深夜の柳洞寺の階段入口に、ひとりの青年が立っていた。
金髪のその青年は闇の中にいた。だがその姿はどこなく輝き、光を帯びているようにも見える。
さながらそれは「生きているのに生きていない」ような。
退屈そうに上へと続く階段を見上げると、ひとことつぶやいた。
「やれやれ、言峰もくだらぬ事を押しつけるものだ。
だがよしとしよう。楽しみは後にとっておく方がよいからな」
にやり、と笑う。
その顔には、うっすらと狂気が滲んでいた。
「よっ、元気してたか?」
その蒼い槍兵は、まるで旧知の友にでも語るかのように集まった面々に呼びかけた。
「まさか真っ正面から正々堂々単騎とは。その蛮勇は敬意に値しますが」
セイバーはもちろん武装ずみ。いかにも騎士らしい反応。
前衛はセイバー。少し離れて隣にアーチャー。アーチャーは双剣を既に持っていた。
狙いは、アーチャーの双剣。ランサーの槍はこれの記録後。時間があるとは思えないけど。
「……」
アーチャーが横目で笑っている。記録したいなら勝手にしろとその目が言ってる。
くそ。馬鹿にして。
そういや遠坂が言ってたっけ、アーチャーは私と同じタイプの投影を使うって。庭に出た時には既に出してたから投影するとこが見られなかった。せめて参考にしようかと思ったんだけど。
私が衛宮士郎のままだったなら、きっと見ただけで投影できたろうに。
「……」
いや、それはないだろ。
私が衛宮士郎のままなら、そもそも自分の特質が投影にあるなんて気づいてなかった可能性が高い。巫女の魔術も当然使えない。
早い話、いまごろとっくに死んじまっていた可能性の方がずっと高いはずだ。
「士郎」
そんな時、背後から遠坂の声がした。イリヤと一緒にいる。
「何やってるのそんなとこで。あんたもこっちくるの」
「え?どうしてさって……ってちょっと!いたたたた痛いって!」
ずんずんと歩いてきたかと思うと、いきなり耳を掴まれた。
そのまま後ろに連行される。
……うがぁ、ここじゃアーチャーの投影が見られない。
あ、そっか。だから遠坂はこっちにつれてきたんだ。アーチャーの投影を私に見せないために。
しょうがないなぁ……ま、いっか。記録だけならここからでもとれるし。
「あら、リンは戦わないの?」
「皆で飛びかかっても仕方ないでしょ。だいたい自分からサーヴァントと直接ぶつかろうなんて馬鹿はこいつくらいのもんよ」
「あはは、そうね」
イリヤ、なんか急に大人びたなぁ。今の私がイリヤよりちょっと小さいのもあって、ほんとに「お姉ちゃん」みたいだ。
ほんとは遠坂と同い年だってのに、こうしてるとまるで私が最年少。なんていうか、理不尽。
さて、話を戻そう。
自分の立場がわからないはずもないというのに、ランサーは楽しげに笑い飄々としてる。待ちかねたこの時が来た、と言いたげな顔で。
そういやセイバーが教えてくれたっけ。ランサーはこと、生き延びるという事に関しては最強だと。守りに徹すれば鉄壁、戦いのセンスも秀逸。
戦いはスペックではない。どんな大馬力があってもセンスが悪ければあっさり殺される。子供はよく強大な武器や全能神の如き力をもつヒーローに憧れるけど所詮そんなのは餓鬼の妄想でしかない。戦いとはそういうものじゃない。
事実
だからこそ、そういう「数値にならない技術」に優れたランサーは強いのだとわかる。実感できる。
さてそのランサー、衛宮邸の塀の上にのんびりと腰かけちゃったりしてる。セイバーとアーチャーに睨まれてるってのに余裕だこと。
「まぁ熱烈歓迎はありがたいんだが俺の用はひとりだけなんだな。うちのけったくそ悪いマスターの野暮用でよ。なぁお嬢ちゃん」
どういうわけかランサーはセイバーたちでなく、私に声をかけた。
「え?私?」
「ああそうだ。……ふむ。見たところまだ餓鬼にしか見えねえが」
じっと私をみつめる。うー、なんか嫌な視線だな。「男が女をみる」視線ってこんなんなのか?
やだなぁ。セイバーの目はあんなに優しいのに。
「なるほど、よその星から来た娘ってのは確かにおまえさんだな。うん」
「!!」
え?
え……えぇ!?なんで!?
「貴様!なぜその事を!」
「待てまて、話は最後まで聞けってセイバー。ったく、おまえさん本当に融通きかねえな。これだからコチコチの騎士様ってやつはよぉ」
「私の評価なぞどうでもいい。それより貴様、どこでその話を聞いた」
「どこってそりゃまぁ、いろいろとな」
うっすらと笑いを浮かべ、そして片目をつむって見せた。
「うちのマスター殿は実にまったく、ろくでもねえクズ野郎でな。
今回の聖杯戦争には信じがたい反則が混じっている、とてもじゃないが看過しちゃいられんのだと。で、ひいてはそいつを拉致、または始末してこいと抜かしやがったんだなこれが。
しかもそいつはセイバーのマスターで、セイバーやらアーチャーのマスター、さらにはバーサーカーのマスターだった娘っ子まで味方につけてのんびりやってるって言うじゃねえか。
ひでえ話だぜまったく。よりによって、セイバーとアーチャーが二人がかりでがっちり固めた場所をひとりで攻めろってんだからな」
悪態ついているけど、そのくせちっとも嫌そうじゃない。
つまり、こいつはやる気まんまんなのだ。勝ちめなぞほとんどない、死ねに等しい命令を受けてきているというのに。
ところでよぉ、とランサーはさらに話をつづける。
「それで気になった事がひとつあってな。
セイバーのマスターっつったら、あの坊主どうしたよ?お嬢ちゃんが勝ってマスターの権利を奪ったってことか?
だったら残念だな。俺ぁあいつ、半人前もいいとこだがちょっと面白そうだ、なんて思ってたんだが」
へ?
じゃあこいつ、
私はそれを聞こうとした。けどその先はセイバーにひきとられた。
「シロウならここにいる。最初からシロウは私のマスターだし今もそうだ」
「……へ?」
セイバーが私をちらりと見た。
「さっきから貴様が餓鬼だのなんだの言いたい放題愚弄しているあの娘がシロウだ。聞いてないのか?あれはマスター権を奪ったのではない。他ならぬあのシロウが変貌したというだけのことだ」
うわ、なに真面目に解説してるんだよセイバー!
だけど、
「……ほう、そりゃまた凄えな」
ランサーは笑いも怒りもしなかった。むしろ驚いている。
「お嬢ちゃん、おめえ、ほんとにあの坊主なのか?マジでか」
「くどいぞランサー」
「おまえにゃ聞いてねえよセイバー」
なに、と怒りの表情をあらわにするセイバーを見つつ、こくっと頷いてみせた。
「……」
ランサーはそんな私を、なぜか感心したような顔でじっと見ている。
「大したもんだ。それが何かの現象なのかおまえさんの能力なのかは知らんし興味もないが、そこまで完全に変わった例ってのをこの目で見るのはたぶんはじめてだぜ。
へぇ、こりゃ珍しいもん見せてもらったな。これだけで来た甲斐があるってもんだ」
遠慮もなくじろじろと上から下まで観察される。
……ちょ、ちょっと待て。なんか視線があぶなくないか?
「ふん、面白ぇ」
そう言うと、塀から庭に飛び降りた。
「外見は餓鬼だが中身は違うだろおめえ。妖精やら幻想種の娘っ子にたまにいるタイプだな。
よし、ここはいっちょお持ち帰りして楽しませてもらうとするか。異星の娘が褒賞ってのも悪くねえ」
…………はい?
い、今なんつったこいつ?
「なるほど。女兵士を捕らえたらお持ち帰りというのは世の東西を問わず定番だったな。
東洋でも西洋でも過去に女性の義勇兵団や騎士団が存在した記録はある。しかしロクな末路を迎えてはいない。大概は行方不明、すなわち敵兵に持ち帰られたか輪姦の果てに嬲り殺しだ。正式に処刑まで至ったケースの方がおそらく珍しい」
って、アーチャーまでなんか物騒なこと言ってるし!
「アーチャー……貴方は自分の言っている事がわかっているのですか。
今回、貴方の友軍はあなた自身を除き全員女性なのですよ?」
確かに。まぁ私も半分女だし。
みればイリヤも遠坂も引いてるし……あれ?でも眉はしかめてるけど怒ってはいないようだな。冷静そうだし。
──ああそうか。ふたりは魔術師か。
こんなことで実感するなんてはっきりいって嬉しくないけど、ここ一番で落ち着いてるのは心強い。
実際、セイバーもアーチャーの軽口は諌めてもランサーには何も言わない。それが事実だと知ったうえで動じてないということだ。
……なるほど。私が一番その意味ではダメなのか。
「なるほどそうだなセイバー、自重しよう。
だが心配はあるまい。君という最強のセイバーとそれを知りつくした私が補助をする以上、この守りを破るのは並大抵のことではないぞ。
たとえそれが
「け、言いやがる」
ランサーが槍を構えた。同時にセイバーとアーチャーも戦闘体制に入る。
「んじゃ──おっぱじめようぜ!!」
「あぁ」
戦闘がはじまった。
寺に続く階段の途中に、多量の血がぶちまけられていた。
「き……さ……ま……」
「ただの雑種あがりにしては素晴らしい腕前だ。だが相手が悪かったな。
誇りに思うがいい雑種。ごく短時間であったが貴様は、確かに
相手が相手なら……そう、たとえあのセイバーであってもただではすまなかったろうさ」
「……」
「楽しませてくれた礼だコジロウとやら。好きな最後を選ばせてやろう」
「……そうだな」
雅ないでたちの侍は階段に腰かけ、目を閉じて笑った。
「確かに貴殿は最強であろう。いかな達人であろうと『軍勢』相手にひとりではかなわぬ。ましてこの私のような一芸に秀でたのみの半端者ではな。
だがな英雄の王よ……」
ごぼ、と口から血がこぼれる。それもかまわずアサシンは右掌をギルガメッシュの前に差し出した。
「!」
それを見たギルガメッシュが「ほう」と感心の声をあげた。
「なんと、
そこには、わずか数本であったが金色の髪があった。
「貴殿は強い。確かに強い。その尊大なる物言いもその強さを見れば納得できようというもの。確かに貴殿は王たる者。
だが貴殿は修練が足りておらぬと見える。ゆえに私のような者でもここまでなら届いた。
異国の王よ。──ゆめゆめ油断なさるな」
そう言うと小次郎は、血まみれのまま空を見上げた。
「王よ。願わくばこのまま捨ておいてくれぬか。──今夜は星が美しい」
「……よかろう」
もう抵抗はないと悟ったのか、ギルガメッシュはそのまま
「……」
残されたアサシンは、血まみれのまま空を見ていた。
「あれでは、あの女狐めもいくらも保つまいな。
できれば、噂の美しき女騎士と星から来たという巫女をひとめ見たかったものだが……」
それにしてもよい星だ。そう彼はつぶやいた。