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まどろみ

 都古ちゃんの部屋は、有間家の一番奥にある。
 そこは本来なら家長のいるべき場所だ。けど、道場に一番近いという理由から都古ちゃんが強く望んだらしい。都古ちゃんは武道が好きで、なんと子供の身で拳法の有段者だ。あの頃は単にすごいと思っていたが今見るとその理由もわかった。遠野の血なんだ。秋葉のような特殊な能力を持たない都古ちゃんは、代わりにそういう方面の才能があった。そういう事のようだ。
 しかしその部屋にはひとつ問題点があった。俺の部屋のすぐ近くという事だ。こうして来訪してもその部屋を俺にあてがってくれるというのはそれだけ信用してくれているという事なのかもしれないが、不用心じゃないのかなあ。まぁ、俺は義理とはいえ妹に手出すほどイカれちゃいないし信用してくれているのは嬉しいけど、俺なら心配で居られないと思うんだがなあ。
「……都古ちゃん?」
「!」
 わたわた、ごそごそと慌てたような気配。やはり起きているようだ。
「どうしたの?調子でも悪いの?」
 なんでもない、という返答。しかし息が荒い。やはり調子が悪いんだろうか。
「……そう?でも調子悪そうだよ?大丈夫?」
「……」
「……都古ちゃん?」
「……」
 しばらく沈黙があり、そして……入ってきて、という声が小さく響いた。
 
 ちょっと寝乱れた様子で、 都古ちゃんは布団に入っていた。
 部屋の中は女の子らしい、かわいらしい調度品が目につく。アルクェイドや秋葉の部屋といったある意味非常識な存在の部屋ばかり見ていた俺には、それがとても新鮮だった。箪笥の上のぬいぐるみがポイントかな。何故かカメ。緑の大きいカメとピンクのちっちゃいカメ。男の子と女の子らしい。仲良く並んでいる。それがまるで別格のように箪笥の上に鎮座している。何かをイメージしてるのかな?どう見ても安物の、キャッチャーものっぽいぬいぐるみだが扱いが他と全く違う。まるでそれはメインキャストであるかのように、手鏡の横に置いてあった。
「……」
 都古ちゃんは布団の中。まんじりともせず、いつものように無口なまま俺をじっと見ている。何故か頬が紅潮している。女の子の匂い。何か夢でも見たのか。寝起きという感じとは少し違う。体臭の強さといい、まるで情事の後のようにすら見える。
 ……って、何考えてんだ俺。都古ちゃんだぞ相手は。
「眠れないの?」
 俺の前だと、都古ちゃんはいつも無口。そんな都古ちゃんがぼそり、とつぶやく。俺はただ、あぁと答えた。
「……」
 都古ちゃんは、ちょっと考えこんだようだった。何故か頬を染めた。上目使いに下から見上げてきた。
 その仕種は、ベッドの上で「おねだり」するアルクェイドに似てる。思わず心臓がドクン、と鳴る。
「……ここ」
 ずいぶんと躊躇った末、都古ちゃんは布団を少しはぐると、入ってきてと言わんばかりに俺を見上げた。
「え……あ、いやそれは」
 いくらなんでもそれはまずいだろ。そりゃ都古ちゃんが幼稚園くらいの頃は添寝くらいしたけどさ。
「……寒い」
「いや、寒いってその」
 寒いからさっさと入れ、と言いたいようだった。なぜか怒っているようにも見える。
 ええい、ままよっ!!
 
 布団の中は、とても暖かかった。
 意外なほどに湿っていた。不快なほどではないが…都古ちゃんの体臭が、少し強めにたちこめていた。女の子の甘い匂いは不愉快にさせるものではなく、むしろ俺の「男」が張り切ってしまいかねないような良いものだった…が、やっぱりちょっとおかしい。
 俺はあまり女の子の寝床は知らない。一番よく知っているのはアルクェイドだがあいつを比較の対象にするのは根本的に間違いだろう。他によく知っているというと…いなくはないが違いを感じられるほどの経験はないしだいいち前すぎてよくおぼえてない。
 だけど、そんな俺でもちょっと変な感じがする。やっぱり調子悪いんじゃないか?暖かいのはいいけどそんな気がする。都古ちゃんの身体自体も何かの余韻のように火照ってるし。
「ねえ都古ちゃん。やっぱり調子悪……」
「……」
 じっと見られる。よくわからないが、深く追及してはいけないらしい。
「へいへい」
 白旗をあげた。
 やがて、都古ちゃんはしばらくもぞもぞと動き…そしていきなり、きゅっと抱き付いてきた。
「あ」
 布団の中で寝間着をはだけたらしい。もろに素肌の感触があたり、俺はちょっとあわてる。
 けど、抵抗する間もなく俺の寝間着も帯がほどけた。考えるまでもない。都古ちゃんが俺の背中に手をまわしてやっているんだ。
「あぁ」
 そういえば、そっか。都古ちゃん、寝間着の感触って嫌いだっけ。一緒に寝るといつも脱がされたんだ。
 ……あぁ、帰ってきてるんだ。俺。
「……」
 俺の中で、俺自身も気づかずわだかまっていた何かが溶けた。
 それ以上の思考は続かなかった。さっきまで全く感じられなかった眠気が、たちまち俺に襲いかかった。鈍った頭で、俺は都古ちゃんを抱きしめる。特に理由はない。昔、いつもそうしてたからだ。ちょっと女の子っぽくなったけど、やっぱり都古ちゃんだ。女の柔らかさの奥にしっかりと筋肉の感触もある。ひなたの匂いに女の匂いがまじる。
 やばいぞ、と意識のどこかがつぶやく。
 彼女は思ったより子供じゃない。これは立派な女だと誰かが警告する。おまえは女に寝床にひきずりこまれているんだ、と心の底に何かがささやく。注意しろ、取りこまれるぞ、と声が続く。
 うるさいな。眠いんだよ。
 確かにちょっと軽率だったかもしれない。でも都古ちゃんじゃないか。次からはもう一緒はダメだね、と明日にでも言えばいい。ましてや都古ちゃんは体調がおかしいんだ。今から「やっぱり別々に寝よう」なんてやったら悲しませるだろ。
 知らないぞ俺は。そう、そいつは言っているようだった。



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