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光[2]

 境内の奥。
 柳洞寺の本堂の裏には、大きな池があった。
 
 人の手が入る事なく、神聖で静かな光をたたえた池。まるで龍神でも棲むかのような澄んだ青色の水は訪れるひとの気持ちを落ち着け、清らかな気持ちにさせる。そうした清浄な場所だった。
 だがそれは昨日までの話。
 目の前に広がるのは赤い燐光。黒く濁ったタールの海。
 そして。
 
 中空に開けられた奇怪な『孔』と、捧げられた全裸の少女(イリヤ)
 
「……」
 ぎし、ぎし。音がする。
 私の中で何かが踊る。先刻から続く踊りだ。
 それはだんだんと強くなり、私に向かって語り続けていた。
 
『おまえは星辰の巫女。星辰に魅入られし者』と。
『ふたたびその時が来たのだ』と。
 
 おかしい。
 ここは故郷(キマルケ)とは違う。ここでの私は巫女ではない。
 私はあくまで『巫女』と融合し変質した衛宮士郎にすぎない。
 
 私はただ、衛宮士郎として理不尽なものと戦っているにすぎない。
 
 なのに、聞こえる。
『そんな事は関係ない』と。
 
 わからない。
 
「よく来たな衛宮士郎……いや、その姿でこの名前はおかしいと思うが、まだ名前を聞いていないのでな。
 まぁとにかくよく来た。最後まで残った、ただひとりのマスターよ」
 皮肉げに口元を歪め、ヤツは両手を広げて私を出迎える。
 ……ここが、決着の場所。
 今回の聖杯戦争における『召喚の祭壇』。
 ──だけど。
「は、なにふざけてんのあんた?」
 私の口をついて出たのは、そんな言葉だった。
「あんたの馬鹿口上なんか私はどうでもいいの、とっととイリヤを降ろしなさい。話はそれから」
「おやおや……これはまた随分と好戦的だな」
 目を細め、ぞっとするようなあの笑みを浮かべる。
「これはいい。幼い少女に変じたというから楽しみが減ったかと案じていたのだが……
 この殺気はどうだ。このような平和な国で、その年頃でそれほどの殺気を放つ者が」
「うるさいなぁ」
 くだらない口上なんぞ聞いてられるか。
「あんたの馬鹿口上はいらないっての。二度もいわせないでくれる?耳ついてないのあんた?
 私の言うことはひとつだけ。とっととイリヤを降ろしなさい。さもなくば殺す。それだけよ」
 
 おかしい。
 どうして私はこんなに短気なんだろう。衛宮士郎もさほど気は長くないけど、ここまで馬鹿っぽく短気じゃないはずだ。
 何かおかしい。
 
「ふむ。では無駄口はやめておこう。
 まぁ気持ちはわかるがそいつはできない。聖杯は現れたがその『孔』は未だ不安定だ。つまり接点である彼女には命の続く限り耐えてもらわねば、私の願いは叶わないのでな」
「そ」
 それで十分だ。これで私のする事は決まった。
「んじゃ、さっくりいきましょうか。
 『杖よ来たれ。星辰の導きのままに』」
 右手を出す。そこに杖が現れ私はそれを掴んだ。
「『動力源、衛宮士郎の魔術回路。接続・確認』」
 杖が小さく震えた。
 さて、私の魔力ではこの杖をフルパワーで使うなんてとてもできない。鞘もなく、私の力はほとんどすっからかん。
 ここまではセイバーの指摘通り。私は無力だ。
 だけど、何もかもなくなったわけではない。
 私は『衛宮士郎』としての魔術を理解している。その魔術回路も把握し、杖があればそれを不完全ながら駆動する事もできる。
 つまり、まだ手はある。何もないというわけではない。
「さて────ん?」
 改めて言峰を見た私は、思わず眉をしかめた。
「……」
 言峰が仰天していた。……なんで?
「……」
 奴は私の顔と杖を見比べ、何か悩んでいるようだった。もがくように苦しんだかと思うと空を見上げ、何かをぶつぶつとつぶやく。
 なんだ?いきなり壊れたか?
 そんな事を私が考えた次の瞬間、
「そうか。そうだったか!」
「へ?」
 言峰はいきなり、満面の笑みを浮かべてにっこりと笑った。
「ちょ……ちょっとあんたキモいよ。なんなの?躁鬱病なら病院いきなさいって悪い事いわないから」
「いや、すまない。少々混乱してしまったのでね」
 言峰はそう言ってにっこり笑った。
「しかしこれは参ったな。半人前の衛宮士郎のつもりで用意した舞台にまさかあの『星辰の巫女』がやってきてしまうとは。さすがの私もこれは予想外だった。これでは接待にもなるまい」
「へぇ……あんたも知ってるわけ。まぁ当然か……って、え?」
 ちょっと待て。こいつ今『星辰の巫女』っていわなかったか?
「ふ〜ん。あんた、どうしてその名を知ってるわけ?」
「むろん知っているとも。マスターやサーヴァントの間ではその話でもちきりだったからな。今回の聖杯戦争に異星人の、しかも神職の娘が関わっているとか。
 まぁさすがに信じてはいなかったがな。衛宮士郎が突如として女性化した話は聞いていたし、そのへんの話が誇張されたものだろうと」
「へぇそうなんだ。でも変ね」
 ほう、という声がする。
「私は一度だってその名を名乗ってない。伝聞でその名を知る事は不可能のはずだわ。……たったひとつの可能性をのぞいてはね」
「……なるほど。言ってみたまえ」
 はん、最後までいわせるつもりなのかこの馬鹿。
 そう。そうなの。
 じゃあ────言ってやる。

「簡単よそんなの。…………あんたが『光の者(ゲノイア)』なら知ってて当然だものね。違う?」



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