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結末

 俺が復活してからというもの、ハルヒを除くSOS団の面々の間では、俺の見た異世界の事が何度か話題になった。
 何より今回の場合、向こうにもハルヒを含めるSOS団らしきものが存在、しかも全員の性別がこちらと逆らしいという冗談のような事実も明らかになっていた。俺が出会ったのは結局長門だけだったんだが、俺たちの長門と向こうの長門が情報交換していたおかげで「これは知らない方がいい」と長門が語ろうとしない部分以外はかなりの部分が判明、俺たちを本当に驚かせる事になった。
 だが何よりも興味深かったのは、俺たちのSOS団に比べると随分と風通しが悪そうな事だった。
「これは組織として考えると大変よくないですね」
 長門から話を聞いた古泉が腕組みをした。
「我々の組織構造を客観的にみればわかると思うのですが、涼宮さんを頂点にしつつ中枢にあなたが置かれています。つまりあなたは涼宮さん同様に実行部隊ではなく、しかし我々全員に影響を与えうる立場なのです。特に涼宮さんが関わる事のできない部分の場合、最終的な決定権は事実上あなたが握っているといってもいい。たとえば長門さんへの特別な指示や朝比奈さんの手伝いなどです。しかもこれは一部涼宮さんもご存知です」
「なに?」
 ちょっと待て、今のはどういう意味だ?
「いえ、深い意味はありませんよ。
 涼宮さんもちゃんと見ているという事です。たとえば長門さんですが、涼宮さんの言う事もきかない事がある長門さんをあなたは従わせる事ができます。もちろんそれは事前の同意などがあっての事なわけですが、涼宮さんは詳しい事情こそわからずとも、そうやって独自に長門さんに指示を飛ばしているあなたをちゃんと評価しているんですよ。ある意味理想的な管理職の姿でもありますね。
 これらはもちろん意味を持ちます。事実、僕は涼宮さんにこう言われた事がありますから。『キョンとよく独自に意見交換しているでしょう?男の子同士だし何を話してるかまで聞くつもりはないけど、そこでうまく調整をしてみてもらえるかしら?』とね」
「……なるほど」
 そりゃそうか。あいつはそもそも視点がおかしいってだけでバカじゃないからな。
 ふむふむと俺が納得していると、古泉も大きく頷いた。
「話を戻します。
 これらの事からわかるように、あなたは対外的にはともかく我々SOS団にとってはキーパーソンなのですよ。我々のすべてと独自のパイプをもちなおかつ、涼宮さんに真っ正面から弓引く事のできるただひとりの存在なのですから。
 逆にいうとあなたが特定の誰かに大きく肩入れしてしまった場合、我々のバランスは大きく崩れてしまう」
「どうでもいいが少し離れろ古泉、なんでそう近づいてくるんだおまえは」
 俺が古泉を遠ざけている時、朝比奈さんは悲しそうにぼそりと語った。
「つまり、あっちのキョン君……キョンちゃんかな。彼女が長門……くんとくっついちゃったからバランスが崩れたんですね」
「ええ、ズバリそうだと思います。僕の推測ですが遠からず、彼らの『SOS団』は破綻すると思います。良くて内部崩壊、最悪の場合は……該当世界そのものの終わりですかね」
 古泉は朝比奈さんの方を見て静かに頷き、そしてまた俺の方を見た。
「まぁ我々の場合、あなたが涼宮さんの方を向いているおかげでこのあたりの心配は無用なのです。多少のお茶目や細かいイベントはありますが、基本的にあなたはピクリとも揺らいじゃいませんからね」
「……ふん」
 言ってろこの野郎。
 そうして俺たちは再び、俺のパソコンに長門がダウンロードしてくれた人物写真に目をやった。そこには俺が遭遇した長門(男)を含む、あちらの面々の写真があった。涼宮ハルヒコ、長門有希(ゆうき)、朝比奈ミライ、古泉一姫(いつき)と名づけられた怪しげな写真の一団を見た面々は、先刻からあれやこれやの議論を戦わせていたのだが。
「うふ、キョンくんかわいい〜」
「……」
 ああ、いやその。つまり例のアレ『キョン子(仮)』というのを見て激萌え中の朝比奈さんがいたりするわけで。
 いやしかしでもですね朝比奈さん、ご説明したようにこいつ凄く性格悪いわけで。
 だが朝比奈さんはにっこり笑って俺の言葉を遮った。
「うふふ、キョン君がきっとウブで可愛く見えたのね。ちょっとからかってみたって感じかな?」
「いやぁ、朝比奈さんの弁護はある意味ありがたいものがありますが、正直そんな可愛いもんじゃ……」
 だが何故かどういうわけか、長門や古泉までもが朝比奈さんに同意した。
「お話を伺う限り、本気であなたに危害を加えるつもりだったようには見えませんからね。朝比奈さんの言われるようにお茶目の範疇(はんちゅう)でしょう」
「あの程度なら、軽い悪戯ですむと思われる」
 な、なななんでこういうタイミングで団結するかな、こいつら。
 とまぁ、そんな話をしていた俺たちはとってもやばいものが接近しているのに迂闊にも気づかなかった。信じられない事に長門すら気づいちゃいなかった。
 
「何見てるのかしら?」
「!?」
 
 うげえハルヒ、と絶句した俺たちの驚愕虚しくハルヒは「ん?」と俺のモニターを覗き込んだ。
「何これ?……あー、もしかしてこれって私たちなわけ?性別反転ネタって奴よね。キョン、あんたこういう趣味なわけ?」
「全力で否定する」
 迷う事なく即答した。いくらなんでもその誤解だけは勘弁だった。
「んん、でも随分クオリティ高いわね。これほどの加工技術があれば何か流用できそう。作ったのは有希?」
「そう」
 まぁ嘘はついてないな。データソースがあるか全くの創作かの違いがあるとはいえ。
「ふ〜ん、ちょっと悪趣味かなと思うけどこれ技術はとんでもなくない?まるでこのまま本人がいて歩き出しそうじゃないの」
 歩くさ。ていうか実在の人物だしな、全員。
 ハルヒは感心したように写真を一枚一枚見ている。まず自分の顔見て「なにこいつ、なんか超むかつく顔ね」とか眉をつりあげてみたり「うわ、有希すっごいイケメン……ねえこれ紙に落とせない?」などと騒ぎはじめた。「みくるちゃん、さすがにこれは男の子に見えないんじゃないかなぁ。いや、超絶可愛くてこれはこれでいいんだけど♪」「ええええ、なんで古泉君がこんなんなるわけ?あ、でもいかにも策略家っぽい目線は共通なのね」なんて会話をしながらあれこれ見ていたわけだが、これまた当然のように『キョン子(仮)』のところでピタリと止まるわけで。
「…………」
 無言でパソコンひっ掴むとなぜか俺の横に並べてみたりするわけで。
「……ねえキョン」
「なんだよ?」
「来週一週間だけこっちにならない?メイドさんひとり足りないんだけど」
「できるかっ!」
 出し抜けに何言い出すかと思えば。
「てゆーかそもそもメイドさんてなんだ。学園祭まではまだ間があるぞ」
「いやいや、ほらENOZ覚えてる?あの子たちのライブに応援行きたいんだけどー」
 などとアホな事抜かすハルヒを相手にためいきをつきまくる事になるわけで。
 そんでもって、あっちの世界から呼び戻してくれた礼だってまだちゃんと言えてないって事に今更のように気づいたりするわけだが、しかし全くひとの事をきかないハルヒの相手をしているうちに時間だけが過ぎてしまうわけで。
 そしてまた夕方になった。
 
 珍しい事もあるもので、帰りがなぜか長門と二人になった。
 世界は夕焼けの赤に染まっていた。そんな中、俺と長門は学校の坂を降り、街に向ってとぼとぼ歩いていた。
「……何が知りたいの」
 唐突に長門がぽつりと言った。
「なんだ、俺が質問したがってると思って待っててくれたのか。悪い事したな」
「いい」
 長門はピタリと足を止めた。後ろを歩いていた俺も止まった。
 そのまま振り返らずに赤い闇の中、長門は言った。
「最初に言っておく。それはもうあなたには意味のない情報」
「何を聞きたいかはわかってるんだな……そう、あの世界の『その後』だ」
 皆にあの世界について話す時、長門は人物データや過去の情報のみを公開し、そして現状どうなっているかについては全く語ろうとしなかった。それは現地を覚えている俺には非常に不吉な予感をもたらしたわけで、そういう事情があってどうしても聞きたかった。
「知りたいの」
「ああ」
「……わかった」
 そう言うと再び長門は歩き出した。俺もそれに従った。
 赤みが深くなっていく世界の中。いつしか世界は、俺と長門だけが動いているようにも見えた。それはまるで俺たちのまわりだけが切り取られ、永遠にどこか別の場所に封じられてしまったような錯覚すら起こさせた。
「……あの世界は滅びた」
 ぽつり、と長門はつぶやいた。それは唐突で短く、そして断定だった。
「彼女──仮にキョン子とする──キョン子と向こうのわたしの関係が涼宮ハルヒコ──あの世界の涼宮ハルヒに漏洩した。時はあの直後」
「……あの直後?俺がこっちの世界に戻った直後って事か?なんでまた?」
 そう、と長門は頷いた。
「あの日、彼らのSOS団は小さなイベントを行うはずだった。しかしあなたがキョン子の精神に憑依してしまったために当然イベントは開催不可能となった。だが向こうのわたしはキョン子の声色を使い、体調不良を装った電話をかけるだけの処置にとどめ、キョン子の自宅不在という矛盾を埋めるための情報操作を怠った。
 その事実が、かねてから二人の関係を疑っていた涼宮ハルヒコの疑念に火をつけてしまった。
 涼宮ハルヒコは涼宮ハルヒほど傍若無人ではない。だが基本はやはり涼宮ハルヒと同一人物であり、その行動力や能力は侮れるものではなかった。涼宮ハルヒコは写真部から超望遠レンズとカメラを持ち出すと向こうのわたしの部屋の監視を試み、とうとうキョン子がいるのを確認してしまった」
「……そうか」
 しかし、そこからどう転んで破滅につながったんだ?
 まさかいきなりハルヒ、いやハルヒコか。どっちにしろ同一人物というのなら、いきなり世界を破滅させるわけがない。おそらくは真っ正面から詰問に出たのだろう。ふたりがくっついた事自体も問題かもしれないが、それを隠していた事だってハルヒの性格を考えれば耐えがたい事に違いないからな。
「そう」
 長門は俺の考えを肯定するようにつぶやいた。
「あなたの言葉はおそらく正しい。涼宮ハルヒも涼宮ハルヒコも基本の性格は全く同じ。だからいっその事、真っ正面からキョン子をとりあうという路線に変更すれば、多少の問題は発生しても最悪の悲劇は避けられたはず。だがそれは実現しなかった」
「なぜだ?」
 たとえSOS団で陳腐なラブコメを展開するハメになろうが、それでも世界が破滅するよりはよかったはずだ。どうしてそうしなかった?
「キョン子が泣いて嫌がった。向こうのわたしは彼女にそれ以上無理強いできなかった」
「……どういう事だ?」
 なんでそこで嫌がる?世界がかかってるんだ、それがわからないバカじゃなかろうに。なぜ?
 だが長門の返答は明解だった。
「キョン子と向こうのわたしの関係がヒント」
「……」
 まさか、そういう事なのか?
「それってつまり……双方公平に扱うなら、当然……ハルヒコだっけか。そいつとも関係を結ばにゃならないってのか?そんなバカな!」
「でも、涼宮ハルヒコはそれを求めた」
 おいおい。
「……信じられん、本当にハルヒの男版なのかそいつは?」
 ハルヒはバカで理不尽で滅茶苦茶な奴だが、ガツンと言われてわからないバカじゃない。単にあいつは行動原理がガキでアホなだけで、その点を除けばむしろ賢い女だと思う。
 だが俺がそれを考えた時、どこかで聞いたような小さなつぶやきが聞こえた。
 んで、ここで聞くはずのない声が聞こえたんだ。
「わからないか?キョン」
「だぁぁぁ、イケメン声!!」
 長門が唐突に、あの忘れられないイケメン声でしゃべりはじめた。
「心配するな、これは同期の結果残された残存情報にすぎない、そう思っておいたほうがいいぞ?」
「いちいち不安要素を混ぜるな!てーか元の長門に戻れっての!」
「そう」
 一瞬で元の長門に戻った。いやまぁ、声だけだしな。
「わたしにはよくわからなかった感覚だが、向こうのわたしと同期したおかげで理解できた部分もある。
 つまり、涼宮ハルヒコは愛憎に狂っていた。いつまでも振り向かないキョン子を執拗に追い求め、ストーカーじみた行動に何度も出てキョン子を辟易させている。またキョン子と向こうのわたしが肉体関係に入った最終的な要因も、ハルヒコを巻いたキョン子がわたしのマンションに逃げ込んだ事による。迷惑かけ通しである事でキョン子はわたしに負い目に近い感覚を持っていて、慰めの言葉をかけたわたしに『だったら私をあなたの所有物にして欲しい。あなたの一部なら迷惑をかけても気にせずいられる』と詰め寄ってきた」
「……マジかよ」
「マジ」
「……」
 うっげえ鳥肌たった。なんつー無茶苦茶な迫り方してんだ女の俺。まぁ、それだけ精神的に追い詰められてたんだろうが。
 長門は一度振り返って俺を見た。その表情はいつも通りだが、どこか瑞々(みずみず)しさというか生々しさを伴っていた。
「彼らのセキュリティは微妙に甘い部分があった」
「ああ」
 歌の選曲で実感した。潜在するセキュリティを意図的に無視しているような、そんな危うさを感じたぞ。
 その事を言うと、長門はゆっくりと頷いた。
「わたしにはよくわからないが、不倫などの関係にはよくある事らしい。潜在的に破滅の毒を秘めているという事自体がお互いの関係を深め、両者をしっかりと結びつけるものらしい。少なくとも二人はそうだった。
 それに、いくら隠してもいずれバレるだろう事も二人は予感していた。ハルヒコは本当に執拗だったし、SOS団の他の面々は何とかして二人を引き裂こうと画策していたから」
「……マジでか」
「マジで」
 ……ひでえ。
 じゃあ、古泉はともかく男の朝比奈さんまで二人の敵だったっていうのか?もうSOS団の(てい)なんて成してないじゃないか。
「どうしてだ?」
「……」
「あの世界ではどうしてそうなった?ハルヒコだっけ?そいつとハルヒのどこがどう違ってたんだ?」
 そうだ。そもそもどうしてそんなひどい事になっちまったんだ?
 だが、長門はためらいもせずにこう返してきた。
「何も変わらない。強いて言えばあなたとハルヒの性別が逆だったのがすべての原因」
「?」
 わけがわからん。たったそれだけの理由でどうして──。
「あ」
「わかった?」
「もしかして、性別だけって事は奴の行動はそのままなのか?自己紹介の時の宇宙人未来人がどうのとか、俺の首根っこ掴んで踊り場まで引きずった挙句部活作りに協力しろとか、あの手の電波行動までもそっくりそのまんまって事か?しかも俺が女子で奴が男子でか?」
「そう」
「それは…………」
 うわぁぁぁぁぁ痛ぇ!あいたたたた。
 さすがにダメだろそりゃ。いくら女の俺が物好きでもドン引き逃走間違いなしだぞ。
「それでもキョン子は多少の譲歩はした。部活の設立までという限定で手伝い、その後は断固として参加を拒否するつもりだったらしい。
 しかし、文芸部室で長門有希(ゆうき)を見てしまった事が彼女の未来を大きく狂わせる事になる」
「ほう」
 つまり、あの長門(男)にそこで参っちまったわけか。
「しかしよくその状況で残留したな。帰宅部になって外からアプローチするとか他に手はなかったのか?」
「それは無理」
 いつしか長門のマンションに来ていた。そのまま当たり前のように「きて」と長門は俺を招いた。もう暗いし悪いと思いつつも、話の途中だったから俺もそのままお邪魔する事にした。
 エレベータをあがり、部屋に入る。
「おじゃまします」
「……どうぞ」
 なんだ?やけに優しい声で言うんだな長門。やっぱりあの世界の長門と同期したせいなのか?
 とりあえずあがった。
 で、話は続く。
「長門有希(ゆうき)は校内に強大なファンクラブを抱えていた。入学直後に彼を見かけた者たちが結成したもので、SOS団設立活動の頃にはその人脈も含めて生徒会よりはるかに上の権力を掌握するほどに成長していた。抜け駆けしようものならその人脈を通して、全校生徒の二割ほどが確実に敵に回るほどの苛烈なものだった。
 つまり、そういう組織に所属しないキョン子の場合SOS団所属は唯一の抜け道だった。トップに涼宮ハルヒコという強烈な存在が座っているSOS団はいわば台風の目であり、そこにいる限り長門有希(ゆうき)にいかに近づこうと誰も叩かない、正しくは叩けない。涼宮ハルヒコをわざわざ敵に回そうという酔狂者はどこにもいなかったから」
「……」
 げげ、(こえ)ぇ。鳥肌立った。
 なるほど、一般生徒を避けてSOS団に逃げ込んだのか。その流れはいくらなんでも想像しなかったな。
「もちろん涼宮ハルヒコは大喜びだった。彼は理由を知らなかったが、キョン子が残留を選んでくれただけでもその時点では満足だった。何しろキョン子はあなただし、涼宮ハルヒコは涼宮ハルヒ。元々惹かれあう存在なのだから」
 いや、そのへんは強烈に否定したいところだぞ。まぁ腐れ縁程度ならありうるが。
「だが、それじゃあ結成当初から破滅要素を持っていたという事だよな?なんともコメントのしようがないんだが」
「そう」
 冗談じゃないぞ。もはやそりゃSOS団の名を借りた何か別の集団だろう。
 ハルヒの立ち位置にいる男はストーカーの上に飾り物のカカシ同様の存在で、SOS団のメンバーは全然違うところでドロドロ人間模様を繰り広げているって事だろ?しかも最後には破滅。救いも何もねえ。
 なんだかんだで俺たちはちゃんとSOS団している。ハルヒが立場上裏に関われないのはどうしようもないが、もちろんわれらが団長様を外すなんてありえん。あいつが居てこそのSOS団なんだからな。
 そう言うと長門も頷いて肯定した。
 そしてこんな事も言った。
「でも、たったひとつだけ救いが残った」
「救い?……だって世界が滅んだんだろ?」
 救いなんてどこに、と言おうとした瞬間だった。
 長門が俺の手をとってきた。何だと思った次の瞬間、俺の脳裏に何か、パパッと風景みたいなものが写ったんだ。
 
 どこともしれない異邦。たぶん地球じゃない……いやもしかしたら地球かもしれないが、そもそも人類が生まれないような根本的にどこか異質の世界。
 そこにいる、寄り添ったふたつの影。
 
 ふと気づくと風景は長門のマンション。長門が目の前にいて、湯のみが湯気をたてていた。
「……今のは何だ?」
「見た通りの風景。わたしに送られてきた。発信地は……不明」
 ウソだな。知ってるが話す気はないってか。
「これ、あいつらだよな?生き延びたのか」
「そう」
 ハルヒでなく長門を選んだあの世界の俺。愛憎のねじれから起きた破滅。
 本来なら爆心地で即死確定のはずだった二人だが、どういうわけか辛うじて脱出に成功した、という事か。
 なるほど。
 言いたい事や突っ込みたいところは誇張でなく山のようにあるが、確かにほんの小さな救いだけは残ったわけだ。
 俺はためいきをついて、そして思った。
「なぁ長門」
「なに」
「せめて……いい未来があるといいな」
「……そう」
 誰の未来か、は俺は言わなかった。
 長門もまた、どうとっていいのかわからないような返事をして、そして小さく微笑んだ。
 うん。
 さっぱりわけのわからない事件だったが、長門がこの小さな微笑みを手に入れただけでも良しとしようじゃないか。
 
 まぁ今にして思う事だが……いや正直なところ、いい考えとはいつだって事後に浮かぶものだからな。それが先に浮かべばいわゆる天才になれるんだろうが、あいにく俺は一介の凡人にすぎない。だから俺はこの時も、大変やばい地雷を自分が踏んじまっている事に全く気づいていなかった。
「……」
 長門のマンションを外から見ている瞳がある事に。
 そしてそれが、ありえないような驚天動地のイベントの幕開けである事にも。

 週あけの朝。
「おっはよーキョンちゃーん。あれぇ?どしたの?」
「……」
「キョンちゃん?」
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!ななななななないっ!ないっ!!」
 
(おわり)



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