[目次][戻る]

感慨

「あはははは。志貴ってそういう趣味もあったのね〜。」
「へ?」
 アルクェイドが苦笑したのに、俺は呆然としていた。
 ここは、アルクェイドのマンション。有間家を辞してきたものの「吊し上げ」の待っている遠野家にいきなり戻るのもなんなんで、俺はアルクェイドのとこに邪魔してお茶していた。
 白い部屋。白いテーブルに四角い白いクロス。白いカップに紅茶の紅が映える。地味というか質素というか、あいつらしい調度品の数々。なにげに高価なものでもあるらしいが、もとよりこいつは本物の貴人らしく細かいことはいちいち拘らないのだ。
「そういう趣味って?都古ちゃんだぞ?あの娘と一緒に寝た事が何か変な意味になるのか?」
 本人が聞いたら怒るかもしれないけど、やっぱり子供だよ。ずいぶん成長したといっても変な気持ちとかにはあまりならなかったし…それに義理とはいえ妹だぞ妹。
 なんだか釈然としない俺。けど、対するアルクェイドはさらに楽しそうに笑った。
「そんなの関係ないわよ。いい?志貴。その都古ちゃんって子は、志貴が眠れない理由がちゃんとわかってたんだよ」
「……え?」
 脚を組んで椅子に座り、紅茶をたしなむ。
 そんな、何気のない仕種だがアルクエイドにはとてもよく似合う。普段のおバカな姿と違い、こういう時は本当に気品が漂い、付け焼刃ではない気品すら漂ってみたり。やっぱりこういう点、お姫様なんだな。
 おっと、閑話休題。今はその時じゃない。
「子供っていうのはね、年長者に依存するから子供なのよ。
 その子はね、志貴が環境の変化で疲れている事に気づいてた。だから身体で癒してくれたんだよ。勇気を出してね。…ぐっすり眠れたでしょ?世間ではね、大人に対してそういう気遣いのできる人間を子供とは言わない。肉体面ではともかくね」
「そ、そりゃ……」
「気づかなかった、とは言わせないわよ?」
 アルクェイドの目線に、きつい光が籠る。
「病気でもないのに発熱と身体の火照り。体臭の強さ。……おおかた、ひとりエッチでもしてたんでしょうね。志貴のことでも考えながら。」
「!まさか!都古ちゃんはまだ」
「子供だと思ってるのは…志貴だけなんじゃない?」
「え?」
 くすくす、と今度はなんだか楽しそうだ。…いいけど、ほんとに表情がコロコロ変わるよなアルクェイドって。見てて飽きない。
「有間の人たちにしても遠野の妹にしても、そこまで子供扱いなんかしてないんじゃない?志貴は自覚が足りないと思うよ?」
「……」
 アルクェイドは固まっている俺を見て、何が楽しいのかさらに笑った。
 その言葉が正しいのなら…俺は都古ちゃんのことをあまりよくわかってない、という事になる。ちょっとくやしい。
 だって、都古ちゃんの世話はずっと俺がやってたんだ。小さい頃、なんか都古ちゃんは俺によく懐いた。今じゃ好かれてるんだか嫌われてるんだかいつも機嫌悪そうなんだけど、昔はまるで俺のオプションみたいにいつもくっついて回ってたもんだ。有間の人達もわかってたみたいで、都古ちゃんのお昼寝はいつも俺の部屋だった。だから今でも有間の俺の部屋には、都古ちゃんの小さい頃の布団やらタオルケットが置いてあったりするんだ。
 そうして、小さな都古ちゃんの世話は俺がやいてた。けどいつしか都古ちゃんが大きくなってくるにつけ、逆に都古ちゃんの方から俺のとこに来るようになったんだ。大きくなった都古ちゃんは本当に無口な子になった。他のひとが言うには俺がいないと結構よくしゃべるそうだから、俺の何かが気に入らないのかもしれない。いつも俺を凄い目で睨んだりするようになったし、事あるごとに猛烈にタックルしてきたり…特に武術をはじめてからは、そういう事が加速度的に増えた。
 まぁ、大きくなったら色々あるんだろうな。あの頃みたいな笑顔を最近見せてくれなくて悲しいけど。それでも、こんなだらしないバカ義兄でも未だに構ってくれるというのは…大嫌い、というわけじゃないんだろう。ほんとに嫌いなら近よっても来ないだろうし。ま、「かわいさ余って」なのかもしれないけどね。
 ……ん?
「どうした?アルクェイド」
「……志貴って、おもしろいね♪」
「む、なんかその言い方は嬉しくないぞ。三国一どころか世界有数の変人じゃないかおまえなんか」
「あはは、そうだよね〜。うんうん」
「……はぁ?」
 なんだかよくわからないが、アルクェイドはずいぶんとご機嫌のようだった。
 遠野でも有間でもそうなんだけど、こういう事がたまにある。なんか皆が突然、ぽかーんとした顔で俺に注目して、しばらくたったら急になごやかになるってやつだ。俺が何かポカしたらしいんだけど教えてくれないし、「ま、仕方ないですね」とか勝手に納得されたり、逆に理不尽に「おしおき」されたりとかしてしまう。なんだかな。俺に問題があるんなら教えてくれればいいのに。
「ぷっ……くっくっくっ……あはははははっ!!」
「……」
 ついにアルクェイドは、お腹をかかえて笑い出してしまった。
 そうなると俺は当然楽しくない。どうしてアルクェイドが笑っているのかその理由すらさっぱりわからないからだ。まぁとりあえず俺が理由らしい事、俺が何かまずい事をやり、それが笑いを誘っている事くらいはわかる。そんなわけで俺は身構える。なぜか?もちろん、失礼なばかおんなに一発くれてやるためだ。
「あははは、あははは……!?きゃあっ!!し、志貴っ!!志貴やだきゃはははははっ!!それやめ、やめれあひゃらあははははははははっ!!!」
「るさい、貴様なんかくすぐりの刑だ!!このこのこのっ!!」
「あはははははっ!!」
 脇の下とかがアルクェイドは結構弱い。俺が背後からちょっとくすぐると盛大にのけぞり、もがきだす。俺はそんなアルクェイドを執拗に攻め続ける。
 今のとこ、くすぐり合戦は俺の全勝だ。アルクェイドも実はかなりうまいのだが、身ごなしとタイミングの計り方という点で、幼少時は秋葉、後に都古ちゃん相手に修行を重ねた俺の敵ではない。
 ……まぁ、実に「どうでもいい特技」なのだが。
「きゃははははあははははははっ!!やめて、やめてもうやめれ志貴ひゃーーーーーっ!!!」
 悶絶しまくりでもはや会話にもならないアルクェイド。ため息をつく俺。のどかな昼下り。
 この時点で俺は、まだ気づいていなかった。
 都古ちゃんがどうして俺の前でだけ態度が変わるのか。どうして俺にタックルしかけたれ色々してくるのか。その意味がわからない俺は、自分の犯しているとんでもない勘違いにもまた、気づく事がなかった。
 その意味を知ったのはずいぶん後。大学に入って少し身軽になり、アルクェイドとふたりであちこち飛び歩くようになってからの事だった。 
 
おわり



感想メールフォーム


PLZ 選んでください(未選択だとエラー)







-+-
inserted by FC2 system