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混戦[2]

 捻れ狂う並行世界。
 可能性の数だけ世界があるとはいえ、これほど珍妙かつ微妙な方向に捻れた世界もそう多くはあるまい。
 異星人。そして、それと融合し娘へと変身してしまった衛宮士郎を中心に少しずつズレてしまった世界。
 かの万華鏡(カレイドスコープ)がここを覗けばなんというであろうか。腹を抱えて笑ったか。なんと不快なパロディよと腹をたてたか。
 それとも、自分も参加しようかどうしようかとうずうずしたろうか。
 とにかく戦いは続くのだった。

 そこには死があった。
 山寺の門の中ひとりの男が倒れていた。全身血まみれで、それは確かに絶命していた。
「……」
 その男にとりすがり、声もなく泣く異国の紫の衣の女。
「……」
 かなわん、とギルガメッシュは渋い顔をした。
 魔女とまで言われた存在であっても所詮はただの女か。男ひとりの死に何もかも忘れ、ただ泣くだけの女と成り果てるのか。
 なぜ立ち向かってこない?愛しい男だったのだろう?
 ただ泣くだけでは何も変わらぬであろうし、それすら許されぬほどに縛られた存在でもなかろう。
 なのに何もしないというのは……このまま滅びてもかまわんという事だな?
「……」
 すっと右手をあげた。
 たちまち空が裂け、そこここから無数の刀剣類が覗く。どれもこれも第一級の宝具ばかり。
「……どれ。まぁせいぜい一瞬で終わらせてやるか」
 ギルガメッシュは、こちらを見もせずに泣く女を見つつそうつぶやいた。
 狂気の王とはいえ、心持たぬ悪鬼ではない。むしろ「心あるがゆえに」生前のギルガメッシュは歪んだともいえよう。
 そして心があるからこそ誰かを愛する。かつて乱暴にセイバーをモノにしようとした彼だがそれだって彼の「求愛方法」であるにすぎない。極めて一方的でしかもとんでもない乱暴者であるが、それは愛していないという事ではない。実際彼はセイバー再来の可能性を言峰に聞かされ、それから十年待ちつづけたのだから。
 この派手で醜悪な現世に留まり、ひとり。
 おぞましくも美しかったこの星は、今やどうしようもなく汚れてしまった。ギルガメッシュの生きていた時代に比べれば、それは『穏やかな地獄』。何もかも微温的でひとを狂わせるぬくもりに満ちている。
 そんな日々の中、ギルガメッシュは待ちつづけたのだ。それだけを信じて。
「さらばだ」
 ぱちん、と指を鳴らす。
 次の瞬間、女は男の亡骸と共にグシャグシャに粉砕された。
「……さて、いくか」
 そうつぶやくとギルガメッシュは寺に背を向けた。
「くだらぬ俗物なぞいらぬ。ただ従順なだけの女もいらぬ。そんな女に(オレ)のものたるこの星で生きる価値なぞない」
 たとえ物乞いをしようと黄金の魂を持ちうるならば生きる価値もあろうに。あまりにこの世界は無駄と不快に満ちている。
 ただのひとりも無駄がない事に驚いたあの時代が懐かしい。
「……」
 セイバーとあの少女を思い出す。
「──そう。セイバーとあの娘こそ(オレ)のものにふさわしい」
 女の身で国を背負い、国のために殺しに殺し、ついには味方にすら裏切られ結局国もなにもかも失ってしまった美しき騎士王。
 おのが愛した故郷そのものを生贄にし『神を語る戦士ども(邪悪)』を殺しまくった、愛らしき血まみれの異星の巫女。
 フッと笑う。優しげな狂気が覗く。
「いい。実にいい」
 くっくっくっ、と愉しげな声がこぼれる。
「ふむ、あの剣士も消えたか。ほぼ同時刻だな」
 満足そうに気配を確認すると、ギルガメッシュはのんびりと去っていった。

 神速の戦いが続いていた。
 セイバーとアーチャーという二強を相手にしているというのにランサーは余裕であった。もはやなんの抑制もない事の喜びか、それとも相手が強ければ強いほど厄介になるタイプか。
 おそらくは両方であろう。
 いつだって槍兵(えいゆう)の行く手は絶望的状況。そうした戦場をただひとり、しなやかな肉体とその最強の魔槍で駆け抜けた百戦錬磨の男。それこそがランサーの正体なんだろう。
「……でもさ」
 確かにランサーはめちゃくちゃカッコいい。これが戦争でなきゃ最高の祭り(ハレ)舞台であろう。私の中の衛宮士郎(わたし)、男としての魂が震えている。英雄同士の戦闘というのは、かくも凄まじいものなのかと。
 校舎の影で固まっていたあの時も凄いと思ったが、これはその比ではない。
 だけど。
「……あの、ふたりとも放して欲しいんだけど」
「ん?駄目よ」
「あはは、いいからいいから」
「わけわかんないって」
 どうして私の両隣に遠坂とイリヤがいるのか。私を両脇からがっちり捕まえて。
「あんたアーチャーが投影するたびに前に出ようとするじゃない。あぶないからね」
 いや、そんなことないって。……たぶん。
「トオサカの魔術師と組むなんてちょっとなんだけど、シロウは今出ない方がいいというのは私も賛成だわ。おとなしくしてなさい」
 いいけどふたりとも、そんなにくっつかれるとその……とっても柔らかくてアレなんですが、その、なんていうか。
 てか、なんなんだこの和やかというか百合の花咲きそうな空気は。あっちじゃ血まみれの死闘の真最中だってのに。
「!あ、突きとばされた」
「へぇ〜やるわねランサー。セイバーとアーチャーをああもあしらってのけるなんて。
 ……でもまぁ、さすがにそろそろまずそうだけど」
 凛の顔がにやり、と不敵なものに変わる。どこかアーチャーっぽい。
「どういうことだ遠坂」
「あらわかんない?士郎」
 今度はふふ、と笑う。最近よく見る『先生』状態の遠坂の顔だ。
 いいけど、最近とみに表情ゆたかだよな遠坂。
「だんだんと力ずくに変わってるってのはそういう事よ。さすがのランサーもセイバー・アーチャーの混成軍相手じゃそう長くはもたないってこと……!」
 いいかけた遠坂の言葉が固まった。
 ランサーの槍が凄まじいマナを吸い上げはじめていた。セイバーが、アーチャーがそれに反応する。いよいよ決戦と見たのか。
 ──だが。
「まずい!」
「シロウ!?」
「!!あ、こら士郎だめっ!」
 私はその瞬間、イリヤと遠坂を突きとばし駆け出した。
 
 駄目だ。
 あの技だけは駄目だ。
 あれは防げない。セイバーたちでも防げない。どちらかが確実に殺されてしまう。
 前回はぎりぎり生き延びたセイバー。だが今回も助かるとは限らない。アーチャーにはおそらくそれを防ぐ術がない。
 どちらかが死ぬ!!
 私は走りながら杖を掲げた。間に合え!!
生贄の血潮を我に(デオ・ダ・ラズデ)……!!!』
 刹那、杖が輝いた。
 
 ─────あれ?
 
 これ、なに?
 私の、むねに……あかい、槍?
 ……?
 
『…シロウ!シロ…!』
 あれ?せいばー…?あれ?どうしたの?
 あれ?
 ……あれ?
 はしってた、はずなの、に、
 …………どうして、空が……見え……?
 
「あれ?」
 
 …………あぁ、そうだっけか。
 ……あの呪文、失敗したら自滅……。
 
 せかいが、まわる。ぐるぐる。くるくる。
 
 ──ばたん。せかい、ゆれた。
 
 ぽっかりあいた穴。そこには私のしんぞうがあるはずで、
 
 ────はは、これは──まずい、かな───
 
『娘、しっかりせよ!』
『アーチャー!貴様なにを』
『騒ぐな騎士王。今助けて──』
 
 あれ?
 
 なんで目の前にあいつ……えっと、王様(ギルガメッシュ)だっけ?
 
 え?えーと……時間、飛んでる?
 
『口を開くな娘。……ち、槍の呪いか面倒な。ちょっと待て』
『アーチャー!いますぐシロウから離れよ!!』
『無礼は捨ておいてやる。いいから黙れ、騒ぐな騎士王。今はそれどころではないだろう。それともこの娘に死んで欲しいのか貴様?』
『な…!!馬鹿な、どうして貴方がシロウを』
『……貴様のマスターだから、では不満かセイバー?』
 
 え?あ……ちょ……胸、はだけてる。だめ。
 ってーかあんた、乙女の胸に手ぇ突っ込んで何を……!!
 
「……おやめくださ……」
『気にするな娘。この(オレ)が触るのだから……といっても駄目か。半分は異星のしかも神職である貴様を(オレ)所有物(モノ)と言いきるわけにもいかんな。
 まぁよい。騎士王に触れられているとでも思っておけ』
 な、なな、なにが「よい」なのかわかんないけ……ど……。
 ……あ、なんか気持ちいい。
 胸のおかしいのと、ぐるぐるが、楽になった。
『……それは』
 なに?何を話してるの?
『……ふむ、これでいいだろう。……まい』
『……本当……チャー!』
『嘘は言わん。それとこれを持て……もう一度……続きは明日に……』
 ……せいばー……?
「……あ」
 ぼやけた意識と視界にまた、王様(ギルガメッシュ)の顔が現れた。
 さっきはわからなかったけど、こいつ武装してるみたいだな。
「……ギルガメッシュ様。お見苦しいところを」
 私の中の『巫女』の部分が、そう告げていた。
『……やれやれ。敬虔な神職者という者はいつの時代、どこの世界でも自己犠牲が過ぎると見えるな。さすがに焦ったぞ。
 娘。ここは貴様にとっては異星のはず。あまり無理をするものではない。わかったか。ん?』
 私の頭を優しくなでる、その手。
「……はい。ギルガメッシュ様」
『よい。今は眠れ。聞きたいことは目覚めてから騎士王に聞け』
「……」
 心地よさに包まれつつ、私の意識は落ちていった……。



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