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あとがき

 地中海に面した海沿いの明るい別荘に、ふたりの女の気配があった。
 別荘の前には赤いオープンカーが止まっている。海につながった広い庭にはベンチがあって、そこには髪の長い女性と、伊藤(いたる)が髪をなびかせて座っていた。
 心地よい風。少し暑い陽射し。ふたりは水着の上にバスタオルを羽織っていた。
「それで、誠くんと清浦さんはうまくいったのね?」
「そりゃあばっちり。傍聴マイクにはしっかり二人のあえぎ声が」
「こらこら。それは犯罪よ止ちゃん」
「いいの。お兄ちゃんのためなんだから」
 困ったように笑う女性。止は得意気に胸をはった。
「でもいいの?言葉お姉ちゃん。お兄ちゃんをキオウラにあげちゃって」
「心とくっつくよりはいいもの。心相手じゃ取り返すに取り返せないでしょ?清浦さんが悪いひとじゃないのはわかってるし、心みたいなわがままなひとじゃないから、勝っても負けても納得できると思う」
「って、取り返す気まんまんですか」
「もちろん。
 だって、別れたといってもそれは心と引きはなすためだもの。誠くんもそれはわかってると思うし」
「そうかなぁ?お兄ちゃんだよ?」
「ふふ、そうね」
 うっふふと楽しげに笑う言葉に、止は呆れ顔を浮かべ、そして目の前のジュースに口をつけた。
 
 実は、今回の狂言を提案したのは言葉だった。
 心が裏で誠に近付いているのは言葉にもわかっていた。だが引きはなす手段がもうなかったので、とりあえず桂家自体と誠を引きはなすことを言葉は思い付いたのだ。
 止は誠の妹であるが、桂家全員のお気に入りでもあった。誠と言葉が別れた今も彼女を軸に伊藤家と桂家の交流は続いていて、特に彼女は桂家の三女のように扱われている。桂家の家族旅行には当然のように呼ばれたりもする。
 離婚したにもかかわらずそのパイプを使い、心は誠と密かに接近していた。それに気づいた姉がとった回避手段というわけだ。
「誠くん、あれで結構こっちの仕事が気に入ってるみたいなの。清浦さんともうまくいくと思う」
「はぁ。知らないよ?本当にとられちゃっても」
「その心配は私がします」
 ふふ、と言葉は笑った。
「別れたといっても仕事上のおつきあいはあるもの。誠くんの日常は全部こっちで抑えてるし、非常の際にとれる手段もいくらでもあるし。
 大丈夫、清浦さんは強敵だけど最後は私が勝つから」
 がんば、と死語をつぶやくとガッツポーズをしてみせる言葉。態度は可愛いが会話の内容はかなりブラックである。
 どうやら、いざとなったら経済的社会的な絡め手で籠絡するつもりらしい。
「……」
 うっへぇ、どろどろだねぇと止はつぶやいた。
 
「ところで言葉お姉ちゃん。お兄ちゃんのオナニー写真とかいる?」
「おな……!って止ちゃん!あなたお兄ちゃんのそんな写真とってどうするつもりなの?」
「心ちゃんにあげようかなと」
「だめ、絶対ダメよ。私に渡しなさい」
「え〜撮るの大変だったのにぃ」
「もう。じゃあ今度遊びにつれてったげるから。ね!」
「パリ?」
「……パリはダメ。治安悪いでしょ?」
「じゃあ写真は心ちゃんに」
「わかった!わかったわよもう!」
「えへへー」
「えへへじゃないの!もう本当に」
「それは私のセリフだよ。来たる時に備えて勝負服とか買わなくていいの?」
「……それは」
「はぁ。世話が焼けるんだからもう」
「心みたいなこと言わないの!もう!」
 
(今度こそ、おしまい)



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