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決戦前[2]

 目覚めると、ふとんの中だった。
「よかった。心配したのですよシロウ。具合はいかがですか」
「ん。なんとか」
 胸に残る重さはあるけど、だけど生きてる。私は無事だ。
 ……あれ?
「……なんで生きてるの、私?」
 なんかセイバーが顔をしかめたけど、私は続ける。
「いやだって、失敗したのに」
 ランサーの槍に対抗呪詛かけて、ものの見事に失敗した。セイバーかアーチャーを狙ったはずのそれを、私が食らってしまった。
 あの槍の威力は知ってる。ましてや真名開放のそれを食らったのに──
「……それについては、アーチャー……リンのサーヴァントでなくもうひとりのアーチャー……英雄王(ギルガメッシュ)のおかげですね。非常に不本意ですが」
 悔しそうにセイバーはそう言った。
「シロウが倒れた直後にあれは現れました。貴女が倒れているのを見て血相変えて駆け寄り治療をはじめたのですよ。よりによってあの男がです!
 見たこともない薬剤などを次々に並べて……おそらくあれも宝具なのでしょうね。ランサーの槍の呪いを打ち消したばかりか心臓の穴まで塞いで。
 ……正直、私は夢でも見ているのかと思いました」
「あ、あはは……あれ、やっぱ夢じゃなかったのね」
 優しい感触をおぼえてる。いたわるような手をおぼえてる。
 乱暴で冷酷で歪んでて……しかし決して邪悪でも鬼畜でもない王の中の王。
「……ずいぶんと仲がいいのですね、シロウ」
 うげ!なんかセイバー、ご機嫌ななめどころか……やばっ!
「そ、それは誤解だと思う……それにこれでも半分は男なんだけど私?」
 肉体的には女だし言葉遣いも変だけど、それでも自分(わたし)は衛宮士郎のつもりなんだ。
 男といい仲なんて死んでもごめんだぞ。
 対するセイバーは不審そうな顔をくずさない。
「そうでしょうか?あの過保護ぶり、とても尋常なものとは見えませんでしたが」
 確かに……それはそうだ。
 あれは別人のはず。巫女としての私がかつて懐いてた遠い星(キマルケ)国王陛下(おじさま)ではない。それはわかる。
 なのに、どうしてあんなに優しいんだろう?
「私にもわからないんだよセイバー。
 巫女としての私はとても懐かしいんだけど。あのひとみてると」
「懐かしい?」
「うん。ずっと昔、巫女(わたし)をとてもかわいがってくれたひとに似てるんだよ」
「……」
 セイバーは、不思議なものを見るようにじっと私を見ていた。
「……それはそうとセイバー」
「はい?なんでしょうかシロウ」
「……こ、これはどういうこと?」
 いかん声がうわずった。
「……」
 それは、とセイバーの顔が曇った。
 
 わたしの隣で遠坂が寝ていた。すっぽんぽんで。
 ……いやその、シーツはかけられてるんだけどさ。
 
「シロウ、目線がいやらしい。シーツごしとはいえ女性の局部を観察するなど」
「ば、ばかっ!……そ、それよりどういう事なのさこれ?」
「仕方がないのです。今ここには私たちしかいない。こうすればわたしひとりで守れますし」
「仕方ないって……ってちょっと待て。『私たちしかいない?』」
「はい」
「どういう事?イリヤはどうしたの。アーチャーは?」
「……それは」

 ようするに、こういう事らしい。
 ランサーとアーチャーは相打ちになった。わたしが倒れたことは無駄ではなく、アーチャーはものの見事にランサーを倒すことに成功したわけなんだけど。
「……信じられない」
 驚くべきはランサーだ。必殺の一撃を無効にされた一瞬の隙を衝かれたくせに、そのアーチャーの核を相打ちでばっちり破壊してのけたというのだ。
 ……なんてしぶとい奴。
「正直、一対一だったらやられてたのは私でしょう。さすがはアイルランドの光の御子。おそろしい相手でした。アーチャーには申し訳ないことをしてしまった」
 はぁ、とセイバーはためいきをついた。
「問題はその後です。
 突然にイリヤスフィールが苦しみ倒れました。リンがあわてて部屋に運ぼうと屈みこんだのですが──」
 そこでセイバーは眉をしかめた。
「あらぬ方向からいきなり黒い儀礼用とおぼしき剣が飛来し、リンを貫いたのです」
「!!」
 な……!
黒鍵(こっけん)と呼ばれるものです。教会の者が異端を断罪する時に使う特殊な礼装です。つまり犯人は」
「……言峰」
 あいつか!
 あ、でもそれって
「ちょっと待ってセイバー。あいつは遠坂の兄弟子だよ?なんでそんな裏切りなんて」
「……違うのですよシロウ」
 悔しそうにセイバーはつぶやいた。
「あれは前回の聖杯戦争でギルガメッシュのマスターだった男です。おそらくは今も」
「え」
 …………ええええええーーーーーーーっ!!!!
「あれは倒れているイリヤスフィールをさらって逃げました。入れ違いにギルガメッシュがやってきて……あとは貴女も知っている通りです。
 詳しい事情はわかりません。どうしてイリヤスフィールをさらったのかもわたしにはわからない。リンが何か知っているでしょうから目覚めたら聞いてみるつもりですが。
 ですがこれだけは言える」
 セイバーは正座し直した。
「あれはおそらく、とっくの昔に私たちを裏切っていた。最悪、リンの兄弟子というのも嘘かもしれません。実際に兄弟子らしい世話も焼いたそうのでそのあたりは私にも断言はできないのですが。
 ですが、リンや貴女をいいように利用して何かやらかそうとしていた、いや今もしているのは確かです」
 セイバーの顔が静かな怒りに包まれた。
 それは私も同じだった。確かにいけ好かない奴とは思っていたけど、まさか遠坂まで騙し、こんなろくでもない茶番を演出しようなんて事まではまったく想定してなかったんだ。
 
 ──許さない。絶対に許せない。
 
 (わたしたち)の中で、ぎり、と何かが動いた。



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