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 夕闇が、夜のしじまを包んでいた。
 昼間であればコ・ジェネレータ用と思われるごみを積載したトラックが時々見えるのだが、それは日没以降には走っていなかった。工場は静かな山村に光を漏らさないよう、そしてわずかのエネルギーも無駄にしないようできているため、深夜ともなれば村は本当に静かだった。街灯を最小限にしていることもあって、それはまさしく太古の静けさだった。
 山村は、夜の(とばり)の中にあった。
 星がすさまじく美しい。星の海という言葉にふさわしい夜空。
 とてもではないが、日本全土を守るロボット兵の工場があるとは思えない。
「本当にあれでよかったの?結奈」
 工場の来客用宿舎。ワイングラス片手にレイは言った。
「何を言いたいのかしら」
「館林さんに彼をあげてしまったことよ。後悔しない?」
「……」
 結奈は無言のまま同じグラスでオレンジジュースを飲んでいた。一瞬たりとも思考力を奪われる事を嫌う、禁欲的な科学者らしい選択だった。
 そんな結奈にレイは笑う。
「私には本音を言ってね結奈。同じ男狙ってたよしみじゃないの。
 それに私知ってるのよ?彼は確かに藤崎さんを射止めたけれど、彼が高校時代に一番デートしたのは結奈、あなたでしょう?」
「……つまらないことまでよく覚えてるわね」
 しばし逡巡したようだが、あきらめたようにぽつりとつぶやいた。
「この私の才能に努力だけで食らいついてきた男よ。あのまま力をつけていけば、いったいどうなっていたか。
 私が気に入っていたのは主人公という人間のもつ未知の素質。そういう事よ」
「自覚がないのもねえ」
「……」
 結奈はそれ以上反論しなかった。ただグラスを傾けた。
「結奈」
「何かしら」
「たまには飲まない?」
 ほろ酔いの顔で、レイはじっと結奈をみる。
「飲み過ぎよレイ」
「飲も」
「……」
「ね」
「……」
 とうとう結奈も折れて、グラスにワインが注がれた。
 普段全く飲んでいないだけあって、飲み始めると結奈の顔はたちまち赤くなった。あっというまに目がすわってくる。
「……」
 そうして落ち着いてきた頃、結奈は「ふん」と鼻をならした。
「待ってるのよ、私は」
「待ってる?何を?」
 ほえ?と、完全にできあがっているレイを横目に結奈は笑う。普段の冷徹な結奈とはまた違う、しかしある意味邪悪な笑みだ。
「どんな手を使おうと、公自身を確保している限り最後に勝つには私。そういう事よ」
「……」
 レイは不思議そうに、そんな結奈の横顔をみていた。
 だがある瞬間「げっ」と一瞬で酔いがさめたような顔をした。半分青ざめながらもさらにワインに手をのばし、飲むというよりほとんど煽りつつも再び結奈をみた。
「……」
 結奈はまた笑っていた。完全に酔ってしまったようで、つい先刻レイを青ざめさせた笑みはもうそこにはない。
「ふっ」
 酔っぱらいの顔で、何かぶつぶつつぶやいている。
 よく聞けば、意識の電子化がどうとか義体がどうとか聞き捨てならない言葉も耳に入ってくる。だがレイはそれ以前に、ちりちりとうなじに危険な予感が感じられるような強烈なやばさを結奈の雰囲気に感じていた。
 それは、おそろしくも懐かしい雰囲気……そう、きらめき高校時代の結奈のそれに違いない。
「ふ」
 ふと気づくと、レイもまたうっすらと笑い始めていた。
「……なるほど。では紐緒くん、豊かな未来を祝して乾杯といこうか」
 あの頃のレイの口調で、おどけて言ってみる。結奈もそれにあわせてニヤリと笑う。
「そうね。いただこうかしら伊集院君?」
 ふふ、はははとふたりは笑いあった。 
 満点の星空に、ひとすじの光が流れた。
 
 時代は巡る。
 後に『21世紀の伝説』と呼ばれた歴史がまもなく始まろうとしていた。
 
(おわり)



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