いつかの夢だった。
血まみれの少女がいた。狂笑を浮かべたいつもの少女が、愛しげに誠をみつめていた。
血と泥濘の暗黒だった。暖かい闇と血の匂いと、死が蔓延していた。血みどろなのに少女はどこまでも純粋でどこまでも美しく、夢の中の誠はその壊れかけた精神で、うっとりとそれにみとれた。
──それは、誠だけの
『あぁ』
誠は自分の胸をみつめ、そしてそれが血にまみれているのに気づいてしまった。少女に触れられてもいないのに。
『……そうか』
そして誠は気づいた。気づいてしまった。
少女は誠を血に染めていたのでなく、血で染め上げることで誠の胸の血を隠してくれていたのだと。
誠の精神の底は未だ、癒えてはいなかった。
刹那のおかげで救われたのは事実だ。彼女に他の思惑があったのかどうかはわからないが、彼女が身をもって誠を助けてくれたことは疑う余地もない。他の誰にもそれは為しえなかっただろう。
だけど。
だけど結局のところ、それはそう簡単に癒えるものではなかった。
多感な少年時代の恋人の死というのは、大人のそれより遙かに大きなトラウマとなる。ひどい場合はまるまる生涯引きずり続ける大きな傷跡として当人の胸に深く、深く刻まれるものなのだ。
いかに刹那が手を尽くしたとて、たった数年でそこまで届くわけがない。
『うぅ……うぁ……』
誠は泣いた。号泣しながら
『殺した……おれが、おれが世界を、世界を……』
眩暈がした。もう立っていることもできなくなり、誠は泥濘の中に倒れた。
ばしゃり、という音がした。
『……』
血まみれの少女はゆっくりと誠に近づいた。泥の塊のようになっている誠を優しく抱き起こし、顔についている泥を拭い、
そして、くちづけした。
『……誠くん』
優しい声が響く。
『大丈夫ですよ誠くん。わたしがいます。
誠くんが殺したっていうんならきっとそうなんでしょう。わたしは違うと思いますけど、でも誠くんがそれを罪と感じているのなら、わたしもそれを背負います。
いつまでも、いつまでも。
だってわたしは──』
血と泥にまみれた顔。狂った瞳。
『だってわたしは、誠くんの彼女ですから──』
嬉しそうに、愛しげに頬ずりする少女。狂った笑顔と、蕩けたような女の顔。やさしく、しっかりと、今度こそ逃がさないといわんばかりに誠を抱きしめて。
誠もまた泥まみれの、狂気を帯びた瞳でそれをみあげる。
『あぁ──そうだ。そうだったね、言葉』
『はい』
かちゃり。
何かが落ちる音がした。