「むう。おじさまひどい」
わたしはまるで、子供のようにふくれっ面をしてみせた。実際子供だったんだけど。
そこは神殿ではない。神殿の隣にある王族の宮殿だった。幼少のおりのわたしはよく神殿を抜け出してはそこに入り浸り、たちこち探検して回るのが好きだった。
というより、小さくとも巫女のわたしはそこしか行けなかった。神殿の建物から外に出ることは禁じられており、ただ子供であった事から棟続きの王宮をうろつくのはわりと大目に見られていたというわけだ。
たまにこういう子はいるらしい。まぁ、わたしほど徘徊癖のある巫女も珍しかったそうだが。
「許せ。そういわれてもこればかりはまずいのだよ。幼いとはいえ巫女のおまえを連れ出せば、いかに我とて大目玉を食らってしまうだろう」
「う〜……おじさま、えらいひとっておっしゃるからおねがいしたのに……」
確かにこの男性は偉い。なにせこの星を統べる国王陛下なんだから。金色の王と言えば当時、周辺各国にもその名を轟かせていた。
といっても当時のわたしにそんなことわかるわけがない。単なる仲良しの変なおじさま。いつも追いかけてくる兵隊さんも彼がいると追ってこない。ただそれだけだった。
そして、そんな子供ゆえに陛下も親しく接してくださったのだろう。そういう事がわかる年頃になってからもよく陛下には笑われたものだし、わたしもそういう時は当時に戻り、むくれたり叫んだりお転婆やらかしたものだ。
それは懐かしい、わたしのおもいで。
「さて菓子でも出そうか。先日献上されたものでな、そなたの口にもあうだろう。食べるか?」
「!あ、はい!」
「うむ、元気でよろしい。子供はそうではなくてはな」
「……ぶー。わたし、子供じゃないもん」
「はっはははっ!」
楽しげに笑う
それは遠い日の、もう戻らないぬくもり。
ああそうか。
誰かに似てると思ったら、あれ
なるほど。それであいつを見た途端に礼賛の型とっちゃったんだ。よりによって陛下と瓜ふたつじゃあねえ。
もちろんそれは他人の空似。
きっと、これは星辰のいたずらなんだろう。わたしをこの星に縛るために、あんなばかげた戦いをさせないために懐かしい顔と引き合わせてみせた。そういうことなんだろう。
確かに、それは巧妙な罠。
「■■■■」
わたしを呼ぶ声。先輩だ。
「先輩!」
心が踊る。夢の中だというのに。
「ここに居たのですね。探したのですよ」
「はい」
わたしの先輩。なんでもできる凄いひと。
以前、落ち込んでいたわたしに先輩はこうおっしゃった。
『あなたは巫女になるべくして生まれた子。それを誇りに思いなさい。
確かに貴女の魔術はへっぽこもいいとこ。だけどそれがなんだというのです?それは貴女の才能の裏返し。巫女が巫女であるために必要なたったひとつの極点。貴女はこの部分においてこの星の誰にも負けない能力を秘めているのですよ。
ならば他のものなどどうにでもなります。魔道とはそういうものなのですから』
ねえ先輩知ってましたか。わたし、先輩が好きだったんですよ。
男でも女でもない両性体という異端。それゆえの膨大な魔力と異能。巫女なのに兵士たちも平気でなぎ倒す、美しき戦女神。
それなのに、悔いていたひと。
異端の自分が生まれたために故郷に災いが訪れたと。
そんなことないとだきしめてあげたかった。
あなたに抱かれたい。わたしだけを愛してほしい。そう何度思ったことか。
あなたにこの身を預け、そのクールな見ために秘めた炎を冷やしてあげたい。何度そう願ったことか。
もちろんセイバーは先輩とは違う。陛下が
そもそも先輩はもういない。わたしとお祖父様をかばって亡くなってしまったんだから。そして魂も違う。
なのに、どうしてこうも似ているのか。
セイバーはサーヴァント。あの偉大なアーサー王。聖杯を求める目的は『王の選定』のやりなおし。自分の人生を悔いて、自分が王でなきゃ国はもっとよくなったのでは、なんてことを考えているひと。
どうして、そういうマイナス面までも似てしまうのか。
──あぁ。わたしの中の衛宮士郎が泣いている。ふざけるなって叫んでる。
わたしも同じ気持ちだ。
どんな結果であれ過ぎたものは覆せない。駆け抜けた人生もまた自分のもの。やりなおす事なんてできないし悔いる必要もない。わたしはそれを知っているし、わたしの記憶を見た衛宮士郎もまた同意してくれた。
どうしてわかってくれないの。
何度もそう言ったのに、しまいにはくどいと怒り出してきいてくれない。
どうして。
……いえ、許さない。
そんなことのために帰るっていうなら、いっそ帰れないようにしてやる。言葉で通じないなら無理矢理でも現世に縛り付けて。
わがまま?あはは、そんなの知ったこっちゃないわ。
どうすればいいかもまだわからないけど。
だけど見つけてやる。橋なら焼き捨て、道なら閉ざしてやる。どんな手を使ってでも。
くだらない結末のために聖杯を求めるなんて絶対認めない。
婆さんになるまでひきずり回して、幸せだ、もうなにもいらないって絶対言わせてみせる!!
まってなさいセイバー。
貴女のばかげた望みなんて、この