季節外れの……。 hachikun アイマスDS、秋月涼、水谷絵理、日高愛  ベストエンドの未来。掌編。 [#改ページ] おこた[#「 おこた」は中見出し]  眼の前に、ちょっと困った光景が広がっていた。  ここは僕の部屋。男ひとりの部屋だし、来た事のある人も基本的に身内だけ。唯一の例外がアイドルレポートの時の愛ちゃんと絵理ちゃんか。最近仲良しの夢子ちゃんだってここにきた事はもちろんない。今は僕が性別カミングアウトずみという事もあって、以前より女人禁制度は増している。てか律子ねえちゃんですら最近はちゃんと気をつかってくれている状況。そりゃそうだ、自分で言うのもなんだけど、トップアイドルの男の子の部屋に女の子がうかうか出入りしていたらどうなるか。たとえ当人たちがどうだろうと絶対問題になる。  なのに。 「落ち着きますねえ絵理さん。ぽっかぽかだし」 「うん……涼さんの(こたつの)中は気持ちいい?」 「いやその、ていうか絵理ちゃん変な省略しないで」  こたつに女の子ふたり。私服。いや、つまり愛ちゃんと絵理ちゃんなんだけどさ。  そして目の前には、派手さも何もないけど愛情を感じる美味しい料理。  どうしてこうなった?  僕は何か選択肢を間違えたのか?  う〜ん。  頭が熱っぽくてさっきからちっとも回らない。疲労のせい?それとも……。 [#改ページ] 来訪[#「 来訪」は中見出し]  ちょっとだけ話は過去に戻る。    初冬。僕がすべてをかけた、あのカミングアウトから少しの時間が過ぎていた。  あの告白で背負っていたのは僕だけじゃなかった。たとえば夢子ちゃんの事もそうだ。異性なのに同性の大切な友達、そんな不思議な関係の彼女の悲劇……まぁ元々は彼女の自業自得とも言えるんだけど、だけど自分のすべてをかけていたという点では僕にとても近い立場だった彼女は、僕にはとても他人ごととは思えなかった。  だからあの後、夢子ちゃんにお礼を言われた時にもピンとこなかった。だって客観的にみれば、僕は僕自身の大問題のついでに夢子ちゃんを助けたにすぎない。だから僕自身としてはそんなすごい事をしたとは思ってなかったんだ。夢破れて凹んだ夢子ちゃんが笑顔を取り戻して、また……いや悪巧みはもうなしで、でも自信たっぷりに不敵に笑うほうが夢子ちゃんは似合ってると思うんだ。  まぁ夢子ちゃんの話は置いといて。  あれから色々な事が変わった。そりゃそうだ、昨日まで女の子としてトップアイドルやっていた人間が、実は僕男なんですなんて言っちゃったんだから当然といえば当然。あの時は本当に見たこともきいた事もないほどの大騒ぎになった。すべてを失う事だって覚悟していた僕自身は武田さんに言われたように泰然と構えていたんだけど、もちろん内心はドキドキだった。まぁ、絵理ちゃんと愛ちゃんに脱がされた時はさすがに焦ったけど。  だけど。  だけど、一番計算外だったのは……。 「びっくりするほど変わってないんだよな……色々と」  そう。ひととおり事態が落ち着いてみて気づいたんだけど、当初の僕の予想と現実はずいぶんと違っていた。簡単にいえば、思わず首をかしげてしまうほどに「あまり変わらない、あるいは全く変わらない」事が多かったんだ。ファンのみんな、仕事、学校。何もかもめちゃくちゃになってもおかしくなかったはずなのに、どれもこれも正直気味が悪いほど普通というか大きな変化もなかった。  たとえばファンのみんな。女の子のファンがすごく増えてくれたのは嬉しいけど、男の子のファンが減るどころか増えてるような気がするのはどういう事だろう?  たとえばお仕事。レギュラーの番組が欠けるどころか仕事の内容まで変わりなしってどういう事だろう?どう見てもアシスタントの女の子ポジのお仕事とか本当にいいの?いや、でも現場のスタッフの皆さんは「うん、問題ないと思うよ?」ってにこにこ笑うだけだし。  たとえば学校。聞けばさすがに学校は大変だったそうなんだけど、これは谷山君やクラスのみんなが中心になっておかしな雰囲気をただそうと奮闘してくれたらしい。さすがに平謝りした。けど、クラスメートなんだから気にするな、気にしないでと笑う皆の笑顔が気味が悪いほど爽やかだったのがちょっとひっかかったなぁ。いやまぁその、告白してくる男の子の数まで以前のままだとか次の文化祭でやっぱりメイドさん確定とか、そういうとこまでそのまんまなのは思わず天を仰いでしまったんだけどさ。僕、そういうのに危険を感じてアイドル目指したはずなのに。  まったく、世の中どうなってるんだろう。  さて、そろそろ現実に立ち戻ろうか。  ここは僕の部屋で、今は朝。久しぶり、本当に久しぶりのオフの朝だ。カミングアウトからこっち今まで以上に忙しかったから、休日にこんな朝を迎えるのも実に久しぶりだったんだけど。 「しかし驚いたな」  異様な静けさと寒さ。窓の外を見た僕は思わず絶句してしまった。  それは単に「静か」なのではない。むしろ、すべての音を吸ってしまうような異様な無音感。  そう。  なんと、窓の外は雪、それも雪国なみのとんでもない大雪だった。風も全く吹いていない世界に、現在進行形で音もなく雪が延々と振り続けている。  さすがに驚いた。  これ、季節外れどころの話じゃないよ。完全に異常気象だよね?いくらなんでもまだクリスマスにだって早いし、ここは雪国じゃないってのに。いったい何が……?  とりあえず起きよう。  携帯をまずチェックする。どうやら生きてるっぽい。メールがきているようだ。エアコンをつけて簡単に服をひっかけると、ベッドに腰掛けてみてみる。  社長から、それから夢子ちゃん、愛ちゃん、絵理ちゃんからもきてる。どれどれ。 『涼、今日はこの雪で開店休業状態よ。さいわい貴方は久しぶりの休日だし、こちらの事は気にせずゆっくり休みなさい。ただ時間の空いた時でいいから愛と絵理に一度連絡してみてもらえるかしら』  ん?社長にしては歯に何かが挟まったような言い方だな?  エアコンが効いてくるには時間がかかりそうなので、こたつを出した。暖まるのを待ちながら、社長に「何かありましたか」と返信してみる。  応答はすぐに来た。 「連絡がとれない?なるほど」  ふたりとも今日の仕事は同じところだったらしい。この近くのスタジオなんだけど、肝心のスタッフがこの凄まじい悪天候で全く集まらず順延。その事と本日休みを伝えようとしたんだけど、ふたりとも連絡がつかないって事らしい。 『外は私たちとスタッフで押さえるから涼、あなたはメールか電話で連絡してみてちょうだい』  僕は出るな、か。久しぶりの休みなのだからそっちを優先しなさいって事だな。  確かに、真綿のような睡魔が未だ全身に絡みついている。溜まりに溜まった疲労が休養を欲している。  トップアイドルになってからこっち、干されてる時以外はほとんど休みなしだったからなぁ。特に最近は何度か社長にも疲労っぷりを指摘されていた。今日の休みもそのために急遽とられたものだし。なるほど、休んでほしいという社長の言葉も無理はない。  だけどふたりが心配なのも事実。どうしよう?  とりあえず社長の言うように二人に『何してるの?』とメールしてみた。それで何かわかれば言うことはない。  こっちもすぐに返事がきた。最初は絵理ちゃんから。 『歩いてる?外に出てからお休みの連絡受けた?涼さん、今は家にいるの?』  ふうむ。すると社長に連絡はついたのかな?  うちにいると返信した。  ほどなくして愛ちゃんからもメールがきた。 「お」  絵理ちゃんと無事合流したらしい。事務所に戻ろうにも電車もバスも止まっているし急遽お休みで戻る必要もないから、とりあえず手近な休めるところに移動中らしい。 「……手近な休めるところ?」  なんだろう。嫌な予感がひしひしとするんだけど?  とりあえず夢子ちゃんに安否メールを流しておく。夢子ちゃんは今日は西の方にいて安全らしい。僕も僕のまわりの人たちも大丈夫だと返した。  ついでに社長にも愛ちゃんからのメールの内容を転送して安否を伝え、さて僕も何か食べようかと思った次の瞬間、 「え?」  呼び鈴がなった。  こんな日のこんな時間に?誰だ?……いや、いやいやいやちょっと待って。  で、その嫌な予感は大当たりだった。 「りょうさーん!」  うわぁぁぁ、やっぱり愛ちゃんだ。ま、まさかっ!  慌てて玄関にかけ出して覗き窓を見てみる。 「……」  果たして、そこにはニコニコとこちらに手をふる絵理ちゃんの顔もあったんだ。 [#改ページ] 事情[#「 事情」は中見出し]  雪の中延々と歩いてきたふたりは凄まじく冷え切っていた。とにかくと急いで部屋の中に招き入れ、エアコンもこたつも最強にした。  で、次はホットミルクでも入れようかと思った。何しろここんとこ忙しすぎて自炊の材料がほとんどない。長期保存できる材料しかないから……暖かくておいしいものを三人分なんて到底無理だが牛乳は昨夜買ったものがある。  だが、ふたりにむんずと腕を掴まれた。 「え?なに?」 「涼さんは座っててください」 「気づいてないかもだけど……涼さん、見るからにお疲れモード?動かなくていい?」  いや、無理してるつもりはないし、お客様を放置はできないし。  だけどそんな僕の言葉はたちまち却下された。  ふたりは僕をベッドで寝かせたかったみたい。けどそれは固辞した。確かにお疲れモードなのは今更否定しないけど、女の子のお客様がふたりもきている状況でベッドに入るのは、なんていうか男として激しく抵抗があったからだ。いやま、その、ふたりっきりなら……いやいやそういう事ではなくて!  すったもんだの末、こたつがベッドサイドぎりぎりまで移動になった。ベッドを背もたれにして座れという事らしい。なんだかな、ふたりとも、どうでも僕を休ませたいみたいだな。  と、そこまできたところでやっと気づいた。 (あれ?)  ふたりの荷物が妙に多い。それにこの匂いは……? 「……なるほど」  うっかり口に出してしまったけど、運良く二人には聞かれずにすんだらしい。  参った。食材の匂いにも気づかないなんて、確かに僕はかなりお疲れらしい。こりゃあ二人が心配のあまりわざわざ来てくれたのもうなずける。  悪いことしちゃったなぁ。 「涼さん何か食べたいものありますか?作るのは絵理さんですが私も手伝いますから!」 「涼さんみたいにうまくは作れないけど……」  にこにこ笑顔の愛ちゃん。ちょっぴり緊張気味の絵理ちゃん。こう言っちゃ失礼だけど、決して料理が得意とは言えない二人なのに。僕なんかのために……。  うん。ここは好意に甘える事こそ一番かな? 「ふふ、ごめんねふたりとも。じゃあお願いしていいかな?」  そう言うと、ふたりはとてもうれしそうな顔になった。 [#改ページ] 結末[#「 結末」は中見出し]  ……とまぁ、そんなわけで場面は最初に戻る。  ふたりの作ってくれたものは鍋。確かに難しいものではないし失敗もしにくいとは言えるかもしれない。  だけどその反面、鍋は化け物だ。千差万別どのようにでもなってしまう、という事は決まったセオリーがないって事でもあって、組み合わせる食材ひとつ間違えるととんでもない代物に化けてしまう事もある。  そんな鍋をふたりがどう攻略したのか。  ふたりなりに色々考えたんだろう。用意してきたタレも食材も消化によさげで胃に重くなさそうなものばかりだった。  で、焦らずのんびりと食事。 「……不思議」 「はい?なんですか涼さん?」 「いや、なんでも」  いつも元気いっぱいの愛ちゃんなんだけど、こうやって世話焼きしてると印象が全然違う。まるでどこかのお母さんみたいだ。  きっと舞さん……愛ちゃんのお母さんがこうやって愛ちゃんを育てたって事なんだろうな。業界の噂のイメージとはいまいち咬み合わないけど、一度だけお会いした時に愛ちゃんとのやりとりですぐわかったからなぁ。ああ、この親子は本当に仲良しなんだなって。  愛ちゃんはそのお母さんを正しく受け継いでいるんだろう、きっと。 「涼さん、眠くなってきた?」  ふと気づけば箸が止まっていた。それにすぐ気づいた絵理ちゃんが思案げに僕を見てくる。 「ううん大丈夫」  とっさにそう答えた。  だけど、僕自身が思ったよりはるかに僕は疲労していたらしい。僕の発した言葉はいつもの精彩をどうにも欠いていて、そして絵理ちゃんは鋭い観察眼の持ち主なわけで。 「愛ちゃん?」 「あ、はい。じゃあそろそろ少しずつ収束させますね」 「うん。よろしく?」  ふたりはまたもや、てきぱきと動き出した。その動きを僕はぼんやりと眺める。どうしてだろう、そのさまは普段の彼女たちよりもずっと大人っぽく見える。  ああ。ふたりとも本当に女の子なんだなぁ。  失礼かもしれないけど、僕はそんなことをぼんやりと考えていた。    いつのまにか、僕は眠ってしまっていた。  トップアイドルになってからこっち、事実上一人暮らしと変わらない生活だった。だからだろう、単に食事がどうという以前に、愛ちゃん絵理ちゃんという気の許せる大切な友達がふたりも心配して付き添ってくれている、その事自体が僕を安心させたんだと思う。僕は、僕自身も気づかないうちに眠りに取り憑かれ、そして抵抗する間もなく眠りに落ちてしまったんだ。  で、目覚めてみるとベッドに三人川の字でびっくり仰天したりしちゃうんだけど、それはまたそれ。  そして、さらに僕の住居を張り込んでいたどこぞの悪徳がスワ三角関係かとかきたてたり、さらに夢子ちゃん、果てはどういうわけか律子姉ちゃんや愛ちゃんのお母さんまで絡んだ騒動のきっかけになったりもしちゃうんだけど、またしてもそれはそれ。    ただ、ひとつだけ言える事。  この頃を境にだんだんと、やっとの事で僕は世間から男の子扱いされはじめたって事かな?  これだけは間違いないな、うん。   (おわり)