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本編

「さぁ、今はこのくらいにしておきましょう士郎くん」
 疲れきった頭に、キャスターの優しい声が響いた。
 数日前まで埃だらけの場所だった土蔵だが、今は見違えるほどに整理整頓されている。いくつもの魔術品が置かれ床には古い魔方陣。外から見た姿こそ土蔵のままだが中身はしっかりと魔術師の『工房』に変わり果てていた。
 そんな中、衛宮士郎は何度目かの鍛錬を終えていた。
「どう?疲れた?」
「さすがにね。なんていうか、数時間おきにフルマラソンしている気分かな」
「まぁ仕方ないわ。貴方の使える魔術で戦いに使えるものはたったひとつ。しかもその魔術はキャスターたる私の目から見てもあまりに興味深く深遠なもの。それを即興で鍛え上げるんだもの」
「…まぁね」
 半人前以前のへっぽこ魔術師見習いだった衛宮士郎。
 だが偶然の産物とはいえキャスターのマスターになった。そうなった以上は戦わないわけにはいかない。何よりキャスターは大がつくほどとはいえあくまで魔術師であり物理戦闘なぞ不可能なわけで、生き残るためには強さが必要だった。
 実際彼らは、既に実戦を経験してしまっていた。
 まだ戦争は始まっていないというのに、ランサーと遭遇してしまったのだ。キャスターの機転と士郎の奇行でどうにか死なずにすんだとはいえ彼我の力の差はあまりにも大きすぎた。なによりかのランサーも「こりゃお話にならねえな。少し鍛えろや」と呆れて帰ってしまったほどなのだから。
 ようするに、しかる後に再戦しにくるつもりなのだろう。
「それにしても、凄まじい魔術効果ね。士郎くんの体質を決定づけた素因なんでしょうけど」
「あぁ、例の『鞘』か。しかしいったいなんなんだろうなそれ」
 まぁ、その謎の『鞘』のおかげで無茶な魔術訓練もできるのだ。今は素直に感謝するしかないのだが。
 果たして、キャスターも士郎の問いかけに肩をすくめた。
「さあね。貴方の記憶から推測するに、幼い頃に死にかけの貴方を救ったのもこれでしょうけど…私にわかるのはただひとつ、おそらくこれは前回の聖杯戦争で使われたもののひとつだろうって事くらいだわ。『鞘』である以上この宝具の本来の持ち主は剣士。…おそらくはセイバーを呼ぶための触媒ということね」
「セイバーか…」
 実際、最強のサーヴァントであるそれを呼ぶ因子が自分の体内にあるというのは、寝耳に水とはいえこの異常事態にあっては心強いのも事実だったのだ。
 だがしかし、
「けれど今回の聖杯戦争でセイバーは既に現界しているわ。それも最悪なことに過去の私に近い時代の者。…はっきりいってあれは強敵どころじゃないわよ。あれとぶつかる事だけは避けなくちゃ」
「…英雄ヘラクレスか。でもさキャスター、それじゃこの場合はどうなるんだ?」
「残っているのは…状況からしてバーサーカーしかないわね。まぁ士郎くんの『鞘』に連なる者にバーサーカーとして現界できる素因があればの話だけど」
 そしてそれは、ふたりにとって二重の災難を意味した。
 残ったクラスがセイバーならよかったのだ。本来ならイレギュラーだがキャスターの補助で魔力消費を抑えて二重契約を果たし、『三人で戦う』ことも不可能ではないからだ。実際、宝具級の神秘が士郎の体内にあると気づいたキャスターが最初に考えたのはまさにそれだった。
 だがバーサーカーはそうはいかない。魔力消費の点でも制御の点でも士郎の負担が大きすぎるからだ。キャスターひとりでももて余す士郎では扱いきるどころか現界すらまともにできるかどうかわからない。よって二重契約や補充のための地脈制御まで準備したもののさすがのキャスターも二の足をふんだ。はっきりいって自滅の危険が大きすぎた。
 そんなわけでキャスターがまずやったのは士郎の肉体の解析、それと『鞘』の別の使い道の模索だった。
 結果はキャスターの予想をはるかに上回っていた。士郎はいわば燃料とドライバー不在のF-1レーサーに近い。使いようによってはおそろしい威力を発揮するが使いどころを誤れば自滅すらしかねない。それはサーキットをそれなりの技量で駆ければ無敵のレーサーが、一般道ではまるでお話にならないどころか路面の凹凸すら拾えず走るだけで自壊しかねないのとよく似ていた。
 そこでキャスターは考えたのだ。だったら燃料を調達しドライバーを鍛えてやればいいと。常用はとてもできないが、いざという時には頼もしい駒に育てることもできるだろうと。
 士郎の体内の魔術品を自分と仮にリンクしなんとか起動した。神代の大魔術や禁呪すら扱えるキャスターにしてもこれは難物だった。なにより『鞘』にはキャスターが苦手とする龍種や精霊種の要素まで含まれていたからだ。生きていた時代ですらやらなかったほどの危ない橋も渡った。乏しいがこの地にある地脈からも力を引っ張る。通常なら聖地でもない衛宮邸だが魔術品はまぎれもない『高貴なる幻想』。うまくすれば溢れるばかりの魔力の供給が受けられるだろうと。
 結果としてそれはかなりの面で成功した。士郎は一度失神したが目覚めた時には27の魔術回路が全て起動。さらに溢れるばかりの魔力が常に供給される状態にもなり、同時にキャスターにも潤沢な魔力が供給されるようになったからだ。その流量たるや凄まじいもので、別途『陣地』を作成する必要がない事をキャスターは知る事になった。付け焼き刃の半端な起動であるにも関わらずである。
 とりあえず、これでなんとか戦えるだろう。
 あとは物理戦闘力。こればっかりはキャスターにもどうにもならない。かといって士郎に物理戦闘など思いもよらない。そもそも士郎に物理戦闘の才能なぞない。あくまで彼は「おかしな魔術特性をもつ一般人」にすぎないのだから。
 考えた末にキャスターは一計を講じた。士郎に自分の過去の記憶を見せ、その中から投影して使えそうな武器を探させたのだ。幸いにも彼女は神代の出身、自身は使わないとはいえ伝説の武具やそれを扱う戦士とはたくさん出会っている。それだけでもなんらかのものは得られるのではと思ったわけだ。
 結果として、それは信じられないほどうまい方向に働いた。
 今はもう名も忘れられた古代の武具たち。中には伝説の影に隠れた強力な武器もいくつかあったのだ。その中からいくつかの武器を士郎は発掘、同時にそれを操る術まで引き出して見せた。たとえば、空間を曲げ破壊力をよそに逃してしまう宝剣。異界より落ちてきた流星を素材にし途方もない手間をかけ剣の形に仕上げられたそれは神の手になる究極の宝具のような破壊力は持たないが「守る戦い」においては第一級の代物だった。生前のキャスターはそれを「風変わりな剣ね」と見ただけだったがそれを彼女の記憶ごしに見た士郎はそれが本来双剣である事や組み合わせる方法などを即座に見抜き、苦心惨憺の末に見事に剣製して見せたのだ。そんなこんなを繰り返しまた、夢ごしに見た古代戦士たちの戦いを見て戦闘について学び、士郎の技術はゆっくりと向上していったのだ。
 まぁ、これが「勝て」と言われたらさすがに士郎には無理だろう。彼にはサーヴァントどころか魔術師との戦いですらやれるかどうか疑わしい。どう学ぼうと強くなろうとそれは無理。
 だが「なんとか時間稼ぎ」なら話は別だ。攻撃はキャスターが受け持てばいいのだし、魔術が通じない相手なら士郎の力と合わせるという手もある。ヘラクレス級の怪物と戦うならいざ知らず、瞬殺されないのならその間に逃げる算段もたてられれば一計を講じる事だってできるのだろう。
「…それだけではないのだけれどね」
「??」
「今はとにかく武器のストックを増やしましょう士郎くん。本当は他にもしなくちゃならない事はたくさんあるのだけど、今はとにかく武器が欲しいわ。貴方の魔術特性は剣を作ることに特化している。いえ、正しくは無数の剣をストックしいつでも作り上げ取り出せる巨大な工房を体内に持っているようなものなの。
 忘れないで士郎くん。貴方は武器をふるって戦うひとじゃない。魔術で戦うひとでもない。そんな才能はこれっぽっちも貴方にはないわ。もとより貴方は戦うのではなく、強大な武器を次々と夢想しつくり出すのが本道。『作る』ひとなのよ貴方は。それを戦いに利用するなら」
「…貯蔵する武器の強力さとバリエーションの豊かさが勝敗を決める、か」
「そういうこと」
 キャスターは「よくできました」とにっこりと笑った。
「もちろん、こんな戦いは長時間続けられるものじゃないわ。いかに『鞘』の補助と私の細工で魔力の供給が事実上無制限だろうと、貴方本人がそんな魔術行使に耐えられるわけがないもの。いかに投影に特化した貴方でも、ひとの器である以上そんなこと続けてたらいつか確実に自滅する。
 だけど、私の魔術では…たとえばAランクの防御を破る攻撃方法がほとんどない。だからこの手の敵を破ろうと思えばそれは貴方の投影する武器が頼りになるわけ。実戦経験のない貴方を全面に出すのは本来自殺行為なんだけど、どうしてもその時だけは貴方の力が頼りになる。
 だからこそ忘れないで士郎くん。貴方がたとえ死ななくても、失神したり魔術が使えない状態になっただけで私たちは殺されてしまう可能性が高い。だからひとりで戦わないで。貴方は今風に言えば強大な大砲を扱う技師のようなもの。扱える戦闘力は山をも崩すかもしれないけど、銃弾の弾一発で簡単に殺されてしまう存在でもあるの。そしてそんな貴方を守るのは私」
「……あぁ、わかった」
 強大な魔術を扱う神代の魔女には、士郎の特性やその能力の危険性もありありとわかった。彼女にとって魔術とは日用品のようなもので研究の対象などではなかったが、素質のある可愛い侍女に魔術の手ほどきをしてやった遠い日を思い出していた。とびっきりの異端児ではあったがそれゆえに、士郎はあまりに好奇心をそそる「育てがいのある生徒」だった。
(聖杯に望みなんてなかったのだけれど…士郎くんの行く末が見られるのならそれもいいかも)
 そんなことを考えつつメディアは、士郎の頭をなでてにっこりと微笑むのだった。

 (とりあえずおわり)



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