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光[1]

 ここに戦いは終局を迎える。
 異星の巫女という異物を含んだがゆえ、どこかが狂ったこの戦争。
 その狂いはここで最高潮に達する。

 夜がきて、私とセイバーは寺の入口に立っていた。
「……」
「……」
 ふたりとも言葉を失っていた。山のあまりのすさまじさに。
「……これは」
「……」
 凄まじいまでのマナが山全体を覆い、まるで山自体が奇怪なイキモノのように変わり果てていた。
 山門から吹き降ろす風は生ぬるい。揺れる木々はうごめく内臓、呼吸する肺のようだった。悪寒が全身を包み怯気(おぞけ)が走る。熱く湿った空気は何か凶々しい生命のそれ。
 なんだ、これは。
 たとえ私が巫女でなく、かつての衛宮士郎であっても気づいたろう。いや、一般人でさえこの凄まじさには耐えられまい。寺の人々がどうなったのかは定かではないけど、間違いなく全員逃げ出すか全滅しているかのどちらかだろう。
 この上は、もはや異界。
「確認するぞ」
「はい」
 私の言葉にセイバーが答えた。
「上についたら私は言峰を殺しイリヤを助ける。セイバーはギルガメッシュを頼む。お互いの戦いには手を出さない。これでいいな」
「はい」
 セイバーはそれに頷き、そしてひとことだけ追加した。
「イリヤスフィールを助けるには聖杯の破壊が必要になります。もし私が欠けたらシロウはどうするつもりですか?」
「その時は、……そうだな。なんとかしてみる。駄目なら遠坂頼みになるかもしれないけど、確実に破壊する。これでいいかセイバー」
「はい」
 お互いの戦いには手を出さない。その必要もない。
 私が言峰を倒せばギルガメッシュは現界できない。セイバーがギルガメッシュを倒しても言峰は聖杯を手にいれられないだろう。
 どちらがどちらを倒せても、ここで戦いは終わりだ。
「じゃあいこう」
「はい」
 ふたりで階段を登り出した。
「……ところで、ふたつほどいいですかシロウ」
「なに?」
「まずひとつめです。
 先ほど短剣をリンから預ってましたね。あれで戦うつもりなのですか」
「ああ、そうだ」
 一本のアゾット剣を遠坂が貸してくれた。そう、以前いちど投影に失敗した、あの短剣だ。
「しかしそれでは一撃しかできない。魔力を開放して杖を駆動したとしてもやはり一撃がせいぜいでしょう。
 それで戦えるのですか?」
「ああ。考えがあるんだ」
 嘘は言ってないな、うん。
「そうですか、わかりました。今となっては深くは問いません。
 ではもうひとつ。この戦いがすんだら貴女はどうするのですか。その姿から戻れない以上、いままでの暮らしはできないはずですが」
「……あー、確かに」
 それはそうだ。
 今の私は女だ。衛宮士郎としての生活は続けられない。
「ま、そのへんは遠坂にでも相談するさ。それよりセイバーはどうするつもりなの」
「……それはもう言ったはずですが」
 変えるつもりはないってことか。くそっ!
 どうしても、どうしても駄目なのか!
「……」
 セイバーはそれっきり黙ってしまった。私も何も言えない。
 そんな微妙な沈黙を抱えたまま、上に着いた。

 赤い光が山頂を包み込んでいた。
 いよいよ勢いを増した生ぬるい風。それに含まれる、おぞましいまでの生命の鼓動。その源はどうやら境内の奥にあるようだった。
 ────感じる。
 この魔力の中心は確かに奥。
 だが、
「……すごいなこれ」
 私は眉をしかめた。しかめずにはいられなかった。
 なんて凶々しさ。なんて空気。
 衛宮士郎としての私が戦慄する。まるであの日の火災のようだと。
 巫女としての私が憤る。まるであの、故郷(キマルケ)の滅びた日のようだと。
 いや、それよりひどい。
 あの向こう。建物の向こうにはとんでもないものが『居る』。
 鮮やかな赤に滲む暗黒。それはまるで粘液のようで。
 この境内の異様さすら、清らかな清水に感じてしまうほどで。
 
 ──踊る。
 戦慄といっしょに、恐怖といっしょに、畏怖といっしょに何かが踊る。
 なんだろう。
 なんだろう、この狂おしいまでの感覚は。
 
「……来たか。待ちわびたぞ」
 鮮やかな赤の世界に、ギルガメッシュがいた。
「……」
 私は無言で一礼をした。うむ、とギルガメッシュは頷いた。
「無事回復したようでなにより。あの薬はよく聞いただろう?」
「はい」
 うむうむ、とギルガメッシュは楽しげに笑った。
「まぁ、そうだろうな。何しろあれは貴様の国で作られしもの。遠い昔にこの星を訪れた客人(まろうど)の持ち込んだものだ。
 とにかく威力は確実かつ強力。呪いや毒の中和、それに『死なない限りなんでも治癒する』というとびっきりの限定礼装だ。使い捨てのうえ高価だそうだが、星の海を旅する時には必ずひとつは持ち歩くという。
 まぁ強力だが、実はこの星の者には意味のない薬でな。まさかこれほどの時の彼方に使う事になるとは予想もしなかったが。
 さて、ところでセイバーは」
 そこまで言ったギルガメッシュだったが、
「……聞くまでもなさそうだな。かなわぬと知っててそれでも抵抗するか。まぁ、いい気概ではあるがな」
 セイバーは静かに立っているだけだった。
 だが、その全身からは凄まじいまでの闘気が溢れている。完全にスイッチが入っているようだ。
 そのありさまを見てギルガメッシュは笑う。冷酷な狂気の王の顔だ。
「さて貴様はどうするのだ娘。言峰のところに行くのか?」
「はい」
 そうか、とギルガメッシュは頷いた。
「助けてやりたいが立場上そうもいかん。だがひとつだけ助言しておこう。
 言峰を甘くみるな。倒せると思ったら必ず完全に始末しろ。少しでも隙を見せたら何が起こるかわからん。あれはそういう男だ」
「はい。ありがとうございます」
「うむ」
 鷹揚に頷くギルガメッシュに礼をいい、私は奥に急いだ。
「……」
 一度だけ振り返る。
「……」
 セイバーは何もいわない。ただ「無事で」とその顔が告げている。
 ギルガメッシュは、
「……」
 やさしい笑顔。
 まるでそれは、遠い日の国王陛下(おじさま)そのものだった。

「ひとつ聞きたい」
 少女を見送ったあとセイバーはつぶやいた。
「なんだ騎士王」
「なぜ貴殿はシロウに甘い。教えてほしい」
「……さあな。(オレ)にも実はよくわからぬのだ」
「戯言を」
 ギルガメッシュの言葉を、セイバーは吐き捨てた。
「よくわからぬ相手を、それも敵地のど真中で血相変えて必死に治療するのか貴殿は。この十年で妙な趣向を覚えたものだ」
「……そんなに知りたいか騎士王」
「……」
 セイバーは静かに戦闘体制に入った。
「ならば勝て。(オレ)を倒せば、いまわの際にでも教えてやろう。
 まぁ現実は(オレ)が勝ち、寝物語に語って聞かせる事になろうが」
「……ふざけるな!!」
 
 騎士王と英雄王。
 ふたつの影が、動いた。



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