分の言葉の意味わかってるの?世界の終わりがくるって事じゃん!マジで!」 「もちろんわかってる」  落ち着けという事だろう。ユウキはあたしの背中をぽん、ぽんと叩いていた。  やがて気がつくとあたしの興奮は収まり、ユウキに抱きしめられていた。  男の子の匂い。男子制服の感触。いつもと変わらない。  本当に、冗談でなくマジで世界が終わってしまうというんだろうか? 「百パーセントとは言わない。だがこのままいけば確実に」 「回避手段はないの?」 「なくはないが、実施困難」  ユウキは頷き、少しだけまた首をかしげてあたしの顔を見た。 「涼宮ハルヒコの精神を安定させれば、同時に世界も安定を取り戻すだろう。  だが彼は君にあまりにも執着しすぎている。そして我々の力をもってしても涼宮ハルヒコの精神には干渉できない。おそらく「自分が自分である事」を本人が欲していて、それが他者による強制的な干渉を排除するのだと思われる。  とどめに、君を差し出すという手段は俺個人としてもとりかねる。さらに今回、情報統合生命体からもその手段は避けるべきという指示が出た」 「え?それって……その最後って、どういう事?」  なんか、まるで|情報統合生命体《ユウキのおやだま》自体があたしを守れと言ってるように聞こえるんだけど?  そう言うと、なんと驚いた事にユウキは頷いた。 「君はたぶん非常に嫌がると思うが、結局のところ涼宮ハルヒコに君は近いという事だ。思想信条的にも、そして相性としてもね。  ただ今回はそれがマイナスの方向に出てしまっただけにすぎない。好意も嫌悪もベクトルが逆なだけで類似の感情なんだよ。  ここまでは理解できる?」 「う、うん。頭では」  わかりたくないけど、でもわかる。 「とはいえ、現時点で君と涼宮ハルヒコが異性として接近するなどありえないよね?これは俺も同意する。  また、情報統合生命体は人間の男女間の問題を理解できなかったが、君という人間、そして俺たちの関係を通して少しだけ理解できたようだ。つまり、相性がいい異性同士だからといって結びつくとは限らない、むしろ敵対する可能性もあるという事をね」  ふう、とユウキはためいきをついた。 「初期の我々の考えでは、君は涼宮ハルヒコに対する最重要キーパーソンという事だった。これは今も変わらない。  君は普通の人間だが、同時に涼宮ハルヒコの引き起こした情報爆発の中心にいた者でしかも彼の行動の一翼を担った片割れでもある。彼は君があの時のジェーン・ドゥだとは知らないが、心の深層ではもちろん気づいてるし、それに外観的にもそっくりだ。当人なんだから当たり前だが。このため常に彼は君を追いつづけていた。あの、夏休みを五百年繰り返していたあの季節でさえも。  その執着の結果、君自身にも変化が現れている。気づいてないと思うが」 「……へ?あたしに?」  そう、とユウキは頷いた。 「君自身には今のところ何の能力もない。だがハルヒコの影響で変化が起きている事に情報統合生命体は関心を寄せている。だからこそ、滅びゆく可能性の高いこの世界において、君を保全し、必要なら安全な場所に逃がすべきという動きもまた発生した。  それが、君を守る事に至った理由。わかったかな?」 「……」  理解できない。いや、頭が理解を拒否している。 「……」    クラッ……と、世界が揺れた。    目覚めたら、思いっきりまた抱きしめられていた。  ユウキの目があたしの目の前にあって、 「……」  だんだん落ち着いてきた。 「……もしかして、あたしまた飛んじゃった?」 「ちょっとだけ」 「……ごめん」 「別にいい」  ユウキの腕の中で謝った。  我ながら脆い意識だと思う。何度ユウキに助けられたか、もう覚えちゃいない。  ハルヒコと出会ってからこっち、特にこうなっている気がする。失神にもクセがつくとか、そういうのがあるんだろうか?  と、いきなりユウキの方は何かごそごそし始めた。何事かと思っていると、 「それよりちょうどいい、少し遊んで気分転換でもしようか。ほら」 「?」  唐突に何か、キラキラしたものをあたしの目の前に出してきた。 「……ん?もしかしてヒップスカーフ?」  よくわからないという人は、ベリーダンスで腰につけるキラキラ・ひらひらした飾りを想像するといい。あの飾りをヒップスカーフというんだけど、キラキラしたものからわりと普通に衣装っぽいのまで色々ある。たとえばスレンダーな人が上下真っ黒で身体にフィットするイメージの服で固めたとして、金色の細身のヒップスカーフを腰というかウエストにつけてワンポイントにする、みたいな使い方もできる。  目の前にあるのは、その飾り系のヒップスカーフ。金銀キラキラ〜なエスニック全開の奴。露出の高い衣装と一緒にするとエロいんだけど、これってあたしみたいにガキ体型だと致命的に似合わない。なんていうか「本格的な『馬子にも衣装』」とでも言うべきか。いや悲しい話、以前試着してズンドコ落ち込んだ事あるから間違いないっす。  で、これがどうしたの? 「これに着替えて」  はぁ、これをあたしに着ろと?ま、まぁいいけどどうして?  ん?|着替えて《・・・・》……って? 「ちょっと待って」 「何?」 「着替えるって事は、全身こういうので固めろっての?いいけど、あたしだと致命的に似合わないと思うよ?」 「違う」  だけどユウキははっきりとそれを否定すると、こう抜かした。 「|これに《・・・》着替えて」 「……はぁぁ!?」  あたしはその意味に気づいた瞬間、自分で自分の顔が真っ赤になるのに気づいた。 「こ、こここれは服じゃなくて飾りだって!」 「もちろんわかってる」  えええええええええええっ!?  じょ、じょじょじょ冗談じゃないっての!  それって、裸の上にこれだけつけろって事?てーか下手な全裸よりはるかにエロいでしょうがそれ!  当たり前だが文句を言おうとした。  だけど、 「あ」  ぐい、と顎をもたれて上を向かされた。 「……」  ユウキの目が、あたしの目をまっすぐ覗き込んでいる。  たったそれだけなのに、あたしはその視線があたしの全身を搦め捕っているような気がした。ユウキに身体中好き放題に嬲られているような気がして、みるみるあたしの身体から力が抜けていった。  逆らえない。あたしはユウキに決して勝てない。  いや、それも間違いだっけ。  ユウキが何者であるか知っていたのに、それでも助けを求めてこのマンションに駆け込んだあの日。  あの日の言葉通り。  そうだった。|所有物は持ち主にしたがわなくちゃ《・・・・・・・・・・・・・・・・》。 「…………はい、わかりました」  あたしはただ、それだけ答えた。  自分が震えているのがわかった。恐怖?不安?  ……いや、たぶんそれは『|被虐《もっといじめて》』への期待。    ちゃぷん、と水音。  金魚鉢の金魚は、やっとこさエサにありついた。   (おわり) [#改ページ] あとがき[#「 あとがき」は中見出し]  お読みいただき、本当にありがとうございます。  本SSは『ひだまり』のキョン子視点です。時間軸としては、この少し後に『ひだまり』の事件が起きる事になっています。    ネットにあるキョン子ネタは個人的に好きなんですが「ハルヒがもし男だったとして、いやみんなの性別が本当に反対だったとして、本当にSOS団が健全に運営できるものだろうか?」というのが『ひだまり』と本SSの生まれた最初のきっかけです。  ただそれだけでは今ひとつ書こうって気持ちにならなかったのです。何より本SSは女性視点であり、いくら病んでいるとはいえ女性視点は自分には書けないと思っているから。でも『ひだまり』を書いた事で個人的に「書いてみるか」という気持ちになりました。「こんなんありえねーよ!」と思ったあなた、ごめんなさい。    今これ書いてて気づきました。さっそく感想くださった方、本当にありがとうございます。これからもどうかよろしくお願いいたします。  それでは。 (2010/05/09 東京にて) [#改ページ] ネタ設定(随時更新)[#「 ネタ設定(随時更新)」は中見出し] 『第13あかねマンション』  新井素子の小説によく登場するマンションで、わりと魔窟的取扱い(だったと記憶している。すみません最近読んでないから^^;)   『|BL《びーえる》』  万人むけの情報ではないと思うので一応解説。  Boys Loveの略で、腐女子系でよくある男の子同士のエロい話の事。   『キョン子』  キョンが女性として生まれた場合の存在。TSではなく生まれた時から普通に女の子です。中性的なのが本人のスタイルなのですが、それは同時にトラウマにもなっており、その反動として今時珍しい美しく長い髪をもち、それをポニーテールにしています。  原作同様にハルヒコに関わってしまうが、原作と違って彼のやばさに完全にドン引きになる。それでもSOS団設立までという限定つきまで妥協して手伝うが、ハルヒコが長門を引き込んだ事から、古泉加入前で女ひとりだったキョン子は長門ユウキ親衛隊に完全に目をつけられてしまう。当初はハルヒコの存在がクッションとなっていたがそれも長くは続かず、嫌がらせはみるみるエスカレート。やがて机いっぱいに見るに耐えない内容の落書きをされたりコンドームや汚物を突っ込まれるなどに至り、とうとう耐えきれなくなり学校を休んでしまう。  一方この事件が長門との急接近のきっかけとなり、キョン子は長門の提案の元、そのまま正式設立したSOS団に残留する事で親衛隊の追撃をかわす選択をする。  同時にそれがハルヒコの狂愛化の最初のきっかけにもなった。  ストーカー化しつつあるハルヒコから逃げ出しユウキに本格的庇護を求めるが、この時その代償として自分から、ユウキのものとなり人間のサンプルとして観察対象になる事を申し出、ユウキはそれを了承する。以降ふたりは隠れ会う存在となり、SOS団の中で浮き上がりはじめる。  女性なので、ジョンではなくジェーン・ドゥ。  実は結構被虐的な面がある。   『長門|有希《ユウキ》』  長門|有希《ゆき》の男性型。本編の長門有希に比べてすべてが人間くさく、特に男女関係についての学習度が桁外れにあがっている。もちろんそれはキョン子との関係がもたらしているもの。人間の少女と本格的に恋愛関係になったTFEI端末という異端中の異端。  キョン子が自称・長門親衛隊によってひどい目にあわされた時、彼はそれに気づくとすぐに動き出した。まず病床のキョン子に謝罪に訪れ、そこで自身の事をも説明し、さらにこの件については自分が助けるのでいつでも頼ってきていいと伝えて帰った。もちろんキョン子はそれを信用しなかったが、後にキョン子の切り裂かれた制服を目の前で修復したり、淫売だの売女だの性器マークだのの描かれた体操服のそれを手でひとなぎで消してしまったりしたため、キョン子もついに信用、次第に彼を全面的に信頼するようになっていった。  なお彼はキョン子と「所有するかわりに守る」という契約を交わすが、そもそもそれ以前から彼はキョン子を積極的に庇護している。つまり彼はその契約に実利を求めたのでなく、単にキョン子がそれで安心するならと取引に応じたものである。ただその口約束がキョン子のバイオリズムの一部まで支配してしまっている(キョン子はそういう性癖の持ち主である)のを興味深く思っており、そこからキョン子を独占したい、支配したいという願望も芽生えさせつつある。  余談であるが、もちろんこうした推移をも情報統合思念体はおはようからお休みまできっちり見守っている。そして興味も抱いている。キョン子は今も自分が切り捨てられるのを恐れているようだが、おそらくはむしろ、死なせてもらえない事を心配しなくちゃならない状況に到達しているはずである。   『古泉|一姫《いつき》』  古泉一樹の女性版。ただし本SSではビアンである旨が明言されている(原作ファンの間ではよく同性愛疑惑が語られるが、もちろんオフィシャルでは認められていない)。  ただし彼女はその性癖をわざと噂にして流す事により、長門や朝比奈のファンクラブの追撃から逃れている面もある。  原作の古泉がそうであるように非常にハルヒコ寄りの一派に属している。ゆえにキョン子にも着目する他、個人的にもキョン子を大変好ましく思っている。キョン子の周囲のやばさにもいち早く気づいたが、原作のキョンが古泉の策士ぶりにしばしば警戒するように、キョン子もイツキを無条件に信じる事ができなかった。   『朝比奈ミライ』  ミライは未来。みくるが未来なのと同じ。言うまでもなく彼女の男性版である。  愛くるしいショタ全開の美少年である。朝比奈みくるの可愛らしい性格もそのまんまで、彼女が男に生まれていたら、のイメージそのままと考えてほしい。SOS団初期の頃は原作のキョンが朝比奈みくるに接していたように、ほとんど癒しのような感じだった。  だがハルヒコの件や校内での嫌がらせなどにキョン子が苦しめられていた時、男性である彼はいじめの規模や酷さを把握するのが遅れてしまった(最初から実態がわかっていれば、心やさしい彼は任務を投げ出しても真っ先にキョン子の助けに回っただろう)。結果として、朝比奈が頼りにならないと判断したキョン子は、長門ファンクラブの攻撃を逃れるのに長門に頼るという究極の手段に訴える事となった。そこで朝比奈は事態の重さに気づいたのだが、急速に長門と結びついていくキョン子を止める事はもう彼にはできなかった。   『涼宮ハルヒコ』  ここを読む人には説明いらないだろう。そう、あの涼宮ハルヒの男版である。  性格その他は基本的にハルヒと全く変わらない。だが性別が男である事から、いくつかの点に問題が起きている。  まず、女ならスルーですむところがいくつもトラブルを生んでいる。たとえば同性異性を問わず傍若無人に突撃するのもそうで、ハルヒなら変人だがハルヒコだと通報されるケースが数多い。逮捕歴もあるし指導がついた事もある。学業成績はハルヒ以上であるにも関わらず、周囲の評価は女のハルヒよりずっと低いのはこのためである。  この問題はキョン子に対しても発動された。つまりキョン子はキョンと違い、ハルヒコと関われば関わるほどに嫌悪感のみを増幅させていった。キョンはハルヒに振り回されてる反面同時に急速に惹きつけられてもいたわけだが、キョン子はそうならなかった。ゆえにキョン子がなびくばかりかどんどん離れていくのに焦り、長門や朝比奈と仲良くするのを妨害したり、ストーキングに走るといった方面に歪みはじめた。