[目次][戻る][進む]

覚醒

 目覚めは重い。血圧の低さのせいか、全世界が鈍重でゆったりとしている。
「ルリ。起きなさい。ルリ」
 うるさいな。聞こえてるからちゃんと起きるよ。
「覚醒波長は出ていますよルリ。いつから貴女は狸寝入りなんて覚えたんですか。起きなさい」
 あのなぁ……ルリルリって、なんで俺がルリちゃんなんだよ。
「うふふ、寝ぼけてるのね。まぁ仕方ないわ。脳死状態からよみがえっただけでも大変なことですものね」
「ホキ女史。本当に意識が回復するんでしょうか。やはり遺伝子操作の弊害が」
「……覚醒してるわよ。大丈夫」
「しかし」
 男の声と女の声がする。女の声は随分となれなれしそうだった。
「お偉がたたちはもうダメだなんて言ってたけど、私はそうは思わない。まぁ教育も最初からやり直しかもしれないし能力も落ちちゃったかもしれないわ。蘇生したものの致命的な脳組織の死滅が起きたんですからね。……でも」
 女はためいきをついた。
「いいじゃないそれでも。意識さえ戻ればそれでいい。記憶が飛んでいようと白痴になっていようとかまわない。最悪、私が娘として引き取るわ」
 はん、と男たちを馬鹿にするように女の声が響く。
「この子には生きる権利があるし、事実上の保護者である私たちにはこの子の行く末を決める義務がある。それだけよ。科学者にあるまじき感傷と受け取るならそれでも結構。私の行動が理解できないというのならここにとどまる必要もないでしょう?すぐこの部屋から出ていきなさい」
 そして一瞬女の声は消えて、そして
「変な顔しなさんな。ほら」
 どうにも前後関係がわからない。世界が重く思考が回らない。俺はいったいどうなったのか。何もわからない。
「……」
 俺は考えた末、目を開ける事にした。
「ん、おはようルリ」
 目の前には、ミナトさんにちょっと似た女性がいた。もっと年嵩で眼鏡をかけている。典型的な女性科学者といった顔だ。
 名前。名前は──そう。
「……えっと……ホキさん」
 ホキ・ホシノ女史。科学者。俺の中にある「何か」が()っていた。
「大丈夫ルリ?気分はどう?」
「……悪い。何がどうなってるのか全然わからない」
「そ」
 少し考えてから、ホキさんは小さく微笑んだ。
「自分が誰かわかる?」
「……すみませんわからないです」
「あら、それでも私の事はわかるの?」
「……なんとなく」
 このひとは大丈夫。俺の中の何かがそう言った。
「状況が知りたいです。今はいつでここがどこで、そして私はどうなったのか」
 よどみなく俺はそう答えた。
 だが、変だ。目に映る全てがおかしい。
 とにかくおかしかった。見えないはずの目が見えているし聞こえないはずの音が聞こえる。感覚もちゃんとしているようだ。
 なのに、俺の声はやけに女の子っぽい。少しハスキーだが女の子としか思えない。
 おまけに俺ときたら『俺』という一人称を使う事をためらったのだ。どうしてだろう?
「わかったわルリ、ゆっくり説明してあげる。
 ほらあんたたち、わかったら出なさい。こんな小さな子の裸が見たいの?」
 そう言うとホキさんは他の連中を全て追い出しにかかった。



感想メールフォーム


PLZ 選んでください(未選択だとエラー)







-+-
inserted by FC2 system