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はじまり

 静かな廃墟に、赤土まじりの風が吹いていた。
 見渡す限りの廃墟がひろがっていた。何者かによって破壊され尽くしたらしいその街は、戻る人も訪れる人もなく、白骨化した死体も瓦礫もごちゃまぜのまま。屍臭すらも呑み込み元の赤い荒野に還ろうとしていた。
「……」
 その中にひとりの黒衣の青年が立っていた。ピンクの髪の少女を伴って。
「……どういうことだこれは」
 全身のほとんどを包む黒マントが風に揺れた。黒いバイザーに半分がた隠れたその顔が、ゆっくりと怒りに歪んだ。
 その足元には『ユートピア記念日大売出し』と書かれたボロボロのチラシが風に揺れている。
 青年の身体は、静かに震えていた。
「こんなはずはない」
 震える声も、押し殺した怒りを告げていた。
「俺は間に合うはずだったんだ。まだ木連の襲来まで一年あるはず!」
「アキト」
 ピンクの少女が青年に語りかけた。
「落ち着いてアキト。冷静に」
「……あぁ、すまんラピス」
 青年は立ったまま、小さな少女の肩をぽんぽんと叩いた。
「イネスを探してみよう。あいつはそう簡単に死ぬ(タマ)じゃない、どこかにいるはずだ」
 史実が変わっている。ならば情報が必要だった。
 少女──ラピスラズリはそんなアキトの顔をみあげて呆れたようにつぶやく。
「ほんとは心配なくせに」
「なんか言ったか?」
「なにも。いこ、アキト」
「──ああ」
 ふたりはよりそい、荒野に歩きだした。
 
 二十二世紀も末に近付いたある日。火星、ユートピアコロニー。
 移民たちの街は、死の静寂に包まれていた。



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