赤い魔法使いの思い出 はちくん Fate/stay night、HFの22年後。ある思い出を巡る人々の話。  [元ネタの書き込みはこちら(したらばのあかいあくまスレッド)|http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/game/3290/1098706409/110] [#改ページ] 寝物語[#「 寝物語」は中見出し]  こら、まだ寝てなかったの?ダメじゃない。明日は結婚式の日なのよ?  え?何かお話?…う〜んそうねえ。じゃあ…わかったわ。ママの昔話をしてあげる。まぁママの話じゃなくて、魔法使いのお姉さんの話なんだけどね。  ん?魔法使いなんて居るはずがない?あは、いるんだなこれが。ママは会った事もあるしお話した事もある。魔法を見た事だってあるのよ。ほんとだってば。  まぁいいわ。じゃあ、話してあげる。      ママが施設にいたのは知ってるでしょ?そう。ママの家族は冬木の集団行方不明事件でママ以外全員いなくなっちゃったんだもの。ママ自体はたまたま友達の家に遊びにいってて助かったんだけど、ひとりぼっちでしょう?親戚も全員いなくなっちゃって本当にひとりぼっちになっちゃって。神父さんが園長さんをしてる施設に入れられたの。そそ。その神父さんだって前の神父さんが行方不明になったかわりにキリスト教協会から派遣されてきたひとなんだけどね。ほんとあの時はすごかった。冬木の二割くらいのひとが何日かのうちにみんないなくなったり、お寺の近くでものすごい地鳴りがあったり。もうこの世は終わるんじゃないかってくらいすごかったんだから。  まぁそんなわけで施設にいれられて。  でも子供って強いのよ。そりゃ時間はかかったけど馴染んでいった。行方不明は行方不明のままだけどみんなわかってたのね。いなくなったひとはもう帰らないって。大人たちはいろいろ言ってくれたけど子供にはわかってた。噂にもなってたしね。黒いて恐い影がみんな食べちゃったんだって。だから誰も帰らないんだって。そして実際、誰も帰らなかった。  なんの話だっけ。ああそう、魔法使いの話ね。  実はね、施設で劇をする事になったの。魔法使いのお姉さんと子供たちの交流の話。すごい魔法が使えるけどひとりぼっちでひっそり暮らしてた魔法使いのお姉さんと子供たちが仲良くなって、それでも大人たちは子供たちをお姉さんに近づけないようにして…でもある日、大嵐が来たのをきっかけにお姉さんは村の人達にもその存在を認められて晴れて子供たちの友達になる。そんな子供っぽいファンタジーの物語ね。  で、話はいいんだけど魔法使い役のひとがいなかったの。困ったのよね。なにしろ条件が「赤くて凛々しくてドジで朝が弱い」だったんだけど…いかにも子供らしい無茶な条件でしょう?赤くて凛々しいって何よって感じ。ね、笑えるでしょう?  ところがね、みつかったのよこれが。本当に赤くて凛々しくてドジで朝の弱い、おまけに「いかにも魔法使い」って感じのカリスマばりばりのすごい女のひと。どうして見付けたかって?それは内緒。見つけてくれたひとに言われたの。プライバシーを知らさないって条件だから誰にも言わないでって。まぁそのひとの恋人のお姉さんって後でわかったんだけど、まぁそのあたりは大人の事情だったんでしょうね。  でね、そのひとって本当に凄かったのよ。何しろ頭がいいの。子供の劇だっていうのに役づくりで皆が困ってると「こんなのどう?」とか意見までくれるの。上演まで日数がなかったっていっても忙しいだろうに学校帰りに毎日寄ってくれて遅くまで練習につきあってくれて。でもそんなマメなひとなのにどこか違うのよね。全身これ優雅の塊って感じ。高校の制服きてコート羽織ってるだけなのに、ただそれだけなのに彼女のまわりだけ素のままでも何かファンタジーっぽいっていうか違うんだから。  で、まぁその、玄関で派手にすってんころりんやったりする可愛いとこもあったんだけど、そういうドジさ加減も人気でね。女の子にも男の子にも受けてたわね。      ん?なんだ劇の話かって?甘い甘い。本題はここからなのよ。      劇の当日が来たの。  あの日は晴れてたわ。とてもいいお天気。施設の中は綺麗に飾られてて、修理された古いストーブのおかげで会場はとても暖かかったのを覚えてる。  劇が始まった。もう細かいとこは覚えてないけど、すごい劇になった事だけは覚えてる。お姉さんがひとりで浮いちゃうんじゃないかって心配してたけどそうでもなかった。みんなすごくうまくなってた。たまたま見に来てた役場とかのひとが、子供の劇のレベルじゃないってびっくりしてたっけ。近所のおばさんとか老人ホームのひとたちとかも来てたけど、みんな完全に見入ってたし。  あぁ違うわね。才能とかじゃない。お姉さんが原因だと思う。お姉さんが熱心にくるからみんなも頑張っちゃったんだなきっと。ほんと凄かったもの。  …で、あれが起きたのよね。  え?何がって?地震よ。すっごい地震が来たの。K震災って知ってる?そうあのK震災。あれだったのね。冬木でも凄い揺れてね。いきなりだったからみんなパニックになった。そのまま世界が終わるんじゃないかって騒ぎになった。職員のひとたちが落ち着いてって叫んでたけどお年寄とか近所のひとも来てたでしょう?もう会場中大パニックになっちゃった。  その時だったの。舞台からとても綺麗な、凛々しい叫び声が響き渡ったのよ。  内容?それが外国語だったの。当時の私にはわからなかったけどこの間当時の保母さんに会って聞いたら覚えてるひとがいてね。だいたいこんな意味だったって教えてくれたの。そうそう。三丁目の薪寺のおばさんなんだけど…  意味はこう。『一斉閉鎖!扉の裡に安息を!』って感じ。ドイツ語だったらしいわ。それも今のドイツ語じゃなくてちょっと古い表現の。  叫んだひと?ええそう、魔法使いのお姉さんよ。もうびっくりしちゃったわ。お姉さんの手元から宝石みたいなのが飛んで、それが空中でぴかーって光ったの。その途端に冗談みたいに揺れも止まって、会場全体も静まりかえっちゃった。  子供たちはみんな目をまんまるにして見てた。まさか本当に魔法を使うなんて思わなかったものねえ。口をあんぐり開けて呆然としてたわよ。そしたらお姉さん、左手をかっこよく腰にあてて、にっこり笑ってこう言ったのよ。大丈夫。わたしがいれば誰も傷つかないからって。それって劇の中の魔法使いのセリフそのままなんだけどね。  でも、それで子供たちは信じたし落ち着いた。あ、惚けちゃってるおばあちゃんとかにも信じたひとがいたわね。お姉さんにお礼言ってたし。  え?信じられない?大人たちはどうした?あは、これが微妙なのよ。大道具やってたお兄さんがどういうわけかステージの投光機の向きを客席の方に回しちゃって、そういう演出効果を出したふりしてた。で、みんな光も呪文も演出だとだまされちゃった。いやほんと。お兄さんはお姉さんのことわかってたのねきっと。だってお姉さんが魔法使うの見た途端にあわてて投光機いじったみたいだし。そういう事なんだと思う。  劇がすんでからは大変だった。片付けの間から何からお姉さんはめちゃくちゃな人気者だった。大人たちからはすごい機転と演出でパニックを沈めたことを感謝されてたし、子供たちには凄いすごい本物の魔法使いだって口々にね。  で、そこでまたお姉さんがコホンと咳払いしてまじめな顔でこう言ったの。「あーあのね、わたしが魔法使いなのは内緒なの。みんな誰にも言わないでね」って。大人たちはノリのいい子だなって笑ってたけど子供たちはみんな真剣にウンウンってうなずいて。いやほんと見事だったわ。      え?それで終わりかって?ええそうよ。  お姉さんはそれを最後にもう施設にはこなかった。お兄さんや妹さんはその後も来たんだけど、お姉さんはイギリスに留学したんだって言ってたわ。魔法のお勉強?って聞いたひとがいたんだけど、そしたらお兄さんはにっこり笑って、ああそうさ、あいつは最後の魔法を身に着けるために留学したんだって言ってたの。なんでもそれは、「みんなをしあわせにする魔法」なんだって。  ん?もう寝る?そ。…じゃあね。おやすみなさい。寝坊しちゃダメよ。 [#改ページ] 後日談[#「 後日談」は中見出し]  結婚式が終わり、わたしはためいきをついた。  わたしは夫とホテルにいる。今夜には冬木の町を出る。ハネムーンだ。帰れば仕事が待ってるけど、しばらくは夫とふたりでのんびりする事ができるだろう。 「へぇ。そんなことがあったんだ」 「そんなことじゃないでしょ?この町で赤い魔法使いなんつったら誰がいるのよ。あんたの叔母さんの事じゃないのこれ?」 「…ま、凛おばさんしかいないだろ。まったく何やってんだかあのひとも」  夫はわたしのママの昔話を聞き、困ったように頭をかいた。  わたしの夫は「魔術使い」だ。父は魔術使いで母は魔術師。そういう奇特な家に生まれ、サーヴァントなんていう常識外の「お姉さん」までいるという、まるでこの世の非常識を全部かき集めてシェイクしたようなとんでもない育ち方をしている。  もっとも、そんな秘密秘密の家庭事情をわたしは小さい頃から知ってたのだが…知った理由?簡単である。その常識外の「お姉さん」だ。わたしは幼児の頃、彼女の駆るペガサスに乗せてもらった事があったりしちゃうのだ。物心つく前のことでわたしが覚えてるなんて彼女は夢にも思ってなかったらしいんだけど、ある日わたしは彼女に言ったのだ。「あの」「何ですか?」「お礼言うの忘れてたの。昔のことだけど」「昔、ですか?」「うん。ペガサス乗せてくれてありがと」「!!」…って感じに。  その後いろいろあって、彼女がギリシャ神話の魔女メデューサそのひとである事も教えてもらったりした。彼と婚約し、魔術のことなんかも知らされてからの話だけど。  まぁそのあたりにもいろいろある。きっとこの話をわたしがするのも、母がそうだったように歳をとってからなんだろうな。あのひとたちを大切に思えばこそ、そういう話は時効がくるまで胸の奥に潜めておくべきだと思うのだ。  この町には、魔術師がいる。魔法使いがいる。神話の世界からきたひともいる。誰も知らないけど知ってるひともいる。うちのママのようにだ。言わないけど。  世界なんてきっとそんなもの。非日常は日常のすぐとなりで普通に歩いていたりするものなんだ。  それにしても。 「はぁ…期待してるからね」 「やぶからぼうになんだよ。それじゃ意味がわからん」 「あんたと結婚したら、桜さんみたいなナイスバディにしてくれるんでしょ?めっちゃくちゃ期待してんだから裏切らないでよね」 「…信じるなよおまえ。つーかもう『桜さん』じゃねーだろ。俺の母親だぜあのひと」 「そうね。40越えてるんだよね〜。やつぱあれって魔術師だから?凛おばさまもそういや年齢不詳じみてるわよね。桜さんほどじゃないけど」 「言っただろ。あのひとたちは特別だし凛おばさんなんて本物の『魔法使い』だぜ?もうまともな人間の尺度なんて通用しないって」 「…そうね」  なにしろ、目の前にいるこいつが幼稚園の遠足にいってた時の写真と大差ない顔してるひとたちだ。何が起きても不思議じゃないだろう。 「…本物の魔法使い、か」 「なんだよ?」 「いや…子供って凄いなって」 「だな。俺も子供できたら注意しなくちゃな」 「…そうね」 「なんだよ」 「なんでもなーい」 「?」  夫のズレた意見にわたしはちょっと呆れつつ、その間抜け顔にけたたましく笑った。        (おわり)