光の人 hachikun クロスワールド、ナデシコ&M78系ウルトラ ・(2011年11月12日)青空文庫形式に改訂に伴い、一部表記の修正。 ・(2010年1月9日)数字の取扱い関係で「〜世紀」を漢数字に改訂。 ・(2010年1月9日)設定項目に少し追記。 ・嘘予告と違い、何故かギャグではありません。 ・機動戦艦ナデシコ、およびM78系の全てのウルトラマンシリーズのクロス。 ・改変しすぎ警告。もはやナデシコでもなんでもありません orz ・昭和時代のウルトラシリーズ、そしてウルトラマンメビウスのネタバレ要素あり。 ・円谷プロダクションおよびナデシコ関連から問題が指摘された場合、掲載停止する場合があります。 ・ラストまで書くつもりはありません。最初の戦いで終了です。 ・特別出演: ヤプール、メイツ星人他 [#改ページ] はじまり[#「 はじまり」は中見出し]  静かな廃墟に、赤土まじりの風が吹いていた。  見渡す限りの廃墟がひろがっていた。何者かによって破壊され尽くしたらしいその街は、戻る人も訪れる人もなく、白骨化した死体も瓦礫もごちゃまぜのまま。屍臭すらも呑み込み元の赤い荒野に還ろうとしていた。 「……」  その中にひとりの黒衣の青年が立っていた。ピンクの髪の少女を伴って。 「……どういうことだこれは」  全身のほとんどを包む黒マントが風に揺れた。黒いバイザーに半分がた隠れたその顔が、ゆっくりと怒りに歪んだ。  その足元には『ユートピア記念日大売出し』と書かれたボロボロのチラシが風に揺れている。  青年の身体は、静かに震えていた。 「こんなはずはない」  震える声も、押し殺した怒りを告げていた。 「俺は間に合うはずだったんだ。まだ木連の襲来まで一年あるはず!」 「アキト」  ピンクの少女が青年に語りかけた。 「落ち着いてアキト。冷静に」 「……あぁ、すまんラピス」  青年は立ったまま、小さな少女の肩をぽんぽんと叩いた。 「イネスを探してみよう。あいつはそう簡単に死ぬ|女《タマ》じゃない、どこかにいるはずだ」  史実が変わっている。ならば情報が必要だった。  少女──ラピスラズリはそんなアキトの顔をみあげて呆れたようにつぶやく。 「ほんとは心配なくせに」 「なんか言ったか?」 「なにも。いこ、アキト」 「──ああ」  ふたりはよりそい、荒野に歩きだした。    二十二世紀も末に近付いたある日。火星、ユートピアコロニー。  移民たちの街は、死の静寂に包まれていた。 [#改ページ] 狂った歴史[#「 狂った歴史」は中見出し]  窓際の机に、明るい光が差し込んでいた。  一台のIFS仕様のパソコンがある。そのパソコンはネットワークにつながれていて、その前には幼げなツインテールの髪の少女が座っていた。その傍らには大きめのグラスが置いてあって、中の冷たいオレンジジュースのためにたっぷりと汗をかいている。  少女の斜め後ろには、二十歳くらいの髪の長い女性が立っていた。 「……これっていったい、なんの冗談なんでしょうか」  少女は呆然とモニターを見ていた。 「わぁ……ずいぶんと『史実』が違うんだねえ。ユリカびっくり」 「あのですね……」  めまいがしそうなほど能天気なユリカの反応に、ルリは思わず頭を抱えた。  天才となんとかは紙一重という言葉があるが、まさにユリカはその天才タイプである。どちらかというと秀才型であるルリはユリカを尊敬しているのだが、日常の破天荒ぶりだけはどうにも苦手である。 「ユリカさん。よくそんな落ち着いていられますね?」 「んーびっくりはしてるけどね、でもアキトはいるんだよね?この世界に」 「……はい。ただ、私たちのアキトさんかどうかは推測の範疇になりますが」  ふう、とルリはためいきをついた。 「まぁね。ルリちゃんの気持ちはわかるけど」 「呑気すぎですよユリカさん」 「あはは。ルリちゃんきついなぁ」 「もう!」  少女、ホシノルリの激昂は無理もなかった。それほどの凄まじいデータが、今ルリのアクセスしているネットには存在したのだから。  そこには、ここ数世紀にわたる『世界史』の年表があったのだか──。 [#ここから3字下げ] 『1966年、正体不明の巨大生物と宇宙人の戦闘が日本で発生する。事件にかかわった科学特捜隊員の命名により巨大生物はベムラー、宇宙人はウルトラマンと名付けられる』 [#ここで字下げ終わり]  いきなりこれだった。  史実の相違を確認しようと大学のネットにアクセスしたルリなのだが、近代史の講義用資料の最初の一節がいきなりこれ。もちろんルリはジョークか、あるいはアクセス先を間違えたのかと思ったが、間違いなくそれは近代史の講義用の資料だったのだ。  資料にはこうある。 [#ここから3字下げ] 『二十世紀中盤に突如としてはじまったいわゆる怪獣頻出期。これ以降、地球では宇宙よりの脅威に備えて各国合意の元に防衛隊が設立される。宇宙の中の地球人という概念が育まれ、我々人類の世界観はそれまでの地球文明のみを舞台にしたものから大きく変わることになった。ゆえに1966年をして、ウルトラ元年と称する者も一部には存在する』 [#ここで字下げ終わり]  当然だがその文章はルリを呆然とさせた。  二十世紀から頻繁に異星人や異星生物が来訪している世界。当然ながら1966年以降の史実はルリたちの知るそれとはまったく異質なものとなっていた。同じ地球のそれとは思えないほどに変節を遂げたその世界は、異星人に対する目線こそ穏やかなものではないが、同じ人間に対しては以前よりいくぶん優しくなっているのがわかった。  だいたい、このウルトラマンというのはなんなのだ?  怪獣とやらの出現とともに突然現れ、人類の盾となり戦ってきた謎の巨大ヒーロー。人型の姿のくせに身長50mという巨体。そしてその異常なまでの強さと不死身性。あまりの強さと異様さに、人間はウルトラマンがれっきとした異星人であることすら数十年も信じられなかったという。  そりゃそうだろう。あらゆる地球科学の常識を存在そのものが無視している。こうして実物映像を見ているルリにさえも悪い冗談としか思えない。常識でいえば、そんな巨大な生物は立っていることもできないはずだ。地球上では自重で自滅して当然の存在。  だが彼らはその巨体で平然と戦った。それどころか個体によっては1000m以上もジャンプして飛び蹴りすらかますという。もはやコメントもする気にならないルリだった。 「木星蜥蜴の事件は起きてるんだよね?」 「はい、史実より一年前倒しみたいですが……ですがこの変わりようを思えば『よくぞ一年ですんだ』というべきでしょう。襲撃があったこと自体がむしろ驚きです」  その木星蜥蜴の襲来も、数ある異星人襲来事件のひとつとみなされているという。ここ数十年ほど怪獣や異星人の襲来がなかったそうで『新たな怪獣頻出期到来か』というメディアの見出しが目立っている。 「……それなんだけどね、ルリちゃん」 「はい?なんでしょうユリカさん」  女──ミスマル・ユリカは心配げな顔で腕組みをした。 「その木星蜥蜴の襲来って……本当に背後にいるのは木連なのかな?」 「……」  ユリカの指摘にはルリは沈黙した。 「これだけ宇宙人やら何やらいっぱいいる世界で、たとえ百年生き延びたとしても……危険を犯して地球に攻めてくるほどの余力が木連にあるのかな?ちょっと不思議だよ。  ううん、もしかしたら木星蜥蜴って」 「……とっくに滅ぼされているかもしれない、ですか?今やってきている蜥蜴の背後にいるのは木連のひとじゃなくて、どこかの異星人だと?」  そうだよ、とユリカは頷いた。 「かりにそうだとしても理由がわからないです。はるかな宇宙からわざわざ攻めてくる力があるのに、現地に残されているよその異星人の設備なんて再利用する必要があるんでしょうか?」 「使えるものはなんでも使うってことじゃない?ほら、宇宙をはるばる来るなんて大変じゃない」  ある意味呑気なユリカの発言に、ルリはためいきをついた。 「そりゃ遠い宇宙をはるばる来るのは大変でしょう。だけどユリカさん、それ変です」 「そう?」  あたりまえでしょう、とルリは肩をすくめた。 「そんな遠い世界の文明をわざわざ攻めるんですから、あらかじめ勝算がたつようきちんと計画的に攻めてくるのが筋じゃないでしょうか?そういう計画に、使えるかどうかわからない現地のものを加えるものなんでしょうか?  あまり合理的とは思えないんですが」  なるほど、確かにもっともな指摘だった。  宇宙の深遠をはるばる渡ってくるのは楽なことではないだろう。ならば、不安要素をきっちり排除して攻めてくるはずと考えるルリの考えは確かに正しい。  だが、そんなルリにユリカは首をふった。 「ルリちゃん、その発想は人間的すぎるよ」 「人間的すぎる?」  そうだよ、とユリカはにっこり笑う。 「広い宇宙をはるばる渡って攻めてくるような人達だよ?むしろ地球人より気長で悠長な人達って可能性があるとユリカは思うな。  もしユリカが彼らなら、短期決戦で人間を滅ぼすなんて最初から考えないよ。むしろまず、時間をかけて国力を消耗させようとすると思う。まじめに侵略するのはその後の話かな」 「国力を消耗、ですか?」  首をかしげるルリにユリカは頷いた。 「宇宙人さんたちが地球に何を求めてくるのかは知らないけど、少なくとも地球の文明がほしいわけじゃないと思うんだよ。戦略的に価値があるとか、何かの資源がほしいとか、そういう事情なんだと思う。  だったらまずは|五月蝿《うるさ》い人類に静かになってもらうよ。国力が消耗しきってろくに戦えなくなれば、あとは殲滅の方はのんびりやればいい。生きるか死ぬかの状況になっちゃったら、ふらふら飛んでる宇宙人の円盤なんかに手出しする余裕はもうないでしょ?」 「……そりゃそうですね。  なるほど、そういう用途にならバッタもジョロも使えます。単に大量に送り込むだけで地球の国力を消耗させられますからね」 「そういうこと」  異星人相手の戦闘経験を豊富にもつ世界では、バッタやジョロは以前ほどの脅威ではないかもしれない。むしろ安易に破壊できるのかも。  だが無人兵器が恐ろしいのは単体戦力ではない。数だ。壊しても壊しても押し寄せてくるバッタやジョロ相手では、いかに軍事力が進もうとどうしようもない。  一機のバッタは手持ち用の武器でも破壊可能だろう。  だが極端な話、一億のバッタを一気に送り込まれたら人類はなすすべもなく滅びてしまう。  なるほど、とルリは感心したようにユリカを見た。 「そういえばユリカさん、ナデシコの方はどうなってますか?」 「飛ぶよ史実通り。イネスさんも生存者の可能性もまだあるもの、条件は変わらないでしょ?  でも一部の装備が違うけどね」  そりゃそうだろう。  あの世界ですら貧弱すぎた武装のナデシコだ。あのままの装備では、とてもじゃないが異星の侵略者がリアルにいる世界に火星まで飛べるとは思えない。 「ナデシコのナデシコらしい部分は変わらないけどね、防御力と運動性能は飛躍的にあがったみたいだよ。  あと、相転移エンジンも何倍って出力になってるみたい。対宇宙人戦の歴史のせいだろうね」 「はぁ、なるほど」  明らかに巨大生物相手の戦闘を考慮した結果だろう。機動性の高さに追従するにはこっちも活動係数をあげるしかない。  ナデシコの命は機動性。言い替えればナデシコのとりえはそれしかないのだから。 「来週にはプロスさんくるよルリちゃん。さっそく乗る?」  もちろんです、とルリは答えた。 「とにかくアキトさんと合流するんです。どうするにせよ、話はそれからということで」 「ん、そうだね」  ふたりは顔を見合わせ、うんと頷いた。 [#改ページ] 束の間の再会[#「 束の間の再会」は中見出し]  舞台は赤茶けた大地に戻る。  アキトとラピスラズリは、荒野の火星をオリンポスに向かって歩いていた。まぁラピスは先刻からアキトに肩車されていたりもするので、ふたりで歩いているとはちょっと言えないのだが。  ひゅう、と風が舞う。ラピスはなびく髪を気にしつつも、きゅっとアキトの頭を抱えこんだ。  そんなラピスに苦笑しつつ、アキトは柔かい火星の大地を歩く。 「ラピス、やっぱり一度地球にいくぞ。これ以上はおまえの身体によくない」 「だめ」  アキトの心配そうな声を、ラピスはさっくりと一刀両断にした。  オリンポスはすでに見えているが、研究所はまだだいぶ向こうである。  いや、それをいうならふたりは既にオリンポス山にいる。オリンポスは巨大な山で、その標高と周囲の広さは地球の山の感覚でいるととんでもない事になる。なにしろ標高24km(!)、周囲は4000kmにも達する太陽系最高峰の山なのだから。ちなみに火山なのであるが、最後に噴火した火口の直径ですら70kmにも及ぶ。地球で阿蘇の外輪山や鹿児島湾のようなカルデラ地形にならない限り、火口単体でこの規模に達することはない。 「俺はいいがおまえはもう限界だな……よし、じゃあ少しズルしようか」  どのみちこの先は雪原になる。のんびり録り貯めたデータももう十二分だし、これ以上歩いても単に意地でしかない。オリンポス山の景色が懐かしい、という意味は別としても。  ふと、ユリカと遊んだ幼い日の思い出がアキトの脳裏をよぎった。  空はあの日のままの青空だ。 「いいの?」  なぜか嬉しそうなラピスにアキトは苦笑いし「まぁ問題ないだろ」などと言おうとしたのだが、 「!」  オリンポス研究所の方向に不穏な気配を感じたアキトは、 「ラピス跳ぶぞ!」 「わかった」  ラピスはそれだけ応えると、きゅっとアキトの頭にしがみついた。    ボソンジャンプは行ったことのない場所には跳べない。それは確かに欠点ではある。  だが、火星の大部分はなだらかな平原である。ちょっと丘の上にあがれば遠く彼方まで見渡せるし、そもそもふたりは事情もあって高い場所ばかりを選び歩いていた。谷を渡るような場所だけジャンプやその他の方法で飛び越え、ふたりは地上からオリンポスに向かっていた。  当然、彼方に霞むオリンポス研究所まで跳ぶのは大した手間ではない。凄まじく遠方であっても見通し距離だからだ。 「ジャンプ」  次の瞬間、研究所の側に現れたアキトたちは信じられないものを見た。 「な……!」  なんと研究所があちこちから爆発をはじめ、火を吹いたのだ。 「これは一体……?」  研究所の正面ゲートが開いた。白衣の研究者がわらわらと飛び出してくる。だが通路の奥からも煙が追いかけてきているありさまだ。  わけがわからない。だが何かが起きたのはまちがいない。いったいなんなのか。 「イネス!」 「!」  いち早くラピスが、研究者の中にイネス・フレサンジュの姿があるのに気づいた。 『あんたたちは早く逃げなさい!ユートピアコロニーの地下に!』 『博士!博士はどうされるんですか!』 『最終爆破スイッチを握ってるのは私よ!確認してからあんたたちを追うわ!』 『無茶だ!相手はあの異星人ですよ!?それに他に乗物はないんですよ!』 『いいからいきなさい!早く!』  遠すぎて声は聞こえない。だがアキトには彼らの会話が聞こえた。  そして、アキトと未だ意識をリンクしているラピスにもわかった。 「異星人?どういうことだ?」  木連人なら木星蜥蜴とでも言うだろう。あの異星人なんていい方をするのは奇妙だ。  だが、迷っている場合でもない。即座にアキトは駆け出そうとした。  だが。 「!」  イネスが撃たれた。視界の向こうで。 『博士!』 『くっ……行きなさい!早く!あいつがくるわ!』  他の研究者たちは一瞬だけ躊躇し、そして『どうかご無事で、博士』などと口々に言い、そして別の建物に消えていった。 「イネスが!」 「いくぞラピス!」  頭上で悲鳴をあげるラピスに応えるように、アキトはもう一度ジャンプした。    躊躇もなにもなかった。  事情がわからない。いったい何が起きているのか理解できない。どんな史実の狂いがあるのか、相棒たる妖精と|時間《とき》を越えたばかりで事情のわからない逆行者、テンカワ・アキトには理解不能だらけだった。  だがそれは、考えてみれば当然なのかもしれない。  なにより当のアキト自身だってただのジャンパーとは言えない。変わり果てたアキトが変わり果てたジャンプの末にたどり着いた世界なのだから、世界の方もどこか変わってた、としても不思議はないのかもしれない。  だがアキトはその可能性を考えてなかった。正しくは考えないようにしていた。  だからこそ何も考えずにイネスの前に飛び出し、そのままイネスをかばうように『敵』に向かって両手を広げた。    銃声が響いた。 [#改ページ] 侵略者[#「 侵略者」は中見出し]  「ほう」そんな声が銃声の後に響いた。懐かしい親友に出会ったような、そんな優しくさえもある声だった。  イネスを護るように立ち塞がったアキト。    その前には円形の光の壁があった。    その「ほう」という優しげな声の方を見たアキトは一瞬で怒りの形相に変わった。バイザーごしにも激怒とわかるほどだった。  アキトは知らない。その声の主を。  だが、アキトの中にいる『彼』はそれをよく知っていた。  異次元人ヤプール。  かつて『彼』の一族を苦しめるだけ苦しめた『宿敵』の人間体だ。 「貴様、ヤプール!」  目の前に展開した光の壁を消しながら、アキトは叫んだ。 「なんと、これは珍しいお客さんだ。いやはや、よもやとは思ったが」  未だ煙を吹き出す研究所の入口。そこから現れたのは。  帽子をかぶったひとりの初老の男。ふるぼけた白い研究服が怪しくも微妙に似合ってもいる。 「ラピス、イネスを頼む」 「わかった」  頭上で声がして、ひょいっと背後にラピスが降りた。そのまま背後で「イネス!イネス!」と話しかけはじめる。  とりあえず背後の会話を無視して、アキトは話し続ける。 「どういうことだヤプール。ここはおまえの属する世界ではないはずだぞ」 「いかにも」  男……ヤプールは静かに頷いた。 「いちおう断っておくが、わたしはこの世界では何もしていない。少なくとも君に咎められるような事はな。若きウルトラマンよ」 「……」  背後で息を飲むような声がした。だがアキトはそれをあえて気にしない。 「見てわかるだろう?ここではわたしは完全な実体化ができていない。さすがにこの世界は遠すぎる。いかに我らとて積極的に介入するのは難しい。  それに、こちらの世界にはこちらの我々がいるはずだ。わざわざ遠方から私が関わる必要はなかろう」 「ならばなぜここにいる?しかもオリンポス研究所を襲撃したうえイネスまで手にかけて」 「それは違う」  いささか憮然とした顔でヤプールはつぶやいた。 「私は確かにヤプールだ。しかし研究者であって戦闘員ではない。それに個人的にこの世界の火星遺跡は面白いと思っていたのでな、そこのイネス女史の部下として研究三昧の生活を楽しませてもらっていたのだよ。  確かに彼女を撃った。だが君ならわかるだろう?彼女が異星起源の病に蝕まれていることが」 「……なに?」  アキトは振り向いた。 「……」  ラピスに上体を支えられ、イネスはアキトを見ていた。 「見えるだろう?彼女の身を蝕む病が」 「……あぁ」  確かにアキトにも見えた。イネスの身体を蝕む見知らぬ病が。 「もちろん私はヤプール、人間を憎む存在だよ。  だが彼女だけは違う。彼女は素晴らしい研究者だし私にとっても彼女は恩師だ。傷つけるのは本望ではない。  彼女が異星人の攻撃で汚染されてしまった時、私は彼女を苦しまずに逝かせてやりたいと思ったのだ。それが私にできる唯一の恩返しだからね」  ふう、とヤプールはためいきをついた。 「ちなみにウルトラマンよ。君に彼女の治療は可能かね?」 「……俺には無理だ」  アキトは正直に答えた。  正確には、仮死状態の人間すら蘇生させる心当たりくらいはなくもない。だが『この世界』ではそれは無理だ。  ここは『彼』の世界ではないのだから。この世界における『彼』の同族もそうであるという保証はどこにもないし、頼んで来てくれるかどうかもわからない。 「だがイネスがそう簡単にあきらめるというのは妙だ。そんなに進行が早いのか?」  イネス・フレサンジュは天才科学者だ。それも専門馬鹿ではなく統合科学者系であり、様々な分野の知識を横断するように駆使することもできる。  つまり、時間と設備があれば対処不可能ではないはずなのだ。  そんなアキトのいいぶんがわかるのだろう。ヤプールは頷いた。 「現在、火星は孤立しているのだよウルトラマン。そしてこのオリンポス研究所には医療データはない。  とどめに、今回の異星人来襲で設備が軒並み破壊されてしまった。  いくら彼女とはいえ、なにもない場所で未知の異星の病気の調査などできぬ」 「……なるほど」  イネスはA級ジャンパーだが、その事実はまだ本人も知らない。そして今の彼女では地球にジャンプすることもできない。イメージできないからだ。 「ちなみに、その異星人はこの建物の奥に閉じ込められている。彼女の知恵と機転によるものだ。  どうだ凄いだろう?ウルトラマンですら難渋しかねない相手を、彼女は武器もなく機転とここの設備だけで閉じ込めてみせたのだ。  さすがだよ、まさに脱帽だ。私の敬愛するただひとりの人間だけのことはある」 「……そうだな」  ヤプールは誇らしげに微笑んだ。あの陰惨な異次元人ヤプールとは到底思えない、実に裏のない真摯な笑みだった。 「彼女の手にあるのは爆破スイッチで、研究中の試験船ヤマトナデシコの相転移エンジンを暴走させるためのものだ。閉じ込めた異星人をこの建物ごと相転移して吹きとばそうというわけだよ。  だが、彼女はそれに巻き込まれて死ぬつもりなのだ。どうせ助からないのだから、無駄に苦しむくらいなら共に爆死してしまおうというわけだ。  しかしその死は苦痛を伴う。相転移に巻き込まれるのだからな。確かに一瞬の死ではあるが、残念ながら溶鉱炉で焼かれたり宇宙に放り出される類の苦痛はどうしても味あわなくてはならないのだ。  私は、彼女にそんなことはさせたくない。  だから私が代わろうとした。ここにいる私は厳密には実体ではないのだから、苦痛を感じずにすむのだからね。一瞬で苦痛なく死ぬのならばこの銃の方がよいと思ったのだ」 「……なるほど、おまえの言いたいことはわかった。ヤプール」  アキトは頷いた。 「イネスは俺が地球に運ぼう。ネルガルに托せば道はあるだろうからな」 「おぉそれはありがたい!頼む。彼女を救ってくれ」  こんな時空の果て、なんとヤプールに頼まれ事をする羽目になるとは。なんとも複雑な気分でアキトは頷いた。  ヤプールはイネスの側に赴き、かがみこんだ。  ラピスがピクッと反応した。怯えているのだろう。 「ドクター、リモコンを」 「……|矢部《やぶ》、あんたねえ」  呆れたようにイネスはつぶやいた。 「撃ったのは悪かった。だが話は今のとおりだ。  私を怨むのならそれでもかまわぬ。だが今はこの男に貴女を托す。こいつはウルトラマンだ、君をうまく地球へ運んでくれるだろう。あとは私が引き受ける」 「はいはい、ありがと」  くっくっく、とイネスは小さく笑った。 「異星人かな、とは前から思ってたけど……さっきの話だと別世界ってとこなのかしら?」  その途端、ヤプールは心底驚いたような顔をした。 「気づいておられたのか……それでも私を部下として使ってくれていたのかね。  いやはやドクター、やはり貴女は素晴らしい」 「ふふ、当然でしょ……でも本当に大丈夫なの?矢部」 「無論。地球に行くのは少々難題だが、可能なら後でお見舞いにでも行くとしよう」 「わかった。あんたは私の片腕だからね、簡単に死なないで頂戴」 「光栄だドクター」  フッフッフッとヤプールは笑った。その笑いだけは確かに往年のヤプールらしい邪悪そうなものだった。  イネスは頷くと、手にしていたリモコンをヤプールに渡した。 「頼んだわよ矢部」 「ああ」  人間の科学者と異次元人が談笑する。それは異様な、しかしいかにもイネスらしい光景でもあった。    刹那、沈黙があたりを包んだ。  だが次の瞬間、グォォーッと唸り声のようなものと爆発音が研究所から響いた。ズズ、と地響きもする。 「研究員たちはもう逃げたわね、たぶん」  ぼそ、とラピスの腕の中でイネスはつぶやいた。 「知ってるかもしれないけど、そこの建物はユートピアコロニー地下に通じるリニアチューブ入口なの。あそこには宇宙港があったからね」 「そうか。なら逃げたろうな」  アキトの知る史実にはそんなものなかった。これも歴史の差異なのだろう。 「それにしても、遺伝子細工の子供とウルトラマンね……実に面白い組合せだわ」 「ラピスとアキトだ。妙な呼び方をするな。  それにヤプールとあんたの組合せの方がはるかに凄まじいだろうに」 「あらごめんなさい」  くっくっくっ、とイネスは笑った。かなり苦しそうではあったが。 「くっ……矢部、やりすぎよあんた」  ぐ、と眉をしかめるイネス。 「それは仕方ない。私は貴女を殺すつもりだったのだからな」 「言うわねもう。ま、確かにそのとおりか」  あぶら汗を流しつつ、それでもイネスは笑った。  「大丈夫か?イネス」 「ええ……でもさすがに手当てが必要ね、運んでもらえる?アキト君?」 「わかった」  このイネス・フレサンジュは自分を知らない。それは当然の話だった。  だがアキトはそれが悲しい。だから言葉は自然と悲しそうなものになった。 「あなた、どこか懐かしい気がするのよね。  私はウルトラマンなんて見るのも話すのもはじめてだけど、あなたたちってみんなそうなのかしら?」 「……さぁな」  ぶっきらぼうに返すアキト。だがその声を聞いたイネスはなぜか嬉しそうに笑った。    怪物の叫びと爆発音が続いている。もうそろそろ決めないとまずいだろう。  ヤプールはただ、赤銀の巨人が飛び去った空を見ている。  そして、悪戯っぽく笑った。 「ウルトラマンよ、確かにここの異星人は引き受けた。他ならぬドクターの依頼だからな。確実に消去してごらんにいれよう。  さらにいえば、ナデシコとやらが欲する資料は逃げた研究員どもが持っている。回収しにくるがいい。『史実』通りにな」  笑いは嘲笑に変わる。ヤプールらしい邪悪な笑みに。 「だが君はまだ知らない。君も、君と融合した青年もな。地球がどういう状況になっているかを。『史実』とやらと今の違いを知った時、アキト君とやらはどう反応するかな?  ……楽しみだ。フッフッフッ」  ヤプールはそんな邪悪な笑いを浮かべると、ぽつっとリモコンのボタンを押した。    その瞬間、オリンポス研究所は相転移の輝きと共に跡形もなく消滅した。 [#改ページ] 運命の輪[#「 運命の輪」は中見出し]  それは、まさに運命の瞬間だった。  木星圏から地球に向けてのボソンジャンプ中、ありえないその衝突事故は起きてしまった。致命的な損傷を受けた戦艦ユーチャリスはそのまま、事象地平の彼方にふっとばされそうになったのだ。 『おまえは誰だ』 『ワタシは、M78星雲の宇宙人、だ』 『……M78「せいうん」の宇宙人?』  驚きのあまり変な発音で返してしまったようだ。アキトは内心苦笑いした。  だがその異形の存在は気にした様子もないようで、 『申し訳ないことをした。おわびに私の命を君にあげよう』  死の淵にあったアキトにそんな事を語りかけてきた。  だが。 『断る』  速攻だった。 『なぜだ。そのままでは、君は、死んでしまうぞ』 『なぜって……おい、本気で言ってるのか?』  アキトは呆れた。  命をくれるという、言葉通りならそれは破格の申し出だろう。少なくともアキトは死なずにすむわけだ。  だが、そんな申し出を見知らぬ異星人にされる謂れなどさすがにない。  ついでにいえば…… 『そもそも、言っちゃ悪いが怪しすぎるぞあんた』 『なぜだ』  全然自覚がないらしい。  赤と銀で彩られた異様な姿。これはまぁいい、なにしろ異星人なんだから。むしろ人型をしているだけでも僥倖だろう。  だが、その胸についてるピカピカはいったいなんなんだ?チンドン屋(死語)か? 『これは、カラータイマー、だ』  異星人の表情は変わらないが、なんとなく不本意そうではあった。 『あのな、確かに助けてくれるのはありがたい。だが俺は珍妙な異星人の手先になるつもりはないぞ』 『……ワタシは、侵略者ではない』  珍妙という言葉に激しく傷ついたようだ。だがアキトの反応ももっともだった。 『信用できるか!』  人間は外見に左右される生き物だ。  さすがにこの異星人は異様すぎた。なまじ人間と似た形なだけに、その違和感は強烈すぎたのだ。 『しかし、このままでは君は死ぬ。傍らのその子もな』 『!』  ラピスのことを出されると、アキトは絶句するしかなかった。 『愛し子なのだろう?彼女を救いたくはないかね?  君は彼女をずっと苦しめてきたのだろう?その償いも可能だぞ』 『……おまえ結構性格悪いな。本当に大丈夫なのか?』 『フッフッフッ、心配することはない』 『するわっ!』  ほとんど前衛漫談のような会話だったが、なんとか契約は成立したらしい。  アキトと『彼』の交わした約束はひとつだけ。それは過去に戻り、悲惨な歴史を回避するべく戦うこと。  政治的なことに首を突っ込むことに彼は難色を示した。だが多くのひとを救えるという点ではふたりの考えは一致した。 『ワタシには時を遡ることはできない。君は可能のようだが、その制御ができないわけだな。  わかった、なんとか手を尽くしてみよう。融合の瞬間にうまく事を運んでみる』 『頼むぞ』 『ああ。任せるがいい』 『……ほんとに大丈夫かよ』  そうして、彼は過去に飛んだのだった。ラピスを連れて。   「いやぁ、ありがとう礼をいうよ。ドクターを連れ帰ってくれるなんてね」 「まだ助けたことにはならない。病気の進行が食い止められるかどうか」 「そっちはなんとかしよう。ドクターどうだい?」 「……さすが地球ね。まさかこうもあっさり治療法が見つかるとはね」  アカツキナガレの言葉に、イネスは楽しげに笑った。  イネスはベッドにいた。半身を起こしてパソコンに向かい資料を見ている。横にはラピスがいて、怪我のため不自由なイネスを補佐してデータを探したり色々と手伝っているようだ。  そのラピスは明らかに遺伝子細工の子供なのだが、アカツキはそれに言及しない。ウルトラマンの連れよとイネスが言った時点で「あ、そうなの」とちょっと安心したような笑みを浮かべただけだった。  おそらく、実験体のことやらに話題が及ぶことを恐れたのだろう。あまりウルトラマンに知ってほしい話題ではないに違いない。 「どうやら、この宇宙ケシとかいうものの変種である可能性が高いわ。試薬テストが必要だけど、化学研究所の設備を借りられるかしら?」 「任せたまえ、そっちはなんとかしよう。で、メドはつくかい?」 「そっちは微妙ね」  ふるふるとイネスは首をふった。 「これは第一段階よ。うまくいったとしても進行が止まれば御の字という程度のものだわ。  実際に役立つ治療薬の開発には最低でも一ヶ月はかかる。私の回復を待つならもう少し必要ね。  ナデシコとやらで飛ぶにせよアキト君に連れていってもらうにしろ、いますぐは動けないわ」 「そうかい。困ったな……研究者に托したという資料はなんとしても引き上げたいんだが」  ふう、とアカツキは髪をなでつけた。 「アカツキ」 「なんだい、ウルトラマン君?」 「……そのいい方はよせ。テンカワアキトという名前は伝えたはずだ」 「う〜ん、だけどねぇ……ウルトラマン相手に人間のような呼び方はねぇ」  すでに完全にタメ口なのだが、彼には彼なりの基準があるのだろう。    イネスを地球に運んでからというもの、驚くべきことの連続だった。  彼らにボソンジャンプを見せるわけにはいかない彼は、宇宙飛行は危険と理由をつけてまずイネスを眠らせた。そして地球上でめざめさせ、ただちに車でネルガルの本社に運ぶと言ったわけだが…… 『よかったらウルトラマンの姿で本社前に着陸してくれるかしら?正規の入国手続きもしてないわけだけど、ウルトラマンに運んでもらったと証明できれば、あらぬ疑いもかけられずに全部フリーパスになるからね。君も変な疑いかけられたくないでしょう?』 『……なに?』  イネスはそんな奇想天外な指示をしてきたのだ。  聞けば、ウルトラマンは地球では非常に有名なのだという。人類に好意的とされる異星人の中でも飛びぬけてポピュラーな存在であり、また彼らに対しても好意的な声が非常に多いというのだ。  そんなばかな、とアキトは唖然とした。  あたりまえだがアキトの過去にそういう記憶はない。異星人の存在など古代火星人の遺跡くらいしか知られておらず、実際に宇宙人がたびたび来訪しているなどと聞いたこともない。  なんなのだ、この歴史の差異は?  だが、確かにイネスの言う通りなら助かる。なによりボソンジャンプについて問い詰められる心配もまったくないのだから。  そして半信半疑のままウルトラマンに変身し、イネスとラピス(なぜかふたりは楽しそうだったが)を載せて飛んでいき、ネルガル本社前に堂々と着陸したというわけだ。  そしてその瞬間、アキトはさらに驚くことになる。 『おぉウルトラマンだ!すげえ!』 『なんだなんだ、いきなり何があった!?』 『ひやーウルトラマンだよ!でっけぇなぁ。びっくりだぜ!』  びっくりしたのはこっちだ、とアキトは呆然とした。  なんなんだ、この全くもって普通の反応は? 『おーいウルトラマン、どうしたぁ?何かあったのかぁ?』  身長50mにもなろうという巨大な異星人に、普通に声をかけてくる地球人たち。  思わずめまいを覚えつつ、手にのせたままのイネスとラピスを降ろしたのだが……。  駆けつけたネルガルの警備員にイネスは冷静に答えた。 『火星オリンポス研究所、イネス・フレサンジュよ。緊急事態により彼に火星からここまで運んでもらったの。ただちに社長に取り次いでくれるかしら?』 『はっ!わかりました!』  警備員たちはイネスに敬礼し、そしてなぜかアキトも見上げて敬礼し、去っていった。  唖然としているアキトを見上げてイネスは笑って言ったものだ。  『ほらね、言ったでしょう?』と。  閑話休題。 「う〜ん、だけどねぇ……ウルトラマン相手に人間のような呼び方はねぇ」  すでに完全にタメ口なのだが、彼には彼なりの基準があるのだろう。アカツキはそう言った。 「俺はその方がいい。おまえにはテンカワの名は少々複雑かもしれないが」 「あちゃあ……やっぱり知ってるのかい?」 「まぁな。だがそれはおまえのせいじゃないだろう」  バツの悪そうなアカツキに、アキトは頷いた。 「それよりアカツキ、ナデシコを飛ばすつもりなのか?」 「ああ、予定通りね」  秘密のはずのナデシコについてあっさり言及するアキト。だがそれについてアカツキは何もいわなかった。  相手がウルトラマンだからなのか。それとも何か思惑があるのか。 「どのみち君ひとりに火星に行ってくれといっても無理だからね。僕もそれはわかってる。ウルトラマンは人類内部の抗争には関わらない。そんなことは説明されなくても知ってるつもりだからね。  ならば、人材とデータの回収は自分たちでやるしかない」 「ああ、そうだな」  アカツキの隣で不快げな顔をしている秘書がいるが、それはとりあえず無視してアキトは答えた。 「だが、ナデシコの武装で大丈夫なのか?相転移エンジン一基じゃ」 「ああ、それについては伝わってないんだね」  アカツキはにっこりと笑った。 「相転移エンジンの問題点についてはすでに対処ずみだ。博士の成果を元にね。木星蜥蜴どころか、途中で異星人に襲われても逃げきってみせるさ。  ナデシコ級が機動戦艦を自称するのは当然その機動性にある。また、そうでなくては最新鋭の実験鑑とは呼べないだろう?」 「それはそうだな」  史実が違うのだからこういう点も違ってくるわけか。ふむ、とアキトは頷いた。 「そうか。じゃあま、がんばれ」 「おや、冷たいなぁ」 「当然だろ。まさかとは思うが、俺に火星まで護衛しろなんて言わないよな?」 「あははは、言わないさ」  アカツキは苦笑いした。 「確かに君の護衛は心強い。だけどこの航海はナデシコ級のアピールもかねてるんだ。  ウルトラマンの護衛つきじゃあ効果が半減するじゃないか。そうだろ?」 「そっちは俺にはわからない。だが確かにそうだろうな」  もとよりアキトにはナデシコ搭乗の意志はない。ユリカたちを影から見守ることができればそれで十分だし、乗り込む必要性などまったくないと考えていた。  だが意外な人物がそれに反論してきた。 「だめ、アキトはラピスと乗るの」 「ラピス?」 「えっと、ラピスちゃん?」  アカツキも秘書もまだラピスの名前しか聞いていない。秘書とは少し話しているが、今は病人のイネスにつきっきりだった。  彼らは知らないが、イネスもエリナも『史実』ではアキトと親しい者たちだったのだから。社交性など皆無のラピスであるが、アキトや自分に好意的なものには懐いていた。たとえ彼らが自分を知らない存在だったとしても。  そしてラピスは同時に、この場におけるアキトの最大のアキレス腱でもあった。 「ねえラピスちゃん、どうしてラピスちゃんと彼はナデシコに乗るの?」 「……ラピスでいい、エリナ」  ちゃんづけが余程不愉快だったのだろう。ぶすっと眉をよせてラピスは言った。 「ナデシコにはアキトの大切な……」 「わーっ!」  ラピスの爆弾発言にさすがに気づいたのだろう、慌ててアキトはラピスの口を塞いだ。 「大切な、なに?」 「い、いやそのエリナ、それはだな」 「……ふうん?」  面白そうに秘書……エリナ・キンジョウ・ウォンはクスッと笑った。 「いいんじゃない?乗ってもらいましょうよ」 「エリナ君!?」  驚いた顔をしたのは会長であるアカツキの方だった。 「護衛うんぬんよりまず『行った』っていう実績の方が重要ですよ会長?プロモーションならやり方次第ですし、何より実績があるのは大きいでしょう。たとえウルトラマンつきでもね。  それに、現地の人材もデータも健在の確率が高いんでしょう?だったら少しでも回収率はあげたいわ。彼らは必要ですもの。  ええ、ぜひ乗ってもらいましょう?この子と一緒に」 「ちょ、ちょっと待て!俺は乗るとは」 「テンカワ君!」  びし、とエリナはアキトに指をつきつけた。 「乗らないっていっても、どうせついてくつもりなんでしょう?影からこっそりとね?違う?違わないでしょ?」 「あ、いやその」  アキトは突然のエリナの剣幕に声もない。 「……そうなのかい?どうしてそんな事わかるんだい?エリナ君?」 「女の勘よ」 「はぁ?」  首をかしげているアカツキに、単純明解な返事を返すエリナ。 「はぁって何よはぁって!失礼ね!これでも女よ私!」 「い、いや、それはとてもよくわかってるんだが」 「だったら答えなさいテンカワ君!行くの?いかないの?」 「……えっとその」 「ほらしっかりなさい!ウルトラマンでしょ!はいかイエスか!」 「……い、イエス」 「はい、よろしい♪」  一瞬でエリナは表情を和らげた。  背後で「はいかイエスって、あのねぇ」と呆れている某説明おばさんもいるが。 「いいじゃない、どうせついてくんなら乗ればいいの。戦艦の中にはひともいる、ひとりぼっちで宇宙を飛びつづけるなんていくらウルトラマンでも寂しすぎるわよ?」 「……しかしラピスは」 「あんたが乗るんだからこの子も載せたげなさい。当然でしょ?」  躊躇するアキトにエリナは畳み込んだ。 「確かに戦艦は子供の教育上よくないかもしれないわ。でも自分の子供でしょ?離れ離れなんてやめときなさいって。あんた子煩悩そうだし、心配でオロオロするよりマシじゃない?  心配だったら先生代わりくらいつけたげるわよ?ウルトラマンつきと引き換えなら安いもんだわ。  それとお友達もね。残念ながら同年代の子はいないけど、メインオペレータの子なら歳も近いわ。なんとかなりますって」 「はぁ?ちょっと待てエリナ、おまえ凄い勘違いしてるぞ」 「なんで?保護者なんでしょ?同じことじゃない」  クスクスとエリナは笑った。 「実の子かどうかは知らないし詮索する気もないわ。でも家族なんでしょ?みればわかるわ」 「……まぁ、そうだな。それもそうか」  アキトはためいきをついた。  だが、それに納得していない者もいた。 「それ、違う」 「?」  皆の視線がラピスに集中した。  ラピスは皆をじろりと見回し、そして言った。 「ラピスは子供じゃない」 「……」 「……」  一同は顔を見合わせ、そして大爆笑した。 「……なんで笑うの」  その中でラピスだけ、なぜだか不服そうだった。   (ウルトラマン、ね)  先刻自己紹介した時、ちょっとおかしな反応だなとエリナは思っていた。ウルトラマンと知り合うなんてはじめてであるし、そんなものかなと思っていたのだが。  慌てて自分を呼び捨てにするウルトラマン。いやに馴れ馴れしい話し方。  どうやらウルトラマンの喜怒哀楽は人間と大差ないらしい、と賢い彼女はとっくに見抜いていた。ラピスという少女を見る時の目も優しい。確かに戦闘に長けた種族なのか鋭い気配も見せるのだが、どちらかというと素は違うようだ。ちょっと朴訥な田舎育ちの青年と形容したほうがいいかもしれない。 (ウルトラマンってこんな可愛い性格だったんだ。ま、彼が特別って可能性もあるけどね)  確かに過去の記録には、カレーが大の好物だったり節分の鬼のお面を嬉しそうにかぶったボケボケ天然ワンコみたいなウルトラマンの話もなくはない。ただそれは物証のない伝説めいたものだし、ウルトラマンを神格化したがるウルトラマン教徒たちが騒ぐので一般にはあまり知られていないことだ。  そんなウルトラマンが素で自分を呼び捨てにする。連れの女の子もだ。  「あの」テンカワ博士の息子と融合しているらしいから微妙な部分もあるのかもしれないが、少なくともこの場合は問題になるまい。  そして、ナデシコに何か彼らは思い入れがあるらしい…… (新造戦艦のナデシコそのものに思い入れがあるわけないわよね、やっぱり。ということは……)  そう。ウルトラマンが人類に肩入れする理由なんてひとつしかない。『人間』そのものだ。  ということは、乗り組みの決まっているクルーの誰かなんだろうと回転のいいエリナは速攻で結論付けた。 (ふん、面白くなりそうじゃない?)  ウッフフとエリナは内心笑っていた。 [#改ページ] 孤高の戦士(上)[#「 孤高の戦士(上)」は中見出し]  機動戦艦ナデシコ。  ネルガル重工が設計・建造した新型戦艦。実験鑑、試験艦であるため新機軸のアイデアや装備をふんだんに取り込んでおり、その形すらも従来の戦艦とは程遠い。新しいそのデザインは戦艦というより、むしろ大昔のアニメに登場した架空の木馬型戦艦をどこか連想させる。  今、そのナデシコの中では様々な人々が動いている。離床が近いからだ。昔の船舶なら進水式と呼んだそのイベントだが、ナデシコはそのまま数日の試験航海の後、調査のための最初の実航海に突入することが決定されている。  ただ、その行き先は内密とされていた……。    『火星にウルトラマンあらわる』その記事を最初にみつけたのはルリだった。オモイカネのセットアップをナデシコで続けつつ、ふと目をやったネット上のニュースを見て一瞬で固まったのだ。  数秒後「ゆ、ユリカさんユリカさん!」と大慌てでユリカを呼び出すルリの姿が、まだ用もないのにナデシコいりして操縦席で遊んでいる(もちろん習熟用のシミュレータを使ったりしているのだが)ハルカミナトに目撃されることになった。その事件は後に『クールにみえて実は滅法お子ちゃま』なルリのイメージが固まっていく最初の原因にもなるのだが。  で、数分後。ルリとユリカのふたりはブリッジのモニターでその情報を見ていた。   [#ここから3字下げ] 『火星に新ウルトラマンあらわる』  世界協定時(UTC)で先日未明、レジストコード未確認の新しいウルトラマンが日本のネルガル本社に突如として降臨した。このウルトラマンは火星ネルガルオリンポス研究所のイネス・フレサンジュ博士を救出して地球まで連れ帰ってきたもので、博士の要望でネルガル本社まで送ってくれた。  博士の談を総合すると、このウルトラマンは火星にて初降臨したとのこと。  地球圏に降臨したウルトラマンの中で地球外に現れたケースは決して多くないが、火星のウルトラマンは史上初である。しかし火星は現在ほとんど全滅状態とされており、彼の今後の動向が注目される。  気になるこのウルトラマンのレジストコードであるが、現在地球にウルトラマンは不在とされているため決定に難航している。もしこの報道を見たM78星人の方が地球におられたら、彼の正式名称について連絡してほしい、と地球連合政府から声明が出されている。もし連絡なき場合、火星に現れたということで『マルス』の呼称が候補となっているが、歴史上『マルス』の名称は悪い意味にも使われているという意見があり、もっとよい名称はないかという話になっている。  また未確認だが火星の生き残りの少女をひとり妹のように連れているとされ、マルスという勇ましい名前でなく、もっと優しい名がよいという意見も飛び出しているという。 (情報:地球連合広報) [#ここで字下げ終わり]   「……」  ルリはあっけにとられた顔で、ユリカは「へぇ」と驚いた顔でそのニュースを見ていた。 「あら、新しいウルトラマン?」 「ミナトさん」  逆行者であるルリは常に目撃者を警戒している。それはユリカも同様なのだが、どこか飄々としているユリカと違いルリにはそんな余裕がない。だからこの時も一瞬、ぴくっと反応した。  ミナトはそんなルリの反応は特に気にした様子もなく、ふたりの見ていたウルトラマンのニュースに目をやった。 「あら、火星に出たんだ。こりゃこれから大変ねえ」 「どういうことですか?ミナトさん?」  ルリの言葉に、ミナトは「あれ、知らないの?」と一瞬不思議そうな顔をした。 「あのねルリルリ。ウルトラマンは人類にとって『招き猫』みたいなもんなの」 「……はぁ?」  ルリの脳裏に、怪獣と戦う巨大な招き猫の置物がデデーンと降臨した。  あまりにアホらしいその妄想を一瞬で追い払うと、 「ま……招き猫、ですか?」  そぅよ〜、とミナトはうふふと笑った。 「ウルトラマンは人間同士の戦いには関与しないのよ。だけど紛争地域に降臨すると双方の勢力に勝手に誤解されたりして新たな戦いの火種になりかねないのよねぇ。  だからウルトラマンは戦争や紛争の起きている地域、それといわゆる大国には原則として現れないとされているの。怪獣の侵入なんかでそこまで出張る事は当然あるんだけど、好んでそこに住み着いたりはしないんだって。  だから、ウルトラマンが好んで住み着く地域は平和な国だけなの。わかった?」 「なるほど。平和になるとやってくるもの、つまり平和のバロメーター、それで招き猫ですか」 「そういうこと♪」  うふふとミナトは笑った。  もともと招き猫は商売繁盛のシンボルであって平和のシンボルではない。だがこの世界では「ゆっくり商売できる、イコール平和」ということでもあり、七福神や招き猫のイメージは平和のそれとも重なっている。  ついでにいうとその『招き猫』のイメージは日本人のウルトラマン商売という意味もある。激戦のあった場所に土産物屋を作ったり『とっても美味しいウルトラ|饅頭《マンじゅう》』や『ウルトラマンペナント』といった定番にはじまり、とにかくウルトラマンを『縁起物』として商売しまくる姿が実に日本的というわけだ。海外でもウルトラマン商売は確かにあるが、新ウルトラマンが出るたびに株式市場まで揺れ動く熱狂的ウルトラマン|贔屓《びいき》は世界でも日本とタイくらいだと言われて久しい。  さて、ミナトの話に戻ろう。 「火星にウルトラマンが出た、ということは火星の防衛のために戦ってくれたということよね」 「はい。そうだと思います」 「だったら地球連合も気合いいれなくちゃね。ウルトラマンが守ってくれた土地を見捨てるなんてできるわけないもの」 「見捨てる……ですか?」  ミナトの発言に不穏なものを感じたのだろう。ルリは言った。  だが、それに答えたのはミナトではなかった。 「うん、そうだね」 「ユリカさん?」  見ると、ユリカはうんうんと納得げに頷いていた。 「火星は遠いんだよルリちゃん。  その火星が全滅させられた。地球にも蜥蜴さんの無人兵器はやってきてる。今の人類にはね、残念だけど火星まで手を回す余裕がないんだよ。  だけど、ウルトラマンが守ってくれるんなら『まだ見込みある』って思う政治家さんたちもいると思うし、『火星を見捨てるな』って声も大きくなると思うんだ」 「あ……」  ユリカの言いたい意味に、ルリも気づいた。 「つまり、世論が追い風になるということですね?なるほど」  嬉しそうに笑顔を交わすふたり。 「ん?ふたりともなんか嬉しそうだね?そんなにウルトラマンが好きなの?」 「!」  いけない、と誤魔化そうとしたルリなのだが、 「そりゃあ好きですよミナトさん。特にユリカとルリちゃんは♪」 「……ふうん?」  納得いかないなー、という顔をしつつミナトは去っていった。これ以上はプライベートのことと判断したのかもしれない。  さて、そうなると今度は置き去りのルリが首をかしげる番だ。 「ユリカさん」 「ん?なぁに?ルリちゃん?」 「どうしてそう断言するんですか?確かに凄いとは思いますけど結局は見知らぬ異星人じゃないですか。個人的に好きになる理由はないと思いますけど?」  しかしユリカは「ちっち、ダメだなぁルリちゃんは」とクスクス笑うだけだ。 「あのーユリカさん?」  ますます「?」マークを飛ばすルリにユリカはにっこりと笑い、そしてさっきの記事を指さした。 「何も感じない?」 「はぁ?」 「ルリちゃん。このウルトラマンは火星に出たんだよ?」 「あ、はい」  何を言いたいんだろう? 「彼はイネスさんを助けたんだよ?そして火星からネルガル本社に直行したんだよね?で、女の子をひとり連れてるんだよね?」 「…………まさか!」  女の子、のところでルリの顔色が変わった。その脳裏にひとりの少女の姿が浮かんだ。    ──わたしはアキトの目、アキトの耳、アキトの──   「じゃ、じゃあこのウルトラマンって……」  ルリの声が震え出した。信じられないという顔で呆然とニュースを見つめ直す。 「ま、まさか……た、た、ただの偶然ですよユリカさん。そんなことあるわけが」 「……」  ユリカはゆっくりと首をふった。そして自分の胸に手を添えた。 「──感じるんだよ。わかるの」 「ユリカ、さん?」 「アキトだよ──わたしとルリちゃんの」 「……」  ルリはただ呆然と、モニターとユリカを交互に見つめていた。 [#改ページ] 孤高の戦士(中)[#「 孤高の戦士(中)」は中見出し] 『ウルトラマンは神ではない。救えない命もあれば、届かない思いもある』  それはずっと昔、とあるウルトラマンが語ったと言われている言葉だ。  実際、どれほど凄かろうとウルトラマンは神ではない。ただの異星人だ。大地をゆるがし天候をも変えてしまう能力があろうが、地球人からすると年代記なみのとてつもない長寿であろうが、それでもやはり万能の神ではないのだ。  そんなものなのか?そうアキトは『彼』に夢の中で問うた。  力届かず、守りたいものを守れなかったアキト。だからこそアキトは力を求めた。必死の願いの果てに大切なひとは戻ったが、届かぬものを得た代償にアキトは普通の人間としての生涯をなくしてしまった。  せめてもう少し自分に力があれば。  だが『彼』はそんなアキトに答えた。 『わかるとも。我々も同じような経験をしているのだからね』 『……なんだって?』 『どれほどの力があろうと届かないものは届かない。神の如きものとまで称されようと守れないものは守れないのだよ』  その言葉にアキトは驚愕した。  ウルトラマンの力とは途方もないもの。それなのに。 『これほどの力があって、それでもなお届かなかったっていうのかよ!』 『ああ、そうだとも』  『彼』は笑った。寂しそうな笑みだった。 『力があれば全て護れるなんてことはないんだよ。どこまで行っても完全はありえない。そういうものなんだ。  大切なのはね、あきらめないこと。護りたいものを見失わないことなのだよテンカワアキト。  時には憎しみに堕すかもしれない。なにもかも叩き壊したくなるかもしれない。だけど、それで何もかも終わりと泣くことはないんだ。  君は確かに罪を犯したかもしれない。だが、まだできることはあるじゃないか。  そのために君は時を越えたのだろう?違うのかね?』  アキトは少しだけ躊躇し、そして夢の中ではじめて『彼』に告げた。 『──ありがとう』と。    艦載機であるエステバリスは人型だ。手もあり足もある、本も読めれば影絵もできる画期的メカなのである。ある種のオタクにとりこれはまさに夢のマシンであった。  むろん冷笑する声もあった。何故に人型なのかと。ひとの形をしていることになんの意味があるのかと、その者たちは頭から馬鹿にしてかかったのだ。  だが実際の演習になると彼らは黙ってしまった。  考えてみるがいい。  人型が非現実と呼ばれたのは、それが人間の動作を再現する技術がなかったからでもある。ノロノロと動く人型など戦場では的にしかならない。穴ぼこに片足つっこんですっころぶかもしれない。はっきりいってなんの役にもたたなかった。  そりゃあ物笑いの種だったろう。馬鹿にもされたろう。あたりまえだ。  だが、エステバリスの動きはどうだ?  高さ数メートルの人間が動くも同様のリアルで素早い機動。防御の弱さはフィールドでカバーし、車なみの早さで自在に走り回り必要とあれば横っ飛びすらこなす。  そんなとんでもない領域に進化してしまった人型兵器を、それでも戦場の的だと笑えるのか?ありとあらゆる武器をつかいこなし、人間同様の匍匐行動すらこなすこの最新の機動兵器を、それでも馬鹿にできるのか?  真っ先にその答えを出したのは、この世界では皮肉にも地球を守る防衛隊だった。  人間同士の戦争、それも市街戦を想定されていた人型兵器。だが最初に大活躍したのは対宇宙人の防衛戦だった。動きの素早い敵に次々と他の兵器が破壊される中、機動兵器は未曽有の大活躍をした。彼らは『数メートル級の武装した歩兵』そのものとして敵宇宙人に対抗したのだ。見ぶりてぶりでウルトラマンとすら連携をとり多彩な戦闘を展開する彼らは、とうとう防衛チームから高速戦闘用以外の航空機をほとんど駆逐するにまで至ってしまった。  ゆえに彼らはいう。胸をはって。  ウルトラマンの心に応えるひとつの答え、それが我ら機動兵器部隊なのだと。 『レッツゴー、ゲキガンガー!』  熱血馬鹿が激しい雄叫びをあげていた。  ここはナデシコの格納庫だ。暑苦しい絶叫は固定されたエステバリスのひとつから聞こえている。さっそくナデシコいりした気の早いパイロットが許可もえずにエステバリスに乗り込み、コックピットで感激のあまり大騒ぎしているのだった。  もっとも、有能なオペレータがブリッジからロックしているおかげで歩きだせはしないのだが。 「畜生歩きてぇよ!走りてぇよ!踊りてぇよ!かぁーーっ!」  踊ってどうすんだこの馬鹿、と突っ込む輩はいない。すでに呆れてしまっているのだろう。  だが、 『ダメですよヤマダさん』  笑いをかみ殺したような呆れ半分の苦笑とともに、小さなウインドウが開いて女の子が写る。ルリだ。 「なぁナナコさん頼むよ。ちょっとでいいからさ」 『誰がナナコさんですか、天空ケンや海燕ジョーを気取るならもっと堂々としててください。心配しなくとも冗談でなく死ぬほど大活躍できますよ、もうすぐ』  ルリの半ば本気の脅し。だが馬鹿の耳には届かない。 「おぉぉぉ待ち遠しいぜ畜生!ところで俺の名はヤマダじゃないぞ、ダイ……」 『魂の名前は封印です』  熱血馬鹿が吠えだす前に、その少女はさっくりと一刀両断にした。 『私は少女ですからヤマダさんのお気持ちはよくわかりません。でもひとつだけわかることがあります。  ヤマダさん、実績のない者をヒーローと呼べるでしょうか?』 「……なに?」   馬鹿……ヤマダジロウの目が点になった。 『ヤマダさんが防衛隊でどういう活躍をされていたのかはわかりません。ですがこのナデシコではヤマダさんの実績は白紙です。誰もヤマダさんの能力をみたことがないんですよ。  ヒーローというのは自称するものでなく皆が呼ぶものです。あぁ彼は確かにヒーローにふさわしい、彼は確かにヤマダジロウでなくダイゴウジガイなんだと。違いますか?』 「……なるほど」  ヤマダは腕組みをした。何か感じ入るところがあったようだ。  ルリの言葉は止まらない。 『ですからヤマダさん、今は自重してください。そしてヒーローにふさわしい戦績をあげてください。  ヤマダさんが皆に尊敬される素晴らしいエステバリス乗りとなったその日こそ、ヤマダさんはヤマダさんでなくダイゴウジガイと呼ばれるヒーローになれるんだと思います。  私の考えはこうなんですが……ヤマダさん、どうお思いですか?』 「……わかった」  ヤマダは真剣な顔でうむ、と頷いた。 「確かにナナコさんの言う通りだ、俺が間違ってた。これからはまず精進する。約束するぜ!」 『ありがとうございますヤマダさん。ですが私はナナコさんではありま…』 「きっとナナコさんの口から『ダイゴウジさん』と呼ばせてみせる!約束するぜナナコさん!」 『いえ、ですから私はナナコさんじゃなくてですね、』 「うぉぉぉぉ!やるぞ俺はぁっ!!」 『ヤマダさん聞いてますか?ヤマダさん?』  だがヤマダはもう聞いていないようだ。コックピットから飛び出して絶叫している模様。うるせぇんだよ糞馬鹿!静かにしやがれこの腐れ○○○!などと少女が聞くには到底ふさわしくない凄まじい怒号までもが格納庫中に響きまくっている。 『……私、何か間違えたんでしょうか』  クスクスと笑う声が背後で聞こえたかと思うと、ちょっと悲しそうな顔のルリのウインドウがコックピットから消えた。    ナデシコのある佐世保ドックから少し離れた場所。静かな草原。  アキトの記憶が正しければ、そこは思い出の場所だった。背後の道路には通る車も少ない、風の音だけが聞こえる場所である。 「……」  その場所にアキトは寝転んでいた。ラピスとふたりで。吹き抜ける涼しい風に身をさらして。 「アキト、いかないの?」  ラピスがぽつりと言った。  ナデシコは目と鼻の先だ。歩いてでもたどり着ける場所にある。なのにアキトは行こうとしない。 「先に行けラピス。俺はもう少しここにいる」 「アキトがいかないなら、ラピスもいかない」  迷いもせずにラピスはそう答えた。寝転んだまま動きもせずアキトと同じ空を見ている。 「ラピス」 「いや」 「そうじゃない。頼みがある」 「……頼み?」  むくり、とラピスは起き上がった。 「ナデシコに行けといったのはユーチャリスがないからだ。おまえの能力はここでは生かせない。  だが、ナデシコなら」 「……必ずくる?」 「今さら逃げないさ。  ルリちゃんによろしくな、こっちのルリちゃんが俺を知ってるとは思えないが」 「……」  しばらくラピスは黙っていたが、「わかった」とだけ言うと立ちあがった。  アキトは寝転んだままその手をラピスの脚に伸ばすと、 「イメージ、佐世保ドック入口……行けラピス!」  こくっと頷いたまま、ラピスの姿がスッと消えた。  そしてアキトはまた元のように大の字になると、 「何か近付いてくるな……いよいよか」  そう、静かにつぶやいた。 [#改ページ] 変身[#「 変身」は中見出し]  町はいつもと同じ喧騒の中にあった。  人類は逞しい。毎週のように強大な宇宙人が襲ってくる時代にも普通に学校も開いていたというし、子供たちだってそこらで楽しく遊んでいたものだ。町はいつだって破壊と復興を繰り返している。いつだったか超獣に古いビルが粉々に破壊された時ですら、破片による近郊への賠償を割り引いても破壊費用よりは安いと喜んだオーナーがいたというから凄まじいものだ。  たとえウルトラマンに護られようと、壊れた街を建てなおすのは結局人間。  そんな姿はアキトやルリたちにも懐かしい。災害から立ち直る人間の姿はどこもそう大きくは変わらないのだと。 『みんなの地球、みんなで守ろう!連合地球防衛局です』 『ウルトラマンに頼りっきりはやめよう!にんげんだって戦えるんだ!』  アキトたちの記憶と微妙に、あるいは致命的にずれたテレビ広報。  戦意高揚番組は変わらないのだけど、仮想敵を持ち出すよりむしろウルトラマンをよくも悪くも指針とする報道が目立つ。なにしろウルトラマンを神と讃える宗教から存在するのだから、いかにこの世界にウルトラマンという存在が浸透しているかが伺えるというものだ。  そんな中、テレビのひとつがインタビューを流していた。 『ネルガル重工が新たなウルトラマンを説得、味方につけているという噂は本当ですかアカツキ会長?』 『どっからそんな変な噂聞きつけたんだい?困るなぁ。彼はフレサンジュ博士を助けてくれた恩人なんだ、気を悪くしたら申し訳ないだろ?』 『なるほど、では質問を変えます。最新鋭の新造戦艦を火星にやるという噂は本当なのですか?』 『うん、その計画は実在するよ?人命救助計画だけどね』  おぉ、という声が周囲からあがった。 『彼が今の火星について貴重な情報をくれたんだよ。なんでもね、フレサンジュ博士の他にも生存者がいるらしいんだ。だからこの計画がスタートしたんだよね』 『火星に生存者ですか!ではウルトラマンが人命救助を!?』 『違う違う、あわてちゃダメだって。いいかい?  ウルトラマンは確かに強い。だけどさ、大勢の人間を運ぶのは彼には無理だろう?だから一刻を争う状態の博士を急遽運んでくれたんだよ。生存者ありのニュースと一緒にね。  だったら後は僕たち人間が引き継がなくちゃね、せっかくの彼の情報が無駄になる前にさ。ちなみにね、その筋で軍にも協力要請してるところなんだ』 『ですが会長、現在の地球にそれだけの国力があるんですか?』 『なくはないと思うよ。だけど僕らとしても、地球を守るという大事な仕事をしている防衛隊や軍から力を回してもらうのは申し訳ないと思ってる。  だから僕らネルガルも当然力を尽くすよ?  あと、もし協力してくれるならアスカインダストリー、それにクリムゾンであっても受け入れの用意はあるよ。火星の事はネルガル一社で仕切る問題じゃないからね』  インタビューは続いている。ネルガル本社前にたたずむ巨人の記録映像と共に。  通りがかる人々はその映像を眺め「おや、ウルトラマンか」と目を細める。男の子は「すげえなー見たいなー」と喜び、女の子は「レッド族なのね。でも火星じゃ寒くないのかしら?」なんて首をかしげている。  そんな中、微妙に地球人とは違う風貌の男が「おや」と脚を止めた。 「どうしたの?ビオさん……あら、ウルトラマンじゃない?」  連れの地球人らしい女性は目を輝かせたが、男は微妙な顔をしている。 「……妙なウルトラマンだな」 「え?」 「宇宙警備隊ではないようだが……私の情報網に彼のデータがないんだ」 「地球に来たウルトラマンって民間人もいるんでしょ?確か」 「ああそうだ、だがそれでも限度があるんだよ。たったひとりで異星に出かける以上、やはり万一に備えて登録されているし最低限の訓練は受けるはずだ。わたしはいちおう情報員だし、この星は彼らと縁が深い。データはいちおう全て網羅している。  だが、彼のデータをわたしは持っていないんだよ」  ふむ、と男は腕組みをした。 「じゃ、ニセモノ?」 「それはないな。未確認の個体だが確かにM78星人だ。特有の波動をテレビごしにも感じるからね」 「そうなの?」 「ああ」  しばし男は思案していたが、 「うん、ちょっと船に戻って調べた方がよさそうだな。さやか君、よければだが来るかね?」 「いいの?」  気遣うような女性の声にビオは破顔した。 「もちろんだとも。食事のつもりがこんな事になってしまって申し訳ないが」 「ふふ、ありがとうビオさん」  異星人同士だが親密そうだった。ふたりはあれこれ会話しつつその場を去っていった。  ふと、流れつづけているテレビの画面が変わった。 『臨時ニュースをお伝えします。日本近海のチューリップのひとつが活動を開始した模様です……』    その少女は小さかった。少女というよりむしろ幼女というべき年頃だった。ピンク色の髪をしたその姿は間違いなく一桁代の年齢であり、普通に考えれば戦艦にのこのこ現れる年代ではなかった。 「ラピスさんようこそ、お待ちしておりましたよ」  にこにこと笑ってラピスを出迎えたのはプロスペクターだった。  うわぁ、かっわいい♪という声がいくつもあがった。  ブリッジには既にほとんどのメンバーが揃っていた。ハルカミナトはとっくに操縦席についていたし、メグミレイナードも通信機をあれこれ触って動作を確認していた。  艦長のブースにはアオイジュンがいる。ユリカは食事中で彼は留守番をしていた。  提督のブースにはフクベ提督がどっかりと座り込み、その横にはキノコことムネタケサダアキが不愉快そうにむっつり顔で立っている。そしてドアの横にドーンと立っているのは保安部のゴート・ホーリ。  フクベ提督は老人といっていい年代の軍人なのだが、頑是無い年頃の幼女の登場にさすがに驚いたようだがあえて口をはさまない。彼はラピスがウルトラマンの連れだというのをプロスペクターに事前に聞いていたからだ。ふむ、と頷いただけで椅子から立つこともなく、ラピスのまわりに群がるミナトたちを優しい目で見ていた。  ゴートは仏頂面のままだった。トーテムポールのように立ちすくんでいる。もっとも目だけはしっかりとラピスの姿を追っていたが。 「ところでラピスさん、テンカワさんはどちらに?」  アキトの行方を聞こうとしたプロスペクターに「ちょっと待ってて」とラピスはいい、とことことオペレータブースに近付いた。  そこには、ルリがいた。  ルリは黙々とオペレータ作業を続けていた。まるでラピスのことなど目に入らないかのように。 「ルリ」  たったひとことだけラピスは声をかけた。  ルリはその言葉にピタ、と動きを止めると、ラピスの方に向きなおった。 「……直接お会いするのははじめてですね、ラピスラズリ。あの日以来でしょうか」 「!」  その言葉にラピスの目が丸くなった。 「ふうん、ルリはあのルリなの……うん、ひさしぶり」 「ええほんとに」  ふたりは少しだけ微笑みあった。共に電子の友をもつ者同士の共感だった。 「もしかして、ミスマルユリカも?」 「はいそうですよ。ユリカさんもです……って噂をすれば」 「?」  その瞬間、自動のはずのドアが『どっしゃーん』と物凄い音をたてて開いた。油圧で開くのを待ちきれずに手で引き開けたためだろう。 「ルリちゃんルリちゃん、ラピスちゃん来たって?……って、うわぁ、かっわいいいいっ♪」  もちろんそれはユリカだった。さっきまで食べていた炒飯がまだほっぺたについている。  どこぞの馬鹿女学生のようにきゃぴきゃぴ全開の声で絶叫したかと思うと、思わずたじろいだラピスに突進しようとしたのだが、 「よらないで」  ぴしゃりとラピスは冷たく言い放った。 「……ラピスちゃん?」 「わたしはユリカが嫌い」 「どうして?」  不思議そうに聞くユリカに、眉をしかめてラピスは言った。 「わたしはアキトの目でありアキトの耳。ユリカのためにアキトがどれだけ苦しんだか、どれだけ泣いたかわたしは知ってる。  だからわたしはユリカが嫌い。大嫌い」 「……」  ユリカの嬉しそうな顔が、みるみる萎んだ。 「……そう」  そして憂いを秘めた笑顔でそういうと、ラピスにゆっくりと手をさしのべた。 「こないで」 「……」  じり、じり、とあとずさるラピス。近寄るユリカ。  そして壁に追い詰められたラピスを、ユリカはそっとだきしめた。 「……さわらないで。あっちいって」  そんなラピスの非難を、うん、うんと優しく聞くユリカ。 「ラピスちゃんは、アキトが大好きなんだね。アキトのつらい時に、ずっと護っててくれたんだね」 「……」 「ありがと、ラピスちゃん」 「……」 「きっとアキトはね、ラピスちゃんがいたから耐え切れたんだと思う。  アキトはそういう男の子だから。ほんとはちっとも強くないのに、大切なひとのためなら自分の限界もなにもかも越えて全力でがんばってしまう、そういうひとなんだから。  だから、ありがとね……ラピスちゃん」 「……」  ラピスはじっとユリカの優しい微笑みを見ていたが、 「やっぱり嫌い」  そういうと、つーんと顔をそむけた。うふふとユリカは苦笑していたが。 「失礼、ちょっとよろしいですか?」 「はい、なんですかプロスさん?」  いつのまにか近付いていたプロスペクターが声をかけた。 「失礼ですが……その、艦長はテンカワさんとお知合いで?」  微妙に声が震えていたのは気のせいではあるまい。  なにしろ相手はウルトラマンなのだ。ユリカがアキトと知合いということはつまり、ウルトラマンと知合いということなのだから。そりゃあプロスペクターにしてみれば驚天動地であろう。  そんなプロスペクターに、ユリカはにっこり笑って爆弾発言をかました。 「そりゃあもう。だって私はアキトの妻ですから!」 「……はぃ?」  世にも珍しい光景だった。あのプロスペクターが目を点にしていた。  いやプロスペクターばかりではない。提督席でフクベジンも目をひんむき、まさかという顔でユリカを見ていた。 「???」  当然ながら何も知らない周囲は、いったいなんなんだろという顔をしているのだが。 「……すみません、ちょっとよく聞こえなかったのですが。もう一度確認させていただきますよ艦長。  ラピスさんのお連れの方はテンカワアキトさんといいまして、火星はユートピアコロニー出身の男性です。彼はちょっと事情がありまして、いわばオブザーバーという形でこのナデシコに搭乗していただくことが決定しているのです。  重ねてお聞きしますが艦長、あなたの旦那様というのは本当にこのテンカワアキトさんなのですか?」 「はい、間違いありません。  まぁいろいろ事情がありまして、まだ籍はいれてませんからテンカワ姓は名乗れないんですけど」 「……ほ、本当ですかそれは!?」  信じられない、という顔でユリカを見るプロスペクターとフクベ。  ナデシコのブリッジには、わけのわからない異様な沈黙がたれこめていた。艦長席には真っ白になった目立たない好青年もいるがまあ、これは仕方ない事なので割愛。 「……すみません、こんな時に口を挟むのもなんですがあなたに聞きたいことがあります。ラピスラズリ」  と、そんな沈黙の中、ルリがぽつりと口を挟んだ。 「ラピスでいい。なに?ルリ」 「で、そのアキトさんはどうされたんですか?わたしとユリカさんはてっきり一緒に来るのかと思っていたんですが」 「……アキトは準備中」 「準備?……あ、もしかして」  ルリが眉をよせたのに、うん、と頷いた。 「いやな予感がするって」 「いやな予感ですか?そうですか……でもナデシコに乗らずにどうするつもりなんですか?」  ルリはまだ信じていなかった。  調べたところでは、ウルトラマンが地球圏に住むには擬態型と憑依型というふたつのパターンがあるということだった。アキトはれっきとした地球人だから、彼がもしウルトラマンならば憑依型ということになる。ひとつの身体に人間とウルトラマン、ふたつの個性が共存している状態だ。  愛しいひとの半分が異星人になってしまった。そりゃあ信じられない、信じたくないだろう。  ──だが。 「いやな予感?アキトがそういったの?ラピスちゃん?」 「うん。言った」  ラピスははっきりとユリカに肯定した。  ユリカはそんなラピスをじっと見ていたが、やがて顔をあげた。 「第一級戦闘体制に移行してください!みんな席について!ジュン君、全艦に警報発令!」  え、という声がブリッジに響いたが、ユリカは委細かまわずたちあがりコミュニケをオンにした。 『こちら艦長のミスマルユリカです。  本艦ナデシコは只今から戦闘体制に入ります。乗組員は全員所定の位置についてください。パイロットの方はエステバリスに乗り込み待機してください。作業員の方はただちに作業中止して下船、あるいは後部のレクリエーションブースに避難してください。  これは訓練ではありません。繰り返します、これは訓練ではありません!』  たちまち、けたたましい警報がナデシコ全艦に鳴り響きだした。 「ラピスちゃんはルリちゃんのとなりに。ルリちゃん、予備の座席とIFS端末出して。ふたりで力をあわせて相転移エンジンの始動!それにグラビティーブラストのチャージを急いで!」 「わ、わかりました」  突然きびきびと動き出したユリカに驚きつつも、ルリも指示に従った。 「ミナトさん、ルリちゃんの指示にしたがって起動シーケンスを」 「ん、わかったわ」 「メグミちゃん、軍の通信に注意して。怪獣警報と蜥蜴情報を聞き逃さないで!」 「わ、わかりました!」 「ウリバタケさん、整備班のウリバタケさん聞こえますか?」 『こちらウリバタケ、なんだ?』 「ナデシコの全ミサイルの弾頭を大急ぎで換装してください。換装できたものからどんどん装填してかまいません。安全装置は全部外してくださって結構です。弾頭は、全てスペシウム弾頭で」 『スペシウム弾頭だと!?」  通信の向こうでウリバタケが目を剥いた。 『っておめえちょっと待て、あれは怪獣や宇宙人戦にしか使っちゃいけねえ代物だぞ!』 「はい、出現の可能性が大です!」 『……わかった!三分待て!  おめえら作業中止だ!スペシウム弾頭を倉庫から出してこい!大急ぎだ!』 『うっす!』  艦内の全てが素晴らしい早さで動き出した。 「重力制御システム作動」 「相転移エンジン、第一、第二、第三始動準備。約三分後に始動します」 「船体固定ガントリー外します」 「ルリちゃん、格納庫上部ハッチの制御を確認して。エンジン始動と同時にハッチオープンするの」 「わかりました」 「ちょ、ちょっとあんたたち何勝手に戦闘体制なんか入ってるのよ!」  やっとこさ我に返ったのか、突然にムネタケがわめきだした。 「艦長命令です」 「あんたなんかに聞いてないわよ!」  平然と突っ込むルリに言い返すと、ムネタケはユリカに顔をむけた。 「だいたいなんでスペシウム弾頭弾なのよ!こんなとこに宇宙人やら怪獣なんて来るわけないでしょ!」 「来ますよ」  明解に断言するユリカに、ムネタケは一瞬言葉を失った。 「なんでそんなことあんたにわかるのよ!学校あがりの素人のくせに…」  そんなことを言い出したその瞬間だった。通信機に向かっていたメグミの顔色が変わった。 「チューリップ警報です!20km向こうのチューリップが動き出しました!」 「ナデシコのセンサーにも写りました、浮上したようで……!」  そこまで言ったところでルリが絶句した。 「どうしたの?ルリちゃん!」 「……チューリップに巨大生物反応、きます。前面モニターに投影」  ブリッジ正面に大きなウインドウが開いた。  そこには海原が写っていた。見渡す限り何もない広大な海の中に巨大なチューリップが顔を出しており、その開口部がゆっくりと開きつつあった。  だが、そこから出てきたのは無人兵器ではない。 「え……あれって」  そして、そこから巨大なハサミのような手が現れる。 「えぇ!?」  驚くような誰かの声。 「な、なんで!?なんでチューリップからあんなものが出てくるわけ!?」  セミを思わせる巨大な頭がのぞいた。  それはチューリップから「のそり」と出てきた。なんらかの手段があるのか水面にたちあがり、そして特徴的なハサミの手を二本、まるで威嚇するかのように掲げた。 『フォッフォッフォッフォッ!!』  それは異様な声で雄叫びをあげ、そして、のし、のし、と歩きだした。ナデシコのある佐世保ドックに向かって。   「|登録名称《レジストコード》確認しました。宇宙忍者、バルタン星人」  ルリは冷静にオペレートを続けていた。  完全に理解不能なものに出くわしてしまった時、ひとは理解を放棄してしまうものだ。今のルリがまさにそれだった。あまりの事態に思考が停止してしまい、ただ機械的にオペレート業務を黙々と実行していた。  いったい、あれはなんなのだ?  土と泥の塊のような色彩の異形の異星人は、まさに子供番組か悪夢の産物そのものだった。ただテレビや夢と違うのはそれが現実であり、身長50mを越える巨大な何かがこのナデシコのいる佐世保ドックにまっすぐ向かってくるという、その身の毛もよだつ事実であった。  その沈黙を破ったのは、ユリカではなくムネタケサダアキだった。 「何してるの!早く逃げなさい!逃げるのよ!」 「!」  あまりの事態に固まっていた周囲が、そのひとことで正気に返った。 「ルリちゃんラピスちゃん!相転移エンジンは!」  「だめですまだ飛べません。あと二分半かかります」 「バルタン星人のドック到達まで、あと三分」  少し慌て気味のルリと、冷静に敵を分析するラピスの声が重なった。 「三十秒あれば何とか逃げられるわ!バルタンの腕は重いから仰角補正にタイムラグがあるのよ!  艦長!今すぐ天井を開けなさい!補助動力でもなんでも使って一秒でも早く浮上するのよ!」  ルリやユリカが冷静ならきっと驚いただろう。あのムネタケが実に有能に激を飛ばしているのだから。  だが、ふたりにはそんな余裕はなかった。 「ダメです!今から開けたら狙ってくれというのと同じことです!」 「開けなくちゃ間に合わないのよ!何か時間を稼ぎなさい!大急ぎで!」  と、その時だった。 「エレベータにエステバリスが乗った」  ぼそ、とラピスが告げた。その言葉にルリがハッとして顔をあげる。 「ユリカさん!」  ユリカもすぐに頷き、 「ルリちゃん出して!」 「はい、モニター出ます」  バルタン星人のモニターの横に、エステバリスのコックピット映像が開いた。  はたして、そこにはヤマダジロウが乗っていた。 「ヤマダさん、どうしてそこに!?」 『悪いが話は聞いたぜ博士、ナナコさん!  俺がバルタンのやつを引きつける!ナデシコはその間に浮上してくれ!』 「ちょっと待ってください!たった一機では危険すぎます!」  それはそうだろう。相手は無人機ではない、思考力をもつ巨大な異星人なのだから。  さすがに顔色を変えたユリカだったが、しかしヤマダは首をふった。 『心配すんな博士!こちとら元防衛チームだぜ!  長時間となりゃ無理があるが、バルタン一匹振り回すくらいなら手はいくらでもある!』 「ですが!」  しかし、そんなヤマダを見たムネタケが口を挟んできた。 「いいわ艦長、あれにやらせなさい」 「副提督!?」 「あいつならできるわよ。アタシの記憶違いじゃなきゃあね」  そういうとムネタケはヤマダに顔を向けた。 「なんとも奇遇じゃない?ダイゴウジ・ガイ」  通信の向こうで、ヤマダが『げっ!』という顔をした。 『キノコじゃねえか!なんでそんなとこにいんだよあんたは!』 「キノコじゃないって言ってるでしょ?何度いえばわかるのあんたは!  そんなことより任せたわよ。あの時みたいに派手にやんなさい!今度は止めないわ!いいわね!」 『ああわかった!あんたがまた目ぇ回すくらいド派手にやってやるぜ!』 「ひとこと余計なのよこの突貫馬鹿!さあいきなさい!」 『ああ、任せろ!』  そんな言葉を残して、ぷつんと通信は切れた。 「副提督、ヤマダさんとお知合いなんですか?」  当然といえば当然の質問をユリカが投げた。 「認めたくないけどまぁ、そうね。腐れ縁かしら。  けどま、この状況であれほど使える男もそうそういないでしょ。アタシは苦手だけどね」  そう言いつつ、なぜか楽しそうに見えるのは気のせいなのだろうか?  実のところをいうと、ムネタケは元来かなりの熱血馬鹿だったのだ。ただルリたちの元の世界では熱血馬鹿というのは必ず貧乏くじをひく現実があり、この男も若いころから貧乏くじばかり引かされたあげく、ああいうキャラになってしまったという経緯があった。  この世界では事情が違うということなのだろう。  もしかしたらムネタケは、軍人より防衛チームにいた方が成功したのではないだろうか?人間相手に謀略だらけの軍と違い、仮想敵にぴたりと異星人や怪獣を据えた防衛チームはヤマダのような人材を受け入れやすい。若きムネタケにしても結構居心地がよかっただろうに。  歴代軍人だという家系のもたらした悲劇なのか。 「それより艦長、今のうちに発進なさい。いくらあの馬鹿でもバルタンには勝てないわ、犬死にさせないためにもね」 「はい!ルリちゃんラピスちゃん!」 「シーケンス最終段階。ナデシコ発進準備」 「頼みますよラピス、わたしは扉を開けますから」 「ん、まかせた」   「……やはりおかしい」  チューリップから出てくるバルタン星人を見た瞬間、アキトは眉をしかめた。 「木連はあいつらに滅ぼされた、ということか?だがそれにしても」  どうしてチューリップを彼らが使うのか?  バルタン星人はウルトラマンなみの速度で飛ぶこともできる。単独ボソンジャンプならまだしも、わざわざ面倒なチューリップを使う理由がわからない。どうして奴はそんな真似をするのか?  何か重要なことを、自分は見落としているのではないか?  アキトは考えていた。人間としての自分とウルトラマンとしての自分をフル動員し、奇矯な行動をとるバルタン星人の姿から『何か』を探ろうとしていた。  ふと、佐世保のドックからエステバリスが飛び出したのが見えた。 「ガイか」  他にいないだろう。  どうやら史実通りに骨折したりはしなかったようだ。偶然かもしれないし、他の理由があるのかもしれないとアキトは思った。ルリやユリカが何かやらかした可能性も少し考えたのだが、そもそも『史実』を知らないふたりが何かするとも思えない。だからそれはありえないだろうとアキトは結論づけた。  彼は知らなかった。ルリとユリカが逆行者であることを。  アキトがウルトラマンとなったことも知らず、全てを投げ捨ててふたりが追いかけてきたなどと。  もっとも、もし知っていたらラピスを向かわせたりはしなかっただろうが。 「ほう?これはまた」  ヤマダはぎりぎりまでバルタン星人に接近すると突然に軌道を変え、実にあっさりとバルタンの注意を引いてしまった。  バルタンの腕が動く。その巨大なハサミからミサイルのようなものが続々飛び出す。ヤマダはそれを危なげもなく横っ飛びで、しかしバルタンを焦らすようにギリギリで避けまくる。  踊るように軽い機動。いささか直線的ではあるが早さで見事にカバーしている。 「こりゃ凄いな」  思わずアキトは目を剥き、驚異的なヤマダの操縦に見入った。  相手が知性体であることまで計算に入れた陽動。今やバルタンは本来の目的だろう佐世保ドックから外れ、完全にヤマダに向いていた。  正直、当時のアキトはヤマダの熱血とゲキガン好きに反応していた。しかもヤマダはあの性格だし速攻で消えてしまったということもあり、素のヤマダの実力なんてほとんど記憶してなかった。  だが。 「む、まずいぞガイ!」  バルタンの動きがエステに追い付きはじめている。  いかに鈍かろうがバルタン星人は高度な知性体だ。頭も回れば応用もきくわけで、なかなかヤマダが捕まらないとみるや急速に動きを変え始めていた。ヤマダの動きのさらに先を読み、なんとか撃ち落とそうと工夫をこらしはじめる。 「そろそろ変身時か」  ウルトラマンは確かに強い。だが活動限界がある。太陽のエネルギーを受けられる宇宙空間ならまだしも、地上ではタイミングをはからないと自滅しかねないのだ。  佐世保の方で機械音がした。 「地上ゲート……?ナデシコか」  バッタやジョロがいないからだろう。せこい手は使わずに直接出てくるつもりらしい。  だが、アキトはその光景に眉をしかめた。 「待てユリカ、チューリップを忘れてるぞおまえ!」  ゲートの開口部からナデシコの上部が見えた瞬間だった。  バルタンを吐き出したまま静止していたチューリップから凄まじい勢いでバッタやジョロの大群が吹き出した。それは恐ろしい勢いで空にひろがり、目と鼻の先である佐世保ドックに急速に近付きはじめる。 「ったく、言ってるそばから!」  アキトはあわてて立ち上がった。  左手を心臓の位置に置いた。右手を斜め上、空に向かって掲げた。  その次の瞬間、    光が、ほとばしった。 [#改ページ] 孤高の戦士(中下)[#「 孤高の戦士(中下)」は中見出し]  ウルトラマンは神ではない。どんな能力があろうと生物である事には変わりがない。  事実、過去には憎しみのあまり復讐に走ったウルトラマンもいた。目的のためには手段を選ばないそのウルトラマンは、敵怪獣を倒すためなら街も人間も平気で犠牲にした。だがそうしたことが皮肉なことに人間たちにも「ウルトラマンとて人と同じ苦悩する生き物なのだ」という身近な印象を与える要因ともなった。  その姿はある意味、黒いテロリストとなり復讐にあけくれたアキトの姿にも似ている。  憎しみに燃えたウルトラマンはやがて光を取り戻した。彼は、彼を憎しみに走らせた愛する異星人と同じくらい人間も好きになり、後に多数の伝説を残した。決して強いウルトラマンではなかったのだが、光と影の両方をまとうその姿は、超人然としすぎて人間らしい伝説の少ない初期のウルトラマンとは別の意味で今も人気がある。  では、アキトの場合はどうなるのか?  アキトも同様に闇に堕ちた。復讐のために暴走し多くのものを失った。だがウルトラマンの心に触れることにより、少しずつ彼の心境は変化をはじめている。そして彼はまだ知らないが、彼を受け入れようとしている者はこの世界にもたくさんいる。  復讐者から、護る者へ。  彼の運命はここに、大きな転機を迎えようとしていた。   「チューリップ活動再開しました!物凄い勢いでバッタとジョロを吐き出してます!」 「うそぉ!」  その瞬間、ユリカは蒼白になった。  実をいうとユリカにはひとつの計算があった。異星人と無人兵器の関連だ。異星人との戦闘経験のないユリカはここ数日防衛チームの公式記録を虱つぶしに調べていたわけだが、少なくとも地球外での異星人と無人兵器の目撃には決まったパターンがあった。  つまり、両者はおなじ戦闘空間に現れない。過去の記録を見る限り、異星人のいるところには無人艦隊どころかバッタ一匹存在せず、そして逆もしかりだった。だから異星人であるバルタンが現れた以上、無人兵器はチューリップから出てこないと計算していたのだった。  考えてみれば、それは無理もないことだった。  現在のバッタやジョロを誰が操っているのかは知らない。だがバッタやジョロの知能は決して高くないわけで、操り手のはずの連中と敵の区別がつかない可能性があった。ましてや作戦行動など論外なわけで、だからこそ両者はひとつの戦闘空域に混在しないのだろうとユリカはふんでいた。  そしてそれは、実際に異星人との戦闘経験をもつフクベやムネタケたちも同様だった。だからこそ、チューリップからバルタンが出てきたことに驚いたのだ。それはこれまでの彼らの常識では「ありえない」ことだったから。  いやしかし、だがそれも無理からぬことだったろう。  彼らはその原因を理解していない。ユリカは真実にたどり着けるはずだが未だ知識が足りなかった。だからこそこの事態が起きてしまったのだから。 「ルリちゃん、グラビティブラストは!」 「まだです。それに発射できたとしても広範囲すぎて一撃殲滅は不可能です」  むしろ発射すれば、直後のフィールドの弱まったナデシコにバッタやジョロが群がる結果となろう。  ユリカは一瞬だけ躊躇し、そしてきっぱりと結論を出した。 「無人兵器とチューリップはとりあえず無視します!ミサイル発射準備!ミナトさん、大急ぎでチューリップから距離をとりつつバルタン星人を攻撃できる位置に移動してください!地上設備を巻き込まないためにもこの位置には留まれません!  ルリちゃんグラビティーブラストの充填続けて!ラピスちゃんはミサイルのホーミング制御スタンバイ!できるよね?」 「了解」 「わかった」  えぇ!そんな無茶な!という声が響いた。  ルリがオペレータとして有能らしいのは既にブリッジクルーは知っていた。だがナデシコに乗り込んだばかりのラピスに大量のミサイル制御ができるわけがない。そもそもラピスはまだせいぜい六歳かそこらの幼女なのだ。すくなくとも皆はそう思った。  だが、どんなに小さくてもラピスはあのラピスラズリ。ユリカは実際にラピスの戦闘を見たわけではなく話に聞いた以上の知識しかないが、少なくともミサイルの制御くらいは余裕だと思っていたし、それは実際ユリカの予想通りではあった。  と、その時だった。 「た、大変!ヤマダさん追い詰められてます!」  メグミが悲鳴に近い声をあげた。  ナデシコは急速に移動をはじめていた。だがバルタンを攻撃するにはまだ場所が悪すぎる。そして背後にはますますひろがりつつある木星蜥蜴の群れ。グラビティブラストはエネルギーが足りない。  万事休すか?ヤマダを見捨てて逃げるしかないのか?  いやそれも無理だ。たとえヤマダを見捨てたとしても無人兵器を全部振り切って逃げるなんてできない。迎撃用ミサイルは全てスペシウム弾頭に代えているから対無人兵器戦には使えないし、まごまごしていたらヤマダを屠ったバルタンも追ってくるかもしれない。  ぎゅ、とユリカの眉がしかめられたその瞬間だった。  ぱぱ、ぱぱ、とまるで落雷のような閃光が周囲に走った。そしてその瞬間、驚くべきことが起きたのだ。  バルタン星人が「ぎょっ」としたように動きを止めた。うろうろと何かを探すように視線をめぐらしはじめる。 「な、なんですか?」  これ以上なにが起きるんですか、とルリが不安げにオモイカネに問いかけようとしたまさにその時、 「──くる」  黙々と作業していたラピスが突然、外見通りの幼女のように微笑んだまさにその瞬間、    ──巨大な光の玉が、ナデシコの隣に突然落ちてきた──    どーん、という凄まじい衝撃が空中のナデシコにまでも響いた。  それは光なのに膨大な質量を持っていた。つまりそれは、光の中に巨大な何かがいるという証でもあった。 「な、」  突如としてルリの目の前にウインドウが開いた。そしてそこには、 『ウルトラマン出現。|登録名称《レジストコード》不明、走査中』  そう表示されていた。  やがて光が消えた時、そこには赤と銀の巨大な異星人が立っていた。  ナデシコは長さ200m以上、高さも100mを越える。その大きさからすれば確かにその異星人は小さかった。せいぜい50m、向こうで立ちすくんでいるバルタン星人とそう大きさは変わらない。  だが、その巨体はあくまで一個の生物。  あなたがかりに潜水艦乗りだったとして、海中でクジラに出くわしたらどういう感想をもつだろうか?かりにそのクジラが潜水艦と大差ない大きさだったとしても、水中の視界効果もあいまって途方もない巨大生物に見えてしまうはずだ。一個の生命体が大きいというのは数値の上だけの話ではない。発する存在感が威圧感となり、生命感が実際よりもはるかに巨大に、そして迫力あるものに見せるものなのだから。  まして相手はウルトラマン。人類史上最強の超生命体! 『セャッ!』  ウルトラマンは何を思ったのか突然叫び、そして右の拳を上に掲げた。たちまち拳に光が集まり輝きはじめる。 『タァッ!』  ちょっと間抜けなかけ声と共にその右手を平手に代えて木星蜥蜴の群れの方に突き出した途端、その手から凄まじい光のシャワーが吹き出した。 「……!」  ルリの目が点になった。  その冗談のようなひと凪は、まるで放水でもするかのように簡単に蜥蜴の群れをなぎ払っていく。たちまちのうちに爆発は空の一面を覆い、無数の蜥蜴がぼろぼろと海面に落ちたり爆発したりしはじめる。 『|M87《えむはちなな》スタイルの光線技です。記録によると彼らの一族で「隊長」と呼ばれるウルトラマン、ゾフィーが得意とするもののようです。ただし火力はずっと弱いようですが』 「弱いって……あれがですか!?」  唖然としてウルトラマンを見るルリ。  その光線はこのナデシコのグラビティブラストに匹敵する破壊力を持っているようだ。しかもそれを軽々と発射し続け、蜥蜴たちをチューリップもろともみるみる焼き付くしていく。  しかもこのナデシコはルリたちの世界のナデシコとは違う。基本は変わらないが武装ひとつひとつの破壊力はずっと上なのだ。  生身の生命体でこれほどまでの破壊力。それでも弱いというのか。  それでは、強いウルトラマンというのはいったいどれほどの化け物なのか?  ぞわ、と寒気のようなものをルリは感じた。 「メグミちゃん拡声器セットして!」 「はい?拡声器ですか?」 「うん、そう!早く!」 「あ、は、はい!」  背後では何を思ったのか、ユリカが妙な指示を出している。  かちゃ、とマイクをオンにする時特有の機械音がしたかと思うと、 「いけない」 『アキト後ろ!』  ラピスが顔色を変えるのと、ユリカがマイクに向かいさけぶのはほぼ同時だった。 「!」  ウルトラマンはその瞬間、ハッと気づいたように横に飛び退いた。その直後、ゴウンと風きり音をたててバルタン星人の巨大なハサミが通過する。  いつのまに側まできていたのか。それもまったく音すらもなく。  すぐそばにナデシコがいるのにバルタンは見向きもしない。もはやウルトラマンしか見ていないようだった。 「ミナトさん後退してください!ラピスちゃん照準補正!」 「了解!」 「もうやってる」  たちまちのうちにナデシコは巨大な異星人たちから距離をとった。 (……アキト?)  その中で、メグミは不思議そうに首をかしげ、そしてユリカを見上げ、そして 「え……えぇっ!嘘っ!」  あっけにとられて呆然とウルトラマンを見た。 「ミスター、俺の聞き間違いかもしれないが……もしかしてあのウルトラマンは」 「ええ、そうですよゴートさん。あのウルトラマンはオブザーバーのテンカワさんです。  彼がオブザーバーである理由はもうおわかりですね?ウルトラマンは人間の歴史や戦争には基本的に関与しませんから、彼を戦闘員に加えるわけにはいかないのです。まぁ加えても戦ってはくださらないでしょうが。  でもまぁ、それでも今回ようなケースにはこれほど心強い味方もおりますまい。なにしろウルトラマンですから」  そりゃそうだろう。対宇宙人戦においてウルトラマンつき。これ以上心強い護衛がこの世のどこにあるというのか。 「艦長の件でしたら私も初耳です。あとでご本人に確認の必要がありますな」 「……」  ゴートはそのまま、ふたたび難しい顔でだまりこんだ。  実際これは笑いごとではない。憑依型もふくめ、少なくとも公式にはウルトラマンと人間の婚姻記録なんて今まで一度も知られていないのだから。  これは間違いなく大騒ぎになる。それも全地球規模のとんでもない騒ぎに。  ウルトラマンたちの気持ちはどうあれ、地球にウルトラマンを求める声は昔から多い。今まで彼らはその人間体が露呈した場合、ほとんどがM78に帰還していたが無理もないことだ。最初のウルトラマンから二百年以上が経過した今だが、未だに人類はウルトラマンと同じ力を得るには至っていない。ウルトラマンをあの手この手で欲しいと考える者、あるいはウルトラマンを軍事バランスを崩す危険物と考える者。いくらウルトラマンに好意的といえど人間の欲望は果てしない。こういう点はルリたちの世界もこの世界もまったく変わることがない。  ゴートは艦長席を見上げた。 「アキト、ファイト!」  この|娘《ユリカ》は今後、普通の生涯は送れないだろう。だが本人はそれを理解しているのだろうか?  ゴートは知らない。元の世界でユリカがどんな悲惨な目にあっているかを。  お馬鹿であるが戦略の天才であるユリカが、アキト=ウルトラマンと知った時点でとっくにその可能性に気づいていることを。  そして、そんな皮肉な未来をも笑って受け入れずみだということも。 『てゃっ!』  ウルトラマンがバルタン星人を蹴飛ばした。  バルタン星人はスペシウムの光に弱い。その意味では光線をぶつければ本来、簡単に倒せる相手のはずだ。  だがアキトと融合したウルトラマンは知っている。彼らが苦心の末スペシウム光線を反射する技術を得ていることを。だから光線技は使わない。 『せいっ!』  右手をふりかぶり、何かを投擲した。  投げたのは高速回転する光の輪だ。それは真っ正面からバルタン星人に迫り、ガション、と異音をたててその首を通り抜けた。 『……』  バルタン星人はしばし棒立ちになり、 『……』  ぐらりと首が揺れ、そして落ちた。 「おぉ!やりましたな!さすがですテンカワさん!」  うんうんと頷くプロスペクター。  だが。 「いかん!さがれウルトラマン!」 「まだよ、まだ死んでないわ!」  じっと見ていたフクベが警告を発し、ムネタケが叫んだ。 「え?」  ユリカが眉を寄せた次の瞬間、 『……』  沈黙している首なしのバルタン星人から、何かスモッグのようなものが物凄い勢いで吹き出しウルトラマンに襲いかかった。 [#改ページ] 孤高の戦士(下)[#「 孤高の戦士(下)」は中見出し] (警告・グロな描写があります)   「いかん!さがれウルトラマン!」 「まだよ、まだ死んでないわ!」  じっと見ていたフクベが警告を発し、ムネタケが叫んだ。 「え?」  ユリカが眉を寄せた次の瞬間、 『……』  沈黙している首なしのバルタン星人から、何かスモッグのようなものが物凄い勢いで吹き出しウルトラマンに襲いかかった。 「!」  刹那、ビクビクっとラピスの身体が激しく痙攣した。 「ラピス!?」 「ラピスちゃん!?」  ラピスはそのまま、ルリサイズの椅子に埋もれるようにして気絶した。    ふと気づくと、アキトは暗い場所にいた。  錆びた金属の匂いがした。どこからかそれは血臭と混じっていたのだが、錆の臭いとないまぜになり、その境界をアキトは感じることができなかった。 『それは!人類の未来のため!』  ふと唐突に、そんな声が聞こえた気がした。 「……ここはどこだ」  今は戦闘中のはずだ、とウルトラマンとしての自分が警告を発する。この状況はおかしい、確かめろとアキトの中の何かが叫びをあげる。  自分はいったい、どうなってしまったのか。  アキトは立ちあがり、歩きだした。  そこは廊下だった。じっと目をこらしたアキトはその場所に気づいた。 「市民船の廃墟?」  そう。木連の市民船だ。  人々が火星などに移住した後の市民船にアキトは来たことがあった。それは火星の後継者の探索であり、もう戻れない過去という名の未来のことだったのだが。 『さぁ、みんなで叫ぼう!正義はひとつだ!』 『レッツ!ゲキガイン!』  あるはずのない幻聴が聞こえる。いないはずの歓呼の声が響く。耳が痛いほどに。  いったい、何が起きている?  目の前に扉があった。いったいいつのまに現れたのか。  アキトは躊躇しつつその扉を開き、 「!」  そして、固まった。    もういない群集がそこにいた。  いないというのは、既に彼らが死者だからだ。腕がもげ首が曲がり、あるいは黒く変色した血にまみれていた。一様におぞましいほどの屍臭を放ち、中には半分骨になっている者までいる始末だった。  それが見渡す限り、広大な空間に満ち満ちていた。 「……」  アキトはその奇怪な『群集』を凍った思考のままぐるりと眺めて、そしてそれに気づいた。 「草壁……春樹」  そこには、ずるずると腐肉をひきずりつつ叫ぶ草壁がいた。  眼窩から蛆がこぼれ落ちた。既に骨だけになった指を突き出し空を指さす。 『正義は我らにあり!悪の地球人たちをうち倒すのだ!さぁ、もういちど叫ぼう!』 『レッツ、ゲキガイン!』  ごぶぁ、と蛆だらけの真っ黒な血液がこぼれた。腐りきった血液から総毛立つほどの凄まじい異臭がひろがった。  おぉ、うぉぉぉ!と死体の群れたちがその声に応えて雄叫びをあげる。 「……なんだこれは」  アキトの顔は蒼白を通り越して白くさえあった。 「なんなんだこれは!」  ぴしゃり、と腐った血が足元で跳ねた。 《マイナスエネルギーのようだな》  アキトの中で冷静な「何か」が告げた。 「マイナス……エネルギーだと?」  ああそうだ、とそれはアキトの声に応えた。 《人間の心がもつ負の感情のエネルギーだ。昔、同胞の報告書で読んだものでワタシも目にするのは初めてだが、おそらく間違いないだろう。  地球圏に攻め込もうと気炎をあげる彼らを誰かが利用したのだろう。彼らはその情熱も怨念も全てそのまま、地球に対する強大なマイナスエネルギーとして固定されてしまったのだろうな》  それは淡々と語ってはいるが、憤慨とも憐憫ともつかない感情を滲ませていた。 「そんなものが物理的エネルギーを持つというのか?」 《条件さえ揃えばな。かつては、たったひとりのマイナスエネルギーが怪獣をも呼び寄せ、小さな人形をウルトラマンもどきの巨人に変えたという》 「馬鹿いえ、そんなことありうるもんか」  アキトは首をふった。 《……俺の時には何も起こらなかったのに、かね?》 「!」  声の語りに、アキトはギョッとして顔色を変えた。 《きみの言いたいことはわかる。だがワタシにもそれはわからない。ワタシはそちらの専門家ではないのだからね。  強いていえば世界が違うから、かもしれないな》 「世界が違う?」  そうだ、と声は頷いた。 《きみの世界にはウルトラマンは存在しなかったし、たくさんの異星人が攻めてきたりもしていなかったのだろう?  これほどの違いがあるのだ。これも差異のうちなのかもしれない》 「……」  納得できない、という顔でアキトはうつむいた。 《まぁ詳しくはワタシにもわからない。だがこれだけはわかる。あのバルタン星人も被害者なのだろうな》 「……どういうことだ?」 《彼らがこの事態を引き起こしたのか、あるいは興味をもって調査にきたのかはわからない。だが結果として彼らはこのエネルギーに汚染されてしまったんだろう。  地球人は弱い生命体だ。だが地球人の感情がもつエネルギーはおそるべき力を秘めているんだよ。この通りね。  彼らはそれを甘く見た。迂闊に近付いた途端、取り込まれて怨念に支配されてしまったんだろうな。おそらく彼らはそれが自分の意志なのか、操られた結果なのかもわからなくなっていたに違いない》 「……」  アキトは呆然と、うごめくおぞましい死体の群れを見た。 《打ち破るのだ、テンカワアキト》  声は響いている。 《きみがここに引き込まれたのは、きみにも同じ闇があるからだ。……そしてワタシもな》 「!」  その声のもつ意味に、アキトは目を剥いた。 《この闇は我々でもあるのだ、テンカワアキト。そしてきみはそれを打破せねばならない。きみを待つ大切な人々のために》 「……無理だ」  アキトは怯えていた。なかば腰が引けていた。 《やるのだ、テンカワアキト》 「……できない」  ぼそ、とアキトはつぶやいた。  声のいうことは確かに正しかった。ある意味この闇はアキト自身の一部でもあった。だからこそアキトは、ここに取り込まれてしまった。  アキトの耳に、自ら殺してきた者たちの声が聞こえる。 (いやだ、いやだぁぁ、助けて助けてくれ!) (おまえは、そう言って泣く罪もない人々に何をした?俺やユリカに何をした?)  助けを乞う者たちの頭を撃ち抜いた。頭蓋がふっ飛び脳漿が飛び散った。  おぞましい光景を前に、復讐の昏い悦楽に酔っていたアキト。 (憎しみなど何も生み出さぬ。無力な復讐人よ、悪いことは言わぬから諦めよ。生き延びたことを幸運と思い生きるがよい) (ふざけるな北辰!俺は、俺は貴様らを絶対許さない!!)  全身を暗い怒りに染め、立ち塞がる者は老若男女おかまいなしに皆殺しにしてきたアキト。  その怨念とこの目の前の地獄に、どれだけの違いがあるというのか? 「そんなこと……俺にはできない!」  じり、と後ろに少しだけ下がったところで、 『おにいちゃん』 「!」  アキトはその声にギョッとして、そして振り向いた。  そこにはなかば白骨化し、石のないペンダントをぶらさげたひとりの少女がいた。笑っているのだろうか、しかし唇もほとんどないので表情がわからない。 「アイちゃん!?そんなばかな!」  イネスはネルガルで治療中のはずだ。なぜ彼女がここにいる?  唖然としたアキトの中で、冷徹な声が響く。 《それはワタシのせいだろう。すまない》 「どういうことだ!?」 《きみとワタシが出会った時、それは起きたのだろう。  もともときみとワタシは別の世界の存在だった。きみの世界にはウルトラマンなどというものは存在せず、またワタシの世界にも古代火星遺跡やボソン・ジャンプなどとよばれるものは存在しなかったのだから。ささいな偶然と歪んだ空間、それが本来交わらない存在のワタシときみを軸に結び付いた。新しい確率世界がひとつ生まれてしまったのだ。  全ては推測にすぎない。だがおそらくこれは事実だ。きみとワタシがはじめて会話したあの時、すでにこうなることは決定事項だったに違いない》  アキトは愕然として、なかば白骨になっている少女を見ている。 「じゃあ……この世界のアイちゃんは」  声は小さくためいきをついた。 《きみの想像通りでほぼ間違いあるまい。  ワタシときみのふたつの世界が交わる時、ほとんどはそのまま新たな世界にも複写された。だが『アイちゃん』はたまたまその両方の世界に接点があったのだろう。過去におけるボソンジャンプのせいかもしれないな。  ゆえに彼女は致命的なタイムパラドックスを内包してしまい、結果としてふたつに分かれてしまった。このようにな》 「……」  がっくりとアキトは、少女の前にひざをついた。 「……じゃあ結局、全部俺のせいじゃないかよ」  ゆっくりとアキトのまわりに周囲の闇が侵蝕をはじめていた。 「とうとうアイちゃんまで……アイちゃんまで!」 《違う、それは違うのだテンカワアキト。きみのせいではない》  その声は届かない。アキトはゆっくりと闇に包まれていく。   「!」  ピク、とその瞬間、艦長席のユリカが反応した。 「違うアキト!そうじゃないの!」 「ゆ、ユリカ!?」 「負けちゃだめだよアキト!ファイト!」  ついさっきまでセリフもなく空気同然だった青年が、突然に叫びだしたユリカに目を点にした。  ナデシコの前には立ったままの首なしのバルタン星人、そして黒い雲のようなものに包まれ固まっているウルトラマンがいる。ブリッジの皆はウルトラマンに起きた異常事態に言葉をなくし、呆然とその事態を見守っていたのだが。  突然に動き出したユリカは、ばんっと艦長席のパネルを叩いた。 「ミサイル照準変更!目標、ウルトラマン!一発でかまいません!」 「な……!」  驚いたのは周囲の面々だった。 「ばかな!スペシウム弾頭をウルトラマンに撃ち込むというのか!」 「それくらいじゃアキトは死にません!気つけ薬です!」  なんとも過激な気つけ薬もあったものだ。 「ルリちゃん!ラピスちゃんは」 「まだ失神してます」  たぶん『原因』が回復するまで動けないでしょう、とルリは小さくつぶやいた。  だがその声をユリカはまるで聞こえているかのように、 「うんわかった。ルリちゃん、ミサイル制御を引き継げるかな?」 「わかりました……どうぞ」  さすがに早い。自分の船だけあってルリはその全てを把握している。  ユリカはそれに頷くと、 「スペシウム弾頭弾発射!」 「発射します」  ドン、という発射音がしてナデシコが揺れた。  通常のミサイルではえりえない奇妙な軌跡を描いてミサイルが飛ぶ。弾頭となっている物質スペシウムのせいだ。この物質を人類はミサイルの弾頭にすることまではできたが、その根本的な性質は未だに理解しきれていない。 「ってルリちゃんどこ狙ってるの!」  発射の瞬間、行き先に気づいたユリカが『げっ!』という顔をした。  だがもう遅い。そのままミサイルはウルトラマンの後頭部に突っ込んで行き、ものの見事に命中した。  ──ドン。 『ダァッッ!』  人間でいえば、後頭部を木材でぶん殴られたようなものだろう。ウルトラマンは笑えるほど見事に前のめりにひっくりかえった。そのまま「グオォォォッ!」とか言いながらのたうち回る。 「な……なんか間抜けな光景ねえ」  ぼそり、と操舵席でハルカミナトが苦笑いする。反対側の通信席でも、メグミが「笑っていいのかなぁ?でも悪いなぁ」というような複雑な顔で巨大なウルトラマンを見ている。 「……実害はきっとありませんよ」  ルリがちょっと困ったように言った。  そりゃないだろう。人間のスペシウム弾頭くらいでウルトラマンがどうにかなるわけがない。 「でも痛そうだよ!ルリちゃん、め!」 「命令したのはユリカさんですが」 「背中にあてればいいじゃない!どうしてわざわざ頭を狙うの?」  いかにウルトラマンでも頭は小さい。わざわざミサイルで狙うべき場所ではないだろう。  加えてその背中は強靭だ。なにしろ数万トンとも言われる巨体を支えているのだから。たかがミサイル一発でどうなるものでもないだろうとユリカは予測していたわけだ。 「人型の生命体ですから。後頭部をぶん殴れば目覚しには最適かと」 「効きすぎ!弱くてもミサイルだよ?」 「ちょっとあんたたち!戦闘中にほのぼの会話すんじゃないわよ!」 「あ、はい」 「すみません」  ムネタケが呆れたように突っ込み、ユリカたちは素直に謝った。 「それより見なさい、バルタンが動き出したわよ!」  首無しバルタンが活動を再開していた。  それは先刻の動きとは違っていた。何かに操られるかのように機械的に、まっすぐ両手をもがいているウルトラマンに向ける。バルタンの上半身が何か黒い波動のようなもので満たされ始める。 「やられる!」 「ミサイル照準変更!バルタン星人の胴体へ!全弾発射!」 「了解」  だがナデシコがそれを発射する前に、 『スペシウム弾頭弾、|発射《ファイヤー》!』  そんな暑苦しい声と共に、バルタン星人の背中にミサイルが撃ち込まれた。  頭がないことでバランスがおかしいのか、バルタン星人はその一撃であっさりとひっくりかえった。 「え?今の誰?」  ユリカが驚いた次の瞬間、 「ヤマダさんです。ヤマダ機戦線復帰。あれです」  ルリの言う通り、バルタンに近い場所の建築物の上にヤマダのエステバリスが立っていた。  大きなロケットランチャーを構えて。  そして通信に声が響いた。 『起きろウルトラマン!バルタンはまだ倒れちゃいねえぞ!』    ウルトラマンが現れた時、ヤマダは即座に行動をはじめた。元防衛隊としての責務にしたがって。  急いで佐世保ドックに向かった。おりしも周囲の目は完全にウルトラマンとバルタン星人に向いており、誰も戦闘から離脱したピンクのエステバリスに注目なんかしていない。  倉庫に駆けつけたヤマダはハッチを開き、警備員に呼びかけた。 「防衛隊予備役ヤマダジロウ。緊急事態だ!対異星人用スペシウムランチャーを貸せ!」 「わかった、案内する」  うむと頷き、ヤマダはエステバリスごと警備員に続いて中に入った。  宇宙人の脅威にさらされているこの世界では、兵器を扱うところ必ず予備の対宇宙人装備を一式置いてある。大抵は個人利用のできない機動兵器用なのだがエステバリスなら問題ない。怪獣や宇宙人の出現中ならば特例として、現場の判断で所属を越えて提供していいことになっていた。それはいわば戦時特例であるが、それほどまでに地球の状況は常に深刻だったのだろう。  ナデシコでスペシウム弾頭を目ざとく発見していたヤマダは、もちろん置いているだろうと判断していたのだが。 「これだ。ウルトラマンを頼む」 「おう!任せろ!」  さすがネルガル、新品じゃねえかと驚きつつもヤマダはそれをエステバリスで担いだ。 「おまえらも避難しとけ。あのバルタンは普通じゃねえ、何が起きるかわからねえぞ」 「わかった。感謝する」  そんなわけでヤマダは再び飛び出した。  手近な建物に飛び乗った時、ウルトラマンは黒い霧に包まれていた。バルタンは首のないまま直立していたが、巨大な二足歩行生物であるバルタン星人がまだ倒れてないことにヤマダは眉をしかめた。 「野郎、まだ死んでねえのか。どういうことだ」  相手は万トン単位の巨大生物だ。死ねば当然だが自重で昏倒する。それがないということは?  注意深くヤマダは周囲を観察する。  最悪の場合、あのバルタンは遠隔制御という可能性もある。どこかで別の異星人がバルタン星人を操っており、こちらの隙を狙っているという構図だ。長い宇宙人との戦いの歴史では、生命のない泥の塊を念動力で動かして怪獣とする異星人の存在も確認されていたから。  だがその時、ナデシコがウルトラマンを撃った。スペシウム弾頭で。 「……おいおい無茶すんなよ」  おそらくは黒い霧をはらうためだろうが、なんて乱暴な。  だが、その一撃でウルトラマンから霧が離れた。当人は可哀想に痛そうにもがいているが、変な霧に包まれたわけのわからない状況よりは千倍ましというものだろう。  とりあえずウルトラマンは問題ない。 「ち、やっぱり死んだふりかよ」  首のないまま動き出したバルタン星人に、ヤマダはケッと毒舌を吐いた。  ウルトラマンは確かに強い。だが意外に純朴な性格で敵の奸計には弱い──それはヤマダが防衛隊時代に老齢の上司に聞いたことだった。あまりの強さゆえか、彼らは人類ほど性格が捻くれていない。それは長所ではあるのだが、危険な宇宙人相手には弱点となりうると。  だから、自分たち防衛隊がいるのだと。 「待ってろウルトラマン、俺たちがついてる限りおまえには負けさせない!」  戦地に返り咲いたヒーローの顔でヤマダは言った。  巨大なランチャーを構え、それをバルタン星人に向けた。危険物発射時のセオリーに従って通信をオープンにする。 「スペシウム弾頭弾、|発射《ファイヤー》!!」  ドン、と凄まじい衝撃がきて、ミサイルが発射された。  ミサイルは黒い軌跡を描いてバルタン星人の背中に飛び、ものの見事に命中した。よっしゃ、とガッツポーズを決めるヤマダ。 「起きろウルトラマン!バルタンはまだ倒れちゃいねえぞ!」   《違うアキト!そうじゃないの!》  突然にその声は響いた。 《負けちゃだめだよアキト!ファイト!》  それはミスマルユリカの声だった。ユリカの声はまるでアキトのすぐ隣にいるかのように優しく、そして強くアキトに呼びかけた。 「!」  その声にものの見事にアキトは反応した。よろよろと立ちあがり、闇を払おうと力なくもがきはじめる。  それはかつての、傷ついてぼろぼろの王子様の姿。 《……》  先ほどまでの声は何か言いかけたようだが、結局何も言わなかった。ただ雰囲気はしっかりとアキトにも伝わった。  『それでいいのだ、行きたまえテンカワアキト』と。 「……俺は」  アキトはゆっくりと、歩く死体のままじっと立っているアイちゃんを見た。  「アイちゃん」  不思議そうに首をかしげたアイちゃん。その動きはアキトの知る生前の彼女とまったく変わらない。 「ごめんなアイちゃん、俺はきみと一緒にはいられない」  アキトの身体から光があふれ出した。 《起きろウルトラマン!バルタンはまだ倒れちゃいねえぞ!》  ガイの声がした。立ち上がれ、立って戦えと叱咤する声だった。 「俺はまだ……俺はまだやることがあるんだ!!」  突如、闇が裂けた。    うごめいていたウルトラマンの身体が、突如として炎に包まれた。  激しい闘志だった。ウルトラマンとしての強大な生命力、そして敵を残さず消滅させようという不滅の心が、その身体を猛烈な炎で燃え上がらせた。  そして、ゆっくりと立ち上がった。  その胸のカラータイマーもいつのまにか、赤く点滅をはじめている。膨大なエネルギー消費を暗示するかのように。 「まさか……ウルトラダイナマイト!?」 「いや違うな」  驚くムネタケにフクベが冷静に返した。 「ウルトラダイナマイトは特別なウルトラマンにしか使えないという。彼にそこまでの能力はあるまい」  ウルトラマンの炎を見たユリカも頷いた。 「グラビティブラスト発射準備!」 「了解」  ウルトラマンの両手が真横に開いた。  そして拳を握り、ぐぅぅぅっと踏ん張るように腕を前にもってきた。炎がそれにしたがい、全身から両腕に収束していく。  炎は収束し、とうとうまばゆいばかりの強烈な光になった。  同時にナデシコの前面にもグラビティ・ブラストのエネルギーが広がっていく。 「グラビティブラスト発射!てぇーっ!」 『タアーッ!!』  そんなかけ声がウルトラマンから発せられた瞬間、その光は玉となりバルタンに襲いかかった。  同時にナデシコからも強烈なグラビティ・ブラストウェイブが照射された。  バルタンは凄まじい光と重力エネルギーに包まれたかと思うと、 『……!……!……!!』  強烈な光とエネルギーの中で溶解するように、静かに消えていった。   「やったぁぁぁっ!」  勝利と喜び、そして安堵の叫びがブリッジに響き渡った。 『アキトおつかれさま、ナデシコに収容するから戻ってきてくれる?ラピスちゃん待ってるよ』  巨大なウルトラマンに普通に呼びかけているユリカにも皆はもう驚かない。目の前の喜びに浸っているようだ。フクベですらウンウンと満足げに頷いている。 「やれやれね。……ガイ、聞こえるかしら?」  ブリッジモニターの端の方に、小さくヤマダの顔が写った。 『ようキノコ。すまねえが』 「さっきのランチャーの使用報告ね?あとでアタシの部屋に来なさい。そこで書けばいいわ」 『俺が書くのかよ!』 「使用者が書くのが当然でしょうが!」 『軍の規約を俺に押しつけるなよ!』 「いいからいらっしゃい!話もあるんだから!  ったくもう、コーヒーくらい出してやるから。詳しい報告もその時に聞くわ。  とにかく、今はおつかれさま」 『ああ、ありがとな。んじゃ、ヤマダ機只今から帰投する』 「ええ」  にっこりと機嫌よさげに手をふるムネタケだった。  実際にシリアスな話があるかどうかは疑わしい。どうせ旧交を温めて世間話でもするつもりなのだろう。やれやれとヤマダは頷き、だが礼の言葉だけは忘れなかった。  やはり、ふたりは友人のようだった。 「あれ、音声通信です。艦長あてです」 「つないで、メグミちゃん」  ユリカは「わかってるよ」といわんばかりに笑い正面モニターに向き直った。  通信には映像はない。『サウンドオンリー』という文字、それに『ウルトラマンからの電波を要約しています』というオモイカネのテロップが流れているだけだ。  ウルトラマンから、の文字に数人のクルーが目を丸くした。  だが次の瞬間、皆は別の意味で驚いた。 『おいユリカ、いったいどういうことだ?どうしておまえがそこにいる?』  巨大なウルトラマンとは別の意味で意外な声。若い男性の声だ。朗らかですらあった。 「どうしてって?ユリカはナデシコの艦長だよ?知ってるでしょ?アキト」 『違う!俺が言いたいのはそういうことじゃない!どうしておまえが俺を知ってるのかと』 「だってユリカはアキトの奥さんだよ?旦那様のいくところにはユリカもお供しなくちゃ!」  ある意味女性差別的な発言を朗らかに言うユリカ。 『笑って言うことか!おまえ自分のやってることの意味わかってるのか?』 「あーひどいなアキト。アキトは私が邪魔なの?まさかウルトラマンになったら私が嫌いになっちゃったの?  あ、もしかしてウルトラマンの可愛い女の子に浮気してるの?ダメだよアキト!」 『そんなこと言ってないだろうが!つーか曲解するな!』  通信に呼応するかのように巨大なウルトラマンが頭をかいている。なんとも間抜けだ。  ウルトラマンと痴話喧嘩する女、ミスマルユリカ。  ついでにいうとこの通信は完全オープンだ。この通信はネルガル、軍、さらに遅れて駆けつけつつある防衛隊、ついでにマスコミにもしっかりキャッチされている。 「あー、おふたりともよろしいですか?」  プロスペクターが朗らかに割り込んだ。 「細かいご事情はわかりませんが、どうやらテンカワさんは艦長から逃げておられたのですな。まぁわかります、なにしろウルトラマンですからねぇ。いろいろ問題もおありでしょうし。  ですがそろそろ限界でしょう。カラータイマーの点滅も早くなってます。ふたりのお話は後でゆっくりしていただくとして、今は変身を解いてナデシコで休養なさっていただけますか?」 『待てプロスペクター。おまえもなんか誤解してないか?』 「いえいえテンカワさん、そんなことはありませんよ、ええ」  絶対に誤解している。にこやかな笑みに下世話なものを滲ませていた。 「それよりテンカワさん、いいかげんにしないとラピスさんがおかんむりですよ?」 『……わかった。すぐ戻る』  オペレータブースでラピスが不満げな顔をしているのに気づいたのだろう。それで通信は切れた。  ブリッジは異様な沈黙に包まれていた。そりゃそうだろう。ウルトラマンの痴話喧嘩、あまりにもイメージとかけはなれた珍妙なものをまのあたりにしてしまった皆は、どう反応していいのかわからない。  ついでにいうと、ユリカの横で影の薄い青年が真っ白になっているが……これはどうしようもないので放置しておく。  実際、痴話喧嘩どころか修羅場を経験したウルトラマンだっているのだが……残念ながら人類の記録にはない。だからそれは知られていない。もちろんオープン回線でやらかしたのはユリカたちが史上初である。  いろんな意味でそれはナデシコらしかったが。   「……はぁ」  皆の喧騒のすみで、ルリは力なく椅子にもたれていた。  ルリは震えていた。凄まじい場面の連続にずっと緊張していたのが、とうとう今になって解けたためだった。  どうしたのだろう。身体に力が入らない。  ふと、下着が湿っぽいのにルリは気づいた。 『ルリ』  体調を気遣うようなオモイカネのウインドウが開いた。 『少し休んだ方がいい。ラピスに代わってもらって休息をとることをすすめます』 「今はだめ」  ルリはオモイカネの言葉を切捨てた。 『ですが……まぁいいでしょう。何があっても後悔しませんね?』 「はい?何がですか?オモイカネ?」 『なんでもありません』  そう言うと、オモイカネのウインドウは閉じてしまった。 「?」  ルリは首をかしげた。 「アキト……」  帰ってくるのが待ち遠しいのか、夢見るようなラピスの声が隣で響いた。 [#改ページ] 幕間、または彼女たちの追ってきた経緯[#「 幕間、または彼女たちの追ってきた経緯」は中見出し]  アキトが帰投予定の月面基地に現れず、とうとうやられてしまったのかと青くなったあの日。それがルリたちの全てのはじまりだった。  理由が撃墜でなくボソンジャンプの事故ではないかとイネスは言ったが裏付けもデータもとれなかった。結局行き先が知れたのは漂流するユーチャリスが発見されてから。なんと数十年の時間が経過していた。  もうルリは老女になっていた。なのに非常識を承知でユリカの元に押しかけて言い切った。「ユリカさん、アキトさんの行き先わかりましたよ」と。  ルリですらもう軍の退役直前だった。ユリカはとっくに退役になっており、それどころか病院で治療を受ける日々。もう余命いくばくもないと言われていた。  なのに、ユリカは即座に反応した。「ルリちゃん追うよ」と。  言ったあとでルリは、自分がどんな残酷な発言をしたかに気づいた。  だがもう遅い。 「無茶です!その身体でいけるわけがないです!だいたい行き先は過去なんですよ!  しかも空間座標もおかしいんです。どう考えても「この世界」じゃないってイネスさんが!」  だがユリカは笑って、信じられないようなことを言い出したのだ。 「だったら余計なものは捨てていこっかルリちゃん。この身体とか」 「……はい?」  一瞬、ルリはユリカが老化のあまり失調症に陥ったかと思った。 「何びっくりしてるの?精神だけで跳べる可能性は理論上も確認されてるんでしょ?」 「……なんで知ってるんですか?それ、イネスさんが先日出したばかりの最新論文の中身」 「うん、そうだね。学会誌でユリカ読んだよ?」 「……はぁ。それはまた」  なるほど、老いたとはいえ天才に時間ができるとはそういうことかとルリは呆れた。どうやら暇にまかせて科学論文を読み解けるほど勉強していたらしい。 「ついでにいうとねルリちゃん、私はまだ遺跡とつながりがあるんだよ?  知ってるでしょ?遺跡の力は時間も空間も越えるって。何年も遺跡に組み込まれてた私だもの、そのくらいの制御はできる、やるよ。  ルリちゃん座標データはどこ?今からでもいいよ?」 「ちょ、ちょっと待ってくださいユリカさん!」  ルリはあわてた。 「私はともかくユリカさんにはもう家族もいるじゃないですか!跳んでいくってことは家族を捨てていくってことなんですよ?わかってるんですか?」  それはユリカの実子ではない。  いろいろあって軍に復帰後、発見されたラピスと同様の子供たちをユリカが預っていたものだ。おなかを痛めた子供たちではないが皆はとても仲がいい。今では彼らにも子供がいるが、休みごとに「ミスマルのお祖母さん」を尋ねてくる子供たちはすでに両手でも足りない数だ。  はたして、ユリカはクスクスと笑いだした。 「私はともかく?あらら?ルリちゃんだってハーリー君見捨てていいの?今でも仲良しのくせに」 「アキトさんのことは昔からさんざ聞かせてありますからね。納得してはくれないでしょうけど「行っちゃった」とは理解してくれますよ。  だいいちハーリー君は家族がいるじゃないですか」 「あーららかわいそうに。ま、でもそれならお互いさま。私だってみんなにはアキトの話してるもん、ルリちゃんと同じだよ」  話してあるどころか、「ミスマルお祖母さんのアキト自慢」は子供達なら誰でも知っている。なにしろ寝物語にすら聞かせ続けたのだから。 「それでデータはあるの?そのポケットの中のカード?」 「あ、はい」  ルリはポケットの中のデータカードをユリカに渡した。 「遺跡に読ませるやつです。イネスさんが試作したものですが……ユリカさん?」  ユリカはカードに指を滑らせ、うんうんと頷いた。 「なにしてるんですか?」 「うん、ありがとうルリちゃん。今遺跡にデータ送ったよ」 「はぁ、そうですか……って、えぇっ!?どうやってですか!?」  指でカードをなぞっただけで、どうしてデータが読めるのか? 「そんなことユリカにもわからないよ。でもデータは読んだし遺跡にも送ったよ?  さて、じゃあ行こっか、ルリちゃん」 「ま、まま待ってください!ほんとに、本当に大丈夫なんですか?」 「あれ?ルリちゃんはユリカを信じてくれないの?」 「そういう問題ではないと思いますが」  うふふ、とユリカは笑った。  その笑いはルリがもっとも恐いユリカの顔だった。天才の名を欲しいままにしたユリカがその才能を全開にして発揮する時、つまり戦略を巡らす時の顔だった。  まずい、と本能のままに後ずさりしようとしたルリだったが、 「もう、しょうがないなぁルリちゃんは。いいよ、じゃあ証明してあげる」 「証明?どうやってですか?」  思わず答えてしまっていた。 「はい、手を出してルリちゃん」  あ、はい、と答えてルリは手を出してしまった。何も考えずに。    その瞬間、ふたりは昔のミスマル邸、ユリカの部屋にいた。    ルリは昔懐かしいナデシコ搭乗の頃の姿になっていた。ユリカもそうで、ナデシコ搭乗の頃の若い娘の姿でそこにいた。 「え……え?」  ルリは自分の手を見て驚き、髪を見て驚いた。あわててバタバタとドレッサーに走り、鏡を見て「えぇぇぇっ!!!」と子供のように絶句している。  対してユリカは悪戯っぽい笑みをくずさない。 「ゆ、ゆゆゆユリカさん、これいったいどういうことですか?ナデシコ搭乗の頃に戻って……ってユリカさんもですか!?」  どことなく喋り方まで昔のルリだった。ユリカはくすくす笑った。 「おぼえてない?ルリちゃん。私たち過去に跳んだんだよ?アキトを追いかけて」 「アキトさんをですか?……って居場所わかったんですか!?いつ!?」  どういうわけかルリは何も覚えていないようだった。うっふふとユリカは笑った。 「その様子だと大成功みたいだね、うん、よかった」 「よかったって何がどうしてですか?黙ってないで教えてください、ユリカさん!」  はいはい、と笑いながらユリカはルリの頭をぽんぽんと叩いた。 「ちょっと事情があってね、アキトを追いかけるのに余分な記憶と元の身体を捨てたんだよルリちゃん。ごめんね、勝手なことして」 「記憶もですか!?……はぁ」  あっけにとられた顔で、ルリはぺたんと床に座りこんだ。 「それじゃあ記憶消去に自分が同意したかも確認できませんね。ユリカさんを信用して聞きますけど、どうでしたか?」 「んーごめんね、詳細までは教えてなかったんだ。ルリちゃん恐がるといけないと思ったし」 「あたりまえです!」  むう、とルリはむくれた。幼児っぽいとはいえ十代の娘と考えれば、その行動はちょっと子供っぽいくらいで特におかしくもない。  数十年の時間がまるごと、逆行の瞬間にルリから剥がれ落ちてしまっているようだった。 「それにちょっと悲しいです。どれだけの記憶を捨てたのか知りませんが、その間の私がどんな暮らしをしてたとか、どんなことを経験したのかとか、それだけでも最低限覚えていたかった。  ユリカさんはそういうこと、わかってくださってると思ったんですが」 「うんわかってる。だからごめんねルリちゃん」  ユリカは、きゅっとルリをだきしめた。 「ユリカさんは覚えてるんですよね?なんだか前より少し大人に見えます」 「そうだね、うん。ユリカはみんな覚えてるよ」 「教えてください」 「だめ」  速攻で問いかけたルリを、これまた速攻でユリカは切捨てた。 「時を越えたんだよルリちゃん。それってつまり、前の時間に大切なものをみんな置いてきちゃったってことだし。ルリちゃんはユリカより優しい子だから、それを想うととても悲しむよ?  だからルリちゃんは知っちゃダメなの。わかった?」 「そう言われると余計に気になります」 「あっははは、そういやルリちゃんってそういう子だったね。立入禁止とあれば入りたがる、セキュリティとみれば破りたがる。そういうとこあったよね」 「懐かしそうにいわないでください。ていうかそれじゃ私ただの駄々っ子じゃないですか。撤回してください」 「だーめ」 「ユリカさんっ!」  そんな会話をしていると、コンコン、と扉を叩く音がした。 「ユリカ。誰かいるのかね?」 「はいお父様!ルリちゃんが来てます!」 「ルリ?」  がちゃ、と音がして扉が開き、カイゼル鬚の穏やかな紳士が顔をのぞかせた。 「おや、おともだちかね。しかしこれはまた……」  その目はルリの瞳に注目している。軍人の目だ。 「お父様、ルリちゃんをそんなにじろじろ見ないで」 「あ、ああすまん悪かったね。だがひとつ聞いていいかね?  うちは軍人の家だ。彼女がどうというわけではないが、身元のわからない者がいてはセキュリティ上問題があるんだよ。  よければ彼女について教えてくれないかね?その、本当に申し訳ないんだが」  娘の怒り顔に困りつつも、言わなくてはならないことだけはしっかりと言った。  ルリは手間を省くために発言することにした。 「ホシノルリです。見ての通りちょっと遺伝子をいじられてますが怪しい者ではありません」 「ルリちゃんは今度乗るネルガルの船のオペレータなの。まだ若い女の子だって聞いたから一度会ってみたくてお願いしてあわせてもらって、それで仲よくなったんだよ?ねールリちゃん♪」 「はい」 「おお、なるほどそうか。例の船かね」  うんうんとカイゼル鬚は頷き、そしてルリに頭をさげた。 「悪かったねホシノくん。わたしはミスマルコウイチロウ、ユリカの父だ。これからもユリカと仲良くしてやってくれるかな?」 「はい、私でよければよろこんで。あと私はルリで結構ですから」 「そっかそっか」  ルリの大人びた発言に目を細めた。史実通りルリが気に入ったようだ。  にこにことカイゼル鬚は笑った。 「ユリカ、お飲物くらい出してあげなさい。なんなら私がもってこようかね?」 「ありがとうお父様。でもいいです。これからルリちゃんとお風呂したいので。お風呂あがりにいただきに行きますから」  そうか、とちょっと残念そうにカイゼル鬚は頷き、 「ではなルリくん。ゆっくりしていってくれたまえ」 「ありがとうございます」  うむ、と最後に大きく頷くと、カイゼル鬚は部屋をでていった。 「ふう……ちょっと緊張しました」  僅かに安堵を見せてルリは微笑んだ。 「ミスマル叔父様も若かったですね。たった数年とはいえ」 「あはは、あたりまえだよルリちゃん」  くすくすとユリカは楽しそうに笑った。 「さ、ルリちゃんお風呂しよ♪」 「口実じゃなかったんですか?本当にお風呂するんですか?」  当然、とユリカは笑った。 「さ、いこいこルリちゃん。アキトに会う前にがんばって女を磨こう!おー!」 「なんだかずいぶんとハイですねユリカさん。ところで記憶について聞きたいんですが」 「ん、なんの話?アキトの(ぴー)が何センチってお話だっけ?」 「そんな話は聞いてないですっ!ごまかさないでください!」 「え?違うの?ルリちゃんをお風呂で可愛く磨きあげて、ふたりでアキトをハニーポットに落とすって話じゃ?」 「違います!ていうか何気にとんでもない爆弾発言しないでください!」 「あははは、ルリちゃん真っ赤♪可愛いなぁもう♪ユリカ、ぎゅってしちゃう」 「わけわかんないですってば!ていうかユリカさん苦しい、苦しいですから!」    結局ルリは、自分の記憶についてユリカに問い質すことはできなかった。  風呂あがりに言われるままにパソコンに向かったルリはその後、変わり果てた現実のとんでもない姿に絶句することになったからだ。 「ハニーポットって話は本気なんだけどね、ルリちゃん?」 「何か言いましたかユリカさん?」 「ううん、なんにも♪」 「?」 [#改ページ] かわりゆく時の中で[#「 かわりゆく時の中で」は中見出し]  ナデシコのデッキに着陸したアキトは、変身を解くやいなやそのまま昏倒した。  ただちに医療班がさしむけられた。血相変えてすっとんできたラピス、そして艦長の仕事を放り出して駆けつけたユリカに付き添われ、そのままアキトは医務室に運ばれた。  特に危険な兆候はなく、おそらく原因は過労だと診断された。  黒いものに包まれている時に何があったのかはわからないが、おそらくその時にひどく消耗させられたのだろう。医療担当はそういう結論を出した。あるいは最後の必殺技かもしれないとも言及したが、データがまったくないことからそれは推測にとどめられた。  ある意味、彼らの分析は正解だった。  最後の技はアキトはもちろん、融合した『彼』自身もはじめて使うものだった。仲間や愛する者の気持ちを使って自らの生命力をエネルギーに変えて叩きつける。いわゆるバースト系の攻撃。  『彼』はそれを使ったことがなかった。いや、使えなかったからだった。    |少女《ルリ》と|女《ユリカ》、ふたりの密談が続いていた。  ここは艦長用の私室である。アキトは今用意された士官用の隣室にいて、そこにはラピスひとりがはりついている。他に誰もいないのは皆の遠慮の結果。ウルトラマンである彼は自然に回復するはずだから親しい者だけに見守らせて寝かせるのがいいという考え、そしてユリカの夫婦発言を意識しての結果だった。 「とにかく、アキトをもうどこへも行かせない方法を考えなくちゃね」 「そんなに焦る必要があるんでしょうか?ラピスはここにいるし、アキトさんはラピスをずいぶんと可愛がってるみたいですからね。なにしろウルトラマンになっても未だにリンクが生きてるみたいですし」 「ん、そうだね。きっとラピスちゃんに『やだっ!』て泣きつかれてリンク切れなかったんだよ」 「アキトさんならありえそうですね。まぁ、ウルトラマンの力とやらでリンクの切断ができるという仮定の上での話ですが」  ふたりは小さく笑いあった。 「とにかく、やるよルリちゃん!」 「がんばってくださいねユリカさん。それじゃ私は────ぐぇ」  最後のガマガエルじみた声は、逃げようとしたルリの首根っこをユリカが押さえたためだった。 「なにするんですか!」 「ルリちゃん逃げないの」 「いえその、夫婦間のお話になっちゃったら私が立ち入るわけには」 「そんなの、すぽーんと脱いでアキトに飛びかかったら問題ないって」 「痴女ですか!私はそんなことしません!」 「だめだめ」  ちっちっとユリカは指を振った。 「いい?ルリちゃん、今のアキトは半分ウルトラマンなんだよ?」 「あ、は、はい。確かにそのようですが」  さすがにもう認めるしかないのだろう。ルリも渋々頷いた。 「過去のウルトラマンの記録は見たでしょ?ウルトラマンはね、長くて数年しか地球にいた記録がないんだよ?まぁもしかしたら人前から姿を隠してるだけかもしれないけど、ほとんどが基本的にはM78星雲ってとこに帰っちゃうの。これは人間と融合してたらしいウルトラマンもそう。例外なしなんだよ?」 「!」  正確にはユリカの言葉は絶対ではない。だが今現在、ルリに対してはそう決めつける必要があった。 「だからルリちゃん協力して。ふたりがかりでアキトを捕まえるの。絶対逃げられないようにしよ!いい?」 「それはいいんですが……具体的にはどうするんですか?……!まさか!」  ルリの顔がみるみる真っ赤になっていく。 「だ、だだだだだだめです!そんなことできないです!」 「どうして?」  ユリカが優しく語りかけた。まるで諭すように。 「アキトはもう半分人間じゃないんだよ?ウルトラマンさんたちの常識がどうかはわからないけど、ユリカたちだって人間の常識にこだわってられる場合じゃないと思うよ?  ……でないとルリちゃん、私たち取り残されるよ?ラピスちゃんと三人で、この世界に。  帰ることもできないんだよ?だってユリカたち身体捨ててきちゃったもん。  アキトを追うのも無理。だってM78って300万光年も向こうにあるんだもの。ジャンプしようにも座標もわからないし、だいいちあのウルトラマンの生きてる環境に地球人が住めるとは思えないよ?」 「……」  じっとルリはユリカの言葉を反芻した。  この世界はルリたちの世界とは違う。無数の異星人が闊歩するこの世界はいろいろとルリの知るそれとは違っていた。歴史も、常識も。  そしてたぶん、世界観も価値観も違う。まだ日の浅いルリたちは自覚できていないが。  こっちはこっちで住めば良い世界なのかもしれない。  だが、アキトという存在ぬきで永住となると……おそらくルリたちは悲しい思いをするだろう。 「……」  じっと思案したあげく、ルリはつぶやいた。 「……そんなの」 「ん?」 「そんなの嫌です!」 「でしょう?」  はい、とルリは頷いた。 「だったらルリちゃんも覚悟決めよう?確かに今のルリちゃんは子供に戻っちゃってるけど、精神年齢は大人だよね?  ルリちゃんが奥手なのは承知してるけど、大丈夫。ユリカも一緒だから。  ……だめかな?」 「……」  ルリはしばらく悩みに悩んだ。そしてじっと俯き、 「わかりました。やります」 「ん、がんばろうねルリちゃん♪」 「はい」  力いっぱいルリは頷いた。覚悟を決めた『女』の顔で。 「……」  ユリカはそんなルリの顔を、なぜかとても満足そうに見ていた。 「……ところでユリカさん」 「はい?」  ルリはまだ言いたいことがあるようだった。 「これは私のたわごとです。だから返事はいりません」 「なぁに?ルリちゃん?」  ルリはちょっと不機嫌そうな顔をした。 「私を可愛がってくれるのは嬉しいですけど、企みごとをするのなら私も混ぜてくださいね?いくらユリカさんでも許してあげるのは今回だけですよ?」 「え?なんのこと?」  首をかしげるユリカに、 「返事はいりませんといいましたが……まぁいいです。  そうですね……あの日、お風呂で私を可愛く磨いてアキトさんを捕まえるってユリカさんいいましたよね?」 「あ、うん。ユリカ言ったよ?それがどうしたの?」 「これは推測ですが、私の記憶をいくらか削ったのもそのためなんですよね?  身体と記憶を捨てる前の私が何歳だったのかは知りませんが、おそらく少女と呼べる年代じゃなかったんでしょう?アキトさんを籠絡するには問題のある……そうですね、少なくとも確実にあの頃のイネスさんよりも年上でしょうか。  だから、私が逆らえないのを承知で『少女』の年代に記憶ごと引き戻した。違いますか?」 「……」  うげ、とユリカは口ごもった。 「私の気持ちを察してくれたのは嬉しいです。それは感謝してます。  でも断り無しというのは頭にきました。いくらなんでもあんまりです、ユリカさんらしくないです。  私は着せ替え人形じゃないんですから。  これからは自重してくださいねユリカさん、いいですね?」 「……」  ユリカはしばらく悩み、そして言った。 「わかったよルリちゃん。これからはちゃんと断ってからにするね?」 「しないって言ってください!」 「え〜?」 「え、じゃないです!」  そうしてしばらく、うだうだとルリのお説教が続いた。    ふと気づくと、アキトは傍観者になっていた。  通常ならこの立場にいるのは『彼』なのだろう。ふたりはゆっくりと融合の途上にあるが今はまだ別の個性である。アキトはのんびりと『彼』そして彼でない別の者との邂逅を見物していた。  そのウルトラマンは威風堂々と立っていた。  胸のあたりに勲章であるスターマークをたくさんつけており、それが彼の位の高さを思わせた。 『なるほど事態はわかった。大隊長にも事の次第を報告するとしよう』 『すみません。まさか宇宙警備隊の方にご足労させてしまうとは』  応対しているウルトラマンは、気にするなというように頷いた。 『しかし驚いた。あの戦いのおりに避難した民間人の生き残りがまだいたとは』 『まったく面目ない次第です。今まで報告もせず』  『彼』はアキトとの応対ではありえないほど神妙な顔をしていた。あまり思い出したくない記憶なのかもしれない。 『それは君のせいではない。聞けば避難中に傷つき長い間眠っていたとか。それに報告するといっても君の報告するべき宇宙警備隊は我々ではなく、君の世界にいる警備隊だったのだから。  ただ、こちらの世界にたどり着いた時点で報告がなかったのは少々いただけない。たまたま地球人に友好的な異星人が君を見て不審に思い、防衛隊の方と協力して調査、報告してくれたわけだが……少しは後のことを考えてくれないかな?』 『すみません』 『君は民間人だ。それも恒点観測員や異星研究の科学者ですらない、本来外部に出ることなどありえない立場。  それがいきなり激戦区の地球圏に降臨するなど……まったく信じられない無茶をするものだな』  呆れたようにそのウルトラマンは言った。 『今の地球の状況にあてはめるなら……そうだな、民間人の素人がいきなりあのエステバリスとかいう機動兵器で無人兵器の群れと戦うのに近い無謀さだぞ。わかっているのかね?』 『はい』  途中で名前が聞こえたはずだがアキトには理解できなかった。おそらく彼らの言葉であり、アキトに理解できる語彙が存在しないのだろう。  しかし偶然とはいえなんと皮肉な例えだろうか。アキトは苦笑いするしかなかった。 『私はこれから一度国に戻る。なるべく早く戻るつもりだが、その際には融合した青年を助けるための命も持参しよう。  君は地球圏にいてはいけない。長引けばきっと、君は死ぬことになる』 『待ってください』  去ろうとしたウルトラマンを『彼』は止めた。 『わたしは残ります』  ウルトラマンはその答えを予測していたのだろう。静かに振り向くと厳かに言った。 『命の保証はない、それでもいいのかね?』 『わたしはもう彼に関わってしまった。彼を慕う人々にも』  神妙に『彼』は語った。 『彼、テンカワアキトはわたしに似ている。力足りず何も守れず逃げることもできなかった。彼とわたしが違うのはただひとつ、彼が一時復讐鬼と化していたことだけだ。眠り続けていたわたしは復讐すらできず、ただ夢の中で憎しみにもがくだけだった。  今、彼は立ち直ろうとしている。わたしは彼を最後まで見届けたい。たとえその結果、わたしが死ぬとしても。  それと後ひとつ、確認したいことも』 『確認したいこと?』  最後のひとつは予想外だったのか、ウルトラマンの口調が変わった。 『マイナスエネルギーに捕われかけていた彼に外部から声が届いたのです。ひとりは生き別れていた奥さんであるミスマルユリカ、もうひとりは元の世界で死に別れたらしいガイという友人です。外部からの肉声や通信電波があの状況の彼に届くのはおかしい。誰かが空間を越える中継を行ったとしか思えません』 『ほう……なるほど』  ふむ、とウルトラマンは興味深そうに頷いた。 『我々の兄弟にもマイナスエネルギーに詳しい者がいる。その者に少し調べさせてみよう。何かわかるかもしれない』 『よろしく頼みます。正直わたしでは原因が掴めない、どうしたものかと思っていたところです』 『うむ、確かに引き受けた』  『彼』にウルトラマンは頷き、そして再び踵をかえした。 『ウルトラサインの出し方はわかっているね?  今、我々も多忙の日々を送っている。だから今すぐ救援を送るのは難しい。  しかし見てみぬふりをするつもりはない。地球は我々にとり、今もかけがえのない星なのだから。  何かあったら即ウルトラサインを。これは貴殿の帰還うんぬんとは無関係だ。わかったね?  サインの名称には……そうだな、その青年の名をとりアキトと刻むがいい』 『ありがとうございます。ご考慮感謝します』  ウルトラマンは頷き、そして姿を消した。  『彼』はしばらく黙っていたが、最後にぽつりと言葉をもらした。 『……本当に感謝します。警備隊隊長殿』  そして『彼』の姿も光になって溶けた。    翌朝。回復したアキトはルリ・ユリカ・ラピスに付き添われブリッジに挨拶にやってきた。 「昨日は挨拶もなしにすまなかった。テンカワアキトだ、よろしく」  よろしく、と少し遠慮したような声が周囲から響いた。  いくらこの世界といえども、ウルトラマンがそこら中にいるわけではない。さらにいうと人間体とわかっている者が自己紹介するなんてのは滅多にないことなわけで、皆はどう反応していいのかわからないようだった。  ついでにいうと、艦長とオペレータの少女ふたりがべったり張りついているのも戦艦の挨拶としていかがなものか?  だがこれは仕方ない。ある理由があってアキトは文句が言えない立場にあった。 「アタシは複雑だけど、ま、よろしく。活躍の場がないことを祈るわウルトラマン」 「……そうだな、よろしく」  真っ先に挨拶してきたのは、なぜかムネタケだった。アキトは「史実とずいぶん違うんだな」と複雑な顔をしながらムネタケと握手をした。 「提督のフクベだ。火星に降臨したということで……今さらかもしれんが礼を言わせてもらうよ」 「とんでもない、提督。俺の方こそ火星会戦にも間に合わず申し訳ない。今さらかもしれないが」 「ふふ、テンカワ君のせいではあるまい。まぁ、共に微力ながら復興の礎になるべくがんばろうじゃないか」 「はい、俺の方こそよろしく!」  内心の想いを隠しつつ、フクベとも握手した。 「ようウルトラマン!昨日はなかなかの戦いだったぜ!」 「面目ないなガイ。初陣から君に世話をかけてしまった」 「はは、な〜に言ってやがる!元防衛チームとしちゃ光栄だぜ!よろしくな!」 「ああ!俺のことはアキトと呼んでくれ。それが人間としての名だ」 「おう!」  ウルトラマンにガイと呼ばれたのが嬉しいのか、とても機嫌よくヤマダは笑った。 「えっと、通信士のメグミレイナードです……あの」  ちょっと見惚れたようにアキトを見るメグミ。だが、 「……いきなりだけど、艦長の旦那様っていうのは本当?、ですか?」 「ああ。びっくりしたろ?ごめんなメグミちゃん。ところで敬語はいらないからね」 「と、ととんでもないです!じゃない、とんでもないよ!あははは……うん、よろしくね、その」 「アキトでいいよ」 「あ、うん!よろしくねアキト君!」  ちなみに一瞬メグミが詰まったのは、アキトの後ろからの敵対視線ビームのため。  無理もないことだがこれは冤罪。このメグミにしてみればアニメや漫画でない現実のヒーローとの相対なのだから。子供むけ番組に出ていてそれを愛した彼女からすれば、それは夢の世界の存在そのもの。  女性とは男の夢想よりはるかに現実的なものだ。一部例外をのぞけば憧れと恋愛は別枠である。 「操舵士のミナトよ。ふふ、テンカワ君やるわね?奥さんの他にさっそく愛人ふたり?」 「み、ミナトさんそれは……っておい」  左右と後ろを美女美少女(幼女含む)にホールドされていては、返す言葉もない。 「……まぁその、なんだ。なるべく波風立てないようにするんで。よろしく」 「よろしく♪」  なんだか、余計な波風が立ちまくりそうな気がするのは気のせいか。 「保安部のゴートだ。……いろいろ言いたいことはあるんだが、まずは歓迎する。遠いところよく来たな、テンカワ」 「こちらこそよろしく。ところであんたは体術をやるのか?」 「まぁ、少しはな」 「できれば後でつきあってくれ。少し身体をほぐしたい」  おぉ、という声が周囲から聞こえた。 「それは光栄だが……ウルトラマンとでは勝負以前の問題だと思うが」 「もちろん人間体でだ。昨日の戦いで身体の鈍りを感じてしまってね、相手になってくれるとありがたい」 「よかろう引き受けた。俺もM78星人の体術には興味があるからな」  なんだかんだで頼りにされるのが嬉しいのか、うむ、と大きく頷いた。 「連合軍出身、副長のアオイジュンだ、よろしく」  アキトの横に張りつくユリカにためいきをつきつつ、健気にも挨拶してきた。 「すまないなジュン。かき回してしまい迷惑をかけると思うが、どうかよろしく頼む」 「……」  ジュンは殊勝な態度のアキトにちょっと驚いたようだが、 「はは、ウルトラマンと一緒に旅できるなんてまだ信じられないよ。こっちこそよろしく!」 「ああ、よろしくな!」  こっちのジュンは強いな、なんて失礼なことを思いつつ、アキトも挨拶した。  ちなみにプロスペクターは挨拶をしない。彼はネルガルの方で挨拶をすませてあったからだ。そしてユリカたちももちろん必要ない。 「さてみなさん、さっそくですが連絡事項がふたつあります」  プロスペクターがにこやかに声をかけてきた。 「ひとつはテンカワさんにイネス・フレサンジュ博士から。後でこい、だそうです」 「了解。で、もうひとつは?」  もうひとつはですな。……ルリさん、申し訳ないですがニュースを写してくれませんか?」 「あ、はい。オモイカネ?」  ルリが呼びかけると、オモイカネのウインドウがメインスクリーンに開いた。  それを見た周囲は、おぉ、へぇ、はーっと様々な声を漏らした。   [#ここから3字下げ] 『新ウルトラマンのレジストコード決定』  今回現れた新しいウルトラマンについて、防衛チーム本部がレジストコードの決定を発表した。  レジストコードは『ウルトラマンアキト』である。 [#ここで字下げ終わり]   「……は?」  アキトの目が点になった。   [#ここから3字下げ]  今回の候補としては『マルス』が最有力だったが、昨日のネルガル|戦艦《せんかん》『ナデシコ』との共同戦線が本名称を決定づけた。驚くべきことにこのウルトラマンは『ナデシコ』艦長のミスマルユリカ氏と非公式の|婚姻関係《こんいんかんけい》にあることが判明しており、なんとバルタン星人との戦闘中にユリカ氏が彼の人間名を連呼して激励、後にオープンチャンネルで|痴話《ちわ》|喧嘩《げんか》をやらかし仲良しぶりを全世界に披露してしまった模様。その様子は通信を傍受していた各地のウルトラマニアの録音にも残されており、彼の名称には人間名の『アキト』がふさわしいという投書がネット経由で防衛チームに殺到した。 (『ナデシコ』は現在火星への人名救助の旅を検討中であり、実現すればウルトラマンの護衛による火星の旅になるという)  前代未聞のラブコメウルトラマンに現在、巷は騒然となっている。ミスマル艦長は火星生まれという事で幼少時に出会いがあると思われ、様々な憶測が乱れ飛んでいる。  他の候補名称も『ウルトラマンラブラブファイター』『ラブコメマン』『ウルトラスケコマシ』『ウルトラマン愛に生きる』などと歴代ウルトラマンの威厳もへちまもないユニークなものが勢ぞろい。それ自体は庶民的で結構なのだが威厳ももちろん必要、本部では検討の結果、純朴な青年のイメージがよいということでアキトの名称が選ばれた模様である。  なお、和名のウルトラマンは1973年のウルトラマンタロウ、2006年のウルトラマンヒカリなど少数であるが存在する。しかし日本人名がつけられたのは約二世紀ぶりとされる。 (情報:地球連合広報) [#ここで字下げ終わり]   「……」 「……」 「……」 「……」  ブリッジは沈黙していた。  そりゃそうだろう。いくらなんでもこの名称は凄すぎる。 「……いったいなんの冗談だ?」  やっとのことで口を開いたのはアキトだった。 「……ラブラブファイターって……」 「……愛に生きる?」 「……」 「……」 「……」  ぷ、と誰かが吹き出した。  たちまちその笑いはブリッジ中にひろがった。しまいには提督やムネタケまでもが笑いだし、アキト以外は大爆笑の渦に包まれた。 「ちょっと待て!いくらなんでもそりゃないだろ!」  アキトひとりが激昂したが、もちろん誰も聞いてない。  げらげら笑いながらヤマダが肩を叩いた。ま、あきらめろと言いたいらしいが爆笑中なので全然説得力がない。 「こらーっ!!なんとかしろぉっ!!」  情けないアキトの絶叫と笑い声だけが、ナデシコの中に延々と響きわたっていた。       (おわり) [#改ページ] あとがき[#「 あとがき」は中見出し]  こんなとんでもない電波作品をお読みいただき、本当にありがとうございます。心からお礼申し上げます。UTF-8テキストで195KB、それなりに中編になりました。  私、hachikunはウルトラ好きです。私の『俺たちのウルトラマン』はタロウなのですが(Aも見ていたが、小さすぎて怖かったという記憶しかない)、実に30年ぶりにメビウスでウルトラに返り咲きました。最終回まで熱狂して見てしまいました。  その結果がこれです。    なお、本物のウルトラマンはほとんど誰も出してないですが、最後にひとりだけ必要でした。最初はセブン上司のような独自のオリトラマンを考えていたわけですが、それでは『宇宙警備隊の者が確認にきた』雰囲気がいまいちでない。最終的にゾフィーになりました。ファンの方、気を悪くされたらごめんなさい。    本当にありがとうございました。これからもよろしくお願いいたします。 [#改ページ] 設定(随時更新)[#「 設定(随時更新)」は中見出し] 『|矢部《やぶ》』  日本語では本来「やべ」と読む。これは異次元人ヤプールである彼が敢えて名乗った宛て字であるためである。  人間体ヤプール、しかもウルトラ世界の出身である。この世界に意識を飛ばしているが、本来は間違いなく人類の敵である。いや現時点でも間違いなく敵。  ただ彼の場合、イネス・フレサンジュに科学者として師事してしまっている。イネスに愛想をつかされるのは本意ではないので敵対していない、ただそれだけである。  なお余談だが、ヤプールは子供には意外に優しいこともある。これはウルトラ世界にも見られる史実であるが理由は不明。一説には、これはヤプールが地球人と形態が違えど生命体であることの証でもあるといわれる。  有性タイプの生命体は、子供には大抵優しいものだからだ。 「最初の邂逅の会話シーンについて」  ウルトラマン放送第一話『ウルトラ作戦第一号』のパロディを含んでいます。   「ぼけぼけ天然ワンコなウルトラマン」  ウルトラマンメビウスのこと。  しかし大昔のことで物証が残るわけではないので、単なる都市伝説扱い。   「アキトと融合したウルトラマンについて」  いわゆる宇宙警備隊員、つまりウルトラ兄弟ではありません。市井の民間人です。   『ウルトラマンは神ではない。救えない命もあれば、届かない思いもある』  映画『ウルトラマンメビウス&ウルトラ兄弟』を参照。   『本も読めれば影絵もできる』  アニメ『魔法陣グルグル』より。   『ビオ』  メイツ星人。ウルトラマンメビウスに登場。   『三分待て』  全弾換装できるわけじゃありません。発射可能な数がなんとか揃えられるという意味です。  対宇宙人戦が続いていること、異星起源技術による特殊弾頭を平時に使うことは(*1)厳禁されていることから、ミサイルの弾頭交換は短時間ですむよう工夫されているようです。 (*1: これはオリ設定ですが、不自然ではありますまい。本来、核以上に警戒すべきものですから)   『学校あがりの素人』  現場を知らない士官学校あがりを揶揄する言葉です。ムネタケ本人も昔さんざん言われていることにしています。   「レッド族なのね。でも火星じゃ寒くないのかしら?」  ウルトラマン、特にセブンなどのレッド族は寒さに弱いんだそうです。円谷公式設定かどうかは定かではありませんが、ファンの間では承知の事実らしいです。   『スペシウム弾頭弾』  ウルトラマンメビウスに登場した対巨大生物用の特殊なミサイル。人類の兵器であり、(*2)メテオールではありません。理論上はスペシウム光線に匹敵する破壊力があるとか。材料である架空物質スペシウムは初代ウルトラマンの時代に発見され、スペシウム光線の名の由来となったものです。  実のところ、スペシウムをめぐるウルトラ世界の設定はナデシコ世界の設定と致命的に矛盾します。メビウスの中で、2006年にはすでに火星で人類がスペシウムを採掘している事になっているからです。  ですがまぁ、それを言うと木連そのものの設定も矛盾してしまう可能性もあります。広大な外惑星空間という事もあり、厳密には矛盾なく両方の設定をあわせることもできなくはないのですが……とりあえず今回は目をつむらせてください。  メテオールについては色々あるのですが、あくまでギミックであって本題ではありませんので。 (*2:ウルトラマンメビウスに出てくる専門用語。Much Extreme Technology of Extraterrestrial ORigin(地球外生物起源の超絶技術)鹵獲した異星人の船などから得た人類外のテクノロジー。理論などが理解しきれていないので使用には危険が伴う)   『復讐に走ったウルトラマン』  ウルトラマンメビウスに登場。詳しくは本編を見てください。見た方は御存じの彼です。   『バルタン星人はスペシウムが苦手』  初代ウルトラマンのエピソードにあるそうです。同時にそれは、スペシウム光線の名の由来でもあります。   『M87光線』  78でなく87です。ゾフィーの技。ただしアキトに憑いたウルトラマンのそれはあまり強力ではない模様。   『回転し飛ぶ光の輪』  昭和時代に、八つ裂き光輪と呼ばれていたもの。   『マイナスエネルギー』  ウルトラマン80を参照。ちなみに修羅場も彼のエピソードから。   「必殺技について」  名称はない。ウルトラマンメビウスに登場した必殺技、メビウムバーストに似たもの。ただしこれはユリカたちの声援をトリガーにしたもので、アキトに憑依したウルトラマン本来の技ではない。またブレスなどの付加装備もウルトラ心臓などの特性も持たないため、メビウスのそれほどの破壊力はない。  ただ破壊力よりむしろ、彼にとっては重要な意味をもつ技ではある。   『ハニーポット』  |蜜壷《ハニーポット》というと日本ではセキュリティ用語で罠という意味。だがその元々の意味はアダルトな意味の隠語である。直訳はちょっとご勘弁願いたいが状況から意訳すれば、女性としての魅力で男性を捕えてしまうという事になろう。  蜜壷という言葉は日本では日常語ではなくアダルト小説くらいでしか見ることのない言葉だが、ルリとユリカはたまたま共通の話題として知っていたということで。   『警備隊隊長』  もちろんゾフィーです。今回ゲスト唯一の円谷純正ウルトラマン。   『ラブラブファイター』  ただのギャグ名ですが一応元ネタあり。D.O.のノベルゲー『加奈〜いもうと〜』より。      以下はナデシコ側人物に関するオリジナル設定。   『ヤマダジロウ(ダイゴウジガイ)』  原作ナデシコでは元軍人のようですが、こちらの世界では元防衛隊という事になっています。  ウルトラ世界の中ではそのヒーロー指向がいい方向に働いた模様。予備役になったのはプロスペクターがウルトラマンの存在を仄めかしたから。   『ムネタケサダアキ』  原作ではガイよりもある意味悲惨だった彼だが、これもウルトラ世界に救われたクチ。外に対決すべき悪がいるということは彼らには軒並みいい方向に働いたと思われる。  軍ではイマイチのため冷や飯がてらナデシコに送られたわけだが、防衛隊の人間には結構評判がいい。防衛隊の人間が『軍のキノコ』と呼べばこの男のことである。   『元の世界からきたミスマルユリカ』  既に主観時間で70年以上を生きている。  それでもユリカらしさを失わないのはさすがである。  良くも悪くもユリカは優秀であり、ナデシコTV本編での時々その姿を垣間見る事ができた。だがそれは軍人としての才覚でもあり、決断さえ下してしまえば非情な行動もとれるという意味でもある。よくも悪くもゴーイングマイウエイとはそういう事でもある。   『元の世界からきたルリ』  ユリカの被害者その一。実は今回最悪の貧乏くじをひいているのは彼女である。   『ウルトラ世界のアキトたちについて』  ユリカとルリは、ふたりのジャンプアウト時に精神を破壊され死亡している。  これは本SS本編のユリカが行き先との精神融合を選ばなかったせいであるが、選んだとしても数十年の時間差で結局こちらの二人の精神は壊れたと思われる。ユリカはその事について全く言及していないが、これはルリの視点をアキトからブレさせないためである。いずれこれが露見した時にユリカは責められる事となろうが、天才策士の上に老獪まで重ねたユリカである。そのあたりはジャンプの時点で全て覚悟と織り込み済みである。  アキトはこちらのアイとともに地球上の木連機関近くにジャンプアウトした。このため木連に保護、洗脳されミスマル家に接近すべくスパイに仕立てられる事になる。しかし地球圏に送り込まれる前に木連が滅亡、この混乱の際に洗脳設備ごと無人兵器に潰され死亡した。  アイはアキトと引き離された後、木連に送られ民間人の養父母に引き取られた。そして何も知らぬまま木連と運命をともにした。