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儀式(あれれれ)

 オカルト研部室に芹香と訪れるのは、本当に久しぶりだった。
 受験を控えた俺は、既に大学にいる芹香とふたりで勉強の日々を送っていたからだ。しかもその合い間をぬって、葵ちゃんの手伝いや綾香と馬鹿騒ぎなんかもしっかりやっていたりする。魔法については大学に入って少し時間ができるまで、来栖川邸の先輩の部屋でちょこっとやる他は基本的におあずけっていう状態だ。まぁ後々は二人で民俗学の研究をやるつもりであり、そうなったら嫌でも古代の祭器や儀式の文献とにらめっこの日々になるはずなんだし、特に無理してやる必要は俺も…たぶん芹香も、感じてはいなかったと思う。
 …ってまぁそれはいい。とりあえず今俺は、芹香とふたりで久しぶりに部室にいた。
 カーテンのひかれた暗い部屋。壁にそって配置された道具類。魔法書の並んだ書架。部屋の中央に安置されている魔方陣。どこからどこまで、芹香のいた時そのままだった。しばらくの間にたまった埃がちょっとあったりしたが、まぁこれもさしたるもんじゃない。それよりも懐かしいような、不思議な気持ちの方が大きかった。
 なんでも、今は「人間の部員」は誰もいないんだそうだ。
 しかしこの部室は何も変わらない。まぁ元々文化部の活発な学校じゃねえし、どんな力が働いているのか俺は知らないが…きっとそれなりのもんがあるのだろう。芹香も特に、学校に保全を頼んだような記憶はないそうだし。
 …さて、
「なあ芹香。なんでわざわざここでやるんだ?」
「…」
「ほう?特異点が近い?黄泉比良坂(よもつひらさか)?…ってちょっと待て!それってあの世とこの世の境目のことじゃねーか!」
「…」
 はいそうです。と、芹香はこともなげに言ってのけた。
「いや、そうですって…そりゃまぁ、オカルト研の先輩方がいるから力借りようってんだろ?要は。でも今回の儀式に先輩方の力って関係するのか?今回のはなんだっけ、その」
「…」
「そうそう、その平行世界ってやつ!つまりそれは別の世界なわけだろ?あの世もまあ別の世界かもしんねえけど、ちょっと関連ないんじゃねえか?」
「…」
「はぁ…なるほどねえ。ま、芹香が言うならそうなんだろ。よしわかった!で、俺は何をすればいい?…あ、ここ立つのか。わかった」

 なんの事かわからん、という諸氏のために、少し説明する事にしよう。
 実は先日、綾香や葵ちゃんたちが練習試合をする、という話になったのだ。で、葵ちゃんとよく一緒にやってた初心者の俺にも、「胸くらい貸すわよ」という綾香の偉そうなお言葉がやってきやがった、というわけなのだ。
 いや、偉そうというかこの道じゃ綾香は本当に偉い奴だったりする。だから俺としても「胸を借りる」という事自体にはなんの異論もないんだ。いくら俺が無謀でも、全日本チャンプに初心者が勝てると思うほどにはうぬぼれちゃいねえよ。葵ちゃんに力の差は、徹底的に思い知らされていたしな。
 だが。
 理屈でわかってても俺は納得できなかった。確かに勝つのは無理だろう。一本とるどころか瞬殺されても不思議じゃない。だけど納得できなかった。勝てないならせめて、ひと泡吹かせるくらい、その程度ならなんとか俺にもできないか、そう考えた。
 そんな事を考えてたある日の勉強会の時、芹香がとても面白い提案を持ってきたのだ。いわく、『経験そのものを分けてもらいましょう』と。
 芹香の提案を要約すると、こうだ。
 平行世界というのがあるらしい。簡単に言うと「もしもの世界」だ。この世界とは唯一絶対じゃなくて、少しずつ違う同じ世界が多層構造的に重なり並行しているらしい。たとえば俺が芹香とつきあってない世界とか、両親がいつも家にいる世界、雅史が中学生だったり…そんな感じのがたくさん並んでいるというのだ。
 その中で、俺がもっと前から格闘やってる世界を探し、そこから「経験」を少しわけてもらおう、というのが芹香の案だった。今俺にもっとも不足しているのは「経験」だから、それがあれば少なくとも、今の体力でも多少はマシになる。勝てなくとも驚かせる、くらいの事はできるかもしれない、というわけだ。まぁ経験をもらったところで身体はこの身体なわけだから、いきなり強くなれるわけじゃない。身体がついてこないからだ。でも、ないよりは遥かにマシなのは事実だろう。
 そんな事できるのか、と当然俺は聞いた。これでも芹香のために少しは魔法の勉強もしたが、とりあえず知る限りではそういう魔法の話は聞いた事がなかったからだ。すると芹香は微笑み、自分自身を召喚して一瞬重ならせるだけだから、難しい事は何もない、と言った。問題があるとすれば今の俺とあまりにもかけ離れた存在を召喚してしまった場合だが、これは確かに厄介だがその場合、召喚自体が失敗する可能性の方がずっと高いんだそうだ。これはまぁ当然で、たとえば筋肉ダルマの俺を召喚しようとしても、召喚する人間、つまり芹香自体がそんな俺を想像する事ができないから呼びようがないのだ、という事だった。……まぁ、そりゃそうだわな。俺だってそんな自分、想像つかねえよ。
 
「…」
「ん?準備できたのか。深呼吸?わかった」
 言われるまま、ゆっくりと呼吸を整える。もう慣れちまった安息香の香りがする。はじめて嗅いだ時は確か、ボスを召喚してもらった時だっけか。ある種の安息香は反魂香といって、交霊にも使うんだ。特に芹香はこの柑橘系の香りを多用する。どうやらお好みらしい。
 そういや、この香りの中で芹香と血をなめあったりもしたなぁ。
 来栖川の令嬢である芹香と果して幸せになれるのか。そんな感じで当時、俺はちょっと弱気になってたっけ。いっそ俺が男じゃなくて芹香と親友だったら、そしたらずっと一緒にいられるんだろうか、そんな風に考えてみたりもしたよな。芹香はそんなナーバスになった俺をなぐさめてくれたっけ。
 ……お?何か、ふわっと来たぞ。安息香か?ちょっと眠くなったのかな?
「!…!!…」
「え?…なに芹香?…よくわからない…」
 最後に聞こえたのは、何故かひどく慌てた芹香の呼び声だった。



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