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過去との会話

『アキト君、もう飛んじゃいけないわ』
『どうしてだイネス?』
『遺跡と相性がよすぎる。異常といってもいいわ。最近のジャンプ回数を考えてごらんなさい?あれだけの回数、なんの問題もなくジャンプするなんて普通じゃないと思わないの?』
『いいことじゃないか。俺の目的のためにはありがたいことだ』
『そういうこと言ってるんじゃないわよ!いい?アキト君?
 遺跡と貴方の接続がおそろしいほどルーズになってるってことよ。これはねアキト君、遺跡が貴方のジャンプを繰り返すうちに、貴方という端末の思考を非常にスムースにトレース可能になっているということなのよ。これが何を意味するかわかる?』
『わけがわからん。スムーズに跳べることになんの問題があるんだ?』
『簡単なことよ……もし貴方が「あの日に戻ってやりなおしたい」なんて念じてジャンプしてしまったら、遺跡は時すら遡って貴方を運びかねないってこと』
『……それが可能なら、それも悪くないかもな』
『言うと思ったわ。でもそれはダメ。最悪の結果を招くわよ』
『なぜだ?イネスだって過去へのジャンプは経験ずみだろうに。事故でだが』
『アキト君。臨死体験って知ってる?』
『?』
『ひとは死にぶつかると、心身共に異常な状況におかれる。ようするに、死にかけた時にまともじゃない経験をするということよ。走馬燈のように過去を思い出してみたりとかね。あれはまぁ死に瀕して過去のデータから「死から逃れるための有効なデータ」を大急ぎで検索しているわけで不思議でもなんでもない生体反応なんだけど、それでも立派な臨死状態の異常体験よね。
 そこで問題。もしそういう状態のアキト君の精神を読み取った遺跡が、アキト君を走馬燈のように甦る思い出のままに過去へと飛ばしてしまったら?』
『……あの頃に戻る、ということか』
『そういうことになるわね……ただし、おそらくは死体になった貴方がね』
『……』
『あの懐かしいナデシコの中。あるいは幼少期の艦長と貴方。あるいはナデシコを降りてからのふたりとホシノルリの平和な暮らしの中。
 そんな時間に突如として「未来のテンカワアキト」のボロボロの死体が漂着したらどんなことになると思う?
 貴方、自分で自分の、あるいは親しい人達の過去をめちゃめちゃに破壊してしまいたいの?』
『……それは』
『まぁ、もうひとつの可能性もあるけどね』
『?』
『遺跡がもし、アキト君の肉体そのものでなくアキト君の意識、それとアキト君の中で構成されているジャンプ用のナノマシン群に反応していた場合。この場合、遺跡は貴方の精神とナノマシン群を保全したまま飛ばそうとするかもしれない。
 だけどこの場合、状況はさらに笑えなくなるわよ?』
『……どういうことだ?』
『貴方と同調可能な「器」にジャンプアウトさせようとするはずよ。もっとも、そんなものが行き先の世界に存在するならばの話だけどね』
『器?』
『そうね……たとえば過去のラピスラズリやホシノルリのようなナノマシン強化体質の人間というのはどうかしら?もっとも彼女たちは自前の精神を持っているから、貴方の精神なんて受け入れたらまちがいなく人格崩壊を起こして廃人になってしまうでしょうけど。
 あぁそうね。実験失敗で死にかけている彼女たちのご同輩って可能性はありうるかな?まぁ、データも何もないからあくまで推測にすぎないんだけどね』
『……そんなことがありうるのか?だいたい、そううまくルリちゃんたちみたいな人間に狙ったようにジャンプアウトできるとは思えないんだが?』
『たわごとよ、ただの。ここまで来たらもう科学者の言葉じゃないわね。なんの裏付けもないんだもの。
 だけど、そうなる可能性は否定できない』
『……』
『どう?あの子たちの妹になってみる?』
『笑えない冗談だな。ていうか妹ってなんだ?俺は男だからその場合「弟」だろ?』
『実験体はほとんどの場合女の子よ。戦略メインのうえに肉弾戦を考慮しない以上、男性体より女性体の方が用途は広い。
 しかも研究者はほとんど男だから、基本的に女の子を作りたがる傾向もある……わかってるでしょう?』
『……わかった。気をつける』
『ええ、そうして頂戴』
 確かに笑えない。そもそもそれは冗談にすらなってなかった。
 イネスの洞察は恐ろしいほどに的確だった。ラピスも手放しひとりぼっちの戦いの中、ついに燃え上がるユーチャリスの中で、俺は『やりなおし』を願ってしまった。
 その瞬間、俺は跳躍してしまった。
 そしてそれは、俺の歪んでいく恐ろしい運命への序曲だった。
 
 数時間後、俺は試験管から出された。
 ちなみにどうでもいい話だが、この身体が女の子だったのだけは猛烈にショックだった。「ちんこのついてない」自分の身体を改めて見てしまった俺は、不覚にも卒倒しかけて体調不良を疑われ、余計な検査まで受けさせられてしまった。
 いやあのな、あの日のイネスの指摘通りになったのは仕方ないとしても……いくらなんでも女の子はないだろ?他の人間に突っ込むくらい融通がきくなら、せめて男にしてくれと俺は遺跡に悪態をついた。まぁもちろん遺跡に聞こえるわけもないんだが。
 まぁそれはそれとして、彼らの会話からいくつかのことがわかった。
 この身体はルリちゃんのクローン体らしい。遺伝子強化体質者最年長の成功例であるルリちゃんの遺伝子を元にして、バイオテクノロジーの粋を尽くして高速培養を行ったものだ。ルリちゃんとほとんど変わらない年代にさしかかったところで培養を停止、生きるための最低限のデータは脳に直接書き込んだらしい。
 いやはや。わかっちゃいるんだが、もはや人をひととも思ってないよな。ノリはバイオ野菜の開発と全然変わらないときた。
「会話能力はないようね。でも白痴というわけではないわ」
「どういうことですかな?」
 俺に服を着せ、身なりを整えてくれた女性研究者らしい女が言う。
「服を着せる時、ばんざいしなさいと言ったらちゃんと手をあげたわ。つまりこっちの会話は少なくともある程度は理解しているってことよ。
 ボタンのとめかたも理解しているし、わざと意地悪したら機嫌まで悪くなったわよ?お風呂にいれようとしたら嫌がったうえに真っ赤になって抵抗したわけだけど。
 恥ずかしいという概念までちゃんと持っている。ちょっと気になる点もないじゃないけど、とりあえず普通の人間レベルの知性は持ち合わせてるみたいよ」
 さっき無理矢理丸洗いされたことを思いだし、俺は思わず眉をよせた。
「ほらね」
「なるほど」
 くすくすと笑われ、俺の仏頂面はますますひどくなった。
 だが次の瞬間、俺の目は点になった。
「しかしホシノ博士、なんとか間に合いましたな」
「そうね、オリジナルの方はネルガル行きだものね。この子の能力がどの程度かはわからないけど、うまくいけばあの子のようにネルガルに知られない隠し玉として研究が継続できる。余計な横槍が入らないのはありがたいことだわ」
「!」
 ホシノ博士!?オリジナル!?
 じゃあこの女……ネルガルにルリちゃんを売ったっていうホシノ夫妻の片割れということか?
 すると、ここって……人間開発センターなのか?
「あら、どうしたの?おなかでもすいたのかしら?」
 ホシノ博士らしい女が問いかけてくる。俺はなんとかルリちゃんについて聞いてみようとしたのだけど、口がパクパクするだけで声がでない。
 くそ、なるほど発声はできないのか。
「……」
 だけどホシノ博士は俺の表情と口の動きから何かを読み取ったらしい。
「ルリ?今、ルリって言ったの?貴女?」
 頷くことしかできない。
「ルリを知ってるの?どうして貴女が?……ま、まぁいいわ。仮に知ってたとしても貴方の責任じゃないものね。貴女はここ以外の世界を知らないはずなんだから。
 でもまぁいいわ、教えてあげる」
 ホシノ博士は、優しいとも言えるほどの目線で俺に語りかけてきた。
「ルリは貴女のオリジナル……っていってもわかんないか。そうね、姉妹のような存在よ。
 もしかしたら会いたいのかもしれないけど……ごめんなさいね。あの子は他のところにいくことが決まってるの。会わない方がいいわ」
 そう優しく言うホシノ博士。
 だが、俺は無垢な子供じゃない。この女の笑顔がそらぞらしいものだという事がよくわかる。
「さ、お部屋にいきましょう?貴女のために部屋も用意してあげたのよ?気に入ってくれるといいのだけどね」
 そういって笑う女の目は、道具を見る冷たい目だった。



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