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浴衣写真

「あの……ねえ愛ちゃん絵理ちゃん」
「涼さん、やっぱりよく似合いますねえ」
「うん。柔らかい感じが、涼さんの雰囲気にとても映える?」
「いや、あのね。その」
 
 とあるデパートの特別室。
 色違いの浴衣を着た三人の娘、それに四名ほどの店員らしき者がいる。ただし四名のうちのひとりは基本的に直接手を出してはいない。今もそうで、時々どこかに連絡している以外には特に何もしていない。
「えっと……あの、なんでおそろいの浴衣?」
「何言ってるんですか涼さん?似合うからに決まってるじゃないですか!」
「そういう問題じゃないと思うんだけど……」
「あ……それとも、わたしたちとおそろいじゃイヤですか?」
「そ、そういう問題じゃないから!」
 一番年少らしい娘がちょっとしょげたような顔をした途端、年長らしい娘が困った顔でそれを訂正した。ふたりの様子を見ている三人目の娘は、ただ満足気ににっこり笑った。
 浴衣を着ている。まだその季節には少し早いのだが、ここはデパート。ようするに試着中なのである。
 三人とも基本的なデザインはおそろい。つまり無地に花柄だが、色や花のデザインがひとりひとり異なっているため、全く別のようにも見える。
 まず一人目。
 三人の中でも元気いっぱいに見える彼女のそれは、桜色の地に虹色(にじいろ)とおぼしき花を散らしてある。着る人のイメージによっては陰気な印象を与えかねない色だがもちろんそんな事にはなっていない。むしろ元気すぎる彼女にはいい配色だろう。ご丁寧に帯にも、ただしこちらは少し強めの紅色を配している。
 次に二人目。
 こちらは正反対。三人のうちでも最も大人しげな人物なのだが、そこに上品さと気品を込めて紫水晶(むらさきすいしょう)相思鼠(そうしねず)の花。相思鼠とは平たくいえば紫を帯びて澄み渡る灰色で、物静かな印象に気品を醸しだすことに成功している。
 そして最後。
 先刻からどういうわけか渋い顔をしている娘は、最も古風。若芽色(わかめいろ)とおぼしき地に、萌黄(もえぎ)色……いやこれは鶸萌黄(ひわもえぎ)か。色にふさわしく花よりむしろ若葉をも思わせる模様なのが少しだけ二人と異なっているが、とにかく全体に少し大人びて見える。もともと三人の中でもまとめ役的な雰囲気を持っている事もあいまって、非常に落ち着いた印象を醸し出している。
 これで三名。それぞれに印象は違うが甲乙付けがたい大変な美少女たち。
 それもそのはず、それぞれに相当なファンを抱えた人気アイドルであり、特に最後のひとりに至っては、この国に知らぬ者なしとさえいわれるトップ・アイドルなのである。そんな三名がこんなところで何をしているかというと、まぁ簡単に言えば都合よく全員同時に半日オフになったわけであるが、もちろんそれは大人の事情が色々と噛み合っている。でなければ、特に最後のひとりをここに同席させるのは不可能に近いはずだった。
 
 さて。話は最初に戻る。
 下のふたりが終始和やかなのに比べ、年長のひとりは終始困った顔を崩さない。おそらく下のふたりが彼女を連れてきたのだろうが、それにしても妙である。おまけにそれを見ている店員たちもなぜか非常に楽しそう。
 その意味はすぐにわかる。
「あの。僕男なのに、どうして?」
「涼さん、そんな心配しなくてもすごくよく似あってますから!……ちょっとうらやましいくらい」
「うん」
「いやいやちょっとまって、だから似合うとかそういう問題じゃなくて」
 そう。実は年長の「少女」はなんと男の子であった。
 秋月涼(あきづきりょう)
 彼はひょんなことから、男性なのに女性アイドルとしてデビューする羽目になってしまった人物である。だが本当に凄いのはそこではない。彼は性別を隠したまま女の子アイドルとして躍進を続け、なんとトップアイドルの座にまでたどり着いてしまったのである。男の身で、並み居る日本中の美少女たちをかきわけて!
 だが涼の伝説はそこでは終わらなかった。
 トップにたどり着いた涼はいよいよ本来の目的を果たすべく動き出した。つまり性別を偽らず本来の性をカミングアウトしようとしたのである。トップアイドルというドル箱を失いたくない業界はこぞって涼に妨害をしかけたのだが、それでも涼はあきらめなかった。大きな味方も得、とうとうカミングアウトに成功。男性アイドルに転向して活動開始したのである。
 強力な味方を得た結果とはいえ、無位無冠の十五やそこらの男の子が、芸能界や放送業界といったマスコミをまとめてねじ伏せた。
 この事はさりげに大きかった。
 涼のやらかした事の物凄さ、この意味のわかる人たちはむしろ進んで涼にチャンスを与えた。もちろん涼本人は性別を偽ったうえでトップに立てるほどの実力者なわけで、結果として涼はカミングアウト前よりもさらに大きな人気を獲得してしまった。
 なるほど、性別を隠して活動し、後にカミングアウトした歌手なら過去にもいる。事実、紅白に男性の身で赤組出場したのは涼が最初ではない。
 だが、純粋な歌手でなくタレントで、しかもデビュー当時から普通に女の子アイドルで水着撮影までしていた人物が男性アイドルに転向、なんて例はいくらなんでも前代未聞であった。なにしろ同じテントで川の字で寝ても他のふたりが男の子と気付かないほどに完全無欠な女の子ぶりだったというのだから。
 閑話休題。
「だから僕は男だからさ。やっぱりその」
「……やっぱり涼さん、わたしたちとおそろいだと嫌なんだ」
「だ、だからちょっと愛ちゃん泣かないで、そんな意味じゃないから!」
 当たり前のように女ものの浴衣を着せられた涼は大いに不満そうであったが、そのたびに理路整然と突っ込まれたり泣き落としされたり結局はなすがままだった。
 もともとこの三人はデビュー当初から大変仲がいい。それぞれに大きな問題を抱えていた事、同じプロダクションの同世代がこの三人だけである事、三人がそれぞれ少しずつ異なるタイプであるという事もあるのだろう。同じ事務所だろうと潰しあう事すら珍しくもない芸能界にあって、かなり仲がよいと言われる765プロのアイドルたちをも凌駕するとすら言われている。
 ひと呼んで『876プロの三人娘』。
 涼だけは「僕は『娘』じゃないよ」と大変不満そうなのだが実はこの言葉、涼のカミングアウト後にできたのである。どうやら芸能界も市場もファンすらも、涼を「どっちもあり」と認識してしまったらしい。イケメンを目指していた本人にはお気の毒さまというしかないのだが、これだって欲しがる者には決して得られぬ非凡の才なのは間違いない。
 まぁ涼の内心はともかく、三人三色のかわいらしい三人娘が揃うとやはり絵になる。店員たちはその愛らしさに目を細めたが、さて、そうなったところで動き出したのが四人目の店員である。
「お三方、もしよろしければそのまま撮影スタジオにまいりませんか?」
「あ、はい」
 紫水晶の娘、つまり水谷絵理がその店員の方を向く。だが別に驚いた顔ではないところをみると、最初から織り込み済みのイベントなのかもしれない。
「どういうことですか?絵理さん」
 状況のわかっていない桜色の娘、つまり日高愛が首をかしげた。
「うん、撮影させてほしいって。記念にいいかも?」
「あ、いいですね!」
 絵理がほほえみ、うんうんと同意する愛。その店員も得たりと笑顔を浮かべた。
「実はこの浴衣はですね、もともとお三方のイメージでデザインされたものなんです。もちろん利用にあたりましては事務所の方に確認させていただきますが」
「はい。どうぞ」
「ありがとうございます」
「ちょ、ちょっと絵理ちゃん!そういう事勝手に決めちゃまずいんじゃ……」
 しかし真面目な涼の方はそうはいかない。あわてて絵理を止めようとしたが、
「いい。勝手に決めてないから?」
「え?そうなの?」
 絵理はこっくりと頷いた。
「むしろ、わたしたちの方がお仕事の話に便乗してる?」
「は?……あー、そういう事?」
「うん」
 嘘は言っていない。実際に事務所とここの売場の間では話が通っていて、よさげな衣装があれば撮影して販促に使える事になっている。当然できた写真は一度チェックが入るのだが。
 もちろんその経緯にはちょっと裏もあるのだが、そちらは言わずが華だろう。策士水谷ももちろん話すつもりはない。
「そっか、仕事じゃあ仕方ないか……けどどうして女物の浴衣なんだろ」
 涼が不服なのは確かにごもっとも。しかし、そもそもカミングアウト後も紅白は赤組のまま、という時点であきらめたほうがいいと思うのだが。
 クスクス笑うふたりに引っ張られ、とぼとぼとスタジオに移動する涼だった。
 
 ちなみに余談。
 この時の浴衣写真ポスターは店頭張り出し分しかなかったのに、大売出しが始まった途端にたちまち全部盗まれてしまった。デパートの浴衣フェアの方も記録的な売上増だったが、写真そのものの販売はないのかという問い合わせが殺到、こちらの応対でも大変な騒ぎになってしまった。最終的には876プロの方でこの応対を引き受ける事になり、イベントの際にポスタープレゼントを行う事で何とか落ちをつけた。
 そしてこの年から毎年、876プロの少女アイドルは一度はこのデパートで撮影するようになったそうである。
「少女じゃないってば」
「はいはい」
 
(おわり)



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