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再生

 セイバーはひとり、駆けていた。
 令呪の反応だけが頼りだった。行き先がどこかなどセイバーは知らないし興味もない。ただ、意志に反してシロウが拉致されたのだろう事はおそらく明白で、それだけでセイバーが駆けるには充分だった。
「もう少し……!」
 セイバーの顔が引き締まった。令呪の反応。そして濃厚なサーヴァントの気配。それがバーサーカーのそれである事は明白だったからだ。
「……お願いだシロウ、令呪を!」
 祈るように願い、駆け続ける。
 令呪はまだ、輝かない。
 
 セイバーが異変をキャッチしたのは、士郎がイリヤに拐われたのと同時刻だった。
 セイバーはそれをすぐ凛に伝えた。士郎の行方不明に気づいた凛は既に使い魔をいくつか飛ばしており、イリヤらしいマスターとその侍女が士郎をかつぎ、アインツベルンを目指している事にすぐ気づいた。そして三人で出たのだが、途中でやむにやまれぬ事情が発生。最低限の調査だけ行いすぐ後を追うということでセイバーだけが先を急いだわけだ。
 学校の結界。
 まだ日数に余裕があるはずの結界が危険な状態になっている。さすがの凛たちもそれを捨ておけないし、調査していく程度ならアーチャーの足でセイバーになんとか追い付けるだろうと凛は判断した。
「……しかし、本当にあのアーチャーは何者なのでしょう」
 走りながらセイバーは悩む。
 生前にセイバーに逢っていたといいセイバーの事を本人以上に知る者。士郎の事について助言し、その正体に気づいているらしい凛がああも心を許している存在。
「……?」
 いや待て。ちょっと待てアルトリア。
 どうしてそれを「未知の誰か」と考える必要がある?英霊とは「かつて人であった者」であり、「過去にひとであった者」とは微妙に違うはずだ。
 その証拠が自分自身ではないか。自分は過去にも呼ばれたし、遥か未来にも呼ばれたことがある。
 それはつまり──
「……まさか!」
 そして、そのおそろしい可能性にセイバーは気づいてしまう。
「そんなばかな!シロウは女性に変わってしまった。彼がシロウであるなど、ありえない……!」
 だが、本当にそうだろうか?
 並行世界というものがある。
 セイバーの時代ではそういう概念はなかったが、その言わんとすることはわかる。わずかな事象の違い。そんなひとつの可能性のひとつひとつが、まるで神の手であるかのように無限に連鎖する異世界群。
 もし、士郎が男性のままセイバーと戦い続けた世界があったら?
 正義の味方に憧れている士郎。そのありさまは女性化した現在もいささかも変わらない。父から引き継いだ夢だとそれを照れ臭そうに語った士郎。
 それはまるで、遠いいつかの自分の姿。
 そんな士郎が長い長い道程の果てに、本当に正義の味方というものに到達してしまったとしたら?
 その果てが、あの皮肉屋のアーチャーだとしたら?
「……」
 何があったのか。どんな道程をたどったのかセイバーにはわからない。わかるはずもない。
 だが。
 だが同時にセイバーにはわかる。あの弓兵の背後にあるのは自分と同等か、あるいは遥かに深遠な苦悶の闇なのだと。
 セイバー自身、国のためという目的とはいえ似たような道を歩んだ者なのだから。
「……いけない」
 セイバーはつぶやく。
「シロウ。憧れはあこがれのままにすべきです。正義の味方などと、そんなものを本気で叶えてはいけない!」
 私のように、アーチャーのようになってしまうから。
「龍と精霊の加護を受けた私でさえこうなってしまったのですよシロウ!あなたがもし私の道を歩めば」
 ──果てしない摩耗。
「……いい未来など、あるわけがないではないですか……!!」
 セイバーの速さは、もはや緩む事がなかった。
 確かにその速度は早くない。最速と言われるライダーどころか、アーチャーの足にすら及びはしない。あくまで彼女はセイバーなのだから。
 だが、ひとの常識からすればそれでも領域外の早さだった。
 弾丸のように森に突っ込む。バチバチと激しい魔術抵抗に出会うが持ち前の防御だけでそのまま尽き抜ける。前面の面積を小さくし、時おり薮や林をぶち抜けつつ一直線にシロウの反応に向かう。
 どのみちバーサーカーは出るのだし、ひとりぼっちでは陽動もきかない。
 ならばセイバーのとるべき道は、
「真っ正面から突き抜けるのみ!あとは時間稼ぎと作戦次第です!」
 せこく立ち回り戦闘を避けるとか、そういう概念を持たないあたりがいかにも彼女らしかった。
 よい意味でも、そして悪い意味でも。

「……ん」
 少女が目覚めた時、それは見知らぬベッドの上だった。
「ん……んん!?」
 まわりを見ようとした。だが次の瞬間、少女は自分ががんじがらめに拘束されているのに気づいた。
 全裸にむかれ、頑強なベルトで全身を固められていた。口にもギャグボールがはめられしゃべる事もできない。しかもそれらは少女の目でもわかるほどに強力な魔術による封印がなされ、そう簡単に破れるようなものではなかった。
「おはようシロウ。そんなかっこにしちゃってごめんね」
「んんーーー!!」
 かたわらで椅子に座り、笑うイリヤに非難の唸り声をあげた。
「本当はもっとスマートに魔術で縛るだけにしたかったんだけどね。シロウの手当てしてて気づいたの。それじゃあ足りないって」
「……?」
 困ったような顔のイリヤ。少女はわけがわからない。
 そんな少女に、イリヤはクスクスと魔術師の笑みをもらした。
「アインツベルンの魔術と歴史を甘く見てない?シロウ。シロウに混じっているものが何かくらい、調べたらすぐにわかったわ。
 さすがにびっくりしたけどね。まさか異星人との融合だったなんて。……ま、過去に実例がないとは言わないけど」
「!!」
 少女の顔が青ざめた。
「魔術防御はかけたしこの部屋も見ためは普通だけど牢獄もいいとこだわ。相手がサーヴァントや死徒・真祖級の怪物でもない限りはこの部屋から勝手に出る事なんてできない。そして肉体の自由もこの通り。
 さて、悪いけど少しだけ我慢しててね。セイバーがきてるみたいなの、とっとと始末してくるわ」
「!!」
 んー、んー、と虚しく歯向かおうとする少女にイリヤは屈みこみ、その額にやさしくキスした。
「……」
 そして、あっけにとられている少女ににっこりと微笑むと、
「少しだけ待っててね。お姉ちゃん、悪いようにしないから」
 そう言って去っていった。



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