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アレ以外の何か(1)

 彼女は後にその事件をふりかえりこう言った。
「『おんなのこ』だって女なんだよね。ほんとにそう思ったよ」
 機械いじりをモットーとし人間とのつきあいの少ない幼少時代を過ごした彼女は、子供時代の色恋という概念が弱かった。だからそれを見て本当に驚いた。
 それは、彼女が未来の夫と出会った頃のこと。自らの半身であり片腕ともいえる美しきメイド長をめぐる事件と共に、後にずいぶんと彼女を悩ませたひとつの事件であった。
  
「おっかしいなぁ。出ないや」
 ベッドの中から頭と手だけ出した状態で忍はぼやいた。
 ここは月村邸の忍の部屋である。つい先日には愛しい恋人と楽しい時間を過ごした場所でもあるが、今は忍ひとり。非常時にかこつけてどっちが自宅かわからない暮らしを強要させている愛しの恋人も、この二日ばかりは泊り込んでいない。家族をあまり心配させてはまずいからだ。
「う〜ん。愛しの忍ちゃんがモーニングコールしてあげようと思ったのに……」
 よほどの美女美少女でなければ自信過剰の馬鹿ととられかねないセリフではあるが、幸いにも忍は前者なのでこれがよく似合う。シーツから半裸の身体がこぼれた状態であり、色っぽさと発言の幼稚さがあいまって、なんとも愛らしい。今はまだ少女っぽさが残っているが、大人になればその色香に迷わぬ男などいないだろう。
 もっとも、これらの行動は単独の時、あるいは家族の前でしか見せない。必要なところではきちんと猫をかぶる。その猫の枚数は決して多くはないのであるが、革が少々分厚いので親しくない者にはきっちり効果があるし、親しい者には無防備な天然のようにも見える。月村忍とはそういう娘である。
「忍お嬢様」
 背後から声がする。厳格ではないが折り目正しさを感じる美しい声だ。
「起きて服をお召しになったほうがいいのでは。親しき仲にも礼儀ありかと」
「えーいいよそんなの。どうせ恭也来たら脱ぐんだし」
「そうですか。しかし恭也様は謹みのある女性がお好みかも」
「……んーわかった、起きる」
 途端に自堕落タイム終了、がばっと忍は起き上がった。ぺろんとシーツがめくれて、ぷるんと形のいい乳房がむきだしになる。
「ノエル、着替えもってきて。この間さくらが買ってくれた白がいいな」
「わかりました」
 どこか満足げに声をかけたメイド、ノエルは一礼した。
 高町恭也と仲良くなってから忍は白系統の服を好むようになった。恭也が暗色の服を好むせいでもある。傷だらけで武骨な恭也にはその暗色がとてもよく似合っているが、だからこそ隣にたつ自分は明るい色がいいだろうと二人セットの配色を考えたうえの選択である。
 ちなみに余談だが、恭也の自転車を修理した時ボディを白系で塗ったのもそのため。恭也が自転車に乗る時は自分と一緒でないということだから「ひとりぼっちの時も私と一緒にいてね」というわけ。恭也は気づいてないが、純粋な白でなく忍おきにいりの白い服と可能な限り同じ色に見えるようにしてある。ロゴの色まで忍のそれと同じにする凝りよう。忍ちゃん印のマーキングというわけだ。
 なお、後に自転車と忍を見比べた高町家の女性たちが苦笑いしたのはご愛嬌。普通なら忍の個人的評価は下がりそうなものだが、相手がにぶちんの恭也では仕方ないだろうと誰もが納得、むしろ修理の腕に感心し忍の評価があがったというのも、これまた余談。
 閑話休題。
 どうして忍がこんな早朝にモーニングコールしたのかというと、今朝の定時連絡がまだないからだ。本来は朝の弱い忍であるが今はちょっとした非常事態が続いている状況で、恭也からはきちんと定期的に連絡がきていた。今朝はそれがなぜか遅れていた。
「忍お嬢様」
「ん?」
 クローゼットから忍の衣服を出しつつノエルが報告する。
「今朝早くですが、那美さんからご連絡がありました。市街にただならぬ強い霊気を感じたとのことで、例の件とは無関係と思われるが一応注意してくださいと」
「ただならぬ……強い霊気?」
 機械工学系の忍はそういうことにはたいへん疎い。
 だが幼少時代、いわゆる霊障にでくわしているし親友の神咲那美はその分野のプロでもある。だからそれを軽んじてはいない。
「そっか、じゃあ那美はそれの調査中なんだね。わかった」
 ノエルから衣服を受け取り、下から着込んでいく。下は活動的な黒いデニムのスカートだが、さすがに忍を猫かわいがりする叔母の選択だけあって白い上と違和感がない。素材も軽く、またしなやかな忍の脚を強調するためか短い。
 ちょっと考えて忍はスカートと同色のストッキングを選んだ。恋人が脱がせば黒い布地に包まれたしなやかな腰にあたるというわけだ。叔母がくれたのにはもっと妖精風にかわいらしい服装もあるのだけど着たことはない。昔は興味がなかったし、今は剣術家の恋人。後ろでかわいく守られるなんて自分のキャラじゃない。かわいく子猫のように甘えるのは大好きだが。
 クールに見えて、実のところ子供っぽく甘えん坊の忍らしい発想である。
「恭也様とのご連絡はつかないのですか?」
「つかない。変だなぁ。いつもは愛のモーニングコールしてきて当然の時間なのに」
「定時連絡ですね。本来は忍お嬢様がかけるはずなのですが、お嬢様が必ず寝坊されるので仕方なく恭也様からかけていると」
「……もしかしてノエル、からかってる?」
「いえ」
 からかってる、絶対からかってると忍は苦笑いした。
 恭也と知り合ってからノエルの内面も著しく変化しているようだ。これで恭也がメカ萌えとかメイド萌えだったら厄介よねと内心思う。とはいえノエルと恭也がくっついたとしても忍は別にいいのだけど。
 ノエルは指先から髪の一本まで忍のものだから。
 恭也とノエルがくっつくのなら、結局のところ恭也は自分のものだ。そりゃあちょっと胸は痛むが、他の女の子のように「彼を失ってしまう」心配をする必要はまったくない。
 だが、それはあくまで自分主導での話だ。いくらノエルでも自分をさしおいて横から恭也をさらってしまってはさすがに嬉しくない。ノエルがそんなことしないのはわかっているが、むしろ恭也の方がそういう方向に走らないという保証はない。
 この事態もそうだけど、こっちの計画もちゃんとたてなくちゃね……忍はそんなことを内心考えてもいた。
 と、ノエルはもう少し言葉があるようだ。
「やはりそうですか」
「やはり?どういうこと?ノエル」
 忍の言葉にノエルは頷いた。
「さくらお嬢様から今朝、ご連絡がありました。胸騒ぎがするので恭也様と那美さんに連絡を怠るなと忍お嬢様に伝えて欲しいというものでした。
 そのため、先ほど恭也様のことをお聞きしました」
「……さくらが?」
 何かある、と忍は思った。
「わかった。出かけるよノエル」
「この時間にですか?それに恭也様ぬきでの外出は」
 今は時期が悪い。
 忍と資産関係の清算を迫る最右翼、月村安次郎の宣告した期日を過ぎている。つまり、いつ相手がしかけてきてもおかしくないということだ。この時期に無防備に家を出るのはまずい。
「──ノエル、車に武装一式積んで。戦闘準備して出るよ」
「それは」
 昼間の市街地、一目につく場所での戦闘も辞さないということか。しかしそれにしても。
「移動するだけで官憲の目にとまる危険性がありますが」
「ブレードだけを見て本物の武器だと思う奴なんているわけないよ。もしいたら、そいつは自動人形に詳しい奴ってことになるし、どっちにしても問題ないんじゃない?」
 ブレードは大きく頑強で重い。しかも片手で一本固定して戦う式になっている。
 武器に詳しい人間であればあるほど、ブレードを見ても飾りかオブジェと判断するだろう。手離れをまったく考慮せず、しかもあれほどの大型の刀剣を片腕に固定して使う。無意味を通り越して武器としては笑い話でしかない。斬馬刀を使うような時代ならどうか知らないが、それにしても片手で扱うようなものではない。
 だが自動人形には別だ。ノエルの身体能力ならばこの大きなブレードを恭也の小太刀の如く振り回せる。忍を主としてからは当然血みどろの戦闘経験などないが、必要ならいつだって死体の山を築ける。そうなるとこの重さとごつさが効いてくる。防御もへちまも関係ござらんと叩きつぶせるのだ。
 だからこそノエルが使う意味がある。そういう武器。
「わかりました。ただちに準備いたします」
 ノエルは頷いた。



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