ごぼ。目覚めは液体の中だった。
温かく柔かい液体の中だった。俺はトロトロと溶ける意識の中、ぼんやりと視界をめぐらせた。
景色が歪んでいた。
それがガラス管の中の景色であることにはすぐ気づいた。俺は液体の中に浮かび、なんらかの方法で強制的に命を紡がれる存在だった。
「……」
いったい、何がどうなっているのか。
言葉を発しようとしたが、何も喋れない。液体の中、口はもごもごと動くだけ。ガラスの向こうの光景は山崎の研究室にも似ていた。見知らぬ白衣の男たちが驚いた顔でこっちを見ている。
声を聞きたい、と思った瞬間、それは起こった。
『おぉ!目覚めたぞ!』
『ついに複製体が動き出した!成功だ!』
『いやまて、まだわからんぞ。第一例ほどの成功を納めているかどうかはこれからのテスト如何になる』
『だが今までのナノマシン反応テストですと……』
声が聞こえたのはいいが、何やらろくでもない会話ばかりが聞こえる。
次第にはっきりしてくる意識の中、どうやらわかったことがあった。
味覚はわからないが、視覚も触覚もかなり正常っぽいということだ。おそらく体力なんかは昔のラピスのように皆無なんだろうが、それだけでもありがたいことだ。
そしてなにより──。
『む?誰かネットワークにアクセスしているのかね?』
『もしかして』
『いやまさか、だが可能性はあるな。うむ、念のためにアレのネット接続を切り離したまえ』
『無茶です!生命維持装置も止まっちまいますよ!』
『むう。しかしまずいぞ。おそらくアレは目覚めたばかりの子供だ、余計なことをやらかさんとも限らん』
どうやらネットにはアクセス可能のようだ。
これは使える。おかしな制御を施される前に、やるべきことをやっちまおう。
警備装置に入り込む。
やはりだ。ここはまともな設備じゃない。各部が完全隔離できるうえに、ガス封鎖して中の人間を残らず死滅される仕組みまである。おそらくは大規模なバイオハザードなどの最悪の状況を想定したものだろうが。
俺は迷わず俺自身に特権を設定した。カテゴリを臨時の所長ということにする。そして以外の全員の特権を管理者権限で削除するよう手配した。
そして、ただちに全館ガス封鎖を決行しようとして……ふと考えた。
ここのネットは外に通じていない。セキュリティのためにはいいことなんだろうが、そのせいで俺はここがどこで、どういう組織に所属する場所なのかも全然わからなかった。ルリちゃんやラピスなら可能なんだろうが、俺にはそんなことはできない。
もし全館を問答無用でガス封鎖して、上に普通の病院なんかがあったら目もあてられないだろう。
少し考えて……俺はその発動時刻を三日後に設定した。それだけあれば調査の時間もあるだろう、そう考えてのことだった。