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ナデシコへ

「ルリちゃん、元気でね」
「無事で帰っといでよね、ルリ坊。あんたの白衣は残しとくから」
「ホシノちゃん。さびしくなったらいつでも戻ってくんだよ〜……」
「ルリ君。ネルガルの仕事がすんだらいつでも戻ってきたまえ。今度は職員としてちゃんとお給料もあげるからね」
「だぁぁぁ、あんたら、うちの娘ばっかで私はどうでもいいのかい!」
「あ、ホシノ君。ルリ君の体調や検査レポートよろしく。これだけは私情を混ぜないよう頼むよ」
「所長まで……いちおう私も、これの母親以前にいち研究者なわけで、ぺーぺーの新人研究者でもないんですが……」
 ……これは……なんといってコメントすべきなんだろうか?
 見送りしてくれるのは嬉しい。
 だけど、たかが実験体ひとりとその研究者をネルガルごときに送り出すのにこの見送りってのは少々度が過ぎてるような気がするのは気のせいか。まるで誰かがノーベル賞でもとって受賞式典に送り出すような騒ぎじゃないか。
 誰が作ったのか横断幕まであるぞ。それも、私が「行って帰ってくる」事を前提にしたものばかり。
「ま、人徳よねあんたの」
 見送りに手をふりつつ走る車の中、ホキ女史はしみじみとそんな事を言った。
「いやぁ、ルリさんは人気ありますなぁ」
 プロスペクターが感心したように微笑む。ゴートは無言のままハンドルを握っている。
「そりゃ当然、うちの娘はセンターの看板娘状態だったからね。
 プロスペクターさん、そんなうちの娘を拉致ったんだ。応対についてもそれなりの配慮は期待させてもらうよ?」
「ええわかってますとも。そのために契約につきましてもかなり譲歩させていただきましたし」
 あ、ちょっとひきつってる。ホキ女史、きっと無茶な条件つきつけたんだろうなぁ。
 やれやれ。
 さすがに申し訳ないし、せめて少し点数稼ぐか。わざわざ敵対する必要もないしな。
「プロスペクターさん。ナデシコの方にはもう誰かいるんでしょうか?」
「おや、仕事熱心で嬉しいですな」
 私の思いがわかってくれたんだろう。あからさまに嬉しそうにプロスペクターは微笑んだ。
「オモイカネのセットアップの都合上、ルリさんの乗艦は他の方よりだいぶ早いのです。たとえば今日の時点では厨房も稼働しておりませんので、申し訳ありませんが本日は自炊していただくか、あるいはナデシコの外にあるネルガルの施設の方で食事していただく事になりますな」
「あ、それは聞いてます。厨房お借りする事になりますが」
「かまいませんよ。料理長のホウメイさんはもう到着しておりますし、彼女にもその可能性については伝えてありますから」
 ありがとうございます、と頭をさげた。
 そうか。ホウメイさんはもう来ているのか。それでも厨房が稼働してないってことは、食材がまだ何も届いてないって事なんだろうな。
 ホウメイさんとの交渉次第では、明日からは自炊しなくてすむかもしれない。
「格納庫に数名、あとは設備、それから艦長とブリッジ要員が一名くる事になっております。艦長は事前視察となっておりますが目的はおそらくルリさんですな。艦長として貴女を歓迎されたい、という事でしょう」
「あ……ユリカさんも、ですか」
「おや、艦長は苦手ですか?ずいぶん懐いておられたようですが」
 あれはむしろ、ユリカ『が』私『に』懐いていたというのではなかろうか?
「いえ、苦手ではありません。ただ、ゆっくりとオモイカネとお話したかったので。ユリカさんはお話好きですので、ついついそれにおつきあいして時間が長くなってしまいます」
「ははは、ルリさんはまじめなんですなぁ。
 まぁ一週間以上ある事ですし、艦長は別の用件で滞在は今日一日だけとなっております。あとはゆっくり作業できますかと」
「わかりました」
 ま、それはそれか。なんとかなるだろう。
「他のブリッジ要員というのはどういう方なんでしょうか?まだ通信士や航海士のお仕事はないと思われますが」
 提督がどういう人物かはわからないけど……フクベ提督なら、ゆっくり見物にくる事くらいあるかもしれないな。退役されてるはずだから時間もあるはずだし。
 あの頃はできなかった話……こんな小娘にちゃんと話してくれるかって問題もあるけど、いればちょっと話を聞いてみたい気もする。
 しかし、ここでプロスペクターの発言は完全に予想外だった。
「いえ、おられるのは副オペレータですよ。ルリさんほどのオペレート能力はありませんがサブとしては十二分だと思われます。なにせ、もしルリさんが来てくださらなかったらこの方がメインオペレータだったというほどでして、はい」
「そうなんですか」
 という事は、少なくともナデシコを単独、もしくは多少の補助で運航可能ではあるわけね。
 ちょっとびっくり。
 この時期、私の他にもオモイカネと話せるひとがいたとは。
 ……あ。
「もしかして、その方は私と同じ髪の色をもつもっと大きな女性でしょうか。それとも、ピンクの髪のもっと小さな…?」
 もう半分あきらめていた、ふたつの可能性。
 すなわち、本物のルリちゃんが私のように逆行したか、それともラピスか。
 しかし、
「……どちらでもありませんな」
 そうプロスペクターは首をふった。
「まもなく到着いたします。私がご説明さしあげるよりご本人に会われた方がよろしいでしょう」
「はぁ……ではひとつだけ。その方の性別と、あと私より大きいか小さいかを」
「……」
「プロスペクターさん?」
 プロスペクターは何もいわず、ただ心配ありませんよと言わんばかりに微笑んだ。



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