馬鹿の挑戦・なのはvs変態魔導士 はちくん リリカルなのは、なのは他 ・闇の書事件の一ヶ月後の物語です。 ・映画版は考慮されていません。これは本SSの公開が映画の数年前のためです。 ・StrikerS以降は全く無関係です。ストーリーのみならず、それ以前は存在しなかった後出しの独自設定(個人使用の大出力魔法の弊害の話など)も含めてです。本SSでもそれらは一切「ないもの」として扱っています。 [#改ページ] プロローグ[#「 プロローグ」は中見出し]  ようやく進路も決まったなのは、フェイト、はやての面々だが、なにしろ三人とも小学生である。製作中であるはやてのデバイスのこと、なのはの事などもあり、地球の周回軌道上にいるアースラの中で研修の名の元にまず基本的な勉強をする、という事になっていた。  はやての騎士たちは既に仕事があった。アースラには三人娘とユーノ、アルフだけがいた。フェイトもふたりが心配だったのか事件のない今はアースラに入りびたり、なのはの研修につきあってあれこれと世話をやいていた。  そんな中、ひとつの出来事があった。  武装局のお偉がたがなのはを尋ねてきた。テスタロッサ事件からなのはを知っていた現場の人間は「ぜひあの子を武装局へ!」と強く強く推薦していたわけだが、お偉がたはなのはの戦闘を記録でしか知らなかった。彼らも元は現場の人間だったわけで、皆がそうまで推す小さな天才少女の力を一足はやくこの目で見たかった。彼らは示し併せて都合をつけアースラを訪れ、なのはに全力全開の戦闘を見せておくれと頼んだのだった。アースラの人間たちが止めるのもきかず。  結果として、アースラの訓練室は全壊した。大人たちの懇願を実に素直に聞き入れた彼女はまさに全力全開で戦闘を行ったのだ。アースラ詰めの武装局員では全く相手にならず、フェイトが飛び入り参加しての全力戦闘に移るに至っては過去の英傑たる老人たちも空いた口が塞がらなかったものだ。あんな子たちがここまでの戦闘をやってのけるのかと。  そしてとどめは『スターライト・ブレイカー』。模擬戦用のターゲットに向かってなのははそれを全開にしたのだが、実戦叩き上げ、しかも自分より強い者とばかり戦ってきた彼女は力の加減を知らなかった。蒼白になったフェイトが「なのは、それはダメ」と止めようとしたがもう遅い。ターゲットはもちろん、AAAクラスの魔術公使にも耐えうるはずの訓練室の結界までもがなのはの桃色の魔力光の前にあっさりと吹きとび、アースラ本体に損傷が出るほどの大騒ぎになってしまったのだった。  ひたすら恐縮し、ごめんなさいと平謝りのなのは。いいんだよ君のせいじゃない、こりゃあ面白くなってきたわいとジジ馬鹿半分に大喜びの老人たち。  辺境生まれの天才少女、高町なのは。アースラ級戦艦すらもぶちぬくとんでもない子供。その名は老人たちの口からさらに噂となり、ミッドチルダのその筋に噂としてあまねく広がった。    そして、その事件は起きたのである。 [#改ページ] 変人魔導士[#「 変人魔導士」は中見出し]  あるところに、ひとりの男がいた。  彼は優秀な魔導士だったが政府の認定は受けていなかった。その能力を生かせば仕事の口など山ほどあろうに、彼はあえて地味な暮らしをモットーとしていた。彼は自分のちょっと特殊な趣味をことのほか愛しており、そのためには他の何を犠牲にしても厭わない男だったのだ。  本名不明。自称カイト。魔導士。 「……実在したのか」  男の前には、苦労して入手したひとつの資料があった。  わずか十歳そこそこの少女。技術も時代遅れなら魔術など存在もしない世界の出身。魔法を身につけてわずか半年でふたつのロストロギア事件、それもあの『テスタロッサ事件』『闇の書事件』で未曽有の大活躍をした規格外れの天才。  そう、高町なのはのデータである。  都市伝説にすぎないと思っていた少女。最近裏社会で噂になりはじめた存在。異常なほどの伝説になりながら、いまだミッドチルダには姿を現さない管理局の秘蔵っ子との噂も高い彼女。  入手した記録を簡潔にまとめると、こうあった。 『生まれてはじめて魔法を見たその日にインテリジェントデバイス「レイジングハート」を起動、その場で活動中のロストロギア「ジュエルシード」と戦い勝利した。レイジングハートは特殊なデバイスで起動にはパスワードを必要とするが、半日後の次の起動時には既にパスワード不要になっていた』 『数日後に遠距離魔法習得、さらに数日後に飛行をマスター。その後も日ごとに急成長を続け、一ヶ月以内に空間から魔素をかき集め射出する得意の大技「スターライトブレイカー」を開発。テスタロッサ事件解決の中核を担い、本職の武装団も全滅させられた怪物的魔導士と対峙した。それら全てをほぼ自己流で達成』 『約半年後、闇の書事件に関わり未曽有の大活躍。とうとう管理局から史上最年少の戦技指導官候補として引き抜かれた。当時十歳そこそこ』 『武装局長に乞われて「スターライトブレイカー」を披露するが、特別訓練室の結界をたやすく打ち破り訓練室ごと大破させた。あまつさえ、対魔導戦艦として名高いアースラ型の外壁まで余波でぶちぬいてしまった』  なんの冗談だこれは、と男は呆れた。  そのデータが管理局正式のものでなかったら、冗談好きの誰かの創作物と断定したところだった。それほどに非現実そのものの内容だった。  だからこそ男は調べた。その噂の真実を。  だが、それは誇張もへちまもなく全て事実だった。 「信じられん」    天才?  違う、これが事実なら高町なのはは天才などではない。    むしろこれは『化け物』だ。    なるほど、優れたデバイスがあれば素人でも魔法は使える。魔力さえあればそれはこなせる。防御も攻撃もできる。ロストロギアの封印だって可能だろう。  だが、無知の素人がいきなり遠距離魔法を編み出しあまつさえ空も飛ぶのか。  個人の魔力では破れないはずの戦艦の外壁をぶちぬいてしまうのか。  百戦錬磨の魔導士と戦い、あまつさえ本職の武装局員たちが全滅させられたような軍団と渡り合ってしまうのか。  ありえない。できるわけがない。  優れた魔導士が長い時間をかけて辿り着く境地に、一年とかけずに独力のみであっさり到達した少女。  それが何を意味するか。  まともじゃない。  この娘は、どう考えてもまともな存在ではない。 「畜生、ゾクゾクするじゃねえか」  男は震えた。ひさしく感じていなかった高揚だった。ぴく、ぴく、と男の頬が痙攣する。その目は、高町なのはの愛らしい肢体から離れない。  その熱い視線は、なのはのスカートの一部をじっと見据えている。 「しかし、見れば見るほど…………」  感きわまったのか、男はブルっと大きく震えると叫んだ。 「待ってろよ高町なのは!  はは、ははははは、あははははははははは!」  男の狂笑が、狭い部屋に高らかに響きわたったのだった。 [#改ページ] 俺と戦え!高町なのは!(1)[#「 俺と戦え!高町なのは!(1)」は中見出し]  |海鳴《うみなり》市。とある朝のことだった。 「なのは、どうした?」  いつになくもの憂げな妹に兄が話しかけた。 「うん……最近ね、フェイトちゃんがなんだか沈んでて」  なのははちょっと寂しそうに返した。 「ほう?で、その事情を話してくれないのか」 「うん」  ぱく、と焼き魚を口にしながらなのははつぶやいた。  |爽《さわ》やかな陽射しが高町家の食堂に差し込んでいた。|朝餉《あさげ》の匂いに満ち、家族の|団欒《だんらん》がある。暖かな朝の風景が広がっている。  そんな中、両親も兄も姉も普段の会話を止め、沈んでいる末娘のために耳を傾けた。  家族の暖かい視線を感じつつ、なのはは語った。 「いつもなら、そのものずばりを話してくれない事はあっても漠然とはお話してくれるの。フェイトちゃん、お母さんの事とか色々あったから」 「ふむ」  その事は高町家の面々も知っていた。  高町の末娘、高町なのは。どこにでもいる可愛い小学生の女の子。だが自分たちの愛娘のもうひとつの姿を彼らは知っていたし、そのフェイトという娘が「そちらの側」の女の子である事も全員が理解していた。 「そうだなぁ。ま、そう深く心配する事はないと思うがな」 「どうして?お父さん」 「父さんにも似たような経験が昔あったからさ」  父親、士郎が真剣な顔をして腕組みをした。 「親友だからといって、いやむしろ親友だからこそ話せない事もあるもんだよ。あの子がなのはに話せないことがあるとしたら、それはきっとなのはをいたずらに心配させるのがイヤなんじゃないのかな」 「……」  なのはは、父親の言葉をじっと聞いていた。 「あの子がなのはにとって親友だと思うんなら、なのはが今するべきはあの子を信じてあげる事じゃないかな。そしてサインを見逃さない事かな」 「サイン?」  ああ、と父親はうなずいた。 「話からすると、フェイトちゃんは今のところなのはに話すつもりはないんだろうね。  だけど、もしかしたら本当は助けて欲しいのかもしれない。助けてほしい、でもなのはを巻き込みたくない、そんな思いでいるのかもしれない。そうでないにしても、解決は自分でするけど、話だけでも聞いてほしいと思っているかもしれない。  そんな時になのはが聞き役になってくれたら、それはきっとあの子にも励みになるだろう。  悩みごとを解決してあげるだけが手助けというわけじゃない。話をきいてあげる、ただそれだけでも助けになる事はいくらでもある」 「ふぅん……」  なのはは感心したように父親の優しい顔を見て、 「うん、ありがとうお父さん!」  満面の笑みでそんなことを言ったのだった。  高町家は暖かい。  この世界にあっては異端でしかない魔法の力、そんなものに稀有の才能をもつ娘。そんな存在ですら平然と受け入れるだけの余裕と愛情を、この家の人間は持ち合わせていた。  なのはは笑顔を取り戻し、兄も姉もそんな妹に笑った。両親もそんな子供たちに笑顔を浮かべた。穏やかな時間が過ぎようとしていた。  と、そんな時だった。唐突に家族の前に丸い魔法の通信ウインドウが開いたのは。 「え?アースラから通信?こんな時間に?」  ありえないことだった。  現在、なのはの所属はアースラになっている。学校が夏休みに入ればアースラ経由で中央管理局に研修にいくことが決まっているのだが、少なくとも今は普通に学校にいく事になっている。また特別な事態が起きたとしても、それは一般回線を通して電話で伝えられるのが普通だった。いかに彼女が特別といっても立場はあくまで|嘱託《しょくたく》だし、おまけにまだ法的にも道義的にも間違いなく子供なのだから。  なのに、その通信はアースラから直接のものだった。 『おはようございます。お食事中に失礼します』 「え?リンディ、さん?」  画面に写ったのは、アースラの指令室。そして、勇退が決まっているはずのリンディ提督だった。 『なのはさん、突然で悪いんだけど、お食事がすんだらすぐアースラに来てくれるかしら。貴女とどうしても会いたいって人がミッドチルダからはるばる押しかけてきて、ちょっと困ったことになっているの。  学校の方にはもう連絡してありますから』 「あの……私に、ですか?」 『ええそう、なのはさんに』 「誰でしょう?」  なのはは首をかしげた。思い当たるふしが全然なかったからだ。  ついこのあいだまで、なのはは普通の女の子だった。ここからすると異世界にあたるミッドチルダに知合いなんていないわけで、そこから「どうしても会いたい」なんて尋ねてくる人がいるとはとても思えない。  まぁ強いて言えば、先日の訓練室破壊騒ぎの時の武装局の人達ならありうるかもしれないが……だがそれなら「会いたいって人がいる」などと歯の奥にものが挟まったような言い方をリンディ提督がするとも思えない。はっきりそうだと言うはずだ。  つまり、何かあるということだ。 『突然で申し訳ないんだけど、よろしくねなのはさん』 「あ、はい。わかりました」 『高町の皆さん、お嬢さんをお借りします』  リンディ提督の映像は、あっけにとられた顔で映像を見る高町の家族にもふかぶかと頭をさげると、すっと閉じて消えた。 「……なんだろ」  頭の上に「はてな」マークを浮かべ、なのはは首をかしげた。 [#改ページ] 俺と戦え!高町なのは!(2)[#「 俺と戦え!高町なのは!(2)」は中見出し]  たくさんの文明、そしてたくさんの世界。  かつて、なのはが関わった事件にはふたつの|文明遺産《ロストロギア》の存在があった。ジュエルシード、そして闇の書。どちらも第一級の遺産であり、同時に始末に困る大変厄介な代物だった。  だが、そういう剣呑なものとは違う『遺物』も世界には無数にある。それは無名すぎたり危険度が低かったりという理由で管理局の管轄にはなっていないが、歴史について、世界について学ぶには有意義なものも少なくないし、意義はなくとも興味深いものなどは民間の学者や魔導士が研究の対象している事もある。専任で研究する者、本業のかたわら趣味で解析している者、さまざまであり、それら民間の研究者がいったいどれだけいるのか、という事についてはいかに管理局といえども把握しきれるものではない。  高町なのはをはるばる尋ねてきたこの男もまた、そういう民間の研究者のようだった。  上から下まで真っ黒という黒衣の魔導士は、なのはに向かうと襟をただし、ふかぶかと頭をさげ敬礼をした。 「はじめまして、高町なのは君。俺はカイト。民間の魔道研究者です」 「えっと、高町なのはです。はじめまして」  まるで大人のレディに対するような丁重な挨拶をされ、なのはは戸惑い気味にやっと挨拶を返した。  なのはの横にはフェイト、そして八神はやてがいた。だがそのふたりも「なんだろこの人」と言わんばかりの目で見ていた。  先刻まで沈んだ顔を引きずっていたフェイトすらもそうだった。 「随分と丁寧なんだな。さっきまでまるでテロリストみたいな態度だったくせに」  冷やかな視線を向けたのはクロノ・ハラウオン執務官。まだ少年であるが、母親の後をついでこのアースラの提督となる事がつい先日決まったばかりである。  対する、カイトと名乗った男は黒衣のマントを翻し、ふんと笑った。 「あたりまえだろう。  正式の面会をきちんと申し出たというのに、規則がどうのプライバシーがどうのと堅苦しいことを抜かして、彼女に確認どころか門前払いを喰らわそうとしたのはそっちだろうが。  俺が怪しいってのはわからんでもない。だが話も聞かないってのはどういう事なんだろうなぁ?」 「身の証も立てられない人間の言葉など聞く必要はない」 「証なら立ててるだろうが。魔導士のマントと学者としての自己紹介はきちんとしただろうに。  それともなにか?ミッドチルダのおぼっちゃんは、市民カードのない貧民と話す口など持ってないってか?」 「ああ、ないね。君みたいな男は特にな」  どうやらクロノと相性が悪いらしい。いきなり睨み合いをはじめそうなふたりを、まぁまぁと苦笑してリンディがなだめた。 「そうは言いますけどねカイトさん。なのはさんはわたしたちの保護下にあるというだけで、今のところは正式の職員ではないんです。親御さんからお預かりしている民間人というのが正式の立場。普通なら、たとえミッドチルダのトップが相手であっても理由もなく面会させるわけにはいかないの。別に貴方がどうというわけではないんですよ?  ましてカイトさん、あなたはミッドチルダのご住所も正式なものではないし、カイトさんというお名前も自称されているだけで本名もなにもわたしたちには教えてくださらないでしょう?あなたの熱意はよくわかったからこうして特例としてお願いして来ていただいたのだけど、本来ならこの面会だけでわたしたちは責任を追求されなくてはならないくらいなのよ。  そのあたりだけはわかっていただきたいものね」 「すまない。それについては俺も甚だ不本意なんだが……いろいろあってな。本名だけは勘弁してくれ」  ふう、と情なさそうに男も眉をおさえた。どうやら悪意があるわけではなく、単にクロノと相性が悪いだけのようだった。  そして、あっけにとられてぽかーんと見ているなのはに改めて向きなおり、 「すまないな。いきなり呼びつけたうえにこんなドタバタを見せてしまって」 「あ、いえそんなことは。それよりも」 「ああ、そうだな。まず君が抱いているだろう疑問に答えなくては」  そう言うと男は真剣な顔をした。 「さっきも言ったけど、俺は魔道の研究をしている。政府所属の正式なものではないし、君が関わったロストロギアのようなご大層な代物でもない。ちょっとユニークで珍しいものではあるけどね。  こうしてはるばる君を尋ねてきたのも、その研究のためなんだ」 「じゃあ、カイトさんは学者さんなんですね」 「ああ、そういう事になる。少なくとも俺はそのつもりだ」  なのはの言葉に頷き、カイトは腕組みをした。 「俺の研究対象っていうのは古代の魔法のひとつなんだ。デバイス発明以前の古いものでね、効果についてはわかっていたんだが発動させる方法がどうしてもわからない。なにしろ時代が時代だし書物は焼失して久しい。ずっと研究を重ねていたんだよ。  で、先日ようやくその起動原理がわかったわけなんだ」 「はぁ」  そんな大時代の魔法と、わざわざ自分を尋ねてきた事のどこに接点があるのだろう?なのはの頭には?マークが飛び交っていた。 「あのー、その大昔の魔法と私と、どういう関係があるんでしょうか」  なのはの言葉に、カイトは「うむ」と頷き説明しようとしたのだが、 「……触媒、か?」  ぼそりと発言したのは、さっきまで男、カイトと睨み合っていたクロノだった。 「その通りだクロノ執務官。  俺の解析結果によると、その魔法の起動には『力ある魔導士の衣服』が必要なんだ。それもただの衣服ではない。少なくともAAAクラス程度の魔力を持つ魔導士が魔力で編み上げたもの、現代でいうところのバリアジャケットだな。これを必要とするわけだ」 「バリアジャケットを……魔法に使うんですか?」 「ああ」  不思議そうに問いかけるなのはに、ああとカイトは答えた。 「俺も魔導士だが、あいにくAAAクラスの魔力はない。そして俺の知る限り、最大の魔力を持ち俺の魔法との相性も一番いいのが君というわけなんだ。  どうだろう。非礼は承知の上だが、お願いできないだろうか」  はぁ、というためいきが周囲から漏れた。 「ふむ。言いたいことはわかった」  納得したようにクロノは頷いた。 「だが、その程度の理由ならどうして今まで言わなかった?AAAクラスの魔導士のバリアジャケットを借りたい、その願いは確かに無理難題かもしれないが、君が再現したいと願っている魔法の種別如何によっては我々だって悪いようにはしないのだが?」 「はぁ?」  男は呆れたようにクロノを見て、そして盛大にためいきをついた。 「あのなぁ少年。んなもん、君らが信用できないからに決まってるだろ」 「時空管理局が信用できないというのか?」 「ああ、できねえな」  男は大仰に肩をすくめた。 「あのなぁ。  世間一般の歴史学や魔道研究者の立場で考えてみろよ。時空管理局の評判がいいわきゃないだろう?  大切な研究は妨害される、貴重な資料は盗んでいく、閲覧すらさせてくれないばかりか、返せと噛みつけば最悪、逮捕されちまう。  だいたいだな、おめえらは無限書庫と危険物の管理さえやってくれりゃそれでいいんだよ。無関係の遺物にまで手出しすんじゃねえっての」 「管理局が管理するものは第一級のロストロギアに限られている。しかも希望者には条件つきとはいえ閲覧も許可される」 「……なんだ少年、おまえ本当に知らないのか」  意外そうにカイトはクロノを見つめた。 「何が言いたい」  きつい目をしたクロノに、カイトは肩をすくめた。 「ロストロギアに指定されるのは別に危険なアイテムばかりじゃないってこった。ミッドチルダの都合のいいように歴史を改竄したり、他国の技術を盗んで自分たちの都合のいいように運用するために、本来ならロストロギア扱いしなくてもいいようなものをロストロギアとして扱ってるケースも多々あるってことだよ。  いやむしろ、ロストロギアとされているものの多くはむしろそちらに属する。特に現存する他国のロストロギアだの、回収後に国が滅んだロストロギアなんてのはな、そういう政治的な後ろ暗い話がてんこもりにあったりするもんなのさ。  ま、だからといって偽物とも言いきれないのがロストロギアのロストロギアたるゆえんでもあるが」  ふう、とカイトはためいきをついた。 「嘘だと思ったらおまえのお袋さんに聞いてみるがいいさ。たぶん、おまえが提督の仕事を引き継ぐまでにはどのみち教わる事になるだろうがな」 「……わかった。その件については後で確認してみよう」  クロノは具体的解答を避けた。カイトはそれでいい、と苦笑しつつ頷いた。 「……」  そして、そんなふたりをリンディは厳しい目で見ていた。 「さて、そんな蘊蓄話はどうでもいい。またもやすまんな」 「あ、いえ」  わけのわからない話を聞かされたうえに再び頭をさげられたなのはは、反応に困っていた。  そんななのはを見て、カイトはとても優しげな笑顔を浮かべた。 「話を戻そう。  俺の魔法研究に君のバリアジャケットを借りたい。そこまではわかってくれたかな」 「はい」  なのはは頷いた。 「もちろん、ただでとは言わない。  バリアジャケットを貸せと言ってもそれは簡単ではない。バリアジャケットとはつまり魔導士の戦闘服だ。君の場合、デバイスを起動して戦闘モードにならなければいけないわけで、そのうえでそのバリアジャケットを脱いでもらわなくちゃならない事になる。はっきりいって、大変失礼なお願いだと思う」 「あ、そ、そうですね」  あまり深刻に考えてなかったのだろう。なのははカイトの指摘でその事に気づき、今さらのように赤面した。  そして、カイトの方も困ったように少し口ごもる。 「ついでに言うとだ、その……大変言いにくいことなんだが。  触媒とするのはジャケットのほんの一部でいいんだが、これがまた微妙なところでね、ジャケットの中でも最も術者の素肌と接触する部分が必要とされるんだなこれが」 「素肌と……接触、ですか?」  なんとなく嫌な予感がしたのだろう。なのはは眉をひそめた。  背後のフェイト、はやてはもっと露骨に反応した。なのはは気づかない言葉の裏にいちはやく気づいたようで、ふたりともみるみる嫌悪感むきだしの顔になった。  そんなふたりに気づいたのだろう。カイトは気まずそうに言葉を続ける。 「んー、単刀直入に言おうか。つまりね、君のパンツが必要なんだよ」 「…………は?」 「いや、だから君のパンツがね」 「……」   「「「ええええーーーーーーーっっっ!!!」」」    なのははもちろん、女性陣全員の目が点になった。 「あー、やっぱりそう来たか。そうだろうなぁ」 「あたりまえです!」  なのはたち幼少陣が大混乱している間に、リンディが先に反応した。 「気は確かですかカイトさん?あなた若い女の子相手に、君の履いてる下着をよこせって言ってるんですよ?」 「そう責めないでくれないかリンディ提督。俺もこの願いの非常識さはわかっているつもりなんだ。  だが仕方ないだろう?他に適任者がいないし、俺個人としても、できればぜひ彼女にお願いしたい。だからこそこうして恥をしのんで、変態扱いされかねない事を承知の上で頭をさげているわけで」 「されかねないって……どっから見ても変態そのものやろ」  頭痛をこらえるように額に手をやりつつ、はやてが突っ込んだ。 「だ、だいたいどうしてパンツなんですか!  他のものじゃダメなんですか?リボンとか、その、靴下とか」 「すまない、なのは君。それでは触媒としては弱すぎるんだ」  本当にすまなさそうにカイトはうなだれた。 「ここで重要なのは、持ち主との接触の深さなんだよ。バリアジャケットと指定したのはそのためだ。他ならぬ持ち主の魔力で編んだものだからね。とても親和性がいいというわけだ。  ちなみに普通の衣服で代用も可能だが、最低でも三ヶ月は履いたお気に入りのパンツが必要になってしまう。俺としてはそれでもいいんだけど、君が絶対に嫌がるだろうと思ってね」 「イヤです!」  即答だった。なにげにスカートの前をおさえ、顔などはもう真っ赤だ。 「ふむ、やはりそうか……?」  と、なのはをなんとか説得しようとしたカイトだったが、やけに鋭い視線がその背後から向けられているのに気づいた。 「あー、フェイト君といったか。どうしたんだい?」 「……」  フェイトは無言でなのはの前に出ると、じっとカイトを見た。 「普通のパンツでもいい、そう言いましたね」 「ああ、言ったが?」 「カイトさん、とおっしゃいましたね」 「ああ。なんだい?」 「……」  カイトを見るフェイトの顔が、おそろしいほどに険しくなっていた。 「カイトさん。あなたがアースラに来たのはいつですか」 「は?今朝の事だが?」 「本当にそうですか?」 「ああ、そうだが……どうしたんだい?」 「……嘘をついてはいませんか?」 「はぁ?」  フェイトの視線がどんどん冷たくなってきた。  と、その時、 「あぁ、あの事ね。もしかしてフェイトも被害者なのかしら?」 「!」  リンディの言葉に、フェイトはびくっと反応した。 「そう。そうなの。  でもそれなら犯人はカイトさんじゃないわ。この人がアースラに来たのは今朝のことだし、アースラに下着泥棒が出たのは一昨日のことですからね」 「そうなんですか?リンディ提督」 「ええ」  どうやら何か事件があったらしい。 「下着泥棒?アースラで?」 「あら、なのはさんは知らなかったの?はやてちゃんは?」 「あー、うちも被害者や。ロッカーに置いてた替えのパンツ、パクられてもうたらしいわ。ついさっきまで、単に行方不明やと思うとったんやけどな。  せやったんか。けどアースラで下着泥棒やなんて大胆な奴やなぁ」 「え?え?」  なのはは事態がわからないらしい。きょろきょろと周囲を見ている。 「なのはちゃんは関係あらへんよ。  なのはちゃんは下着置いてへんもんな。毎日持ち帰って洗濯しとるし、下着がいるような訓練はまだしてへんし」  正しくは、なのはは初潮がまだなので替えの下着も生理用品も用意してないというのが正しい。フェイトとはやてはそういう理由で下着を常備しているのだったが、なのはに気を使ってはやては訓練のせいにした。 「もしかしてと思うが……それは俺に下着泥棒の疑いがかかっているということか?」 「もしかしなくともそのようね。もっともアリバイがちゃんとありますから私達は冤罪だと踏んでますけど。  でもこれは貴方のせいでもありますよカイトさん?思春期はじめの女の子にパンツくださいなんて無茶なお願いするんですもの」  リンディはどこかおもしろがっているようだった。くすくすと困ったように笑う。  対するカイトはあからさまに渋い顔をした。 「それは甚だ心外だ。  俺がどうして下着泥棒などせねばならない?正々堂々、わけを話して協力を求めるべきだ。それができないという事は、後ろ暗い目的に利用しようという輩なのだろう。  確かに、若い女の子にパンツをくれなんて言うのが非常識なのは言うまでもない。だが俺は犯罪者になった覚えはないぞ」 「似たようなもんとちゃうんかな?」 「全然違うぞ、八神はやて君」  ぼそっと突っ込んできたはやてに対しても、きちんとカイトは反論した。 「ただでくれというつもりはない。  パンツをくれなんて願いがどんなに失礼でどんなに恥ずかしい事か、それくらいは俺がいくら鈍感馬鹿であってもさすがにわかる。  だから、なのは君が喜んでくれそうな代償を俺は持ってきたつもりだ」 「私が喜びそうなもの、ですか?」  なのはの問いに、カイトは頷いた。 「経験だよ、魔導士としての。君は戦技教官を目指すのだろう?」  あ、という声がした。なのはの目が少し丸くなった。 「君には間違いなく及ばないが、俺も一応は魔導士だ。そしてこれは推測だが、君は俺のようなタイプの魔導士と戦ったことは一度もないのではないかと考えている。  非殺傷指定の全力戦闘。俺が勝てば問答無用で君のパンツをもらう。君が勝てば、その時は君の気持ちに任せる。俺としては是非頼みたいところだが、さすがに無理は言えないからな。  君の方は、勝とうが負けようが新しい戦術の参考になる経験が得られるというわけだ。どうかな」 「……」  なのはは、ちょっと驚きの目でカイトを見ていた。  ここに来てから、たくさんの人間となのはは出会った。だが、いくらなのはが魔導士といってもまだ子供という事もあり、拳を交えて会話しようなんて言い出す輩は誰ひとりとして存在しなかった。それをしたのはただひとり、ヴォルケンリッターの騎士であるなのはの戦友、ヴィータくらいのものだ。一番の仲良しであるフェイトですら、なのはと全力戦闘をするのは時として嫌がる。まぁフェイトの場合、最初の頃になのはに食らった『スターライトブレイカー』がちょっとトラウマになっており、なのはの大出力魔法に相対するとどうしても引いてしまうからでもあるのだが。  とにかく、大の大人で「拳で語ってみようか」なんて言い出したのは無謀な武装局員の教官をのぞけば、カイト以外に誰もいなかったのである。  ふむ、となのはは少し考えた。そして、 「わかりました。お受けします」 「なのはちゃん!?」 「……」  驚きの声を発したのは、はやて。あちゃあ、乗せられちゃったと眉をしかめたのはフェイト。クロノは呆れ顔、リンディに至っては苦笑いを浮かべていた。  そんな中、なのはは真剣な顔をカイトに向けた。 「そこまでおっしゃるのなら、お受けします。それに、今まで戦ったことのない戦闘方法というのも少し気になります。本当なら、それは確かに勉強になると思いますから。  ただ、ひとつだけいいですか?」 「ああ、なんだい?」  なのはの真剣な顔を満足そうに見ながら、カイトもきちんと襟を正して答えた。 「カイトさんの試そうとしている魔法というのは、どこでも使えるものなんでしょうか。  たとえば、この場所で使う事は可能ですか?」 「ああ、できるとも。  ……そうか。ようするに実演して見せろって事かな。自分のパンツが何に使われるのか気になると、そういう事かな」 「はい」  ふむ、とカイトは少し考えこみ、そして、 「わかった。もし君のパンツが貰えたら、この勝負の行方がどうあろうと君の意に添う事を今ここに約束しよう。  いや、むしろ俺からも頼む。  君はいわばスポンサーだ。俺が追い続けた古代魔術の成果を、是非とも見てやってくれ」  そうして、ふかぶかと頭をさげたのだった。   (ふふ、ちょっと面白そうなカードよねえ。賭けるものがなのはちゃんのパンツってとこがちょっと間抜けだけど♪  クロノ、悪いけどエイミィちゃん呼んできてくれる?きっちりデータはとらないとね) (……はぁ) [#改ページ] 世にも珍奇な大戦闘(1)[#「 世にも珍奇な大戦闘(1)」は中見出し]  結論から言ってしまえば、自称カイトなる魔導士の企みは既に成功したに等しかった。  高町なのはという人物は大変好奇心の強い存在である。だからこそ自分に呼びかける「未知なる声」などに惹かれて夜の町に駆け出したのだから。いやそれどころか、そもそも彼女が好奇心旺盛な人間でなかったなら、ユーノ・スクライアとの出会いも全く別の形になってしまっていただろう。いや、もしかしたら出会う事もなく時間は過ぎてしまっていたのかもしれない。  カイトが高町なのはについて十分に調べ尽くしているのはもはや論議の余地もないだろう。これが他の人間であれば、『戦い』をお礼にもってくるというその感覚自体に常識を疑うところだが、「拳で語り、拳に学ぶ」という行動理念が他の何よりも通用するのが高町なのはという少女だからだ。カイトの行動は確実になのはの心をとらえた。パンツをくれ、なんていう恥知らずな要望すらも受け入れさせてしまうほどに。  運命はめぐっていく。  カイトがなのはに望んでいるものは何なのか。彼が復活させたい古代の魔法とはいったい何なのか。アースラに起きたという下着泥棒事件と、本当に彼は無関係なのか。  そもそも、カイトとは何者なのか。   「レイジングハート、セットアップ!」 『stand-by ready, setup』  青空の下、なのはの魔法の特色であるピンクの光が輝いた。  膨大な魔力がなのはから吹き出す。その魔力はレイジングハートと彼女の回りを旋回し、たちまちのうちにバリアジャケットを編み上げ、愛らしい姿の魔法少女になのはを作り替えていく。  まばたきひとつの間に、彼女は戦闘準備を終えた。  アースラから場所を変え、そこは海鳴の近くの山中だった。時期が時期なら高町親子が剣の修行をする事もある人里離れた山の中であり、アースラから結界も張っているのでひとの気配はない。  河原にたち、なのはの変身を見ていたカイトは感銘の声をあげた。 「ほほう。それが君の戦闘形態か。この目で見るのははじめてだが……なんとも美しいものだな」 「はぁ……ど、どうも」  やりにくいなぁこのひと、となのはは苦笑しつつも褒められたお礼だけは辛うじて言った。 「カイトさんは武装とか準備とかしないんですか?」 「ああ、必要ない。俺には俺の戦いかたがあるからな」 「そうですか。合図はどうしますか」 「そうだな。では合図は俺が」  カイトの背後がすっ……と暗くなったような気がした。  肩をすくめるようなポーズをとったかと思うと、 「来るがいい。|わが小さな戦女神《ケル・ケル・アヤマルーク》よ」 「!」  なのはとカイトはその瞬間、風のように戦いはじめた。    ふたりが戦闘をはじめた途端、アースラの面々は忙しく動きはじめた。 「今のかけ声の意味と言語コードの解析、クロノできる?」 「今やってます」  リンディの檄が飛びはじめた。 「リンディ提督!」 「どうしたのエイミィさん?」 「カイトさんの魔法種別が解析できません!波形も強度値もめちゃくちゃな値を示してて、計測できているのはなのはちゃんのものだけです!」 「そう。でも記録は続けて頂戴」  リンディの表情が厳しくなった。 「あの人の魔法はミッドチルダの方式とはまったく異質のもののようね。わたしたちの技術で正しく計測できないのはむしろ当然といえるでしょう」 「しかし、これは間違いなくAクラス以上だ。高町なのはとまともに戦闘できている事といい、総合的には|AA-《ツーエーマイナス》には届いているかもしれない」  クロノの目が細められた。 「提督、この戦闘がすんだら、あの人物の身柄確保を進言します。  あれだけの能力は看過できるものではない。力ある魔導士として正式に登録させる必要があるでしょう」 「正式に、ね」  クロノの言葉にリンディは眉をよせた。 「でもねクロノ、彼はたぶんこう言うと思うわ。  管理局はすぐそうやって罪もない一介の民間人すらいいように管理しようとする。俺がなにをした。時空管理局は世界の支配者にでもなったつもりかってね」 「それは詭弁です!彼だってミッドチルダの人間なら、大きすぎる力はきちんと管理されるべきだと理解しているはず……!」  最後まで言いかけたクロノだったが、リンディの言葉の意味に気づいて口をつぐんだ。  そう。そんなクロノたちの態度に皮肉全開の毒舌を吐いたのは、今あそこで戦っているそのカイト本人なのだから。  ミッドチルダは確かに『中央世界』として時空世界の中枢を謳っているわけだが、無限に連なる世界群において、その勢力圏はまさに氷山の一角にすぎない。それは時空管理局にしたっておそらく変わるものではない。  テスタロッサ事件や闇の書事件を持ち出すまでもなく、自分たちの功績は決して小さくない。その事についてはクロノも誇りと自負がある。卑下される謂れなどないと断言できる。  だが、時空管理局やミッドチルダを不快に思う世界も実際にある。  それらの者たちにとって自分たちは、確かにあの男の言うとおりの存在なのではないか? 「調査を続けます」 「そうしてちょうだい」  厳しい目でモニターのふたりを見つめながら、クロノとリンディはそんな言葉を交わした。 「……なのはちゃん、大丈夫かな」  指令室のゲスト席にはやては座り、モニターを見ていた。  フェイトはここにはいない。彼女はなのはを心配して出ていってここにはいない。モニターにその姿が見えてはいないが、おそらく現場近くのどこかで見ていると思われた。 「やな攻撃する奴だねぇ、ちまちまと」  その横にはアレフがいる。フェイトに留守番を言いつかったようだが、彼女もなのはに好意的なぶん、やはり心配のようだった。 「なのははああいうタイプ、苦手じゃないのかねぇ。あたしも苦手だけどさ」 「ふふ、アレフはなのはちゃんと同じやもんな。真っ正面からどかーん、ぶつかるのが好きやろ?」 「そうだね。七面倒くさいのはごめんだ」  ふふ、とはやては笑った。愛らしい笑いだった。   「また!?」  何度めかの射撃がすんだ時、かき消すようにカイトは消えていた。魔力の気配すら感じられなかった。爆炎を隠れみのに姿をくらましたようだ。  なんてやりにくい相手だろう。なのはは眉をしかめた。  確かに魔力は弱い。攻撃力もたかが知れている。力押しに持ち込めば、なのはが負ける道理などまずありえまい。  だが、魔導士としていかに脆弱だろうとこの男は弱くなかった。  攻撃すれば躱される。吹きとばそうとすると爆発やその余波すら利用して隠れてしまう。うっかり近付けば想像もしない方向から気配もさせずに一撃がくる。うかうかしていると自分自身の攻撃そのものすらも反撃に利用される。  確かに男の言う通り、なのはにとり彼はとんでもない曲者だった。 「いない……」  |探査魔法《エリアサーチ》をしようか、と杖をかかげたその瞬間だった。 『やあ』 「!」  唐突に背面から声。  振り向けばそこにはいない。声のみをなんらかの方法で放ったようだ。 『大したものだ。一年前はただの素人だったなんてとても信じられん。まさに君は、魔法使いになるためだけに生まれてきたような存在だな』  どこにいる?  声が届いているという事は魔法を使っているということだ。ならばその発生源を探ることくらいはできるはずなのだ。  なのに、どこにも気配がない。 『気配がわからないだろう?  実はね、俺の身体にはある種の封印が施されているのさ。俺はいわゆる戦災孤児なんだが、助けてくれたミッドチルダの魔導士の仕業でね、とあるロストロギアの力を使い、俺の魔力はほとんど封じられてしまった。  魔力の気配がないのはそのせいだ。ミッドチルダに属さない古代魔法を無理矢理駆使する事でなんとか戦闘ができているが、封印のせいで俺の魔力はほとんど外に洩れないというわけ……!』 『shoot』  男が話し終わるかどうかという瞬間、なのははディバインシュートを放った。狙ったものではない、ほとんど山勘だけで「ここかな」と思われるところに無造作にぶっぱなした一撃だった。 『おわっ!』  だがそれが正解だったらしい。焼け出された男が土埃をたてながら森の上に飛び出してきた。 「なんつー勘のよさだ。どうしてわかった?」  ぱんぱんと埃をはたきつつ、驚きを隠しもせずに男は言った。 「理由はないよ。ただ、そっちにレイジングハートを向けた瞬間にカイトさんの声がうわずったから」 「はぁ……呆れたな。いや、これは俺も間抜けなんだが。  すまん、やはりなんだかんだで君をナメていたようだ」  ううん、こっちこそとなのはは苦笑した。 「ひとつ聞いていいかな?カイトさん」 「ん?なんだい?」 「カイトさん、学者さんなのにどうしてこんな戦い慣れてるの?カイトさんなら武装局の人達とだって戦えそうだよ?」 「それは」  応えようとしたカイトだったが、ふと思い当たったように首をふった。 「それは戦いの後に答えよう。君へのお願いとも関係する事だからね」 「……?」  なのはは首をかしげ、そして、 「そっか。わかった」 「っていきなり戦闘再開かよ!ちょっと待てぇっ!」 「休憩するなんて言ってないよカイトさん!  いっくよぉ!中距離砲撃モード!」 「だぁぁぁっ!なんでそう嬉しそうなんだおまえはっ!」  待ってましたとばかりに変形をはじめるレイジングハートを見たカイトは蒼白になり、大慌てで森に向かって逃げ出した。 「あー待ってカイトさん!たまには撃ち合いもしようよ!」 「生身で広域破壊兵器とやりあえってか!死ぬわぁ!」 「あーひどい!非殺傷だから大丈夫だって!」 「自分の魔力をちったぁ自覚しろ!そんなんだからアースラ壊したりすんだよっ!」  いつのまにか敬語も緊張感もどこへやらだった。    同時刻。舞台はアースラに戻る。 「あ、あははは……なんとなくあの人に同情してまうわ」  モニターを見ていたはやては、ひきつり気味の笑いを浮かべていた。 「なのはちゃん、だんだん焦れてきてんなぁ。あの人、本当に死ななきゃええけど」 「なのはのアレは化け物だからねぇ」  アレフも同意見のようで、しみじみとためいきをついた。 「普段は甘ちゃんのお馬鹿のくせに、戦闘センスだけは悪魔じみて鋭いしさ。一度使った手は二度ときかないわ、今食らった技を次の瞬間にはきっちり真似して返すわ。しかもめちゃめちゃ好戦的で、攻撃魔法をばかすか撃ちまくるのが何より大好きな筋金入りの|砲撃戦狂い《トリガーハッピー》だしね。  本当、おっかないったらありゃしないよ。  フェイトも言ってたけど、なのはを敵にまわすのだけは私も二度とごめんだね」 「あはは。まぁうちは直接戦ってないもんな。……でもわかるわ」  モニターにふたたび目を戻し、はやてはつぶやいた。 「暴走前とはいえ、たったひとりで夜天の自動防御プログラムを、しかも力技だけで打ち破ってみせたなのはちゃんや。やっぱ、ただ者やないわ」  とんでもない大出力のブラスターウェイブを、まるで銀玉鉄砲のように無造作かつ盛大にばらまくなのはを見て、はやてはためいきをついた。 「末おそろしいとはこの事や。あの調子で訓練受けて本当に戦技教官になったら……ミッドチルダで悪い事はもうでけへんな。  せやけど」  はやての目線は今いちど、モニターに写るカイトに向けられた。 「あの人、なんか奥の手隠しとるな」 「え?」 「くやしいけどあの人の方が一枚上手や。  今のなのはちゃんじゃ、負けるかもしれへん」 「はやて……?」  その視線は、かつての夜天の書のそれをどこか彷彿とさせるものだった。 [#改ページ] 世にも珍奇な大戦闘(2)[#「 世にも珍奇な大戦闘(2)」は中見出し]  いかに駆け引きに長けようが大ダメージを受ければ命はない。あの強靭かつ勇猛なヴォルケンリッターたちをして『白い悪魔』とすら言わしめたなのはの砲撃魔法である。フェイトたちのように強力なフィールドも展開できないカイトにしてみれば、それは戦艦の主砲に身をさらすに等しい。非殺傷モードとはいえそれは同程度の魔導士との戦闘での話にすぎなかった。  ぎりぎりの危険きわまりない戦闘を続けるカイトを、黙々と解析し続ける面々の姿があった。 「なのはちゃん、完全に砲撃モードに移行しました!ディバインバスターを撃ちまくってます!」 「終わりが近いようね。さすがのなのはさんもあのカイトさん相手じゃ限界か」  リンディはさすがに大人、冷静に事態を見守っていた。  いくらなのはが強大な魔力を持っていても、ああも駆け引きに長けた相手では実力を充分に発揮できまい。しかもその相手はなのはを徹底的に焦らし焦らせ、とうとう冷静な判断力まで失わせてしまっている。  まもなくこの戦いは終わる。なのはの攻撃でカイトが墜ちるか、それともカイトの計略になのはが捕まるか、そのどちらかの形で。 「戦災孤児ね……近年この近郊の世界で起きた戦争についてデータはある?  できれば、時空管理局の職員が関わったものを出してちょうだい。あまり多くはないと思うけど」 「わかりました」  職員のひとりが答え、戦闘モニター以外のウインドウに年表や写真のようなデータが次々と写った。 「!」  と、それを見ていたリンディが、ひとつの写真を見て眉をよせた。 「これは何?」 「衛星世界のひとつです。科学要素のない強大無比な魔法文明を持っていましたが、異星人との戦争で星ごと滅亡に至りました。敵の詳細については不明となっています。  これは、当時の管理局職員である女性が保護した生き残りの子供です」  まだ幼稚園児くらいの小さな子供が写った。 「小さい子ね。この子ひとりだけだったのかしら?」 「他はほぼ全滅のようです。  記録によると、保護した後に母星が砕けてしまったためにやむなく担当はミッドチルダに連れ帰ったとのことです。結局その子供は彼女がひきとる事になり、育児に専念したいという事で管理局の職を辞してします。  未確認ですがこの子供はBクラス相当の魔力を既に持っていたようです」 「Bクラス?こんな小さな子が?」  はい、という声が聞こえた。 「記録に残る当時の担当の言葉からすると、子供が魔導士として育てられるのを彼女は拒んだようです。もう滅びた星の忘れ形見、たったひとりのこの子には普通に、そして平和に暮らしてほしい。そんな言葉を彼女は残しています。  辞職後、この者は子供ごと行方不明になっています。元管理局職員であるがゆえに、優れた魔導士資質をもつ子供を普通に育てるにはそれしかないと考えたのだと思われます」 「まぁそうね、この歳でBクラスなら今ごろはAA+、いえAAAクラスになっていてもおかしくはないものね。私がもし当時提督だったなら、間違いなく保護観察扱いにしたと思うわ。  あら?じゃあもしかしてあのカイトさんの正体はこの子?」  魔導世界の末裔なら、ミッドチルダに知られていない魔法を使っても不思議はあるまい。育ての母の発言も、そしてカイトの封印発言についても説明がつく。  だが、職員はリンディの言葉に首をふった。 「ありえませんよ提督。この子は女の子なんです」 「あら」  カイトはどこから見ても立派な成人男性である。女性であるなど、ありえない。  だが、リンディはどうにもひっかかるものを感じていた。 「年代からすると……あぁ、ちょうど私が学生だった頃ね。そうそう、そう言われてみればそれらしい事件はあったわ。報道されてなかったけど噂には聞いたもの。  ふうん……年代もカイトさんと符号するわね」  そしてリンディは戦闘モニターの方に視線を移した。 「クロノ」 「なんですか提督」 「管理局管轄のロストロギアについて、この事件の頃あった記録を調べてもらえる?できればジュエルシードのようなタイプのものについて。  ああ、できれば無限書庫のユーノ君にも連絡とって頂戴」 「わかりました」   『Divine Buster』 「シュート!」  本来なら一発のはずのディバインバスターが、まるで暴走する重機関銃のように膨大なエネルギー弾の雨あられとなってカイトに襲いかかった。 「ちっ!」  カイトはそれをぎりぎりで回避する。避けきれないマントの一部が引き裂かれるが委細構わず、隙間から緑色の光のようなものをなのはに向かって打ち出した。  ディバインバスターの影を飛ぶ光。なのははそれに気づかず、 「!」  命中ぎりぎりになってそれに気づき、顔色を変えつつ紙一重でそれを回避した。 「くぅっ!……え?」  だがその光は突如として絡まる蔓草に変わり、たちまちなのはとレイジングハートに巻き付いた! 「このぉっ!」  なのははそれを膨大な魔力で無理矢理に千切り飛ばした。 『master!』 「!」  その僅かな時間の隙をつきカイトはなのはの背後にいる。レイジングハートからけたたましく警告音声が聞こえ我に帰るなのは。  だがその瞬間、カイトの手がなのはのスカートにかかる。 「っ!」 「おっと!」  振り返りつつなのはが回避しようとしたまさに瞬間だった。  カイトはなのはの顔の目の前でパンッと手をうちならした。いわゆる猫だましだ。突然の事になのはが一瞬凝固したそのまさに瞬間を狙い、大量の蔓草がなのはに絡み付きまたたくまにその自由を奪った。 「こ……」 「どうだ!」  カイトはそのまま、動けないなのはの腰を背後から捕まえ、がっしりと抱えこんでしまった。縛られているなのはといい、見ようによっては非常にあぶない姿勢だ。  なのはは、みのむし状態で捕縛されてしまった。 「……うそ」 「よし、勝った!」 「……そんな」  呆然とした顔で、なのはは緑に縛られた自分の身体を見た。 『sorry, master...』  すまなさそうにレイジングハートがつぶやく。対するカイトはためいきをついた。 「いやぁ、まいったまいった。死ぬかと思ったよ。  さすがだな。これで正規の訓練受けてたら俺には万にひとつの勝ち目もなかっただろう。  君も、そしてそのデバイスも本当に凄いな」 「……」  まだなのはは呆然としているようだ。見知らぬ男に縛られたうえ背後から抱きあげられているというのに、抵抗する気すらなくしている。  まさか、こんな形で負けるなんて想像もしてなかったせいだろう。 「さて、下に降りるぞ」 「……」  なのはは力なく、しかし確かにうなずいた。   [#改ページ] 神秘の解放[#「 神秘の解放」は中見出し]  単純に見れば、それはなのはの完全な負けであった。  力でぶつかれば絶対かなわないとカイトは知っていた。だから最初から撹乱作戦をとるつもりだった。なのはの苦手とするシチュエーションで少しずつ冷静さを奪っていき、ストレスがいいかげん溜ったところでわざと隙を見せて得意の砲撃戦にもちこませる。堰を切ったかのような乱射状態のバスターの隙をぬって緊縛系の魔法、それに安直だが「猫だまし」なんて方法で動きを止め、そして捕縛する。カイトの戦法とはつまりそういうことだった。  だが、巧みに見えてその作戦は非常に危ういものでもあった。  なのはがもしカイトと同タイプの魔導士と戦うスキルを持っていたら?もってなかったとしても、カイトの戦法に気づいてさっさと順応してしまったら?そして、バスターの乱射を躱しきれなかったら?  どれかの可能性が少しでもあれば、カイトは負けていただろう。  ついでに言うと、最後の勝利宣言もカイトの作戦のうちだった。捕まえたら勝ちなんてルールは決めてなかったのだから。なのはが全力で振り払いにかかられたら、カイトはなすすべもなかったはずだ。  だが、良くも悪くもなのはは素直だった。だからあっさり負けを認めてしまった。それはつまり、カイトの心理作戦による勝利であると言えた。 「到着だ」  元の河原に着地すると、カイトはなのはの拘束を解いた。なのはは未だ心ここにあらずといった感じであったが、カイトの言葉には素直に従った。 「さて、さっそくだが約束のものをもらえるかな」 「!」  ビク、となのはが反応した。弱々な感じがまた愛らしい。カイトは目を細めた。 「まさか約束を破ったりしないよな?君はそういう事をする子じゃないと思っているんだが……」 「わかりました。あの」 「ん?」 「あっち向いててください……あれ?フェイトちゃん?」  いつのまにか、少し離れた場所にフェイトが立っていた。  ずっとふたりの戦闘をそこから見ていたのだろう。フェイトは燃えるような怒りの炎を燃やしていた。その目線はきつく冷たく、カイトをじっと見据えている。激情を隠しもしていない。  フェイトはなにも言わない。  だが、その目線が何よりも雄弁だった。 「フェイト君」  カイトは苦笑して呼びかけた。 「悪いが、なのは君の身体をそのマントで隠してやってくれないか。  まぁ、イヤなら俺が隠してもいいけど」 「……」  フェイトはつかつかと歩いてくると、カイトとなのはの間に遮るようにたちふさがった。 「これ以上なのはに近付かないで。卑怯者」 「あー……すっかり嫌われちまったか。ごめんな」 「……」  フェイトはこれ以上会話するつもりもないようだった。背後のなのはに語りかけた。 「なのは、こんなのの約束守る必要ないよ。帰ろう」 「それはダメ。約束は約束だから」 「なのは!」 「ありがとう、フェイトちゃん」  するする、と|衣擦《きぬず》れの音がした。 「あー……俺が脱がしたかったなぁ……」 「……」 「うわ、冗談だって。そんなおっかない顔すんなってば。悪かった」  怒り心頭のフェイトの顔を見て、あわててカイトは謝った。  このうえフェイトを敵に回したら、間違いなく命はないだろう。それでなくともなのはを縛りあげ抱き抱えてしまった時点で、フェイトの逆鱗に触れているのは間違いないのだから。  さて、フェイトの背後からなのはが現れた。左手に脱いだばかりの白いパンティを持っている。純白のそれは前の部分に小さな赤いリボン飾りがあるだけだ。そのシンプルさと純潔さはまさになのはの戦闘服の一部に相応しい。まばゆいばかりの白さはなのはの無垢さとそのまま連動している。  真っ赤になりながら、おずおずとなのははそれをカイトにさしだした。 「あの……あんまり見ないでくださいね」 「ああ、ありがとう」  なのはを恥しがらせないよう、カイトは厳粛に、そして穏やかに微笑んでそれを受け取った。 「お、ホカホカだな……ってごめん、ごめんってば」 「……死にたい?」  身も世もなく恥じらうなのははこのうえもなく可愛らしいのだが、その横で金と黒の夜叉のような顔をしているフェイトがカイトの萌え心を控えさせた。ここまできて殺されてしまったのでは元も子もない。 「なのは君、レイジングハートにジャケットのリペアを頼んでごらん」 「え?あ、うん……レイジングハート、お願い」 『All Right, Repair-mode』  すると、スカートの中できらきらと何かが輝いた。あ、という声がなのはの口から漏れた。 「どう?元通りになったろ?」 「あ、ありがとうございます!」 「いやなに……礼はいいって。そもそも原因作ったのは俺だからね」  カイトはそう言って笑うと、左手になのはのパンツを持ち、胸の高さに掲げた。 「さて、今度は俺の約束を果たす時だな。  俺が君にこんな無理難題を押しつけ、フェイト君を巻き添えに困らせてまで復活しようとした魔法だ。よかったら最後まで見てやってくれ」  そう言うと、すうっと目を閉じた。 『聞け、|天地《あめつち》よ。  我は封じられし者、|遠き魔の民《Ki-Marche》が末裔。大地が裂かれ海が焼かれたあの日、こぼれ落ちた最後のひとりなり。  我が復活の成就に今いちど、力を貸せ』 「!」  うっすらと、左手のなのはのパンツが輝きはじめた。    その時、アースラの指令室では再び騒ぎが始まろうとしていた。 「カイトさんに魔力反応が現れました!で、でもこれ」 「どうしたエイミィ。何かあるのか?」 「何かあるっていうか、変だよクロノ君!  この魔力、カイトさんから出てるのになのはちゃんのと同じ波長なんだよ!」 「エイミィ、仕事中にその呼びかたはよせ。  ……ってちょっと待て、どういう事だそれは?」  エイミィの言葉の意味に、クロノも事態の異様さに気づいた。 「なるほどね……そのためになのはさんの下着が是が非にも必要だった、と」 「提督、何か御存じなのですか?」  リンディの方をクロノは見た。リンディは息子の方を見て大きくうなずいた。 「クロノ。カイトさんは魔力を封じられているでしょう?おそらくそれはカイトさんの肉体そのものが封印になっていて、彼の魔力はそのままでは利用できない状態だった。  カイトさんがなのはさんの下着を欲しがったのはね、相性のいい彼女の魔力をたっぷり含んだそれを一種のガイドにするためだったんだと思うわ。彼女の衣服を手に持つことで彼は、バッテリーに導線をつないだように自らの魔力を外に引き出すことができる。  彼が復活しようと躍起になっていた魔法は、おそらくこのためのもの。  彼の魔法の色がなのはさんと同じなのはそのためよ。強力な封印すらも騙せてしまうほど、ふたりの波長がそっくりという事なんだわ」 「いや、しかし先刻の戦闘で彼が使っていた魔法は」  そう。それは緑色だったはずだ。  だがリンディは息子の考えに首をふって否定した。 「さっきまで彼が使っていたのは私達のそれとは異質のものだわ。おそらく大気中の魔素を使っていたか、何かのアイテムに込めておいた魔力を解放したんでしょうけど。  何しろ、本人は魔力を放出できなかったんですからね」 「……」  指令室の中は、不気味なほどの沈黙に包まれていた。  と、その時、 「わ、な、何これ!?」 「どうしたエイミィ」 「カイトさんの身体がか、かか変わっていきます!」 「は?変身くらい珍しくもなんともないだろう?」  スクライアの子供でも普通に使う魔法だ。魔道研究家が使えたとて別に不思議ではないだろう。  だが、続いたエイミィの言葉にさすがのクロノも絶句した。 「違う、違うんだよクロノ君!  このひと、魔法で見た目の姿を変えてるんじゃないよ!実際に肉体を作り替えてる!それも物凄い早さで!」 「……は?」 「変身だよ変身!本当にリアルタイムで『|変身《メタモルフォース》』してるんだよ!」 「なんだってぇ!?」   「……」 「……なに、これ」  なのはとフェイトは、目の前の光景に完全に固まっていた。  カイトのまわりをピンクの輝きが包んでいた。なのはの魔力光とまったく同じ色をしたその中で、カイトの身体はゆっくりと、しかし驚異的な早さでその形態を変えつつあった。  左手のなのはのパンツが、光に溶けるように消えた。  その瞬間、不精髭が全て抜け落ちた。  ぱさぱさの短い髪は柔かい茶色のものに変わり、そしてゆったりと伸び始めた。身体が次第に小さくなり、成人男性の逞しいシルエットが柔かい、まだ子供の色を残した女性のそれに変わっていく。骨ばっていた顔もしなやかで愛らしいものに変化し、周囲を包むピンク色の光に相応しい女の子の顔立ちになる。 「そんな」  呻くような声は、フェイトのもの。 「……うそ」  唖然とした声は、なのはのもの。  黒衣がゆらぎ、大きさと形を変えた。なのはのバリアジャケットをネガポジ反転させたような漆黒のスーツが『少女』へと姿を変えたカイトを包む。  閉じていた目を開いた時。 「……」  カイトは、なのはと瓜ふたつの黒衣の少女に変わっていた。 『封印は解かれた。わたしは今、封じられた真の姿を取り戻した』  周囲の空間に、魔力の乗ったなのはそっくりの声が響いた。それは目の前にいる黒衣のなのはから放たれたものだった。 『我が名はメイ。メイフェアのメイ。メイフェアとは実の父がくれた名。メイという呼び名は母がくれた思い出。  メイフェア。それは今はなき故郷の花。春の可憐な花の名からとったもの。  ──そう、あなたの名と似ているね、なのは』 「え」  黒衣のなのは──メイの言葉に、なのはは驚きの声をあげた。 「それって……まさか」  こくん、とメイはうなずいた。 「無限にひろがる時空世界には、時としてこういう事も起きる。  わたしは、異世界におけるあなた。あなたは、異世界におけるわたし。あなたの世界は魔法と無縁の科学の世界。そしてわたしの世界は、科学と無縁の魔法の世界。  わたしは海辺の小さな町に暮らしていた。父と、母と、兄と姉と五人の家族で」 「そんな!」  なのはの顔が驚愕に包まれた。 『そう……そういう事だったのね』  突如として空間に魔力の通信円が開き、リンディの顔が現れた。 「リンディ提督」  メイの言葉に、映像の向こうでリンディは頷いた。 『あの時、わたしはまだ学生だった。でも先輩の管理局員にお話を聞いて事情くらいはわかっていてよ、えっと、メイさん、でいいのかしら?』 「ええ、かまいません」  なのはと同じ声。  だが、メイのしゃべりかたにはどこか、なのはよりむしろフェイトに近い静けさをまとっていた。暖かさより寂しさを感じてしまう、特有の空気。  なのはとフェイトはその雰囲気に、この少女の過ごしてきた悲しい時間を感じとることができた。 『宇宙戦争で滅びたひとつの世界。異星人の攻撃によって滅びた遠い星。失われた魔道文明の世界。  あなたは、そこの生き残りなのね。メイさん』  悲しそうに、憐れむようにリンディの声が響いた。  だが。 「──違う」 『え?』  静かな怒りがメイの口から放たれた。 「小さかったけど、わたしは覚えてる。それは違う。  異星人なんてどこにもいなかった。それは当時のミッドチルダ政府のある高官の流した嘘の情報。わたしの故郷の技術を盗むために、異星人に滅ぼされたなんて嘘をついた。死人に口なしと全てを覆い隠そうとした。  わたしの故郷を滅ぼしたのは、ミッドチルダ異世界方面軍の次元兵器。  わたしの父を、母を、兄さんを、姉さんを殺したのは、残党狩りにやってきたミッドチルダの兵士たち!」 「!」 「そんな」  フェイトの声が、信じられないという響きを帯びた。  メイはそんなフェイトとなのはを、優しい目で見た。 「そう。信じられないよね。わたしもそう思う」 「え?」 「少なくともリンディ提督やクロノ執務官のせいじゃない。今のミッドチルダ政府にもそこまで腐った馬鹿はもういない」  ふふ、とメイは寂しそうに笑った。 「結局、わたしの故郷の件がきっかけになって、中央政府で内部の粛清が行われたみたいなの。そこまで腐った人達は政府や管理局などから軒並み追放されてしまったんだって。  それに、しなやかな柳のようなリンディ提督や、融通がきかないけど真面目一徹のクロノ執務官にはそういうどろどろした世界は似合わない。それは話してみてよくわかった。  だから、あなたたちは気にする必要はないの。  だけど」  メイは顔をあげた。上空にあるアースラを睨むように。 「あのアースラだけはわたしは放置できない。  封印が解けて力が戻ったら、アースラだけは破壊すると決めてたの」 「アースラを!?どうして?」  なのはが問いかけた。フェイトはその意味がわかるのだろう。少しうつむいた。  そして、メイは厳かに告げた。 「わたしの故郷、シーファンの町を破壊したのはあのアースラ。魔砲アルカンシェルだから!  わたしの懐かしい故郷も、幸せだった暮らしのなにもかも消してしまったのは、アースラだから!!」 「そんな……そんな!」  メイの身体が浮き上がった。 「メイさん!」  叫ぶなのは。行ってはだめと、引き留めるように。  そして、そんななのはにメイは静かに微笑んだ。 「なのは」 「え?」 「あなたを見ていると昔を思い出す。幸せだった頃のわたし、かけがえのなかったわたしの家。父さんと母さんの笑顔を思い出す。  だから、あなたは笑ってて」 「……」  言葉をなくしたなのはに、にっこりとメイは笑う。その笑いはいつものなのはのそれとほとんど変わらない。  ただ、瞳が悲しげに濡れていることをのぞけば。  そして、映像のリンディにメイは顔を向けた。 「リンディ提督。今からわたしはアースラを破壊しに行きます。搭乗員の方の退避をお願いいたします」 『それができると思って?』  リンディの顔は、いつもの優しげな顔から厳しい提督のものに変わっていた。 「できないというのなら……致し方ありません。甚だ不本意ですが、あなたたちごとアースラを時空地平の彼方に消し去るまでです」  メイは左手をあげた。 『来たれ、わが一族の至宝。我は|汝《なれ》の最後の|主《あるじ》なり!  来たれ、時空を越えわが手に!|星辰《せいしん》の杖よ!』  光がほとばしった。  次の瞬間、メイの手にはレイジングハートと同じくらいの銀色の杖が握られていた。 「……デバイス?」 「違うよ」  なのはの言葉を、やさしくメイは否定した。 「これは星辰の杖。星と語り大地を育む恵みの魔杖。本来ならわたしみたいな子供じゃなく、本職の巫女さんが使うためのもの。  だけどまぁ、いろいろあってね。故郷でわたしはこれを持っていた。そう、ちょうどなのはがレイジングハートと出会ったようにね。巫女でないのに巫女の杖を使う子供。今のなのはよりずっと子供だったけど、きっとそれはなのはと同じような立ち位置だったと思う。  わたしを保護した管理局の魔導士に、もう君にはいらないものだよって捨てられちゃったけどね」  やさしげな手つきで、懐かしそうに銀色の杖をなでるメイ。 「そうそう、いいものあげる」 「え?」 「これ」  メイは微笑むと、小さなチップのようなものをなのはに手渡した。 「えっと……?」 「それは宇宙空間で活動するためのプログラムみたいなもの。レイジングハートにあげるといいよ。  今のままでも活動できるはずだけど、長時間は危険なはず。わたしたちの魔力は大きすぎるしレイジングハートも高機動デバイスだから、うっかり宇宙に出てしまうことも想定しないと危険だから」 「うん、ありがとう」  なのははお礼を言い、そして続けた。 「でもダメだよメイちゃん!アースラ壊すのだけはやめて!」 「……」  メイはなのはをじっと見て、そしてゆっくりと首をふった。 「憎しみが止まらないの。  育ててくれたミッドチルダのお義母さんも嫌いじゃないけど、でも」  そして上をみあげた。 「なのは、ごめんね。そして、ありがと」 「メイちゃん!」  次の瞬間、メイは弾丸の速さで雲の上にいた。  ごうう、と強い風がなのはとフェイトの間に吹き抜けた。 「待って!」  追い付けない速度である事を承知の上で、なのはもレイジングハートをかざした。 「レイジングハート!」 『All Right, speedy-mode』 「なのは!」  次の瞬間、なのはもメイの後を追って空に駆けあがっていた。 「なのは」  後には、静かに空を見上げるフェイトだけが残った。 「……バルディッシュ、追うよ」 『Yes Sir.』 [#改ページ] 親子(1)[#「 親子(1)」は中見出し]  高町なのはの素直すぎる性格について有名なエピソードに、大気圏突破の話がある。  地上から宇宙まで一気に上がると簡単にいうが、衛星軌道まで地上から一気に上がろうとすると最悪数百キロは上昇しなくてはならない。アースラのような船が低空にいた場合、いかに偽装しようと容易に発見される危険がつきまとうからだが、この高層空域まで自力で飛ぶなんて馬鹿な話はない。いかに魔法で守られていようと宇宙は宇宙だし、そもそもジェット戦闘機なみ以上の速度がでないと危険である事も少なくないからだ。  なのはは過去に、何度かこの超高層空域に飛んできたことがある。  スターライトブレイカーを繰り出すほどの大出力を推進力に全て割り振るのだ。確かになのはには可能なことではあるのだけど、いかに魔力があろうとこんな死の世界にまで自力で飛んでくるなんていうのは余程の物好きだけだろう。同じことをしたいなら、アースラなどの転送装置で衛星軌道まで送ってもらえばいいだけの話ではあるし。実際、どんな場所でも戦えなくてはならない武装局員の訓練には、大出力魔法を使える人間むけにこの大気圏突入と突破に関するカリキュラムがあるのだが、あまりの大変さに苦行の象徴のようにいわれているほどだ。  だが、なのははこのクレージーなロケット遊びが存外に好きであった。ヴィータに一度、馬鹿と煙はなんとやらと言われてむくれたりもしたのだが、思えば空を飛ぶというのは永遠の人間の夢である。腐るほど魔力のあるなのはだからこそ言える事かもしれないが、やはり宇宙から見る地球や星はうっとりするほど素晴らしいものだった。  視界の向こうに、もうひとりの自分を追っているのでなければだが。 「くっ!」  おそろしいほどの超加速力で弾丸のようにすっとんでいくメイに、なのはは思わず悪態をついていた。  同一人物、魔力もほぼ同格。なのにどうしてこうも性能が違うのか。あの杖のせいか、それとも練度のせいなのか。何か理由があるのか。  何か自分は見落としているのではないか。 「……あれ?」  ふとなのはは、前方を飛ぶメイのまわりの姿に目がいった。 「服が、羽ばたいてない?」  ヤワなシャツなど風圧で裂け飛ぶような速度だ。なのにメイの服も、それどころか同じ長さの髪すらも動いている気配がない。 「……そっか。まわりの空気ごと移動してるんだ」  なのははそれに気づき、さっそく真似してみた。 「あ、すごい」  風圧がほとんど気にならなくなった。  自分を中心に、葉巻型の空間を外部から遮断する。それだけで驚くほど風圧がなくなり、一気になのはは加速した。もはやジェット機というよりロケットの域でぐんぐんメイに追いすがる。  だが。 「……あれ」  追い付かない。ちっとも距離が縮まらない。 「引っ張って……くれてる?」  メイはこっちを見てすらいない。だが気配はわかるはずだ。追ってきているのに気づいて、わざと自分の飛び方を真似させようとしているのかもしれない。 「さっすがわたし!悔しいけどありがたい、かな」  どうでもいい話だが、あの学者が実はもうひとりの自分だったという事実にとっくに順応しているらしい。普通の人間ならばきっと色々迷ったり悩んだりするところを、なのははすぽーんと全部すっとばして状況に馴染んでしまっていた。  これは、別になのはが単純馬鹿だからというわけではない。頭が戦闘モードだからだ。戦闘に関係ない事柄はとりあえず全部おっぽりだしてしまう。悩む必要があるなら後で悩めばいいわけで、今は作戦行動にのみその全ての神経を集中していた。  そしてそれこそ、なのはの強さの原動力でありまた、戦技教官には向くが執務官には向かないという問題点の原因でもあった。そしてさらにいえば、その姿が「細かいことにこだわらない屈託のない人柄」と受け取られ、なのはという人物の好評価にも結び付いている。実際、全部おっぽりだして戦闘をひとしきり行った後、結果としてぎくしゃくしていた関係がうまくいったというケースは多々ある。フェイトにしろ他の戦士たちにしろ、なのはの「おはなししよう」の洗礼を受けたものは大抵がそれを否定すまい。  閑話休題。  とにかく、にやりとなのはは笑った。きっとメイも苦笑いしているだろうと信じて。 「負けないから!」  その途端、さらにさらに、なのはは猛烈ないきおいで加速を開始した。  そしてメイも、そんななのはに合わせて加速しはじめていた。    同時刻、アースラの中。 「提督、ただちにアースラを通常空間から次元座標へ」 「必要ないわ」  クロノの提言をあっさりとリンディは拒否した。 「彼女が、なのはさんとある意味同一人物だったとしても能力まで同一とは限らないわ。なのはさんに次元魔法は使えないけど、彼女が次元を越えて追ってこないという保証はどこにもないの。  加えていえば、管理局の艦船がここで逃げてどうするの?クロノ」 「それは」  確かにそのとおりだ。  だが、なのはですらこのアースラ自体に損害を与えるような攻撃魔法が使えるのだ。実際になのはvsアースラ戦をやったわけではないが、彼女の能力特性からして、スターライトブレイカーを使えばアースラの防御フィールドを突破可能であろうことは、これまでの戦闘の記憶からいっても容易に想像できる。  しかも、なのはは魔法と無縁の科学世界にいた娘なのだ。  もし、なのはが魔法世界に生まれていたら?あの底知れない砲撃魔導士としての才能を、生まれた時から研鑚し続けていたら?  しかも、それがミッドチルダや時空管理局に対して敵意を抱いていたら?  これは当て推量ではない。今まさにアースラにミサイルのように迫ってきているメイという存在は、文字どおりその『魔法世界生まれの高町なのは』そのものなのだから! 「……」  メイを封印し普通の人間として生きさせようと考えた者を思い、クロノは感嘆を禁じ得なかった。  何者か知らないが、その選択は実に正しい。その人物はおそらくこの未来を予想し、メイの底知れない才能を懸念もしていた。だからこそ、あんな手段でも使わないと破れない封印を施した。どんなに彼女が足掻こうと絶対に破れない封印を。怨まれる事も承知のうえで、管理局員としての自分の人生すらも犠牲にして、メイを普通の人間として普通に暮らさせようとしたのだろう。  誰が予想しただろう。その彼女に、異世界における同位体が存在するなんて。あまつさえ、その同位体もまた強大な魔導士として覚醒し、その存在が彼女に知られてしまうなんて。  それはいったい、どういう運命の悪戯なのか。  それとも、これすらも異世界同位体を含む『高町なのは個体群』特有の能力なのか。|防御破り《ゲートブレイカー》としての彼女の能力がそれを為し得てしまっているのか。  いやまさか、それこそ|埓《らち》もない。 「なのはちゃん加速しました!物凄い速さでメイさんを追ってます!」 「呆れた速度だな。先日のお偉方はむしろ喜ばれるかもしれないが」 「そうですねえ。あの人たち、なのはちゃんが随分気に入ったみたいですし」 「そうだな。こっちの苦労も知らないで」 「あはは」  エイミィの声が響く。その声は少し緊張を含んでいるが概ねリラックスしている。他の局員が『敵対した高町なのはスーパーバージョン』なんてとんでもない悪夢の襲来になかばパニック寸前だというのに、実に動じていない。ありふれた危機のひとつにすぎないといわんばかりの態度だ。  なのはたちに絡むと非常識な事が起こるのはあたりまえ、そう感じているのかもしれない。僕もひとの事は言えないかとクロノは苦笑した。  だが、そんなクロノも次の瞬間には再び驚愕することになる。 「メイさん、アースラ現在位置到達までの予想時間、あと推定42秒!」 「!」  職員たちの動揺が大きくなった。クロノもそれは同様なのだろう。握りしめた拳に無意識に力が入っている。  そんな時、リンディの声が響いた。 「アースラ、最大出力で防御陣展開。次元戦闘モードへ。アルカンシェル、チャージ開始!」 「は、はい!」 「!」  クロノは思わず目を剥いた。戦艦同士の殲滅戦でやるような指示をリンディがはじめたからだ。 「提督、まさかアースラで迎え撃つおつもりですか!」 「ええそうよ?」  ふふ、とリンディは笑った。クロノですら寒気がするほどの本気の笑いだった。 「武装を解かない相手と話合いをしたいなら、まずは全力全開で激突してみる。なのはさんが最も得意とする戦法でしょう?  あのメイさんだってきっとそうよ。だって彼女は、なのはさんなんだもの」 「それはそうですが、いくらなんでも人間相手にアルカンシェルまで」  話し合い以前に消し飛んでしまうだろう。それでは意味がないのではないか?  だが、リンディは平然と笑う。 「そうでもないかもよ」 「へ?」 「彼女はアルカンシェルの威力を知っている。知ったうえでこのアースラを破壊すると宣言してきた。私達乗員が抵抗する事も当然承知の上でね。その意味がわかるかしらクロノ?」 「いや、それは何か作戦があるんだと」  変身前、封印された身であのような戦いをしたのだ。それは当然警戒するべきであり、自分たちの知る高町なのはと同類に考えすぎるのは危険だ。クロノはそう考えた。  だがそんな息子の懸念を、うふふとリンディは笑い飛ばした。 「クロノ、彼女はなのはさんよ?そんな考えをするとは思えないわ」 「ですが!あの封印中の戦闘を思えば」 「それは封印されていたから、力でなのはさんに及ばなかったからでしょう?  今はその封印もない。文字どおりの全力全開での戦闘が可能となった。それがどれほどの喜びなのかは想像するしかないけど、きっと彼女は今、長い封印が破れたことが嬉しくて仕方ないはずだわ。当然、彼女本来の能力を全力全開で投入してくるんじゃないかしら?彼女が最も好むスタイルでね」 「それは……なるほど、確かにその可能性は高いですね」  ふむ、とクロノも頷いた。 「だったらこっちも、彼女が喜ぶ展開を用意してあげるべきだわ。  彼女が破壊を明言する限り、本当に真っ正面からアースラと激突するつもりでしょう。こっちがアルカンシェルを使う可能性ももちろん折り込みずみでね。  それが誠意、というものでしょう?」 「……生身の人間に、よりによってアルカンシェルを突き付けることがですか?」 「ええそうよ?」 「……」  クロノは唖然として母親の顔を見た。 「なに?クロノ」 「いや……かあさ、いや提督の性格が今とてもよくわかったような気がして」 「そう?」 「ええ、本当に」  自分の母親があの高町なのはと同類なのだと知り、クロノは改めてためいきをついた。  と、その時だった。  何もなかったはずのアースラ前方の空間に突如として人間が出現した。虚空の闇に溶ける黒衣をまとい、その外側にはうっすらと、高町なのはと同じピンク色の魔道の光をまとっている。  刹那、アースラのモニターにその人間の映像が拡大された。 「!」  アースラのあちこちから、感嘆と畏怖の声が漏れた。  そこにいるのは、外見こそ高町なのはそのものだった。持っている杖がレイジングハートでなく銀色の魔杖だが、本物のなのはと同じく左利きである事もわかった。黒衣のデザインもなのはのジャケットの色をそのままネガ反転させたようなものだし、なんの冗談なのかリボンまで色が違うだけで同じ形である。なのはのそれは生来のものではなく、フェイトと交換した元と違うものがついているはずなのに。  そして、唯一違うもの……それは目。  メイの目が赤く変わっていた。表情こそ戦闘中のなのはの顔と変わらないが、押し殺した激情を隠せない目だけは、怒りと憎しみ、悲しみのせいかまるで魔物のような真紅に染まっている。 「……こんなんいやや」  ゲスト席で沈黙していたはやてが、悲しげにつぶやいた。 「別の世界やなんや言うたかて、結局あの子もなのはちゃんなんやろ?うちらのなのはちゃんと一緒なんやろ? きっとあの子も呆れるくらいええ子や。明るくて、ほわほわしとって、思わず、ぎゅーってしたくなるくらいええ子や。  せやのに……なんちゅう悲しい顔してんねん」 「……」  はやての横でアルフも沈黙していた。その表情は、心痛。きっと同意見なのだろう。 『この日をずっと待ってたよ』 「!」  と、その時、なのはと同じ声がアースラの指令室に響いた。 『わたしの故郷を滅ぼし、大切な人たちを皆殺しにした存在。絶対に許さないと心に誓ったあの日から!』  まるで泣いているような、悲しい声だった。 『これが最後の警告です。退艦を望むなら今すぐそうしてください。憎しみを連鎖させるのは望みませんから。  でも急いで。  わたしにも、もう止められないから』  そう言うとメイは、左手の杖を胸元によせつぶやいた。 『──目覚めて、わたしの可愛い杖よ。この星の大神殿と結び、わが願いを星辰に届けて』  刹那、メイのまわりに魔方陣が広がりはじめた。  それは、ベルカの方形状でもミッドチルダの円形でもなかった。メイを中心として球形に広がったそれには、まるで天球儀の黄道のラインのように無数の帯が縦横に走り回る。そしてそのひとつひとつには、どこの世界とも知らぬ異界の魔術文字がひしめくように並んでいる。 「球形の魔方陣……?まさか」 「あら、何か知ってるの?クロノ」 「知りません。知らないけど」  クロノはその魔方陣を見て眉をしかめた。 「我々の魔方陣が平面なのは、もともとその魔方陣を紙や地面に描く事からはじめたからだと聞いてます。だから、空中に陣形を展開するようになっても陣形は平面のままなんだと。  球形の魔方陣だなんて……」  この魔方陣だけでもロストロギアに値する驚異だろう。  どういう派生でこの形になったのか。この形に収まった理由はいったいなんなのか。どれほどの未知がこの球形に収められているのか。  魔方陣ひとつですらこれだ。  いったい、彼女の国にはどれほどのものが存在していたのか。 「なるほど、強欲に走った政治家というのもわからなくもないな」 『そうらしいね』  クロノのひとりごとに、画面の向こうのメイは答えた。 『わたしだって魔法を使う者。それに魔法の研究を仕事にしていたし、未知を探求したいって気持ちはわかるつもり。  だけどね、だからといってあなたの国のした事は許されることじゃないよ』 「ああ、そうだな」  クロノははっきりと頷いた。 「だけどメイ、君の行動だって問題がないとはいえないんじゃないか?  君が復讐したい者たちはもういない。そしてアースラは結局のところただの戦艦にすぎない。君の憎しみの深さがわかるなんて事は言えないが、アースラにそれをぶつけるのは」 『うん、わかってるよ』  あっさりとメイは頷いた。 『わたしのこれはただの自己満足、やつあたりだよ。わたしの故郷を破壊したアースラを、魔砲アルカンシェルを撃破する、それに意味なんかあるわけないよ。ただわたしの復讐心が癒えるだけ。  ただそれだけだよ』 「うまくいったとしても間違いなく凶悪犯扱いだぞ。逮捕されれば最悪、永久冬眠……実質の死刑だ」 『あはは、永久冬眠なんかさせないよぉ。わたしの死体やこの子を研究対象になんかさせるわけにはいかないものね。  って、そろそろなのはが追い付くね。さっさとはじめなくちゃ。  アルカンシェルの準備はできたの?』 「ええ、こっちはチャージ完了したわ」  クロノのかわりにリンディが答えた。いつのまにか右手に始動キーのようなものを持っている。  それを見たメイが、嬉しそうににっこりと笑った。 『さっすがリンディ提督。じゃ、はじめるよ。  ──青き|惑星《ほし》の星辰よ。我は|汝《なれ》の巫女なりて、その助力を欲さん』  そして杖を掲げ、 『その|生命《いのち》の闇、我に届けよ!』  叫んだ。  刹那、メイのまわりの球形が急激にふくれあがりはじめた。たちまちにそのサイズはアースラと比較できるほどの大きさに成長する。  周囲を飛び交う異界の魔法文字の回転も加速していた。新たなラインが次々に生成され、渦に加わる。さらにその渦と中心のメイとの間に、何か光のようなものが次々とやりとりされはじめる。 「魔力値上昇してます!20万、42万、70万……160万!まだまだ加速度的に増大中!」 「160万!いったいどこからそんな魔力を?」  スターライトブレイカーの最大出力だって魔力そのものはそう膨大ではない。ベルカ式カートリッジで増幅したとて魔力値自体はそう増大するわけではない。あれは戦闘能力を飛躍的にあげるためのもので、魔力値をあげるためのものではないからだ。  いや、しかし問題はそこではない。  スターライトブレイカーがそうであるように、これらの魔法は生身の人間の魔力だけで成就できる類のものではない。つまりなのはのそれと同じく、彼女もどこからか魔力を集めているはずなのだ。  だが、こんな滅茶苦茶な魔力をどこから集める?こんな短時間に? 「……魔力源、確認できました!」 「どこだ?」  どことなく恐れるような声に嫌な予感をおぼえつつ、クロノは問い返した。 「地球です!地球内部からです!  惑星のもつ活動エネルギーそのものをなんらかの形で魔力に変換、それを吸い上げているんです!」 「ちきゅう……って、まさか!」  クロノはアースラの眼下にある地球を見、そしてメイを見た。 「そんな馬鹿な!」  クロノの驚愕とほとんど同じタイミングでエイミィまでもが悲鳴をあげた。 「魔力値計測できません!臨界越えました!」 「!?」  一同の目がスクリーンの数字に集まった。  スクリーンの魔力値は、「9999999」に張りついたままピクリとも動かなくなっている。そしてその横に赤く『計測限界』の文字が踊っていた。  ──これが、たったひとりの女の子の魔法?  そこにいる全員は恐怖も何もかも忘れ、ただ呆然とその信じられない数値を見ていた。 「うわ……死ぬかなこりゃ」  いや、ひとりだけまともな者もいたようだ。アルフだ。 「たくましいなぁアルフは」  少し震えた声ではやては苦笑した。なぜか両手を股間にそえたまま。 「ん、どしたはやて?ちびったか?」 「……ちょっとだけな」  ひきつり気味に笑うはやてに、そっかと笑うアルフ。 「ま、しょうがないさ。こんなの見せられちゃあねえ」 「はぁ、ほんっとたくましいなぁ。それに比べてうちときたら」  ためいきをつくはやてに、アルフはにやりと笑った。 「恐いもんは恐い。あたしだって恐いさ。  けど、こうなっちゃもう恐がっても仕方ないじゃないか。なるようになるさ」  ん?とアルフは笑い、ぽんぽんとはやての頭を叩いた。 「ほら、あれ」 「あ」  アルフの指さす先には、照準システムのようなものに手をかざしているリンディの姿が見えていた。 「アルカンシェル、バレル展開!」 「あ、は、はいっ!」  エイミィが弾かれたようにキーをめまぐるしく叩きはじめた。   「……はじまった」  アースラの前に、なのはが砲撃する時にも見えるおなじみの円形らしきものが多重に展開される。それが|魔力砲身《マジカルバレル》である事を知っているメイは、うっすらと狂気にも似た笑いを浮かべた。  ほとんど同時に感覚のはしっこ、追いすがってきたらしいなのはの魔力が感じられた。 「ふふ、思ったより速いね。もう応用したんだ、さっすがわたし♪  でもまぁ……ちょっとだけ遅かったかな?」  眼前に魔導収束レンズが広がる。魔導と技術の融合による強大な次元兵器、アルカンシェルがいよいよ牙を剥こうとしていた。  ──たったひとりの少女に向けて。 「あの時と同じにはさせない」  杖に右手をそえる。くるりと持ち替えたその姿は、なのはがデイバインバスターを撃つ時のそれにそっくりだった。 「消えされ、アースラ」  その視線の向こうに、艦橋でアルカンシェルの発射キーを差し込むリンディの姿は写ったのだろうか。  メイは杖を掲げ、万感の思いと共に思いっきり叫んだ。   『アルカンシェル、発射!!』 『|星光霧散撃《ゲオゲア・ガーラ》!!!』    強烈な闇がメイを包み、次の瞬間、アルカンシェルの次元波動に向かって暗黒の破壊光として吹き出した! [#改ページ] 親子(2)[#「 親子(2)」は中見出し]  昔、ひとつの国があった。  星まで届くほどの超魔道文明だった。平和主義の彼らは、かつて遠い星からもたらされたという魔道の技術を長い時間をかけて育てあげた。おだやかで優しい世界がそこにはあった。  魔道のみで宇宙文明を築いた彼らにとり、最大の問題は行き先の星の環境だった。ひとの住める星は限られるし、なんとか無人のうえ生命のいない星を改造し、住めるようにできないものかと知恵が絞られた。  そこで登場したのが、星辰の杖。彼らの文明の礎ともなった異星の魔杖だ。彼らはこれを複製し研究し、さまざまな分野に応用していたのだが、後の研究でこの杖本来の機能について新事実が明らかになっていた。  つまり、この杖は武器でもなければ土木デバイスでもない。星と対話しその力を借り、環境を作り替えるためのいわば『神器』であったというものだ。実際、当時からあるという古い宗教の巫女はこれを用いて草木を育てたりしているのだが、まさか星全体を作り替える力があるとは誰も思わなかったというわけだ。  さまざまな尺度から研究された結果、まず昔の巫女がしたという「杖に選ばせる」という神事を行うことになった。伝承によると星辰の杖は自らその所有者を選ぶとされ、神事を行うことによってその機構を起動してやれば、杖は自分からその所有者の元に向かうらしいとわかったからだ。  そして神事は行われ、一本の杖がある小さな町へと飛んだ。  そこには小さな女の子がひとりおり、彼女は強い魔道の素質があったがまだ何も魔法を学んではいなかった。また、特に学ばずともいつのまにかある程度の魔法は覚えてしまっていたので、どちらかというと放任主義の両親は英才教育などするより、好きな人生を選び、のびのびと生きてほしい。そう考えていたのだった。武芸者である兄と姉も、この子はのびのびと生きてほしいねと、いつもそんな話をしていた。  町の名は、シーファン。海のささやきといいう意味の町。  少女の名は、メイフェア・ハイフェン。春の花、メイフェアリーからとられた名。  一人遊びをしていたメイフェアは突然に現れた杖に非常に驚いた。だが、杖からもたらされる優しい星のイメージがすっかり気に入り、やがて杖を手にとった。空を駆け雲にのり、たちまちふたりは友達になった。  家族はやがて杖の事を知ったが、小さな娘に星を変えるほどの才能がある事を知っても「そっか。よかったな」とメイフェアの頭をなでてやるだけだった。大いに心配はしたようだが、それを娘が望むならそれもいいだろうと、そう考えたのだった。  それはどこかの世界、どこかの町のどこかの家族にとても似た光景だった。  そんな優しい時間が、遠く次元を隔てたふたつの世界で流れていた。  今は昔の話である。    メイの放った黒い光と、アースラの発射したアルカンシェルのエネルギーが両者の中間で激突した。 「くっ!」  両者がぶつかった途端、七色の光が周囲に吹き出した。正反対の位相をもつ次元干渉型のエネルギーが衝突した結果、ほんの一部を光として放ちつつ対消滅をはじめためだった。キックバックで凄まじい振動がメイとアースラにそれぞれ襲いかかった。 「う……くぅぅぅぅぅっ!」  必死に杖を制御し、力を押し通そうとするメイ。  その前方には、黒と七色の巨大なエネルギーがめちゃくちゃに暴れ回っていた。そのさまは巨大な龍の衝突を思わせ、メイは龍を使役する古代の魔法使いのようにすら見えた。  やがてそのエネルギーは、唐突にふっと姿を消した。両方とも。 「……」  メイは目の前の風景を、ぽかーんとした顔で見ていた。  目の前には依然としてアースラがあった。アルカンシェル発射装置が少し歪んでおりエネルギーも失われているようだが、機関そのものは健在。アースラは今も稼働していた。 「|星光霧散撃《ゲオゲア・ガーラ》に持ちこたえた?……うそ」  呆れたようにアースラを見て、そして杖を見た。 「おまえのせいじゃないよね、星辰の杖。絶好調だったもんね。  もしかして、わたしが弱くなった?」  いや、それも違うだろう。  そもそも、星辰の杖を駆動するのに大きな魔力はいらない。特に『星光霧散撃』は星からエネルギーをもらう技だから、杖の制御に魔力は必要でも、なのはの『スターライトブレイカー』のように莫大な魔力を必要とするわけではない。星の力を制御するという大仕事は確かにあるのだが。 「……すっごいね、アースラ」  アースラの方を見たメイは、くすっと笑った。 「ふふ、うふふ……あっはははははっ!」  メイは本当に愉快そうに、大笑いをはじめた。   「あ、アルカンシェル、メイさんの魔法で……対消滅、しました」  あっけにとられた顔のエイミィが、やっとの事で報告をあげた。 「被害報告は?担当、報告なさい!」  は、はい、という声が聞こえた。 「アルカンシェル生成モジュールが過負荷でダウンしました!予備への交換に約四十分かかります!」 「すぐ作業にかかりなさい!  戦闘と無関係の民間人は、念のために転送ポートから地上へ避難してください。  クロノ、メイさんと通信を試みなさい、急いで──」  その瞬間、あっはははというけたたましい笑い声が魔力に乗って響きわたった。 「メイさん?」  回復したモニターに写されたメイが、アースラの方を見て大笑いしていた。 『すごいね。さすがわたしの故郷を滅ぼした船だよ。参ったなぁもう』  その笑いに何かを感じたのだろうか。リンディもうふふと笑い返した。 「メイさんこそすごいわ。アルカンシェルを対消滅させる魔導器やそれを使う魔導士が存在するなんて、もしこれが知られたらミッドチルダのお偉がたみんな泡吹いて卒倒しちゃうんじゃないかしら?ま、報告したところで誰も信じやしないでしょうけどね。  ところで今の魔法って何なのかしら?アルカンシェルと対消滅したという事は、おそらく次元魔法による攻撃じゃないかと思うのだけど」  リンディの問いかけに、あーとメイは気まずそうに微笑んだ。 『ごめんなさい、今の攻撃魔法じゃないんです。そもそもこの杖だって武器じゃないですし』  え?という声が周囲から聞こえた。 「どういう事かしら。よかったら教えてくださらない?」  うん、いいよとメイは答えた。このあたりの素直さはなのはと全く変わらない。 『この杖は、もともと科学技術のない魔法文明の星が、惑星改造とか宇宙開発のためにつくり出したものなんです。今のはゲオゲア・ガーラ、星の光を蹴散らすっていう意味の魔法で、邪魔なアステロイドや小惑星をぶっとばしちゃう作業用の魔法。わたしが使えるものの中では一番のお気に入りなんですけど。  他にもいろいろ使えるけど、緑化魔法とか流体制御魔法とか、あまり戦闘には向かない魔法の方が多いんですよ』 「小惑星を……壊すの?魔法だけで?」 『はい♪』 「なるほどねぇ……道理でとんでもない威力なわけだわ」  あっけらかんと言うメイに、さすがのリンディもひきつり気味の笑みを浮かべた。  それはそうだろう。メイの杖は、あまりにも彼らの常識から外れている。  星のエネルギーを借りて惑星改造をするための魔導器。科学技術もそれなりのレベルにあるミッドチルダでは、開発以前に思い付かないか、考えても埓もない妄想と笑いとばされる代物だろう。奇想天外どころか狂気の沙汰としか言いようがない。  だが、目の前にその信じがたい代物は存在した。断固として。 「宇宙開発用?科学文明じゃないのにか?」  首をかしげるクロノに、むむっとメイは口をとがらせた。 『ひどいなぁクロノ執務官。わたしの故郷にだって|天翔船《てんしょうせん》くらいあったよ。科学技術の使われてない宇宙船なんて想像つかないかもしれないけど』 「科学技術がない……魔法だけで作った宇宙船!?」 『うん、木でできてたんだよ?』 「……」  木製の宇宙船なんて、想像できる者などアースラにはもちろんただのひとりもいなかった。 『ま、そんなわけで再開します。  といっても、そちらはもうアルカンシェル撃てないみたいですね。どうしますか?  もっとも、さっきの一撃でもうわかったでしょう?  わたしはまだ何発でも撃てるし、一撃や二撃防いでみせたところで時間の引伸ばしにしかなりません。応援を呼んだところで魔導戦艦がくるにはそれなりに時間がかかるし、わたしは必要なら対戦艦戦闘だってやってみせますよ?わたしもこの子もミッドチルダに捕まるくらいなら塵も残さず吹っ飛ばされる方を選びますし。  さぁ、どうしますか?』 「……」  自分の命も平然と天秤にのせているメイに、アースラの面々は眉をしかめた。 「……なに言うてんねん」  ふと、ゲスト席のはやてがつぶやいた。 「そんなんあかん!自分から死んだ方がええやなんて、そんなこと言うたらあかん!」 『はやてさん、か……そう。夜天の主さんだったね』  メイは、にっこり笑った。 『どのみち、アースラ沈めちゃったらわたしは重罪人だよ?ミッドチルダにも、その勢力圏のどの世界にもわたしの居場所はないでしょ?  それに、わたしが生きて逃亡してたら、なのはにとばっちりが行くよ?だって、わたしはなのはと同じなんだから』 「!」  はやての顔色が変わった。 「せ、せやけど、それは中の人間ごと沈めた場合の事や。  無人のアースラ壊しただけやったら、それはただの器物破損ですむやないか。それはそれで重罪かもしれへんけど、夜天の主やったうちや、うちの子らですら保護観察ですんでるんや。事情がわかれば皆がなんとかしてくれる。うちからも頼んだる。  それにアースラやて機械や。いつまでも最前線で活動できるわけやあらへん。ただ自己満足で壊したいだけやったら、退役してからでもええんちゃうんか?」 『それもダメ』  ふるふる、とメイは首をふった。 『わたしとこの子はふたりでひとつだから、封印がとけてしまえばどのみちばれるのは時間の問題だった。  だけど、封印を解くのは今しかなかった。なのはが戦技教官として成長してしまえばわたしの勝ちはありえなかったし、わけを話して協力してもらうわけにもいかない。言えば協力してくれたと思うけど、それだとなのはが共犯か幇助罪にされてしまう可能性がある。わたしが一方的になのはを利用したっていう状況がどうしても必要だったんだよ。  まぁ、騙すという手もなくはなかったけど……あんまりそれはしたくなかったしなぁ。だって、あの子はわたしなんだから』 「……まぁ、それもそっか。ほんま凄い子やもんなぁそれ」  銀色の杖に目をやりつつ、はやてはためいきをついた。 「さっきの一発だけでその杖、管理局的には第一級のロストロギア確定やろし。なにしろアルカンシェルと拮抗してまうとんでもない代物やさかいな。  まぁ、少なくとも監視下にはおかれるやろな。杖は封印か」 『それは無理』 「え?」  ちょっと寂しそうな顔で、メイは語った。 『わたしがいる限りこの杖は封印なんかできない。言ったでしょう?わたしとこの子はつながってるんだって。  封印したいなら、わたしを殺すしかない』 「……」  思わず口ごもるはやて。  彼女にしても、リインフォースの時に似たような経験をしている。皆の助力もあって生き延びられたし優しくしてももらっているが、闇の書の主であり、今もその騎士たちを連れており、その成れの果てであるリインフォースの名を新しいデバイスに与えようとしているはやてに対して悪意を抱く者はいるし、実際すでに嫌な目にもあわされた。おそらくこれからもそういう事は起きるだろう。ただ『闇の書の主』というだけの理由で。  ましてメイは……。  だが、 「……そんなことないよ」  そんな声が、どこかから聞こえた。 「死んだ方がいいなんて、そんな悲しい事言っちゃダメだよ。何か手があるはずだよ」 「……なのは」  メイの目がゆっくりと、アースラから地球の方に向けられた。  そこには、ボロボロになったなのはがいた。  アルカンシェルとメイの激突の余波を食らったのだろう。見事なまでにジャケットはズタボロ、リボンも一部焦げているありさまだった。レイジングハートの方も目に見える傷こそないが、チャージしてあったマガジンを防御で全て使いきったのだろう。マガジンのあるべき場所はとっくに排出されて何もついていない。  だがそれでも、あの凄まじいエネルギーの余波で死ななかったのは驚異というべきだろう。防御の高さと悪運と、とっさの判断力が彼女の命を救ったのだといえる。  なのははポケットからマガジンを取り出し、レイジングハートに装填した。 『Reload.』  レイジングハートに中身が飲み込まれる。  そして、そんななのはを見たメイの表情が歪んだ。 「なのは。あなたはまだ何も知らない。なすすべもなく大切なものを奪われる悲しみも、自分が自分として生きていけない苦しみも知らない。  知らないから、そこまで純粋に立ち向かっていける」  ぎり、と怒りを滲ませメイが呻いた。 「うん、そうだね。わたしは何も知らない」  そして、そんなメイをなのはも否定しない。 「だけど、アースラを沈めるなんて間違ってる。リンディさんやクロノ君や、みんなまで道連れにしてもかまわないなんておかしいよ。  あなたはわかってるはずだよメイちゃん。  だって、わたしたちは同じなんだから!」 『Excellion-mode, Ignition.』  レイジングハートが形を変える。より凶悪な魔導兵器へと、その姿を変えていく。なのは自身は指示も何もしていないのに。  最強の形態でなくては「もうひとりのなのは」には勝てない。それを知っているかのように。  そして、メイも杖を構え直す。 「勝てると思ってるの?  この身体はあなたと同じだけど、これはこの年齢で封印されたからだよ?本当の歳はあなたよりずっと上だし、魔法の経験年数も、杖の基本性能もわたしの方がずっと上なんだよ?  それでも、わたしに勝てると思う?」 「わからない。でも」  なのはの顔が、闇の書戦でも一度も見せなかったほどに凶悪に歪む。 「自分には負けられない!」  その瞬間、なのはの下に大きな魔方陣が爆発的に広がった。 「……確かに、自分には負けられないね」  そして次の瞬間、メイの周囲にも球形の魔方陣が広がった。 「その生意気な鼻っ柱、へし折ってあげる。今度はパンツじゃなく全部脱いでもらおっか」 「それはこっちのセリフだよ!」 「言ったね?」 「言ったよ!」 「「こんのぉ〜〜!!!!」」  ふたりのなのはの周囲で、猛烈な魔力が吹き荒れはじめた。  本来、これはありえない激突だった。いるはずのないふたりの、同質の魔力が激突しているのだから。それは相乗効果を起こし、先刻の魔力には遠く及ばないが凄まじい魔力の嵐となりつつあった。  ふたりは同時に叫んだ。 「レイジングハート!」 『Divine Buster.』 「|斬撃《テラン》!」  稀代の砲撃魔導士ふたりの戦闘が今、始まった。   「あ〜らあら、はじまっちまったよ。ふたりとも短気というか喧嘩っぱやいというか」 「ま、どっちもなのはちゃんやしな。当然やろ。  聞き分けのない子にはスパルタでいくからな、なのはちゃんは。ましてそれが自分やったら怒りも倍増やろ。お互いにな」 「そりゃそっか」  あっははとアルフは苦笑した。  はやてはためいきをつきながら、ゲスト席からアースラの面々を見上げた。  上の方ではリンディはクロノたちが何やら檄を飛ばしている。どうやらふたりが戦っている間に応急処置を行い、体勢をたてなおすつもりらしい。 「なんとか時間は稼げそうやけどな。間に合やええけど」  ふう、とためいきをつくはやて。 「……大丈夫じゃないかねぇ」 「へ?」  はやては、なぜか自信まんまんのアルフをみあげた。 「なんでや?いくらなのはちゃんが強い言うたかて、あの黒いなのはちゃんは別格やで。何せ本人やさかいな。  その自信はどこから来るん?」  首をかしげるはやて。  だがアルフはそんなはやてに笑う。 「フェイトが何かするらしいよ。チャンスがあればなのはは勝てるって」 「へぇ……」 [#改ページ] 親子(3)[#「 親子(3)」は中見出し]  勝負は時の運なんて言葉もあるが、戦闘における優劣というのはそう簡単なものではない。歴戦の勇士が勝ち残ったのは強かったためでなく、生存に長けたためだと言える。勝機を逃さぬための才覚とそれを成し得る能力。生き残ろうという意志。そして多少の運。生き延びる者というのはそれらを持ちえた者である。  高町なのはが強いのはその魔力だけではない。常識的にいえば|砲撃狂い《トリガーハッピー》などという人種は本来戦闘の引立て役でありいざという時は真っ先にやられてしまう存在なのだが、彼女の場合それを可能にする才覚、そして教師役にも恵まれていた。  特にフェイト・テスタロッサという強敵の存在が急速に彼女を育てた。背中を預ける護り手はいても戦友はいないという状況でたったひとりでフェイトに相対せざるを得なかった彼女は、結果として単なる砲撃手に収まるわけにはいかなかった。「相手をいかに自分の得意とする戦闘に行き込むか」に次第に特化する事により、自分より戦いの巧みなはずのフェイトをついには真っ正面から叩き落としてしまったのだ。  そしてその単独戦の経験こそが、もうひとりの自分──自分よりもはるかに経験豊富で強力な相手を向こうにまわし、戦い続けさせる原動力ともなっていた。 「アクセルシューター、シュート!」 『Accell Shooter.』  その瞬間、数十にも及ぶ猛烈な数の光が吹き出し、八方からメイに襲いかかった。 「くっ!……『|爆砕《ギーガ》!』」  メイはその光の豪雨豪雨を爆散する魔力で跳ね飛ばした。 「コントロール!」  飛ばしたはずの光は次々と向きを変え再びメイに襲いかかる。無数の敵に攻撃されているようなものだ。 「いいかげんに……!!」  メイは果敢に抵抗したが、いくらなんでも数には勝てない。たちまちのうちに猛烈なエネルギーの瀑布をくらっていく。  だが。 「……」  その霧が晴れた時、メイには傷のひとつもついていなかった。 「くっ!」  歯がみをするなのはに、メイはクスクスと笑った。 「凄いなぁ、この十分だけで光弾の数が倍になったね。制御も緻密だし」 「……」 「一年もたたずにここまで来たっていうのも頷けるよ。  ふたつのロストロギア事件も強いライバルたちも、その全てがいい方に働いたんだね。みんな踏み台にしてここまで急成長してきたってわけだ」 「……変ないい方しないで。望んで戦ったわけじゃないよ」  むっとした顔で唸るなのはに、メイはハッと馬鹿にしたように笑った。 「自分がどれだけ好戦的で始末におえない戦闘狂か、わかってないの?  そろそろ自覚したほうがいいよ?そのうち自分が抑えきれなくなって、大切な友達にまで被害が及ぶようになるんだから。  あなたが戦闘好きなのはね、なのは。強くなりたい、強くならなくちゃという強迫観念みたいなものが潜在意識にあるの。それがなのはの根源なんだよ。  だから強い者を求める。相手が強ければ強いほど鬼神の強さを発揮するのはそのせい。  逆にいうと、戦う相手がいないと生きていけないんだよ、なのはは」 「そんなことない!求めてなんかいないよ!」  言い返すなのはに、メイは肩をすくめた。 「自分の魔法をもっと極めたいって思ってるでしょう?」 「それは」  ギクッと反応するなのは。ウンウンと納得げにうなずくメイ。 「だーかーらー。それがそういう事じゃん。  だめだなぁ。わたしには何でもわかるんだからね?」 「違う!」 『Divine Buster.』  |魔法銃身《マジックバレル》が展開し、ピンクのエネルギー砲が凄まじい爆音と共に射出された。 「あは、やってることと口が矛盾してるよ?」  だがそれを、メイは片手で弾き飛ばしてしまう。 「ふぅ。ちょっと手が痺れた。また威力あがったね。  次はちょっとやばいかな?」  そう言うとメイは杖を構えた。 「砲撃っていうのはこう撃つんだよ。『Divine Buster』!!」 「!!」  スターライトブレイカーにも匹敵する、怪物じみたディバインバスターがなのはに向かって射出された!  ジャケットの一部を切り裂かれながら、ぎりぎりなんとかなのはは躱した。 「どう?」 「くっ!」  うっふふと楽しそうなメイに、なのははぎり、と歯を噛みしめた。  まるで大人と子供だ。  一方的になのはは遊ばれていた。メイの魔法は底しれない練度をもっていて、いかなるなのはの魔法もメイには通じない。そしてメイは面白半分になのはの魔法をコピーしてくるほどの余裕っぷりだった。  いかになのはでも、その余裕を覆すのは簡単にはいかないようだった。 「あきらめて撃ち落とされなよ。わたしに負けたって恥ずかしくないんだし別に。  そうして、フェイトちゃんになぐさめてもらいなさいって。  きっと、大喜びで介抱してくれるよ?」 「うるさい!!  エクセリオンバスターバレル全開、ストライクフレーム!」 『A.C.S. stand-by.』  レイジングハートが翼の生えた槍の形に変化する。 「今度は槍か。ほんっと凄いねその子も」  くすくすと楽しそうなメイ。  だが本人は気づいているのだろうか?  メイは実に楽しそうだった。アースラを落とそうとした時に見せた悲壮感が今の彼女にはない。倒れても倒れても向かってくるなのはが楽しくて仕方がないといった顔だ。  そして、悔しげに歯がみしているなのはも悲しい顔はしていない。むしろ生き生きと全開でぶつかりまくっているようだ。 「ドライブ!」  突撃に入るなのはに、嬉しそうに杖を構えて相対するメイ。  なんのことはない、戦闘狂いはメイとて同じなのだ。  そう。ふたりは結局のところ同一人物なのだった。    楽しく全力戦闘を続けるあまり、ふたりは気づいてなかった。  ぎりぎりまで魔力を潜め姿を隠し、ふたりの魔法の隙間をぬって、そろそろと接近してくる黒衣の少女に。なのはの砲撃魔法の特性を知りつくしており、またその現状唯一の欠点である、あまりにパワー至上がゆえに単純な撃ち合いだと隙が意外に多いという部分もよく知っているがゆえに可能なことだった。  そしてそれはメイも同じだった。圧倒的大出力で遠方からの殲滅というパターンを得意とするメイは、そういう意味でもなのはのスーパー版といえた。メイは力こそあれど正規の訓練を一度も受けていなかったし好敵手に恵まれなかったこともあり、その問題点を克服できていなかったようだ。  もっとも、だからといって無造作に近付くのはあまりにも危険な行為ではあったのだが。なのはの魔法と性格の癖を知りつくしているからこそ、それはぎりぎり可能な事であった。そしてもちろん、それを可能とする技量があった事も言うまでもない。  その少女──フェイトは至近距離まで接近すると、小さくこう告げた。 「バインド」 『Yes,Sir.』 「!」  一瞬のことにハッとしたメイだったがその次の瞬間、 「!!」  たちまちメイは、全身を光のリングでぐるぐる巻きにされてしまった。 [#改ページ] 親子(4)[#「 親子(4)」は中見出し] 「とった!」  メイが緊縛された瞬間、アルフが嬉しそうに叫んだ。 「しっかしヒヤヒヤさせてくれるねえ。まぁフェイトならできるとは思ってたけどさ」  さすがに心配だったのだろう。本当に嬉しそうだった。  画面の向こうには、うぐぐ、がぁぁと奇声をあげつつもがくメイが写っている。なのはと比べると素直に負けを認めないあたりは生い立ちの違いというものか。いや、むしろなのはが素直すぎるだけとも言えるだろうが。  誰もが思った。これで勝負あったと。  結局ふたりはなのはなのだ。いかに生まれ育ちが違おうとメイもやはり本質はなのはそのもので、それは言動のはしばしや行動の中にも見てとれた。彼女がここまで端迷惑な騒動を起こしたのは結局のところ過去の腹いせと八つ当たりであって、気持ちか静まればこの騒動も集結し全ては丸く収まるだろう。そんな気持ちを皆持っていたのだ。  ただ、ふたり……厳しい目でメイを見ていたリンディと、悲しい目でメイを見ていた八神はやてだけは違っていた。  ふたりは、なのはとフェイトが地雷を踏んでしまった事を直感していた。 「いけない!」 「あかん!ふたりとも、はよう逃げな!」 「え?」  リンディとはやての言葉に、アルフが動きを止めた、その瞬間だった。 『……結局、こうなんだ』  ぼそりと、モニターの向こうのメイがつぶやいた。    その瞬間、なのはとフェイトは総毛立った。  死と隣合わせの戦いで磨いた感覚が、その瞬間最大限のアラームをあげた。フェイトは即座に、なのはは一瞬遅れて、一気に数百メートルほど飛び下がった。  縛られたままのメイだけが、そこに残された。 「あの時もそうだった」  ぼそり、とメイの静かな声が響いた。 「あいつらは一対一で戦わなかった。よってたかってわたしを取り抑えた。子供だからって理由で殺しもせずに杖だけとりあげて、地面におさえつけられた」  びき、びきびき、と異音がする。硬化したフェイトの輪に罅が入りつつあった。 「そして──わたしの目の前であいつらは──助けにきたお兄ちゃんを惨殺した!わたしを人質にして!  魔法の使えないお姉ちゃんを嬲り者にしたあげく、首をはねた!  あげくのはてにわたしの故郷を、アルカンシェルでふっ飛ばした!!」  ばきぃぃん、と派手な音をたて、輪は全て粉々にふきとんだ。 「──わたしは忘れない」  びゅん、と杖をふる。  杖がピンク色の光でなく、漆黒の闇を放ちはじめた。 「あの時とは違う。  優しい家族に囲まれて何も知らなかったわたしは、この子を戦いに使うなんて考えもしなかった。わたしの星の人達も基本的にそう。わたしたちは平和主義で、話せばわかるっていうのがまず第一義にくる人々だった。  だけど今は違う。この子のもうひとつの顔をわたしは知ってる」  左手で杖を構え、右手をそれに添えた。 「魔力源特定、第五惑星中心部に接続。最終起動呪文、詠唱」  そして、息を大きく吸い込んだ。 「|光より来た者、光へ追い返せ《ゲロイア・デヴァ・ゲロノア》!!!!」  刹那、闇が溢れた。    彼女の杖は戦闘用のものではない。メイ本人の言ったことは確かに嘘ではなかった。  だが、最初の戦車が耕耘機を改造して作られたように、威力さえあるならばそれは戦争にも応用される。神器であったメイの杖にも同じ理由でそういう改造が施されていた。メイの星にそれがもたらされるより、ずっと昔に。  その者たちは、この杖を宇宙戦争に用いたのだ。星を育む恵みの杖はその瞬間、星をも砕く悪夢の破壊兵器と化した。  そして、杖の巫女の後継者であるメイはそのモードを使うことができた。彼らの敵である異星人の名を残した、不吉な起動呪文と共に。 「だめ、逃げてなのは!」 「Divine Buster!!」  魔力の収束に時間がかかるのだろう。呆然としているなのはを捕まえ逃げようとするフェイトにメイが放ったのは、本来の強大な魔力攻撃でなくお手軽コピーのディバインバスターもどきだった。  杖でなく片手のひとふりで放たれたそれは、フェイトのシールドなど何もないかのようにそのままぶち抜け彼女をあっさりと吹きとばした。 「きゃあっ!」 「フェイトちゃん!」  血相変えてなのははフェイトの元に駆けつけた。 「──!!」  バルディッシュに盛大な|ひび割れ《クラック》ができていた。  おそらく着弾の瞬間、フェイトを守るために持てる力の全てを駆使したのだろう。完全に損壊したわけではないが、もはや真空にフェイトをさらさぬよう保護するだけで限界いっぱいのはずだった。  そんな、なのはたちを無視したままメイは詠唱を続けている。逃げないのなら何をしていようと知ったことではないのだろう。 「魔道種別、破壊。呪文名『|星天破砕撃《ゲサラ・ゲオ・ガーラ》』。魔力収集詠唱開始」  ひゅんっと杖をもういちど振ると手元を額にあて、詠唱を続ける。 「このぉっ!」  フェイトを背に魔力を全開にするなのは。  だがメイはそれを見もしない。気にもとめていないようだ。 「大気渦巻く火球になれざる星よ、わたしに力を。輝く星天すら打ち消す力と、抗う生を大いなる死の闇に解き放つ術をもたらせ。  金なる王と偉大なる巫女の名にかけて──!」  と、そこまで唱えたところでメイは詠唱をとめ、無造作に右手を「あっちいけ」といわんばかりに振った。  その瞬間、ACSモードでメイに突っ込んできていたなのはを、エクセレントバスターもかくやという凄まじい魔力弾がとらえた! 「ぎ、──!!!!」  叫ぶ事すらできず、なのはは吹きとんだ。もんどりうって突きとばされる。  それでも、なんとかレイジングハートの懸命の防御が役立ったのだろう。フェイトのそばまで吹きとばされたところでようやく停止した。  動かなくなったなのはのかわりに、ふらふらとフェイトが目覚めた。 「う……な、なの……は……!?なのは!!」  だがその瞬間、なのはを見たフェイトは真っ青になった。  それはそうだろう。  なのはは右手を失い、そこから血潮が吹き出していた。右足はおかしな方向に折れ曲がり、顔は驚愕の表情のまま固まっている。  ごぼ、と口から血を吹き出した。  全身がガクガクと震えていた。疑う余地もなく死の直前だった。  レイジングハートが稼働し続けギリギリ命をつなぎとめているようだが、そもそもこの状態でデバイスが動いている事自体が奇跡だった。そもそもレイジングハート自体も満身創痍なのだから。 「いやぁーーーーーーーっ!!!!!なのは!!なのは!!」  フェイトの半狂乱の絶叫があがった。    なのはがやられた瞬間、アースラの指令室は騒然となった。 「すぐに回収を!転送班!」 「無理です!相手の魔力が壁になってます!転送どころか通信すら届きません!」 「提督、もうダメです逃げましょう!このままではこっちも全滅です!」 「な……!」  彼らの言葉を聞いて目の色を変えたのは、はやてとアルフだった。 「何あきらめてんねん!ふたり見捨てたら絶対許さへんで!」 「そうだよ!フェイト見捨てたらあんたら全員食い殺してやる!」  だが。 「無茶言わないでくれ」  ふたりの言葉を、クロノが静かに否定した。 「僕たちだって何とかしたい。できる事なら。  けど、アルカンシェルも効かない相手にどういう手がある?どんな手をうつ?  少なくとも現在の僕たちの戦力ではどうしようもないんだ」 「……」  真っ正面からそう言われて、はやてもアルフも黙ってしまった。  そう。ふたりだってわかっているのだ。もう逃げるしかないと。  魔力計測のゲージはとっくに振り切っている。このままメイの魔法が稼働したら、おそらく先刻の攻撃の比ではないそれが襲いかかるに違いない。なのはやフェイトどころかこのアースラもひとっからげに事象地平の彼方に吹きとばされるか、あるいはこの場で完膚なきまでに破壊されるだろう。 「──ぜ」  リンディが悔しげに歯をくいしばり、全速退避を言い渡そうとした、まさにその瞬間だった。 「待って!」 「あーちょっと待ってくれない?リンディ提督?」 「!」  そんな声と共に、茶髪の少年が長身の女性を連れて指令室に入ってきた。 「あらユーノ君。きてくれたところ悪いけど……って、えぇ!?」  リンディの目が驚きに開かれた。 [#改ページ] 親子(5)[#「 親子(5)」は中見出し]  その瞬間、メイは不快げに唇をかんだ。 「いやぁーーーーーーーっ!!!!!なのは!!なのは!!」  絶叫をつい聞いてしまった。フェイトの半狂乱の叫びについ耳を傾けてしまい、その方向に目をやってしまった。  死に捕まれたもうひとりの自分と、その自分と誰よりも親しい娘を。 「……」  腹がたった。猛烈に不愉快だった。  何より、泣き叫ぶフェイトがかつての自分に重なって見えてしまったから。 『おにいちゃん!おにいちゃんおにいちゃん!』  遺体にすがり泣くことも許されなかった。そのまま睡眠薬を打ち込まれ、朦朧とした意識の中、動けない身体で故郷が破壊されるさまを見せられた。  やがて意識が落ちて、目覚めたらがんじがらめに魔力を封殺され独房に閉じ込められていた。  無力だった自分。 「……」  やめろ、とメイは内心ののしった。  おまえたちはそういう光景を何億とつくり出したではないか。これみよがしに泣き叫びやがって何様のつもりだとメイは憤った。  だが、同時に彼女は知っていた。悪いのは彼女らではないのだと。  自分の所業は結局、あのミッドチルダ人たちと同じなのだと。 「……」  メイの顔がみるみる、怒りとも号泣ともつかない顔に変わった。  何かを振り払うようにぶんぶんっと頭をふり、そして叫んだ。 「破壊モード解除、星辰モード開始せよ。魔力はそのまま保持、流動形態に移行!」  黒い光がかき消すようになくなり、ピンクの光が戻った。 「星辰よ。わたしの祈りを聞き届けよ。  わたしは星辰の巫女。星を育む者なり。命を引き戻し育むためにあなたの力を貸せ。  ───|緑の呪文《ル・ファール》、|活動開始《アクアラケイ》」  先刻と同じように杖を持ち、額を押し当て祈りはじめた。  青とも緑ともつかない光がその瞬間、うっすらと周囲の空間を染め上げはじめた。   「……え?」  不思議そうなフェイトの声が聞こえた。  なのはの痙攣が止まっていた。それどころか流血も止まり、たちまちのうちに身体に血の気が戻ってくる。  右の肩口の肉が盛り上がりはじめた。 「え……え?……えぇ!?」  唖然とした顔でフェイトはなのはを見ている。  まるで蜥蜴の尻尾のように、しかも猛烈な早さでなのはの手が回復していく。他の傷もみるみる塞がり、まるでビデオの逆回しのように急速に再生していく。  そしてついに、なのはは完全に復活してしまった。レイジングハートはボロボロのままだが。 「なに……これ」 「どうやら間に合ったみたいだね」 「!」  フェイトが振り向くは、そこにはメイがいた。 「失った命は取り戻せない。その場合、復活はできるけど記憶や人格に重大な障害を残したあげく別人になってしまう……はぁ、ちょっとやりすぎちゃったか。ごめんね」 「……なんのつもり?」  それはそうだろう。フェイトにしてみれば、殺しておいて助けるメイの行動は理解できないものに違いない。  だから、メイは苦笑した。 「だって勝負はわたしの勝ちだもの。これ以上はやりすぎ。そうでしょう?」 「うそつき。勝負はわたしたちが勝ってた」 「捕まえたら勝ち、なんて言った覚えないけど?」  クスクスと笑うメイに、フェイトは怒りの顔を浮かべた。 「卑怯者!」 「はいはい、そんなこと最初からわかってたでしょう?」  うっふふふとメイは笑うと、よいしょと座り込み、なのはのスカートの中に手を突っ込んだ。  その行動の意味が理解できず、フェイトは眉をしかめた。 「何してるの?」 「なにって……勝ったら脱がす約束だったし。  本当は全部脱がすつもりだったけど、アースラからみんな見てるよ?それに、なのはの裸はわたしの裸だもん。恥ずかしいし、嫌だよ。  だから、ぱんつだけで許してあげる」  どういう理屈なのか器用にパンツだけを抜き取ると、ふむ、とそれを見た。 「わ、漏らしてる。血まみれだし……ま、いっか」  そう言うとメイは苦笑いし、そしてフェイトに向き直った。 「あなたのパンツも頂戴」 「は?」 「は、じゃないの。戦利品。嫌なら力づくでひんむくけど?」 「!」  フェイトは真っ赤になり、スカートをおさえて後ずさった。 「……ひとつ聞いていい?」 「なに?」 「どうしてパンツなの?もしかしてそういう趣味とか?」 「まぁ、それも否定しないけど」 「うわ最低。本当になのはなの?貴女」  露骨に軽蔑のまなざしを向けるフェイト。  だが、メイは涼しい顔で笑った。 「な〜にいってんだか、貴女も同じ穴の貉のくせに」 「……え?」 「否定できる?」 「……私はそういう趣味ない」 「ふうん。じゃ、なのはとお風呂入っても平気?」 「!」 「……ん?」 「……」  かわいらしく小首をかしげるメイ。困ったように口ごもるフェイト。その目線は、未だに意識の戻らないなのはに向いている。  くっくっと小悪魔の笑いをメイは浮かべた。 「ま、いいよ。後はなのはとフェイトの問題だし。  さて、じゃあ改めてフェイトのパンツちょうだい?  言っとくけどこれは変な趣味だけじゃないのよ?相手の下着をはぎ取るっていうのは相手を武装解除したってことだからね。これだって立派な|戦利品《トロフィー》なんだから」 「……ひとつだけ言っていい?」 「ん?」  フェイトは背中を向け、もそもそとスカートの下で何かを脱いだ。  再びフェイトが恥ずかしさで真っ赤な顔を向けた時、その手には薄紫のパンティが握られていた。 「うわ、ちょっとだけ、おーとーなー。勝負用?」 「茶化さないで」  むっとした顔でフェイトは眉をつりあげた。だがノーパンでパンティを手にもった状態ではイマイチしまらないのも事実だった。 「戦利品がパンツって……変だと思う」 「そう?」 「うん。すごく変」  フェイトは赤面したまま、力づよく頷いた。 [#改ページ] 結末(1)[#「 結末(1)」は中見出し]    高町なのはの同位体、メイフェア・ハイフェンの来訪事件は結局、歴史には残されなかった。それは関係者の記憶のみにとどめられ、後の事件に影響することもなく一切は過ぎゆくことになった。  そうなったのはひとえに、なのはの身を案じる関係者の気持ち、そして「今後この世界に来訪することはない」とメイフェア自身が確約したためだった。 『おなじ世界に自分がもうひとりって……イヤでしょう?わたしにも、そしてなのはにも。悪い未来しか呼び寄せないよ』  黒いなのは、メイフェアはそう言って苦笑した。  既にメイフェアはこの世界から去っていた。迎えにきた女性と共に次元を越え、アースラの面々の見ている目の前で遠い世界に旅立ったのだ。アースラのレコードには『異次元から知的生命体来訪、高町なのはの容姿をコピーしたために一時的に混乱が発生』とだけ残され、事実を知る指令室にいた面々には箝口令がしかれた。  実際、メイフェアの姿を見たり会話を耳にしたのは一部の者だけだったから、直接関わっていないのはアースラの一般クルーも同様だった。    そして事件は、一応の結末をみせた。   「申し訳ありません。そんな事態になっていたとは知らず」 「ええよーそんな事。結果オーライやったし、みんなが居てくれても結局どうにもならへんかったやろし」 「ですが」   数人の女性と一頭の獣が、はやての前で頭をさげていた。ヴォルケンリッターの面々だ。   彼女らは仕事でアースラを離れていたため、主の危機に同席できなかったことを悔やんでいるようだった。  はやてはそんな彼女らに、うふふと笑う。 「そないな事より、リンディさんの事どう思う?」 「は?リンディ提督がどうかされたんですか?」 「んーそれがな、ここ数日妙にご機嫌斜めなんや。メイフェアの保護者やっていう女の人と話したあたりからかな。フェイトちゃんが困ってる」  女性たちは思いおもいに困惑の表情を浮かべた。 「あの飄々としたリンディ殿がそこまで……なんだろうな」 「そのメイフェアさん、とかについての事じゃないかしら。なのはちゃんにも関わる問題ですし、どう報告すればいいのか困ってるとか」 「それはない。直接関わってないうちらにも箝口令敷いたくらいだ。たぶん報告しないつもりだろ」 「うむ、ヴィータの言うとおりだろう。  並行世界における高町なのはとの同位存在なんてものの存在が公になれば、世間の目は今以上に彼女に集まってしまう。  聞けば当人はもう異世界に帰ってしまったのだろう?ならば、とばっちりを食らうのは高町なのはの方だ。きっと後々まで問題の種になる」  大型の獣の姿をした者が、ぼそりとそんな言葉をもらした。  そしてそれは、闇の書の家来として名前の売れすぎた彼らには決して他人事ではない悩みでもあった。 「じゃあ、お悩み事は別件かしら……なんでしょうね」 「わからん。わからんが」  長身の戦士、シグナムが腕組みをした。堂々たる騎士の貫禄である。 「もしかしたら……意外にもっと日常的なことかもしれんな」  は?という顔でシグナムを見る面々。 「ほら、なんだったか。  たとえばしばらく前、このアースラでコソ泥が出て騒ぎになっただろう」 「あぁ!下着泥棒ね」 「うむ。この騒ぎでうやむやになっているが、結局その犯人は捕まっていないのだろう?」  ぐるり、とシグナムははやてと仲間を見渡した。 「大事件は解決したとはいえ、下着泥棒だって決して見逃していい問題ではないぞ。少なくとも敵は、たかが女の子の下着のためにこのアースラのセキュリティをかいくぐり、ロッカーから下着を盗み出して平然と姿をくらましたということだ。かりにも戦艦であり強固なセキュリティを誇るこのアースラでだぞ?  下着ドロ程度と笑いとばしていたら、実はとんでもない曲者という可能性もありうるだろう」 「それもそうね」  ふむ、とシャマルは眉をよせた。だがヴィータは「けっ」と鼻で笑った。 「なにかしらヴィータ?」 「どうせどっかのオタク馬鹿かなんかだろ?」 「どうしてそう思う?アースラのセキュリティ破りなんて重大犯罪を、たかが下着泥棒目的で行うのか?何か裏があると思うのが普通だろう」 「ねえよ」  馬鹿にしたようにヴィータは笑った。 「見え見えじゃんか。  被害にあったのは、はやてとフェイトだ。高町なのはは被害がないけど、それはロッカーに衣服を置いてないからだろ。それに話に聞いただけじゃ、被害にあったクルーに大人は一切含まれてないらしい。年少クルー、それもアースラ着任間もないくらいの美少女、それも可愛い系ばっかだ」 「美少女狙い。それも外れなしか……なるほど、そういう可能性もありうるか」  ヴィータの言葉にシグナムは「ふむ」と顎に手をやった。 「え、び、美少女って、うちが……?」  はやてが困惑しているが、騎士たちはさっくりとそれを流した。ただひとりヴィータだけが「あたりまえじゃんか」といわんばかりにこっくりとうなずいているが。  実際はやてはとても可愛い。ガリガリの女の子がダイエットに悩むように、だいたいの女性は自分の容姿に他人の目ほどは自覚がないものであり、はやても例外ではなかった。  対して、ヴィータとシグナムの会話の意味にシャマルも気づいた。 「あ、すると……少なくとも内部を知っている人間の犯行ってこと?」 「あるいは、ものすっっっっごくイッちまってる熱狂的下着マニアだろ。  戦艦のセキュリティ破りが重罪なのはうちらだってわかる。そんなリスクしょいこんで、しかもはやてやフェイトみたいな正規のクルーじゃない人間まで調べあげて、そこまでして盗んだのがぱんつ。しかも十代前半そこそこのロリっけ全開の美少女のぱんつばっかときてる。  少なくとも普通の馬鹿じゃないだろ。頭のネジが五、六本外れたイカレたキモい変態馬鹿じゃないかとあたしは思う」 「ヴィ、ヴィータちゃん。それはその」  いまいましげに眉をつりあげるヴィータに対し、シャマルがとりなすように口を濁した。  だが、シグナムはじっと考え込んでいた。 「確かにヴィータの線もありうるな」 「シグナム?」  まぁまて、とシグナムはシャマルの言葉を遮った。 「本命は別にあって、下着事件は何かのカモフラージュじゃないかと思っていたが……確かに、内容を考えるとおかしくはある。単に下着ドロでアースラを混乱させたいのなら、女性の下着まるごとごっそり盗んでもおかしくはないはずだ。ここまできっちりと対象を選ぶためのリスクは決して小さいものじゃない。  狙いすまして美少女ばかりってところが妙に作為的、か。確かに『それ自体が目的』という可能性もありうるぞ」 「それ自体が目的……」  むむ、とはやてが考え込んだ。 「熱狂的下着馬鹿……あぁっ!」 「どうしました、主はやて!」  突然に声をあげてはやてに、シグナムが目を丸くした。 「い、いや、でもおかしいわ。あの人、カイトさんはまだアースラに来てなかったはずやしな。  だいたいあれはメイフェア、つまりなのはちゃんや。裏でこそこそ下着ドロするわけがあらへん」 「ああ、なるほど。高町なのはの同位体の少女が、トロフィーとしてふたりのパンツを脱がして持ち去ったという話ですね。  確かに怪しいが可能性は低いでしょう」 「でしょうね。同位体がなのはちゃんと同じ性格ならば、の話ですけど」 「当然。あの馬鹿の同位体にそんな知恵があるわけない」 「ヴィータ……おまえな」  はやてと騎士たちは、うんうんと頷きあった。 [#改ページ] 結末(2)[#「 結末(2)」は中見出し]  少し前の事になる。    アースラの食堂に一同が集まっていた。  リンディ、クロノの管理局勢。なのは、フェイト、はやての三人。アルフ。遅れてやってきたユーノ。  そして、謎の女性とメイ。  その女性はおばさん、といってもいい年代と思われた。しかし歳を感じない美しさを秘めていた。少しテーブルから離れて椅子を並べている。  もしここになのはの父がいたら驚いたろう。彼女はなのはの父である高町士郎が実家の兄嫁である、美沙斗という女性にひどく似ていたからだ。だがなのははそのひとの顔を知らなかったので、きれいなひとだなと思うにとどまったのだが。  メイが女性に膝枕されたまま、その椅子をベッドにしてスースー眠っている。それは無垢な寝顔で、高町の自宅でなのはが見せる顔とまったく変わることなどなかった。  そして女性も、メイの頭を愛しげになでていた。 「悪いね。この娘は一度眠るとこの通りなんだ。なのは……ちゃんも眠いだろう?」 「あ、はい」 「……」  娘と同じ顔のなのは相手に、女性はかける言葉に迷ったようだ。周囲は少しだけ苦笑を浮かべた。  確かに、なのはも眠そうだった。フェイトも同様だが彼女は警戒心が眠気を抑え込んでいるらしい。  そんなフェイトを見た女性は屈託なく笑った。 「この子の杖の魔力を受けたからだと思うよ。あの杖の黒い魔力は人間をひどく消耗させる。ひとのものではない、自然界に属する魔力だからかもしれないね。  本当ならもう少し眠った方がいいのだけどね」  リンディが頷き、女性も微笑んだ。 「わたしの名はソフティカ。フルネームは名乗っていない。この子と暮らすと決めてから名は捨てたからね。ソフティカという名前も旧来のものではない。  いちおう、これでもそこのリンディ提督が管理局に入る前は武装局員をしていた。教導部隊を志望しているなのはちゃんからすると、OGという事になるのかな」 「そうなんですか?」  なのははちょっと驚いた顔をした。 「ソフティカさんは私の大先輩なのよ。私が入る前に辞めてしまわれたから、一緒に仕事する事はなかったのだけど」 「一緒でなくて幸いだ。好戦的で誰彼問わず噛みついてた猛犬なんかと仕事してたら、命がいくつあっても足りなかったろうさ」 「先輩!それはあんまりです!」 「否定できるのかリンディ?  昔のことがあったとはいえ、その性格は旧来のものだろう。  しばらくぶりにこっちにきて、すっかり落ち着いたかと思いきや今度はこんな面白すぎる子たちを引き込んで喜んでるし。  ふたりともなかなか大したもんじゃないか。昔のリンディを見るようだよ」 「もう!あいかわらず意地悪なんだから!」  くっくくくと楽しそうに笑うソフティカとご機嫌斜めなリンディ。  自分の知らない母親の姿を見たクロノは、へえぇと興味深そうにしている。 「なるほど、母は元々そういう人だったんですね」 「ああそうさクロノ君?」  そのまま話を続けかけたソフティカだったが、リンディが子供のように目をつりあげて睨みつけ、その横でフェイトやクロノが興味ぶかげに見ているのに気づいた。その温度差に思わず苦笑した。  そして肩をすくめて、 「まぁ、誰だって昔はあるものさ」  それだけ言った。 「話題を戻しますが」  こほん、と咳払いをするとリンディは言葉を続けた。 「先輩は、メイちゃんを管理局に預けるつもりはないというおつもりでしょうか」 「ない」  ソフティカは一言で切捨てた。 「この子は別に管理局やミッドチルダ全てを敵視したりはしていない。自分の故郷を滅ぼした者たちはもうそこにはいないのだからな。アースラに損害を負わせこの子らを傷つけてしまった事は確かに悪かったが、それとこれとは話が別だ。  さらにいえば、そもそも管理局は警察組織ではない」 「ですが、そうなるとメイさんはミッドチルダ政府に身柄を拘束される事になりますが?  私たち管理局が彼女の保護を申し出ているのは、むしろ彼女のためです。彼女の気持ちを思えばこそ、犯罪者として拘束させるなんてことは」 「どっちもありえん」  リンディの言葉をソフティカは遮った。 「ミッドチルダに拘束させればこの子は死ぬ。ミッドチルダの技術ではこの子の魔法を封じることなどできないんだ。なんのためにわざわざ、ロストロギアを探してまであんな封印をしたと思ってる?他に封印する術がないからに決まってるだろう?  そして、この子に危険が及べばあの杖が動き出す。あれはこの子そのものに密接にリンクしている。封印中ですらこの子の生命危機にはたびたび姿を現しその命を救っているんだ。引き離しようがないんだよ」  そこでソフティカは一度言葉を切った。 「この子の力を封印する方法はふたつしかない。この子を完膚なきまでに大戦力で殺し尽くすか、ほのぼのと平和に生涯を送らせてやるかだ。  わたしは後の道を選んだ。あの封印はちょっとかわいそうだとも思ったが、日常で魔法の発動が困難になるだけでも十分だった。  わたしたちは平穏に暮らしていた。こことは違う世界に家を持ち、のんびりと暮らしていたよ。この子はやはり生来の才能か魔法に強い興味があって、研究者の道に進んだがね。だけど気が向けばわたしの仕事も手伝ってくれる。最近ではよく笑ってくれるようにもなった。いい生活だったんだ。  さすがに、封印解除の誘惑には耐えられなかったようだが」 「先輩」 「なんだ?」  ソフティカにむけてリンディが少し身を乗り出した。 「あの杖はなんなんです?」 「宇宙開発用、というのはこの子に聞いただろう?その通りだよ。  異常に大きな威力もそのせいだし、主要な魔法の発動に時間を要するのもそのためだ。あれはもともと、個人のレベルでない大がかりな魔法を使うために作られた一種の集約装置らしい。武器ではないんだよ」 「いえ、そういうことではなくて」  リンディはソフティカの言葉を遮った。 「メイさんと一対であり引き離せない、というのはどういう事なんでしょうか。  いかに能力があろうと扱いが難しかろうと結局は魔導器です。威力が大きいゆえに使用者が限定されるのはわかりますが、それにしても、そこまでいち個人に限定されるというのはいったい?」 「……それはな」  ソフティカはリンディの方を見て、ひとつためいきをついた。 「この子が杖を選んだのではない。杖の方がこの子をパートナーに選んだからだよ」 「は?」  その疑問は全員のものだったろう。クロノなどは首をかしげている。 「おっしゃる事が、よくわからないんですが……」 「あーそっかぁ!」  むしろ、杖やデバイスをよく知らないなのはの方が気づいたようだ。 「あの杖さんも、レイジングハートやバルディッシュとは違うけど自分の意志があるんですね?だからなんだ」 「あ、なるほど」  ふむふむ、とフェイトも納得げに頷いた。  だが、 「おい」  クロノはそんなふたりに目を剥いた。 「インテリジェントデバイスと異世界の魔杖を一緒にするなんて」 「そういうクロノ君、きみだってこの子の杖とミッドチルダのデバイスを同列に語ってるじゃないか」 「それは」  うふふとソフティカは笑った。 「ふたりの結論は正しい。  わたしもこの子に聞いただけなんだけど、杖が自ら選んだオーナーは杖と心を交わせるらしいの。そしてそれこそが『星辰の巫女』の絶対条件なんだって」 「巫女、ですか?魔導士ではなく?」  そうよ、とソフティカはリンディに答えた。 「この子に聞いた話だけど、あの杖はもともと「星と語りその力を借りる」ためのものらしい。だけど星と語るなんてことがそこらへんの素人にできるわけがないし、そんな力を誰にでも使わせるわけにもいかない。  だから、杖はそのために特別な才能をもつ者を自ら捜し出しこれと結び付く。大抵はまだ子供、それも女の子が多いそうだが」 「……なんて他人騒がせな魔導器なんだ、まったく」  しみじみとクロノがぼやいた。 「いち個人にあんな桁外れの力を、しかも杖の独断で決めて与えるっていうのか。どうかしてる」 「そりゃあ、ミッドチルダでの常識ではね」  クロノの言葉に、ソフティカが返した。 「科学を持たない魔法だけの宇宙文明だよ?わたしらとは世界観も常識も違ってたってなんの不思議もないだろう」 「……」  クロノは納得いかないようだった。だが理性ではわかるのだろう。とりあえず黙った。  そんなクロノを見て、ソフティカもためいきをついた。 「やはり簡単に理解してもらう、とはいかないようだな。仕方がないか」  そう言うとメイを起こしにかかった。 「メイ。メイフェア起きな」  しかしメイは起きない。  そもそもメイがここで寝ているのは誰も起こせなかったからだ。そのまま寝かせておいてもよかったのだが、途中からでも参加させるとソフティカが抱いて連れてきたのだった。 「しょうがない子だねえ、もう」  ソフティカはメイの耳許に口をよせ、尻に手を走らせた。 「ほほう、可愛いパンツだねえ」 「!」  ビク、とその瞬間にメイは目をあけた。ぎょっとした顔でソフティカを見上げる。 「わ、わわわ、そ、ソフティカ母さん!?」 「ほら起きな」 「あ、う、うん」  メイは居ずまいを正した。まだ半分寝ぼけているようだが、それでもソフティカの隣にきちんと座った。 「相互理解ができなかったのは残念だが……まぁ仕方ない。ある程度は予想できていた事ではあるしね。  わたしたちはそろそろ帰らせてもらうとするよ」 「!」  ぴく、と他の面々の顔に緊張が走った。 「帰るって……待ってください先輩。それではなんの解決にもなりません」 「それ以前に、それでは逃亡とみなさざるをえない。  どこにお住いか知りませんが、そちらに管理局の手が延びるのはあなたたちも望まないんじゃ……?」  理路整然とふたりを止めようとしたクロノだったが、ソフティカの苦笑に眉をしかめた。 「無理さ。管理局はわたしたちを追ってこられないからね」  ソフティカの言葉に、メイもコクリと頷いた。……まだ少し眠そうだったが。 「わたしたちの転移式はミッドチルダの方式とは違う。あなたたちではわたしたちの世界には来られないよ」  そう言うとメイの左手には、音も気配もなく唐突に銀色の杖が現れた。彼女はそれを額にあて、 「『|次元屈折鏡《メドロア》』」  そうつぶやいた次の瞬間、人間大の銀色の円形がふたりの背後に出現した。 「!」  突然のことに驚く周囲にメイとソフティカはにっこりと笑い、 「帰ろっか。ソフティカ母さん」 「ああ帰ろ。まったく、おまえのせいで二週間も店あけちまったよ。当分は手伝ってもらうからね」 「む、もともとの原因は母さんでしょ?ったく、封印破るのにわたしがどれだけ苦労したか」 「はいはい、わかったよ。もうしないって。  そのかわり、うちのウエイトレスはおまえに決まりだからね」 「え……えぇっ!やっぱ封印していいっ!していいから!」 「あっははは。封印しようにももう材料がないさ。心配しなくていいって」 「ひぃぃぃぃぃっ!!やだ、やだやだやだぁっ!」  周囲を完全においてけぼりにして、わけのわからない親子喧嘩を繰り広げるふたり。ぽかーんとしてそのさまを見ている面々。  そうしている間にも円形は少しずつ力を増して、やがてゆっくりとふたりを飲み込んだ。 「あ、まて!」  我にかえったクロノが叫んだ。  その瞬間、周囲も動き出した。 「メイちゃん!」 「なのは!」  なのはが駆け寄ろうとした。だがフェイトがなのはの腕をつかみ止めた。 「フェイトちゃん!離して!」 「だめ!飲み込まれる!  あれに飲まれたらどこに飛ばされるかわからないから!」 「でも、メイちゃんが、メイちゃんが!」  暴れ、メイに駆け寄ろうとするなのはを、とうとうフェイトががっしりと背後からだきしめてしまった。  そして、なのはの耳許にフェイトはささやいた。とてもやさしく。 「なのは、だめ」 「……」  フェイトを強引にふりほどく力など、病み上がりのなのはにはなかった。悲しそうに消えていくふたりを見る。  そして、そんなフェイトとなのはに、メイはにっこりと笑った。 「なのは」 「メイちゃん!」 「フェイトと仲良く、ね。そんな友達は生涯にふたりとできないよ?」 「……」 「フェイト。なのはを、わたしをよろしくね」 「……わかった」  フェイトと頷きあったメイは、改めてリンディたちの方に向きなおった。 「それでは失礼します。ご迷惑をおかけして本当にすみませんでした。それじゃ」  にこにこと手をふるふたり。  そのさまを、困ったわねという顔と目線で見ていたリンディだったが、 「二週間……にしゅうかん……まさか!」  リンディは顔色を変え、ソフティカに叫んだ。 「先輩!まさか貴女……!」 「……」  すでにもう消えかけた光の中、霞みつつもソフティカがクスクスと笑った。  そしてそれを最後に、ふたりを飲み込んだ光はスウッと消えてしまった。  後には、呆然とたちすくむ面々だけが残った。   「提督。あの女性が何かあったんですか?」 「クロノ!?……い、いえ、なんでもないのよ、なんでも」 「??」  息子の疑問符をリンディはあわてて否定した。 (……言えない。下着泥棒の犯人がたぶん先輩だなんて、口が裂けてもいえない。  だって噂通りなら先輩は可愛い子の下着専門のはずで、なのに……なのに) 「提督?」 「な、なんでもないのよなんでも、あ、あは、あははは……」  まさか、自分がターゲットでない、つまり美少女と見られてなかったことに落ち込んだなんて言えないリンディであった。 [#改ページ] 結末(e)[#「 結末(e)」は中見出し]  メイが去ってからしばらくたった日。高町家に一通のビデオレターが送られてきた。  発信元はミッドチルダになっていた。その住所には現実にはその当人は住んでいなかったが、あの魔道研究者カイトの連絡先になっているところだと後でわかった。 「先日は本当に失礼しました。みんなで見てください」  そんな言葉が、DVDに添えた手紙に記されていた。  なのははそれを見て少し考えたが、関係者で見ることにした。  当日にはフェイト、クロノ、リンディが現れた。はやては、足長おじさんこと提督の体調が悪化したとかでイギリスに出かけていて騎士たちともども留守だった。場所は皆で討論の末、公式記録に一切残らない場所にしようということで、高町家のリビングが選ばれた。もちろん、高町家の面々には事情は説明ずみである。 「もうひとりのなのは、かぁ。不思議なこともあるもんだねえ」 「そうだな。ぜひ逢ってみたかったよな」 「そうだね」  のほほんと語る姉と兄に、なのはは苦笑した。  その隣にはフェイト、クロノ、リンディの順番に座っている。皆テレビの前に結集ずみだ。テーブルの上にはお茶とお茶菓子もスタンバイしている。フェイトを挟んでなのはと反対側にはユーノの姿もあった。 「しかし、ビデオレターとはね」 「オリジナルの録画はメイさんのいる世界のものなんでしょうね。ミッドチルダで地球式のメディアに複写したんでしょう」 「ビデオレターってそんなに色々あるんですか?」  よくわかってない美由希が、首をかしげた。なのはは苦笑したが、クロノが真面目な顔で返した。 「地球式というだけでも色々ありますが、そもそもミッドチルダでは地球式のDVD自体がありません。以前フェイトがなのはにビデオレターを送っていましたが、あれにしてもわざわざ地球式の書き込みデバイスを用意してたんです。  さらにいえば、彼らの世界ではそもそも電力事情すら違う可能性もありますから……このDVDの作成には大変な手間がかかっているとみるべきでしょう」 「へぇ、すごい」 「わかってないだろ、美由希」 「えーわかるよ恭ちゃん。なんとなく」 「わかってないじゃないか」 「あはは……ごめんなさい」 「いえ、かまいません。なんとなくイメージできれば充分かと」  夫婦漫才のような会話をしている兄妹にちょっと優しげに目を細めたクロノだった。が、横でフェイトが「もういいんじゃないかな」と急かしたので「ん?わかった」と居ずまいをただした。 「それじゃあ上映をはじめる。僕は一度家で分析ずみだが会話の内容などはチェックしていない。何が再生されてもあまり驚かないでほしい。  魔法などが仕込まれている可能性も検査ずみだが、この家にも念のために防御フィールドを張らせてもらっている。気分が悪くなったりしたら遠慮なく僕かフェイトに言ってくれ。  じゃあ、はじめるよ。……ユーノ、はじめてくれ」 「わかりました」  役目をふられたユーノは手を伸ばし、再生ボタンをいれた。  ほどなく再生が始まったのだが…… 「……なに?」 「恭ちゃん?……えぇ!?」  真っ先に驚いたのは、恭也、美由希の高町メンバーだった。   『先日はごめんなさい。あんなご迷惑をかけたのにそのまま帰ってきちゃって。  リンディ提督たちには別便でおわびの品を送ってあります。よかったらお納めください』  メイとソフティカがならび、そんな挨拶をしている。場所はどこかの建物の前のようだ。  そう──。 「翠屋?う、ううん違う。なんか模様みたいな文字が書いてある」 「それより見ろ美由希。あれ美沙斗さんだぞ」 「え……あの人が!?で、でもどうしてこのビデオレターに出てるの?」 「?」  なのはは『みさと』なる人物を知らないから、なんだろと首をかしげた。  そんな面々に、ユーノが一言告げた。 「別人です。これは推測ですが、なのはがそうであるように、登場人物もある程度似通った世界なんでしょう」 「その通りだ。さすがは無限書庫司書、こういう事の理解は早いな」  クロノは微笑み、そして再び映像に目を向けた。 「後で説明があるんだが、この町は彼らの世界の生き残りを集めて作ったらしい。たまたま他の星で療養していたとか仕事で出ていたとか、そういう理由で生き残った人々が集まって暮らしているそうだ。  そして……なんとも奇妙な話だが、おふたりが驚かれたようにこの世界の登場人物は不気味なほどにこの世界と接点がある。  他にもほら」  映像にウエイトレスらしい姿が映る。金髪の美しい女性、そして黒っぽい髪の落ち着いた若い女性だ。  だが、黒っぽい方を見た恭也がさらに驚いた。 「忍……?」 「わ、忍さんだね」 「知らない人もいるね。あの金髪のお姉さんは?」  なのはの言葉に、クロノはうなずいた。 「グレアム提督関連の人脈に実在する。英国に住んでいる知人の娘さんらしい」 「へぇ……」  と、その時、店の入口が開いて緑と青っぽい髪のふたりが転がるように出てきた。また知らない子たちだ。 「彼らも該当者がいる。君らとの接点はないようだが、あちらの世界では家族同然に暮らしているらしい」  と、そんな話をしていると場面が移り変わった。今度は大きな洋館だ。 「これ……見た目は結構違うけど、忍さんとこっぽいね」 「ノエルもいるな。……ってあの人は?」  ピンクっぽい淡い髪の上品な女性が手をふっている。 「こちらも該当者がいる。月村家の親戚のようだが詳細はわからない」 「……」  恭也はじっと考え込むようにその映像を見ていた。 「こちらの月村家にはたくさんの住人がいるようだが、あちらではその忍という人物とノエル嬢、それに彼女しか記録されていない。もしかしたら住んでいるのは彼らだけなのかもしれない。  添付されているデータによると、建物は元の世界で破壊されたものを再現したレプリカだそうだ」 「……すずかちゃん、いないんだ」  ぼそ、と寂しげにいうなのはに、クロノが頷いた。 「単に映ってないという可能性もあるが。  あと、こちらに送られてきた手紙によると、アリサ・バニングスはアリサ・ローウェルという名前で存在したそうだ。故人だが、生前はメイフェア・ハイフェンの親友だったそうだよ」 「そう……ほんと、いろいろ違うんだね」  うつむくなのは。  その肩を、やさしくフェイトがつつんだ。 「フェイトちゃん」 「……」  フェイトは何も言わず、ただなのはに微笑んだ。 「大丈夫だよ」と。  そうこうしている間にも映像は続く。今度はメイが中央に映った。 『あれだけの被害の賠償になるかどうかはわからないけど、並行世界に関するデータの一部はそちらにお詫び状といっしょに送ってあります。データはそちらで見ていただくということで、今はわたしの集めた映像を見て楽しんでいただけると嬉しいです。いちおうこれも魔法研究の成果ですから。きっと、アースラの修理代以上のものにはとりあえず替えられると思いますし。  実は、わたしの見付けた並行世界はそこだけじゃないの。わたしは他にもいくつかの海鳴市に行ったし、何人かの同位体にも逢ってます。ただ、その中で一番魔法に優れていて特性も向いていたのがなのは、貴女だったんだけど』  え、という声があちこちから漏れた。 「他にも同位体に逢ってるだってぇ!?」  驚くクロノに、リンディも頷いた。 「なるほど。メイさん……いえ、カイトさんの研究は次元魔法が中心なのね。じゃあ、別便で送られてくるデータはそれに関するものかしら」 「本物のデータなら非常に興味深いですが」  そんな会話を皆は交わしつつ、映像を見つづけた。  映像は続いていく。 「あ、また別の世界……ってウチだよ恭ちゃん!」 「いやまて、ちょっと違うぞ美由希。ウチのメンバーがやたら多いし」  さっきの金髪女性やふたりの人物まで高町家にいるようだ。 「お父さんいないね。どうしたのかな……って仏壇!?死んでる!?なんで!?」 「なのはが持ってるの、レイジングハート……じゃない?杖の形が違う?」 「わ、リンディさんがいる!なんでコビト?」 「クロノは出てるね。なんで僕がいないんだ?」 「わたしもいない……」 「いや、それよりあの小動物はなんだ?魔法による変身はわかるが。  それに、ジュエルシードもこちらのものとは違う」  『これも並行世界のひとつ。この世界のなのはも魔法を使うの。戦闘用のものじゃないけど』  さらに映像が一度とぎれる。 「あれ、お兄ちゃんとわたししかいない。どうして?……ってキスしてるし!」 「ちょっと待て。どうして俺がなのはと」 「恭ちゃん、実の兄妹はまずいよ〜」 「そういう問題じゃないだろ」 『美由希さんが高町家にいない世界。この世界では、彼女は御神という家の娘になってます』 「……あぁなるほど。そういうことか」 「ちょっと恭ちゃん!なに納得してるの!」 「ん?いや別に」  そして、さらにさらに映像は変わっていく。 「うっわ〜。もうわけわかんない」 「この人見たことある。国守山の方にある寮の人だ。……でもなんでネコミミ?」 「あ、このひと、さっき忍さんちにいたピンクの髪の……こっちは犬耳?」 「酔っ払ってるなふたりとも。母さんが飲ませたのか」 「うわ……からんでるからんでる、しっぽ!」 「これは魔法じゃないな。もともと生えてるのか……しかしこれはちょっと」 「恭ちゃん!ふたりも見ちゃダメ!」 「使い魔?いや違う、むしろ生まれつき魔力か何かの関係で特異体質なのか。  ミッドチルダならたまにいるけど地球では珍しいかも」 「うわ、ノエルさんが充電してる……ロボット!?」 「……なんでもありだな」 『面白いでしょう?この世界。でもね、ちょっといろいろあるんだなこれが』 「……ふむ」 「恭ちゃん、なんでこれで納得できるの?」  知ってるようで知らない風景。おなじみのはずなのに知らないひとたち。  不思議な映像の連続に、皆はああだこうだと意見を交わすのだった。    数時間後。夜。  皆は家に帰ったり高町家に泊まったりしている。なのはは夜風にあたるといって縁側に出ていた。 「……」  昼間見た映像や、メイの思い出がなのはの脳裏をよぎる。 「どうしたの?なのは」 「……フェイトちゃん」  いつのまにかフェイトが現れて、なのはの隣に座った。  フェイトは美由希の昔のパジャマを着ていた。ちょっと大きめなのだが、袖から手がはんぶんだけ出ているあたりがちょっとラブリーである。 「あの子のことを思い出してるの?」 「うん、そんなとこ」  じっと空をみあげた。 「なさけないね、わたし」 「……」  ぼそ、とつぶやくなのは。フェイトはそんななのはをじっと見ている。 「メイちゃんのビデオレターの中にいた、たくさんのわたし……みんな凄い人生歩いてたり、大変な暮らしをしてたり。なんか圧倒されたよ。  それに、フェイトちゃんだってメイちゃんだって」  そう。フェイトだって、なのはと比べるとはるかに苛酷な人生を歩んでいる。  メイにいたっては、なのはと同一人物でありながらその人生の苛酷さは並大抵のものではない。 「……」  だが、フェイトはそんななのはを見てくすっと笑った。 「どうして笑うの?フェイトちゃん」 「なのはだって充分凄いと思うけど」 「そう?」 「うん。すごい」  フェイトは小さく背伸びをした。 「はじめて逢った時は、ただ魔力が強いだけの素人だった。  逢うたびにものすごい勢いでなのはは強くなっていった。そして気がついたら、わたしは負けてた。  あの子も言ってたじゃない。あの子が、たくさんの同位体の中からなのはを選んだのは、なのはが最強だったからって。それが何を意味するのか。わたしはいないけどクロノと戦った世界だってあったのに。  わたしは、なのはを誇りに思う」 「……フェイトちゃん」 「……」  なのははただ、フェイトに抱き付いた。フェイトはされるまま、静かになのはを抱きかえした。  ふたりは静かに、お互いのぬくもりだけを感じていた。    満天の星空がふたりの時間をただ、静かにみつめていた。   (おわり) [#改ページ] 設定資料(随時更新)[#「 設定資料(随時更新)」は中見出し] 『メイの故郷について』  元ネタは拙作の一次創作より。本編で描かないのでここで解説しておく。  メイの故郷にもたらされた『|星辰《せいしん》の杖』は、拙作『α』シリーズにおける魔道惑星キマルケの魔杖『|星辰《せいたつ》の杖』である。  キマルケ滅亡時に逃れた人々が時空を越えて最後にたどり着いたのが大昔のメイの世界であった。  本来根付くはずのなかった『魔法』を受け入れた瞬間から、メイの世界は地球とは全く異なる歴史をたどる事になった。  本来なら彼女の世界はなのはの世界とそっくりの道をたどるはずであった。   『星辰の杖』  この名は意訳であり、正しくは『星と共に夢をみる巫女のための杖』である。  異星の魔道文明の遺産にして「星と語りその夢をみる」ための究極の礼装。魔道のみで星まで届いた文明の「究極の一」。  それは「テラ・フォーミング」のためのもの。星とリンクしてその力を借り、死の星を緑の星にすら変えてしまう究極の品である。  破壊に用いれば星をも砕く究極の魔道兵器ともなるが、それは本来の使いかたではない。もともとは巫女が扱う神器であり、巨大な魔力を集約し流動させるための変換器である。そしてそれは「創造」のためのものでもある。  威力はとんでもなく絶大、個人の扱える魔導器としては最強といっていい。たがその力の発揮には別途、魔力源を必要とするうえに集約にはそれなりに手間と時間がかかる。もともと戦闘用ではない事、祈りにより発動するという神器としての特性、そして山脈やら天体やらといったスケールのでかいものをメインターゲットとしているがゆえのどうしようもない弱点である。メイのように単純戦闘に用いてしまった場合、それはちょっと強力なデバイス程度のものでしかない。  また、メイの星でその扱い方や作法が研究された結果、いくつかの魔法は変化している。たとえば、斬撃魔法である『|斬撃《テラン》』は元々、山にトンネルを穿つ魔法『|貫け《テラン》』であった。誤訳がきっかけになり意味が変化したわけだ。  他にもある。たとえば『|次元屈折鏡《メドロア》』は元来非常に特殊な魔法であったが、その意味をメイの星の人々が理解できなかったため、次元移動のためのワームホール生成魔法にその姿を変える事となった。