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倉田佐祐理

 目ざめると、そこは暖房のきいた車の中だった。
「………」
 助手席で、俺は毛布にくるまれていた。
 窓の外を見ると……そこは舞の眠っている墓地の駐車場だった。俺の乗ってきたCLもその場所に止まったままだ。
 いつのまにか振り出した雨が、ちらちらと雪に変わりつつあった。単車乗りとしては最悪のコンディションを意味していた。
 俺は運転席の方を見もしないで、そのままドアを開けようとした。
「開かないですよ祐一さん」
「……開けろよ」
 後ろ……つまり運転席から、女性の声が響いた。言うまでもない。佐祐理さんである。
「今うちの者を呼びました。倉田家まで運びます」
「何いってんだ、雪が本降りになる前に帰らなく……!?」
「……」
 頭が……くらくらする。完全に終わってるようだ。
「……これは」
「佐祐理が見つけた時、祐一さんは舞のお墓の前で倒れてました。……凄い熱でしたよ。本当に驚きました」
「……」
「今の体調でこの天候の中、東京まで帰るなんて自殺行為です……それにこのオートバイはキック始動しかありませんよね。今の祐一さんでは始動すらできないんじゃないですか?」
「……やけに詳しいな、佐祐理さん」
「……勉強しましたから」
 佐祐理さんは何を思ったのか、どこか複雑そうな顔でクスッと笑った。
「……」
 俺は観念して、佐祐理さんの方に向き直った。
「おひさしぶりです、祐一さん」
「……老けたな、佐祐理さん」
「再会のひとことがそれですか?佐祐理は寂しいです」
 嘘だった。
 もう、三十路のはずの佐祐理さん……なのに、舞が死んでこの地を去る前、最後に見た時とほとんど変わっていなかったのだ。
 舞より淡い、やはりロングの長い髪。
 すらりとした長身は、実は結構着痩せするタイプである。おそらくその中身も、三人で海とかによく行っていたあの頃とそう変わっちゃいないんだろう。
 田舎の旧家のお嬢様だけあり、地味な服装ながら趣味はいい。俺にはよくわからないが昔の舞を思わせる、しかし舞より明るい黄緑系の色を好んで纏う傾向がある。だがその明るい色調にかかわらず、活動的なイメージには決してならないのが佐祐理さんという人の特徴だったと言える。
 スカートは履いてない。
 実は彼女、ウインタースポーツが結構好きだ。それどころかひととおり何でもこなすんだが、特に単車に乗りだした俺に影響されてか、三人で遊ぶようになってから本格的にスノーモービルにも手を出した。冬場はそのせいもあって、スキー用、しかもクロカン系の質実剛健なウェアを好んで着るようになった。
 まだ冬の到来には早いので長靴などは履いていないが、そのかわりにジョギング用のスポーツ・シューズを履いていた。
「……あいかわらず美人で結構なことだ」
「くすっ……ありがとうございます。うれしいです祐一さん」
「というわけでロックを開けてくれ。俺は帰る」
「いーえ、帰しませんよ」
「体調が悪いなら宿に泊まる。佐祐理さんの世話になるわけにはいかない」
「はい?どうしてですか?」
「どうしても何も……わかってるのか?佐祐理さん。俺なんかの世話焼いてたら、世間体も悪いし旦那にも何言われるか」
「佐祐理は独身ですよ?それに、病気の方を助けて世間体が悪いなんて事はないですよ……まして祐一さんじゃないですか」
 え?
「ちょっと待った」
「はい?」
 今、聞き捨てならない事が聞こえたが?まさか
「佐祐理さん、まだ結婚してなかったのか!?」
「はい?ええ、そうですけれど?」
 ……ちょっと驚いた。
 たしか佐祐理さんにはあの頃、縁談が大量に来ていたはずだ……あれ、全部断ったのか?
 家柄、容姿、性格と三拍子揃っているくせに浮いた話の一つもない佐祐理さんはいつも、家の関係にはじまり果ては待ち伏せ告白やストーカーまがい野郎に至るまで、とにかく多くの男がゲットせんと常に群がっていたような記憶がある。
 とはいえ佐祐理さん本人はそういう事には全く興味がなく、俺や舞と一緒に三馬鹿トリオよろしく楽しく過ごしていたのだから、その責任の一旦はもしかしたら、俺や舞にもあるのかもしれないが。
「どうして……相手ならいくらでもいるだろうに」
「……実は、一度だけ結婚しかかったんです」
「……しかかった?」
「ええ。でも、おつきあいをはじめた途端、佐祐理にはわかってしまいました。この人と添い遂げる事は、佐祐理にはできないって」
「なんだ?なんか、とんでもない奴だったのか?」
「そうではありません……とてもいい方でした。……問題があったのは、佐祐理の方なんです」
「へ?どういう事だ?」
「……」
 佐祐理さんが、困ったように顔色を曇らせた途端だった。
 ……ゲシッ!!
 まるで、後頭部を、舞にぶん殴られたようなどこか懐かしい……しかし、強烈な頭痛が俺を襲い、思わず俺は頭を抱えた。
「ぐ、ぐぁ……」
「祐一さん!?」
「な、なんでもない……それより、ロックを解除してくれ」
「何言ってるんですかその体調で!怒りますよ祐一さん!!」
「頭に響くからしゃべらないでくれ……わかった。世話になるよ。でも、単車のハンドルロックを外さないと運べないだろ?どちらにしろ」
「オートバイの鍵でしたら、佐祐理が預かってます。心配しないで休んでください」
「でも……でもな」
「休んでください」
「……わかった」



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