「……すみません、おかわり」
そうこうしているうちに食べ終わってしまった。
「ええいいわ。やっぱりチキンライスでいいの?」
「火星丼を」
「ん、わかったわ」
ホキ女史は机を立ち、新しい食券を買いに行った。
ひとりで座っていると、あちこちから「おいあの子」「あぁ、あの子か」みたいな会話が聞こえてくる。ほとんどざわめきに近いのだけど、ひどく興味をもたれているのがわかる。
ちょっと、いい気はしない。
もしかしたら本当に心配されているのかもしれない。だけど俺には、その視線が邪なものであるか心配されているかの区別がいまいちつかないのだ。殺意ならわかりやすいのだけど。
つまるところ、俺の精神が女の子ではないから……かな?やっぱり。
「やあ」
「……」
男のひとりが声をかけてきた。科学者ではない。セイヤさんとかに近い匂いがする。
「きみ、どうしたの?以前みた時は車椅子なんて使ってなかったと思うけど」
明らかにこの男の権限を逸脱している。純粋な興味か、それとも邪心か。
「……」
だけど、その視線にはむしろ「大丈夫かな?」という気遣わしげなものを感じる。
「ご心配ありがとうございます。実はしばらく具合を悪くしてて身体がなまっちゃってるんです。もう大丈夫なんですけど、無理するなって事で車椅子に載せられちゃいまして」
「そっか。今は大丈夫なの?」
「はい。ご心配おかけしました。えっと──」
会話しながら脳裏ではこの男の素性を調べている。車椅子がIFS仕様なので、それ経由でセキュリティにアクセスしているというわけだ。
う〜ん……はじめて使ってみたが、すごい能力だなルリちゃん。
さて、男は資材や機械類のメンテ担当らしい。やはりセイヤさんに近い。ここの施設には必要な面々なんだけど、研究自体には関与してないのでここでの扱いは決してよくないようだ。
「ごめんなさい」
「え?どうしてさ」
「いえ、ここ病院じゃないのにこんな子供が偉そうに車椅子なんか乗ってて……やっぱりおかしいですよね。がんばって早く元気になります」
「ううん、そんな事はないさ」
男は破顔した。なんか、こんなとこにいるとは思えないほどおひとよしのようだ。
と、そんな時、
「こら、そこの男。整備屋がうちの子になれなれしく声かけるんじゃない」
「うへ」
ホキさんが火星丼のトレーを持って立っていた。途端に男は顔をしかめた。
「やれやれ、うるさい人がきたよ。じゃあね、えっと──」
「ルリです。ホシノルリ」
「ルリちゃんか。早く元気になりなよ」
「ありがとうございます」
ウンウンとにこやかに笑うと、男は同じ制服の面々のいるテーブルに戻っていった。
テーブルでは他の面々が興味しんしんという顔でこっちを見ていた。男が戻ると口々に、このロリコン野郎だの、あの子どこか悪いのか、なんの話をしたんだ、なんて言葉が飛び交っている。
「どうしたんですかホキさん?」
「……」
ホキ女史は俺と連中を見比べ、へぇ、と不思議そうにつぶやいた。
「本当に興味深いわね。貴女ってば面白すぎよルリ」
「?」
「あ、いいのいいの。これは私の専門分野の事だから。さ、お食べなさい」
「???」
わけのわからないまま、火星丼を受け取った。
ここのが旨いのかルリちゃんの身体のせいなのか、火星丼はホウメイさんの作るもの以上においしく感じられた。