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なんだぁ!?

 軍服に着替え布団をたたむ。月臣に習った事がこんな時に役立つとはな。当時は「潜入」のために教わった事だがあの身体では結局秘密裡に忍び込むなんて無理だった。なんとも皮肉な話だ。
 詰め襟をぴっちりと止める。堅苦しい服装だが意外に快適だ。将校用の服装、という事だろう。安物とは仕立てが違うのだ。
「しかし…なんとも妙な気分だな。あの草壁になるなんて」
 皮肉にもほどがある。いったい俺にどうしろというんだろう。
 あと、どうにも心配なことがひとつある。ラピスだ。俺がこんなとこにいるって事はおそらく、ラピスも型通りに逆行したわけじゃないだろう。今ごろは別人の身体で途方にくれているに違いない。一刻も早く見付けなくては。どうやって探せばいいのか見当もつかないが、なんとかするしかないんだ。
「…まてよ?」
 そうだ。リンクだ。リンクはどうなったんだ?リンクが無事なら連絡つくんじゃないか?
「……」
 俺は意識を集中してみた。
「……弱いな」
 五感が戻っているせいか。おそらくそうだろう。それともナノマシンがジャンプ以前より少ないせいか?どうにも感覚が微弱だった。
 意識を集中するとリンクらしきものをなんとか感じるのだが、それもひどく弱い。こんなのでラピスと連絡がとれるんだろうか?しかしやるしかない。他にいい方法が考えられないから。
『…ラピス、ラピス!』
『!?アキト!?』
 ほどなく、猛烈にあわてまくったラピスの意識を感じた。
『ラピス、無事か?そこはどこだ?』
『わからない。わからないよ。でもここ、木連みたい』
『…そうか。よかった』
 同じ時間に飛んだだけでも奇跡みたいなものだろう。
 俺とラピスはリンクが通じて以来、ほとんど離れた事がない。作戦の時もユーチャリスで遠くない場所にラピスは待機していたのだ。だから、どのくらい距離が離れたらリンクが途切れるかなど、よくわかっていなかったりする。
 とりあえず俺は安堵した。
『はぁ。しかし驚いたな。俺が誰になったかわかるか?ラピス』
『…クサカベになったの?』
 一瞬、怯えるような反応…わかっちゃいるがちょっと悲しい。
『…ごめん、アキトのせいじゃないのに。ううん、かまわないよ誰でも。アキトがアキトなら』
『俺こそごめん、ラピス。こんな事に巻き込んじまって。…こっちに合流できるか?』
『…やってみる。でも、入るの大変だと思う。迎えにきて』
 そりゃそうだ。草壁中将の邸宅になんか無関係の女の子がホイホイ入れるわけがない。
『わかった。入口で待ってる。』
 俺はそう答えた。

 そういえば、ラピスが誰の身体に入ってるか聞きそびれたな。
 とはいえ、ラピスも俺もこの時代の木連人の知識はあまりない。軍人なら多少は覚えたが民間人となるとさっぱりだ。リンクで通信しながら本人を判断するより他にないだろう。
 とりあえず俺は部屋から出た。ラピスを迎えに出るためだ。
「閣下!」
「!」
 げ、もう来たのか。優人部隊、秋山源八郎。
「秋山…それに、月臣も来たか」
「閣下!おはようございます」
「うむ」
 秋山と月臣は、敬礼をもって挨拶してきた。俺もそれに返す。
「すまないが、少し待っていてくれないか。来客があるようなのだ」
「来客、ですか?しかし自分たちは」
「うむ」
 そりゃそうだろう。機密扱いで最優先で呼んだのに来客とは妙な話だ。
「いや、来客というのはご婦人なのだ。まだ子供ではあるが…」
「!なるほど、わかりました。ご婦人とあれば仕方ありませんな」
「すまない。秋山、月臣。」
「いえ、お気になさらず」
 さすがは木連。レディーファーストがここまで徹底した国というのも珍しいが、こういう時は本当に助かる。
 …だが秋山、月臣さん。その目はいったい何です?その「閣下も隅におけませんなぁ」って感じの生暖かいまなざしは?
「…一応言っておくが、親しき者とはいえそういう関係ではないぞ。この非常時ではな」
「ええ、承知しております。どうかごゆっくり」
 わかってないだろ月臣、あんた!!(涙)

 ふたりと別れて玄関に急ぐ。和風の邸宅は無駄にでかい。別人のはずの俺だけど、なんとなく間取りがわかったりするのが不思議だ。オリジナルの草壁の記憶もある、という事だろうか?落ち着いたら色々調べてみなくちゃならないかもしれないな。 
 でかい、とはいえ飾り気のない家はいかにも軍人の家らしい。草壁はストイックな男だったらしい。なんでもできる立場なのに無駄な浪費もせず、なんならハーレムだって作れる立場なのに結婚どころか愛人もいなかったという。欲望にまみれた男のように言われるがその実、彼は憂国の志を持っていたのだ。主義主張としては全く相容れなかったが優秀でカリスマのある男だったのは間違いない。実際、たくさんのシンパを抱えていた。
 屋敷を出て、玄関に向かう。三和土(たたき)と言うんだっけ?和風の土間が玄関になっている。そこで靴を履く。秋山と月臣の靴もきちんと揃えられている。彼らは礼儀正しい。そして気概もある。敵とはいえ立派な男たちだったのだ。
 …あんな戦争を、起こしてはならない。
 敵としてでなく、友朋として彼らと正しく交われば…あんな悲惨な未来ではなく、地球は一足飛びに進歩できたんじゃないかと思う。遺跡の技術は素晴らしいものだ。悪用さえしなければ、それは人類の未来にとってどれだけプラスになるかわからない。そして彼らも。平和にだらけきった今の地球に彼らのような存在はきっと助けになる。彼らという新風、それに異星人の存在の証であるオーバーテクノロジーも。
 …やってやる。
 俺は未来を変える。戦争でなく和平を。殺しあいでなく語り合える未来を。ゲキガンガーは敵の殲滅でなく愛を語るものであると説き、歩み寄りを促すのだ。
 甘いのかもしれない。いや、甘い。今の地球政府にとっかかりを作るのは簡単じゃない。全面戦争は避けるにしても多少の小競り合いはどうしようもないだろう。
 だが、なんとかしてみせる!!
「いや、離して!!」
「どうしたんだユキナ!ここはダメだって!!草壁閣下のお屋敷なんだぞここは!!」
 …って、白鳥九十九?ユキナちゃんの声までするぞ?
 おかしい。この頃っていうと白鳥九十九はまだ優人部隊には入ってないはずだ。月臣と同期なんだが彼と月臣は確か所属が違い、別のルートからそれぞれ優人部隊に入ったはずだから。
 まぁ子細はともかく、今は忙しい時期のはず。しかも会戦前なんて非常時。たとえ休みであってもユキナちゃんとこんなとこにいる理由がない。何があったんだ?
 それに家の前でドタバタやられたんでは困る。もうすぐラピスがくるはずなんだ。白鳥と話してみたい気もするがこの時点で草壁春樹は白鳥にとって雲のうえの人のはずだ。へたに声をかけると恐縮させてしまうかもしれない。うーん困ったな。
 ええい、ままよ!とにかく出てみるか。
「…どうしたのかね?兄妹喧嘩とは穏やかじゃないな」
 なるべく優しい声で、俺は格子戸ごしにふたりに声をかけた。
「!!か、かかか閣下!!」
「うむ。おはよう。それよりどうしたのかね?朝から元気でなによりだが…もし迷惑でなければ喧嘩の原因など話してくれないかな?」
 俺は、落ち着いた大人の口調で語りかけた。…我ながら信じられない。こんな演技もできるんだな、俺。
 がらがら、と音をたてて格子戸を開く。
 白鳥九十九は可哀相なくらいに真っ青になっている。まぁ新兵だし、兄妹でドタバタやってたとこにいきなり草壁中将が現れたんだ。当時の木連の現状を考えたら…そりゃあ、たまげるわな。
「君、名前は?見たところ軍人のようだが」
「!?はっ!、し、白鳥九十九であります!優人部隊への所属を希望しております!!」
「…そうか。君が」
 優人部隊はエリート中のエリート。希望するだけでも一般人にはできない。白鳥は幹部候補生だったわけだ。
 当然、最高責任者である草壁が「名前だけ」なら知っていてもおかしな事ではない。
「今年の志望生だね。確か、秋山君の部下で月臣君と同期だとか」
「はい、そうであります!!」
「そうか。うん、がんばってくれたまえ」
「はっ!!」
 気合いの入った敬礼。マジメ版のガイといった風情が懐かしい。ちょっと目頭が熱くなる。
「……」
 そんな俺と白鳥を、ユキナちゃんはじっと見ている。何か思うところがある、という顔だ。
「ところで白鳥君。この可憐なお嬢さんは君の妹君かね?」
「はい、ユキナと申します。まだまだお転婆で困っておりますが」
「……」
 …?変だな。お転婆なんて言われてユキナちゃんが反応しないわけないのに。
「……」
「お、おいユキナ!失礼だぞ、挨拶せんか挨拶を!」
「いや、かまわない。かまわないが…」
「……」
 なんだろう?この違和感は?
 ……まさか?…そんな、そんな馬鹿な。
「……アキト」
「!?ラピスか!?」
「アキト!!」
 ユキナちゃん…いや、ユキナちゃんの姿をしたラピスはたちまちクシャクシャに顔を崩し、泣きながら俺の胸に飛び込んできた。
「あぁ、ああーーーーーっ!!!!」
「……ラピス」
「こわかった!!こわかったよぉぉぉっ!!」
「うん…うん、すまん、すまん」
 子猫のようにぶるぶると震え、泣きじゃくるラピスを俺は抱きしめた。
 あのラピスとはあまりにも違う感触。健康的な、木連の女の子のぬくもり。まだナデシコ時代のルリちゃんと大差ないほどにちっちゃいけど、やっぱりそれはラピスだった。
 どんなにか、不安だったろう。
 過去に戻ったことにはすぐに気づいたろう。でも、ラピスは俺と違って昔の木連の知識なんてほとんどない。白鳥九十九の顔は写真でなら見た事あるはずだけどユキナちゃんの事も知らない。戦って、戦って、戦ってきたこの子だ。おぼろげな知識でしか知らない木連に放りだされ、知らない男に兄と言われまとわりつかれ…さぞかし不安だったろう。別に白鳥が悪いわけじゃない。ラピスは俺やイネスなどごく一部以外の人間を恐がるのだ。対人恐怖すら直す間もなく、俺とふたりっきりで戦いの日々に没入していたんだから。
「もうひとりにしないで!!ひとりは嫌!!嫌だよぉっ!!」
 はじめて聞くラピスの叫び。自己主張もなくわがままもほとんど言わないこの子が、ここまで感情をむき出しにするなんて。エリナが見たらどんな顔をするだろうか?
「うん、うん…わかった。もうひとりにはしない。約束する」
 顔中真っ赤にして泣きじゃくり、べそをかくユキナちゃん…いやラピス。俺はポケットからハンカチを出し、涙を拭いてやった。ラピスはしっかりと俺にしがみつき、まるで母猫にくっついた子猫のようだった。
 …で、俺たちは周囲の事に全然気づいちゃいなかったんだ。
 
   「…あのぅ……閣下」
   「!?」
 
 白鳥九十九の声で、俺は我に返った。
「…これは一体…閣下。いったいどういう事なのでしょうか?」
「……あー、こ、これはだな。その」
 ま、待て。この状況、なにげに物凄くやばいのではないか?
 俺とラピスにとり、この再会はしごく当然のことだ。それは言うまでもない。しかし、周囲の人間にこの光景はどう写るのだろうか?
 ここは木連。俺は草壁春樹。ここ木連ではカリスマであり、中将という立場ではあるが事実上、木連の最高責任者であると言っていい。まぁ、どういうわけか中身が俺、テンカワアキトになってしまっているわけだが。
 そんな俺にしがみついてベソをかいているのは、ユキナちゃん。中身はラピスとはいえ外見は白鳥ユキナちゃんだ。この時点でおもいっきり小学生。誤魔化すまでもなく小学生。中身のラピス本人がマシン・チャイルドだったり色々あるんで一般的な年齢の枠組なんて確かに無意味なんだけどそんな事情がわかる奴なんて当然ここには誰もいない。つまり、どうしようもなく小学生。
「…閣下。ま、まさかと思いますがその、妹と閣下は…ど、どういうご関係なのでありますか?」
 あ、白鳥九十九、切れかけてる。あたりまえだけど。
「いや、白鳥君。これはだな」
「…夫婦」
「「な!?」」
 いきなり、俺にしがみついたままのラピスが爆弾発言をかました。
「私たちは離れない。ふたりでひとり。一緒に寝たし」
「な、ななななっ!!!」
「ま、待てっ!!違う!!これには事情が」
「閣下!!」
 どわぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!
 ふと気づくと、いつのまにか秋山と月臣まで現れている。表の騒ぎに気づいて駆けつけたんだろう。ムンクのような顔になっている。
 …なんてこった。こんな形で終りが来るなんて。
 これじゃ歴史を変えるなんて絶対無理だ。いくらなんでも性犯罪者の疑いがかかったら政治家なんて続けられまい。なまじ人望があるだけに凋落も早いだろう。へたすると問答無用で切られてしまうかもしれない。木連は熱血なだけに激情に走るからな。
 だが。
「な、なんで早くおっしゃってくださらなかったんですか!!」
   ………はい?
「そうか。道理で何度女性をご紹介さしあげても見向きもされぬわけだ。既に心に決めた方がおられたわけですな?」
「ちょ、ちょっと待て」
「ふむ。なんとユキナ嬢だったとは。その懐きぶりといい、よほど大切にしておられるのですね。感服いたしました」
「兄である自分としては複雑な心境でありますが……そこいらの男ならともかく閣下ならば!」
「い、いや待て白鳥、私は」
「…嫌なの?」
「…」
 あ、ああぁ…だから、そうじゃない、そうじゃないんだよラピス。だからそんな泣きそうな顔をされたら
「はは…見ろあの閣下のお顔を。これは本物だな」
「うむ。ユキナ嬢の年齢もある。しばらくは内密の交際が続く事となろうが…何にしろめでたい事だ」
 待て!いいのか?ほんとにそれでいいのかおまえら?何か、ひととして間違ってないか?
(あなたがそれ言いますか? by 電子の妖精)
「とりあえず木連の全将校を集めるとしよう。この事を伝えなければな」
 こ、こらこらこらっ!!
「して閣下。火星への侵攻ですが、この事についての伝達等もありますので若干の遅延が発生すると思われます。よろしいでしょうか?」
「!あぁそれだ。火星への事についてだが」
「はっ!」
「火星への侵攻計画を練り直す。」
「…は?」
 いかんいかん。本題を忘れるところだった。
「火星は現在、卑劣極まる地球人に占拠されている。これは何とかしなければならぬ。
 しかし、第一世代はともかく火星生まれの第二世代以下は話が別だ。彼らは地球の文化圏に毒されてはいるが厳密には地球人とは言えない。彼らはいわば火星人だ。そう思わないかね?」
「…はぁ。確かにそれはそうですが。しかしそれは」
 俺はここで、未来に月臣との雑談で出た「もしも」の話をしてみる事にした。
 やはり、俺は頭がよくない。明確な作戦を練ったりするのは難しいだろう。特に戦略レベルともなれば。
 だが、ビジョンを語ることくらいならできるかもしれない。で、中将という立場ならそれがむしろ必要な気がするんだ。
「放送関連の技術者を集めてほしい。地球と火星の通信を切り離したうえで、木連の事を彼らに放送で訴えようと思うのだ。真の歴史を伝え、彼らを仲間とするために」
「!!そ、それは本当ですか!!」
「ああ。本気だとも」
 そうだ。
 そもそも、木連がああも無茶な初戦をはじめたのは、無人艦隊という切札があったためではない。地球侵攻を急ぎすぎた事と火星の確保、そのふたつをてっとり早く両立するためにあえてその方法を選んだんだと思う。なにより、ひとも資源も多くない木連にはそれほど余裕がなかったんだ。
 でも俺は、この時代の火星について知ってる。だから理解できる。
 連合軍さえ取り除けば、火星の人々は味方になってくれる。実は火星に定着した人々にとり、あくまで地球から出張ってきて大きな顔をしているだけの連合軍は評判が悪い。すこぶる悪い。彼らは「本国」から離れているのをいい事に相当悪いことも平気でやっていた。一般的な火星市民は軍人を信用していない。だから軍を退け、紳士の態度で心から協力を約束すれば必ず門戸を開いてくれるだろう。火星育ちの俺にはそれがわかる。少なくとも地球に比べれば、火星の人々ははるかに木連寄りであると言えるんだ。
 だから俺は言う。確信をこめて。
「悪に対しては断固とした態度で臨む。これについてはなんら変わらない。しかし火星の、軍人でない一般の人々はむしろ我らに近いのではないかと思えるのだ。
 しかも、火星はかつてのような死の星ではない。数百万の人間と、それを養う食糧自給力もあるという。我ら木連にとっても食糧事情は重要だろう。ぜひとも友好を結びたい。我らは安全保証を、彼らは食糧と大地そのものを。
 そしてさらに、現地の技術者たちとの交流と協力を。人的資源にあわせて技術資源の確保も行う。そうして力を蓄える。無人艦隊はその間、火星圏の守護と地球圏への牽制という形で展開する事とする……どうかな?この新案は?」
「「「……」」」
 彼らは、じっと沈黙していた。秋山などは腕組みして、じっと考えこんでいるようだった。
 …だ、ダメかな?やっばり?
「……素晴らしい!!」
「?」
 秋山はいきなりカッと目を見開く。俺はちょっと気圧された。
「閣下。なかなかのお考えですぞそれは。
 その案ならば交戦派と和平派、その両方をなんとか満足させさらに、食糧問題や人口問題にもアピールする事ができましょう!
 閣下!その交渉と根回しには是非、それがしを!!」
「…よろしく頼む。
 実のところ、案はあったのだがどう実現したものか悩んでいたところなのだ。私は今まで徹底交戦こそ第一と考えていのでな。逆にこうしたきめ細やかな作戦となると…」
「いえ、それについては心配されなくても結構です!」
 どん、と秋山は自分の胸を叩いた。
「代表たる閣下が軟化政策を掲げたとなれば、木連中の知識人や専門家も動きましょう。もとより、過去の怨み強く我に正義ありとはいえ同じ人間、真の悪とも言える地球の政治家どもや一部の腐敗軍人ならまだしも、火星生まれの子供たちまで殲滅せん、という考えにはいささか抵抗をおぼえる者も決して少なくはなかったのです。
 しかし、閣下が望まれるならば百人力!!必ずや火星の友朋たちを悪の地球連合から解き放ち、説得と軟化により仲間として御覧にいれましょう。まぁ、いささか時間はかかるかもしれませんが、火星と結べば食糧など、当面の問題も解決する。道は険しいなれど、これほどやりがいのある仕事もありますまい。」
 わはは、と胸をはり豪快に笑う秋山。…熱い男だ。だからこそ信頼もおけるんだが。
「では、我らは早速動きます。閣下はどちらに」
「…秋山。それは野暮というものではないか?」
「…む」
 なんとも言えない複雑そうな顔をする白鳥。がははと笑う秋山。苦笑する月臣。
「皆聞け。繰り返すが私は」
「はは、皆まで申さなくても結構です閣下。
 実のところ、政治ひと筋で奥さんどころか意中の女性もおらぬと皆、案じておりましたのでな。まだ若いとはいえ有力なる候補が現れた事は誠によい知らせとなりましょう。」
「…」
 言い返したい。言い返したいのだが…ユキナちゃんに抱き付かれた現状で何を言えば納得してくれるんだろうか?
「ふむ。では、これにて失礼致します閣下。行くぞ九十九」
「ゆ、ユキナ…お兄ちゃんは…お兄ちゃんはなぁ…」
 結局何ひとつ言い返せないまま三人は去り、そこにはラピスと俺だけが残された。

「…ねぇ、アキト」
「ん?」
 なんだかなあ。中身がラピスなのはわかってるけど、外見が、というか思いっきりユキナちゃんなんだよなぁ。あたりまえだけど。
「これから、やっぱり和平を目指すの?」
「ああ。そうだね。
 まさか草壁春樹になっちまうなんて自分でも信じられないけど、なっちゃったものはどうしようもないからね。とりあえず今できる事、和平を目指すさ。」
 そうだ。
 これからどうしよう、とか、本来の草壁やユキナちゃんがどこへ行ってしまったのかという問題はある。あるけど、どちらにしろこれだけは譲れない。和平だけは。
「…ナデシコ、飛ぶかな?」
「さあね。わからない。火星が全滅しない以上、ナデシコを造ったとしても単艦で火星を目指すなんて無理だし。かりに造ったとしても、あの旧ナデシコクルーが乗っている可能性は低いな」
 もっとも、ナデシコが飛ぶ可能性はむしろ高いと思う。
 もともとナデシコが火星に飛んだのは人命救助ではない。火星の資料や研究員をひきあげるためだ。だったらナデシコは今回も来るだろう。単艦で来るか軍の一翼を担うかの違いはあっても、来ないという事はありえない。
 それに一部のクルー。ルリちゃんはたぶん確実。他のブリッジ要員は微妙かな。あとはフクベ提督。ユリカはどうなるだろう。微妙かな。ユリカが来ればジュンも来る。交渉要員が必要だからプロスペクター。他はわからない。ホウメイさんは来ない。彼女は元軍属でそれを退いたひとだから。セイヤさんは…軍というので引くかもしれないが、ナデシコを見れば乗る気になるだろ。だから来る。
 ちょっと楽しみかもな、ナデシコ。ナデシコは特殊な立場だから、たとえば交渉の場ともなれば軍そのものでなくナデシコが間にたつ可能性はかなりある。木連側は…何かバカやらない限り俺になるだろう。俺もそれを望む。あの時のような事はさせない。平和を目指すんだ!!
「アキト。おなかすいた」
「…そっか。何か作ってやろう。せっかく五感が戻ったんだしな。不慣れだから失敗するかもしれんが」
「いい。手伝う」
「はは、そりゃ心強い」
 俺はそう言うと、ユキナちゃ…いや、ラピスを持ち上げ、肩に乗せた。
「あ」
「はは、さすがにちょっと重いかな。ユキナちゃんは健康的だからなあ。」
 むむ、と怒り顔をするラピス。しかし本当のことだ。マシンチャイルドは不健康を絵に描いたような暮らしをしがちで、体力もなければ身体も軽い事が多いんだ。ルリちゃんだって、あんなに食べるのにすごく軽かったし。
「ところでラピス」
「ん?」
「ラピスとかアキトとか呼ぶのは当分やめとこう。誰が聞いてるかわからないからな」
「……」
 そうだ。ここは木連なんだ。かりに北辰とかに疑われたら洒落にならない事になるし、政治的な意味でも俺はここでは「草壁春樹」でいなくてはならない。でないと木連を動かせないからだ。
「…なんかイヤ。アキトはアキトだし私もユキナじゃない」
「その気持ちはわかる。しかしそれだと最悪、ふたり一緒にいられなくなるぞ」
「!!」
 ちょっと可哀相かな。ラピスの顔がたちまち悲しそうになる。
「……わかった。」
「ん。じゃあ今から君は白鳥ユキナ。俺は草壁春樹。いいね」
「…クサカベって呼ぶの、すごくイヤ。ハルキでいい?」
「いいよ、ユキナちゃん」
 そりゃあ嫌だろう。俺もさすがに草壁と呼ばれるのは最低限にしたい。自分の呼び名にいちいち殺意を覚えてたら神経がもたないし。
「…ちゃんは余計。ユキナでいい」
「いや、しかしユキナちゃんは白鳥の妹だし」
「夫婦」
「いやだから、君はまだ子供「夫婦」……わかった、ユキナ」
「♪」
 いいのかなぁ。まずいよなあ。やっぱり。中身はともかく外見は小学生だし。
「いい。余計な虫がつかないし」
「?何か言った?ユキナ」
「ううん、なんでもない」
 俺はラピスを肩に乗せて、草壁邸に入っていった。家政婦のおばさんに台所を使わせてくれと頼むために。
 暦は春。季節の設定すらある市民船は、ぽかぽか陽気。
 穏やかな時間が、ゆっくりと流れていた。

 数年後、苦労のかいあって和平は成立した。
 小さな小競り合いはしばらく続くだろう。犠牲者もいくぶんかは出てしまうに違いない。だけど、火星の後継者の乱が起きそうな事態は避けられそうだ。木連人はその多くが火星や地球に移り、木連のシステムは本来の「船舶製造工場」としての活動を再開した。生み出された艦船は外太陽系の調査なんかに使われている。
 コロニー自体の研究もはじめられた。その中にはセイヤさん、そしてあのヤマサキの姿もあった。ヤマサキは人体実験ができなくなったかわりに遺跡のAI研究という大命題に意欲満々。ま、いい事だ。クリムゾンの施設から引き上げたマシンチャイルドの女の子を相棒にしている。話を聞いた時はまた何かやらかしたかと思ったのだが、意外にも仲良しなのに驚いた。いつも仲良く喧嘩しながら研究しているらしい。…しかし、あんな女の子史実にいたか?前の歴史では亡くなっちゃった子なのかな?
「…イネス」
「ん?」
「…なんでもない」
 ユキナが彼女…アイネスと言うそうだ…を見た時、なぜか寂しそうにイネスの名をつぶやいたのが印象的だった。ま、確かに似てるもんな。顔とかでなく、性格というかなんというか。名前までご丁寧にそっくりだし。
 ……まさか、ね。
 そうそう。驚いた事がひとつ。あたりまえっちゃああたりまえだが、こっちにも「俺」つまりテンカワアキトがちゃんといた。俺はどうやら本格的に、草壁春樹として生きるしかないようだ。とはいえ史実と違い今回の「草壁」は和平指向の政治家。和平対談の際にナデシコの面々とも出会い、ちょっと複雑だった。どういうわけかルリちゃんにやたらフレンドリーに話かけられたのにはびっくりしたが、おおむねナデシコは昔通りに平和だ。なんとガイも健在。俺は満足した。いろいろあったし、どうやらこっちじゃアイちゃんがアイちゃんのままでイネスがいなかったりして驚いたりもした。ユリカに「はじめまして」と言われた時は後でちょっと泣いたりも。…けど、それ以外はおおむねよい方向に進んだと思う。
 え?俺?
 実は今、俺とユキナは婚約している。和平の際や地球での会見の際にも、秘書としてユキナは常に側にいた。中年のおっさんが中学生くらいの女の子を秘書にして連れ歩いてる。当然あちこちで話題になった。しかもユキナが「婚約者です」と明言しちまうもんだから、淫行ではないかと地球の警察に詰問された事すらある。しかしユキナが「やましい事なんか何もないです。ええほんとに。むしろ、やましい事してほしくてつきまとっているんですが」なぁんて言ってくれちゃうもんだから、ロリコン春樹だの光源氏草壁だの、とんでもないふたつ名がワラワラでてきて非常に困った。ていうか、「おにいちゃんはドキドキだぁ♪」いや笑えない。白鳥九十九に物凄い目で睨まれた事が数回。だろうなあ。シスコン九十九め。

「やぁ、お邪魔するよ」
「お、来たな?物好きの政治家がぁ」
 薄暗い格納庫。オイルの匂いに機械の熱。デスクワークの人間にはあまり馴染みのない空間。整備屋の戦場だ。
 そんな中、セイヤさんはいる。あの昔と変わらない姿で、やっぱり同じように薄汚れた整備員の姿で。首に巻いたタオルもまた、いかにも「らしい」。
「俺に聞かんでもヤマサキの旦那に聞きゃあよかろうに。」
「ヤマサキは相棒とケンケンガクガクの真最中なのでね。あれに口を挟むほど私は不粋ではないよ。な、ユキナ」
「ほんとほんと。仲良しなんだからもう」
 くすくす、と俺の隣でユキナが笑う。
「おぉ、ユキナちゃんも大変だな。こんなのの手伝いでこんなとこまで来るなんて」
「あはは。いいですよー。もう慣れました」
 よく言うよ。セイヤさんの整備を見たがるのはラピス時代からのおまえの趣味じゃないか。
「で、これはなに?バッタの改造?」
 目の前には、バラバラに分解されたバッタが二台ほどあった。
「あぁ、これか。これはルリルリのやつに頼まれてな。バッタを支援プログラムに最適化するための実験だ。」
 ほお。今度はそんな事はじめたのか彼女。あいかわらずだな。
「あの娘、まるでAIの申し子だな。なぜヤマサキたちの開発チームに入らないのか。もったいないことだ」
 ルリちゃんは、あくまで軍人という姿勢を崩さない。なぜか頑なにそれを守ろうとしている。数々の活躍もあって今や十代にして少佐。電子の妖精なるふたつ名も史実通りに得る事になった。
「…ルリルリが軍人なのは、自らの身を守るためだろうよ」
「!それは…自分でそう言ったのかね?」
「まぁな。はっきりとは言わねえが」
 ふう、とセイヤさんはためいきをついた。
「彼女、少々活躍しすぎたからな。軍の上の方にチト危険視されてんだ。だから彼女は軍にいる。彼らの子飼いに徹していれば安全だからだ。コントロールできる相手をわざわざ殺そう、なんてやつらも考えない。馬鹿だが状況は読めるからな。そういう連中は」
 はは、それがわかるセイヤさんも大したもんですよ。俺なんて未だに疎いのに。
「あんたもそうだろ?」
「!?」
「はは、やっぱりか。あんたが偽名で孤児院立てたり戦災孤児の保護をしてるのは知ってる。一般にゃ知られてないがその筋じゃ有名だからな。木連指導者の裏の顔は国境を越えて子供たちを守る足ながおじさんってよ。」
「…なんの話かな?私は平凡ないち軍人にすぎないが」
「わはは」
 ち、やっぱりセイヤさんか。つまらない事までよく見てるよ。
 実のところ、政治なんかに絡んでるとひょんな事からお金が入ったり色々ある。ひとの縁もね。けど俺は金の使い道なんかわからないし興味もない。ユキナもそういう点は同様だ。家は火星に以前と同じの建ててあるし。
 ま、そんなわけで余ったお金は孤児院やら施設に全部寄付している。俺も子供の頃は施設にいたからな。恩返し、というわけではない。まぁ趣味のレベルの話だ。先生になりたいってミナトさんに火星の教員の仕事も頼んだりしたし。
「で、彼女はどこにいるかね?せっかくだから声のひとつもかけて行きたいんだが」
「ああ、ルリルリなら食堂だろ。さっき、腹が減ったって言ってたからな」
「なるほど。では失礼するよウリバタケ君」
「あぁ、またな。」
 なぜか楽しそうにヒラヒラと手をふるセイヤさん。俺とユキナはその場を後にした。
「…」
 ユキナがどういうわけか、ぎゅっと俺の裾を掴んだ。
 
 ルリちゃんは食堂でひとり、チキンライスを食べていた。
 あの頃と同じ、連合軍の軍服姿。何か懐かしい。粗末なテーブルに、花咲くようなスレンダーな美少女の姿が違和感たっぷりに映える。現実感のなくなりそうな美少女がチキンライスやカツ丼を食堂で平然とガッつく。ルリちゃんの人気を支えているもうひとつの点がこういうアンバランスさだ。地球でも平然と銭湯に行ったりしているらしい。そう。まるであの頃のように。
 まったく、不思議な子だ。このルリちゃんは俺の知ってるルリちゃんじゃないのに。四畳半に詰め込まれて銭湯通い、毎晩へたくそなチャルメラ吹いてたあのルリちゃんはここにはいないのに。なんでこうも似ているんだろう。もともとこういうキャラクタなんだろうか、ルリちゃんは。
「や、こんにちは。おいしそうだね」
「!あ、ども」
 もごもごと口を言わせつつ、それでも食べるのをやめない。この遠慮のなさというか警戒心のなさも昔と変わらない。それでいて、恥ずかしいシーンを見られたという感覚はあるのだろうか。わずかに赤面するのもあいかわらずだ。
 恥ずかしいんなら、一度食べるのをやめればいいのに。そんなにお腹空いてるのかな?
「前、いいかな?」
「はい、どうぞ」
「おばさん。カツ丼を。この子にも同じものを。…あと彼女にチキンライスのおかわりね」
「あいよー」
「…いいんですか?」
「かまわない。再会の印にね」
「…そうですか。ありがとうございます」
 なにしろルリちゃんと会うのはナデシコ以来。前に会った時、次に会ったらおごると約束していたんだ。さすがに本人は覚えてないだろうけど。
「…それにしても、私がよくもう一杯食べるって知ってますね」
「はは、まぁ見ていればわかるさ。注文した時の目の走り具合とか、その食べっぷりでね」
「そうですか。さすがですね………アキトさん」
「え!?」
 俺はその時、完全に固まっていたと思う。
「あ、やっぱり」
「えぇ!?」
 したり顔で、俺の横でためいきをつくユキナ。
「え?え?…えぇ!?」
「…気づいてないのはアキトさんご本人だけです。私達は全員知ってますよ。」
「…私も知ってた。ルリが逆行者だっていうのは」
「ナデシコでお話しましたねラピス。お久しぶりです」
「うん。ひさしぶり、ルリ」
 な、なななんで?なんでルリちゃんが?それにどうしてユキナ…ラピスまで?
「あいかわらず鈍いですね。安心しました。まさか草壁中将に入ってるなんて思いませんでしたから…ずいぶんと探してしまいましたよ」
「…も、もしかして、ルリちゃん?」
「はい。軍にいたのも、ふたつ名を受け入れたのもアキトさんを探すためです。一般人では木連や政府関連にまで網をはるのは難しいですからね」
 もくもくとチキンライスを食べつつ、微笑むルリちゃん。
「それにしても…見事にやってのけましたね。木連と地球の和平」
「…まだまだだ。むしろ大変なのはこれからだろう。私が生きているうちに、なるべく世の中を平静に持って行きたいのだが」
 ふたつに分かたれた世界を結ぶ。簡単なことじゃない。火星の後継者事件のような事が今後も起きない保証はないんだ。
 アニメのような世界観を持っていると、平和になれば何もかも解決、みたいにノホホンと考えてしまいがちだ。でもそれは間違い。本当に大変なのは平和が訪れてから、それを守り、安定させていく事なんだ。草壁の仕事をやってて本当にそれを思う。
 ある意味、奴の選択も間違いとは言えなかったのかもしれない。
 俺にとっては相容れない世界観だしやってた事は許せない。けど、奴が求めていたのもやはり平和なんだから。俺たちの求めた平和とはだいぶ違うんだけど。
「私もお手伝いしますよ。電子の妖精のふたつ名も、広告塔としては結構お役にたてると思います」
「…すまない。ありがとう」
「いえ、とんでもない。」
 ルリちゃんはそう言うと、きれいにたいらげたチキンライスのどんぶりを横に置いた。
「それで、アキトさん」
「…できれば、こちらの名前で呼んでくれないかな?こちらのテンカワアキトに迷惑がかかるかもしれない」
「そうですか。では春樹さん。ひとつ質問なんですが」
「?」
 ルリちゃんはずい、と身乗り出してきた。
 
   「愛人、欲しくありませんか?」
   「…はい?」

 おわり



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