[目次][戻る][進む]

凛とアーチャー

 ひとりの影がアインツベルンの森を走っている。
 正しくはふたり。男が女を背負い、夜の森をまるで平原を行くかの如く軽快に疾走している。
「ねえ、アーチャー」
 女がつぶやいた。
「……私は言った方がいいと思うぞ」
 なんの事かも聞かずに、男は答えた。
 男の背中にしがみつきつつ、女はつぶやく。
「言えるわけないじゃない。……衛宮くんが好きなのよ、あの子」
 ぎゅっ、と背中を掴む。心細い声。平素の彼女からは到底信じられない声だった。
「こんなことならもっと早く……わたし、バカよ」
 女のすすり泣きが聞こえた。
「だからこそ言うべきなのだ、凛。
 衛宮士郎はもういない。あの娘は……衛宮士郎どころか、もはや人ですらないんだぞ。隠すべき者はもういないんだから」
「……」
 女が息をのんだ。
「それ、どういう事?……何を知ってるの?アーチャー」
「私が知るのは伝聞にすぎない。だがおそらく事実だと思う」
 男の走りは変わらない。淡々とアインツベルン城を離れていく。
「ずっと昔のことだ。遠い星でひとつの文明が滅びたそうだ」
「遠い、星…………星?国じゃなくて?」
「ああ、星だ」
 荒唐無稽な話を、笑いもせずに男は続ける。
「私は守護者の座にいるモノだ。だがな凛。我々とは違うカタチだが他にも守護者のような者は存在する。それも英霊とかでなく、生きたまま、民族まるごと総ぐるみで周辺宇宙の平和を守ってますって冗談のような連中がな。
 まぁ、ひとの世界のみを守る私とは交わることのないモノだが」
「な、何よそれ。まるでそれじゃ子供番組のヒーローじゃない」
「そうだな。だが事実いるそうだ。そういう酔狂者が」
 話を続けるぞ、と男は背中の女につぶやいた。
「その連中がある日、ひとつの国を消した。星ごとだ。非常に優れた魔道を誇っていたが好戦的に過ぎてな、さんざ手を焼いた末の苦渋の決断だったそうだよ。手勢を集めて軍団を編成し、持てる能力を結集して全てを焼き払った。そこの住民全てを道連れに」
「……」
「ところがだ。ほぼ全滅が確定したはずの地表からいきなりひとりの娘が現れたそうだ。
 その娘はその文明の粋である一本の杖を携えていた」
「!」
 女が無言の驚きを発した。
「娘は激怒していた。狂っていたと言い替えてもいいだろう。祖国を滅ぼされたのだから当然だが、娘にはもうひとつ理由があったんだよ。
 その娘はね、彼らが好きだったんだ。星の海を渡り人々を救ってまわる人々。実利よりも人々の笑顔を貴ぶ魂。そういうものに憧れていたのさ。
 だからこそ娘は怒り狂った。憧れていたものに祖国の全てを消されたんだ。信じられない裏切り。壊れた理想。どれだけの嘆きと怒りだったのかは想像してあまりあるだろう?
 戦どころか神職で神殿から出たことのないような娘だったとも言われる。だからこそその怒りはなおさら激しかったのかもしれん。
 今となっては真偽はわからん。だが伝説にはある。
 娘が杖をふると、山脈がひとつ蒸発して消えた。娘が叫ぶと、巨大な宇宙戦艦が真ん中からへし折れ虚空の闇に墜落した。娘が睨むと、無数の強大な戦士たちがゴミのように焼き捨てられたという。
 攻撃しようにもできない。娘は身に寸鉄も帯びず君よりずっと小さかった。狙いを定めるだけでも大変なのに、その小ささで戦艦以上の力を振り回すんだ。しかも直撃を食らってもろくに効果がない。懐に入り込まれたら同士討ちで味方の船まで次々落ちた。
 そうして軍団は古今未曽有の大混乱に陥ったんだそうだ」
「……そう。じゃあアーチャーは、その子が衛宮くんだっていうの?
 でもそれ変よ」
「なぜだ?」
「あの子の能力は凄いわ。なにしろバーサーカーの防御すら突破するんだもの。サーヴァントにまで届くなんて尋常じゃない。
 でもね、そんな化け物(Ultimated-one)じみた魔力なんか持ってないわあの子。あの子自身の魔力は以前の衛宮くんとほとんど変わらない。あの力だってセイバーの宝具から引き出し……!」
 そこまで言って、凛はアッと驚きの声をあげた。
「そっか。何か別のとこから魔力を引っ張ったんだ。で、でもどこから?たったひとりで宇宙戦争やらかすほどの力なんて、いったいどれだけの魔力が必要なわけ?能力以前にそれだけで論外もいいとこじゃない」
「あるじゃないか凛。君もよく知ってるはずだ。人間の文明なぞ千回焼き尽くして余りある領域外の力の源泉を」
「わたしも知ってる?……聖杯、じゃないわよね。聖杯も凄い力持ってるけど宇宙戦争に使うようなものじゃないし、『向こう側』から引っ張るとしたら時空に穴を開けなくちゃならないはずで……!!」
 凛の声が途中でとぎれた。震えを伴って。
「ま、まさかアーチャー。そんな、冗談でしょう?」
「……そのまさかだよ凛」
「まさか。ひとの身でガイアから、星そのものから力をとったっていうの!?できるわけないじゃないそんなこと!」
「だからいったろう、魔道に長けた民族だと。
 テラ・フォーミングという言葉を知っているか凛?惑星改造論とも言ったと思うが」
 うろ覚えですまん、とアーチャーは言った。
「……いきなりまたずいぶんと話が飛ぶわね。
 ま、いちおうね。宇宙に進出するのに行き先の惑星を改造するっていうんでしょ?ひとが住めるように。わたしには遠い未来の夢物語だけど」
「彼女の杖は、そのテラ・フォーミングのためのものなんだよ。
 魔道の力のみで宇宙文明にまで到達した民族だ。彼らは星の環境を変えるためにその星の力を借りる技術を編みだした。どれほどの代物なのかはもはや想像するしかないんだがな。
 杖は単なる変換器。起動に小さな魔力を必要とするがそれだけでは何もできない。そりゃそうだ、なにしろ変換器だからな。
 だがひとたび『源泉』とつなげば、星ひとつまるごと作り替えるほどの領域外の力すらそこから得ることができる。その限界は源泉の規模に正しく比例する。個人の魔力の限界も一切関係なし。世界の力そのものなんだから世界の修正すらも受けない。
 それがあの娘『風渡る巫女』に関する伝説の全てだ」
「……」
「もういちど言うぞ凛。衛宮士郎はもういない。
 あれと衛宮士郎がどう出会ったのかはわからん。だがこれだけは言えるだろう。
 奴は魅入られたんだ。かつての自分と似たような理想を掲げる少年に惚れ込んだとかそういう理由なのかもしれんが、あれは衛宮士郎に溶けこむことでこの星に住み着いたわけだ。
 目的も事情も不明。全ては私の推測にすぎん。もしかしたら単なる取り越し苦労で、あれはただ亡くした故郷のかわりにこの星で平和に暮らしたい、それだけの事なのかもしれん。実際私にはそう見えるしな。
 ……だが油断はできない」
 男はそこで息をついた。
 森を抜けて道路に出た。時刻は夜。空は晴れていた。
「凛。で、どうする?」
 凛はアーチャーの背中から降りた。顔が涙で濡れている。
「……言うわアーチャー。
 でもそれは今じゃない。聖杯戦争が終わってからでいいと思う。ライダーは倒した。マキリの妖怪は不安要素だけど今は動く理由もないでしょう?だったら今は余計な面倒は避けたい。
 ごめんねアーチャー。あなたはその結果を見る事ができないけど」
 男は優しく微笑み、ぽんと凛の頭に手を置いた。
「それこそ余計な心配だぞ遠坂。
 わかった、がんばれ。オレにはそれしか言えないが」
「……ばか。子供扱いしないでよ、衛宮くんのくせに」
「ひどい言い分だなそりゃ……ま、元気になったのならそれでいいか」
「ふふ、ありがと」
 ごしごしと涙を拭きふたたび顔をあげた時、そこにはいつものあかいあくまがいた。
「さ、いきましょうアーチャー。イリヤスフィールの扱いについて彼らを説得しなくちゃね」
「ああ」



感想メールフォーム


PLZ 選んでください(未選択だとエラー)







-+-
inserted by FC2 system