[目次]

おやすみ、ありがとう

 あれ、いつの事だったかな。確か、戦闘のなかった日。
 俺はいつものようにコックの仕事をすませ、ちょっと練習なんかもした日だった。久しぶりにコックだけに専念できた穏やかな日。心地よい疲れが全身を包んでた。
「さて、そろそろ寝るかな」
 この部屋は俺のひとり部屋。ガイが残したゲキガングッズがいっぱいある。服とか認識票とかは遺族のひとに渡したんだけど、俺がゲキガンガー好きって聞いて、家のひとが「ぜひあなたが持っててあげてください」って言ってくれたんだっけ。
『コンコン』
 あ、はい。こんな時間に誰だろう……あれ?ルリちゃん
「どうしたの?ルリちゃん?」
 ルリちゃん、水色のパジャマを着て枕を抱いてる。困ったような顔して、もじもじしてたり。
「…すみませんテンカワさん。やむを得ない事情により、こちらで寝かせていただきたいんですけれど」
「…はぁ?」
 ちょっと、びっくりした。あのルリちゃんが、まるで迷子の子供みたいに見えたから。
 …いや、この表現は侮辱かもな。ルリちゃん、しっかりした子だけどやっぱり子供なんだし。
「どうしたの?眠れないの?」
「!あ、は、はい。…よくわかりますね」
 両親をなくした頃、俺もよく眠れない夜があった。そりゃ寂しいとか悲しいとか色々なんだけど、子供の頃っていうのはちょっとした理由でもひとりで寝るに寝られない時っていうのがあるもんだ。
「ふふ、ルリちゃんの顔にそう書いてあるよ。…もしかして、恐い夢でも見たの?」
「…そういうわけではないんですけど……と、とにかく入っていいですか?」
「あぁいいよ。さ、入って」
「はい」
 いつまでもパジャマ姿の女の子を廊下に立たせとくわけにもいかない。俺はルリちゃんを中に入れた。

 髪をツインテールにしてないルリちゃんって、はじめて見た。
 意外に女の子してるなぁっていうのが正直な感想だった。澄んだ色の瞳のせいか、大人びた態度のせいか。とても11や12の子供には見えない。立派に、ちゃんと女の子してるようだった。
「コーヒーでも飲む?」
「有難いですけど今は結構です。それより、眠らせてください。」
「ん、いいけど…ほんとにここでいいの?ミナトさんとかユリカは?メグミちゃんとか?」
「ユリカさんは寝相が悪いです。ミナトさんは着せ替え人形されたうえに抱き枕にされますから結局眠れません。メグミさんは…残念ですが、寝かせていただく程には親しくないんです私」
「そうなの?」
「はい。それにメグミさんの場合、気を使わせてしまいます。あのひと、なまじ看護婦資格ありますから」
「へぇ…」
 そりゃ知らなかった。
「でもいいのかなぁ。いちおう男なんだけど俺」
「問題ありません。私は少女ですが大人の女性、というわけでもありませんから…残念ですが」
「え?なに?」
「なんでもありません。そういうわけなのでもう寝ましょう。テンカワさんも私も朝からお仕事ですし」
「ん、そうだね。じゃ、そうすっか!」
「はい」
 ちょっとまずいかな、という気もしたけど、確かにルリちゃんの言うことももっともだ。この子相手にその気になったりしたら、ちょっとあぶない奴だろう。
 とりあえず、俺はルリちゃんにちょっと入口で待ってもらい、ベッドを空けた。ついでに、見付からないようにガイの残したエロ本なんかもベッドの下に隠す。こんなの見付かったら洒落にならないからな。
「はい、いいよルリちゃん」
「はい。」
 とことことルリちゃんが入ってくる。…でも、ベッドの横、床に敷いてある毛布を見て眉をしかめた。
「…まさかと思いますがテンカワさん、床で寝るおつもりですか?」
「あ、大丈夫だから気にしないで。俺、こっちが気楽だし」
「…ばかな事言わないでください」
 ……へ?
「パイロットもコックも休養第一です。これでテンカワさんに何かあったら私が困ります。」
「!い、いやでもそれは」
「それに!」
「?」
「……ごめんなさい。その、一緒に寝てください…でないと意味がないです」
「……あ、あぁ、そういう事、か」
「はい、わがまま言ってすみません」
「いや、いいよ別にルリちゃんなら」
 はは、意外に寂しがり屋なんだな。ひとりで寝られないなんて。…昔を思い出すなぁ、なんか。
「……」
 ルリちゃんはなんだか、なんともいえない微妙な顔をしていた。

 思ったよりずっと、ルリちゃんは温かくて柔らかだった。
 いつもは「子供」って部分が頭にあるせいか、必要以上に痩せて見えるのかもしれない。「すみません」と言って俺にしがみつくと、トクトクと思ったより速い小さな鼓動と、温かさと柔らかさが俺を包み込んだ。
 …不思議だ。
 俺よりずっと小さい身体なのに、とても大きく、優しく感じる。匂いもいい。そりゃセクシーと言うにはさすがに早いけど、俺は不思議なくらい自分がリラックスして、昼間の疲れがみるみる溶けてくるのを感じていた。
「…あ」
 気がつくと、俺もルリちゃんをだきしめていた。
「…どうですか?テンカワさん」
「すごく気持ちいい。…なんだかよく眠れそうだ」
「…私もです。とてもいい気持ち」
「…あぁ…おやすみ」
「はい」
 あ、だめだ。もう意識がとろけてきた。…ほんとに気持ちいいや。
「(…オモイカネ、記録よろしく)」
 ん…何かつぶやいてるなルリちゃん。寝なくちゃだめだろ君も。
「大丈夫です。ちょっと暑いので上のボタン外してるだけですから」
 あ、そう。
「暑くないですか?テンカワさん」
「…そういえば、ちょっと暑い…」
「二人ですからね。テンカワさんも、ちょっと脱ぎましょう。」
「……」
「……はぁ。安息香ってよく効くんですね。もう寝ちゃってます」
『元々、アロマテラピーにも使うようなものですから。テンカワさんはそれだけ疲れているのでしょう』
「そうですか。わざわざ使った甲斐があったというものですね」
『いいですけど…ほんとにやるんですか?』
「服なんて着てない方がリラックスできる。そう言ったのはあなたですよオモイカネ?」
『それはそうですが……これはいくらなんでもまずいのでは』
「問題ないですよ。たとえとって食われたとしても、テンカワさんはちゃんとした人ですからね。責任逃れしたり逃げるような事はしないでしょう」
『…知りませんよ私は』
 よくわからないけど、ルリちゃんは誰かと話をしているみたいだ。
 起きようとしたけど、きゅっと温かいものにだきしめられた。それは力強いものではなかったけど、ぽかぽかしてとても柔らかかった。とてもいい香りがした。俺は眠りこけながら、その柔らかいものを抱き返した。
「(…あ)」
「…ん……」
 よくわからないけど、それは一瞬、怯えたように震えた。だから、ぽん、ぽんと呼吸にあわせるように、背中をゆっくり叩いてあげた。小さい時に誰かにしてもらったように。すると落ち着いたらしく、何かが頬ずりするようにふわふわ、と俺の頬をくすぐった。とても気持ちよかった。
「(……おやすみなさい)」

 翌朝、俺とルリちゃんは揃って遅刻寸前になった。
 皆には、朝出会ってごはんを一緒してた、とふたりで口裏をあわせた。実際に食べたのは冷蔵庫にあったありあわせだけど。おわびに、今度本当に「俺の部屋で」何か食べさせてあげるって約束までさせられることになった。
(…いや、状況が状況だし、あれは俺のせいじゃないって言っても…なぁ。)
 やっぱり暑かったんだろう。目覚めた時、俺が抱きしめてたのはなんと一糸まとわぬ全裸のルリちゃんだった。俺も上半身裸で、パンツもずれていた。寝相からして、ルリちゃんが寝ながらずらしていったと思われた。
 さすがにたまげた。というか、不覚にも俺の下半身が硬直してしまった。さらにその場所にはちょうどルリちゃんの下腹部があった。布一枚隔てた先は…!それに気づいた俺はさすがに真っ青になり、あわててルリちゃんを引きはがそうとした。
 そして、「ん…」なんて言って身をよじったルリちゃんは…………い、言うまい。とてもじゃないが口には出せない。あ、あは、あははははははっ!!!(大汗)
『テンカワさん』
「ん?なに?」
 朝の仕事がひと段落つき、ブリーフィングルームに居たらルリちゃんのウインドウが開いた。
『今朝はどたばたしてすみませんでした。』
「あぁ、そんなのいいよ。それより、よく眠れた?」
『はい、とっても。恥ずかしい話ですが、とても寝心地がよくて、つい寝坊しかけてしまいました。』
「そう?いや、ずいぶん寝苦しかったんじゃないかと」
『あぁ、あれですか…すみません。私、研究所に居た頃、寝る時は何も身につけてなかったんです。』
「あ、そういうこと。」
『はい。テンカワさんは如何でしたか?』
 正直いうと、とても気持ちよかった。
 あのポカポカしたいい感触は、どうやらルリちゃんの素肌そのものだったらしい。恥ずかしい話だけど、親があんな形で子供時代に死んじまってる俺は、ココロのどこかでそういう「肌をすりあわせる愛情」に飢えているのかな、なぁんて事をちょっと考えてしまったりもしていた。
 だが、あたりまえだけどそれをルリちゃんに言う事はできない。第三者の目にもいい事とは思えないし、まだちょっと早いとはいえルリちゃんは充分に女の子だ。またあんな夜を過ごせば、今度は別の意味で「抱いて」しまう事にならないとも限らない。
『はぁ。それはよかったです』
「?はい?俺、何か言った?」
『いえ。それより夜の件ですが、イネスさんに相談して診断書を発行して貰いました』
「…へ?」
 な、なんだ?
『実は以前から、夜よく眠れない事でイネスさんにずっと相談していたんです。誰かと一緒に寝る事も推奨されいてたんですが、昨夜言ったような理由でなかなか実行できなかったんですね。ですが昨夜の件をお話して簡単に検査して頂いたところ、とても良好だと言われました。で、プロスペクターさんの方にも許可をいただきまして』
 はぁ!?
『(キシュン!)アキト君…あ、ホシノルリもいるわね。ちょうどいいわ。あんたたち、今夜から二人で寝なさい。これは医師としての命令よ。もうスケジュールはあわせてあるから後で確認して頂戴ね』
「えぇぇぇぇ!?ち、ちょっと待ってください。そんな事許されるわけが…」
『普通はね。ただこの場合、彼女はこの船にとって重要人物で代えがない、ていう事実があるの。そんな彼女が不眠症で苦しんでる…で、君はそれを解消するキーパーソン。まぁ異性っていうのがちょっと厄介な点ではあるけど、まぁアキト君なら問題ないでしょう。問題あるとすれば、君が艦長やパイロット仲間、一部の男性に詰問されるくらいだけど…まぁ無理にとは言わないけど、私としては彼女を助けてあげて欲しいの。どう?』
「ど、どうって……そりゃ、俺は構わないっすけど」
『ん、決まりね。というわけでホシノルリ、後で医務室にいらっしゃい。念のために渡しておくものがあるから』
『わかりました。よろしくお願いします』
「いいのよ。あと、何かあったらいつでも相談に来るといいわ。これはアキト君もね』
「あ、はい」
『ありがとうございます』

 そんなこんなで、俺とルリちゃんは事実上、一緒の部屋になった。
 最初、彼女は寝に来るだけだった。でも、元々彼女は部屋に私物がほとんどなかった。で、彼女の寝具や着替えがだんだん俺の部屋に移り…そして代わりに、ガイのゲキガングッズの一部、入り切らないものをルリちゃんの部屋にもっていった。
 ユリカたちには最初、むちゃくちゃ言われた。変態という噂が立ち、一時は男女問わず総スカンを食らったりもした。でも、イネスさん曰く「彼女にはアキト君が必要なのよ。できれば、わかってあげて欲しいわね」なんてしみじみと言うもんだから、なんだか話が変な方向に走ってしまい、いつのまにか俺たちは恋人同士のように言われるようになってしまった。
「別にいいじゃないですか。言いたいひとには言わせておけば」
「いいけど、ルリちゃん大変じゃないか?なんかよくわかんないけど、ユリカとかメグミちゃんとかに何か言われたりしてないか?」
「大丈夫ですよ。メグミさんにはちょっと言われましたけど、ユリカさんなんて」
「あ、アキトアキト!」
「わっ!」
 気がつくと、ユリカの顔が俺とルリちゃんの間にぬっと現れていた。
「ねーねーアキト、今晩行っていい?親子三人で寝よ!」
「ま、待て待て、いつから俺たち親子になったんだ?」
「え〜?親子でしょ?私とアキトが夫婦でぇ、ルリちゃんは娘」
「…あのなぁ」
 どうやら、うまい具合に脳内変換しているみたいだ。
「それよりアキトさん。エステの方はどうですか?」
「うん、いい感じ。あのシミュレーションプログラムのおかげかな」
「それは光栄です。作った甲斐がありました」
「え?え?なになにアキト?」
「あぁ、ルリちゃんがエステのソフト面からの改良と、新しいシミュレーションを用意してくれたんだ。いい感じだよ」
「へぇ〜。…すっごい」
「そうでもないです。エステの方はいわばテンカワSPLとでも言うべきものですから、一般的には応用が効きません。アキトさん専用と割りきって調整する事で、悪い意味でも汎用品であるエステの性能をある程度上げて少し扱いやすくする事ができました」
「ごめんね。こんな事までしてもらって」
「お世話になってますから。これくらいは当然です」
「……」
「…♪」
「あ〜!ちょ、ちょっとなに二人で雰囲気作ってるの!だめ!だめだめ!ふたりとも離れなさ〜いっ!!」
「拒否します」
「おいおいユリカ…」
 まぁ、何言いたいかわからないわけじゃないんだけど。
 今のところ、俺とルリちゃんは一緒に寝ているだけだ。でも、次第にルリちゃんの行動がエスカレートしているのは俺にもなんとなくわかる。最初は「お願い」されて肩をもんだり背中をさすってあげたりしたくらいだったけど……今じゃ、寝る前にキスして全身マッサージ、だもんなぁ…。俺の立ってたそれ、し、鎮められた事もあるし……あはは(滝汗)
 まぁ、俺の勝手な思い上がりって可能性もまだあるけど…どうもルリちゃんは、俺と、その、そういう関係になる事を望んでいるんじゃないかな、と思うんだ。
(いいかげん気づいてください。鈍すぎです)
「ん?何かいった?ルリちゃん」
「いえ、何でも。それより今夜のおかずは何ですか?」
「えーとね」
「えぇぇっ!ごはんまで一緒なの二人とも!?」
「はい。正確にはアキトさんの修行のためですが。私は実験台、というわけです」
「ルリちゃんの味覚は素直だからね。まずければまずいって的確に指摘してくれるし」
「へぇ……ねえアキト」
「おまえは『おいしい』しか言わないからダメ」
「ええ〜!」
 しかし、こうやって笑ってると、ルリちゃんほんとに可愛いな。
 なんで俺なんかを選んでくれたのか、正直聞きたくはある。きっと何か理由があると思うんだ。イネスさんもきっと知ってるんだと思うし。
 でも、ルリちゃんがいつか話してくれるまで、俺は聞かない事にしてる。いつか話してくれるその時まで。
「…そうですね。いつか戦争が終わったら、アキトさんの隣でチャルメラ吹いて暮らすため、ていうのはどうでしょうか?」
「!聞いてたの?」
「はい」
「…チャルメラ?ラーメン屋か……なれるのかな?」
「なれますよ。私が保証します」
「そっか……そうだね」
「はい」

(おわり)



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