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反撃[2]

「じゃじゃじゃじゃーん♪」
「!!」
 いきなりそんな声と共に森の一角から巨大な何かが飛び出した。
 ……が、
「ふ、これで互角だよ。もうキミはおしまいだぞ」
「……おい」
 巨人はどういうわけか困ったようにぽりぽりと頭をかいた。
「それは何かの演出か?それとも異星人の私に色仕掛けか?」
「……はい?」
 少女は巨大化していた。
 実際に大きくなったのか何かの手なのかはわからないが、確かに巨大化していた。巨人よりはさすがに小さいがまぁ以前に比べたら大したことはない。巨人を衛宮士郎のサイズだとすれば、イリヤスフィールくらいの大きさだったのだから。一緒に巨大化した星辰の杖をまるで格闘家の棍のように構えている。
 だが、それより根本的な問題は、
「もしかして気づいておらんのか?……糸くずひとつ纏わぬ全裸なのだが貴様。いやその、戦闘姿勢のためにめいっぱいその」
「!?」
 え゛、という顔をして少女はまじまじと下を見た。
「……あ……あ……」
 みるみるマンガのように赤面していく。
 少女はどういうわけか全裸だった。
 ふくらみかけのかわいらしい胸が露出していた。小さな穿孔のような臍も、その下の少しエロチックな盛り上がりも、そのさらに下の微妙な淡いかげりまで、いっさいがっさい全部もろだしであった。
 ついでにいうと、脚を開き杖を構えた戦闘体勢のため微妙な部分まで全部まるみえというありさま。
 すう、と、少女の股間を涼しい風がすりぬけた。
「あ……わ……」
「ふむ。さしずめ巨大化してみたのはいいが衣服の処理を忘れたというところか。わかるぞ。未熟な子供時代には私たちもよくやるからな」
 うんうん、となぜか巨人は納得げだった。
「あー、異星人とはいえ私は紳士だ、着衣の時間くらいは待ってもよいぞ。貴様も借りにも神職の娘であろうからやは」
 しかし巨人は最後までそのセリフを言えなかった。なぜなら、
「きゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
「!!」
 耳をつんざくばかりの凄まじい絶叫が、巨人どころか寺を越え市街地までまともにぶち抜けるほどの大音響になって響き渡ったからだった。

「これでよし、と」
 境内に近い安全そうな場所にイリヤスフィールを降ろし、セイバーはふたたび聖杯に向き直った。
 聖杯は揺れ出していた。イリヤスフィールという入口の要を失ったせいなのだろう。
 先ほどとはうって変わってタールのような真っ黒な泥が多量に溢れている。そこいらがみるみる汚染され、池の水面も急速に変貌していく。
「ギルガメッシュは……無事ですか」
 見れば多量の泥の中平然とこちらに向かい歩いていた。まとわりつくものはあるようだが、どれも力なく弾かれるばかりでギルガメッシュにくっつく事すらできないらしい。
 見ているうちに泥を抜けた。
 少しよたよたしている風でもあるが、王者の風格は崩れていない。その尊大な態度そのまま、自分を見ているセイバーに向けてにやりと笑い軽く片手をあげて見せる。
 心配無用、そう言いたいらしい。その『変わらなさ』に、セイバーはためいきをついた。
「一度汚染されているとはいえ大したものです。絶対に認められない生き様ではありますが、あれもひとつの王のカタチなのかもしれ……!」
 が、その言葉が途中で止まった。
「泥が……空に向かっている?」
 見間違いか、とセイバーは目をこらした。
 しかし間違いない。黒い呪いの塊が空へも延びている。それは山の向こうに川のように流れていっていた。
「!」
 セイバーはその行き先に見当がついた。
「まさか……あの異星の戦士に向かっている?」
 ぞく、と背筋が震えた。
 どうしてそうなっているのかはわからない。セイバーはろくに事情を知らず、知らせてくれる者もいないのだから。
 だが、それがひどく危険なのはわかる。
「……」
 立ち上がった。
 残る魔力は少ない。聖杯破壊のために一撃分を残してはいるが、その一撃のために肉体の回復すら止めなくてはならなかったのだ。撃ってしまえば、山むこうで戦っている少女(シロウ)に別れを告げる時間などあるまい。
 少しだけ、それは心残りだった。
「……シロウ。どのようなカタチでもいい。幸せに生きてください」
 そう、セイバーはさびしそうな目をしてつぶやいた。
 
「そうだ。私はシロウを愛している。もはや否定などできはしない。
 女性になってしまったシロウ。私もおかしな風に変わってしまった。あまり美しい形とはいえないかもしれないが、それでも私は愛してしまったのです。シロウ。
 私に生えたものに憤り、まるで女神を汚されたかのように嘆き泣いた貴女。私の人生をただひとり、全肯定したうえで自分の事のように怒ってくれた貴女。やりなおしの必要などないと、何度も何度も、私がうるさいと否定しても決して引き下がらなかった貴女。
 ええ、わかりましたシロウ。
 私はもう聖杯はいらない。あの一瞬に帰り、王としての最後を迎えるために私は戻ります」
 
 宣言した瞬間、全身を包んでいた重苦しいものがなくなった気がした。
 王として孤独に駆けた遠い日々が、今ここにやっと癒されきったような気がした。
「……」
 そしてゆっくりと、剣を構えた。
 封印を解かれた聖剣が輝きはじめた。風がそこから吹き出し、周囲の一角に清浄な空気を運びはじめた。
 もう迷いは一片たりとてない。
 と、その時、
 
「まて、その前に口を開けろセイバー」
 
「……は?」
 だしぬけに響いたわけのわからない言葉に、セイバーは少し間の抜けた返事を返してしまった。
「!!」
 その瞬間、セイバーの口がギルガメッシュの手で塞がれた。
「!!!!」
 セイバー驚き、そして抵抗した。
 口の中に何かが押し込まれていた。ギルガメッシュはそれを飲ますか食わせるかするつもりらしい。何なのかはわからないが、どさくさに口に突っ込むくらいのものだ。ろくなものではあるまい。
 セイバーはむりやり、その手をふりほどこうとした。
 だが、
「聖剣を握ったままふりほどけるものか。そんな余力は貴様には残されておるまい」
 わかっている。だがここで撃たねば聖杯はどうなるか。
「うう、ううーーー!!」
 ふりほどけない。
 ギルガメッシュは片手がきかない。その残る片手と身体だけでセイバーは口を塞がれ押さえこまれていた。
 なのに、どうしようもない。
 余力もなく、ぎりぎりの力で両手に聖剣を握っているセイバーには、たったそれだけのか弱い拘束にすら抗えない。
「噛み砕け」
「う、う、うーーー!!」
「噛み砕けと言っている!」
 全身を激しくゆさぶられ、ついそれを噛み砕いてしまった。
「!!!」
 刹那、強烈なナニカがセイバーを襲った。その瞳は急速に光を失い、
「……」
 ぱたり、と力なく倒れた。聖剣も消えてしまう。

「……やれやれ、危なかった」
 倒れたセイバーを見つつギルガメッシュはつぶやいた。
「どうやらちゃんと効いているようだな。魔女の作成した紛い物とはいえいちおうは聖なる浄化の壷だ。少しは濁りもあるかもしれんが貴様なら問題あるまい」
 ふ、とその表情がゆるむ。
「貴様らの関係なぞ先刻お見通しだ騎士王。そしてあの馬鹿娘の望みもな」
 くくっと笑う。それはセイバーと相対した折の狂気をはらんだ顔となんら変わらない。
此度(こたび)の聖杯は(オレ)が連れていく。
 (オレ)にざんざ恥をかかせた罰だ騎士王。あの馬鹿とふたり、雑種どもに混じり平和(ぶざま)に生きるがよい」
 動かぬ右手に左手を添え、掲げる。
 と、その瞬間、
『きゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!』
「!」
 凄まじい大音響が響き渡った。建物までその振動は響きわたる。どこかでガラスの割れる音がする。
 聖杯の揺れがひどくなった。
「……絶叫に音響魔術を乗せたか。まったく、星の宝たる聖なる巫女のやることかそれが。お転婆め」
 呆れたようにつぶやき、くっくっという嘲笑にそれは変わる。
「いやいい。それでこそ貴様だ。
 貴様はもはやあの星の聖女ではない。母なる星もなくただひとり、どうしてそのような窮屈な生き様をする必要がある。
 好きに生きよ、わが愛しき愛娘(まなむすめ)よ」
 まるで実の父が娘を送り出すかのように微笑み、
「来い、エア」
 にやりと笑い、つぶやいた。



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