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Scene-3

 季節は巡る。
 夏からゆっくりと秋に変わっていく。夏という季節に彩られた恋は次第に醒めて、たくさんの恋人が涙を浮かべる季節になっていく。
 そんな中、まこちゃんとせっちゃんはそのままだった。
 ふたりが特別なのではない。ただふたりの場合はパリまで追いかけるなんてイベントがあった事、双方の家族がとても協力的だったのが仲を壊さず維持するための強力な後押しとなっていた。なにしろ誠の小さな妹までが刹那と誠が仲良しになったことをとても喜び、兄と同じように刹那にも甘えていたほどなのがとても大きかった。この歳の恋愛で、しかも双方の家族の後押しがあるのは珍しい。普通は少なくとも女の子の側の家族はいい目で見なかったり、いろいろあるはずなのだから。
 ふたりはゆっくりと、ただの恋人から家族に準ずる関係へと変わりつつあった。「せっちゃん」という言葉が意味するもの、つまり『身内』としての関係へ。
 未来を決めるには早すぎるのかもしれない。だが高校時代くらいから長くつきあい社会人になってから結婚するようなカップルも世の中にはたくさんいるものだ。いろんな異性とつきあい目を養うという考え方もあるが、それは最近生まれた考えでもある。昔はそうではなかったわけで、何より刹那は誠を手放すつもりなんて毛頭なかった。
 そして、その日はやってきた。
 
 かねてから進んでいた、清浦家のパリ駐在が決定した。
 本来ならそれは破局なのだがふたりの場合は違った。刹那の強い希望、それに誠がそれに同意した事もあり、誠の両親と刹那の両親──そう、離婚している誠の父親や絶縁状態の刹那の父親も含めてだ──それに誠も伴い、渡欧する準備が進み始めた。ふたりの行動はそこまで、短い間にいろいろな面を変えてきていたのだった。
 裏で別の画策をする姿も見られた。クラスの一部の女子がどういうわけか誠を刹那から引き離そうと企んだり、ふたりの仲を裂こうと策略を巡らしていた。そこにはもちろん黒幕がいて、あらゆる手段で誠を日本に留めようとしていた。
 だがそれは成功しなかった。刹那が動いたためではない。別のクラスにいた誠の中学時代の親友たる女子が噂でその画策を聞きつけ事態を知って激怒、その黒幕を潰しにかかったからだ。それはもうすさまじいもので、間に女バス所属であり黒幕の友人でもある甘露寺七海が入りなんとか穏便に収束したがその結果、黒幕は刹那たちの妨害をすることもかなわず時間切れとなった。そして誠にはふたりの仲を裂こうとする妨害者の存在が個有名ぬきで知らされた。刹那との仲を引き裂いて笑いたい輩がいる、幸せになりたい気持ちがあるのなら何があっても刹那を信じろと、複数の女子から誠は警告をうけたのだった。
 対する誠はそれを真剣に受け取った。父親の件で破局を迎えかけた記憶は誠をしっかり掴んでおり、どんな親しい関係も何がきっかけであっさり壊れるかわからないことを誠はもう理解していた。だから誠は礼を言い、十分に注意すると告げた。
 ……もっともその直後に「せっちゃん」「まこちゃん」とラブラブ会話をおっぱじめてしまったため、その女子たちは「あーかゆいかゆい」と逃げ出してしまったのだが、まぁそれはまた別の話である。
 パリへの出発は学園祭後。ふたりは思い出をたっぷり作り、そして渡欧する事に決めた。

 本来なら三組の男子委員は別の人間である。だがその者が期限つきでなぜか辞退したため、委員は刹那と誠のコンビとなった。
 それは裏で活動している数人の女子の画策でもあった。残り少ない日本での時間を少しでも一緒にさせてやろう、という気持ちと、いちゃいちゃするなら委員会活動でやれというやっかみ半分の結果だった。
 突然の委員指名に誠は首をかしげたが、事情を知る刹那は嬉しそうに笑い、一緒にやろうまこちゃんとその笑顔とひとことで誠を陥落させたのだった。
 周囲はもちろん、はいはいとただ呆れるだけだった。

「え、じゃあことぴーは一日中ここの受付なの?」
「はい」
 困ったように苦笑する桂言葉を前にして、ふたりは顔を見合わせた。
 言葉に対するいじめの存在は既に知っていた。二学期以降の言葉は以前とはずいぶんと変わってきており、クラスでの評価もずいぶんと違うものにはなっていた。だがそれは、面と向かっていじめてくる人間が減り始めたというにすぎず、まだまだその解決には時間がかかるようだった。
 ふたりは心配したが、言葉は嬉しそうににっこり笑ってふたりを見た。
「私は大丈夫です。これでも以前よりずいぶんと過ごしやすくなりましたし、クラスの空気が少しずつ変わりだしたのが確かに感じられるんです。ゆっくりと時間をかけてやっていくことだと私は思っています。
 それよりふたりとも、お弁当タイムは本当にここでいいんですか?あまり時間がないんじゃ」
「いい。ここでことぴーと食べる。ね、まこちゃん」
「ああ、それがいい。言葉が嫌だっていうんならあきらめるけど」
「……いえ、ここでいいです」
 お化け屋敷の前で、三人でお弁当。
 たまに現れる四組の面々は驚いた顔で刹那と誠をみるが、三人の仲がいいのはもはや承知の事実だし、しかも言葉がてきぱきと嫌な顔ひとつせずに応対するものだから、毒気をぬかれた顔で皆去っていった。中には仕事を代わろうとは言わないものの、簡単な使いっぱしりくらいなら代わって出てくれる女子まで現れはじめていた。
「桂、これでいいんだよね?」
「はい。ありがとう。面倒なことさせてごめんね」
「いいのいいの。一番めんどくさい事文句も言わず引き受けてくれたの桂じゃん。このくらい気にすんなって」
 その女生徒はそう言っただけでなく、さらに誠と刹那にも挨拶して去っていった。
 言葉の周囲の空気は、確かに本人がいうようにじわじわ変わり始めているようだ。
「大丈夫、うまくいきますよ」
 言葉の笑顔は苦笑でもなんでもない、確かな自信に裏付けられたものだった。
 
 夕刻になった。
 山吹色から赤に近い色にゆっくりと変わっていき、周囲は暗くなった。昼間とはまた違う熱気に校庭は包まれ、この時を待ち望む生徒たちが火のまわりに集まっている。
「さぁ、いこうまこちゃん」
「ああ」
 すっかり人前でも「まこちゃん」連呼するようになった刹那とそれを咎めもしなくなった誠は、なぜか妙に空間の開いた踊りの場所にゆっくりと進み出た。
 ざわ、とさんざめく空気の変化に誠が首をかしげた。
「なんだ?」
「気にしないの、まこちゃん」
「……あぁ」
 周囲の視線が自分たちに向いているのを刹那は理解している。だから気にしない。
 火のまわりで踊り出す。お互いの顔が半分だけ炎の中で明るく、その赤みをおびたお互いの熱い視線は否応が無しにふたりの空気を盛り上げる。
「まこちゃん」
「せっちゃん」
 ふたりはゆったりと幸せを謳歌し、くるくるとふたりだけの世界を舞いはじめた。
 
 幸せそうなふたりを、怨念を込めた目でじっと見ている影がひとつ。
 醸し出している空気があまりに黒いこと、こんなところにいる女子はそもそもそれどころではないという事もあって、誰もその影には近付かない。ただ事情からお相手にあぶれた者、まちぼうけしている悲しそうな者たちだけがその影を見て、そのなんともブラックな空気に「ああはなりたくないなぁ」とためいきをついているのはここだけのお約束である。
「!」
 と、その影は「ぱしゃ」というシャッター音を耳にして顔をあげた。
 その女子が四組の桂言葉であることに影は気づいた。何をしているのだろうか、と顔をあげた。
「うっふふ……せっちゃんも誠くんも可愛い♪」
「えっと……あの?」
 せっちゃん、誠くんという呼称にひっかかるものを感じた影は、言葉に声をかけた。
 だが言葉はふたりの姿をデジカメで追いかけるのに夢中のようだった。薄闇に縮こまった影なんぞに気づくわけもなく、撮影のために誰かの前に出てしまうたびに「あ、すみませんごめんなさい」などと断りつつ撮影をするのに夢中のようだった。
 声をかけ直すかどうか困っていると、
「あれ、桂さんじゃないか」
「!澤永さんですか。あ、お邪魔しちゃいましたか?」
「いや、俺たちは休憩中。な、光」
 横にいる黒田光はというと、言葉と話すのははじめてではないのだろう。あまりこの子好きじゃないんだけどなー、という顔をちょっぴり炎の赤に浮かべつつ、うんそうだよときちんと答えていた。
「誠と清浦さんを撮ってるのか?ずいぶん熱心だね」
「はい。パリに送りつけてあげたら喜ぶかと思って」
 そんな会話を聞いて、光の顔が「あれ?」という顔になる。
「あれ?桂さんって刹那たちと知合い?」
「はい、お友達です。おふたりとも」
 ふふ、と言葉は嬉しそうに笑う。
「こんないいシーン、撮らなきゃもったいないじゃないですか。是が非にでもふたりに見せてあげたいです」
「そうなんだぁ」
 見たところ言葉には相手がいない。だがそんなこと全然気にしてないようだ。
「桂さん、ふたりが好きなんだ」
「ええ」
 それじゃ、と言葉はにっこり挨拶して撮影に戻った。
「澤永」
「ん?なんだ光?」
「澤永は知ってたの?桂さんと刹那たちのこと」
 ちょっとだけジト目の混じっている光に、澤永は苦笑した。
「ああ、学園祭の準備の時に桂さんと話す機会があって、その時に少しだけな。
 誠の話じゃ、夏にいろいろあって友達になったそうだ。なんでも誠と清浦さんのためにがんばってくれたひとで、さらに清浦さんのお母さんと桂さんのお母さんは仕事の上でもおつきあいがあるそうだ。そういう意味でも縁が深いらしい」
「なるほど……ね」
 光はちょっとだけ複雑な顔で、じっと言葉と刹那たちを見比べていた。
「……」
 だれにも気づかれない影はそれをじっと聞き、悲しげに地面にのの字を描いていた。
 
 数日後、せっちゃんまこちゃんはパリに旅立った。
 桂姉妹に黒田光他数名、さらに誠の中学時代の友人までやってきて、ひどく賑やかな出立であった。
 
 どこかの少女はその頃、寝床の中ですんすんと泣いていた。
 
(おわり)



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