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狂った歴史

 窓際の机に、明るい光が差し込んでいた。
 一台のIFS仕様のパソコンがある。そのパソコンはネットワークにつながれていて、その前には幼げなツインテールの髪の少女が座っていた。その傍らには大きめのグラスが置いてあって、中の冷たいオレンジジュースのためにたっぷりと汗をかいている。
 少女の斜め後ろには、二十歳くらいの髪の長い女性が立っていた。
「……これっていったい、なんの冗談なんでしょうか」
 少女は呆然とモニターを見ていた。
「わぁ……ずいぶんと『史実』が違うんだねえ。ユリカびっくり」
「あのですね……」
 めまいがしそうなほど能天気なユリカの反応に、ルリは思わず頭を抱えた。
 天才となんとかは紙一重という言葉があるが、まさにユリカはその天才タイプである。どちらかというと秀才型であるルリはユリカを尊敬しているのだが、日常の破天荒ぶりだけはどうにも苦手である。
「ユリカさん。よくそんな落ち着いていられますね?」
「んーびっくりはしてるけどね、でもアキトはいるんだよね?この世界に」
「……はい。ただ、私たちのアキトさんかどうかは推測の範疇になりますが」
 ふう、とルリはためいきをついた。
「まぁね。ルリちゃんの気持ちはわかるけど」
「呑気すぎですよユリカさん」
「あはは。ルリちゃんきついなぁ」
「もう!」
 少女、ホシノルリの激昂は無理もなかった。それほどの凄まじいデータが、今ルリのアクセスしているネットには存在したのだから。
 そこには、ここ数世紀にわたる『世界史』の年表があったのだか──。


『1966年、正体不明の巨大生物と宇宙人の戦闘が日本で発生する。事件にかかわった科学特捜隊員の命名により巨大生物はベムラー、宇宙人はウルトラマンと名付けられる』

 いきなりこれだった。
 史実の相違を確認しようと大学のネットにアクセスしたルリなのだが、近代史の講義用資料の最初の一節がいきなりこれ。もちろんルリはジョークか、あるいはアクセス先を間違えたのかと思ったが、間違いなくそれは近代史の講義用の資料だったのだ。
 資料にはこうある。


『二十世紀中盤に突如としてはじまったいわゆる怪獣頻出期。これ以降、地球では宇宙よりの脅威に備えて各国合意の元に防衛隊が設立される。宇宙の中の地球人という概念が育まれ、我々人類の世界観はそれまでの地球文明のみを舞台にしたものから大きく変わることになった。ゆえに1966年をして、ウルトラ元年と称する者も一部には存在する』

 当然だがその文章はルリを呆然とさせた。
 二十世紀から頻繁に異星人や異星生物が来訪している世界。当然ながら1966年以降の史実はルリたちの知るそれとはまったく異質なものとなっていた。同じ地球のそれとは思えないほどに変節を遂げたその世界は、異星人に対する目線こそ穏やかなものではないが、同じ人間に対しては以前よりいくぶん優しくなっているのがわかった。
 だいたい、このウルトラマンというのはなんなのだ?
 怪獣とやらの出現とともに突然現れ、人類の盾となり戦ってきた謎の巨大ヒーロー。人型の姿のくせに身長50mという巨体。そしてその異常なまでの強さと不死身性。あまりの強さと異様さに、人間はウルトラマンがれっきとした異星人であることすら数十年も信じられなかったという。
 そりゃそうだろう。あらゆる地球科学の常識を存在そのものが無視している。こうして実物映像を見ているルリにさえも悪い冗談としか思えない。常識でいえば、そんな巨大な生物は立っていることもできないはずだ。地球上では自重で自滅して当然の存在。
 だが彼らはその巨体で平然と戦った。それどころか個体によっては1000m以上もジャンプして飛び蹴りすらかますという。もはやコメントもする気にならないルリだった。
「木星蜥蜴の事件は起きてるんだよね?」
「はい、史実より一年前倒しみたいですが……ですがこの変わりようを思えば『よくぞ一年ですんだ』というべきでしょう。襲撃があったこと自体がむしろ驚きです」
 その木星蜥蜴の襲来も、数ある異星人襲来事件のひとつとみなされているという。ここ数十年ほど怪獣や異星人の襲来がなかったそうで『新たな怪獣頻出期到来か』というメディアの見出しが目立っている。
「……それなんだけどね、ルリちゃん」
「はい?なんでしょうユリカさん」
 女──ミスマル・ユリカは心配げな顔で腕組みをした。
「その木星蜥蜴の襲来って……本当に背後にいるのは木連なのかな?」
「……」
 ユリカの指摘にはルリは沈黙した。
「これだけ宇宙人やら何やらいっぱいいる世界で、たとえ百年生き延びたとしても……危険を犯して地球に攻めてくるほどの余力が木連にあるのかな?ちょっと不思議だよ。
 ううん、もしかしたら木星蜥蜴って」
「……とっくに滅ぼされているかもしれない、ですか?今やってきている蜥蜴の背後にいるのは木連のひとじゃなくて、どこかの異星人だと?」
 そうだよ、とユリカは頷いた。
「かりにそうだとしても理由がわからないです。はるかな宇宙からわざわざ攻めてくる力があるのに、現地に残されているよその異星人の設備なんて再利用する必要があるんでしょうか?」
「使えるものはなんでも使うってことじゃない?ほら、宇宙をはるばる来るなんて大変じゃない」
 ある意味呑気なユリカの発言に、ルリはためいきをついた。
「そりゃ遠い宇宙をはるばる来るのは大変でしょう。だけどユリカさん、それ変です」
「そう?」
 あたりまえでしょう、とルリは肩をすくめた。
「そんな遠い世界の文明をわざわざ攻めるんですから、あらかじめ勝算がたつようきちんと計画的に攻めてくるのが筋じゃないでしょうか?そういう計画に、使えるかどうかわからない現地のものを加えるものなんでしょうか?
 あまり合理的とは思えないんですが」
 なるほど、確かにもっともな指摘だった。
 宇宙の深遠をはるばる渡ってくるのは楽なことではないだろう。ならば、不安要素をきっちり排除して攻めてくるはずと考えるルリの考えは確かに正しい。
 だが、そんなルリにユリカは首をふった。
「ルリちゃん、その発想は人間的すぎるよ」
「人間的すぎる?」
 そうだよ、とユリカはにっこり笑う。
「広い宇宙をはるばる渡って攻めてくるような人達だよ?むしろ地球人より気長で悠長な人達って可能性があるとユリカは思うな。
 もしユリカが彼らなら、短期決戦で人間を滅ぼすなんて最初から考えないよ。むしろまず、時間をかけて国力を消耗させようとすると思う。まじめに侵略するのはその後の話かな」
「国力を消耗、ですか?」
 首をかしげるルリにユリカは頷いた。
「宇宙人さんたちが地球に何を求めてくるのかは知らないけど、少なくとも地球の文明がほしいわけじゃないと思うんだよ。戦略的に価値があるとか、何かの資源がほしいとか、そういう事情なんだと思う。
 だったらまずは五月蝿(うるさ)い人類に静かになってもらうよ。国力が消耗しきってろくに戦えなくなれば、あとは殲滅の方はのんびりやればいい。生きるか死ぬかの状況になっちゃったら、ふらふら飛んでる宇宙人の円盤なんかに手出しする余裕はもうないでしょ?」
「……そりゃそうですね。
 なるほど、そういう用途にならバッタもジョロも使えます。単に大量に送り込むだけで地球の国力を消耗させられますからね」
「そういうこと」
 異星人相手の戦闘経験を豊富にもつ世界では、バッタやジョロは以前ほどの脅威ではないかもしれない。むしろ安易に破壊できるのかも。
 だが無人兵器が恐ろしいのは単体戦力ではない。数だ。壊しても壊しても押し寄せてくるバッタやジョロ相手では、いかに軍事力が進もうとどうしようもない。
 一機のバッタは手持ち用の武器でも破壊可能だろう。
 だが極端な話、一億のバッタを一気に送り込まれたら人類はなすすべもなく滅びてしまう。
 なるほど、とルリは感心したようにユリカを見た。
「そういえばユリカさん、ナデシコの方はどうなってますか?」
「飛ぶよ史実通り。イネスさんも生存者の可能性もまだあるもの、条件は変わらないでしょ?
 でも一部の装備が違うけどね」
 そりゃそうだろう。
 あの世界ですら貧弱すぎた武装のナデシコだ。あのままの装備では、とてもじゃないが異星の侵略者がリアルにいる世界に火星まで飛べるとは思えない。
「ナデシコのナデシコらしい部分は変わらないけどね、防御力と運動性能は飛躍的にあがったみたいだよ。
 あと、相転移エンジンも何倍って出力になってるみたい。対宇宙人戦の歴史のせいだろうね」
「はぁ、なるほど」
 明らかに巨大生物相手の戦闘を考慮した結果だろう。機動性の高さに追従するにはこっちも活動係数をあげるしかない。
 ナデシコの命は機動性。言い替えればナデシコのとりえはそれしかないのだから。
「来週にはプロスさんくるよルリちゃん。さっそく乗る?」
 もちろんです、とルリは答えた。
「とにかくアキトさんと合流するんです。どうするにせよ、話はそれからということで」
「ん、そうだね」
 ふたりは顔を見合わせ、うんと頷いた。



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