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マクドナルド

「んで、祐一。子供はまだ?」
「!」
 祐一は思わず、食ってたハンバーガーを噴き出しそうになった。
「わ、祐一どうしたの?苦しそうだよ?」
「ご、ごほ、げほ、…真琴。おまえなあ」
 だしぬけに何言い出しやがると祐一は悪態をつきつつ、コークに口をつけた。
 昼下がり、駅前のマクドナルドである。時間帯のせいもあって祐一と真琴以外の客はサラリーマンやOLも少なくない。そんな中にふたりはいた。
 祐一は、いかにも大学生風の洗いざらしのジーンズに狐のマークいりの開襟シャツを着ていた。テキストか資料が入っているのだろう、高校時代とは違う薄めのライトブラウンの鞄は誰の趣味か。そんないでたちで困ったように眉をしかめている。
 そんな祐一の対面に座り、幸せそうに笑って食事しているのは栗色の髪の少女。名を沢渡真琴。祐一と同じ色のデニムのスカートにジャケット。ジャケットの前は開いていて、その下には白いTシャツ。得意気にふくらんだふたつの自己主張のあたりには猫の柄が見えている。顔のかわいらしさもあって可愛く活動的な印象を本人に与えているが、そのくせ女としての魅力もその若さに混じってきちんと主張されていた。
 で、最初の子供発言に戻る。
 OLたちは「子供」発言に一斉にぴくっと反応した。どうやら祐一たちをどういう関係なのか決めあぐねていたようだ。雰囲気からすると仲良しの兄妹のようでもある。だが真琴が高校生くらいに見える事から、平日のこんな時間にこんな場所にいるというのは何か理由があるのかと、ゴシップ好きなOLたちは別の話に花を咲かせつつも、ちらちらと目線を走らせ聞き耳をたてるのを忘れてはいなかった。
 そんな目線がわかるのか、祐一もちょっと閉口していた。
「あのな真琴。いいけど……なんでいきなり子供なんだ?」
「え?だって、美汐と(つがい)になったんでしょ?だったら子供も」
「真琴。おまえ、もちっと言葉を選べ」
「え〜?だってよくわかんないもん」
「わかんないもん、じゃねえよ全く」
 (つがい)とはこれまた古い表現だが、ようするに動物における夫婦のことだ。結婚という語彙をちゃんと持っている真琴がこの表現を使ったということはつまり、正式に結婚していないが事実上の夫婦、という事を言いたいのだろう。
 ひとでない彼女はあまり複雑な語彙をもたない。祐一以外では数人の女性に懐いている真琴だが、おそらくその誰かが番という言葉とその意味を教えたに違いない。
 だがその表現は、人間のカップル相手に使うとどこか生々しいものがある。祐一はためいきをつき、そして「まぁいいけど」と言わんばかりにポテトを口に運んだ。
「しかしまあ、なんでそんな事おまえが気にするんだ?」
「え〜、だって嬉しいじゃない。祐一が美汐と幸せになったら、真琴も嬉しい!」
 にぱ、と毒のない笑い。
 周囲の者はそんな真琴をどうやら祐一の妹分か何かだろうと推測したようだ。『みしお』というのが青年の彼女でこの女の子はそれを応援しているらしい。周囲ではちょっぴり落胆、そして「むむ」と考え込むような視線が蠕いている。
 祐一はそんな周囲より真琴の言葉が嬉しかったようだ。よしよしと機嫌よく笑った。
「そっか。ほら、ハンバーガー食え。冷えたらまずいぞ」
「うん!」
 またもや笑う。大人の女性にはできない無垢な笑い。
 ふふっと楽しそうにハンバーガーにパクつく姿はまるで子供だ。だがその愛らしい食事風景は可愛い真琴にはとてもよく似合ってもいた。
 周囲の目線はゴシップよりむしろ、微笑ましいものをみる暖かさに変わっていた。
「なぁ真琴」
「なに?」
 周囲の空気が好意的になったのにも気づいたのだろう。祐一もちょっとだけリラックスした様子で真琴に苦笑いの顔を向けた。
「おまえが俺とみし……こほん、天野を推してくれるのは嬉しいんだが、それはさすがに気が早すぎだと思うぞ」
「どうして?」
 よくわからない、という表情を真琴は祐一に向ける。ほっぺにハンバーガーのかけらがくっついている。それもまた可愛い。
「天野と俺は確かに恋人だ。つきあいも長くなってきたしおそらく長くなるだろうな」
「うんうん」
「でもな、天野がそれ承知するか?俺なんか未だに名前で呼ばせてくれないんだぜ?」
「え?名前と子供とどういう関係があるの?」
 本当にわからないという顔で首をかしげる真琴。
「わからんか?真琴、俺はおまえを名前で呼ぶよな」
「うん。真琴も祐一を祐一って呼ぶ」
「そうだ。でも天野と俺はどうだ?天野と相沢さん、だろ?」
「それはそうだけど……それと子供とは関係ないよ?」
「おおありだって」
 祐一はため息をついた。
「いいか真琴。人間は子を産み育てる前に、まずは結婚しなきゃならねえ。それはわかるよな?」
「え〜、そりゃそうだけど、結婚なら真琴も祐一としてるじゃない」
 真琴のきょとんとした顔と発言に、祐一の顔が「うげ」とひきつった。
 祐一ばかりではない。さっきまで微笑ましくふたりを見ていた周囲の者たちの空気にも、困惑がじわりと混じりはじめていた。
「あのなぁ。頼むから誤解を招く発言すんなって」
「ほんとのことじゃない。あ、でも美汐と(つがい)なのに真琴ともっていうのは確かに変かも」
 んー、と考えこむようなしぐさをする真琴。子供っぽさ全開だがそんなさまも実に愛らしい。
 だが、吐き出したセリフは子供のそれとはあまりにかけはなれていた。
「じゃあ所有物?」
「はぁ?」
 目を点にした祐一をしりめに真琴は「うわ、それなんか嫌だ」みたいな顔をする。
「んー、でもまぁそうかも。いちおう祐一は真琴の飼い主だし」
「こらこらっ!」
「あれ、違った?」
 ざわざわ、と周囲がざわめきはじめた。真琴の『所有物』『飼い主』発言に色めき立った一部の女たちが露骨に探るような目線をふたりに向け始める。
 雰囲気の急変にさすがの祐一も気づいたのだろう。うわっちゃあ、と眉をしかめた。
「と、ともかくだ真琴。その話はよそうぜ。天野の気持ちを無視して勝手に進めるわけにゃいかねえんだから」
「……」
「……真琴?」
 慌ててフォローをいれようとした祐一だったが、真琴が何かをじっと考え込んでいるのに気づいた。
「……」
 真琴は、そのままじっとしばらく考えていたが、ふと顔をあげる。
「祐一はその気なんだよね?」
「まぁな」
「だったら問題ないよ。美汐もそのつもりだし」
「こらこら、そこで決定すんなっての。だいたい天野本人がそう言ったのか?」
「ううん言ってない。でもね」
「だめだめ、まずは天野の意志を確認してからだ。それまでこの話は棚上げ。いいな、真琴」
 むぅ、と祐一の顔を真琴は不満げに見た。
「そう。確認すればいいの」
「真琴?」
「……」
 真琴は、わかったと納得したように笑うと、ハンバーガーもう一個食べたいと祐一におねだりした。



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