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Scene-2

 新学期になった。
 どこぞの史実では腹黒な八方美人女にかき回され誠の生活が大きく狂いだす日々のはじまりである。あの女がいなければ誠は静かな日々を過ごせたのかもしれないが、まぁそれはそれ。良い意味でも悪い意味でも「運命を先取り」してしまった誠である。もはや運命の悪戯に翻弄されることもなく、親友と馬鹿やったりしてそれはそれなりに楽しい日々を過ごせるはずだった。
「よう誠。久しぶりに昼飯でもいこうぜ!」
「ああ、そうだな泰介。ひさしぶりに馬鹿話でもすっか」
 あはははと笑いあい、男同士騒がしく食堂に向かうはずだった。
 はずだったのである……が、
 
「まこちゃん!」
「!!」
 突然響いた声に、ぎくっと誠は固まった。
「……」
 おそるおそる誠は後ろを向いた。
「……」
 そこには、大きめの弁当箱を抱えてふくれっ面の刹那がいた。ファンシーなかわいらしい絵柄の包みと愛らしい刹那の不機嫌な顔がとてもいい感じにマッチしていた。そして彼女の背後には目を点にしたたくさんの女子たち、そして何が起きたのかと注目している男子たちの姿が見えた。
 ざわ、と声が聞こえる。
(お、おい、今清浦さんなんつった?)
(『まこちゃん』?)
(い、いやまさか。だって清浦だぞ?それに『まこちゃん』って伊藤のことか?)
(でもさ、あの弁当箱)
(どうなってんだ?いったい?)
(さぁ?)
 背後でざわざわ、がやがやと声がしはじめる。若干一名ほど泣きながら教室を出て行く影があるがきっと幻だろう。屋上は一般生徒立ち入り禁止だし。
「あ……あは……は」
 さて、誠は弁当箱と刹那を見るなりたじろぐように逃げ出そうとしていた。まるでそれが恐ろしい業罰であるかのように見据えて。
 だが、刹那はそんな誠を満面の笑みで見つめた。
「まこちゃん。お弁当食べよ」
「い、いや刹那」
「せっちゃん」
「!」
 う、と口ごもる誠に刹那は畳み掛ける。
「ことぴーの胸にみとれてた罰。教室でふたりでお弁当。まこちゃんは私をせっちゃんと呼ぶ事。忘れたとは言わさないからね、まこちゃん」
「……」
 冷や汗たらたらの誠。赤面しつつ嬉しそうな刹那。水でも打ったように静まり返っている周囲。凄まじいばかりの視線の雨。
 その中を、無人の荒野であるかのように平然と誠の手をとる刹那。
「さ、まこちゃん。席に戻る」
「あ、ああ」
 まるでモーゼのようにざわ、と道が開いた。その中を刹那は誠の手を引き、自分たちの席に戻った。
 ごそごそと弁当を広げる。当然のように箸はひとつしかない。
「まこちゃん、あーん」
「……」
「……いらないの?」
 まるで誰もいないかのように静まり返った教室内。衆人環視のど真ん中である。
 誠は赤くなったり青くなったりしていたが、やがて覚悟を決めたのか、
「わ、わかった。せっちゃん、あーん」
 ふふ、と微笑むと刹那は誠の口にから揚げを押し込んだ。
「おいしい?」
「……たぶん」
「たぶん?」
「全然味がわからない。つーか恥ずかしくないのか、せっちゃんは」
 ざわざわと喧騒が戻りはじめる。あまりの甘ったるさというかむず痒さというか馬鹿ばかしさに、悲鳴をあげて逃げていく者まで出始めたようだ。
 対する刹那は、ふふっと楽しそうに笑った。
「変なこと聞くんだねまこちゃん」
「へ?」
「そんなの、恥ずかしいに決まってるよ」
「そ、そうか」
 満面の笑みを浮かべ、赤面しつつも幸せいっぱいの顔で言う刹那。苦笑しつつももう諦めたのか、あーんと口を開けた誠。
「せっちゃん」
「まこちゃん」
 あはは、と笑いあいながらふたりは食事を続けた。
 
 その日のうちに、三組最強バカップルの噂が学園中を駆け巡ったのだった。



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