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激震

「機動戦艦ナデシコにようこそ。私が艦長のミスマルユリカです。
 ようこそホシノ博士。お待ちしておりました」
「こんにちは艦長。ホキでいいわ」
「わかりましたホキさん。よろしくお願いいたします」
 へえ。ユリカもきちんと挨拶できるんだなぁ……なんてちょっと失礼なことを考えたりもしていた。
「こんにちはルリちゃん。これからよろしくね♪」
「……よろしく」
 うっへえ。なんか、ホキ女史相手の時と目の色が違う。
 な、なんか私、ユリカの妙なフラグでも立てちゃったんだろうか?
 参ったな。ユリカに懐かれるのは嬉しいけど、厄介なことにならなきゃいいんだが……。
 そんな事を考えていると、プロスペクターがにっこりと笑った。
「さて艦長。私はホキさんとこれから打ち合わせがありまして。つきましては、ルリさ…」
「はい、元よりそのつもりです。ごゆっくりどうぞ」
 っておい、ひとの話を途中で遮るなユリカ。それ悪い癖だ。
 いやだなぁ。なんでいきなりユリカ節炸裂なんだろう。とてつもなく嫌な予感がするぞ。
「ユリカさん、せっかくですけど案内はいりません。私は」
 そう言って逃げ出そうとしたのだけど、
「あ、ルリちゃん待って。ダメだよひとりでいっちゃあ」
 逃げる間もなく、むんずと首根っこを掴まれてしまった。
「それでは、娘をよろしくお願いしますね艦長」
「はい、おまかせください」
 ホキ女史はそんな私とユリカを面白そうに見て、そして私の前に立った。
「ルリ」
「?はい」
 私の目線まで屈み込むと、ホキ女史は一度目を閉じた。
 ふと気づくと、プロスペクターもユリカもあさっての方向を向き仕事の話などしている。どうやら『私たちは何も聞いてませんよ』という意志表示のようだ。
 そして、ホキ女史の口が開いた。
「一度しかいわないよルリ。よくお聞きなさい。
 私は何があってもあんたの母親で、あんたは私の娘。これはもう絶対変わらない。
 その事だけは絶対忘れるんじゃないよ、いいね」
「……はぁ」
 いきなり、薮から棒に何言い出すんだろうかこのひと。
「いいたい事はそれだけ。さ、艦長についてお行き」
「あ、はい」
「さ、いこうルリちゃん。……ではホキさん、ルリちゃんをお預りします」
「ええ、よろしく」
 優しく頭をなでられ、そして私は歩きだした。
 
 いったい、何がどうなってるんだろう?
 ホキ女史とユリカ、それにプロスペクター。三人が私に何か隠しているのはわかる。おそらくそれは大きな衝撃を伴うもので、だからこそホキ女史は『私は何があってもおまえの母親だ』と宣言するように言ったんだろうと思う。
 実の親子ではない私たち。だからこその事だろう。
「ユリカさん」
「なに?ルリちゃん」
 横を歩くユリカに、思いきって私は問いかけた。
「ブリッジにいるのは誰ですか?そんなに私が仰天するようなひとがいるんでしょうか」
 もしかすると、やはりそこにいるのは『私の知る・史実のホシノルリ』なんだろうか。
 私は肉体こそルリちゃんだけど、この時代のルリちゃんの身体に宿ってしまったというだけで中身は別人だ。だから、オリジナルの……といういい方は変だけど、ルリちゃん本人だってなんらかの形で逆行しててナデシコに乗り込んだとしても決しておかしくはない。
 そしてそれは、確かに驚くような事で……そして秘密なんだろう。何しろ逆行者なんだから。だったら、ゴートもいる車の中でプロスペクターが言わなかったのも納得できる。
 そして、ユリカはそれをなかば肯定するようにクスクス笑った。
「うん、びっくりすると思うよきっと」
「そうですか」
 そこまでわかっているという事は……それはすなわち、ユリカも巻き込んでしまったという事だ。
「すみませんユリカさん。おかしな事に巻き込んでしまったようで……びっくりしたでしょう?」
「うん、びっくりしたよ。でもまぁユリカの場合、ちょっと複雑な思いもあったんだけど」
「複雑……ですか?」
 うんそう、とユリカは頷いた。
「さ、ブリッジに着いたよルリちゃん♪」
 満面の笑みを浮かべるユリカが、ものすごい悪戯っ子に見える。私はちょっとだけ口を尖らせた。
 私の正体を知りつつそういう態度か……ううむ……あとでとっちめてやらなくちゃ。
「そんな怖い顔しないの。さ、入って入って」
「あ」
 ユリカに背中を押され、そしてプシ、という気密音と共にドアが開き、そして、
「……」

 ブリッジの中に、その人物は居た。

 それは成人男性だった。制服でなくラフなトレーナー姿で、こちらを背にオモイカネのセットアップに既に入っているようだった。
 いくつもの文字が流れていく。作業は意外に流暢だった。両手にあるIFSのタトゥーはオペレータ用ではあるがわりと一般的なものに近い。おそらくは試作品で、遺伝子をいじられていない普通の人間がつけるものとしてはおそらく最高峰のもの。常人では制御どころか昏倒しかねないクラスのIFSを軽々と扱い作業しているあたり、本人の能力のとてつもなさがわかろうというものだった。
 凄い。
 確かに私は彼よりオペレートができるかもしれない。だけどそれは未来の話。あの頃、火星の後継者事件の頃の、魔女だの妖精だのといわれた時代になってからの話だ。現時点ではおそらく、オペレート能力は私より彼の方が遙かに上だろう。
 いや、それすらも叶わないかもしれない。
 彼には何かがある。
 遺伝子細工により特異なオペレート能力を身に着けたこの身体とは別の意味で、それらの能力を使うための「何か」を、彼は持っている。
「……」
 ごく、と唾を飲み込んだ。
 その音に気づいたのか、それとも既に気づいていたのか。作業中の男性はゆっくりと手を止めた。パネルの輝きが止まり、そこから手が離れた。
「……ルリちゃん連れてきたよ、アキト」
 どこか不服そうな、まるで焼き餅焼いているようなユリカの声が……って、アキト(わたし)!?
「ああ、ありがとユリカ。おまえも立ち会ってくれ」
「いいけど……お邪魔虫じゃないの?私はふたりとは違うんだよ?」
 え?え?ええ???
「馬鹿いうなよユリカ。
 俺たちは家族だ。たとえおまえがそれを知らなくても、おまえが嫌だって言わない限り俺たちは家族のつもりだ。俺も、ルリちゃんだってそう思ってる。
 ま、さすがに今回のアクシデントには参ったけどね」
 そう言うと、その男は私たちの方にゆっくりと振り返った。
「…………うそ」
 私はその瞬間、たぶん頭の中が真っ白になった。

 そこには、『テンカワアキト』がいた。



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