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切掛け

 機動戦艦ナデシコは、無事に佐世保から発進する事に成功した。
 いきなりの木星蜥蜴の襲来も、予定外のそれを含むふたりの機動兵器パイロットのおかげで無事やりすごした。グラビティブラストの威力はすさまじく、史実通りにたくさんの無人兵器を一網打尽にしてみせ、何も知らない多くのクルーたちを驚かせた。
「はい、それではちょっと早いですが交替で休憩に入りましょう。
 ミナトさん、ルリちゃんジュンくん先に休憩お願いします。プロスさんはミナトさんの代役頼みます。アキトはサブオペレータとプロスさんのサポートね。メグミさんごめんなさい、軍からの通信がくる可能性がありますから、もう少し待ってくださいね」
 てきぱきとユリカは指示を出していく。史実のような『アキトアキトアキトー!!』な姿はそこにはない。なぜなら彼は既に婚約者としてそこにいるわけで、既に馬鹿騒ぎの必要がないからだ。
「はーい」
「わかりました」
「了解です」
「提督と副提督も適当なところでご休憩なさってください……ってあれ?副提督はどちらに?」
 そういえばキノコ頭がいない。いつのまに消えたのか。
「ムネタケ君なら、何か用があるという事で先ほど出ていったようだが」
 提督のデスクに座ったままのんびりとフクベが言う。お茶がよく似合いそうだった。
 そうですか、とユリカはそれに頷いた。
 その会話を聞き付けたプロスペクターとアキトも頷く。何が起きているかがわかっているのだろう。そもそも二人が残ったのはこれの対策も含めてのことだった。
 そして、それがわかっているルリは渋い顔をした。
「艦長。私ももう少し残りたいのですが」
「あーだめだめ。ルリちゃんが先休んでくれないとアキトが休めないんだよ?オペレータはふたりだけで交替要員いないんだからローテーションは大切なんだよ?」
「ですが」
 なおもルリは食い下がろうとした。
 普通の艦長や軍人ならここで「艦長命令です」と即座にいうかもしれない。だがそこはユリカである。にっこりと笑った。
「休むのも仕事のうちだよルリちゃん。それにお昼食べ逃してるでしょ?ルリちゃんは育ち盛りなんだからちゃんと食べなくちゃダメなんだよ?」
 あ、と口を濁らせ眉を寄せるルリ。
 昼食を逃しているのは他の皆も同じ。だが確かに『育ち盛り』はルリだけなわけで、そこらへんを突かれると弱い。
 周囲の者もそう思ったようだ。フクベ提督までもが優しい目をルリに向けていた。
「それとお風呂もしてくるといいよ。ゆうべ入りそこねちゃってシャワーしかしてないでしょ?」
「それはそう、ですが」
 完全に正論で言い負かされたルリは、とうとう言い訳モードになってしまった。
 確かに『史実通りなら』クーデター騒ぎにはまだ半日以上ある。だが史実通りになるかどうかは未知数だし、何よりユリカたちの作戦会議から自分だけ外されるのはとても不安だった。
 だがユリカは、ここがトドメといわんばかりににっこりと笑った。
「ミナトさん、すみませんお願いできますか?ルリちゃんのお風呂とごはん」
「いいわよ〜♪」
 その役がふられる事を期待していたのだろうか、妙に嬉しそうにミナトが答えた。その瞬間げ、という顔をするルリ。
「わ、わかりました艦長、速攻で入ってくることにしま……って放してくださいミナトさん!」
 逃げる間もなくミナトに背後から捕獲されてしまった。
「さ、一緒に入ろうね〜ルリルリ♪」
「やです、ひとりで入れますからってミナトさん!私子供じゃないですから!」
「ミナトさん、ちゃんと数かぞえさせてあげてくださいね。ホシノ博士から、ルリちゃんひとりだと長風呂なのに誰かと入ると烏の行水で速攻逃げ出しちゃうから、がっつり入れてあげてくださいって指示いただいてますから」
「嘘いわないでくださいユリカさん、私そんな事ないですってミナトさん放してやだ、やだやだ放してください〜!」
「はいはい♪」
 いやがるルリをミナトがずるずると引き摺り、ブリッジを出ていった。
「……」
 残された面々は、なんともコメントしがたい顔でお互いを見ていた。
「あの」
 その中で、口を開いたのは通信士のメグミ・レイナードだった。
「なんですか?メグミさん」
「艦長。あのー、今のワケ聞いていいですか?」
 なんとなく不審なものを感じたのか。眉をしかめるメグミに、うふふと悪戯っぽくユリカは笑った。
「あのね、ルリちゃんってお風呂で物凄〜く人見知りする子なの。ちょっと事情(わけ)ありなんだけど、とにかくひとりなら平気なのに他のひとがいると速攻逃げちゃうんだよ?」
「はぁ」
「で、ホシノ博士からのお願いでね、みんなと入るってことに慣れさせてあげてほしいんだって」
「そうなんですか?でもあまり無理強いするのも可哀想じゃないですか?」
 ひとと風呂に入れないからってそう大きな問題なんだろうか?とメグミは首をかしげた。まぁもっともな話である。
 だが、ユリカは首をふった。
「確かにそうなんだけどね、ちょっとルリちゃんのは度が過ぎてると私も思う。だってね、ルリちゃんってデパートの下着売り場にも入れないくらいのすっごい恥しがり屋さんなんだよ?私も実際に見た時はびっくりしたけど」
「うわ……」
 さすがのメグミも驚いたようだ。さすがにそこまでとは思わなかったのだろう。
「でもそれって、本当に恥ずかしいからですか?むしろ凄い潔癖症だったりとか」
 看護婦になろうとした経験のあるメグミは、そういう見地から意見をのべてみた。
「ううん違うみたい。だって博士は平気みたいだし。でも更衣室とかダメみたいだね。自分が見られるのもダメなら、誰かを見るのもダメみたい。下着見ただけで真っ赤になっちゃうんだもの」
「そうなんですか」
 難儀な話である。
「ナデシコは戦艦だけど、せっかく女の子がいっぱいいるんだもの。少しずつでも慣らしていって、みんなで楽しくお風呂入れるようになったらルリちゃんの精神衛生にもとてもいいと思うの。
 ルリちゃんはナデシコのメインオペレータでしょう?そうやってみんなとうまくコミュニケーションとれるようになる事はそういう意味でも大切だと思うし」
「なるほど、わかりました。じゃあ次の機会には私が入れてあげます」
「うん、お願いねメグミちゃん」
「はい♪」
 メグミはユリカの采配に感心したようで、また可愛らしいルリとなかば仕事として堂々と入れるのもちょっと楽しみかも、なんて顔をして微笑んだ。
「……容赦ないなユリカ」
「何かいった?アキト」
「いや、なんでも」
 昨夜、ユリカが一緒に入ろうとしてまたもや逃げられたことを知っているアキトは、やれやれと苦笑いを浮かべるのだった。



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