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 夢。
 夢を、見ている。
「……」
 ここしばらく、毎日のように見る、夢。
「……」
 ……悲しい、夢。
「……」
 窓の外に月が煌々と輝いていた。長い廊下にさすその光を見ながら俺は、あいつの姿を探し歩いていた。
 夜の、学校。
 闇の中に静まりかえる学校は、寂しいというより恐ろしくさえあった。
 いつも見慣れたはずの教室も、立ち並ぶ窓も、ふと気を抜くと無数の魑魅魍魎(ちみもうりょう)を吐き出す恐ろしい世界となりそうで、俺は恐怖にちぢみあがりながら、子供のように半泣きになって、あいつを探してうろつきまわっていた。
 ……舞……どこだ。
 出てきてくれ。俺をひとりにしないでくれ。
 頼むよ……舞。
「!」
 闇の向こうに、舞の姿が見えた。
「……」
「舞っ!」
 だが俺がそこに向かって駆け出そうとすると、舞は微笑み、(かすみ)のように闇に融けて消えた。
「舞!……舞ぃぃぃぃっ!」
 俺は、舞の消えた場所まで必死にたどりつくと、何もないコンクリの壁を、バシバシと叩き続けた。
「舞!舞!……まいぃ……うぅ……」
 涙で、目の前の風景がゆがむ。俺は……やがて力つきると、壁に向かってへなへなとへたりこんだ。
 ……なんでだよ、舞。
 ……なんで、こんな意地悪するんだよ。
 と、その時だった。
 
(……しくしく……)
 
「!?」
 その時俺は、どこかで女の子が泣いている声が聞こえた。
(誰だ?)
 どういうわけか怖いという気はしなかった。俺はその声の主を知っているような気がした……だから、俺はその方向に向かって、とぼとぼと歩いていった。
「……」
(……しくしく……グス……)
 果たして、泣いていたのは佐祐理さんだった。
 佐祐理さんも舞と同じく、あの頃の……高校生だった昔の制服姿だった。
 今と同じ長い髪を後ろでたばね……しかし、いくぶん今より子供っぽい顔だった。冷たい床にぺったん座りして、子供のようにしくしく泣いている。
「どうしたの、佐祐理さん?」
「舞がいないんです。探しても探しても、どこにいるのかわからないんです」
 佐祐理さんは滅多な事じゃしくしく泣いたりしない。か弱く見えるが彼女は見た目よりはるかにタフなのだ。
 その佐祐理さんが、ここまで凹むなんて。よほど探し疲れたんだろうな。
 思わず胸が痛くなり、気づけば手をさしのべていた。
「わかった。一緒に探そう」
「ええ」
 俺は佐祐理さんの手をとり、立たせた。
「……」
 佐祐理さんは、子供のようにまだ少しグズっていた。
 だけど、そんな佐祐理さんがとても可愛くも見えた。むしろこちらが本当の彼女の姿であるような気がしたんだ。
「見つかるでしょうか?」
「見つかるさ」
 刹那、切り返すように俺はそのまま答えた。
「あいつが、俺や佐祐理さんを置いてくわけがないじゃないか。ほら、もう泣かないで」
「……はい」
 もちろん、そんな事はその場しのぎの言い訳に過ぎない。二人ともわかってる。舞がいない事は、その最後を見届けた俺達が一番よく知っている事なのだから。
 だけど同時に二人はわかっていた。それでいいのだと。
 確かに舞は死んだ。もう戻らない。
 だけど自分たちがいる限り、舞だっていつもここにいるのだと。
 そしていつか俺たちの時が尽きた時、あの世だか常世だか知らないが、俺たちは再び三人に戻れるのだと。
「さぁ、行こう」
「はい!」
 佐祐理さんは今度こそ、にっこりと笑った。



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