[目次][戻る]

後日談

 結婚式が終わり、わたしはためいきをついた。
 わたしは夫とホテルにいる。今夜には冬木の町を出る。ハネムーンだ。帰れば仕事が待ってるけど、しばらくは夫とふたりでのんびりする事ができるだろう。
「へぇ。そんなことがあったんだ」
「そんなことじゃないでしょ?この町で赤い魔法使いなんつったら誰がいるのよ。あんたの叔母さんの事じゃないのこれ?」
「…ま、凛おばさんしかいないだろ。まったく何やってんだかあのひとも」
 夫はわたしのママの昔話を聞き、困ったように頭をかいた。
 わたしの夫は「魔術使い」だ。父は魔術使いで母は魔術師。そういう奇特な家に生まれ、サーヴァントなんていう常識外の「お姉さん」までいるという、まるでこの世の非常識を全部かき集めてシェイクしたようなとんでもない育ち方をしている。
 もっとも、そんな秘密秘密の家庭事情をわたしは小さい頃から知ってたのだが…知った理由?簡単である。その常識外の「お姉さん」だ。わたしは幼児の頃、彼女の駆るペガサスに乗せてもらった事があったりしちゃうのだ。物心つく前のことでわたしが覚えてるなんて彼女は夢にも思ってなかったらしいんだけど、ある日わたしは彼女に言ったのだ。「あの」「何ですか?」「お礼言うの忘れてたの。昔のことだけど」「昔、ですか?」「うん。ペガサス乗せてくれてありがと」「!!」…って感じに。
 その後いろいろあって、彼女がギリシャ神話の魔女メデューサそのひとである事も教えてもらったりした。彼と婚約し、魔術のことなんかも知らされてからの話だけど。
 まぁそのあたりにもいろいろある。きっとこの話をわたしがするのも、母がそうだったように歳をとってからなんだろうな。あのひとたちを大切に思えばこそ、そういう話は時効がくるまで胸の奥に潜めておくべきだと思うのだ。
 この町には、魔術師がいる。魔法使いがいる。神話の世界からきたひともいる。誰も知らないけど知ってるひともいる。うちのママのようにだ。言わないけど。
 世界なんてきっとそんなもの。非日常は日常のすぐとなりで普通に歩いていたりするものなんだ。
 それにしても。
「はぁ…期待してるからね」
「やぶからぼうになんだよ。それじゃ意味がわからん」
「あんたと結婚したら、桜さんみたいなナイスバディにしてくれるんでしょ?めっちゃくちゃ期待してんだから裏切らないでよね」
「…信じるなよおまえ。つーかもう『桜さん』じゃねーだろ。俺の母親だぜあのひと」
「そうね。40越えてるんだよね〜。やつぱあれって魔術師だから?凛おばさまもそういや年齢不詳じみてるわよね。桜さんほどじゃないけど」
「言っただろ。あのひとたちは特別だし凛おばさんなんて本物の『魔法使い』だぜ?もうまともな人間の尺度なんて通用しないって」
「…そうね」
 なにしろ、目の前にいるこいつが幼稚園の遠足にいってた時の写真と大差ない顔してるひとたちだ。何が起きても不思議じゃないだろう。
「…本物の魔法使い、か」
「なんだよ?」
「いや…子供って凄いなって」
「だな。俺も子供できたら注意しなくちゃな」
「…そうね」
「なんだよ」
「なんでもなーい」
「?」
 夫のズレた意見にわたしはちょっと呆れつつ、その間抜け顔にけたたましく笑った。

 (おわり)



感想メールフォーム


PLZ 選んでください(未選択だとエラー)







-+-
inserted by FC2 system