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丘に眠る者

 あいつは「ものみの丘」の外れにある、静かな墓地に埋葬されている。
 かの母親はこの地のひとではない。母娘ふたりで昔この地に移り住んだからだ。まぁ色々事情があったのも事実で、俺は悩んだ末、あいつにとって知らない者ばかりの相沢の家でなく、母親の住むのこの街の墓地で眠らせると言い、そしてそれは了承された。
 あいつを気に入っていた俺の父母は渋ったが、俺は頑として押し切った。なぜなら、あいつはやたらと人なつっこく寂しがり屋のくせに不器用を絵に描いたような性格で、おまけになかなか他人に心を開かなかったからだ。あいつが少しでも安心てきる場所がいい、そう思ったんだ。
 ま、おかげさまで墓参りの旅に日本の北半分近くを往復するハメになったんだが、それは自業自得って奴だな。
「よう、舞。きたぜ」
 俺は、途中のコンビニで買った線香に火をともし、テイクアウトの牛丼を供えた。
 墓に供えるのに牛丼というのもいささか妙な気もするのだが、あいつは牛丼とか納豆とか大好きな奴だったからな。何しろ、高校の卒業式の日に、晴れ着姿のまんまで平然と牛丼屋にのしのしと入っていき、くたびれた背広のおっちゃんが呆然と見ているのを全く意に介する事なく、つゆだく大盛りの牛丼に卵を落としてぐりぐりかき回していた豪の者なのだ。
 いや、別に晴れ着に牛丼が悪いというわけではないのだけどな。
 ただ、あいつは身内としてひいき目に見てもすげぇ美人だったからな。腰までかかる長髪を平然とふりみだし、牛丼にガッつくんだなこれが。その外観と行動のギャップの凄さはただでさえ目立つあいつを更に際だたせたもんだ。
「……」
 俺は、まだ濡れているコンクリの地面に、どっかと腰をおろした。
 墓は、ただ静かに立っていた。
 母親が時々掃除にきているんだろう。周囲の墓に比べると小さくて地味な墓なのだが、きっちりと手入れされぴかぴかに輝いていた。そのさまは何となくだが、どんな豪華な墓よりも居心地のよさそうなものに感じた。
「幸せにやってるみたいだな、なによりだ。だが牛丼はここじゃ食えないだろ?遠慮せずに食え」
 寒風で冷えかかった牛丼は、うまそうな匂いを発する事ももうなく、燃えている線香の匂いの方がむしろ俺の鼻を刺激し続けていた。
「……」
 ほどなく、眠気が襲ってきた。
 凍える寒さの中でも、ひとは眠くなるものだ。そして、雪の降る寒さでもなく十分に体力の余裕があれば、そのまま寝てしまってもたしかに問題はない。
 だが、今の俺の体調では、命はともかく熱出して倒れるかもしれない。
「……」
 しかし、眠気はたちまちのうちに俺を包みこみ、抗う術もなく俺は眠りに落ちてしまった。



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