違和感があった。
自分であって自分でない、そんな感覚が全身にまとわりついていた。重さもなく苦しさもなく、なのに不快なものが全身をすっぽり包んでいた。
わけがわからない。
自分がどうしてここにいるのか。ここはどこなのか。いつから、いつまでここにいるのか。
わからない。答えは出ない。
夜の街。深夜。
虚ろな外灯が並ぶさまはまるで影絵の世界。その中に私はいる。小さな路地裏に。
「……」
無心に私は、それを……いや正しくは『命』を食べていた。
切断面に口をつけ血をすすった。この身は人喰いではないが、瑞々しいイノチのほとばしりは非常に美味で、この異質なる身にはとても心地よいものだった。
それは、天上の美酒のようなもの。『在る』ために必須ではないが、心酔わせ心地よくさせるもの。充満する鉄の香りは濃厚にして芳醇。
吸血衝動。
ああ。■■に牙をたてた■■の気持ちがよくわかる。
これは良い。実にイイ。■■■■にも似てこの身を震わせる。
ひく、と私の中で何かが動いた。
「……」
だが、不快感もよぎる。
私に混じる「もうひとつ」が、融けあいながらもそれに歯向かう。異質なるものを殺せ、殺せと騒ぎ続ける。自身すらも否定しようとするかのように。
つまらないことを。
こんな素晴らしくおぞましく心地よい世界を、どうしてそうも否定するのか。
「……」
ふたつの狂騒が荒れ狂う。正反対のものが中でわななく。
けほ、と咳込み血を吐き出した。
「……うげ」
わんわんと声が響く。頭が痛い。
苦しさに耐えかね、立ち上がった。
「……」
路地の中は血の海だった。
私はその中に血まみれで、かつて人間だったナニカを抱えていた。こぼれた中身をずるりと引きずっている。腸は私の脚にまとわりつき、まだ生気を残した臓器が生臭い臭気を発している。
むせかえる「生」の匂いが不快で。
──そして、心地よくて。
「……」
その、もう動かない塊に頬ずりした。生温かさと、さっきまで生きていた柔らかさにうっとりする。
『……』
私を呼ぶ声がする。
帰ってらっしゃい。誰かがそう呼んでいる。
「……」
ぐるる、と喉が鳴った。
『……』
呼ぶ声が強くなった。
そろそろ無視し続けるのも限界だろう。私の中のナニカも「帰ろう」と言っている。
私は鼻を鳴らすと、それを投げ捨てた。
さらりと揺れた真紅の髪を左手でなでつける。
まとわりつく腸を振り払い、闇に向けて歩きだした。
ぴちゃ、ぴちょ、と鉄分を含む血の音が、歩くリズムにあわせて鳴っていた。