いきなり風呂に入れられるとは思わなかった。
だけど抵抗なんかできなかった。何より服を脱がされ鏡の前に立たされた途端、俺は抵抗する気すらなくしてしまったんだから。
「そんな……そんなばかな」
そこには、全裸のルリちゃんがいた。
正しくは「幼女時代のルリちゃん」だ。中年女性に支えられて立っている俺は、なんとルリちゃんになっちまっていたんだ。それもおそらくナデシコ以前の。
「ふふ、面白い混乱の仕方するのねえ。男の子ですって?
ま、そういう思い込みも貴女の年頃じゃ悪いことじゃないけどね。他ならぬ貴女がそんなロマンチックな妄想に取りつかれるっていうのは興味深いわ」
ホキさんはケラケラと楽しそうに笑った。
「……笑いごとじゃない」
目を閉じろと言われた。閉じていると闇の中、優しい手が俺の頭をゆっくりと、しかし力強く洗いだした。
しかし……客観的な絵柄なんて想像もしたくないぞ。なんで俺がルリちゃんになってて、しかもあの頃のイネスくらいの女に風呂に入れられて頭洗ってもらってるんだ。
「本当に俺は男なんだ。なんでこんなになっちまってるのかわからないけど嘘じゃない。頼むから話を聞いてく……!!」
ふにふにと胸を揉まれた。のけぞって逃げようとするがどうにもならない。
「や、やめ!」
「あらあら、目は開けちゃダメよもう。
こんなにささやかでも、ちゃあんとおっぱいあるでしょう?それに」
「!!」
股間に手の平を添えられた。ビクッと身体が反応する。
「や……ぁ……」
「ほら、おちんちんもないでしょう?ん?」
「……」
そのまま、ぽんぽんと股間を優しく叩かれる。確かに「そこにあるべき感覚」がない。
「貴女がもう少し大人なら、もうちょっと艶っぽく身体に教えてあげるのだけどね。今はこれで充分でしょう?」
声が耳許で囁く。
「……どういう意味ですかそれは」
「私はここの女性スタッフよ。それも本来はここの人間じゃない。貴女が女の子だという事で、ばかげた事にならないよう回された専任の担当ってわけ。あらゆる意味でね」
ふわり、と包み込まれる。
「性的虐待の対象ですか。それなりのところに出てもいいんですが」
社会的な登録があろうとなかろうとホシノルリの法的カテゴリーは人間だ。現在の所属がどこであろうと、後先考えずに行動すれば人間として最低限の保護くらいは受けられる。
もっとも、その後には軍かネルガルに身柄を捕獲されるだろうから事態は余計にややこしくなるのだが。
「あらやだ、そんなに警戒しないで欲しいわね」
うふふ、と笑う。なんとも危険な女だ。
「確かに貴女のことはお気に入りよルリ。だけどね、それ以上に私は貴女を守りたいと思ってるわ」
「……」
確かに、先刻の会話でもホシノルリを庇おうとする態度がありありと見えた。少なくとも、実験材料に対する態度ではない。
「確かに私は善人とは言えない。部外者のくせにこんな法的に危険な施設に平気で出入りしてるんだもの。その異常さは賢い貴女にもわかるでしょう?
だけどね」
頭を洗い終えたらしい。タオルを頭に巻いてくれた。
「さ、湯舟に入りなさい。百数えるまで出ちゃダメよ」
「……」
その口調は、まるで昔なくした母さんを思わせた。