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反撃[3]

 どこの世界もそうなのだが、弱者のあげる悲鳴や泣き声は強者の心象を大きく刺激するものだ。
 巨人とて光の国(ゲノウム)の男性であり高等生命体である事には変わりない。だからそういう原則は変わらない。少女が強烈な悲鳴をあげた時、その平静は一気に崩れてしまっていた。
「こ、こらあぶないっ!やめんかっ!」
 あぶないも何も死闘の真最中のはず。
 だがこういう状況で男の立場は変わらない。ヒステリー状態に陥った女性に理性的な論理は通じないし、それに巻き込まれた哀れな犠牲者は逃げる以外にない。敵も味方もおかまいなしである。
「きゃああああっ!!いやぁぁぁぁっ!!」
 全裸状態の少女は絶叫と共に重機関銃のように凄まじい早さで乱射している。詠唱なぞ全くしていないのだがむしろそんなものは無意味だろう。杖は少女の望みを正しくかなえているだけであり、ぶっちゃけ風呂場でのぞき魔に洗面器をぶつけているのと基本的に変わらないのだから。
 もっとも、そのひとつひとつの洗面器にミサイル級の破壊力というのはいかがなものか。
 爆炎は凄まじい勢いで巨人を追い回す。走り、転げ、逃げ回る巨人の後ろに容赦なく追いすがり、
「だ、だからやめ……ずわっ!!」
 ついには一発命中。あわれ巨人はど派手な土埃と共に、まっさかさまに森に落ちた。
「ぐ、ぐわ……げほっ」
 ズタボロになりつつ木々の間から起き上がる巨人。と、その時、
 
「『大地の縛鎖(ル・ノーア)』」
 
 そんな声が聞こえた。

 なんだと巨人が思った次の瞬間、その全身に落雷のような衝撃が走った。
「!?」
 もがこうとするが動けない。全身にびりびりと電気が走り、力が抜けていく。
「くそ、この……?」
 そしてすぐに巨人は気づいた。
「……なんだこれは?」
 彼の身体を、地面から生えた無数の赤い(つる)が拘束していた。
 もがけばもがくほどに力が奪われていく。まるで大地が彼の生命力をみるみる吸い上げているかのように。
「いったい……!」
 そして彼はそれに気づいた。
 
 ──さっきの呪文の主は誰だ?
 
 慌てて少女の方をみる。
「いない!?」
「ここだよーん♪」
 まったく逆の方向から声がして彼はその方を見、固まる。
「やほー」
 少女は元の小さな身体に戻っていた。服も元通りだった。
 そればかりか、掲げた杖のまわりには先刻巨人が飛ばした光球に匹敵するエネルギー塊までもできていたのである。
「ま、まさか貴様、貴様ぁっ!!」
 
 先の騒動は、あれは全部演技(ブラフ)だったのかと。
 
 巨人の驚愕をよそに、少女はゆっくりと詠唱をはじめた。
「『全ラインを鞘から杖へ。適用範囲無制限。あらゆる前提条件を無視しこの一撃に全て集中せよ』」
 杖の輝きが大きくなる。少女のまわりを凄まじい量の魔術文字が踊りはじめる。
 その少女を見た巨人が、悔しそうに唸る。
「くっ──どれほど弱ろうとゴロドー最後にして最強の巫女か。……結局私も甘かったという事か」
 そうしているうちにも輝きは最高潮に達していく。
「……」
 少女の背後の『(アヴァロン)』に小さな亀裂が入り始める。投影の限界なのか、それとも星の力すら受け止める杖が相手ではさすがの鞘にも荷が重すぎるのか。亀裂はみるみる増大し、やがて限界にまで達していく。
 それを知ってから知らずか少女は目を閉じ、杖をくるんと回し両手に持ち替えた。体の左側で杖を持つ感じで、右手を前に左手を後ろに。そして右足を少しふんばるように前に出す。
「……」
 そして、目を開くと同時に最後の詠唱が紡がれた。
 
「────────『星光霧散撃(STARLIGHT DESTROYER)』!!!」
 
 駆逐する者の名を冠せられたその呪文は、一瞬だけ少女とその杖の全てを輝きで包み込んだ。
 そして次の瞬間、異星の宇宙戦艦すらぶち抜く暗黒の破壊光が激しい反動を伴って飛び出した。それは真っ正面から巨人を捉え、
「う……うぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」
 断末魔の叫びを伴い、巨人を死の闇に叩き落とした。
 
 ぱきんと小さな音をたて、少女の背後で鞘が割れた。

 柳洞寺の屋上では、セイバーがイリヤスフィールを抱え座っていた。
 聖杯は既になかった。ギルガメッシュもほぼ同時に消え、セイバーが目覚めた時にはイリヤスフィールただひとりが残るのみとなっていた。
「……私は受肉したのですか。ではあれはやはり」
 無理矢理飲まされたのは、浄化された聖杯の中身だったのだろう。どういう技術なのかはセイバーには見当もつなかったが。
 それは、ほんのひとしずくにすぎなかった。だがそれはセイバーの中で核となり、少女との間につながる契約の事とあいまって、彼女をこの世に留めてしまった……おそらくはそんなところなのだろうと思われた。
「……山のように借りができてしまいましたね。ギルガメッシュ」
 セイバーは悲しそうに、そんな言葉を漏らした。
 山の向こうに、もがく異星人が見える。少女が飛んでいるらしきものも見えるが、小さすぎてどんな状況なのかはわからない。
「……あ」
「!イリヤスフィール!気づきましたか」
「あ……あれ?」
 イリヤスフィールはセイバーの顔を不思議そうに見上げた。そしてきょろきょろと周囲を見て、
「あれ?いったいどうなったの?シロウはどこ?セイバー」
「ああ、それはですね……!」
 強烈な閃光。そして数秒後、どどーんという凄まじい地響き。森も山も、周囲の建物や池の水面までもが激しく揺れた。
「え、な、なに?」
「どうやら終わったようですね。……シロウが心配です」
 セイバーの中で、少女の鞘が壊れたらしい事が感じられた。
「イリヤスフィール。ちょっと待っててもらえますか?シロウを回収にいきますので」
「ん〜、わたしも行く」
「いえ、危険ですから」
 そんなこんなを話していたその時、
「こら待てぇっ!いいかげんあきらめなさいよっ!!」
「くそ!誰が!」
 ズタボロになり、大きさも人間サイズになった光の者(ゲノイア)がひょろひょろと逃げてきた。
 よほどボロボロなのだろう。ときどき言峰の姿になったり、光の者(ゲノイア)の姿に戻ったりを繰り返している。
 そしてその後を追ってくる少女。こちらもボロボロだ。既に鞘は消えており杖の光も弱い。杖に残った魔力を使って飛んでいるようだが、もういつ落ちてもおかしくない。
 そんなボロボロのふたりなのに、まだ戦い続けていた。
「私はまだ死なん。
 貴様が地球(ここ)に現れたことを仲間に知らせるのだ。見ていろ星辰の巫女!私は」
 だが、そこまで光の者(ゲノイア)が言った瞬間だった。
「!」
 突然、境内の方向から鋭い射出音がしたかと思うと、光の者(ゲノイア)がその場でピタッと止まった。
「……」
 光の者(ゲノイア)の額に穴が開いていた。
 光の者(ゲノイア)はその方向にゆっくりと目線をめぐらせ、
「……り」
 言峰綺礼の声でそうつぶやいたかと思うと、
「……」
 ゆらりと揺れてそのまま落ち、地面にぐしゃっと叩き付けられた。
 同時に「ばっしゃーん」という派手な水音がした。少女の魔力が尽き、池に落っこちた音だった。
「シロウ!」
 セイバーがあわてて立ち上がり、駆け出した。
「……」
 イリヤスフィールは、わけがわからないといった顔で立ち上がった。
 実際彼女はずっと意識がなかったわけで、聖杯として使われたらしい事はわかったが今の状況が全然理解できなかった。とりあえず目の前の光の者(ゲノイア)の死体を見て、
「ウルト○マン?」
 そうつぶやいた。
 次に境内の方向を見た。
 そこには遠坂凛がいた。がっかりしたようにためいきをついている。
「やれやれ。どうやら完全に遅かったようね。宝石まで使って無理矢理回復してきたのに」
 左手の袖がまくられており、そこには未だ魔術刻印がぎらぎらと光っていた。どうやら、それで光の者(ゲノイア)にとどめをさしたらしい。
 つかつかと光の者(ゲノイア)の死体に歩み寄る。
「こんなのが綺礼にとりついてたなんてね……もしかしたら本人を殺して入れ替わってたのかもしれないけど」
 どうやら勘違いをしているらしい。悲しげにうなだれた。
 事実はまもなく凛も知る事になる。その時こそ凛はもう一度、悲しい顔をすることだろう。
「……」
 イリヤスフィールはそんな凛の髪型を見て、
「……ゼッ○ン?」
 そんな、とんちんかんなことをのたまった。



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